わずか3秒に神経を集中させ、数十キロのバーベルを力強く持ち上げるパワーリフティング。力強さの象徴としてだけでなく、緻密なスポーツであることをご存知だろうか。
東京2020大会を一年後にひかえ、各競技の代表選考が佳境を迎えている。今月12日から始まるカザフスタンでの世界選手権を目前にした3日、東京・台場のパラアリーナではパラ・パワーリフティングの直前合宿が行なわれていた。
東京パラリンピックでは、パラ・パワーリフティングに国別の出場枠はなく、それぞれの階級で男子は10人、女子は8人が出場して順位を競う。パラリンピックに出場できる選手は国際パラリンピック委員会(以下、IPC)によって指名され、IPC指定の大会に出場していること、かつパラリンピック標準記録を突破していることが条件となる。開催国の日本も例外ではない。今月カザフスタンで開催の「2019 ヌルスルタン世界選手権」はその指定の大会にあたり、パラリンピック出場を目指す選手たちにとって、今年度で最も重要な大会だ。
公開合宿では、選手それぞれがトレーニングをおこなうなか、ひときわ快活な選手が目に入った。女子55kg級の山本恵理だ。今年からヘッドコーチに就任したジョン・エイモス氏と流暢な英語でコミュニケーションを交わし、真剣な表情でトレーニングに励む。報道陣の問いかけに対して、はきはきと応じる姿も印象的だ。この日は肩、胸、三頭筋を7回ずつ、合計21回鍛える21(トウェンティーワン)というトレーニングなどを行なった。
集中力と精神力が鍵
「自分のことを信じて、絶対に上がると思わないと上がらないんです。」
そうバーベルを挙げるときの心境を語る山本。パワーリフティングは体力の強化はもちろん、メンタル強化も重要なトレーニングだという。
意外に思うかもしれないが、トップアスリートが集う国際大会レベルでは、バーベルを持ち上げられずに失敗する選手は、ほとんどいない。上位入賞への決め手になるのは、すっと一連で持ち上げる、フォームの美しさだ。肩から胸、そして三頭筋へ、3段階で使っていく筋肉を上手に移行させながら、流れるようなフォームを意識する。
そのために大切にしているのが、ち密なイメージトレーニング。「本番ではなにが起こるか分からない。いつもコーチとA案、B案といった、いくつかの選択肢を用意していて、なにが起きてもパニックにならないようにしている」という。そして、きれいに挙げるために必要なのは、「何も考えないこと」。緊張する環境の中で、何も考えないことが一番難しいとし、「一本に集中すること。ずっと集中しつづけていると目減りするので、そのときだけですね」とメンタルの運び方を語った。
ストラップ改良もポイント
フィジカル面では、胸の筋肉強化と、足を固定する「ストラップ」の締め方を改良した。リフティングの際、左右の足で力の入り方が違うと感じた山本は、今年5月から、片足ずつストラップで固定するよう改良。通常は両足をひとつのストラップで固定するのが一般的というから、「私だけのスペシャルですね」と笑顔。特に力が入りやすい右足を強めに締めることで、ふんばりが効きやすくなったという。マットの素材によっては滑りやすいなど、足のふんばり度合いも変わってしまうというから、精緻な調整が必要であることがわかる。
パラ・パワーリフティングは、そのほかのパラスポーツに比べて、まだ認知度が低いのが実情だ。競技を愛するからこそ、パラリンピックの世界を広げたいという思いもある。「記録」より「記憶」に残る選手になりたいという山本。「まだパラリンピック競技を知らない人が、私がきっかけで他の選手のファンになったり、競技を見てみたくなったりしてほしい」と夢を語る。2020年にその山本スマイルが東京で見られるか。カザフスタンの地で、東京パラリンピック出場への切符をかけた挑戦が始まる。
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