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これが夢の国の現実? 東京ディズニーリゾートが社員ボーナス70%減の深刻事情

2020年10月5日 12:53 日刊SPA!

―[あの企業の意外なミライ]―

 東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドは、コロナ禍においても現金を多く持っているため、“潰れない企業”として評価されている会社でした。しかし、その状況が現在大きく揺らいでいます。

 先日、業績悪化によって賞与が70%減となり、ダンサーなどの配置転換を行うことが発表されました。いったい、オリエンタルランドはどうなってしまうのでしょうか。

思い切ったリストラ。夢の国の“現実”


 前述したように、オリエンタルランドは新型コロナウイルスの影響で業績が悪化していることから、およそ4000人いる正社員と嘱託社員を対象に、今年の冬のボーナスを7割削減することを発表しました。さらにコロナ以降、イベントが軒並み中止し、契約社員のダンサーや出演者は業務が激減しています。

 彼らに対して、オリエンタルランドは窓口業務に移るか、手当を受け取り退職するか、または契約期間を満了するか選択するように伝えたといいます。その対象は約1000人。これはオリエンタルランド始まって以来のかなりの打規模なリストラと配置転換と言えます。

潤沢なキャッシュに定評があった


 しかし、これまでオリエンタルランドは、お金を払う余裕がかなりある企業として認識されてきました。企業が、1年以内に現金化できる流動資産がどの程度確保されているかを示す指標として、流動比率(流動資産/流動負債×100)というものがあります。

 同社の流動比率は、2019年3月末時点で285%。一般的に理想とされる200%を大きく上回っています。つまり、オリエンタルランドはコロナ以前の状況では、かなりの支払い能力を持っていたのです。

 中でも注目すべき点は、キャッシュの分厚さです。

 同社の2019年3月末時点の現金及び預金残高は3775億円。コロナの影響前の費用を見てみると、売上原価と販売費および一般管理費の合計から、減価償却費を除いた金額は約3580億円となっています。つまり、オリエンタルランドは一年間に出ていくお金が約3580億円に対して、現金及び預金として3670億円を持っています。

 これが、オリエンタルランドが1年間売り上げが0円でもお金がなくならないと言われる理由です。この財務状況からおわかりのように、同社は投資家からコロナ以降も安泰と判断され、評価が高かったのです。

現金は潤沢なのになぜリストラ?


 それならば、なぜオリエンタルランドは大規模な人件費カットを決断したのでしょうか。具体的に同社の財務状況を見てみます。

 休園が響いた2020年4~6月期の連結最終損益は248億円の赤字でした。7月1日に営業を再開しているものの、入場制限は続いており、2021年3月までに予定していた大規模なイベントはほぼ中止することも公表されています。表を見てください。現金および預金残高が2019年3月に比べて、急激に減少していることがわかります。

19年3月3775億円
20年3月2611億円(1160億円・30%減少)
20年6月1780億円(831億円・32%減少)

 つまり、現金が1年3か月で約47%減少(1995億円減少)しているのです。特に、直近の2020年3~6月の3か月間は閉園も余儀なくされていたため、831億円の減少。現在も50%以下の入場者数での運営を行うなど、通常通りの営業が難しい状況にあります。では、オリエンタルランドの体力はあとどれくらい残っているのでしょうか。

 キャッシュの減少が直近3か月の減少額である831億円の7割掛けで減少したと試算すると…。

831億円+(581億円×3四半期)=2576億円

 つまり、この先何もしなければ年間2576億円のキャッシュが減少していくことになります。(※3~6月と全く同じ金額が減少し続ける場合は3324億円の減少となる)

 このままではキャッシュが底をついてしまうのです。そこで目をつけられたのが人件費だったのです。

オリエンタルランドの人件費は、2020年3月期の有価証券報告書によれば、

142億円(給与・手当)+業務委託費(91億円)=約233億円

 となっています。このうち、仮に約700人の退職・契約期間を満了とした場合、年間約39億円の人件費が削減できる試算になります(※対象1000人のうちの7割が対象・契約期間満了とした場合)。

 この決断をしなければならないオリエンタルランドが差し迫った状況であることが伺えるでしょう。では、同社はこの先も現金が減っていき、やがて資金が底をついてしまうのでしょうか。そんなことはないのです。

起死回生の一手、二手、三手があった


 なぜオリエンタルランドに希望が持てるのでしょうか。実は同社は、最悪のシナリオをすでに想定して動いていると見られるからです。その根拠が、社債発行。オリエンタルランドは、9月10日に総額1000億円の社債の発行条件を決めています。

 同社としては1998年以来、22年ぶりの大型発行です。調達資金は2024年3月期に完成予定のパーク拡張工事などの投資に充てる予定です。

 また、銀行からの融資も確保しています。銀行があらかじめ設定した金額の上限内でいつでもお金を借りられる融資枠(コミットメントライン)の契約を結んでいたのです。

 本来、オリエンタルランドは投資資金を営業キャッシュフローでまかなう計画でしたが、入園者数の制限で収入が減少しています。さらにコロナの長期化も見据えて、5月には銀行との間で2000億円の融資枠を設けています。

 そう、同社は計画的に資金調達を行っていたのです。

GoTo “東京解禁”が舞浜にマネーをもたらす


 まだ、秘策はあります。10月より政府のGoToトラベルに東京発着の旅行が加わります。この東京解禁は大きな意味を持ちます。

 東京ディズニーリゾートは千葉県に位置しますが、GoToトラベルの対象エリアに東京都が加われば、全国的に人の移動が急増するのは間違いありません。東京への流入増加は、千葉を含む近郊都市への波及効果も生み出します。つまり、オリエンタルランドもその恩恵を受ける1つなのです。

「美女と野獣」をテーマとした新アトラクション


 そして、3つ目の希望が新しいアトラクションのオープンです。9月28日、新たに「美女と野獣」、「ベイマックス」などのアトラクションがオープンしました。

 もともと4月に開業予定だったこれらのアトラクション。ファンからの待望は大きく、イベントやパレードを引き続き自粛する中で、人気を集めそうなエリアとなっています。

 さらにこの先、2021年度には「トイストーリー」シリーズをテーマとするホテル、2023年度には「アナと雪の女王」を含めた3つのエリアやホテルのオープンを計画しています。つまり、中長期的に見れば、集客力が高まる施策が行われているのです。

 Twitterを中心とするSNSでは、「東京ディズニーリゾートが営業しているってだけで元気をもらえる」といった声も多く見かけます。これは、オリエンタルランドの存在そのものが多くの人に勇気と元気を与えている証拠と言えるのではないでしょうか。

 今回の厳しい決断も、“夢の国”を維持するたに“夢中”で実行した“現実的”な秘策なのだと筆者は考えます。

<文/馬渕磨理子>

【馬渕磨理子】
日本テクニカルアナリスト、(株)フィスコ企業リサーチレポーター。日本株の個別銘柄を各メディアで執筆。また、ベンチャー企業の(株)日本クラウドキャピタルでマーケティングを行う。Twitter@marikomabuchi

―[あの企業の意外なミライ]―

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夫から「9kg痩せないと離婚」を突きつけられた妻が離婚を決意するまで

2020年10月5日 12:51 日刊SPA!

 夫婦生活を経て「離婚」の道を選ぶ男女がいる。それは日々の積み重ね。日常の何気ない一言が原因の場合も少なくない。

 増田優子さん(35歳・仮名)は、旦那の“ある一言”がきっかけで離婚に至ったという。

離婚を決意した旦那の一言


「お前、地球上の生物の中でいちばん醜い体型だね」

 夫から言われたこの一言がきっかけで離婚したと話してくれた増田さん。

 女性として、体型にかんしては悩みが尽きないものだ。ほんの少しの増減に一喜一憂してしまうところがある。

 確かに彼女は細身ではないかもしれないが、男ウケしそうな体型。肌も綺麗で清潔感もある。彼女に“醜い”という表現はあてはまらないように思うが――。

「痩せてはいないけど、ものすごく太っているわけではないですよね(笑)。今、157cmで55kgとかかな? 大体のブランドのMサイズは着れます」

 一体、どんな理由から「お前、地球上の生物の中でいちばん醜い体型だね」という発言が飛び出したのだろうか。

「元旦那がデブが嫌いだったんです。元カノはみんな40kg台で、よく『女で50kg超えてる人初めて見た』と言ってましたから。じゃあ、なんで私と結婚したんだよって話なんですけど。私の体型以外は好きで、居心地が良かったみたいで……。“いつか自分の理想通り痩せるだろう”と期待していたみたいです」

「48kgにならないと離婚」と怒鳴られ…


「離婚前にも1度、私の体重のことで大喧嘩したんです。ジムやエステも長続きしなくて、『痩せたい』と言いつつ、お酒を飲んだり、食事制限もしないでいたりしたら『もうまじでお前無理。再来月までに9kg痩せなかったら別れる』って言い出したんです」

 その当時、増田さんは57kg。仕事関係の会食をこなしつつ、2か月で9kg落とすのはかなり難しいだろう。

「元旦那の『本気になれば絶対痩せられる』っていうのはわかるんですが、会食の時にあからさまに食べない・飲まないっていうのは相手に失礼なんじゃないかって。年配の方だと気にする方もいる。まだこの時は元旦那のことが好きだったので、表向きはダイエットを頑張ってる感じを出してました」

 とはいえ、休みの日は積極的にジムやエステに通った。プライベートの誘いは極力断り、努力を続けていたという。

「でも、痩せなかったですね。2kg落ちたか落ちないか。私としてはこんなにしんどくてこれしか痩せないなら前のほうが幸福感は高かったんです」

 日常的に容姿のことを旦那に突っ込まれていた彼女は、完全に自分に自信を失っていたという。

それでも離婚に踏み切れなかったのは年齢


 増田さんが離婚を考えたのは1回や2回ではない。「何十回別れようと思ったかわかりません」と苦笑する。だが、なかなか実行できなかった理由は「年齢」だ。

「35歳で、いま旦那と別れても再婚はおろか、恋人なんて出来ないんじゃないのかなって。なんだかんだそれで踏みとどまっていました。もう自分に女としての価値を見いだしてくれる人が現れない気がして。本当にデブでブスで無能な人間だと思い込んでいたんで」

 そんな時、会社の後輩にある一言に救われたという。

「お世辞だとは思うんですが、『増田さん、他社の人に“可愛らしい”って人気ありますよね! 何人か独身なら狙ってたのにって言ってましたよ』って。それで、私なんかを評価してくれる人がいたんだと、本当に驚いたと同時に嬉しくて。少しだけ自信を取り戻しました」

自分の人生が可哀想に思えた


 ある朝、着替えている最中に「お前、地球上の生物の中でいちばん醜い体型だね」と言われ、目が覚めたという。

「そんな酷いセリフを吐きながら楽しそうに笑っている元旦那を見て、もう繋がってた糸が急に切れたというか……。『あぁ、もうこの人はいらないや』って思いました。このまま一生侮辱されつづける人生だと思ったら、自分が可哀想になっちゃって。『もう別れよ』って」

 元旦那は「急にどうした?」と彼女の離婚の意志を冗談だと受け止め、その場では話し合いにならなかったという。

「全く話になりませんでした。その後、何度も『今後の人生、あなたといるのは絶対ムリ』とはっきり伝えたら、彼はプライドが高いのですんなり別れられました。子供もいなかったし、結構スムーズでした」

 今では、久々の独身生活を満喫しているという。

「ちょっと洗脳されてたのかもしれません。高圧的にずっと、『デブ!』『ブス!』って言われ続けてたから、『私は本当にしょうもない見た目なんだな』って。彼と一緒の時は、“どうせブスだから”って、メイクや髪型はずっとワンパターンだったし、“どうせデブだから”って、洋服は毎日ほとんど真っ黒でした。

 別れてからは、髪型も色々チャレンジしたり、ピンクとか黄色とか、暖色系の服も着れるようになった。周りにも『すごい明るくなった』って言われますね。本当に暴言野郎と別れて良かったです」

 離婚と聞けば、マイナスなイメージを浮かべてしまうが、人生が良い方向に向かうこともあるのだ。

 近年、“モラルハラスメント(略してモラハラ)”というワードをよく耳にする。言葉や態度による精神的な暴力のことだ。あなたの何気ない一言が、妻や彼女を傷つけていないだろうか。<取材・文/吉沢さりぃ>

【吉沢さりぃ】
ライター兼底辺グラドルの二足のわらじ。近著に『最底辺グラドルの胸のうち』(イースト・プレス)がある。趣味は飲酒、箱根駅伝、少女漫画。Twitter:@sally_y0720

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「天丼てんや」の“ひとり飲み”コスパがいいって本当? ぼっちで行ってみた

2020年10月5日 12:50 日刊SPA!

 コロナ禍で大人数での飲み会が減っている今、「ひとり飲み」が注目を集めているという。大手チェーン店ではお一人様向けメニューも充実しており、気軽に立ち寄れる上にリーズナブルな値段で飲めると人気なのだそう。

 そんな中、「天丼てんや飲み」のコスパがいいという噂を耳にした。てんやといえば、天丼・天ぷらでお馴染のチェーン店だが、本当に安く飲めるのだろうか? それを実証すべく、実際に行ってみることにした。

天ぷらをつまみにビールを飲み干す


 今回訪れたのは大阪ミナミにある「天丼てんや難波御堂筋店」。東京出身の筆者からするとわりとどこにでも店舗があるイメージの同店だが、現在、筆者が暮らす関西圏には大阪を含めた4店舗のみ。

 来店したのは午後4時。昼飲みの文化が深く根付いている大阪とはいえ、さすがにまだ人は少ない。混んでいたらカウンター席でしっぽり飲もうとも考えていたのだが、今回はテーブル席を選ぶことにした。

 まず注文したのは、天ぷら4品に生ビールがついた「ちょい飲みセット(650円)」。一般の居酒屋では生中1杯400円ほどだが、これに天ぷら4種が付いてくるとはかなりオトクに感じる。天ぷらの具材は、イカ、海老、レンコン、インゲン……と個人的に好きな具材ばかりだ。まずはビールを一口……くぅ~、うんめぇ~! 夕方から飲むビールってなんでこんなに美味いのか。まさに、五臓六腑に染み渡る。

 ビールで一息ついたら、さっそく天ぷらをいただく。さすが、天丼屋なだけあって衣がサクサクで美味しい。イカはフワフワだし、野菜も良い歯ごたえ良し。というか、天つゆが美味い。酒飲みの筆者はもはや、付属の大根おろしを天つゆに浸して食べるだけでも十分なアテになる。

アルコールメニューは少なめ


 650円でこれだけの量なら全然申し分ないのだが、やはりもう少し飲みたいところ。ちなみにアルコールメニューは生ビールの他、ハイボール、レモンチューハイ、日本酒とやはり居酒屋に比べると少ない。個人的にはウーロンハイがあると嬉しいのだが、ここはビールをおかわりするかレモンチューハイを飲むか。一気に酔うために日本酒にいくのも良いな……。

 というわけで日本酒(350円)を追加。ついでに何か食べようと一品メニューを見てみると、冷奴やアスパラピクルスなどサッパリ系が多い。少し口直しもしたかったので、ここはなるべくリーズナブルにミニほうれん草のおひたし(50円)を注文した。口がサッパリしたところで、限定メニューの米茄子とみょうがの天ぷら(100円に)も追加することに。

コスパはいい?悪い?


 みょうがの天ぷらはサクッとした食感の後に、ほんのり残る苦味が日本酒とよく合う。米茄子の天ぷら(ベイナスと読むらしい)は一見、「じゃがいも天?」と思うほど、普通のナスに比べるとかなり大きい。種はそのまま食べられるらしく、しっかりとした歯応えで揚げ物に向いているのだそう。うん、やっぱり最後に野菜天を頼んだのは正解だわ。日本酒がほんのり甘いのだが、これだけ食べても全然胃もたれしない。

 日本酒を飲み干して、いい感じになったところでお勘定。ビール、日本酒、天ぷら6種、つまみ1品で1250円だった。天ぷらと日本酒で少し贅沢感を味わえてこれだけほろ酔いになれるのなら、噂どおりオトクかもしれない。

 ただし、ちょい飲みとしてはもう少し一品料理メニューがあると嬉しいとは感じた。だが、ガッツリ飲み食べしたいという人向けには「天ぷらそば・うどんセット」という、アルコールを付けても1000円前後とお安く飲めるメニューもあるそう。次は〆で行き、蕎麦をすすろうと思う。<取材・文/カワノアユミ>

【カワノアユミ】
東京都出身。20代を歌舞伎町で過ごす、元キャバ嬢ライター。裏モノ・夜ネタを主に執筆。アジアの日本人キャバクラに潜入就職した著書『底辺キャバ嬢、アジアでナンバー1になる』(イーストプレス)が発売中。ツイッターアカウントは @ayumikawano

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パチンコを1ヶ月ぶりに打ったら遊タイムにびっくりした話

2020年10月5日 12:47 日刊SPA!

―[負け犬の遠吠え]―

ギャンブル狂で無職。なのに、借金総額は500万円以上。
それでも働きたくない。働かずに得たカネで、借金を全部返したい……。

「マニラのカジノで破滅」したnoteで有名になったTwitter上の有名人「犬」が、夢が終わった後も続いてしまう人生のなかで、力なく吠え続ける当連載も19回。

 今回は、犬が1ヶ月ぶりに寝かせていたパチンコを打った時のお話です。

=====

人は睡眠をしているときに成長するらしい


 人は睡眠中、その日に学習したことを整理して定着させるという。

 人は睡眠中、その日壊した筋肉を修復してより強い体になるという。

 医学に精通しているわけではないので詳しくはないが、そうらしい。自覚のもっと奥の方で、脳が、体が整理整頓されていき、忘れた頃に取り出しやすくなっている。一人暮らしの六畳間で、「明日も着るから」と明日着る服を枕元に投げ落としておくよりも、掃除してハンガーにかけておいた方が結果的に着替えやすいのに似ているかもしれない。

 同じ仕組みかどうかはわからないが、僕の場合、何事においても現役時代を終えて熱が冷めた頃の方が上手にできた。

 過去、家庭教師と塾講師を経験したことのある人は覚えがあるだろう。

 僕もかつて塾講師として高校生に勉強を教えていた頃、新芽のような新しい脳みそにどうやって公式や歴史を浸透させるか考えていた時、自身の理解度の高さに驚き、自分もこの方法で勉強すれば良かったと後悔したことがある。受験のためにがむしゃらに勉強していた頃よりもずっとスマートに知の引き出しを開け閉めできていたのだ。

 過去、高校時代の楽しかった思い出に引きずられ、自分が辞めた部活にOBとして大きな顔で再訪したことのある人は覚えがあるだろう。遊びの延長で気の抜けたプレーをしている時に突然、現役時代に見つけられなかったコツを見つけ、思わず現役の後輩にいらぬアドバイスをしたことがある。

 僕は野球部でピッチャーだったが、腕の振り方に関して閃いてしまい、厄介な老害OBになった。ボールを投げる理屈から説明して顔見知りですらない後輩に苦笑いをさせたのだ。閃いてしまったのだから仕方がない。叶えられなかった夢を託したい気持ちが老害OBを生む。

9月は、借金返済のためにアルバイトを繰り返していた


 僕はこのような現象を「寝かせている」と呼んでいる。18歳に一斉にスタートの号令をかけられることはない大人の現在、死ぬまでの時間は好きに使える。僕は趣味で始めた学習やスポーツの練習で行き詰まったらとりあえず寝かせる。

 1年以上経って思い出したように再開すると案外頭も体も整理されていて、かつてはそびえ立つ壁だったものに穴を発見したように、そこから先に進めることが多い。

 9月はパチンコを忘れてしまうくらいアルバイトを繰り返していた。「働くスイッチ」が入っている時はパチンコにもあまり目を向けない。その代わりに「遊ぶスイッチ」に切り替わった時に取り返しのつかないほど金を使ってしまう。

 後からバレるタイプのクズは大抵、猫を被っているのではなく、たまたまクズじゃないスイッチが入っている時に会っているにすぎない。

 9月の3週まで毎週働き、ギャンブルで壊れた金銭感覚も徐々に健康になり、自販機でジュースを買うことをためらい水を飲むようになってきた。ちなみにタバコで汚れた肺が健康な水準まで元に戻るためには10年かかるらしい。

 バイト期間が終わり、毎日を好きに使える生活に戻った。とりあえず溜まっていたアニメを見る。YouTubeを見る。部屋の掃除をする。

 そういえば、パチンコ屋の喧騒の中にどっぷりと入っていく感覚をしばらく味わっていないな。

 そう思い至ったのは翌朝くらいだった。とりあえず仕事も無い、用事も無い、お腹も特に空いていない。こんな時になんとなく足が向かうのはやはりパチンコ屋であった。人生の大目標を失った人間の先には、常に賑やかな自動ドアが待っている。

パチンコの監視カメラに敬礼するやつはいる


 徒歩で13分。都内で暮らすには少し遠い最寄駅の真向かいに、いつも行くパチンコ屋さんがある。机の上に散らばった書類の中から会員カードを探し、小銭入れの中に乱暴に放り込む。他に用事がないから鞄も持たずに万札を1枚だけ尻のポケットに入れて家を出た。

 ずっと背中に仕事道具の重さを感じながら歩いていたから、体のバランスが取れなくて前につんのめりそうになった。体が軽い。久しぶりにパチンコを打つ。

 店内に入る直前にイヤホンのノイズキャンセリング機能をONにする。これから楽しいパチンコライフを送ろうとしている諸君へのアドバイスだが、パチンコ屋に入る時には耳栓になるものを購入して欲しい。

 パチンコ台の音を聞かないのか、と思う人もいるだろうが、パチンコ屋の中の音はあまりにも爆音なので、耳を塞いでちょうど良いくらいだ。ノイズキャンセリング機能をONにしてやっと自分の台の音だけがクリアに聞こえる音量になる。健康も害さない。誰もタバコを吸わないし。

 久しぶりの「出勤」に驚いた店員はいるだろうか。先月まで毎日のように通っていた人間が1ヶ月ぶりに来店しているんだ。

 誰からも認知されている様子はなく、僕は新台コーナーを練り歩く。杞憂ではない。こう、パチンコ屋の店員と客はこうであるべきだ。お互いに顔を覚えているが決して交わらないこの距離感。負けて熱くなっている時も、勝ってウキウキの時も、一人の時間を尊重し合う……。

 厳しい禁煙ルールによって浄化された空気。いつ催しても近くにあるトイレ。安心を思わせるほどに天井に貼り付けられた監視カメラ。

 僕は1ヶ月パチンコを「寝かせた」。毎日のようにがむしゃらに打っていた1ヶ月前とは違う。運も貯めた。勝てる気しかしない。今日のパチンコは久しぶりに通っていた店への挨拶だ。

「バイト、ひと段落したよ」

 と、監視カメラに一礼する。新台の仮面ライダーに座り、金を入れようとしたところで飲み物がないことに気が付く。僕がパチンコのお供に選ぶのはいつもMAXコーヒーだ。絶対に体に悪いあのジャンクな甘さが、元お坊ちゃんの僕には少し背徳的でドキドキする味だった。冷蔵庫を持っていないのでキンキンに冷やされたMAXコーヒーに口が驚く。

 席に戻り、仕切り直すために今度は違う監視カメラを睨み付ける。わかってるだろうな。ここで「上手くやらなきゃ」客が一人離れていくぞ、と。人身掌握に必要なのはたくさんの感情の顔を上手く使い分けることだと、テレビか何かで言っていた気がする。

 1万円をサンドに入れ、貸出ボタンを押す。コミケの朝みたいに上皿に銀の玉が流れ込む。

 さあ、「寝かせた」成果を見せてくれよ。

うんともすんとも言わない1万円


 1万円じゃ少し足りなかったのかもしれない。1ヶ月も寝かせたのにうんともすんとも言わなかった。あまりこういうことは少ない。勝てる月と勝てない月が交互に来るものだろう。そりゃあ負ける想定もしていたが、本当に負けると少し落ち込む。

 1万円をあっという間に使い果たし、バイト一日分だなあ、と冷静になる。荷物を整理しながらどんな演出が良いのか調べていると、「遊タイム」の文字が目に入った。しまった、と焦る。

 遊タイム、とは、最近のパチンコ台に実装されているシステムのことで、一定回数ハズレが続くと強制的に時短モードに突入する救済措置のようなもの。

 このモードまで近ければ近いほど、勝つのに必要な金額は少なくなる。仮面ライダーもそのシステムを採用していて、僕が打ち終わった後には「遊タイムまで残り220回転」と書いてあった。220回転といえば、大体1万円と少しあれば到達する。普通に詳しい人が見たら僕は期待値を捨てたバカみたいに見えてしまう。

 ……恥ずかしい!

 尻ポケットの1万円と小銭しか持ってなかった僕は帰らざるを得ない状況で、誰にも見られないように席を立った。こんなミスは滅多にない。というかパチンコに天井をつけるなよ。いつ打っても等しく運なのが良いんじゃないか……。

 顔を赤らめて早足で家に帰る。美味しい台を残してきた後悔よりも気づかなかった恥ずかしさが勝っていた。早く忘れてしまいたい。

 アニメを見て忘れようと思ったが、昨日全部溜まっていたのを全部見てしまったので、特にやることもなかった。

「寝よ」

 僕は寝た。寝ることでパチンコがうまくなってくれていたらいい。
〈文・犬〉

【犬】
フィリピンのカジノで1万円が700万円になった経験からカジノにドはまり。その後仕事を辞めて、全財産をかけてカジノに乗り込んだが、そこで大負け。全財産を失い借金まみれに。その後は職を転々としつつ、総額500万円にもなる借金を返す日々。Twitter、noteでカジノですべてを失った経験や、日々のギャンブル遊びについて情報を発信している。
Twitter→@slave_of_girls
note→ギャンブル依存症

―[負け犬の遠吠え]―

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引越しの高すぎる見積もり額に尻込みした結果「どえらい目に」

2020年10月5日 12:45 日刊SPA!

 引っ越しは誰でも人生で一度や二度、経験しているイベントではないだろうか。特に、実家を出ていたり社会人になってからの引っ越しは、自分が主体となってハンドリングしなければならない。

娘のためにマイホーム購入を決意


 吉田和夫さん(38歳・仮名)は、6歳になる娘と妻の3人暮らし。子どもが小学校に入学するのを機にマンションを購入した。

「結婚してから住んでいたマンションの家賃が高かったため、次は購入しようと悩んでいました。周りでも、増税前にマンションを購入した人がちらほら出てきて、焦ったのもあります。ずっとマンションを探し続けていたのですが、内覧をしていたら、もっと良い物件があるように思えて、増税前のタイミングを逃してしまったんです」

 今回は見送り、そのまま賃貸でも良かったように思えるのだが、引っ越しを強行したのには訳があった。

「娘が越境して通っていた幼稚園の友達たちが、ほぼみんな同じ小学校に入学する予定だったんです。娘がどうしても幼稚園の友達が入学する小学校に通いたいと言ったため、入学までに間に合わせる必要があった。結局、引っ越しの繁忙期である3月に引っ越しを決行することになりました」

引っ越しの見積もりが高すぎると様子見すると…


「でも、大手に見積もりを頼んだら、2DKで10万円を超えたため、高すぎると思い様子見にしたんです。数日経ってから別の引っ越し会社を当たってみると、どこも満杯で焦りました」

 確かに3月は引っ越し繁忙期でもあるが、日付や曜日にこだわらなければ見つかりそうなものだが。

「少しでも安く済ませたかったので、仕方なく平日の金曜日の引っ越しを選びました。うちの家は大安吉日にこだわるので、結婚式など家の行事もすべて大安に行ってきました。他は譲れても、これだけは譲れなかったんです」

 しかし、大安にこだわりすぎたためか、引っ越し会社数社から断られてしまうことに。

「結局、最初に見積もりを取った10万円超えでも仕方ないと諦めたんです。でも連絡が遅かったのか、満杯で無理と断られました。なんで埋まってしまう前に連絡をくれなかったんだろうって恨みますよ…。

 実は、金曜に引っ越しをし、土日で片づけて、月曜に先に住んでいた部屋の引き渡し予定だったんです。前の部屋の引き渡し期限も決まっていたので、もうその日に引っ越すしかできない状況。そこで引っ越し会社に泣きついたら、2tショートトラックなら用意できると言ってくれたんです。このサイズは単身の引っ越しパックなんですがね…」

新居はエレベーターのないマンション。自力で荷物を運び汗だくに


 吉田さんは、時間があれば往復を頼めるかもしれないと、心の中で期待した。

「当日は、冷蔵庫やツインベッドなどの大物を入れたら、ほぼトラックは満杯になりました。それなのに、部屋の中の8割ほどの荷物が残る羽目に…。追加料金を払うから、運んでもらえないか頼んだのですが、その日は予約が詰まっていたらしく、引っ越し会社の人は荷物を運んだらさっさと行ってしまいました」

 結局、残った荷物は吉田さんがカーシェアリングを利用し、新しい家と元の家の間を普通車で運んだそう。

「カーシェアリングも、安く済ませたいため、夜から早朝にかけての時間帯で借りました。普通車だったので、一回に荷物が6~8個しか乗りませんでした。娘と嫁の服や、おもちゃが入ったコンテナ型のクリアボックスが何個も出てきて泣きそうになりました」

 しかも新居は、中古マンションのためエレベーターが付いておらず、階段だという。これは地獄である。

「3階まですべて自力で、荷物を運びました。新しい家と元の家の距離は車で10分程度ですが、1日に一人で運べる限界は10往復ほどで、2日かけて20往復してやっと運び終わりました」

引っ越し作業を手伝わない嫁


 かなりの重労働に同情はするが、奥さんは手伝わなかったのだろうか?

「妻に荷下ろしを手伝ってもらうために一度車に乗せたのですが、マンションのロビーに荷物をすべて置いたままにして荷物を部屋に取りに行っているのを知って『盗まれたらどうするの』と激怒。結局妻は、見張り番としてロビーにいることに。誰もカラーボックスなんて盗まないと思いますが…。

 引っ越し直後には、ルクルーゼの鍋がすぐ出てこないことでも喧嘩にもなりました。もうこれには懲りたので、引っ越しは業者に頼むのが一番と思いました」

 結局、最初の引っ越し会社の見積もりとほとんど変わらない金額で大変な引っ越しになったそうだ。<取材・文/池守りぜね>

―[引っ越しに失敗した人々]―

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貧困家庭出身の東大生が「バカと貧乏人こそ東大に入るべき」と断言する理由

2020年10月5日 12:42 日刊SPA!

―[貧困東大生・布施川天馬]―

 現役東大生の布施川天馬と申します。学生生活の傍ら、ライターとして受験に関する情報発信などをしています。

東大生は本当に「すごい人」なのか?


 みなさんは、どんな人が東大に進学すると思いますか? クラスのガリ勉くんでしょうか?完全無欠のエリートでしょうか? とりあえず、東大に行くような人は「なんだかすごい人」であるというようなイメージはあると思います。

 では、どんな人が東大に行くべきでしょうか? 「すごい人」こそが東大に行くべきなのでしょうか?

 確かに実際に東大へ進学している人の多くが「すごい人」です。しかし、だからといって「すごい人」が東大を目指すべきということではありません。むしろ正反対。僕は「すごくない人」こそ東大に行くべきだと考えています。

 東大進学という選択肢は「弱い人」こそ行うべきなのです。今日は「なぜ弱者こそ東大に行くべきなのか」について、みていきましょう。

「東大卒」というブランド力


 なぜ東大に進学することは、弱者の戦略といえるのか。それは自分に何も取り柄がない人間こそ「東大卒」というブランドがより効果を発揮するからです。

「東大卒だからって使えるわけじゃない。むしろ自分の周りには中卒や高卒だけれども、東大卒なんかよりもバリバリ働いて稼いでいる人がいる。彼らのほうがずっとすごい」という言説があります。これについて僕はその通りだと思います。

 お仕事で稼いで身を立てていくには、それなりに能力が必要です。その能力の方向性は体力であったり、知力であったり、カリスマ性であったりとさまざまですが、何かしらの能力に秀でている方なら、東大卒のブランドなんてなくても稼いでいけます。

 そういう意味では「社会に出て貢献できる能力」があるかどうかについて学歴は関係ありません。

学歴がなくても活躍できる人はいるけれど…


 だからこそ、こういった人たちは本当に東大卒なんかよりもバリバリ働いて稼いでいるのでしょう。

 そして、彼らはきっとどのような環境にあっても、持ち前の能力やバイタリティを発揮して、社会に出て活躍したはずです。そういった意味では、東大卒のブランドなんてものはまったく必要のない人間であるということができます。

 しかし、大半の普通の人にはそんな能力はありません。残念ながら、そういった環境からバリバリ稼いで大金持ちになるような実業家というのはほんの一握り。そういった人たちが身を立てるためには、「学歴という武器」が効果的なのです。

同じ大卒でも平均年収の格差は約2.5倍


 コンサルティング会社の調査によると、大卒男性の平均生涯年収が約1.8億円で、東大卒の平均生涯年収が約4.6億円。同じ大卒であるにもかかわらず、2.5倍近くにも上る年収の差が出てしまうということになります。

 これはひとえに東大卒というブランド力と、東大に入学できるまでに鍛えられた情報処理能力などが有利に働いた結果であるといえるでしょう。

 僕の個人的な意見ですが、たとえ受験であったとしても「日本の上位数パーセントにまで上り詰められるほどに自分を追い込んだ経験や、もしくはその能力がある」ということが、さまざまな面で高く評価されるゆえだと考えています。

 ですから、「自分には取り立ててアピールできるようなポイントがない」もしくは「社会に出て腕一本で稼いでいくような能力がない」と強く感じている人こそ、東大に行くべきなのです。なぜなら東大卒というブランド名は、「何物でもない」と強く感じているあなたを「東大」というブランドで覆い隠してくれるからです。

東大で得られるコネクションの価値


 さらに東京大学に進学・卒業したときに得られるものは、「東大卒」という肩書だけではありません。一番の収穫は「ゆくゆくはエリートになるであろう優秀な学友たちとのコネクション」でしょう。

 これまでこの連載でお伝えしてきたように現状、東大に集まる学生たちは、裕福な家庭で教育投資をふんだんに受けながら育てられた人が非常に多いです。

 彼らの多くは東大という機関を経て、いわゆる大企業に就職したり、官僚になったりとエリートコースを歩み、社会階層の上層部へと昇っていきます。彼らは成功者として、同じく多くの成功者たちと繋がりを持ち、互いに協力したり、切磋琢磨することでさらなる成功体験を積み上げていきます。

 若い頃では一流名門校に通う学生たちがお互いにお互いを高めあって成績を伸ばし、集団で東京大学などの名門大学に合格するといった例が挙げられるでしょう。

貧乏人こそ東大に行くべき理由


 僕自身があまり裕福でない家庭出身だからこそよくわかるのですが、そういう環境にいると、大企業に勤めてバリバリ活躍している人だとか、官僚だとか、そういった人々と接する機会はほとんどありません。

 だからこそ、成功体験が身内、もしくは交友関係のなかに限られてしまい、次第に上を目指すという意識が薄れていくのではないかと考えています。「東大なんて」と敬遠される理由はここにあるのではないでしょうか。

 そういう意味で東大進学には意味があるといえます。貧乏人だからこそ東大に行くべきであると僕が言い切る理由はここにあるのです。

弱者でも東大に行ける仕組みが必要不可欠


 現状では東大入試は「課金ゲーム」の要素が強いです。幼いころから教育投資と英才教育を受けてきた裕福な家庭の子息たちが入学し、次の世代の安定を得るという構造は非常に堅固なものになっています。

 しかし、だからこそ、東大に入りさえすれば今の貧乏な境遇を全て吹き飛ばすことができるだけの「東大卒」と「東大に入って得た友人たち」という強力なカードを手に入れることができます。

 自分の境遇に絶望している弱者であるからこそ、東大に入れるような仕組みが求められているのではないでしょうか。

【布施川天馬】
1997年生まれ。世帯年収300万円台の家庭に生まれながらも、効率的な勉強法を自ら編み出し、東大合格を果たす。最小限のコストで最大の成果を出すためのノウハウを体系化した著書『東大式節約勉強法』が発売中

―[貧困東大生・布施川天馬]―

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家に帰りたくないサラリーマンの実態。コンビニ巡りで時間をつぶす日々

2020年10月5日 12:41 日刊SPA!

 家に帰りたくないサラリーマンの心の声を聞く――。’18年、働き方改革で残業時間が減り、家に居場所がなく会社をよりどころにしていたサラリーマンの「フラリーマン」化も加速。

 そして’20年、コロナ禍の影響で「在宅」が求められるようになった今、フラリーマンたちはどうしているのか。「家に帰りたくない」500人への調査でわかった漂流会社員の新たな実態に迫る!

フラリーマンの時間をいずれはお金に換えたい


●Y本さん……9年前の結婚直後からフラつき癖があった。第1子が生まれて一時期収まるも、娘が成長し義母との同居が始まったことで再びフラつき始めた

 Y本さん(41歳・介護職)は、コロナ禍でのフラつく先として重宝している地元のコンビニの駐車場で缶コーヒーを片手に、自身の置かれている環境について話をしてくれた。

「私は9年前に結婚をしたのですが、自分の部屋がなくなってしまったことで家にいるのが苦痛になり、すぐにフラつくようになりました。4年前に妻が出産して、一旦は家にいるようになったのですが、コロナのタイミングで同居中の義母が認知症を発症して揉め事が一気に増えたんです。今は家にいることにデメリットしか感じないですね」

 しかし、コロナ禍ではろくにフラつく先もない。そんな中でY本さんが熱中している趣味が、コンビニ巡り。通勤に使っている電動自転車で、さまざまな店舗に足を運んではアプリのポイント稼ぎをしているそうだ。とはいえ趣味に興じながらも、妻に対して多少の罪悪感があるのも事実だという。

「夫婦仲は悪いわけじゃないし、わりと好きにさせてもらえてるほうです。妻は義母の介護もして子供の面倒も見て、家事にアルバイトまでやっているので申し訳ない気持ちも少しあるんですよ」

 また、趣味のポイント稼ぎも最大値が目の前で、終わりは近い。

「せっかく時間があるので、もうちょっと生産性のあることをしようかなと考えてます。もちろん、本業の負担にならない範囲ですけどね。フラリーマンでいる時間を少しでもお金に換えられれば、結果的には家族のためにもなると思うので」

コロナ禍でフラリーマンも変化


 働き方評論家の常見陽平氏はこうしたフラリーマンの変化を、コロナ禍でプラスの方向に働いた良い例だと主張する。

「これまでのフラリーマンは、ただフラフラすること自体が目的でした。しかし、フラつこうにも安易に外出のできない世の中になったからこそ、自分がどういう場所にどう出向くかも考える時代がやってきたのです」

 自主性までもが求められるようになってしまったウィズコロナ時代のフラリーマン。それができない人にとっては、時間だけが余ってしまう、生きづらい時代となってしまったに違いない。

漂流する会社員アンケート調査

※2020年9月1~2日、35~55歳の既婚者会社員男性3048人を対象に調査

Q1.家に帰りたくないと思いますか?

YES 16.4%
NO 83.6%

以下、YESと答えた方500人に聞きました

Q2.帰宅時間を遅らせる頻度は?

・毎日 21%
・平日は毎日 23%
・休日だけ 10%
・週に2~3回 26%
・週に1回 19%
・その他 1%

Q3.家庭内で自分だけの時間はありますか?

・ある 24%
・少しある 42%
・あまりない 27%
・全くない 7%

【働き方評論家・常見陽平氏】
千葉商科大学国際教養学部准教授。雇用・労働、キャリアなどをテーマに調査研究を行っており、現在は執筆や講演を中心に活動中

<取材・文/週刊SPA!編集部>
―[漂流する会社員の肖像]―

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菅義偉首相が誕生し、アベノシンジャーズは彷徨う亡者と化した/倉山満

2020年10月5日 12:40 日刊SPA!

―[言論ストロングスタイル]―

菅義偉首相が誕生し、アベノシンジャーズは彷徨う亡者と化した


 亡者たちが彷徨っている。アベノシンジャーズのことだ。

 連中は、「安倍さんを応援しない奴は保守じゃない!」と安倍晋三前首相の悪口を言う人間の悪口を言うことで飯を食ってきた。そして言い逃れできないと、「それはすべて菅官房長官がやったことだ」と責任転嫁した。

 特に検察人事をめぐる一連の黒川騒動では、「黒川〔弘務東京高検検事長:当時〕さんと仲がいいのは菅だ! 安倍さんは関係ない!」と強引な主張を展開した。

 また、「親中派の新自由主義者の菅が安倍さんの足を引っ張っているんだ!」などと言いふらした輩が大量にいる。何を根拠に親中か不明だし、その手の議論で「新自由主義」と普通の自由主義を区別した御仁に会ったことが無い。

 その安倍さんが、いなくなった。そして悪しざまに罵ってきた菅義偉官房長官が新首相となった。昨日までの己の言論を忘れすり寄ろうとする者、錯乱する者……。哀れなり。

新内閣が発足


 さて、新内閣が発足した。日本の総理大臣は自民党総裁である。自民党総裁は、派閥の談合で決まる。

 安倍内閣では、石破派を除き総主流派体制だった。その中でも、細田・麻生・二階の三派が主流派、岸田・竹下・石原が準主流派の扱いだった。総裁選を通じ、岸田派が反主流派に転落、竹下・石原両派が主流派入りした。そして安倍内閣で要だった、麻生太郎副総理・財務大臣と二階俊博幹事長の主導権争いが激化している。

 いち早く菅支持を打ち出した二階幹事長に対し、細田・麻生・竹下の三派が共同記者会見で菅支持を打ち出した。麻生氏の呼びかけで、二階はずしを目論んだとのこと。

 二階派は、二階幹事長が留任。長らく入閣できなかった平沢勝栄氏を大臣に押し込み、政権の目玉である携帯電話値下げに切り込む総務大臣も得た。無難な論功行賞である。武田良太大臣は、突破力に定評がある。

 安倍政権末期、「座敷牢」に閉じ込められた感があった菅官房長官(当時)を支えたのが二階幹事長と、石原派の森山裕国対委員長だ。

「MSNライン」と称される。二階氏は森山氏を官房長官に推したが、さすがに通らなかった。だが、石原派は国対委員長の他に、これまた今まで入閣できなかった坂本哲志氏が入閣。

 二階・石原両派とも満足だ。

対する麻生派は…


 対する麻生派は、麻生財務大臣が留任、主流派の証である党四役(国対委員長を入れると五役)を確保。閣僚数も2で、うち一つは政権の目玉の規制改革。面目は保った。なお、河野太郎大臣は、ここで成果を残すことが将来の首相への跳躍台となる。

 両者対立のドサクサで最も浮上したのが、竹下派だ。政権の要の官房長官の他に、主要閣僚の外務。さらに選挙前の選対委員長。3人とも安倍前首相に近いと言われる。

 だが、本欄で再三指摘してきたが、この派閥は引退して久しい青木幹雄氏の影響力が強い。茂木敏充外相と加藤勝信官房長官は竹下派の後継争いを繰り広げているが、青木氏の眼鏡にかなった加藤氏が優位に立ったと言われるようになった。

 割を食ったのが、細田派だ。党四役の政調会長こそ押さえたが、選挙対策委員長を手放してである。大臣の数こそ5と多いが、主要閣僚は一つも得ていない。萩生田光一文相を官房長官に押し込もうとしたが、失敗したとか。最大派閥の強みを生かせなかった。

今は発足当初で支持率は高いが、御祝儀だ。早期解散ができねば、何が起きるかわかるまい


 ところで菅首相は、「無派閥」としか報道されないのに「菅派」とは奇異だろう。実態は25名の小派閥とか。ここでは菅首相と近い3人を「菅派」と称した。官房長官を自派で得られなかったのは、痛い。

 総評すると、弱体内閣である。小派閥を率いた首相は、大派閥に翻弄される運命にある。では、突破口はどこか。

 衆議院の早期解散である。早期解散論の筆頭は麻生財務大臣だ。自らの内閣で早期解散できず、政権喪失の大敗に至った。その教訓から進言している。

 これに反発しているのが、公明党だ。創価学会は公明党だけでなく、自民党の最大支持組織でもある。

「コロナが収束するまで解散はできない」と釘を刺す。公明党は二階幹事長と関係が深い。ただ、当の二階氏は組閣前には公明党に同調していたが、今は「総理の判断されること」と下駄を預けた。下村博文政調会長が「今すぐやるべきだ」と発言すれば山口泰明選対委員長が「やりたいからやるという問題ではない」と打ち消す。

 結果、臨時国会召集は10月下旬で調整している。菅首相自身も、早期解散には前向きではないようだ。

「政界の一寸先は闇」を誰よりも知っているのは菅首相自身


 だが、「政界の一寸先は闇」を誰よりも知っているのは菅首相自身だろう。既に景気の劇的な悪化を示す数字が上がってきている。今は政権発足当初だから支持率は高いが、御祝儀だ。何としてもコロナを収束させて解散総選挙を打たねば、何が起きるかわかるまい。

 コロナが収束するのか? 逆に訊こう。そもそも、安倍前政権が科学的知見を尊重したのか? コロナで自粛した方が政権運営に都合が良いから、騒いだだけではないのか。ならば、政治的理由で収束する。

 自民党に、潔く下野するなどという概念はない。権力の座を守るためなら、いかなる手段もいとわない。菅内閣の立場で論じるなら、もっともらしい理由を並べて、コロナを収束(したことに)させ、総選挙を断行すれば大勝間違いなしだろう。そうすれば政権基盤は強化できる。それを好まない勢力がいるということだろうが。

誰が総理大臣でも、国民の為になればいい


 誰が総理大臣でも、国民の為になればいい。菅首相はさっそく、「規制改革」を掲げた。規制とは、官僚が国民に指図する根拠法令のことである。不要な規制を廃止、整理してくれるなら大歓迎だ。ということは、官僚の抵抗は激しくなるだろう。

 ほとんどの官庁は戦々恐々で、菅首相の古巣の総務省などは狙い撃ちされている感がある。武田大臣とその背後に控える二階幹事長の力で総務省改革を行おうとしているのだろうが、どうなるか。

 外政では、安倍前首相の実弟の岸信夫防衛相が注目だ。前内閣以来、経済安全保障に取り組んでいる。この分野は麻生財務大臣も後押ししている。

 私は政権発足直後であり、「期待を込めて見守る」との立場である。

【倉山 満】
憲政史研究家 ’73年、香川県生まれ。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中より国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務め、’15年まで日本国憲法を教える。現在、「倉山塾」塾長、ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰し、大日本帝国憲法や日本近現代史、政治外交について積極的に言論活動を行っている。ベストセラーになった『嘘だらけシリーズ』など著書多数。最新著書に『13歳からの「くにまもり」』

―[言論ストロングスタイル]―

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夜の女のリアルな恋愛事情「誰もが一度はホストに惹かれる」

2020年10月4日 09:58 日刊SPA!

―[キャバ嬢に訊け]―

 人の入れ替わりが激しい夜の世界では、その人間模様も様々。特に夜の女の恋愛に関しては、一般的な昼の仕事をしている女性に比べると大きく異なるといえるだろう。

 今回は、様々な男と女を見てきた熟女キャバ嬢の恋愛について聞いてみた。夜の女の恋愛事情とは、どのようなものなのだろうか――。

夜の女の恋愛事情その1…ホスト


 まず最初に「水商売をやったことのある女なら、誰もが一度はホストに惹かれる」と話すのは、都内の熟女キャバクラに勤務するミレイさん(仮名・35歳)。

「私が20代の頃、ホストがメディアに露出していたのもあって、仕事帰りに飲みに行くこともよくありました。私はあまり有名ホストに興味がなく、そんな中で指名していたのは全然有名店じゃない超小箱の内勤ホスト(笑)。彼は私より5歳年上で当時、歌舞伎町に出てきたばかりの私にとってお兄ちゃんみたいな存在で、今思えば淡い恋心をい抱いていたのかも。

 2年ほど指名していたのですが、その人の何がすごいかというと、30歳できっちりホストを引退をして地元に帰ったんですよね。普通、ホストって飛ぶかダラダラ続けるかのどちらかなのに。しかも、最後まで私にお金の面で無理させることもなく優しかったんです。今思えば、理想の水商売の人間だったのかも……とすら思っちゃいますね」

 開口一番、ほっこりする話で意外と拍子抜けしてしまった筆者。しかし、ミレイさんの周りにはホストに惚れてしまったばかりに、とんでもない目に遭わされたというキャバ嬢も。

「私と一緒にホストに行っていた子は、いつの間にか店をやめてしまいました。ホストにハマってどんどん痩せていって、口には出さなかったけれど相当お金を遣わされていたみたいです。最後に会ったときは愛人がいるみたいなことを言っていましたが、髪も肌もボロボロ……。

 それでもホストに行くときは髪をセットして、『仕事は会社経営をしている』とか嘘を言っていたみたいです。ホストにハマる女の子によくある虚言癖なのですが、見ていて胸が痛みましたね」

夜の女の恋愛事情その2…店の黒服


 夜の女の恋愛話を聞いていると、ホストの次に多いのが同じ店の黒服との恋愛だ。黒服とキャストが交際することは夜の世界では「風紀」といわれ、表向きにはご法度とされているが、「黒服との恋愛で成長できた」と語るのは、都内のラウンジに勤務するミハルさん(仮名・39歳)。

「20歳のときに初めて働いたキャバクラでは若かったし、見た目だけで場内指名もよく入っていたこともあり、全然やる気がなかったんです。そんなときに新しく入店してきた店のボーイに一目惚れして、私から誘って店長に内緒で付き合うことに。それで、さらに仕事のやる気をなくした私はそれから2か月も経たないうちにフラれてしまったんです。

 しかもその後、私をフッたボーイが仲良くしていたのは、期待の新人でもある19歳の超かわいいキャバ嬢。コイツにだけは負けたくない!と、それから人が変わったように仕事に対して真面目に打ち込むようになったら、3か月後にナンバー入りすることができたんです!

 その後、ボーイからまた誘われたのですが、そのときにはもう仕事のほうが楽しくて彼への興味は薄れていましたね(笑)。でも、後から考えてみると全部店長が仕組んだことなんじゃないかな。ボーイから私に色恋を掛けさせて、あえて振ることでヤル気を出させたのかな~なんて。どちらにせよ、それから成績が落ちることはなかったので結果的には良かったんですけれどね」

黒服との恋愛で人生が変わってしまった


 一方、黒服との風紀がきっかけで人生が大きく変わってしまったキャバ嬢も……。現在、神奈川県のスナックに勤務するユイさん(仮名・35歳)だ。

「25歳のときに働いていた都内のキャバクラで、黒服と付き合っていたんです。でも、お互い若いこともあって2年ほどで別れてしまいました。その後、彼は同じ店の別のキャバ嬢と結婚。それからは、たまに奥さんの相談を乗ったりするなどして仕事後に飲みに行く仲だったんです。それがある日、いつものように飲みながら相談を受けていたら、ついそんな雰囲気に……。

 それから2か月ほど経った頃、私の妊娠が発覚したんです。彼は奥さんと別れるつもりはないだろうし、私も彼にそこまでしてほしくはないし、気持ちもなくなっている。でも、年齢を考えたら産む以外に選択肢がなかったんですよね。彼には『認知しなくていいよ』とだけ伝えて、私はそのまま店を退店しました。実家のある神奈川に戻って出産して、今はシングルマザーとして子供を育てています」

 山あり谷ありの熟女キャバ嬢の恋愛模様。たとえどんなことが起ころうが、欲に流されず、目指すものややるべきことがあるからこそ、彼女達はたくましく生きていられるのであろう。<取材・文/カワノアユミ>

【カワノアユミ】
東京都出身。20代を歌舞伎町で過ごす、元キャバ嬢ライター。裏モノ・夜ネタを主に執筆。アジアの日本人キャバクラに潜入就職した著書『底辺キャバ嬢、アジアでナンバー1になる』(イーストプレス)が発売中。ツイッターアカウントは @ayumikawano

―[キャバ嬢に訊け]―

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ソニン、NY留学で「変わった私」。歌や演技の技術よりも大切なこと

2020年10月4日 09:57 日刊SPA!

 今年10月18日に芸能活動20周年を迎えるソニン。シングルリリース発売、アニバーサリーライブなど、20周年イベントが目白押しの彼女にロングインタビューを敢行。前回、いま振り返るデビュー当時の話を語ってもらったが、今回は話題となった芸能活動休止してのニューヨーク留学、そして私生活と今後の展望について聞いてみた。

大事なことは直感で決めてきた


――2012年から芸能活動を休止してニューヨークに留学します。舞台で順調に活動を続ける中、いささか唐突な決断にも思えたのですが。

ソニン:唐突か……。たしかに世間からはそう思われていたかもしれませんね。ただ私の中では決して唐突ではなかったし、それどころか4年半ほど前から用意周到に話を進めたうえでの決断でした。ミュージカルを始めて1年くらい経った頃、プライベートでニューヨークに旅行に行ったんです。そのとき、直感があったんですよね。「ここに住みながら頑張ったら、私の中で何かが見つかるかもしれない」って。

──そんな大事なことを直感で決めてしまった(笑)。

ソニン:でも大事ですよ、直感って。歌手になったのもSPEEDさんのライブを観たときの直感からだし、私の場合、人生の大事な決断は直感で決めることが多いんですよね。ただ、留学に関しては周りからすごく反対されました。一番多かったのは「もったいない」という意見。「せっかく女優としてキャリアを重ねてきたのに」というわけです。

──周りは当然そう言うでしょうね。

ソニン:もちろん話としてはわかるんですけど、そういう意見を聞いていたら一生ニューヨークになんて住めないわけです。それで文化庁の新進芸術家海外研修制度というものがあるのを知り、すぐに応募。それ以降は仕事を入れないよう事務所にもお願いしまして。なかば強行突破みたいなかたちでアメリカに行きましたね。

オーディションは全戦全敗


──アメリカでは苦労も多かったということですが。

ソニン:ニューヨークは夢がある場所。それは間違いないんです。世界中からアーティストやパフォーマーはもちろん、事業家や研究者も夢を求めて集まっているわけですね。ただアメリカン・ドリームというのはそう簡単に掴めるものでもなく、厳しい現実に打ちのめされたりもする。私も向こうでは単にレッスンを受けるだけではなく、オーディションも受けていたんです。だけど、受けても受けても全滅で……。

──それは知らなかったです。自分のスキルを磨くだけじゃなくて、向こうで活動するつもりだったんですか。

ソニン:せっかくお仕事を辞めてまで来ているんだから、何かしら大きな“お土産”を手にしたかったんですけどね……。でも、現実的にはいろんな問題があるんです。まずは労働ビザの問題。そこをクリアにしないと、オーディションを受けることすらできない。

 あとは人種の問題。英語の問題。そして大きいのは精神的な問題。オーディションに行くと、他の人のギラギラした様子に圧倒されることばかりでした。

 とにかく全員がタフなんです。オーディションに落ちたところで、へこむ素振りも見せずに次のオーディション会場に向かっているような人しかいないんですから。狭い世界なんだなと痛感しました。最初のうちは1人で泣いたりもしていました。「私、なんのためにこっちに来たんだろう?」って。騙されそうになったこともありますし。

ニューヨーカーに抱いた尊敬の念


──どういうことですか?

ソニン:たとえばスタバで座ってコーヒーを飲んでいると、「君、可愛いね」とか話しかけられることがあるんです。それで「何やっているの?」とか聞かれるから、適当に答えるとしますよね。すると「えっ、歌もやっていたの? じゃあさ、俺のスタジオに遊びにきてよ。知り合いのプロデューサー(大物)も呼ぶからさ」みたいなことを身を乗り出して語ってくるんです。

 日本でそんなインチキ臭い人に会ったら、まず相手にしないですよね(笑)。だけどニューヨークの街というのは、そういうミラクルな出会いが現実的にありえるわけですよ。世界的に有名な俳優が、そのへんを普通に歩いている場所ですから。そのスタバのナンパ男が音楽界の重鎮で、超大物プロデューサーとリアルに知り合いという話があっても全然おかしくはない。

──そのへんの見極めが難しいですね。

ソニン:本当に難しい! ましてやこっちは女1人だから、なにか起こったら怖いですしね。だから、そういうときはニューヨークに住む業界の知り合いに相談していました。「こういう名刺もらったんだけど、行かないほうがいいかな?」とか。

 そういう部分でも気が休まらなかったです。そして今ニューヨークでの1年半を振り返ってみると、演技や歌の技術的な向上よりも「本来の自分を発見できた」という面が大きかった気がするんです。

「人の目を気にしない」という挑戦


──本来の自分とは?

ソニン:私は若い頃にデビューして、そこからは他人から見られる立場にずっといたから、どこかでカッコつけていたんでしょうね。自然と優等生でいようとしていた。

 だけどニューヨークに行ったら誰も人の目なんて気にしていないし、自分がやりたいようにしかやっていない。「嫌だ! 私は今日のディナーに行かない!」とか「私はこれしか食べたくない!」とか、ある意味、本当に身勝手。笑っちゃうくらい自分の信念を貫くし、自分の国のやり方で最後までやり通す。

 そんな協調性ゼロすぎる彼らに最初のうちは呆れ果てていたんですけど、だんだんそれが尊敬の念に変わっていったんですよ。「すごいな。この人たち、どうしてここまで自分を信じることができるんだろう?」って。そして翻って考えてみると「あれ? 本当の私の性格ってどんな感じだったっけ?」という疑問に突き当たった。芸能界という世界で、知らず知らずのうちに猫を被っていたんでしょうね。

──自分に対する本質的な問いかけかもしれません。

ソニン:人の目を気にしないで生きる──。それは私にとって初めての挑戦でした。だからニューヨークではいろんなことを試しましたね。向こうの友達って約束の時間に1時間でも1時間半でも平気で遅れるんですけど、「もういい!」と先に家に帰る。まずはそこから始めました(笑)。食べたいものを食べ、着たい服を着て、言いたいことを言う。表現者として、本当の自分を理解するというのはすごく重要なことなんです。ニューヨークでカッコ悪い自分も認められるようになって、大きく価値観が変わりました。

ストイックなイメージについて


──「舞台期間中、喉を痛めないように日常会話は筆談」「普段の食生活もビーガン」などストイックな面が取り沙汰されることが多いですよね。

ソニン:ストイックとか言われても、正直ピンとこないんですよ。たしかにストイックって言われることは多いんですけど、自分では全然そんなつもりはなくて。むしろ仕事していないときは相当だらしないほうだから(笑)。

 お財布や携帯を忘れることなんて本当にしょっちゅう。洋服も裏と表が逆ということがすごく多いし、タグを堂々とつけて着ているのを指摘されて赤面したりとか。仕事に没頭しているからか、それ以外のオフのときは自分でもヤバいと思うくらいボーッとしているんです。

──たしかにそれはヤバいレベルかもしれませんね。

ソニン:乗る電車の方向は間違えるし、方向音痴で待ち合わせ場所を勘違いするし……自分でもどうにかしたいんですけどね。もう東京に出てきてから20年経っているわけだし(笑)。私のプライベートを知っている人からは「大丈夫?」ってリアルに心配されています。

結婚願望はあります


──結婚・恋愛についてお伺いします。過去のインタビューでは「30代のうちに結婚したい」と答えていたり、一方では番組内で「仕事に没頭しているから恋愛どころではない」とコメントしています。現在の気分はいかがですか?

ソニン:結婚願望はあります。それは客観的に自分の人生を捉えたとき、「パートナーとともに人生を歩む」という経験をしたほうがいいと思うから。「自立する」ということに関しては昔から得意だったと思うんですけど、「人生をシェアする」「お互いに支え合う」という部分は通っていなかったんですよね。

──それはルームシェアじゃダメなんですか?

ソニン:ダメってことはないけど、子供も欲しいですし。出産のことを考えると年齢のことも少しは意識します。ただ恋愛に関しては自分からガツガツいけるほうでもないので、特に焦ってはいないんですけどね。パートナーを持ったほうが自分の人生がもっと楽しくなるかなという感覚があるんですよ。

コロナでYouTubeを復活


──コロナの影響で、エンタメ業界は大きな打撃を受けました。ソニンさんもようやく舞台での活動が復活しましたが、立ち止まっている間に考えたことも多かったのでは?

ソニン:いろいろ考えましたね。考えすぎて自分でもよくわからなくなるくらいまで考えました。だけど、考えているだけじゃ何も変わらないですから。とにかく家の中でも活動しようということで、まずはボランティアのプロジェクトに参加しました。

 それから休止状態だったYouTubeチャンネルも再開させた。ところがYouTubeを録り始めたら、その瞬間からいきなり忙しくなっちゃったんです。下手したら普通に仕事しているときよりもはるかに忙しい状態。もう毎日が寝不足で(笑)。

──まったく自粛期間にならなかった(笑)。

ソニン:YouTubeって、やることが無限にありますからね。カメラをセッティングして、画角を決めて、照明を調整して、ファイルにして送信して、ときには自分で動画編集して、自分で音も撮って、ソフトの使い方がわからなかったら勉強して……。

 今までプロの人たちがサポートしてくれていたことを、すべて自分1人でこなさなきゃいけないわけです。これはしんどいですよ。だから毎日、専門のスタッフさんに感謝していました。エンジニアさん、編集の方、照明の方……プロの方がいるからこそ、私は舞台や歌やインタビューに集中することができたわけで。コロナ前以上に感謝の気持ちを持って仕事の現場に向かっているのはたしかです。

つんく♂さんとは何度もメールを


──さて、久しぶりのシングル『ずっとそばにいて』が10月にリリースされます。なんと作詞・作曲はつんく♂さんですが、これはソニンさん自身のリクエストだったとか。

ソニン:デビュー20周年ということで私にとっても特別だったし、やはりここは原点回帰するべきなんじゃないかなと考えたんです。オファーを受けていただけるか不安だったんですけど、ありがたいことに曲を書いていただけることになりまして。どういうコンセプトにするかということに関しては、私のほうから「『カレーライスの女』のアンサーソングでお願いします」と伝えました。

──つんく♂さんは曲提供だけでなく、やりとりもしたんですか?

ソニン:何度も、スタッフチーム交えてやり取りしました。というのも、歌詞、テンポ、楽曲のアレンジ……本当にギリギリまで変更していったんですよ。その中で、つんく♂さんから「どういう気持ちでこの曲を書いたのか」「ソニンのデビュー20周年への想い」などを記した長い文章が届いたんです。

──うわぁ、それは読みたいですね。

ソニン:すごく熱い文章でした。デビューした頃から私のことを親目線で見守ってくれていたことが伝わってくるんです。ミュージカルや舞台に活動の主軸を移してからは、つんく♂さんとお仕事で一緒になることもなかった。

 でも、その間もずっと気にしてくださっていたみたいで。そういうことを踏まえて、この『ずっとそばにいて』は、つんく♂さんから私への祝福メッセージになっているそうです。本当に私も感激したし、このメールを読んだスタッフも泣きそうになっていました。

20年間変わらない信念


──最後に今後はどのような道を進んでいきたいか、ビジョンをお聞かせください。

ソニン:SPEEDさんのライブを観て「私も人を感動させたい」と思ったのが20年以上前のこと。それからいろいろありましたが、根本的なところは今も変わっていないんですよ。いまだに「人を感動させたい」「みんなを元気づけたい」「生きる活力になりたい」と考えています。もうこれは私の一貫した信念ですね。

──初心をいまだに忘れていないということですか。

ソニン:アイドル、女優、ミュージカル……ジャンルはまるで関係ないように見えても、全部が自分の中では繋がっているんだと思う。これからも表現者として「人のため、世のためにになりたい」と考え続けるのは変わらないでしょう。周りからは「もっと自分のために何かやったら?」と心配されることもあるんです。

 だけど、この「人に喜びを与えたい」という考え方が私の原動力なんですよ。究極的な目標としては、「愛情」とか「優しさ」とか温かい感情を伝えられる人間になるということ。人に喜びを与えるスペシャリストになりたいですね。

<取材・文/小野田 衛 撮影/丸山剛史>

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