cat_1_issue_oa-shujoprime oa-shujoprime_0_hkmqrkuk8mce_東京五輪で恩返し!ソフトボール絶対的エース・上野由岐子の挑戦 hkmqrkuk8mce hkmqrkuk8mce 東京五輪で恩返し!ソフトボール絶対的エース・上野由岐子の挑戦 oa-shujoprime 0

東京五輪で恩返し!ソフトボール絶対的エース・上野由岐子の挑戦

2020年8月10日 13:00 週刊女性PRIME

 北京五輪で“魂の413球”を投げ切り、悲願の金メダルに沸いた興奮と感動から12年。TOKYOで躍動するピッチング姿は1年先に。10代から日本代表で活躍したが、決して順風満帆ではなかったソフトボール人生。絶対的エース、チームの大黒柱の紆余曲折に迫る―。

ソフトボール日本代表・上野由岐子さん 写真提供/(公財)日本ソフトボール協会

ネットニュースで知った東京五輪の延期


 38歳の誕生日となる2020年7月22日。本来であれば、福島あづま球場でのソフトボール日本代表対オーストラリア(豪州)代表戦を皮切りに、東京五輪が華々しく幕を開けていたはずだった。

 絶対的エース・上野由岐子選手(ビックカメラ高崎)は世界が注目するマウンドに立ち、2度目の金メダル獲得への大きな1歩を踏み出していたに違いなかった。

 しかし、新型コロナウイルスの感染拡大によって世紀の大舞台の1年延期が決定。その後の世界規模での感染爆発によって開催自体も危ぶまれている。

 前代未聞の事態に対するアスリートたちの受け止め方はさまざまだ。

「1年後が見えない」と、7人制ラグビー挑戦を断念した福岡堅樹さん、現役を退いた女子バレーボールの新鍋理沙さんらがいる一方で、今夏の引退を表明していながら競技続行を決めたスポーツクライミングの野口啓代選手のような人もいる。

 そんな中、上野選手は迷うことなく五輪挑戦を決意。緊急事態宣言下の自粛期間を含めた4か月間、本拠地の群馬県高崎市で地道なトレーニングに励んでいた。

「1月までは、ごく普通に代表合宿に参加していたんです。コロナといってもそこまでではないだろうという気持ちもありました。でも2月~3月になって、これは完全にヤバイという感じになり、3月24日に延期が決定した。その一報はひとり自宅でネットのニュースで見ました。

 最初は“あと1年頑張らなきゃいけないのか”と思ったけど、“むしろ、もう1年やらせてもらえるのは感謝かな”と。“時間的猶予が生まれたおかげで、これだけのパフォーマンスができた”って言えるようになりたいと今は考えています

 '08年北京五輪ではラスト2日間で413球を投げ、頂点に立ち“神様・仏様・上野様”とさえ言われ、すでにひとつの大きな達成感を得ているはず。にもかかわらず、再び金メダルを目指そうという原動力は一体、どこにあるのか……。

 最大のエネルギーになっているのが、日本代表を率いる宇津木麗華監督の存在だと彼女は言い切る。

「麗華監督は親でも親戚でもないのに、自分に尽くしてくれる。自分のことをいちばんに考えてくれるんです。麗華監督と出会っていなかったら、ここまでソフトボールを続けることもなかった。だからこそ、恩返ししたい。熱い思いに応えたいという感情が湧いてくるんです」

 麗華監督は「正直、五輪延期でショックを受けたのは私のほうです」と明かす。

「でも上野は問題ない。1年くらい五輪が延びたからといって、実力が落ちるわけじゃないし、まだまだ伸びると思います。上野を超えるピッチャーはそう簡単には出てこない。彼女を中心に戦っていくのは変わりません」と、大きな信頼を寄せている。

 恩師と二人三脚でチームを押し上げ、再び成功をつかもうとしている上野選手。

 その生きざまを追った。

母との口論、父の喝


 1982年夏。上野選手は福岡県福岡市で生を受けた。誕生時の体重は3530グラム。ビッグベイビーが、のちの日本ソフトボール界のスーパースターになるとは、その時点では誰も想像していなかった。

 上野家は、会社員の父・正通さん(65)、看護師の母・京都さん(63)、2つ年下の妹の4人家族。幼いころから外を駆け回る活発な少女で、書道、ピアノ、水泳などさまざまなことに興味を抱いた。

「仕事より家庭が第一。子どもがやりたいことは何でもバックアップする」という考えの父は、娘の習い事を積極的にサポート。母も夜勤の多い常勤看護師を辞め、非常勤のパート看護師になるなど、子育てを最優先に考えた。

 上野選手が小学校3年のときに同級生に誘われてソフトボールを本格的に始めてからは、両親のサポート態勢もより強固になった。とはいえ、何でも好き勝手にさせないのが上野家流。以下のような家訓を課して、人間教育にも力を入れたという。

●「はい」という素直な返事

●「すみません」という謝罪の気持ち

●「私がします」という積極的な行動

●「おかげさまで」という謙虚な気持ち

●「ありがとう」という感謝の気持ち

「ウチの家訓は今も自分の中に焼きついていますけど、特に母の言葉にはハッとさせられることが多いですね。“人の悪口は言わない”“人に好かれる人間になれ”という普通のことなんですけど、自分が生きるうえでの指標になっていると思います」

 母は、娘の自立心の強さに驚かされたことがあるという。

「小3くらいのころだったと思います。体育の時間に使った紅白帽の洗濯を私に頼んだのに翌朝、洗濯されていないことに、由岐子と言った言わないで揉めたことがありました。それからは必ずやってほしいことをメモに書いてテーブルに置くようになったんです。本当は私のほうがそうするように教えなければいけなかったのに、何も言わなくても自分で考えて行動していた。そういうところは感心させられましたね」

 ソフトボールではメキメキと頭角を現し、小学5年からは男子チームに入ってエースピッチャーに君臨する。

 柏原中学校へ進んでからはより一層、存在感を増し、'97年夏の全国中学校大会で優勝した。

 その決勝戦では、こんなエピソードが。相手ピッチャーの球をなかなか打てないことに苛立った上野選手は思わずヘルメットをグラウンドに投げつけた。その姿を会場で目の当たりにした父・正通さんから、試合中にもかかわらず「道具に当たるとは何事か!」と一喝された。目が覚めた彼女は次の打席でホームランを放ち、チームを全国制覇へと導いた。

 普段は優しいが、ソフトボールになると厳しさを前面に押し出す父から“勝負の懸かったときこそ礼儀正しく振る舞うことの大切さ”を学び、成長したという。

再起不能もありえた大ケガ


 '98年4月に強豪・九州女子(現、福岡大学附属若葉)高校へ進学。ソフトボールが'96年アトランタ五輪から正式種目となったのを受け、彼女への期待が高まり、2000年シドニー五輪有望選手という見方もされ始めた。

 そして高校2年の夏、台湾で行われた世界ジュニア選手権で優勝。五輪初出場が叶うと思った矢先、体育の授業での走り高跳びで落下。腰椎の横突起骨折という重傷を負ってしまう。一歩間違えば、下半身不随になりかねなかった大ケガで、入院はなんと88日にも及んだ。もちろんソフトボールはできず、ひたすらベッドに寝ている日々。もちろんシドニー五輪出場の夢も消えた。希望に満ちていたソフトボール人生に暗雲が立ち込めた。

 そのとき再認識したのが「自分にはソフトしかない」という思いと、「大好きなソフトボールをもう1度やりたい」という気持ちが強く湧き上がり、奇跡的な回復を遂げていく。リハビリもつらかったに違いないが、愚痴ひとつ言わずに真摯に取り組んだ。

「“嫌なことや人の悪口を言葉にしてしまうと、ますます嫌な気持ちになるから言わない”と、由岐子は中学生のころからよく言っていました。もともと愚痴るような子ではなかったけど、苦しいときでも親の前で弱音を吐くことはなかったです」と、母・京都さんも娘の強靭なメンタリティーに驚かされた。

 大ケガから復活を果たした上野選手は'01年に日本リーグトップの日立高崎('15年1月からビックカメラ高崎に)に入団。五輪への挑戦が本格的に始まった。

「18歳当時の上野は口数が多いほうではなかったですね。でも周りへの気配りは飛び抜けていました。当時、チームを率いていた宇津木妙子監督(ビックカメラ高崎シニアアドバイザー)が“ピッチャーは特別なんだから、あまり雑用や用事をさせないように”という方針を示していたのに上野はいつも先に動いて練習の準備や片づけはもちろん、食事会場では率先してお皿を並べたり、配膳を手伝ったりしていました。外野手だった自分はよく怒られましたね

 苦笑いしながらエピソードを明かすのは、ビックカメラ高崎の岩渕有美監督。上野選手の3つ年上の彼女は'13年に現役を引退するまでともにプレーし、苦楽を味わってきた。現在は指導者と選手という間柄に変わったが、最速121キロの剛速球を投げる有能なピッチャーに対して、敬意を払い続けている。

 ソフト界では時速110キロのスピードボールを投げられる選手は数えるほどしかいない。もちろん、日本では上野選手ひとりだけだ。

「自分は速いボールを投げられちゃった感じ(笑)。時速120キロを投げようとして投げているわけじゃないんです。いいボールを投げたいと努力する中で、だんだんスピードが上がってきました」と淡々と言うが、やはり天賦の才によるところが大きい。

「足の速さと同じで、スピードボールを投げるのも生まれ持った才能。上野も新人時代は細身だったけど、時速110キロは投げていたと思います。その後、筋力がつき、体幹も強くなり、174センチの長身をうまく使えるようになって、一段と速さが増した。あれだけのピッチャーはそうそう出てきません」と、岩渕監督。

 “100年にひとりの逸材”と評される彼女だが、最初から絶対的エースだったわけではない。日立高崎時代の'02年ごろまでは増淵まり子選手ら経験豊富な先輩がチームにいたし、日本代表にも高山樹里選手という主軸ピッチャーが君臨していた。若さゆえの波もあり'04年アテネ五輪では大黒柱になり切れなかった。

アテネ五輪での挫折


 躓(つまず)きの1歩は開幕・豪州戦。宇津木妙子監督から先発の大役を任されたが、いきなり4回3失点KO。まさかの敗戦スタートを強いられたのだ。それでも予選リーグ最終戦の中国戦では、五輪史上初の完全試合を達成。決勝進出のかかる豪州戦で雪辱を期していた。しかし、上野選手は、まさかの出番なし。チームも0対3で敗れて銅メダルに終わった。

「あのときは22歳。“自分の結果を出すことが何よりのアピールだ”としか考えていませんでした。でも結果的に全くダメだった。大会中に胃腸炎になり、体調を崩したのも響いて、“自分はホントにまだまだだな”という挫折感だけが心に残りました。いちばん悔しかったのは、大事な場面を任せてもらえなかったこと。“上野、頼んだぞ”と監督やチームメートに言ってもらえるピッチャーにならなきゃいけないって思ったんです」

 北京までの4年間は、いかにして世界一に到達するかを模索する時間となった。そこで誰よりも親身になってくれたのが、彼女が師と仰ぐ麗華監督だ。上野が18歳で日立高崎に入ったときから日本の主砲として活躍していた偉大な先輩は、'03年から選手兼任監督となり、アテネを機に現役を引退。'04年夏以降は日立高崎から移行した日立&ルネサスの指揮官を務めていた。

 その麗華監督は「アテネでメダルを逃した最大の原因はピッチャー。もっとしっかりした人材がいれば、日本はより自信を持って戦えた」と分析。

「上野を世界一のピッチャーに育てて、北京五輪を託すしかない」と考え、上野選手を強豪国アメリカでの“武者修行”に誘った。頂点を目指す彼女も賛同。'05年6月、ふたりでアメリカ・ヒューストンへ赴いた。

 異国での最初の投球練習。ボールを投げようとした上野選手は、シドニー五輪で金メダルを獲得した元アメリカ代表のクリスタ・ウィリアムズ・ピッチングコーチにいきなり制された。

「あなたは今、投げる気がないでしょう。この1球を打たれたら終わりだという責任を感じながら、自信を持ってやりなさい」

 呆然とする愛弟子の様子を、麗華監督は傍らでじっと見つめていた。

「上野はそれまでのソフトボールへの取り組みを反省したと思います。単に時速120キロのスピードボールを投げればいいわけじゃない。常に感謝と責任を感じ、人間力を高めながらプレーしなければいけない。それを学べたのは財産になりました。アメリカでは、右バッターの内角に食い込むシュートを覚えさせるのが目的でしたけど、それ以上にスポーツマンたるべき姿勢を身につけた。そちらのほうが大きかったかもしれません

 上野選手は「若いころは自己チューだった」と述懐しているが、アテネ五輪くらいまでは、自分がうまくなるために必死で周りが見えていなかった。しかし、アメリカ留学で、それだけではダメだということを知った。この経験は上野選手にとって、ステップアップするために必要なものだった。

自己チューからチームのために


 帰国後、上野選手は'05年に大鵬薬品戦、翌年にシオノギ製薬戦でそれぞれ完全試合を達成。'07年には日本人初の1000奪三振、翌'08年には100勝を果たすなど、猛烈な勢いで駆け上がっていく。

「麗華監督に“配球とは何か”を教わったのは本当にプラスになりました。ピッチャーの仕事は“個人として抑えた、打たれた”という勝負じゃない。試合に勝つか負けるかが第1なんです。打たれなくても負けは負けだし、どんなに打たれても勝ちは勝ち。それが理解できてから、あまり自分の結果にとらわれなくなりました。確かに記録は残したかもしれませんけど、あくまで重要なのはチームの勝利。そのためのピッチングをしようと気持ちを奮い立たせていたんです

 そんなフォア・ザ・チーム精神の集大成となったのが北京五輪だ。

「日本の勝利のために」と言い聞かせてマウンドに立った大黒柱は、予選リーグからフル回転。ラスト2日間には、準決勝・アメリカ戦、決勝進出を決める豪州戦、決勝・アメリカ戦の3試合を投げ切った。日本悲願の金メダル獲得の原動力となった上野選手の“魂の413球”は、多くの国民を感動させた。

「この先、投げられなくなっても後悔しない。肩が壊れてもソフトボール人生が終わってもいいというくらい、すべてを懸けてマウンドに立ちました。誰にも譲る気などなかったです」と語気を強めた。

 壮絶な戦いの間、日本から支え続けてくれたのは、麗華監督だった。上野選手は神妙な面持ちで語る。

「試合が終わるたびに連絡していました。“調子どう?”“こういうプランで投げられたらいいね”という軽い感じの会話でしたけど、話をするたびに迷いが吹っ切れた。“麗華さんがこう言ってくれるならやろう”と決断もできた。背中を押してもらいました」

 金メダルを胸にかけ、帰国した彼女を襲ったのは想像をはるかに超えた“上野フィーバー”だった。所属チームには取材が殺到。9月から始まった日本リーグにもメディアやファンが大挙して押し寄せる事態になった。

 これまでの態勢ではとうてい手に追えなくなり当時、選手だった岩渕監督が上野選手担当マネージャーを兼務することになった。

「スケジュール管理や取材対応、テレビ収録の立ちあいを2年間やりましたけど、本当に目まぐるしい状況で、帰りが深夜になることも少なくありませんでした。本人はもともと人前に出るのが得意ではないので、疲れるうえに、緊張やストレスも重なる。競技に集中しづらくなっていきましたね」

 周囲が騒がしくなると、他者への気配りができず、対応もおざなりになりがちになった。日本リーグの試合後、声援を送ってくれる熱心なファンに笑顔すら見せることなく、足早に去っていく娘の立ち居振る舞いに母・京都さんは、こんな言葉をかけた。

「あなたは子どもたちにとってはスターなんだから、スターらしく振る舞いなさい」

 上野選手はハッとさせられたという。

「基本的に注目されるのが好きじゃなくて、“嫌だ嫌だ”と言っていたけど“立場上、しかたないんだから、駄々をこねずに受け入れなさい”と、母から言われた気がした。

 特に子どもたちから憧れの存在として見られていることに気づいて、ガッカリさせる態度はいけないと感じた。母の言うことは腑に落ちましたね。ストレートに自分を叱ってくれるのは、麗華監督と母くらい。そういう意味では胸に響くものがありました

 気持ちを新たにして、子どもたちの応援を励みにマウンドに立ち続けた。しかし、北京に突き進んでいたときのような闘争心や向上心はなかなか湧かず“燃え尽き症候群”に陥った。メンタルバランスが完全に崩れているのに、試合に起用され、投げれば打者を打ち取れる。力いっぱい練習しなくても結果がついてくる。超一流のアスリートとして中途半端な状況に腹が立ってしかたがなかった。

「このままだとチームに迷惑をかけるし、自分自身もダメになる……」

 ソフトボール人生で初めて生じた迷い。それをぶつける相手は、麗華監督以外にはいなかった。

「やる気がなくてもいいから続けなさい。続けることに意味があるんだから」

 尊敬する人にこう言われて、上野選手は「それでいいの?」と、反発して聞き返したくなったという。

 麗華監督は、このときの心情をこう語る。

「上野は世界一のピッチャー。彼女を失うのは日本にとって損失以外の何物でもない。ソフトボールへの思いを取り戻してくれるまで待とうと思ったんです。'10年の世界選手権も辞退したいなら、私が批判を背負おうと。“あなたは世界一。嫌なことを背負うために自分が横にいるから”と、彼女を励ましたのをよく覚えています」

 上野選手は落ち着きを取り戻した。

やる気が湧かなくても、続けさせてもらえるのならやろうと思ったし、どこかうれしい気持ちもありました。

 代表辞退のことも麗華監督が全部かぶり、いろんな批判を受け止めてくれた。自分のためにそこまでしてくれる人に、そうそう簡単に出会えるものじゃない。“麗華監督のために頑張ろう”と決心しました。彼女の言う“ソフトボールへの恩返し”を率先してやろうと前向きになれたんです」

子どもたちのスターに


 信頼を寄せ、強い絆で結ばれた恩師が'11年3月から日本代表監督に就任したことで、上野選手も代表に復帰。

 '12年ロンドン、'16年リオデジャネイロの両五輪は正式種目からはずれたため、大舞台に立つことができなかったが、'12年、'14年の世界選手権2連覇に貢献した。

 その一方で、'16年には肉離れや左ひざの負傷、昨年4月には下顎骨骨折で全治3か月の重傷を負ったが、乗り越えてきた。

 30代に入り体力的な心配もありつつ、ソフトボールへの情熱は消えることなく、大人の自覚を意識するようにもなった。

「30歳になったとき、母から“あなたも30なんだから、もっと大人の対応のできる人間になりなさい”と、言われて自覚を持ったんです。

 人間は、年相応の振る舞いが必要ですよね。'16年にソフトボールが東京五輪の正式種目に認められてからは、注目度も上がりましたし、数多くの子どもたちがカメラを向けてくる。それに対して笑顔で明るく対応をしなければいけない。だんだんそう思えるようになりました」

 所属先の柳川直子マネージャーは、ファンを大事にする一面をこう明かす。

上野には老若男女問わず、たくさんのファンレターが来るんですが、可能なかぎり、直筆で返事を書いています。ご両親の教育もあって非常に礼儀正しく、マメなのが彼女のいいところ。子どもたちへの気配りは素晴らしいですね。妹さんに甥っ子2人が生まれたことも大きいのかな。以前にも増して子どもたちを可愛がるようになったと感じます」

 後輩たちにも気さくな素顔を見せている。

 チームでも日本代表でも最年長プレーヤーになっている上野選手は、日常的に若いチームメートたちと接している。とりわけ、バッテリーを組むキャッチャー・我妻悠香選手には目をかけている。

「私は上野さんのひと回り年下。バッテリーを組んで6年になりますが、“ああしろこうしろ”と言われたことはないし、ぶつかり合ったことも1度もありません。私の意見を聞いてくれて、的確なアドバイスもしてくれる。チームを勝たせるために力を尽くしているのがよくわかります。

 グラウンドを離れると、岩渕監督の車に虫のおもちゃを置いて驚かせたりするようなイタズラ好き(笑)。甘いものも大好きですね。遠征先でスイーツを食べに行ったり、散歩がてらランチに行くこともあります。それに料理上手で、自宅で鍋を振る舞ってくれたこともありました。牛乳寒天もよく作って持ってきてくれるし、本当に面倒見のいいお姉さん。近くにいてくれて心強いです

 “鉄腕”でストイックな印象から、今は女性ならではの柔軟さと人間的魅力を持ち合わせた大人のアスリートに変貌し、進化を続けている。

ネットの活用、1年後に向けた展望と勝機


 東京五輪の1年延期が決まっても動じなかった。コロナ自粛期間には昨年の下顎骨骨折であごに入れていたプレートの除去手術を受けた。

 麗華監督は「本人も違和感があったと思うので、取りはずす時間ができたのはプラスでした」と、前向きだ。

 プロ野球やJリーグのクラブは緊急事態宣言下では活動休止に追い込まれたり、施設を使えなかったりしたが、上野選手はチームの専用スタジアムを使うことができたため、代表活動や日本リーグの期間以上に負荷をかけたトレーニングができたという。

「いつもは試合を考えて、メリハリをつけながら練習しますが、練習しかやることがなかったので、ひたすら追い込んだ感じです(笑)。こんなに時間があるのは(オフの)冬以来かな。ただ、冬は寒くて投げ込みもそんなにできない。自分のスキルアップのためにここまで時間をさけるのはなかなかない。チームの個人練習以外にはオンラインでヨガをやったり、かなり充実していたと思います

 今回のコロナ禍ではインターネットの活用に注目が集まったが、上野選手もユーチューブで情報を収集したりと、これまでにない取り組みにもチャレンジした。

「今まで“ネットは危ない”という印象があって消極的だったんですけど、今後、自分が指導者になったときに、群馬に居ながらにして沖縄や北海道、海外の人にも教える機会をつくることができる。そう考えると幅も広がるし、引き出しも増えますよね。

 自粛期間は、練習以外ほとんど自宅にいましたが、ユーチューブで配信していたお坊さんの禅の心を見て励まされたり、また頑張ろうと思えたりすることもありました。

 私はどちらかというと“やりたいことをやる”のがモットー。料理も自転車に乗って出かけるのもそうですけど、今の自由な感情を大事にしたい。そういう素の自分に戻れたのも大きかったですね。それを1年後に生かしたいと思っています

 麗華監督は「金メダルをとるためにはピッチャーの選手層を厚くしなければいけない」と、口癖のように言っているが、北京のときのように上野選手ひとりの力に頼るわけにはいかない。

 “上野と並ぶ柱”と目される藤田倭選手(29)のさらなる成長は不可欠だし、ビックカメラの同僚・濱村ゆかり選手(25)や勝股美咲選手(20)、新星・後藤希友選手(19)らに成長曲線を一気に上げてもらう必要がある。

「正直、この夏に東京五輪があったら……と考えると準備期間が足りなかった。来年でよかったです」と、我妻選手も偽らざる本音を口にしたように、新たな準備期間を最大限有効活用していくしかない。

「私も北京のときのように若くない。“自分ひとりで投げて完投して金メダルをとる”イメージは全く湧かないですし、次の五輪はいかに周りの選手に助けてもらうかを考えていく必要がある。15人のメンバー全員でサポートしながら戦っていかなければいけないと思います」

 と、上野選手は冷静に客観視している。そのうえで、速球に変化球も織り交ぜながら緩急つけ、相手に揺さぶりをかけながら、駆け引きでも勝るような新たなピッチングスタイルを確立していくことが求められる。

選手としてのこれからと結婚観


 ライバルのアメリカには、剛速球投手のモニカ・アボット選手(35)と、変化球投手のキャット・オスターマン選手(37)を筆頭に、多彩な特徴を持ったピッチャーが何人もいる。彼女らに投げ勝つためにも、さらなるスケールアップをする必要がある。

「自分の課題は、よく打たれている気がする左バッターをどれだけ抑えられるか。世界的には左バッターのほうが多いので、打たれる確率も上がるのはありますけど、そこでしっかり抑えることが最大のポイントでしょうね。

 チームとしてはどれだけ点を取れるか。自分を含めて今の日本ピッチャー陣を考えると、ゼロで抑えるのは難しいと思うので、点を取らなければ金メダルには手が届かないのかな。

 でもアメリカとは実力的には互角だし、ガチの勝負になってくる。決して勝てない相手じゃないと思いますよ

 12年前の決勝アメリカ戦と同じように、堂々とマウンドで投げ切った上野選手が歓喜のガッツポーズを見せてくれれば、まさに理想的なシナリオだ。母・京都さんは心からそう願っている。

「今までずっと頑張ってきて、今もまた頑張り続けている娘に私が言えることはありませんが、娘が自分らしく生きていくことを応援していますし、信じています。本当は“身体を大事にして”と、言いたいですけど、やはり“頑張って”としか言えないですね」

 そして恩人・麗華監督は、7月22日に開かれた代表ユニフォーム発表会見で、少し厳しい言葉を交えつつエールを送った。

「今の上野はすごく調子がいいです。ただ、来年7月21日に決まった豪州との開幕戦ピッチャーにするとは断言できません。先発は1週間前じゃないと決められないし、現時点では上野はないと思います。だけど、1年あれば私の考えも相当に変化するでしょう。上野とはこれからもコミュニケーションをとりながら、成長を促していければと思います」

 上野選手は、力強くバックアップしてくれる人たちに恩返しをした先には何が待っているのだろうか……。

「ゴールは(選手を)辞めるときでしょうけど、それは突然、来ると思う。すべて流れに身を任せます」

 まだハッキリした未来は、見えていない。53歳で現役を続けるサッカー界のレジェンド、・三浦知良選手のように投げ続けるかもしれないし、キッパリ辞めて電撃結婚する可能性もあるかもしれない。

「今は考えられないし、余裕もないけど、自分を“普通の上野由岐子”と見てくれる男性が好きですね。いつか必要なタイミングで必要な人と出会う……。そういう運命だと信じて生きていきます」

 笑顔で語る彼女にとっては、東京五輪で大輪の花を咲かせることが先決だ。

 来年の夏、39歳になった日本の大エースが勇敢に戦う姿を楽しみに待ちたい。


取材・文/元川悦子(もとかわえつこ)1967年、長野県松本市生まれ。サッカーを中心としたスポーツ取材を主に手がけており、ワールドカップは'94 年アメリカ大会から'14 年ブラジル大会まで6回連続で現地取材。著書に『黄金世代』(スキージャーナル社)、『僕らがサッカーボーイズだった頃1〜4』(カンゼン)、『勝利の街に響け凱歌、松本山雅という奇跡のクラブ』(汐文社)ほか。

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眞子さま、“結婚ギブアップ”へのカウントダウン

2020年8月10日 06:00 週刊女性PRIME

眞子さま

「秋篠宮家の方々は変わらず、関係者の方々から毎週のようにオンラインでご進講を受けられています。

 7月13日には、紀子さまと眞子さまと佳子さまが『全日本ろうあ連盟』の理事長などからご説明を受けられました。

 耳の不自由な人にコロナがどんな影響を及ぼしているのか、どんなことに困っているのかなどの話をお聞きになったそうです」

 そう話すのは、ある皇室担当記者。

このご進講は、学生時代から手話を続けられている紀子さまと、お母さまの影響で手話を学ばれている眞子さまと佳子さまが、手話に関連する公務などで聴覚に障害のある方々と交流されたことがあったことから設定されたそう

 春以降、秋篠宮さまと悠仁さま以外の女性3方でのご進講は初めてでしたが、周囲は気をもんでいたようです。

 というのも、眞子さまの結婚問題に関して“母VS姉妹”という構図は依然として変わらないからです……」(秋篠宮家関係者)

 以前からたびたび、この女性3人の“溝”はささやかれていて、その理由は、眞子さまと小室圭さんの結婚問題が原因といわれている

家族の中で修復できない“溝”


結婚の意思がお強い眞子さまと“姉の一個人としての希望がかなう形になってほしい”と主張される佳子さまの2人に対し、長女の幸せを願う思いが強く、今回の結婚には反対のスタンスをとられている紀子さまの間に“溝”が存在しているのです」(同・秋篠宮家関係者)


 紀子さまと同様に、秋篠宮さまも'18年のお誕生日に際する記者会見で“話題になっていることを整理して問題をクリアし、多くの人が納得し、喜んでくれる状況にならなければ、一般の結納にあたる納采の儀は行えない”と発言されている。

 秋篠宮さまが問題だとおっしゃっているのは、婚約延期のきっかけになったという小室家が抱える400万円超の金銭トラブルのこと

 一方で、国際弁護士の資格取得のためにアメリカ留学中の小室さんは「眞子さまとの結婚に関して心の変化が生じているのでは」と、ある宮内庁関係者は声をひそめる。


 「留学先のロースクールのHP上でアップされた、流暢で内容の濃い英語でのインタビュー音声や、小室さんが執筆した論文が現地の法律専門誌に掲載されるなど、勉強に関しては申し分ない結果を残しています。

 成績も当然、優秀でしょうから、来夏に予定されているニューヨーク州の弁護士試験を受けた場合、合格する可能性は高いと思われます。

 ただ、その華々しい留学中での活躍に反して、眞子さまとの結婚を成就させることは厳しいと考えているのではないでしょうか

 その理由のひとつは秋篠宮ご夫妻の“反対ぶり”を感じているからだという。

結婚相手はどなたでもいいわけではない


秋篠宮ご夫妻としては、たとえ母親の佳代さんが抱えているトラブルとはいえ、殿下が会見で述べられたことに対する小室さんの対応に、納得しておられません

 婚約延期が発表された約1年後の'19年1月、小室圭さんの名義で“金銭トラブルは解決ずみだと認識していた”という文書を公表しただけにとどまり、ご夫妻は残念なお気持ちだったそうです。

 それからは“小室さん以外にもいい人がいるのでは”、“ほかにも目を向けてほしい”という思いでいらっしゃると聞いています小室さんも殿下の会見を見て、自分への評価を当然、理解していることでしょう」(同・宮内庁関係者)

 静岡福祉大学名誉教授で近現代の皇室制度に詳しい小田部雄次さんは“皇族の結婚相手のハードル”について、次のように話す。

現在は皇族方も自由恋愛ができるとはいえ、眞子さまの結婚相手は“皇族にふさわしい家庭の方がいい”というお気持ちを秋篠宮ご夫妻はお持ちなのかもしれません

 今回の問題でわかったことは皇族の結婚相手はどなたでもいいわけではなく、いろいろなハードルが存在しているということだと思います


 日本でのバッシングに加え、眞子さまとの会えない日々が、小室さんの気持ちを変え始めているのかもしれない。

「来夏に留学が終了する予定ですが、ニューヨーク州の弁護士資格を取得したとしても、日本では弁護士活動ができませんし、彼は現地の法律家にコンタクトをとるなど、現地で仕事することを見越して動いているように感じます

 さらに、金銭トラブルによって、小室さん親子はバッシングを浴び続けており、日本に住む佳代さんは自宅からほとんど出られないほどなので、小室さんが日本に帰国して生活するのは難しいと考えられます

 しかも、宮内庁関係者からは小室さんに対して“騒ぎになるから帰国しないでほしい”とも伝えられているそうで、眞子さまとも会えない日々を過ごす中、小室さんの気持ちが変化していてもおかしくありません」(同・宮内庁関係者)

現実的とは思えない結婚計画


 コロナ禍での現状も、おふたりの距離を物理的に離れさせていると話すのは、前出の秋篠宮家関係者。

「結婚後は、眞子さまもアメリカに移住されるおつもりだったといわれています。しかし、今年に入って新型コロナウイルスが猛威をふるい、日本よりも感染者数が圧倒的に多いアメリカは、年内はおろか来年に終息するかどうかも怪しい

 来年の夏以降に眞子さまが小室さんと結婚して、一緒にアメリカへ移住するというのは現実的とは思えません

 最後に、小室さんを絶望させているいちばんの理由は、やはり金銭トラブルだろう。


トラブルの話し合いは昨年8月、佳代さんの代理人弁護士と彼女の元婚約者とその代理人の3人で会って以降、まったく進展がないそうです

 確かに佳代さんの問題ではあるものの、秋篠宮さまから“問題をクリアにすること”を求められている中で、母親にトラブル解決を促したり、自分がある程度、先導しながら話をまとめるように動くこともできるはずです。

 しかし、婚約延期から2年半、彼が起こした行動は文書を1度出したのみ。正直、彼の行動からは本当に眞子さまと結婚したいという気持ちが伝わってきませんし、今の厳しい状況に“諦めの気持ち”が生まれているのかもしれません」(同・前)

 “多くの障壁”に包囲された小室さんは今後、どのようなルートを選ぶのか──。

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賀来賢人、大ブレイクの背景にあった2つの転機

2020年8月9日 20:00 週刊女性PRIME

映画『AI崩壊』初日舞台挨拶での賀来賢人('20年1月)

 7年ぶりに帰ってきたドラマ『半沢直樹』の勢いが止まらない。上司の不正を暴き糾弾したことが原因で、銀行から子会社の証券会社に出向させられた半沢。さらなる“半沢つぶし”のため、今度は親会社の銀行が大型買収案件を横取りする……というスリリングなストーリーが話題を独占している。主演の堺雅人の名演技はもちろんだが、人気にひと役買っているのは彼だけではない。脇から支える俳優たちの知られざる素顔とは──。

賀来賢人、活躍の裏にあった“2人”の存在


 半沢が出向した『東京セントラル証券』のプロパー社員で、大型買収を担当することになる森山雅弘を演じている賀来賢人(31)。『今日から俺は!!』(日本テレビ系)で見せたコミカルな演技との“ギャップがスゴい”という声がSNS上で相次いでいる。

「叔母である賀来千香子さんの家族写真に写っているのを、たまたま見た事務所スタッフがスカウトして芸能界入り。しばらくは学園モノなどのクラスメート役や主人公の友人役などで地道にキャリアを積み重ねる時期が続きました」(テレビ誌編集者)

 同年代の俳優が着実にステップアップしていく中、なかなか結果が出ないことに苛立ち、悩んだり葛藤する日々がしばらく続いたそう。

「実力で売れたいという思いが強かったようで、叔母の千香子さんのコネや名前は使わない……と、少し尖っていた時期がありました。それで苦労して、自宅の水道を止められてしまうほどお金に困っていたことも」(舞台関係者)

 そんな賀来を変えたのが、'14年放送のTBS系ドラマ『Nのために』で共演した榮倉奈々との出会いだった。過去の週刊女性インタビューでも、

結婚したことで、悩んでいる時間がもったいないと思えるようになって

 と語っていた。

「朝ドラヒロインを演じたり10代のころから第一線で活躍する榮倉さんがアドバイスすることもあるといいます。もともとプロ意識の高い賀来さんだけに、一流女優の妻の仕事への姿勢に刺激を受けたようです」(テレビ局関係者)

 また、長年の目標が大ブレイクにつながることに。

「10代のころに出演した映画『ぼくたちと駐在さんの700日戦争』の脚本を担当した福田雄一監督の面白さに衝撃を受けたそうです。'11年に舞台『スマートモテリーマン講座』で本格的にタッグを組んだ際に“同世代でいちばんコメディーができる俳優になりなさい”というアドバイスを受け、そこから福田監督の作品で主演としてキャスティングされることを目標に頑張ってきたとか。7年後の'18年に福田監督の『今日から俺は!!』で主演を果たし、ブレイクしたからすごいですよね」(映画配給会社関係者)

 躍進の裏には、女優の妻と天才監督の影響があった。

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cat_1_issue_oa-shujoprime oa-shujoprime_0_sdfo2eythsqs_山下智久の“未成年お持ち帰り” 特定されたモデルが炎上か sdfo2eythsqs sdfo2eythsqs 山下智久の“未成年お持ち帰り” 特定されたモデルが炎上か oa-shujoprime 0

山下智久の“未成年お持ち帰り” 特定されたモデルが炎上か

2020年8月9日 12:30 週刊女性PRIME

'18年、直撃取材を受ける山下智久

 ジャニーズの貴公子・山下智久に衝撃のスクープが舞い込んできた。

 これまでもモデルや女優など、芸能人・一般人問わず数々の女性と浮き名を流してきた山下だが、まさかの“未成年と飲酒&お持ち帰り疑惑“を報じたのは『文春オンライン』。

「新型コロナウイルス感染拡大“第二波”が騒がれる7月末、KAT-TUNの亀梨和也さんらと一緒に複数人の男女と朝まで飲んだ山下さんが、そのまま宿泊先のホテルに女の子を呼んでお泊まりしたという一件を、写真つきで報じたというものでした」(スポーツ紙記者)

 コロナ禍とはいえ、飲み会を開いたこと自体が取り沙汰されているわけではなく、問題はそのお相手が未成年の少女だったということ。さらにテキーラやシャンパンなど大量のアルコール類が飲み会のテーブル上に並んでいたという、芸能生命を揺るがしかねない“問題点”も。

 『文春』には、山下さんと未成年の少女との一連の状況について、言い逃れができないほどの情報が並べられている。

すでに“お相手”の素性が特定か


 今回、“パーティー”の情報が亀梨ら男性陣から『文春』に流れたとは考えにくいと話すのは写真週刊誌カメラマン。

「当日、参加していた男性メンバーのなかには一般人もいますが、以前からよく飲む親しい関係。なので、その中の誰かが今回の一件だけを週刊誌にリークするとは考えづらい。そもそも普段からこのようなゴシップには気をつけている側の仲間たちですから。亀梨さんは、山下さんのこの軽率な行動に“巻き添えをくらった”と怒り心頭のようです。今回、リークした可能性が高いのは、A子さんに近い人物で、当日どんな飲み会だかを知っていた人でしょう」

 そんな『文春』が報じた内容で特徴的だったのは、A子さんの情報を詳細に記載したという点にある。以下が、記事中の女性のデータであるが、その内容はまるでA子さんの正体が特定されるのも織り込み済みかのようなもの。

《A子はInstagramのフォロワーが5万人を越えていて、ファッション誌やAbema T Vの番組にも出演しています。プリクラ機種のモデルもしているので、ゲームセンターにはA子の大きなポスターが貼られています。『週刊ヤングジャンプ』(集英社)の次世代制服美少女発掘オーディション『制コレ'20』には制服姿で登場していますよ》

 さらに記事中のA子さんの写真にはモザイクがかけられているものの、すでにネット上では動きがあるようで……。

詳細なデータが記事中にあったこともあり、報道があった数時間後にはA子さんのインスタグラムやツイッターらしきアカウントが特定、拡散されることになりました。

 今回の一件を受けてなのか、彼女のインスタはさらに5万人ものフォロワーが増えて倍の10万フォロワーに。現在、そのアカウントにはコメント制限がかけれられています。一方、彼女のツイッターは、その仕組み上、一般ユーザーからのコメントに歯止めをかけられないこともあってか削除。本人が否定せずにこうした対処をとったということは“クロ”である可能性が高い。そうとうな誹謗中傷が集まったのでは?」(ファッション誌編集者)

 ほかにも、飲み会の開催地や山下の宿泊先ホテルも、『文春』に記述があった情報、掲載された写真などから探し当てられるという事態に発展しており、ネットの盛り上がりは止む気配がない。

 ここまで逃れようのない詳細なデータを前に、山下にはどのような判断がくだされるのか──。動向が気になるばかりである。

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cat_1_issue_oa-shujoprime oa-shujoprime_0_c5ejk6usbo5c_指原莉乃&多部未華子が美しくなったワケを美容外科医が分析 c5ejk6usbo5c c5ejk6usbo5c 指原莉乃&多部未華子が美しくなったワケを美容外科医が分析 oa-shujoprime 0

指原莉乃&多部未華子が美しくなったワケを美容外科医が分析

2020年8月9日 12:00 週刊女性PRIME

多部未華子、指原莉乃

 ポリスのごとく、有名人の顔やボディ、果ては皮膚のコンディションからプチ整形疑惑にまで鋭く目を光らせている、ネットウォッチが趣味のOL・プラ美と美容ライター・イム子のアラフォーコンビ。

 ふたりが今回、目をつけたのは、“驚くほど美しくなった!”と話題のタレントの指原莉乃(27)。この“美しくなった”疑惑に対して、指原は歯の裏側に矯正器具をつける『舌側(ぜっそく)矯正』を2年にわたって行い、2018年に完了したことを告白。コンプレックスだった歯並びを矯正したことで口元を気にせず笑えるようになったと実感し、後輩アイドルにもおすすめしているのだとか。

 ほかにも美しくなったと噂の有名人と言えば、7月よりスタートした主演ドラマ『私の家政夫ナギサさん』(TBS系)が話題の女優の多部未華子(31)もそのひとり。彼女は以前、涼しげな目元がチャームポイントだったが、昨年夏に『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)に出演した際、フェイスラインがほっそりして目が大きくなったように見えると視聴者をざわつかせた。

 もともと売れっ子だった彼女たちだが、どうやってさらなる“美女”に進化したのか? キレイのためなら火の中水の中、“美容ジャンキー”のプラ美&イム子が真相を調査!


  ◇   ◇   ◇  


プラ美:やっぱり新ドラマって心躍るわね! 自宅にいながら恋や事件にハラハラできるんだもの。それに女優さんたちのビジュアルチェックも楽しすぎ~!

 

イム子:ビジュアルといえば多部ちゃん。CMでも思ったけど今期のドラマで見ても美人度が急上昇してない?

プラ美:確かに! 美人になったといえば、さっしーもすごくキレイになったわね。

イム子:本当ね。フェイスラインがシャープになって垢抜けた気がする!  AKB時代はどちらかというと「気のいいヤツ」枠だったはずなのに、いつのまにか「指原」とか呼び捨てにできない雰囲気。

プラ美:あ~ん! さっしー、この記事を読んでるなら、通ってるクリニックを教えてよ~!

イム子:アンタはすぐクリニックって言うわね……。でも多忙なスケジュールであの美肌、これはクリニックでしっかりケアしてるかも? ちょっとイケメン医師のところに行って、さっしー&多部ちゃんの美女化の秘密を探ってくるわ!

プラ美:イケメン? 私も行きたい! 新ドラマみたいな恋に出会えるかも♪

イム子:ときめきはドラマで探してちょうだい!

今回のターゲット:指原莉乃、多部未華子 「急激に美人度がアップした理由とは?」


回答者:形成外科・美容外科・皮膚科『くさのたろうクリニック』 草野太郎院長

イム子:最近、驚くほどキレイになったと話題の指原莉乃さんですが、AKB48在籍時は特に美女ポジションではなかったんです。そんな指原さんのお顔を美の基準と照らし合わせるといかがでしょうか?

草野太郎院長(以下、草野院長):まずは矯正したとおっしゃってる歯列から見ましょう。確かに以前のお写真を見ると噛みあわせが悪く、上あごが前に出ていて、若干、出っ歯だったようです。それを矯正によって口元を後ろに下げて整えることで、横から見た「Eライン」がぐっときれいになりました。この、鼻の先端から顎を結んだ線より少し内側に唇があることが美しいEラインの条件と言われ、美人の基礎条件ともいえる大事なポイントです。

イム子:なるほど! ラインの美しさも美人を作る要素なんですね。では他のパーツは?

草野院長:ちょっと鼻の下が長いので、顔の印象が間延びして見えるかな? 目や口はおきれいですし、フェイスラインもいいと思います。

イム子:そのフェイスラインなんですが、彼女は歯列矯正を終えたころから、口周りがシュッとシャープになったように見受けられます。矯正で変化することもあるのでしょうか?

草野院長:出っ歯を直すと、出ているものが引っ込むので横から見たラインがシャープになりますが、彼女の場合はダイエットしたか、アラサーになって顔が痩せ始めたからかもしれません。10代のころは体形に関係なく顔はパンパンなのが普通ですからね。

イム子:なるほど。確かに若いころは、多くの人は顔が丸めですね。ではダイエット以外にフェイスラインをシャープにする方法はありますか?

草野院長『小顔BNLS注射(脂肪溶解注射)』や、超音波を顔に照射してたるみをリフトアップする『HIFU(ハイフ)』でしょうか。ダウンタイムの心配はほとんどないので、指原さんのように多忙な方にもおすすめの施術です。

イム子:芸能人の中にも、『HIFU』を定期的に受けている方が多いと聞きます。注射も手軽でよさそう! でも……指原さん、鼻や顎先もシャープになった気がします。これは違う注射だったりして(笑)。

草野院長:確かに口元とともに鼻や顔の下部のバランスはよくなっていると思いますが、痩せて顔のお肉が減ったのですっきり見えるのかもしれません。メイク上手なのもあるのでしょう、以前より洗練された印象ですね。もし、注射で彼女のようなシャープさを出したいというなら、やはり『ヒアルロン酸注入』かな。

イム子:なるほど。ヒアルロン酸で鼻を高くしたり、顎をシャープにすることができるとよく聞きますが、美しく仕上げるポイントはありますか?

草野院長:希望の部位ごとにヒアルロン酸の種類を選ぶことです。例えば目の周りなど皮膚が薄い場所のシワのケアをしたいなら、粒子が細かく柔らかいヒアルロン酸を。鼻や顎など皮膚がしっかりした部位へは硬めのヒアルロン酸がおすすめです。ただしヒアルロン酸は注入する量や場所などがとても大事! きれいに仕上げたいなら信頼できるクリニックを選ぶことも非常に大切ですね。

イム子:そうなんですね。私も試したいです! ところで先ほどご指摘された、鼻の下の長さも整形で解消できるんですか?

草野院長:ええ。鼻先を長くシャープにする、『鼻中隔(びちゅうかく)延長術』がいいと思います。鼻先に耳の軟骨を移植する『耳介(じかい)軟骨移植』という方法もありますね。あとは、上唇側にヒアルロン酸や脂肪を注入してボリュームを出すのもいいでしょう。

イム子:唇側を鼻に寄せる方法もあるんですね! ところで多部さんの顔はいかがでしょうか?

草野院長:鼻と口元もおきれいですし、各パーツの配置もいい。そしてとても小顔ですよね。非常にバランスのいいお顔だと思います。

イム子:確かに! そんな多部さんですが去年ごろから突然、目が大きくなってきれいになったと噂になりました。これはなぜでしょう?

草野院長:そうですね……難しいところですが彼女も30歳を過ぎていますし、皮下脂肪が減って目の上の厚みが薄くなり、目の開きがよくなったのかな?

イム子:意地悪な質問ですが、加齢による自然な変化じゃなかったら、どんな理由が考えられますか?

草野院長:あくまでも仮定の話ですが……埋没法でしょうね。

イム子:あら、ズバリ!

草野院長:彼女の場合、もともと奥二重でラインもおきれいですし、糸で固定する埋没法で整えるくらいでいいと思います。他のパーツはおきれいで特に調整する必要もありませんしね。

イム子:多部ちゃん、けっこう欠点ナシの高得点ですね~。では、今後も活躍が期待される指原さん、多部さんが今後、年齢を重ねていく際に注意すべき点があれば教えてください!

草野院長:指原さんは、年齢的にも今の顔をできるだけ長くキープできるよう、早めにエイジングケアを。先ほどあげた『HIFU』や、肌の内部に美容成分を浸透させる『エレクトロポレーション』などがいいでしょう。あとは、ほうれい線が少し目立ってきているので、ヒアルロン酸を注入するのもオススメです。多部さんは若干、フェイスラインのもたつきが気になるので、二重あごにならないように『HIFU』を定期的に受けて予防するといいでしょう。

イム子:私も今日聞いたことを参考に、さっそくケアに努めます!


今回お話を伺ったのは…

草野太郎先生

帝京大学医学部卒業。医学博士、形成外科専門医、昭和大学兼任講師。昭和大学形成外科局に18年所属し、2013年から同病院のブレストセンターで主に乳房再建手術を担当した後、2019年より東京・目黒に『くさのたろうクリニック』を開院。形成外科で学んだ丁寧な技術と幅広い知識で、美容外科から皮膚の悩みまで幅広い相談に応じている

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cat_1_issue_oa-shujoprime oa-shujoprime_0_xen3eek0ek1v_氷川きよしが毎日電話するお相手、「でもやっぱり会いたい」 xen3eek0ek1v xen3eek0ek1v 氷川きよしが毎日電話するお相手、「でもやっぱり会いたい」 oa-shujoprime 0

氷川きよしが毎日電話するお相手、「でもやっぱり会いたい」

2020年8月9日 08:00 週刊女性PRIME

氷川きよし 撮影/廣瀬靖士

 長らく黒かった髪にハイライトを入れ、明るいベージュに。少し短くなったグラデーションボブが夏の風にふわりと揺れる。氷川きよしが今、感じている喜び、大切にしているもの、過ごし方、そしてこれからーー。 

いろいろな露出が すごくありがたい


「最近うれしかったこと? やっぱり、アルバム『Papillon(パピヨン)‐ボヘミアン・ラプソディ‐』を出せたことですね」

 

 6月9日に発売した、氷川にとって初のポップスアルバム。ビジュアル系なジャケットで、すべてロックやバラードなどで構成。挑戦とこだわりが詰まった1枚はオリコン2位、ビルボード1位を獲得。

発売前は、“どうかな?”と 不安でドキドキする気持ちでしたが、発売を迎えたときは、やっぱり、すごくうれしかった。そして、いろいろなところに露出させていただけるようになって。すごくありがたいです」

 

 音楽番組だけでも、14年ぶりの『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)、『SONGS』(NHK総合)、夏恒例・約9時間半の生放送『音楽の日』(TBS系)など。今まで以上に活躍のフィールドを拡大させている。

「思いきりは大事だと思いましたね。演歌だけでなく、ポップス、ロックを歌うことで自分自身に広がりができましたし、その中からまた新しいものが生まれてくる。そういうことを繰り返しながら、自分の音楽を探していきたいなと思っています」

 最新シングル『母』。2月に出したA・B・Cタイプに加え、7月にはD・E・Fタイプを追加リリース。こちらも好調だ。

「(コロナの影響で)今は親の顔が見られないので、気になりますね。親も年をとってきてるし、離れて暮らしているから。福岡から仕事に通えればいいんだけど、さすがにちょっと遠いので。大阪くらいだったら頑張れば通えたかな……」

 

 母親には、毎日電話しているという。

「そんな大した話はしてないですよ。30秒くらい。ひと言交わすだけ。でも、それだけでもわかるんですよね。今日はノリがよくないとか、テンションが低いとか。やっぱり、コミュニケーションは大事。日々、電話はしていますけど、やっぱり会いたいですね。親に会うと、やっぱり心が安定しますもん。みなさんも、そうでしょ?」

今夏は明治座! 1か月の座長公演


 コロナウイルス感染拡大前から、今夏は明治座で、約2年ぶりとなる座長公演が発表されていた。その後、世の中は激変。7月くらいから指針に沿った公演が行われる状況へと推移してきた。

明治座、やります。でも、お客さんの数は半分に。やっぱり、コロナ対策をしっかりしたうえで

 

 第一部は、『限界突破の七変化 恋之介旅日記』。

「2年前のお芝居は、『母をたずねて珍道中 お役者恋之介旅日記』でしたが、今回はその恋之介のグレードアップ版。またストーリーや設定が違うと思いますが、恋之介がいろんな姿に化けながら物語が進むので、すごく面白いと思いますよ」

 

 そして第二部は、『氷川きよしコンサート2020 in明治座』。どんな歌声を、どんな衣装で届けてくれるのか。今からワクワクが止まらない。

「自分もすごく楽しみにしています。1か月間、頑張ります!」

Recent favorite


練り香水



「いただきものなんですけど、練り香水にハマっています。耳の裏につけたり、手首につけたりしていて。ほのかな香りがふわっとして。バラの香りなんですけど、ユニセックスな感じで、きつくないんです」



ーー普段から香水を愛用している?



「はい。ステージのときも本番前には必ず香水をつけて、モチベーションを上げていますから。石けんの香りのような香水を愛用しています」

マッシュルームのパスタ



近所のスーパーで、マッシュルームが箱で売られていて。けっこう大きかったんですけど、でも498円で

 

ーーそれはお安い!



「でしょ。フードミキサーでつぶして、ペースト状にして。ガーリックとオリーブオイルでじっくり炒めると、きのこの味がすごく濃くなってくるんです。そこに生クリーム、塩、コショウを入れて、ゆで上がったパスタにあえて。おいしかったですよ。なんか、トリュフみたいな香りがして」

 

ーーでも、この一皿はインスタへのアップを諦めたとか。



「色みがね……。色が茶色だけだったから、どう撮ってもおいしそうには見えなくて。食べると、おいしいんですけどね」 

 

ーーさすが、芸能界指折りの料理上手! 

焼き鳥



「近所に焼き鳥屋さんができたんです。炭火で焼いてるから、おいしくて。ウチの親戚が福岡で焼き鳥屋をやってるから、焼き鳥って恋しくなるんですよね

 

ーー子どものころは、伯母のお店でよくお手伝いをしたという。



串刺し! すごいやってた。肉とかを串に刺すやつね。“なかなか上手に刺さらないな~”と思いながら(笑)、母と一緒によくやってましたね。銀杏は刺す場所がよくないと張り裂けちゃったり。懐かしい~! いい思い出です」

 

ーー先日も、生放送の『うたコン』(NHK総合)後にそのお店に顔を出したそう。



そしたら“今、見てましたよ”って言ってもらって(笑)

 

ーー早くも常連さん!? ちなみに、タレと塩ではどっち派?



「タレです! 鶏皮とかもカリッカリに焼いてもらったのが好き。鶏でもフルフルッとしているのはダメなんです。カリカリが好きだから、“よく焼きにしてください”ってお願いします。焼き鳥は、どれだけ食べても飽きないですね。焼き鳥に1杯のハイボールがあれば、もう完璧♪

氷川きよし特別公演

【期間】8月28日(金)~9月27日(日)

【場所】明治座

一部……限界突破の七変化 恋之介旅日記

二部……氷川きよしコンサート2020 in明治座

【問】03-3666-6666(明治座チケットセンター)

好評発売中
『氷川きよし写真集 kii-natural』


  デビュー20年を飾る愛蔵版。最新撮り下ろしを含む全459カットを掲載し、氷川きよしの魅力をありのままに、ナチュラルに、余すところなく伝えます。

定価:本体5000円+税(主婦と生活社)

スタイリング/伊藤典子(hoop) ヘアメイク/助川良幸(Allure)

衣装協力/GYDA、 ガラアーベント

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cat_1_issue_oa-shujoprime oa-shujoprime_0_q72cnbmtdhkh_田口淳之介、小嶺麗奈との現在を直撃 q72cnbmtdhkh q72cnbmtdhkh 田口淳之介、小嶺麗奈との現在を直撃 oa-shujoprime 0

田口淳之介、小嶺麗奈との現在を直撃

2020年8月8日 21:00 週刊女性PRIME

7月下旬、直撃を受ける田口淳之介

 元『KAT-TUN』の田口淳之介と恋人の小嶺麗奈が、大麻取締法違反容疑で逮捕されたのは、昨年5月22日のこと。ふたりは10年前から大麻を常用していたという。

 ふたりの裁判では、ア然とするやりとりも話題となった。

公判の席で、なんと小嶺さんは“交際を続けていきたい。続けられるなら結婚したい”と公開プロポーズ。これを受けて田口さんも“僕も彼女と一緒で(交際を)続けていきたい”と答えました。傍聴席の記者たちはアキレ顔でしたよ」(スポーツ紙記者)

 結局ふたりは昨年10月21日に懲役6か月、執行猶予2年の有罪判決を言い渡される。

「そのわずか2週間後に、田口さんはさっそく活動再開を表明。さすがに復帰が早すぎるのではと世間は騒然となりました」(同・スポーツ紙記者)

 それでも昨年12月からは、小規模な会場でのライブ活動や、ユーチューブで歌やダンスの動画をアップしている。今年4月には、ユーチューブに『入口出口田口CHANNEL』も開設して、オリエンタルラジオの中田敦彦とのコラボ動画も披露した。

歌って踊るといったアイドル活動だけでなく、仕事の幅も広げたいようです。最近は、ジャニーズ時代から趣味で遊んでいた麻雀を仕事につなげています。彼の麻雀好きはそうとうで、自宅には雀卓があり、友達を呼んで夜が明けるまで遊んでいたそうです。確かにプロとも戦える腕前で、テレビではありませんが、ネットで配信予定の麻雀大会に参加していて、今のところ成績も好調ですよ」(制作会社スタッフ)

田口を直撃して語ったこと……


 7月下旬、都内の自宅近くにある駐車場に車を運転して現れた田口。声をかけると、ニコッと微笑みながら話をしてくれた。

─最近の活動は?

「おかげさまで、ファンのみなさまに支えられて、できる範囲の中で頑張らせていただいております」

─コロナによる影響は?

「ありますね。ライブは今、配信がメイン。でも、1日も早く、生のライブができるようになればいいなと」

─ライブ活動のほかには?

「俳優業もこれからできれば、やっていきたいですね」

 俳優といえば先日、三浦春馬さんが亡くなったばかり。

「とても残念なことです……。面識はありませんでしたが、どうしてそんなことになっちゃったんだろう……ということは、僕もずっと考えています」

 さらに7月22日には、TOKIOから長瀬智也が来年3月で脱退して、新たに株式会社TOKIOが設立されることが報じられたが─。

「それについては、僕はよくわかりません。具体的な話を聞いているわけではないので……」

─ジャニーズ事務所のタレントや、KAT-TUNのメンバーとの連絡は?

「ないです」

 最後に、小嶺との結婚について聞いてみると─。

「まだ奥さんじゃないですけどね(笑)。いい関係ですよ」

─薬物とは縁を切った?

「はい、もちろんです」

 最後に写真撮影をお願いすると快く応じてくれ、一礼をすると“婚約者”の待つ自宅へと帰っていった。

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性暴力の被害女性が語る、5年間の“セカンドレイプ”闇の実態

2020年8月8日 17:00 週刊女性PRIME

※写真はイメージです

 性被害を訴える女性の「告発記事」がSNS上で反響を呼んでいる。福祉団体で活動中、性暴力を受けたにもかかわらず、被害の口外をとがめられ、黙殺され続けてきたのだ。打ちのめされてなお声を上げた「本当の理由」を、女性が週刊女性だけに打ち明けてくれた。

相談相手は心配するどころか……


「福祉団体に関わる中で、外部の関係者から性暴力を受けました。スタッフや責任者に相談しても十分に話を聞いてもらえず、警察に届け出ることも止められ、被害をなかったように扱われたのです」

 そう打ち明けるのは田中慶子さん(30代=仮名)だ。事件は2015年9月、東京・豊島区の『べてぶくろ』と呼ばれる福祉団体で起きた。自治会のイベント準備中、そこへ出入りしていた地域住民の鈴木章氏(仮名)から性暴力被害を受けたのだ。

「当時、午後4時まで介護ヘルパーの仕事をしていました。仕事を終えて『べてぶくろ』へ行くと、スタッフの高橋五郎さん(仮名)に“鈴木がいるから、お酒の相手をして”と言われました。お酒がなくなり、鈴木氏と2人で奥の部屋に酒を取りに行ったら、そこでキスされたんです。両手で押しのけましたが、勝手口のドアに追いやられ、無理やり胸を触られ、下着の中に指を入れられました」

 事件直後、田中さんは高橋さんに相談の電話をしている。

「高橋さんは“明日、話を聞くから”となだめるようなことを笑いながら言い、電話が切れました。翌日にも話をしましたが、性被害に遭ったのに、その場で対応しなかったことの謝罪はなく、心配しているようには見えませんでした。そればかりか(性被害について話すと)“地域で生活しづらくなるけど、覚悟はあるの?”と、強く迫るようにも、とがめるようにも言われました」

 それ以後、田中さんは5年もの間、『べてぶくろ』の関係者から事件を軽視され、訴えかけても黙殺されてきた。性被害を明らかにした後、周囲の対応や言動でさらに傷つけられる行為を「2次被害(セカンドレイプ)」という。積極的に関わってきた団体から2次被害を受け続けた田中さんは、傷を深め、うつに苦しむようになる。ヘルパーの仕事も続けられなくなり、退職を余儀なくされた。

 田中さんが『べてぶくろ』と関わり始めたのは大学生だった'11年10月ごろ。もともと、精神障害などで生きづらさを抱える人たちの居場所として知られる、北海道浦河町の社会福祉法人『浦河べてるの家』(以下、『べてる』)に魅力を感じていたという。

『べてる』では「当事者研究」という取り組みが行われている。精神疾患や生活上の困りごとを抱える人たちが自ら独自の“病名”をつけ、症状や生きづらさの意味を一緒に考え、解消法を語り合い、病気を抱えながらも豊かに生きる方法を探っていく。画期的な活動としてNHKなど多数のメディアが取り上げ、海外からも注目を集めている。

 この『べてる』の関連グループで、東京の拠点のひとつが前述した『べてぶくろ』だ。'10年に複数のNPOなどが関わる形で活動が始まり、参加者が自主的に運営している。実質的責任者は向谷地宣明さん。『べてる』の理事、向谷地生良さんの長男だ。

「私が『べてぶくろ』とつながったのは、うつでつらい時期でした。元彼がDV男で(DV被害の影響を)引きずっていたんです。そんなときに『べてぶくろ』が東京に設立され、行くことができてうれしかったです」(田中さん)


 田中さんは『べてぶくろ』の事務所に足を運び、実質的責任者である宣明さんと交流を重ねた。'12年10月から'13年1月まで、グループホームの世話人を務めるなど有給スタッフとして働いている。

 その後は介護ヘルパーの仕事をしながらブログ更新などの広報業務のほか、ネットショップの管理、商品管理、食事会や映画会などの企画運営を担ってきた。'15年8月には、空室だった『べてぶくろ』の事務所2階へ転居。事実上の中心メンバーだった。

セカンドレイプを「大目に見て」


 事件は、田中さんが事務所2階へ引っ越して1か月後に起きた。『べてぶくろ』の宣明さんに話したが理解されず、『べてる』の理事・生良さんにも電話で相談している。

「生良さんには“(性被害について話すことをとがめたスタッフの)高橋は前途のある若者だから、大目に見てあげて”と言われました」

 性暴力被害者への支援活動を行う『レイプクライシス・ネットワーク』の岡田実穂代表は「まず被害の訴えがあった時点できちんと話を聞くべきです。被害を初めて打ち明けたときの対応のよしあしは、多くのサバイバー(性暴力被害を生き延びた人々)にとって、その後に大きな影響を及ぼします」と指摘する。

 2次被害をもたらした高橋さんとの接触を避けるため、田中さんは『べてぶくろ』の事務所2階にあった住まいから引っ越したいと考えた。

「宣明さんは、2次被害への賠償金名目で引っ越し代を支払うのを嫌がっていました。私は引っ越しできれば何でもよかったのですが、話し合いをするうち、宣明さんからこの件の連絡は途絶えました」

 '16年8月ごろ、田中さんは結局、『べてぶくろ』の事務所2階から自費で退去した。

「引っ越して半年後、イベントに出向いて問いただすと、宣明さんに“高橋のことは加害者だとは思っていない”“時間がたってしまったのでしかたがない”などと言われました」

 のちに田中さんは、'16年当時に行われていた『べてぶくろ』の運営ミーティングの記録メモを入手している。それによると、高橋さんが田中さんへの対応に困っていることが議題にあがる一方、事件や2次被害の問題については一切触れていなかった。

「性暴力が身近な場所で起きると、周囲は被害を受けた当事者へ対応するよりも、自己保身に走り、何もなかったように振る舞ってしまうことがあります。性被害にどう対応すればいいかスタッフが判断できないなら、団体として話を聞く場を設けるなど“重要な出来事”ととらえ、対応すべきでした」(前出の岡田さん)

 今年に入ってからも田中さんは自ら弁護士に相談し、警察にも出向いた。現在、性暴力の加害者である鈴木氏、2次被害を及ぼした『べてぶくろ』の双方に向けて、法的対応を検討中だ。


『べてぶくろ』での2次被害について、これまでに田中さんは、当事者研究に関心を寄せる研究者や社会活動家らに手紙などで相談してきた。しかし、返事はほとんどなく、問題だと認識した人は少数で、ますます孤立感を深めた。

「そんななかで私を支えてくれたのは、知り合った、性暴力被害を受けた人たち。その出会いに助けられました」

 一連の被害について、田中さんは'20年5月、文章などを投稿できるウェブサービス「note」に告発記事を書いた。トラウマとなった出来事を思い返すのは苦しかったが、うつに陥りながらも、ようやく整理ができたと話す。

「精神的な調子にも波があり、時間がかかりました。早く忘れて楽になりたいという気持ちもありましたが、何が起きたのか広めて知ってもらわないと、また繰り返し起きてしまう。私のような被害者を出したくない──、その一心でした」(田中さん)

 一方、『べてぶくろ』では、田中さんが「どうして怒っているのか」に注目した話し合いが行われてきた。参加者のひとり、土谷隆司さん(30代=仮名)はこう話す。

「話し合いに参加していたころは、性暴力被害の重要性に気づけなかったんです。田中さんさえ許せば、『べてぶくろ』がよくなるんだと思っていました」

 実は土谷さんも、『べてぶくろ』と関連のある団体で働いていたとき、残業代が支払われなかった問題を「note」で告発している。

「長時間労働で(べてぶくろ側と)対立したとき、“どうして怒っているの?”と言われ違和感を持ちました。田中さんがされたことと同じだと思っています」(土谷さん)


 田中さんや土谷さんの告発に対し、当事者研究に関わる研究者、団体らによる『当事者研究ネットワーク』は6月10日、声明を発表した。第三者委員会を設置し《必要性が認められた場合には、組織変革を通じた修復を目指す仕組みの構築》を行うという。

 この声明には、当事者研究を専門とする東京大学先端科学技術研究センター准教授・熊谷晋一郎さんのほか、『べてる』の生良さん、『べてぶくろ』の宣明さんも名を連ねている。熊谷さんは、田中さんが被害を相談したときに返信があった関係者のひとりだ。

 田中さんは『べてぶくろ』での2次被害について《どのように受け止めたらよいかわからず、本当に困っています》などと、フェイスブックで熊谷さんへ意見を求めたが、2次被害への対処や謝罪、検証に結びつかなかった。

 熊谷さんは、週刊女性の取材にこう回答した。

「田中さんの意向を“被害者支援ではなく加害者への再犯防止教育”と解釈し、1年半強にわたり、(協力関係にある)『ダルク女性ハウス』のみなさんのご指導を仰ぎつつ、当事者研究コミュニティーのなかで女性への暴力について、その防止と急性期対応、中長期的支援について共有する取り組みをしてきました。その間、田中さんが不安な気持ちで待っておられたということに認識がいたらなかったのは、私の落ち度です

 田中さんが相談をした当時、熊谷さんは、被害の具体的内容を把握しなかった。

「被害に遭った時点で(べてぶくろの)スタッフが報告を過小評価せず、被害者側に寄り添って本人の意思決定支援をしつつ、可能な限り迅速に司法手続きを進めるべきだったと私も思います。今から思えば、私も踏み込んで確認すべきでした」(熊谷さん)

 声明には、当事者である『べてぶくろ』『べてる』の名前があるにもかかわらず、被害者の田中さんに意見を尋ねることなく発表された。こうした経緯についても、熊谷さんは謝罪している。

 一方、『べてぶくろ』では、実質的責任者の宣明さんが6月21日、ホームページで見解を発表。2次被害を生み出したことを認め、《あらためてお詫びをさせていただく準備をしています》とある。しかし、週刊女性には「現時点で外部の取材に答えることは控えさせていただく」と回答した。

 前出・岡田さんは「被害者と話ができる状況だったにもかかわらず、意向を確認しないで声明を発表したり、第三者委員会を設置したりするのは、被害者には恐怖です。暴力でしかない」と批判する。

 7月末時点で、『べてぶくろ』や関連団体から田中さんへの聞き取りはまだない。事件の検証、2次被害に対する謝罪もなされていない。

「もし被害を受けたときに、『べてぶくろ』が一緒になって怒ってくれていたら、私はこんなに苦しむことはなかったと思います」(田中さん)

 その痛切な訴えに、今こそ真摯に向き合うべきだろう。


(取材・文/渋井哲也)


しぶい・てつや ◎フリーライター。栃木県出身。自殺やいじめ、虐待など、生きづらさをめぐる問題を中心に執筆、東日本大震災の被災地でも取材を重ねている。『学校が子どもを殺すとき』(論創社)ほか著書多数

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TOKIOの3人、再結成を匂わす「5人で」の真意

2020年8月7日 20:24 週刊女性PRIME

『東京2020オリンピック・パラリンピックフラッグツアーファイナルイベント〜Tokyo2020500DaystoGo!〜』でのTOKIO

 かねてから進退が注目されていたTOKIOがついに結論を下した。長瀬は来年3月でジャニーズ事務所を辞め、残った3人も新しい会社を立ち上げた。メンバーたちは、週刊女性の取材に、今回の決断に至るまでの思いを静かに語って―。

TOKIO再結成の可能性とこれから


来年の3月末まで4人で現状のTOKIOは続くので、これまで以上に突っ走っていこうと思っています

 7月22日、TOKIOのリーダー・城島茂が今後のグループ活動への思いを語った。

この日は世間を騒がせる重大発表があった。

「長瀬智也さんが来年3月末で、ジャニーズ事務所を退所することになったんです。一部のメディアでは、映像制作など、裏方を中心とした仕事をすると報じられています。残った城島さん、国分太一さん、松岡昌宏さんの3人は事務所内で分社化した『株式会社TOKIO』を設立しました」(スポーツ紙記者)

 '94年にデビューしたTOKIOは、ジャニーズにはめずらしいバンド形式のグループで人気を博した。しかし、'18年に彼らの勢いをストップさせる“事件”が。

「山口達也さんが不祥事によって、グループを脱退し、事務所との契約を解除されました。バンドの要であるベースが抜けたことで、TOKIOは音楽活動ができなくなってしまいます。メインボーカルで、作詞や作曲も手がける長瀬さんはそうした状況にストレスをためるようになったんです」(同・スポーツ紙記者)

 一部のメディアでは、解散の危機にあると報じられたが、今後もグループを残すことを選んだ。この決断に至るまで、何度も話し合いを重ねたという。

城島「なかなか全員で集まれませんでしたが、集まったときは何かしらの話はしていました

国分「楽屋などで話したときも含めると、そうとうな回数話したと思います。これまでも、節目になれば話し合い、その問題に全速力でエネルギーを注ぎ、それが終わったら別の節目があって……というのを繰り返してきた。長瀬が選んだ新しい道に関しては、僕らも送り出したい気持ちが強いです。別に、ケンカして別れたわけではありません。残り半年間走って、長瀬と一緒にゴールテープを切りたいと思っています

 ジャニーズから分社化して新しい会社をつくるというのは、これまでの事務所になかった新しい試みだ。何かきっかけがあったのだろうか。

松岡「山口のことはありましたが、彼が原因ではありません。いろいろなことがあり、以前から長瀬が思っていた気持ちが強くなった。今年の初めに、彼から“新しいことにチャレンジしたい”と言われました。

 でも、われわれはそれを止めるよりも、彼の次のチャレンジを見たかったし、どういうことをするのか楽しみだったので、“じゃあ、やってみたら”ということになったんです。グループは3人になりますが、俺たちは俺たちで楽しもうとなりました

変わらない5人の絆


 昨年、TOKIOはデビュー25周年を迎えたが、コンサートは行わなかった。今でもそのことは悔やんでいた。

松岡「山口のこともありましたし、メンバーたちが25周年ライブをやるメンタルじゃなかったのは事実です。気持ちが追いついていなかったんです」

国分「本当にファンのみなさんには申し訳ない気持ちですが、どんな形でもやればいいんじゃないかという思いと、やるなら最高のパフォーマンスをしたいという思いがありました。でも、気持ちがついてこなかったんです」

城島「タイミング的にも、そのときではなかったと思います」

 彼らの口から、何度も山口の名前が出てきた。いまでも、彼とは連絡をとっているという。

松岡「今回の発表をする前日も、30分ほど話しました。すごく応援したいと言ってくれましたし、彼もこれから一生懸命がんばっていくと話していました

国分「5人で始まっているので、僕らの心の中で、5人の絆は変わっていません。今までは、改めて山口とつながっていることを話す場がなかったんです

 強い絆で結ばれているメンバーたちには、“ある期待”が。

「山口さんが、3人の会社に合流する可能性があるというんです。ただ、所属するのではなく、グループのアニバーサリーイヤーや日テレ系のレギュラー番組『ザ! 鉄腕! DASH!!』に特別出演することを視野に入れているそうです。今すぐ合流することはありませんが、近い将来、彼が戻ってくることは十分考えられますよ」(芸能プロ関係者)

 3人に山口の合流について聞くと「今のところその考えはない」と否定したものの、少々含みを持たせる言い方だった。もし、山口が一時的にでも復帰すれば、ファンにとって夢への可能性は広がる。

長瀬さんは、5人がそろった状態での音楽活動を望んでいました。何より、メンバー全員が'14年の20周年ライブ以来、ファンの前に立てなかったことを悔やんでいた。今回、グループの名前とファンクラブを残したのは、いずれ“再結成”することを考えているからではないでしょうか」(同・芸能プロ関係者)

いつまでもTOKIOは5人


 最後に、最も印象に残っている思い出を聞いた。

城島「全国ツアーの最後に、ファンの方たちの前で手をあげて、一本締めしたとき。いつも気持ちよくて、ファンのみなさんとメンバーが一体化したような感覚でした

国分「僕は、グループがデビュー10周年を迎えたときに、番組の企画で5人だけで京都に旅行したことですね。新幹線のチケットも自分たちで買いました。グリーン車に乗りたかったのですが、僕らは何も知らなかったので、グリーン車だからと緑の窓口に行ってしまいました(笑)。寝るときは枕投げもして、部活の延長のような感じでしたね

松岡「僕は、5人でデビューするときに、事務所に呼ばれてハンコを押したときです。デビューできるのがうれしかったんです。ジャニーズに入れたことが自分にとっていちばんのターニングポイントだとしたら、その次は5人でデビューしたことですね

 退所、独立、引退と別々の船に乗ったTOKIO。でも、船を漕いでいくうちに一緒になるときが来るはず!

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星野源の配信ライブに批判続出、サザンの配信は大成功のワケ

2020年8月7日 20:24 週刊女性PRIME

星野源、桑田佳祐

 放送中のドラマ『MIU404』(TBS系)が好調な星野源。7月12日には、ライブハウス『渋谷クラブクアトロ』でソロデビュー10周年記念の配信ライブ『Gen Hoshino’s 10th Anniversary Concert “Gratitude”』を開催した。

「TBS系のドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』の主題歌で大ヒットした『恋』、新型コロナウイルスによる外出自粛期間にSNSで演奏し、さまざまなタレントが“コラボ”して話題となった『うちで踊ろう』などを披露しました。コロナ禍のため、星野さんにとっては初めての配信ライブでした」(スポーツ紙記者)

視聴者の一部で不具合が発生


 オンラインの動画配信サービスを使い、10万人ものファンが視聴。大成功といえるライブだったが、一部では批判も……。

「画質が荒くなる、動画がカクカクする、アクセスしたのに動画が始まらない、そもそもアクセスできない……という視聴者が一部で出てしまったようです。配信サービスを提供した企業は即日謝罪。配信終了後も視聴できる“アーカイブ期間”を延長する措置をとりました」(同・スポーツ紙記者)

 星野の配信ライブに先立って、6月25日には事務所の先輩であるサザンオールスターズが『横浜アリーナ』で配信ライブを行っている。こちらも星野と同様に会場は無観客だ。星野以上の18万人もの視聴者を獲得したことが話題となったが、別段、視聴に関してのトラブルは見られなかった。

「サザンの場合は、機材トラブルなどの可能性も考えて当日の昼間に収録をしていました。夕方ころに撮り終えて急ピッチで編集、午後8時からのスタートに間に合わせたのです。配信がスムーズにいったのは、そういった側面もあったからだと思いますよ」(レコード会社関係者)

 とはいえ、なぜ星野だけに批判が起きてしまったのだろうか。

「大きな違いは、配信元が単独だったのか複数だったのかという点ですね」

 そう話すのは音楽ライターの加藤雄一さん。

「星野さんのライブで起きた接続障害は、配信直前にチケット購入が集中したことが原因だったようですが、大前提として『ZAIKO』という動画配信サービス1つを使っての配信でした。逆に、サザンは『ABEMA』、『GYAO!』、『新体感ライブCONNECT』、『PIA LIVE STREAM』、『U-NEXT』、『LINE LIVE』、『ローソンチケット O-チケ』、そしてファンクラブの『サザンオールスターズ応援団』と、8つの配信プラットフォームを使っていました。1つ対8つですからね。視聴者がアクセスしたことでかかる負荷は、当然複数のプラットフォームを使った場合のほうが軽減されます」(加藤さん)

 その証拠に、星野が使っていた『ZAIKO』というプラットフォームでは、ライブへの集中アクセスにより、同時間帯に配信を行っていたほかのアーティストにも影響が出てしまっていた。

「直前にチケット購入が増えてしまったという、ある種のうれしい悲鳴があったかもしれませんが、大部分は事前に視聴券となるチケットの購入を済ませているわけです。つまり、“どの程度の人が同時に視聴するのか”を把握できたはず。もう1つ別ルートを用意し、せめて2つのプラットフォームを使うだけで全然違っていたのではないかと思いますね。今後こういった事態を避けるためには、やはりいくつかのプラットフォームを用意することで視聴者を分散することが必要となってくるでしょう」(加藤さん)

ライブ配信はめちゃくちゃ儲かる?


 星野の配信ライブの視聴チケットは3500円(税込み)で、サザンは3600円(税込み)。ライブの売り上げは、単純計算で星野が3億5000万円(3500円×10万人)、サザンが6億4800万円(3600円×18万人)となる。この莫大な売り上げに対して、ネット上では「すさまじすぎる」「めちゃくちゃ儲かってる」という声もある。しかし、実情はそうでもないようだ。

取り分についての契約はアーティストごとにさまざまではありますが、星野さんやサザンといった人気アーティストであれば、ライブは全国各地の複数会場で行うことができます。では、配信の場合は、ツアーに集まった総観客動員数を超えることができているのでしょうか。たとえば、昨年に開催された星野さんのドームツアーは5か所8公演で、総観客動員数は33万人。今回の配信ライブの3倍以上になります。ちなみにチケット代は8500円で、グッズ販売もあります」(加藤さん)

 

 明らかに、通常のライブツアーを開催したほうが、アーティストにとっては大きなお金が入ってくることになりそうだ。

配信ライブを行うためには当然、お金がかかります。会場代やスタッフの人件費だけでなく、プラットフォームに支払う利用料も発生します。配信のほうが儲かるというわけでは決してないでしょう。そもそも、サザンに関しては今回は“感謝”の配信ライブであり、収益の一部は事務所を通じて、コロナウイルスの治療や研究開発にあたっている医療機関へ寄付されます。

 配信ライブはコロナの影響もありますが、日本全国、世界も含めてどこにいてもライブが見られ、またリアルのライブよりもチケット代が安くなるので、ファンにとっては非常に便利なものです。今後は観客を入れた“リアル”のライブと配信ライブを使いわけたり、リアル+配信を同時に行うといったスタイルが加速していくでしょうね」(加藤さん)

 コロナウイルスの影響は、当然アーティストにもふりかかる。アーティストもファンも、双方が笑顔でライブを楽しめる日はいつになるのか──。

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