判決の日、タクシーで移動する飯塚被告
「本当はとてもいい人なんですよ。優しいし、偉ぶるところはないし、気さくだし。頑固さはなくて、人の話もきちんと聞いてくれる人です」
「飯塚被告から私に相談があったわけではなく、“控訴しない”という報告だけを聞きました。おそらく、弁護人と話し合った結果、そうなったのだと思います。判決から十数日間たってからの決断なので、葛藤があったでしょう」(阿部さん、以下同)
「“やめてほしい”と訴えていました。被告は控訴して有罪を覆したいという気持ちもあったかもしれませんが、“被害者遺族が嫌がることをしたくない”という思いが勝ったんだと思います。苦渋の決断だったのでしょう」
刑務所に入る覚悟はできている
「飯塚被告に非があるわけではないのに……。彼は純粋な技術屋さんで、政治力を行使するような人ではありませんよ。警察が逃亡や証拠隠蔽の恐れがないと判断しただけなんですから」
「いわれなき誹謗中傷です。被告はそれらに、ひどく怯えていましたね。一度、某テレビ局が駐車場へ来ていて、そこで逃げられない状態になったため、仕方なくインタビューに応じたことがあった。そこで“私みたいなのが運転しても安全な車を作ってほしい”と上から目線ともとれる発言をしてしまったため、批判がさらに集中してしまったんです」
「あれは頑固なのではなくて、弁護人との打ち合わせで決めていた裁判上の戦略だったのだと思う。しかし、それが心証を悪くしたことは間違いないですね」
「最低でも5、6人の弁護団を作って、自動車のメカニックに詳しい専門家も立てて戦うべきだった。弁護人が検察側の証人を鋭くつく場面も少なかったし、熱が入っていないようにすらも感じました。一審で徹底的に戦うことができずに完璧に負けたわけですから、二審で翻る可能性は少なかったでしょう」
「そんなことにこだわっている人ではないですよ。被告は刑務所に入る覚悟がすでにできています。“刑務所ってどんなところ?”と私に尋ねてくるぐらいですから。