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細木数子さんの後継者、細木かおりさんがズバリ語る!

2019年5月1日 20:24 週刊女性PRIME

細木かおりさん

 取材当日、細木かおりさんが現場に現れると、その華やかなオーラで、その場が一気に明るい雰囲気に包まれました。かおりさんは、細木数子先生の妹の長女で先生にとっては姪にあたる血縁。2016年に養子縁組をして、数子先生の養女になりました。

 そして正式に「六星占術」を引き継ぐ後継者となり、2018年から本格的に、講演会や個人鑑定などの活動をスタートしています。そこで、まずは、六星占術を数子先生から引き継いだ経緯からお話を聞くことにしましょう。


  ◇   ◇   ◇  


「かおりが継がなかったら終わりにする」


「2008年に、初めて引き継ぎの話があったんです。でも、子育ても忙しかったし、そんな覚悟も持てなくて、そのときはお断りしました」

 数子先生の苦労を近くで見てきたからこそ、葛藤やとまどいが大きかったそうです。

「細木数子という名前が有名になり注目度が大きかったぶん、過激な発言は周りからの反応が厳しいこともあったし、マスコミにいろいろ書かれることもあったりで……。みんなが幸せになるために六星占術を始めたのに、なかなか報われない様子を見ていてはがゆかったですね

 そのとき、数子先生は、70歳。その姿を見つめるうち、かおりさんの気持ちに少し変化が出てきました。特に、

「かおりが継がなかったら、この六星占術は終わりにする」

 と言われたことが胸に響きました。『数子先生が人生をかけてやってきたことを、私の思いひとつで簡単に終わらせてはいけない』と、2012年からは、先生の勉強会のアシスタントをしながら、より学びを深めることに。

「六星占術」は、4000年以上も前から中国に伝わる統計学がルーツ。さらに方象学、算命学、易学などを研究し、細木数子先生が独自に編み出した占術です。それを習得するのには、並々ならぬ努力が必要でした。2016年に数子先生の養女になると、正式に「六星占術」を継ぐ後継者になりました。

「数子先生が母という立場になりましたが、小さいころからよく一緒にいて、可愛がってもらったので自然な感じです。年齢が離れているので、私にとっては優しいおばあちゃんって感じかな。また時には、女友達のようななんでも話せる関係です」

 かおりさんから小さいころの写真を見せてもらうと、かおりさんの存在をとても愛おしい思いで大切にしている数子先生の様子がわかります。


優しかったけど、しつけには厳しかったです。家の中で遊びながら、物を大切にすることや片づける習慣などを自然に教えてくれたっていう感じかな。例えば、小さなころから家族の靴を磨いたり、食器を洗ったり。クローゼットの服をコーディネートしたり、片づけたり。

 おままごとではなく、本物に触ることで生活の基本や暮らしの楽しさを自然と学んでいったというか。そう、でも高いお皿を割ったこともあって。そんな経験も優しく見守ってくれていましたね」

 数子先生は、かおりさんがいくつになっても、そっと生きる道しるべを教えてくれる、かけがえのない存在なのでしょう。

結婚21年目、夫婦円満の秘訣


 2018年からはいよいよ、かおりさんもひとりで活動を開始。新しくスタートさせた講演会「Kaorism」も大好評。カオリ+イズムを組み合わせたタイトルの講演会は、『六星占術を通して、子育てで悩むママや仕事で頑張っているパパ、そして家族を大事にしたい人たちを応援したい』という思いが込められているそうです。

「占いというと、恋愛がテーマになることが多いけど、親子や家族にも関心を持ってもらえたらと思ってます。人間関係はすべての運気の要。そのいちばん身近で大切にしたいのが、家族ではないでしょうか。夫婦間、親子、きょうだいなど、星人の性質やそれぞれの運気を知ることで、気持ちのいい家族のかたちが見えてくるはずです」


『家族は生きるパワーの源』と話すかおりさん。絆を深めると、人生はより豊かで満たされたものになると教えてくれました。

 かおりさん自身は、数子先生のすすめもあって、19歳のときに結婚しました。

「家族の根は早く持つことで、幹が太く育ち、子孫繁栄という大きな実をたわわにつけることもできると言われて。そのときは、早いかなと思いましたが、今になると家族がいたことで自分が大きく成長できたなって」

 結婚も今年で21年目。その秘訣を聞いてみると……。

「長く一緒にいると、なんでも当たり前になってしまうでしょう? でも夫婦はもともと他人からのスタート。常に相手に謙虚でありたいし、感謝の気持ちを忘れずにいたいなと思ってます。

『言わなくても、やらなくても、わかるでしょ』となると、それがすれ違いのもと。家族だから許してくれるというのは甘えかなと思います。距離が近いとついその大切さを見失ってしまうけど、いちばん大事な場所だからこそ、言葉や行動で誠意を尽くしたいですね


 また、お悩み相談で多いのが、親子関係。

「私は結婚したのが早かったからかもしれないけれど、子どもに親だからという姿勢で接してこなかったですね。一緒に遊びながら、おしゃべりしながら、ちょっと年上の友達みたいな態度を心がけていました。それがよかったのかな。学校であったことも、なんでも話してくれましたね」

 さらに、かおりさんが日常で大切にしているのが、料理。

「出来合いのものや外食ではなく、なるべく料理は手作りするようにしています」

 仕事で出張のときは、作り置きを冷蔵庫に用意しておくひと手間も。

「料理はね、家族への愛情表現だって思うんです。ほら、子どもが小さいときはスキンシップもできるけど、大きくなると機会もないしね。だから、いつだって思っていることを料理に込めたいなって」

 食を通して、人は元気になったり笑顔になれたりするので、まさに開運の源です。

六星占術は人生の羅針盤


 ところで、読者のみなさんも気になるのは2019年、元号が変わり新しい年が幕開けすること。運気の変わり目になるのでしょうか。

「そうですね、新スタートの年は、未来を考えるきっかけにするといいと思いますよ。六星占術は、人生の羅針盤。運命周期や運気を事前に知っておくことで、1年先や3年先の人生の計画が立てられるでしょう? 

 例えば、悪い運気のときは、独立や留学は避けようとか。結婚や転職など重要な節目は、好運気のときに計画したり。若い人たちが、今しか考えていないのは、ちょっと心配になりますね」

 さらに『人は、ひとりでは生きられない』と、数子先生から教わった言葉を、胸に刻んで大切にしているそうです。

「時代が変わり、大きく世の中が動くときだからこそ、家族の繁栄や、先祖の大切さに目を向けてほしいと思います。そのことが、きっと明るい未来を引き寄せるポイントになるはずです」

 さて、次号から、いよいよかおりさんの連載がスタート。

「楽しくわかりやすく、メッセージを伝えたいですね。六星占術を通してみなさんが幸せになることを願っています」

 どうぞみなさんお楽しみに!

取材・文/松川智美(薫白竜)


プロフィール

細木かおり(ほそき・かおり) 1978年12月11日生まれ 木星人(+) 家族は、夫と3人の子ども〈20歳の長男、18歳の長女と16歳の次女〉、3匹のトイプードル。六星占術を細木数子さんから引き継ぎ、後継者に。六星占術での個人鑑定、「kaorism」の講演会、携帯サイトでの「親子相談」、そのほか週刊女性の連載やテレビ出演など、幅広く活躍中。『新版 幸せになるための先祖の祀り方』細木数子 細木かおり共著 飛鳥新社刊 好評発売中。

 

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ジェーン・スー、20代の自称・オバさんへ

2019年5月1日 20:24 週刊女性PRIME

ジェーン・スー 撮影/北村史成

 本書は、作詞家でコラムニスト、ラジオパーソナリティーと多才な活躍をみせるジェーン・スーさん(以下ジェーンさん)と著名人との対談集だ。

 登場するのは芸人の光浦靖子さん、作家の山内マリコさん、脳科学者の中野信子さん、大正大学心理社会部准教授の田中俊之さん、漫画家の海野つなみさん、ラッパーの宇多丸さん、エッセイストの酒井順子さん、文筆家・自称漫画家の能町みね子さん。と、さまざまな分野からの8名。

 ジェーンさん自身が過去の対談のなかから、もっと話をしたいと思った人々にお願いし、能町さんだけは“1度じっくり話をしてみたかった”ということで依頼した。それぞれの対談ではテーマを決めずに近況報告からはじめ、会話がどこに流れていくかを楽しんだという。

 ジェーンさんといえば『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』(幻冬舎文庫)、『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』(ポプラ社)などユニークなタイトルが印象的。対談終了後に決めたという本書タイトルについてまずは聞いた。

「最初は『新しい中年』はどう? などと言っていたのですが、まぁそりゃないですよね(笑)。最終的には私がポロッと口にした『私がオバさんになったよ』を担当編集者がすかさず“それだ!”とすくい上げてくれて決まりました。

 本のタイトルは犬笛のように、届いてほしい人にしか聞こえない周波数のようなものそこにうまくチューニングできれば、読者をがっかりさせることも少なくなるですから私がオバさんになったよ』と言われると、少しだけ心がざわつく、そんな人に届いてほしいですね

 もれなく記者も、森高千里の歌のフレーズとともに大ウケし、その後に心をざわつかせたひとりだ。が、このタイトルには少々の不安もあったという。

「本書の意図が伝わらずに“オバさんと自嘲するなんてけしからん!”と叱られないか、というのが心配だったんです。でも“面白い!”という声がたくさん聞けて安心しました」

女性にとって“オバさん”は出世魚


女性にとって“オバさん”は出世魚のようなもの。20歳になると、10代が終わったことを憂う“自称・オバさん”が出てきますが、これはいうなればオバさんの稚魚。30歳を過ぎると、20代が終わったことを嘆くオバさんに出世します。こちらもまだ“自称・オバさん”で、イナダ(ハマチ)の段階。勝手にもう若くはないと思い込んでるだけで、実態とは違います。

 45歳、いまの私はブリ。“あ、出世魚、完成形になったぞ”と自覚しています(笑)。以前は、つまり、ちゃんと出世するまではオバさんに対してネガティブな印象もありました。でも、ブリとなったいまはもう朗らかに受け入れゲラゲラ笑うしかないですね

 もちろん鏡を見て、“何!? このたるみ!”と思ったり、若者の言葉が理解できなかったりと、気落ちすることも多々ありますが、ブリにもなると執着心を持つ“執着筋”が衰えてくるんですよ。“う゛っ”とか“んっ”となっても最終的には“まぁ、いいか”と。執着心が“サヨナラ!”と川に流れていっちゃう。だから、この本の帯にも記したように“ネガ過ぎず、ポジ過ぎず”生きるオバさんのいまを語り尽くした対談集になっていると思います」

ロールモデルのない時代


 これまでの時代は、例えば尊敬や憧れの対象が自分の親であるなど、どうやって生きていくかを考える際のロールモデルが存在していた。しかし、これからは、それを見つけるのは難しいとジェーンさん。

「多数派が納得していた正解が、数年後には不正解になる。そんな変化の早い時代ともいえます。そこにはこれまでのように家族や子どもを持ち、家や車を買って……といったわかりやすい記号のような正解や到達点、成功は存在しません」

 言い換えれば自分で考え、決めなければいけない時代になってきた。当然、その負荷は当事者たちにかかってくる。

「私自身も未婚で子どもはいませんし、企業に勤めてもいない。30代半ばまではちゃんと結婚しないと欠陥商品だという思い込みもありました。

 でも、それを越えたら糸が切れた凧状態。もうみんなと違うことを恐れることはなくなりましたね(笑)。

 ただ、アラサーの人の親世代は、いまの実社会の変化を把握できずに親心から自分と同じ幸せの手法を子どもにもとってほしいと願う人もいるでしょう。

 でも、わが子がそれをしなかったとしても、そこはその生き方を見守ってほしい

 この本に登場するのは私を含めてわが道を歩く、ちょっと異端の人ばかりたったひとつの正解しかなかった親の世代とは異なる女性たちが、この先、楽しく生きていくための手がかりがちりばめられています

 最後に週女読者にメッセージをお願いすると、

好き勝手に生きてきた私たちでも何とかやっていける、そんな素晴らしい時代が到来しました

 女はこうあるべきと考え、世間が求めるシニア像に合わせる必要はありません。すべての女性は元気に好きに生きてほしいと願っています。女性が輝ける時間は確実に延びています。人生の先輩たちが“オバさんになってから、折り返してからのほうが人生、楽しいかも!”と思わせてくれるのはとてもありがたい。それは若い世代にとっての松明(たいまつ)であり、彼らの足元を明るく照らすはずです

ライターは見た!著者の素顔


 東京生まれ、東京育ちのジェーンさん。小誌編集Yと同年代、実家が近所だったということで「あの地下の喫茶店、行った!」「あの家の子と仲よしだった!」など、超地元トークで大盛り上がり! 

 撮影に入るとカメラマンの要望に的確に応じ、「さっさと応じなければ終わらないって、わかったから」と笑顔で語る。インタビューから撮影にいたるまでスマートさとぶれない強さ、頼もしさを感じさせる彼女。人生相談に乗ってもらいたい、そんなラジオのリスナーの気持ちがわかる気がした。

PROFILE

●ジェーン・スー●1973年、東京生まれ。作詞家、コラムニスト、ラジオパーソナリティー。TBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』のMCを務める。『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』(幻冬舎文庫)で第31回講談社エッセイ賞を受賞。著書に『女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。』(文藝春秋)、『今夜もカネで解決だ』(朝日新聞出版)、『生きるとか死ぬとか父親とか』(新潮社)などがある。

(取材・文/松岡理恵)

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cat_1_issue_oa-shujoprime oa-shujoprime_0_17d9311d84f3_美智子さま、親しいご友人にこぼした「皇后になってから自由がなくなってきたわ」 17d9311d84f3 0

美智子さま、親しいご友人にこぼした「皇后になってから自由がなくなってきたわ」

2019年5月1日 20:24 週刊女性PRIME

正田邸の自室で仲のよかった友人らとベッドの上で('58年ごろ)

聖心女子大学同級生のひとりが語る美智子さま

 美智子さまとは別の学科ではありましたが、よく一緒に行動していて、五反田にあった正田邸にもよく遊びに行っていました。

 聖心女子大学では、週に1度の集会があり、その週に行われることや、規律に関するお話を共有していました。美智子さまは、壇上に上がってお話をする学生代表の“プレジデント”に選出されていたことを覚えています。

 毎年行われていたクラス会に長らく参加していなかったのですが、あるときは美智子さまから「クラス会にいらっしゃいよ」と、お電話をいただいたこともありましたね。

 私が結婚したすぐあとのことですが「話があるの」と、美智子さまと仲のよかった数人だけが正田邸に呼ばれてお茶をしました。そのときに「皇太子さまからプロポーズされている」というお話をされたのです。

 当時の皇太子さまと結婚するというご決断に至るまでには、いろいろと思うことがあったように見えました。そのように悩まれているのは、後にも先にもその1度だけだと思います。

 その後「しばらく海外に行って考えてくる」とおっしゃって、おひとりでのイギリス旅行を終えた後、皇太子さまと婚約されたのです。

 私の息子が生まれたのが、浩宮さまがお生まれになった時期と近かったこともあり、小さい息子を連れて何度か東宮御所に遊びに行かせていただきました。夏には、皇太子さまがビニールプールをふくらませて、お水まで張っていらっしゃいましたね。子どもたちが遊んでいる様子を、皇太子さまも温かく見守っていらっしゃいました。

 美智子さまがまだ皇太子妃のときに、私が指導している合唱団のコンサートや私個人のリサイタルにもお越しいただいたこともあるのです。

 皇后陛下になられてからは、警備上の理由もあり、いらっしゃることが厳しくなってきて「皇后になってから自由がなくなってきたわ」と、こぼされていました。皇太子妃時代ですら、すべての楽器ケースの中をチェックしなければならず、皇后になられた後は一層、警備を厳重にしなければならないのだと思います。

 先日の『在位30年記念式典』で陛下が述べられたおことばに感銘を受けました。ご結婚前に美智子さまからお聞きしていた、陛下からの電話の雰囲気が感じられたからです。今では“陛下のプロポーズを受け入れてよかったですね”と、お手紙を書きたいと思うほどです。これからやっと落ち着かれて、なさりたいように、ゆっくりとしたお時間をお過ごしいただきたいと思っています。

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指原莉乃が本当に伝えたかったファンへの言葉

2019年5月1日 20:24 週刊女性PRIME

指原莉乃が本当に言いたかったこと

 アイドルグループHKT48の指原莉乃(26)が先ごろ、横浜スタジアムで卒業公演を行った。多くのメディアが駆けつけ報じたが、記事の中には、指原が「運営」に苦言を呈した、という方向性の記事が散見された。それは間違いではない。だが、指原の狙いは別の場所にあるのではないか。

 指原の本音を読み解いてみる。

 “苦言報道”の根拠になっているのは、指原のこんな発言である。例えば、

「HKT48の運営にみなさん、メンバーのお話を聞いてあげてください(中略)。でも間違ったことを言ってしまう場合もあると思います。そんなときは目を見て何がいけないのか分かるまで教えてあげてください。みんなでHKT48です。これからも風通しのいいHKTでいてください」

「(NGT48に)こうすることはできないのか、ああすることはできないのか(運営に)何度も声を上げたんですけど、私一人の力で動くようなものじゃないんだと、あらためて社会や会社の厳しさに気づきましたし、これから本気で変えたいんだったら、すべてを一からやり直さないといけないと思っているんで、私にできることは手伝いたいと思う」

 このようなことを、「運営批判」「運営に苦言」などと括る。

アイドルには“ファン切り”が必要


 指原にとって「運営」は身内だ。いくらでも厳しいことは言えるし、言ったところでファン離れにはつながらない。むしろ言わないほうがファン離れにつながる。

 ファンの経済力の上に成立する芸能人の暮らし。劇場公演という実演をベースにした、アイドルの活躍形を生み出したAKB48グループの場合はなおさらである。

 テレビ画面やスクリーンの向こう側を中心に活躍する芸能人に比べ、指原らは圧倒的にファンの前に立つことが多い。お金を運んできてくれるファンの大切さが痛いほど分かっている。「太客」と呼ばれるファンもいる。ファンに直接、文句を言えるわけがない。

 ところが指原は、自身の卒業コンサートで、「どんなときも守ってくれて本当にありがとう」と感謝したうえで、ファンに次のように伝えたのである。それも実にうまい表現で。

「これから先、ほかのアイドルを好きになることがあると思います。元々私を応援してくれた人として恥ずかしくない行動を取ってね。アイドルにやさしくしてね。意地悪なこととか説教しちゃうようなことはしないでね」

 つまり、やさしくない人、意地悪な人、説教をする人がファンにいるということ。

 その一部が暴走したために、NGT48の問題はぼっ発し、ファン離れやスポンサー離れを招くほど尾を引いているのである。なかなか収束できないNGT48問題の原因にファンの振る舞いがあったことを、指原はやんわりと指摘したのだ。

 AKB48関連本の編集者から以前、「アイドルには時として、“ファン切り”が必要」と聞いたことがある。大切なファンと大切じゃないファンの選別。

 今、NGT48に必要なことは“自分たちの解党的出直し”と同時に、“ファンの解散的出直し”である。

 やらかすファンを切り捨てる勇気が、メンバーや「運営」にあるのか。暴行事件後、「運営」は、逮捕された男性2人が所属するファングループがその後、握手会、イベント等に入場できない“出入り禁止処分”にした、と一部スポーツ紙で報じられた。入場の際に顔認証が導入されるようになった今、“ファン切り”の実行は容易になった。

 ジャニーズ事務所でも、同様の苦言を呈するアイドルグループのメンバーはいる。

 関ジャニ∞の大倉忠義(33)は、突然、手を繋いでくる、カバンに勝手にモノを入れる、執拗な追いかけ行為など、一部のファンによる行動に悩み、会員サイトのブログで「身勝手な行動が精神的に辛いです」「ストーカー行為ではないのか」「もう、ストレス以外のなにものでもない」と、苦しい思いを吐露した。

 また、ファンの暴走によって電車が遅延する騒動に発展したことを受け、当事者のHey!Say!JUMPの八乙女光(28)も「マナーの悪い人が多かったです」「どうすれば伝わるのかな」と、ファンの行動に釘を刺している。

 ロック歌手の矢沢永吉(69)は昨年、一部ファンの“出禁”を公式サイトで公表した。

「お客様は神様です」と言われたのは、昭和の昔のおとぎ話。

「“ファン切り”にあわない、アイドルの味方になってくれるいい子でいてね」。それが指原がファンに伝えたかった本音ではないだろうか。

<取材・文/薮入うらら>

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cat_1_issue_oa-shujoprime oa-shujoprime_0_50e6b17348e0_シニア女性の「貧困」と「使い捨て」問題が深刻化! 50e6b17348e0 0

シニア女性の「貧困」と「使い捨て」問題が深刻化!

2019年5月1日 20:24 週刊女性PRIME

※写真はイメージです

 人手不足から働くシニアの活躍に注目が集まる一方で、安く買い叩かれ、使い捨てられるケースも珍しくない。実態をよく知る社会運動家・藤田孝典氏が緊急報告!

使いつぶされるシニア女性と広がる貧困


 女性の貧困といった際に「若い女性」の貧困をイメージする人が多いだろう。事実として、メディアで報じられる女性の貧困の多くはそうした事例であり、「シニア女性の貧困」はその陰に隠れてしまっている。しかし生活困窮者支援の現場に携わっていると、シニア女性の貧困は深刻な状況にあることがわかる。

 そして、彼女たちの貧困問題は労働問題と切り離せない関係にある。なぜなら、貧困であるがゆえに、高齢になっても生活のために働かざるをえない状況にあるからだ。今回は、働くシニア女性の実態と、その背景にある貧困問題について考えていきたい。

◆  ◆  ◆

 働かざるをえないシニア女性の労働実態はどのようなものだろうか。筆者も支援している労働組合『労災ユニオン』に寄せられる相談事例からは、安く都合のいい労働力として使い捨てられる高齢者、そんな実態が見えてくる。

 69歳の女性・Aさんは「少しでも年金の足しに」するために、契約社員としてビルメンテナンス会社で清掃業務に携わっていた。80歳になる夫は、定年後、心臓と足を悪くしており、その介護をしながら毎朝早くから働いていた。時給1000円で週5日、午前8時半〜午後2時半までの勤務だった。

 しかしAさんは勤務中に階段から足を踏みはずして転落し、首を骨折してしまう。さらに、下の歯を複数失うなどの大ケガを負い、救急搬送され入院することになってしまった。

 本来、業務中のケガは労働災害保険が適用され、治療費や働けない期間の所得補償が支払われる。ところが、Aさんが労災申請の手続きをしようとすると会社側はそれを妨害してきたそうだ。

 再三、書類を送るよう伝えても3か月間、放置されたあげく、電話で社長から家族へ威圧的で怒鳴り口調の対応がされた。また、入院中のAさんに対して「会社を辞めてほしい」と電話1本で告げてきたという。

 彼女が働く職場は高齢者ばかりで、人手不足が常態化していた。それでも施設の職員らとの人間関係を良好に保ちながら、求められている以上の成果をあげ、会社に貢献してきたという自負がAさんにはある。それにもかかわらず、ケガをした途端に切り捨てられてしまった。

 Aさんは、そのときの心情についてこう語る。

「まるでそれは“姥捨て山”に捨てられたような、とてもつらく、とても情けなく、屈辱的な、それまで生きてきた人生を否定されたような思いで、ただただ涙が止まりませんでした」

 Aさんだけではない。マンションの清掃を行っていたBさん(62=女性)も、ケガをした途端に辞めるよう迫られた。

 Bさんがマンション内の駐車場の排水溝を清掃していたところ、マンションの住人の車と接触事故を起こしてしまい、骨折。そのまま入院した。1か月ほどで退院したが、療養のため2か月は仕事ができない状況にあった。

 保険の手続きのために保険会社の担当者が会社へ連絡を入れたところ、退職手続きを進めていたことが判明。そのことをBさんは知らされていなかった。

 その件についてBさん本人が問い合わせたところ、会社から「今月いっぱいで退職してくれ」と言われ、契約途中での「雇い止め」を宣告されてしまった。

 Bさんは、せめて療養が必要な2か月は休んで労災保険による補償を受けることを希望しているが、ケガをした途端に切り捨てるような会社の対応を目の当たりにして、「迷惑がかかるから辞めたほうがいいのかな」と漏らす。

「労災隠し」「雇い止め」による切り捨て


 シニア世代が正社員として働き続けることは難しく、多くは非正規労働者として働いている。そのため企業内での立場が弱く、事故を起こしても声をあげられずに泣き寝入りしてしまうケースも少なくない。

 事故が起きたことをきっかけに、会社から切り捨てられ、労災として扱われない「労災隠し」が広がっている。また先の事例が示すように、働けなくなったシニア世代は簡単に「雇い止め」され、切り捨てられてしまうのだ。

 AさんやBさんのような相談事例は後を絶たず、安全衛生の不備などによる「高齢者の使いつぶし」とも呼べる労働実態が広がっている。その一方で、政府は「一億総活躍社会」を提起し、人手不足を補うために高齢者雇用を促進している。未来投資会議における中間報告でも、現行65歳以上とされている継続雇用年齢を70歳まで引き上げることが提起された。

 厚生労働省の労働災害発生状況によると、1989〜2015年までの間に労災全体の件数は減少しているものの、60歳以上だけは件数が減少しておらず、世代別労災発生件数の全体に占める割合が12%から23%へ増加している。'17年の死亡災害事案のうち、60歳以上は328件で3分の1を占める。

 そもそも、これらの実態が示すように、シニア世代は労災のリスクが高い。老化による運動機能の低下によって、思わぬケガにつながる事故が相対的に起きやすい。また、シニア世代のケガは大事故になりやすいことも特徴的だ。だからこそ、より精緻な労務管理、労働者への安全配慮義務が企業に求められるといえる。

 働くシニア世代は年々増加傾向にある。内閣府がまとめた『平成30年版高齢社会白書』によれば、'17年の労働力人口総数に占める65歳以上の労働者の割合は15年連続で増加し、12・2%に達した。

 さらに、同白書の世代別の就業者割合では、男性の場合65~69歳で54・8%、70~74歳で34・2%、同じく女性の場合65~69歳で34・4%、70~74歳でも20・9%となっており、70歳代においても2~3割の高齢者が働いている現状がある。老後も働き続けなければならないシニア階層が、かなりのボリュームで存在していることがわかるだろう。

 なぜシニア世代が働かなければならないのか、その背景には貧困問題がある。

 '15年に拙著『下流老人―一億総老後崩壊の衝撃―』(朝日新聞出版)でも指摘をしてきた問題だ。

 '15年度の日本全体の相対的貧困率は15・7%だが、とりわけ65歳以上の高齢者は19・4%と高い。経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均は12・6%なので、これを大きく上回っている。

 単身世帯の高齢者では、状況はさらに深刻だ。高齢単身男性は38%、高齢単身女性では52%にまで相対的貧困率が跳ね上がる。また、65歳以上の単身世帯のうち女性が占める割合は67・4%であり、単身のシニア女性は深刻な貧困状態にあるケースが多いことがわかる。

 労働政策研究・研修機構によると、妻が高齢者の共働き世帯数は、'14 年に39万世帯となっており'02年の2・8倍である。また、65歳から69歳の就業者が働く主要な理由は、「経済上の理由」(51・9%)が最も高く、第2位の「生きがい、社会参加のため」(14・9%)を大きく上回っている。

シニア女性を貧困に追い込む構造


 シニア世代のなかでも単身女性の貧困率が際立って高いのはなぜだろうか。その理由は男性が働き、女性に家庭内のケア、家事労働を押しつけてきた日本型の生活保障モデルにある。

 その結果、女性は家庭内に囲い込まれ、夫との死別や離別によって貧困化するリスクを常に抱えている。また家事労働を担わされている女性は非正規雇用比率も高く、低賃金労働へと押しやられ、それが低年金へと結びつき、シニア女性の貧困問題を生み出してきた。

 こうした構造から、シニア女性の多くは、専業主婦(あるいはパート労働者)として男性に従属的に生きてこざるをえなかった。企業社会から排除されていたために、職業スキルを十分に形成することができておらず、低年金で貧困に苦しんでいる人が多いのもこうした事情による。

 また、そのような状況に耐えざるをえない状況にあったために彼女たちは「我慢強い」傾向があり、それが職場での「労災隠し」や「雇い止め」に対して声をあげられない要因のひとつにもなっている。

 冒頭に紹介したAさんはなんとか労災申請・認定までたどり着き、休業補償を受けることができた。また、労災ユニオンに加盟し、会社との団体交渉を通じて再発防止などを求めている。

 Aさんは「高齢者は非正規の人が多く、安く都合よく雇用されて解雇されやすい。安心できる環境を整えてほしい」と訴える。シニア世代が安心して働ける環境を少しでも整備していくために、職場でのケガや病気の問題に取り組む労災ユニオンのような活動は、きわめて重要だ。

 自分自身、あるいは自分の親などが働き方に問題を抱えている場合、泣き寝入りすることなく支援団体やユニオンに相談してもらいたい。こうした取り組みを広げていくなかで、シニア女性の働き方や老後のあり方を社会に問うていかなければならないだろう。

(文・藤田孝典)


《PROFILE》

藤田孝典 ◎社会福祉士、社会運動家。NPO法人ほっとプラス代表理事、ブラック企業対策プロジェクト共同代表、聖学院大学客員准教授。著書に『貧困世代 社会の監獄に閉じ込められた若者たち』など

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美智子さま『ビューティフルライフ』をご覧になっていた可能性も

2019年5月1日 20:24 週刊女性PRIME

両陛下のご成婚時のお祝い金でつくられた「こどもの国」で(4月12日)

絵本編集者・末盛千枝子さんの証言


 '70年ごろ、画家・堀史子さんのご自宅で美智子さまにご挨拶したことが初めての出会いでした。それから20年を経て、詩人のまど・みちおさんの動物に関する20編の詩だけを集めた詩集『THE ANIMALS「どうぶつたち」』を当時、私が始めたばかりの出版社『すえもりブックス』で制作させていただけることに。

 ANIMALSの詩は日本語と英語が対になっている構成で、皇后さまの学校の後輩である国際児童図書評議会(IBBY)元会長の島多代さんが英訳部分を美智子さまに依頼されたのです。

 表紙の見本を赤坂御所にお持ちしたときがお会いしてから2回目で、20年ぶりだったのにもかかわらず、美智子さまは「あのときお会いしましたね」と言ってくださり、とても幸せな気持ちになったことを覚えています。

 '98年に「子どもの本を通しての平和」というテーマでインドのニューデリーでのIBBYの世界大会に美智子さまが基調講演をされるはずでした。しかし、大会の数か月前にインドが核実験を行ったため、現地での出席は直前で中止となり、ビデオでのご出演となったのです。

 美智子さまは、4年間も熱心に講演することを希望していた現地の方々などにご迷惑をかける申し訳なさで、大変嘆かれていたと思います。私がお会いした前日に、侍従長が出席の見送りを伝えたそうですが、納得していただくのがずいぶん大変だったようです。

 講演の原稿を美智子さまご本人からお聞かせいただくと、実に見事な構成で、子ども時代の読書体験から、ご自分のお考えや思いを見事にことばで紡がれていました。この素晴らしい内容が後に『橋をかける』という名著になったのです。

 東日本大震災で被災した子どもたちに絵本を届ける『3・11 絵本プロジェクトいわて』では、美智子さまから19冊の絵本を寄贈していただいたうえに、盛岡で行った原画展覧を行う会のために、貴重な絵本の原画もお貸しいただきました。

「ボランティアをしている人たちに、ホッとしていただきたいので、私が持っている原画を飾ってください」とおっしゃってくださいました。美智子さまは絵本だけでなく、本全般に造詣が深く、『イノック・アーデン』や『ピエールとリュース』もお好きで、山本周五郎の名前もお聞きしたことがあります。

 '00年ごろ、当時放送されていたTBS系のドラマ『ビューティフルライフ』のお話になった際、私が「木村拓哉と常盤貴子という俳優がいて……」と説明しようとすると「とてもいいのですってね。来週は急展開があるらしいの」とおっしゃられた際は、大変驚きました(笑)。おそらく紀宮さまからお聞きになったのでしょうが、実際にご覧になったのかもしれませんね。

 周囲は、民間から皇室に入られたと簡単に言うけれど、当時の皇室関係の方々はみなさん旧華族だったと思われるので心細く、そうとう大変な思いをされてこられたのだと思います。

 あるとき、「最初はどんなに難しかったとしても、最後にはとてもいい関係になれた」とおっしゃっていて、とても印象に残っています。ANIMALSを作る過程で両陛下とご一緒した際、お互いに対して“自分だけは味方”という雰囲気がおありで、きっとご一緒に苦労されながら、人生を歩まれてきたのだと感じましたね。

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cat_1_issue_oa-shujoprime oa-shujoprime_0_87d693173de6_結婚できない男女に大切なのは「こだわり」よりも「見過ごし」 87d693173de6 0

結婚できない男女に大切なのは「こだわり」よりも「見過ごし」

2019年5月1日 20:24 週刊女性PRIME

 “こだわり”の強い人が、あなたの周りにはいませんか? “こだわり”の強い恋人とお付き合いしたことはありませんか? 

 婚活ライターをしながら、仲人としてもお見合いの現場に携わる筆者が、目の当たりにした婚活事情を、さまざまなテーマ別に考えていく連載。今回は「結婚に大切なのは、“こだわり”よりも“見過ごし”」です。

“こだわり”より大切なものがあります

高収入で見た目も素敵な男性が結婚できない理由


 美香子さん(36歳、仮名)が先日、お見合いしお付き合いに入った義男さん(42歳、仮名)は、一部上場企業に勤め、年収も1千万円を超える好条件の男性でした。ジム通いを趣味としているのでお腹も出ておらず、ブランドスーツをパリッと着こなす見た目も素敵な紳士。

 お見合いを終えたときの美香子さんの声は、弾んでいました。

「こんな方が、まだ独身で残っていたことが不思議ですよ。お見合い場所のティーラウンジに入るときも私をスッと先に入れてくださったし、オーダーやお支払いの仕方もスマートでした」

 お見合いを終えた美香子さんは、もちろん交際希望。そして義男さんからも交際希望がきて2人はお付き合いするようになり、数回の食事をした後、結婚を前提にした“真剣交際”に入りました。

 ところが、真剣交際に入って1か月がたったころ、美香子さんから、「ご相談したいことがあります」と連絡がありました。真剣交際に入った直後は、「1日も早く義男さんと結婚できるといいなぁ」と言っていたのに、面談にやってきた美香子さんは、浮かない顔をしていました。

 そして、開口一番に、こんなことを言ったのです。

「もうとにかく何に対してもこだわりがあるんですよ。食材はどこで買う。お米はどこのブランド。クリーニング店はここ。最初は、“あ、そうなんですね”と同調していたんですが‥‥」

 初めて彼の家を訪れたときのことでした。

「彼の行きつけのお店でビールとできあいいのつまみを買ったんです。そのときも、あまりにも自分の食材へのこだわりを滔々(とうとう)と話すので、私が『でも、ウチの近所の◯◯スーパーの食材は、安くて新鮮よ』と言ったんです。

 そうしたら『そのスーパーは何々系列で、実は食品の管理がずさんで……』とか、そのスーパーを全否定するんですよ。すべてにおいてこの調子なので、なんだか疲れちゃって」

 さらに、自分の失敗には甘いのですが、他人の失敗は厳しく批判をするというのです。

「踏切事故で電車が止まってしまい、待ち合わせに40分以上も遅刻したことがあったんですね。そのことはLINEで知らせたのに、待ち合わせの場所に着いたら、あきらかに不機嫌でした。

 40分とまではいかないけれど、自分だって電車の遅延で、デートに5分6分遅れてきたことがあるんですよ。そのときは前もってのLINEもなく、来てから遅刻の理由を言っていました」

 また、お互いの家を行き来するようになり、夕食を美香子さんが手作りするようになると、お米のとぎ方から野菜の洗い方まで、ご自身のやり方を説明し、お茶碗や箸の置き方にもこだわりがあったというのです。

「いちいちうるさくて。この人は、会社でも部下にきっとこの調子なんだろうなと思いました。見た目も素敵、一流企業に勤めていて年収もある。それでも40歳を過ぎて独身でいる理由がわかりました。最初はいいと思って女性もお付き合いするんでしょうけど、彼の細かさに愛想を尽かして離れていく気がします」

 こうして美香子さんも、真剣交際に入って1か月半で、交際を終了することとなりました。

こだわりの強い相手だと見合いを組むのも大変


 結婚相談所でのお見合いは、お見合いが成立すると、お見合い場所と時間を仲人間で決めます。

 それぞれの希望日を3つくらい出してもらい、それを擦り合わせていきます。私の男性会員、雅弘さん(40歳、仮名)が、よその相談室の女性、真澄さん(36歳、仮名)から、お見合いを申し込まれ受諾しました。

 双方のスケジュール調整をしてお見合い日が決まったので、私が都内のカフェを予約したことを告げました。すると、相談室からこんな返事がきました。

「そこのカフェは、真澄さんの仕事場に近いので、『お見合いしているところを会社の人に見られると困る』と本人が申しております。別の場所にしてくださいませんか?」

 そこで、今度は違う予約できるカフェを提案しました。すると、今度は、こんなNGの返事がきました。

「あそこのカフェは、席と席が近すぎて、お見合いの話を隣の人に聞かれてしまいます。また、お見合いは結婚につながる出会いなのですから、もっと格式のある場所でお願いできませんか」

 もちろん、格式も大事です。ですが、土日のホテルのラウンジやカフェは、どこも混雑していています。予約の取れるところでお席を確保しておかないと、40分、50分と平気で待つこともあります。

 混んでいたからと他のカフェに移動しても、どこも同じような状況なので、カフェからカフェへと渡り歩く、カフェ難民になってしまうのです。

「それでは申し訳ありませんが、お見合い場所は、そちらでお決めてください。こちらはどこにでも出向きますから」

 そういって、場所はお相手女性の相談室に決めていただくことにしました。

 そして指定してきたのが一流ホテルの予約できないカフェだったのすが、「入るのに40分待ちました」と、お見合いを終えた雅弘さんからの報告がきました。やれやれ。

こだわりを人に押しつけてはいけない


 “こだわり”を持つのは、いいのか、悪いのか。

 “こだわり”の強い人は、自分がこだわったことを徹底的にやりぬこうとしますし、“こだわり”があるからそれを極めていきます。勉強や仕事に“こだわり”の強い性格を生かしたら、その分野で成功できるでしょう。

 ですが、ご自身のこだわりを対人関係に持ち込み強要すると、人はどんどん離れていきます。

 ことに結婚は、ひとつ屋根の下で一緒に暮らすのですから、お相手からこだわりを押しつけられたら、生活に窮屈さを感じるでしょう。

 それまで全く違う環境で生活してきた人間が共同生活をするのが結婚です。生活の仕方や考え方が自分とは違っていて当たり前。その違いを認めること、失敗や欠点を見過ごしたり許したりすることが、結婚生活が穏やかに平和に進めていくコツなのではないでしょうか?


鎌田れい(かまた・れい)◎婚活ライター・仲人 雑誌や書籍などでライターとして活躍していた経験から、婚活事業に興味を持つ。生涯未婚率の低下と少子化の防止をテーマに、婚活ナビ・恋愛指南・結婚相談など幅広く活躍中。自らのお見合い経験を生かして結婚相談所を主宰する仲人でもある。

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二階堂ふみ、中条あやみ、川栄李奈の顔を高須院長がジャッジ!

2019年4月29日 20:24 週刊女性PRIME

(写真左から)中条あやみ、二階堂ふみ、川栄李奈

 主演映画『翔んで埼玉』が大ヒット中の女優、二階堂ふみ(24)。フジテレビ系で放送中の今季ドラマ『ストロベリーナイト・サーガ』ではKAT-TUNの亀梨和也とW主演し、注目を集めている。

 また、圧倒的スタイルでモデルとしても引っ張りだこの中条あやみ(22)は、日本テレビ系ドラマ『白衣の戦士!』で連続ドラマ初主演を果たし、話題に。

 元AKBきっての演技派・川栄李奈(24)は、テレビ朝日系『家政夫のミタゾノ』、NHK大河ドラマ『いだてん 〜東京オリムピック噺(ばなし)』への2本掛け持ち出演でニュースになった。

 三者三様の魅力がそろった春ドラマの若手人気女優陣について、美容整形外科「高須クリニック」の高須克弥院長に話を聞いた。

──若手女優の筆頭ともいえる二階堂さん、中条さん、川栄さんですが、みんなそれぞれの出演作では魅力いっぱいに演じ、どなたもステキです(と、3人の写真を見せる)。

顔面偏差値と活躍度は別!


高須「みんな、注目されているという自信で顔が輝いてるね! 中でも飾らない雰囲気のせいか、川栄さんの快活な雰囲気が目立ちます

──というと、川栄さんが顔面偏差値的に1位ということでしょうか?

高須顔面偏差値でいったら、違うよ! 断トツ1位はハーフの美貌で中条さん、2位は歯をセラミック矯正したかな? って感じだけど笑顔のステキな二階堂さん、3位は顔がちょっとがっしりしている川栄さんかな。でも、美女だらけの芸能界で、ナチュラルで庶民的なところが逆に目立って、川栄さんはこれからもいい役がもらえそうかも」

──美的なランキングと、人気や活躍度はまた別、ということですね。ところで、二階堂さんは10代のころから数々の映画賞を受賞し、カメレオン女優とも言われる実力派で、最近では映画『翔んで埼玉』も大ヒットを記録しており、今後も出演映画の公開が続々と控えています。

高須彼女はきれいなんだけど、笑うと目の下がり具合と口角の上がり具合が自然で、心から笑っているように見える。この自然っぽさがいいんだと思う! きれいだけどツンとしていて、作りものの笑顔っぽい美女は、芸能界にははいて捨てるほどいるからね」

──きれいで自然、となれば、向かうところ敵なしという感じです。ところで、二階堂さんは沖縄出身なんですが、いわゆる“南国美人”の特徴はどんなところでしょうか?

高須「目・鼻・口などのパーツが大きく、はっきりした顔というところでしょう。沖縄は薩摩型と言われ、彫りが深いのが特徴。長州型は逆にパーツが小ぶりで、川栄さんなどはこのタイプだね」

──なるほど。では、中条さんはイギリス人とのハーフでスタイルも抜群、モデルとしても女性から人気が高いです。美人というのもそうなんですが、“今っぽいおしゃれ顔”として評価されています。

高須おしゃれ……美容的には難しい表現だけど、顔がツンとしていて、品がいい感じだからかな? あとはやっぱり、“イギリス人”とのハーフということ! ブリティッシュ的な要素への憧れは日本人は強いですから! ファッション誌にも多数出ており、今っぽいヘアメイクや格好をしていることも理由かと思います」

川栄李奈の人気の秘密は“仲間意識”


──肩書的な要素への憧れもありそうですね。一方、“庶民派”と言われる川栄さんですが、元AKB48のメンバーで、かつてはおバカキャラを売りにしていました。主演作は多くないですが、脇役でも印象を残す演技派で注目されています。そんな彼女の人気の秘密はどこにあるのでしょうか?

高須ズバリ、“仲間意識”でしょうね! 顔も美人タイプではない、ちょっとぽっちゃり、背も高くない……そこに自分や友達を応援するような気持ちになる人は多いはず。アクションも脇役も辞さない、努力型なのもウケる要素だよね。あと、肌が白くてふっくらきれい! これは清潔感があり、CMなどにも起用しやすいと思います

──川栄さんは欠点かと思われるところが逆に魅力になっているんですね! 高須院長的にズバリ、今後、女優として勝ち残っていきそうなのは誰でしょうか?

高須「役幅が広く、アラサー以降も活躍できそうな二階堂さん、川栄さんは安泰でしょう。中条さんはきれいすぎるので、女優として生きるより、年齢に合った人気女性誌の専属表紙モデルとしてステップアップしていくコースも向いてそうだけどね」

──いずれにせよ、3人ともこれからも活躍されそうですね。では今後、いちばん老けそうな人、老けなさそうな人は?

高須「こんな質問で締めようとするのが、さすが週刊女性PRIME (笑)! 今の体重をキープしているなら、彫りが浅い・丸顔で平たい顔という老けないポイントをおさえている川栄さんがいちばん老けなさそうかな。次に彫りは深いけど丸顔の二階堂さん。ワーストはやせたらこけてしまったり、鼻の大きさも目立ちそうな中条さん! 白人とのハーフということで、肌がシワになりやすいことも注意だね。

 みなさんそれぞれ、アンチエイジング三種の神器“ボトックス”“ヒアルロン酸”“サーマクール”などをうまく使って現状を維持することが重要だね!」


<プロフィール>

高須克弥(たかすかつや):

1945年、愛知県生まれ。高須クリニック院長。医学博士。昭和大学大学院医学研究科博士課程修了。昭和大学医学部客員教授。

脂肪吸引手術など世界の最新美容外科技術を日本に数多く紹介。金色有功章、紺綬褒章を受章。『その健康法では「早死に」する!』(扶桑社)、『ダーリンは70歳/高須帝国の逆襲』(Kindle版)、『行ったり来たり僕の札束』(小学館)、『ダーリンは71歳・高須帝国より愛をこめて』(小学館)、『炎上上等』(扶桑社新書)、最新刊は『大炎上』(扶桑社新書)

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新天皇陛下卒業文集“日本史教師になりたい”

2019年4月29日 20:24 週刊女性PRIME

(左)学習院初等科6年生の社会科見学で(右)昨年お誕生日に際して

 いよいよ間近に迫った新しい天皇陛下のご即位と、新時代令和。

 新しい時代の象徴となる新天皇陛下はどんな方なのだろうか。

 名は徳仁さま。称号は浩宮。昭和35年(1960年)2月23日生まれ。学歴は学習院幼稚園入園後、学習院初等科、中等科、高等科、学習院大学(文学部史学科)と歩まれてきた。

 ’83年から’85年にかけ、オックスフォード大学マートン・カレッジにご留学。’88年には学習院大学大学院人文科学研究科の博士前期課程をご修了。専攻は歴史学。

 ご趣味は登山、ヴィオラ演奏、ジョギングなど。またお酒も嗜(たしな)まれ、たいそう“お強い”との評判も。

 言うまでもなく、皇太子として公務と国際親善に努められてきた。また、'03年よりご病気の療養に入っている妻の雅子さまを支え、聡明と評判の長女・愛子さまの教育にも力を入れられてきた。

 仕事と家庭両面にベストを尽くす誠実さはまさしくご両親譲りのもの。ここでは、そんな新天皇陛下のさらなる内面や成長過程がうかがえる文章をご紹介したい。

 学習院初等科の卒業文集。徳仁さまの徳を取った『徳桜集』という文集で卒業生らが2つのテーマで文章を寄せている。1つは『思い出』、もう1つは『二十一世紀からこんにちは-二〇〇一年〇月〇日の手紙-』。

 つまり、学校生活の思い出と、将来の自分についての作文ということ。殿下の“12歳の地図”まずはご一読を。

<テーマ:思い出>

  思い出の修学旅行

                        徳仁親王



 長い長いと思われた初等科時代も、あとわずかになった。ここで、今までの六年間をふり返ってみる時、ぱっとぼくの心の中に浮かび上がるのは、なんといっても、六年生の春に行った福島への修学旅行だ。



 福島駅で列車を降りると、出発した上野駅とは変わった東北地方特有のひんやりした風が吹いていた。ぼくたちをむかえてくれる風のような気がした。長い間の列車の中の退屈した気分を吹き飛ばしてくれたのだ。スモッグがひどく、空気のよごれた東京よりも、すがすがしい空気の中で暮らせる福島の人たちはしあわせだと思った。



 車窓から見えた安達太良山・磐梯山などは、古い古い過去を物語ってくれるようだ。そう、安達太良山といえば、高村光太郎作の(あれが安達太良山、あの光るのが阿武隈川)という詩を思い出す。しかし、実際にはそのとき、ぼくは、この詩を部分的にしか知っていなかった。この詩の全容に出会ったのは、その夏である。磐梯山についていえば、(会津磐梯山は宝の山よ)という、あの有名な歌……。



 翌日行った中で、いちばん印象深かったのは飯盛山だった。ここは白虎隊十九士の墓のある所だ。墓の前に立つと、ぷうんと線香のにおいが鼻を突く。昔の人はここを通るとき、きっと墓石に涙を注いだことだろう。ぼくもここに、自分の家の花をささげたいような気がした。戸の口原で戦って負け、飯盛山に逃げて、鶴が城が焼けているのを見、自殺した。ほんとうは、城は焼けていなかった。あわれな最期であった。死にさいして、彼らの心の中にあった思いは、どんなものであっただろうか、ぼくはその後も折々考える。



 修学旅行は、ぼくたちにすばらしい思い出を与えてくれた。風景の美しさ、集団生活の楽しさ。さらにこの思い出は、後の歴史の勉強などにも大いに役立つことだろう。福島県下の旅行と初等科時代の思い出は、ぼくの心の中で、切っても切りはなせない思い出となり、いつまでも残ることだろう。

<テーマ:「二十一世紀からこんにちは-二〇〇一年〇月〇日の手紙-」>

                        徳仁親王



 みなさん、お元気ですか。わたくしは、今、大学で、日本史を教えています。



 この間、学生たちに美しい平城京の姿を知ってもらいたいと思い、奈良に行ってきました。初めに東大寺などの寺院を見ました。ふり返ってみれば、わたくしがこの東大寺を訪れたのは、今から三十数年前、たぶん初等科四年生のころだったと思います。幸いに、大仏も四天王も当時と変わらず大切に保存されています。ふくうけんじゃくの美しい姿も変わっていません。ほっとして外へ出れば、若草山・春日山・三笠山などがなつかしい姿を見せています。それを望んでいると、どこからともなく、(天の原、ふりさけ見ればかすがなる、三笠の山に出でし月かも)という歌がわたくしの耳をかすめ、再び永遠の彼方に消え去っていくような気がしました。空を見上げれば、雲一つありません。この晴れ渡った空を、昔の人はどう思ったでしょうか。わたくしは、あれやこれやのことを、「奈良見物記」という題で本にまとめました。

 

 これは余談になりますが、旅先の旅館におりますと、山鳥の声が微妙に悲しげに響いてきます。夜は、マッチぼうを散りばめたように星が光っておりました。自然はいいなあと、何度思ったか知れません。



 そうしている間に、ついに帰京する日が来ました。古い歴史を語る奈良に、わたしは、いつまでもいつまでも自然や遺跡が保存されることを願ってやみません。



 ではみなさま、くれぐれもおからだを大切に、さようなら。

 いかがだろうか。まず美しい自然と文学を愛(め)で、歴史と文化を学ぼうとする素直な心が伝わってくる。

「趣味が登山ということからもわかりますが、殿下は自然と美しい景色を愛するロマンチストですね。そこは少年時代から今も変わっていないといえるでしょう」(全国紙宮内庁担当記者)

 また、白虎隊の悲劇に思いを寄せたのは、高祖父(ひいひいおじいさん)の明治天皇を押し立てた官軍と会津藩の戦いの歴史の因縁を感じてのことなのかもしれない。

 また、「二十一世紀から」のほうは皇太子、天皇となる定められた将来を知りながら、愛する歴史に携わる未来にも思いを馳せる健気な文章だ。

 皇室取材歴60年のジャーナリスト、文化女子大学客員教授の渡邉みどりさんは、「二十一世紀から」の作文について、

殿下の歴史愛は美智子さまのご教育の賜物(たまもの)だと思っています。初等科低学年のころ殿下は赤坂御用地内にかつて奥州街道が通っていたことを知り、歴史と道に興味を持たれました。美智子さまはその関心に応え、殿下と一緒に松尾芭蕉の『奥の細道』を読破されたのです」

 やがて関心は道から海上交通につながり、大学の卒業論文は瀬戸内海の海上交通史、オックスフォード大学での論文はテムズ川の交通史について。

「海上交通から関心は水全般に移り、かつて国連の『水と衛生に関する諮問委員会』の名誉総裁を務められるなど、水は殿下のライフワークになっています。少年時代の歴史愛がライフワークにつながっていったということですね」(渡邉さん)

 殿下は間もなく天皇としての“道”が始まるわけだが、その誠実なお心で国民とともに歩んでいかれることは間違いない。

 

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cat_1_issue_oa-shujoprime oa-shujoprime_0_9e665b1d79de_森泉、夫婦で暮らす“お寺”を「南国風」にリフォーム! 9e665b1d79de 0

森泉、夫婦で暮らす“お寺”を「南国風」にリフォーム!

2019年4月29日 20:24 週刊女性PRIME

森泉

「さっきからオウムの鳴き声がすごいねえ」

 4月中旬、散歩する年配夫婦を驚かせていたのは、森泉が嫁いだ都内の寺院から聞こえてくる動物たちの鳴き声だった。

「森さんは昨年4月に結婚と妊娠を発表。お相手は、愛犬を亡くして訪れたペット霊園で知り合った僧侶です。6月に第1子となる女児が誕生しました」(スポーツ紙記者)

 育児のためにしばらく芸能活動を休止すると思われたが、

「出産からわずか1週間で仕事復帰して、今も3本のレギュラーを持っています。子どもの世話と17種30匹のペットの世話を両立させるのは大変なので、ペットは寺で育てて、自分と娘は実家と寺を行ったり来たりの生活みたいです」(芸能プロ関係者)

 前に住んでいた家では、ペットの異臭騒ぎでご近所とトラブルになったこともあった。

「今はニオイが強いブタなどは、使っていないお寺の浴室で飼うなどの対策をしていますね。お寺は敷地が広いですから、ペットたちはのびのびと暮らしているようです」(近隣住民)

DIYを新居でも……


 DIYに意欲的な森は、寺に併設されている自宅も、やはりリフォームしていた。

昨年末に資材を入れ、屋上に人工芝を敷いたドッグランを造っていましたよ。庭は業者が入って、南国風の植林もしていました。ガーデンパラソルもついてリゾート風です。屋上にもともとあった水道は、愛犬の足を洗ったりできるようにしたみたいです」(同・近隣住民)

 仕事と育児に追われる日々を送っている森だが、出産から半年がたった今年の初めごろから変化があったと、近所に住む檀家の1人は語る。

前はお寺で泉ちゃんを全然見なかったけど、うちが年明けに法事をしたとき、お茶出しをしたり、せっせとイスを並べていたのが彼女でした。“あ、寺嫁デビューしたんだ”と思いましたね。受付もしていて、しっかりお寺のお嫁さんの仕事をしてましたよ

 森は仕事復帰もしていて多忙なため、いつも寺にいるわけではないそうだが、法事のような行事は手伝うこともあるようだ。近所の商店街でも姿が見かけられている。

本当にたまにだけど、青果店や鮮魚店にも来ますよ。赤ちゃんを連れていることもありますね。野菜や豆腐をたくさん買っていかれるので、ペットのエサ用なのかもしれませんね」(商店街関係者)

 以前から「彼氏に料理は作らない」と話していた森。

 ペットの世話とお寺の手伝いがあるから、料理までは手が回らない!?

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