cat_1_issue_oa-shujoprime oa-shujoprime_0_d9fe25fec9cd_佐藤健が千鳥・大悟に「俺のシーンどうだった?」と聞かれて返した言葉 d9fe25fec9cd d9fe25fec9cd 佐藤健が千鳥・大悟に「俺のシーンどうだった?」と聞かれて返した言葉 oa-shujoprime 0

佐藤健が千鳥・大悟に「俺のシーンどうだった?」と聞かれて返した言葉

2019年11月20日 20:24 週刊女性PRIME

佐藤健 撮影/伊藤和幸

「子どものころは、両親が当たり前のようにそばにいたのに、大人になるとお互い仕事をしていたりして、会う機会が自然と減って。こちらから何かアクションを起こさないと、なかなか関わりがなかったりする中、家族を描いた今作に触れて、“最近、両親に会ってないな、連絡してみようかな”と思うきっかけを、この映画は作ってくれました」

それぞれの家族の形


 映画『ひとよ』で主演を務める佐藤健(30)。物語は、佐藤演じる稲村雄二ら兄妹の母親・こはる(田中裕子)が、夫であり、雄二らの父親を殺してしまった15年前の“あの日”から始まる――。

家族に対して、ポジティブな考え方をする人もいれば、今作のように“父親が嫌い”とかネガティブな考え方を持っている人もいて。でも、それはどちらも間違っていなくて、それくらい家族ってとらえ方が人それぞれ、家族の形もそれぞれだと思うんです。この映画を見たからといって、“家族とは”の答えが出るわけでないですが、僕がそうだったように、“家族に思いを馳せる”きっかけには絶対になると思っています」

 作中では、親友として知られる千鳥・ノブの相方である大悟も出演しているが、

「残念なことに撮影中、大悟さんとは会えなくて。何回も飲んだことはあるんですけど、(取材時)まだ本人は作品の完成した映像を見られていないらしく。こないだお会いしたときに“俺のシーンどうだった?”と聞かれたので、“めっちゃ面白かったです”と伝えたら“いや、シリアスな映画なのに面白いはおかしいやん!”って言っていました(笑)

中田英寿の言葉に共感


 罪を犯そうと、15年たとうと、“家族”であることは変わらない稲村家の中には、周りの環境は変わろうが、根底には不変の“家族愛”がある。そんな、佐藤の中でも“変わらない”ものは、


家族への思いや、友情などはどれだけ時間がたっても変わりません。ただ、価値観など年齢とともに変わるものもたくさんあると思っていて。今後、自分の考え方に変化が生まれても、それを拒絶するのではなく、どんどん受け入れていきたいと思っています」

「“変化を受け入れる”からこそ、新しい自分の価値観が生まれる」と続ける。

「スポーツ選手も、一生スポーツをやるわけではなくて。現役時代は、間違いなく自分のすべてをかけて戦っていても、引退後は全然違うことをされる方も多く、それってすごく素敵だなって思うんです。

 中田(英寿)さんが“俺の人生はサッカーだけじゃない”とサラリと言える感覚に、すごく共感できて。今すぐ“別の何かしたい!”というわけではないんですが、僕の人生、芝居がすべてである必要もない、という考え方もあるのかなと最近思っています

■生粋の“ネコちゃんLOVER”!?

「小さいころから、家に猫がいない時期がないほど、ずっと猫と一緒で、今も実家では飼っています。だから小さいころは、父が猫とかくれんぼしているのをまねして僕もやってみたり。父や母との思い出と同じくらい、猫が壁で爪を研いでいる姿とか、猫を通じて思い出す情景もたくさんあります

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cat_1_issue_oa-shujoprime oa-shujoprime_0_76ad48b33a18_竹内涼真 “演技派”の先輩に刺激を受けて始めた、ストイックな筋肉作り 76ad48b33a18 76ad48b33a18 竹内涼真 “演技派”の先輩に刺激を受けて始めた、ストイックな筋肉作り oa-shujoprime 0

竹内涼真 “演技派”の先輩に刺激を受けて始めた、ストイックな筋肉作り

2019年11月20日 20:24 週刊女性PRIME

写真/竹内涼真

「過去にタイムスリップして、父親が起こした殺人事件の謎を追う青年の姿を描いた物語です。共演者には、父親役の鈴木亮平さんや母親役の榮倉奈々さん、竹内さんの妻役で上野樹里さんらが出演しますよ」(スポーツ紙記者)

 '20年1月からスタートする日曜劇場『テセウスの船』(TBS系)で主演を務める竹内涼真(26)。

 竹内は'17年に放送されたNHK連続テレビ小説『ひよっこ』でブレイクして以来、『過保護のカホコ』(日本テレビ系)や同年10月に放送された日曜劇場『陸王』(TBS系)など、多くの話題作に出演した。

 しかし、昨年末に放送された日曜劇場『下町ロケット2』(TBS系)を最後に、今年のドラマ出演は1本もなかった。一見、仕事が減ったようにも見えるが……。

「そんなことはありませんよ。今年5月に公開された映画『名探偵ピカチュウ』では声優に、夏に撮影が行われた来年公開予定のスパイアクション映画『太陽は動かない』では、主演の藤原竜也さんの相棒役として、本格的なアクションシーンに挑戦しました」(同・スポーツ紙記者)

周囲に語っていた熱い思い


 新しいことにチャレンジしたことで、彼の心境に変化があったようで……。

「最近は、周囲に“もっといろいろな役を演じて、役者としてひと皮むけたい”と熱く話していたといいます。同じ事務所の先輩で、演技派俳優として評判の藤原さんと共演し、彼の演技を間近で見て刺激を受けたのかもしれませんね」(竹内の知人)

 仕事は順調のようだが、プライベートも充実している。

「友達と一緒に趣味であるサッカーをしたり、自分で車を運転して遠出することもしばしば。最近は車にハマっているみたいで、楽しそうにドライブの話をしていますよ」(同・竹内の知人)

 昨年発売された写真集『Ryоma Takeuchi』では鍛え上げた見事な肉体を披露しているが、さらに磨きをかけているという。

「昨年はドラマや映画の撮影で忙しく、ゆっくりトレーニングができないことも多かったそうですが、今年は少し時間ができたのか、自宅やジムでストイックに鍛えているといいます」(テレビ局関係者)

 筋トレに加えて、“カホゴ”な肉体改造にも励んでいる。

「大好きなお肉を控えるなど、食生活を見直したそうです。アクション映画の撮影が終わり、来年1月からはシリアスな物語の主人公を演じるので、コンディションを整えているんでしょう」(同・テレビ局関係者)

 役者としてひと回り成長した姿を見られるのが楽しみ!

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cat_1_issue_oa-shujoprime oa-shujoprime_0_497263432401_又吉直樹、芸人か小説家か「どうでもええんちゃうかな」 497263432401 497263432401 又吉直樹、芸人か小説家か「どうでもええんちゃうかな」 oa-shujoprime 0

又吉直樹、芸人か小説家か「どうでもええんちゃうかな」

2019年11月20日 20:24 週刊女性PRIME

又吉直樹さん 撮影/矢島泰輔

火花』で芥川賞を受賞してから4年。又吉直樹さんにとって初の長編小説となる『人間』が刊行された。この作品は毎日新聞に全200回にわたって連載され、単行本になる前から大きな話題を集めていた。

こういうときに人間はどうするんやろう


「新聞には日曜と祝日を除いて毎日掲載されるので、覚悟はしていましたが、執筆はかなりタイトでしたね。原稿のストックがどんどんなくなって、連載の後半は時間との闘いでした

 ただ僕自身もギリギリまで粘っていいものを書きたいという気持ちがあったし、追い込まれたからこそ、普段は出てこないような予定調和ではないくだりがいくつも生まれたと思う。単行本になるときに多少は直しましたが、連載時のライブ感は極力残しています」

 タイトルを『人間』としたのもチャレンジングだ。「人間とは何か」という壮大なテーマにつながる言葉であり、又吉さんが敬愛する太宰治の『人間失格』を意識したようにも思える

僕は“人間”という言葉が好きなんです。人間が人間のことを人間って言わないですよね。『そこに犬がおったで』とは言っても、『そこに人間がおったで』とはあまり言わないし、自分のことを『僕は人間です』って紹介する人もいないだろうし。だから『人間って何やろ?』って思うんです

 書いている間、『人間とは何か』みたいな大きなことをずっと考えていたわけではないですけど、『こういうときに人間はどうするんやろう』ということは丁寧に追っていったつもりです

思い通りには進まない


 本作の主人公・永山は、執筆時の又吉さんと同じ38歳。彼は漫画家になりたかったが夢は叶わず今はエッセイやイラストを生業としている。

 そんな彼のもとに昔の知人から一通のメールが送られてきたことをきっかけに、若いころに共同生活を送っていた同世代の仲間たちとの日々を思い出すところから物語は始まる。

僕自身も、なりたかったものになれているかというと、全然そんなことはなくて。もともと漫才師になりたくて吉本の養成所に入って、でも最初のコンビを解散して漫才ができなくなり、その後はコント師としてやってきた

 確かに芸人にはなれたけど、子どものころにテレビで芸人さんたちを見て、『こんなふうになれたらいいな』と思い描いていた状況にはなっていないんですね。僕の人生も、すべてが思いどおりに進んでいるわけではないので、永山の気持ちは、すごくよくわかります


 一方、物語の中盤で登場するのが、影島という芸人だ。しかも彼は小説も書き、芥川賞まで受賞する。となれば、読者としてはどうしても又吉さんを重ねてしまう。

 作中では、「芸人であることを放棄し、文化人として扱われて悦に入っている」と批判されたことに対して影島が猛反論する場面があるが、これも、又吉さん自身に似たような経験があるのではと思いたくなる

肩書きはどうでもいい


僕もよく『又吉さんは芸人ですか、小説家ですか』って聞かれるんですが、そこは影島と一緒で、どうでもええんちゃうかなって思ってます

 これは『火花』でも書いたのですが、むちゃくちゃ面白い八百屋さんのトークライブと、面白くないけど一応、芸人を名乗っている人のトークライブのどちらを見に行くかと考えたら、別に誰も芸人の肩書は求めていなくて、面白さを求めているわけですよね

 だから相手が八百屋なのか、芸人なのかという肩書にこだわる人って、自分が何を面白いと感じるのかがわかっていないんだと思う。そういう人を僕はちょっとだけ舐めてしまうんですよ。そんなの、どうでもええやんって

 私たち女性も、世間から“妻”や“母”といったわかりやすい肩書を押しつけられ、「妻らしく」「母らしく」振る舞うことを要求されることが多い。又吉さんが語る肩書への違和感に納得する女性読者は多いのではないだろうか。

世間は勝手に決めつけるじゃないですか。女性に対しても、結婚していない人はかわいそうとか。うちの姉なんて、学生時代から絶対に結婚したくないと言っていて、その言葉どおり今でも独身ですけど、その姉に対して誰かが『いい年なのにかわいそう』なんて言ったら、ものすごく失礼やと思う

 他人に対して『女性だからこうあるべき』とか『芸人だからこうあるべき』とか、人を何かに閉じ込める方向に思考が向く世の中は息苦しいし、そもそも『人は何者かでなければならない』と思わされていること自体が病ですよ

 自分や他人が何者だっていい、それをただの『人間』と言ってしまいたい。このタイトルにはそんな思いもあります」

 本作を書き終えて、「今後の僕はより自由になっていくと思う」と又吉さん。

「『芥川賞をとったのに、まだコントライブも続けているなんて偉いですね』って言われることがあるんですが、僕としては小説を書くのも、お笑いをやるのも楽しいからやっているだけ。

 やりたかったらやるし、やりたくなかったらやらへん。ただ、そうやって自由に生きていこうと思ってます

【ライターは見た!著者の素顔】

 吉本の養成所時代は、朝までネタを書き、夕方に起きて散歩する生活をしていたという又吉さん。「外へ出ると会社や学校から帰ってくる人たちとすれ違うんですが、自分だけその中にいないことが不安になって

 だから自販機で買った缶コーヒーをずっと持っていたんですが、それは周りから見て“散歩しながらコーヒーを飲んでいる人”という名前をつけてもらうためだった。いま考えると、僕も『何者かでなければいけない』と思わされていたんやなと思います

(取材・文/塚田有香)


●PROFILE●
またよし・なおき
 1980年、大阪府生まれ。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属のお笑い芸人。2003年にお笑いコンビ「ピース」を結成。2015年、『火花』で第153回芥川賞を受賞。2017年、小説第2作となる『劇場』を発表。他の著書に『東京百景』『第2図書係補佐』など

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二宮和也、元フリーアナ妻の実家が着々と進めていた“結婚準備”

2019年11月20日 20:24 週刊女性PRIME

写真/二宮和也

「コンサートをやらせてもらってすごく楽しかったし、今日は優しさを感じましたね

 11月14日、北海道の札幌ドームで行われた嵐のコンサートの最後に、二宮和也が清々しい表情でコメントした。

 その2日前には、世間を揺るがす発表をしていた。

「以前から交際が報じられていた元フリーアナウンサーのIさんと結婚しました。'12年に彼女が出演していた日テレ系の報道番組『news every.』で出会い、'14年から交際に発展したといいます」(スポーツ紙記者)

 突然の結婚発表はファンを悲しませたが、札幌公演で、彼を非難する人はいなかった。

ネット上ではネガティブな反応が多かったので心配でしたが、彼を誹謗中傷するようなうちわを掲げている人は私が見る限りいませんでした。ただ、二宮クンもほかのメンバーも結婚について触れなかったのは残念でしたね……」(コンサートに参加したファンの女性)

 批判するよりも、祝福する人のほうが多かったようで、

「“結婚おめでとう”と書かれたうちわを掲げている人はいましたよ」(同・ファンの女性)

Iさんの実家で進められていた結婚準備


 大観衆を前にいつもと変わらないパフォーマンスを見せた二宮。一方、Iさんは対照的に、ここ数年、人目を避けるように暮らしている。実際、彼女の地元である秋田ではこんな声も。

最近はほとんど帰省せず、地元の友達の集まりにも参加していませんでしたよ」(高校時代の同級生)

 二宮とのことを詮索されて、彼に迷惑をかけることを心配したのかもしれない。ただ、彼女の実家では少し前から結婚の“予兆”があったという。

半年ほど前からリフォームを始めたんです。外壁を塗り替えて家の中も改装し、防犯カメラまでつけていました。これから義理の家族になる二宮クンが来ても恥ずかしくない家にしようとしたのかもしれません。工事は2か月くらい前に終わったので、 近所では“結婚が近いのかな?”と噂になっていたそうですよ」(Iさんの知人)

 Iさんは、ほかのどんなことよりも二宮を優先した。

彼女は “おばあちゃんになってもアナウンサーを続けたい”と話すほど仕事に対する意欲が高かったのですが、辞めてしまった。地元にも帰らず、昔の友達との付き合いを絶っているところから見ると、二宮さんと一緒にいることが何よりも幸せだったのかもしれません」(同・Iさんの知人)

 二宮が大きな決断を下した背景には、大先輩の存在もあった。

「昨年公開された映画『検察側の罪人』でW主演を務めた木村拓哉さんです。この共演を機に親しくなったようで、プライベートで会うこともあった。二宮さんが結婚の相談をしていた可能性は高いですよ。木村さんはアイドルとして人気絶頂だった'00年に工藤静香さんと結婚しました。自分のことよりも、パートナーを最優先に考える先輩の姿勢に影響を受けたのかもしれません」(テレビ局関係者)

年齢とともに低下する“妊娠の可能性”


 恋人を大切にするのはわかるが、結婚をしたこの時期に関しては疑問が残る。

「嵐は11月3日にデビュー20周年を迎え、多くの記念イベントに出演していました。10日と11日にはアジア4都市を回る会見を終え、結婚発表の2日後には札幌ドームでの公演も控えていましたからね」(同・テレビ局関係者)

 これまでも、二宮が結婚する可能性が高いことはたびたび報じられていたが、報道陣もファンも、嵐が活動休止する来年末以降になると思っていた。休止までまだ1年という期間があるにもかかわらずなぜ結婚に踏み切ったのか。

「Aさんの年齢を考えてのことではないでしょうか。彼女は現在38歳で、来月39歳になりますが、以前から“子どもが欲しい”と話していました。再来年まで待っていては40歳になってしまう。子どものことを考えると、1日でも早く決断しなければなりませんからね」(前出・Iさんの知人)

“40歳までのカウントダウン”が、結婚に影響したのだろうか。『オーク住吉産婦人科』及び『オーク銀座レディースクリニック』で産婦人科を担当している田口早桐医師は、Iさんと同じ年齢の女性が妊娠する難しさを指摘する。

35歳ごろから妊娠する確率が低下し、38歳以降はさらに確率が下がり、流産するリスクも高くなります。1つの卵が赤ちゃんになる確率は35歳で9%、40歳では5%程度。年齢を重ねるにつれて、妊娠できる可能性はどんどん下がるので、時間との勝負だと思います

 ネット上では突然、二宮が結婚したことに対して、《入籍しないと不妊治療が受けられないからでは?》という声もあがっている。だが、大阪府内にある『西川婦人科内科クリニック』の西川吉伸院長は、治療は受けられると話す。

「男性側が結婚していて女性側が愛人であるなどトラブルになることが想定されるようなケースでは受けられませんが、入籍していなくても、タイミング療法はもちろんですが、人工授精や体外受精の治療も受けることができます」

 なによりも、二宮が子ども好きであることが大きい。

「バラエティー番組では、“子どもとロケをするのは苦手”と話していますが、ドラマや映画で子どもと共演すると、実は誰よりも楽しそうに遊んでいます」(芸能プロ関係者)

 結婚して子どもができてもファンに“GUTS!”を与え続けてくれることだろう。

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「飲んで寝る」だけ、新感覚カフェで午後もシャキっと!

2019年11月18日 20:24 週刊女性PRIME

フランスベッドの心地よさをぜひ! ※撮影のため照明をつけています 撮影/渡邉智裕

 

「睡眠不足や睡眠負債など、睡眠に関する問題が注目されていますが、パフォーマンス向上のためには理想的な仮眠をとることも大事だと考えています。期間限定で開催してきた中で“また利用したい”との声を多くいただき、常時営業を開始しました」

「飲んだら寝る」で目覚めがスッキリ


 そう話すのは、「ネスレ日本」の広報を担当する村田敦さん。コーヒーでおなじみの「ネスレ」が運営する、お昼寝OKの施設『ネスカフェ 睡眠カフェ』(東京・大井町)があると聞き、取材に訪れたのだ。それにしても「コーヒー」といえば、眠気覚ましの代名詞。睡眠と矛盾しているように思えるけども?

「コーヒーにはカフェインが含まれているのはご存じですよね? “コーヒーナップ”といって、お昼寝前にカフェイン入りのコーヒーを飲むことで快適な寝起きを体験できるのです」(村田さん)

 実は、カフェインの覚醒作用がみられるのは摂取してから、約30分後であると言われている。これを利用して、コーヒーを飲んで20分ほどの短い睡眠をとれば、起きた後は頭と身体が活動モードになっているのだ。

 ならば、記者もお昼寝を、いや、体験取材しよう! 大井町駅近くのビル5階にある睡眠カフェの入り口には《これより先はお静かにお願い致します》の文字。みんな寝にきているのだから当然だ。そーっと受付へ。予約は電話ではなくインターネットが基本だが、空いていれば飛び込みでも案内してもらえる。

 コースは5つ。カフェイン入りのコーヒー1杯を飲み仮眠をとる、30分の「ナップコース」。60分~180分まで4つの時間を選べる「睡眠コース」は、眠る前にカフェインレスのコーヒーと、目覚めた後に通常のコーヒーが提供される。本格的に睡眠をとりたい人におすすめのコースだ。中には、平日の仕事合間ではなく、休日に眠りに来る人もいるのだそう。コースに迷ったら、カウンセリングを受けて適したコースを案内してくれるので安心だ。

生産性向上にも役立つコーヒー


 いざ、カフェ内に入るともちろん暗く、穏やかなヒーリングミュージックが流れている。ハンディータイプの薄明かりの照明を手にしたスタッフに案内されて、カーテンで半個室に区切られたベッドまでたどり着いた。

 ベッドは「フランスベッド」社の高級品。好みの硬さを選ぶことができ、記者は「やわらかい」をチョイス。あぁ、憧れのおフランスベッド。試しに寝転がってみると……ふわ、ふわ~ん♪ ……んごーっ。あまりの快適さにすぐにでも寝てしまいそう。

 今回は取材ということで、またカフェインレスコーヒーが気になるので、睡眠コースを30分体験させてもらう。『ネスカフェ ゴールドブレンド コク深め』が、専用マシンによってクレマ(泡)コーヒーに仕立てられている。

 通常同様にコクとうまみがありながらすっきりした印象で、コーヒーアロマはそのままにリラックスできる。そして睡眠のために整えられた環境だ。

 これはもう、すぐにでも眠れ…………、

「おはようございます」

 スタッフのやさしい声かけで起こされた。もう30分たったの? どうやら、ベッドに入って間もなく、眠ってしまったよう。お目覚め用のカフェイン入りコーヒーをいただき、スッキリして原稿執筆にいそしむとしよう!

 この睡眠コースでは、睡眠時の脳をリアルタイムでモニタリングし、起床後に睡眠の質を計測、採点する「睡眠計測アイマスク」も利用可能。これを機に、自分の睡眠の質を知っておくのもいいかもしれない。

 ちなみにナップコースではリクライニングチェアを使用。背もたれを倒してフットレストを使えば、全身が包まれるような深~いリラックスが。これは欲しいぞ! と思ったら、1脚数十万円(!)の代物。お、おう、今度はナップコースを試しに来るとしよう。

「もちろん、カフェに来ていただければと思いますが、仮眠前にコーヒーを飲んでパフォーマンスを上げる、夜の就寝前にはカフェインレスコーヒーを飲むなど、2種類を飲み分けることを知り、日常に取り入れていただければ十分意味はあると思います。結果として、ネスレのコーヒーを選んでいただけたらハッピーですね(笑)」(村田さん)

 なるほど、睡眠とコーヒーのよい関係をアピールする場でもあるわけだ。睡眠時間が世界一短いと言われる日本人。ぜひ、睡眠改善に役立ててみてはいかが?

ネスレ社員が実践する「コーヒーナップ」って?

「ナップ」の意味は「お昼寝」。眠気をとるのに仮眠は有効だが、日中に長く眠りすぎると(目覚めた後も)眠気が残り、夜の睡眠の質にも影響する。

 そこで、コーヒーを飲んで20分ほどの仮眠をとることで、カフェインの覚醒作用により目覚め後の活動性を高める方法が「コーヒーナップ」だ。とはいえ、日中に会社で居眠りなんて、上司に怒られそう……。

「弊社では仮眠室を設けてコーヒーナップを実践しています。実際に仮眠してスッキリしたほうが仕事の生産性や効率が高まるので、“サボる”という概念はないんです」(村田さん)コーヒーナップが一般的に広まれば、就業中の居眠りがOKに!? そう、パフォーマンスアップのためなんです!

 


「ネスカフェ 睡眠カフェ」

東京都品川区大井1-7-7 K-2ビル5階

営業時間/9時~18時(最終受付17時30分)

利用料金【ナップコース】30分の仮眠体験+コーヒー1杯 825円(税込み)

【睡眠コース】1~3時間の睡眠体験+コーヒー2杯 1650円(税込み)~

その他詳細と予約はHP https://suimin-cafe.jp/

取材・文/山崎ますみ

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ジャニーズと結婚、それでも祝福された「昭和」と時代に耐える「平成」

2019年11月18日 20:24 週刊女性PRIME

ジャニーズ夫婦(左上から時計回りに)木村拓哉&工藤静香、森田剛&宮沢りえ、井ノ原快彦&瀬戸朝香、二宮和也&Iさん

 11月12日夜、元フリーアナウンサーの一般女性との結婚が電撃的に発表された嵐の二宮和也。

 嵐のメンバーとしては初めてのことだが、ほかのグループでもメンバーの“最初の結婚”発表というものは、やはり大きな衝撃がファンの間に走る。

なんといっても、キムタクのデキ婚は後にも先にも大きな衝撃でしたよね。工藤静香との結婚は2000年のことで、彼はまだ20代、アイドルとしての人気も絶頂でした。ファンの前で『オレ、今度、結婚します!』と堂々と宣言するという木村流を貫いたのも大きな話題になりました。

 また、かねてから恋人と噂されていた一般人女性でも、交際の噂のあった中山美穂でもなく、工藤静香を選んだことへの衝撃も大きく、いまだにアンチ工藤のキムタクファンが存在するほど、彼女の影響力はすごかったです」

 と、ある芸能ジャーナリストは言う。

ネット環境も大きな要因


 現在、6人中4人が既婚者となったV6で、最初に結婚したのは井ノ原快彦だ。

「イノッチの場合、ツアー初日のMCで、いきなりの発表でしたからね。会場は泣き崩れるファンなど阿鼻叫喚(あびきょうかん)だったと聞きます。岡田准一の場合は、ファンクラブの会員あてに、結婚報告の封書が届きました。お相手はかねて噂されていた宮崎あおいさんだったわけですが、それがくしくもクリスマスイブだったことから、ファンにとっては地獄のクリスマスプレゼントになったという逸話もあります」

 では、昭和の時代から活躍するジャニーズはどうだったのだろうか。近藤真彦や東山紀之、植草克秀などはいずれも既婚者だが、彼らが結婚した際のファンの衝撃ぶりは、上記の例などに比べると落ち着いていたような印象がある。

「それは、中堅以下のジャニーズと芸能活動のスタイルが異なった場所にいたからだと思います。露出も抑えめになり、大人の男性としてファンも見守り、素直に祝福できるような環境だった。あと、ネット環境がまだ整っていなかったりしたことも、拡散力としては今とは比べものにならないでしょう。

 今回の二宮くんは、お相手の方の名前を入れたハッシュタグがトレンド入りする現象がみられました。かつての大野くんの交際騒動も、ネットでの炎上が破局の理由のひとつだったと思います。ひとりの男性ではあるものの人気の度合いによって、それなりの大人になっても結婚するタイミングやお相手選びの難しさは感じます」(同)

 いうまでもなくジャニーズファンの大半は女性。ファンに夢を与える存在ということもあり、キムタクを筆頭に、家族のことは自らはほとんど発信しないのがジャニーズスタイルだ。

 またジャニーズタレントの場合、妻も芸能人というパターンも多いが、妻たちの言動はどうだろうか。ある夕刊紙記者が言う。

「なかにはTOKIOの国分太一くんのように、お子さんのことをよく報告する方もいますが、東山さんの木村佳乃さん、イノッチの瀬戸朝香さん、長野くんの白石美帆さん、森田剛くんの宮沢りえさんなど、“ジャニーズの妻たち”は、基本的にご主人のことは全く話題にしません。

 ジャニーズタレント側もそうですね。結婚しているという事実はみんな知っているけれども、それがなかったことのようにファンから素直に愛され、応援してもらうという不思議な状態にまで上りつめるというか。また、ファンが奥さんのことを敵対視するケースは少数派ではないでしょうか」

over40の独身ジャニーズ


 嵐のほかのメンバーの結婚も、来年末の活動休止と前後して、相次ぐ可能性だって考えられる。

「ある意味、今回の二宮くんへの反応は、今後の大きな参考になりそうですよね。かつては『1グループに結婚できるメンバーは1人まで』といった都市伝説のような話もあったほど、ジャニーズはなかなか結婚できない“特殊な環境”というイメージがありました。

 でもジャニーさんが亡くなり、新たな事務所のイメージを作りだしていきたいところだと思うので、今後、『開かれたジャニーズ』を印象づけるために、お相手がいたら結婚という流れは増えていくのではないでしょうか」(同・夕刊紙記者)

 一方で、現在も40歳を越えて独身を貫くジャニーズタレントも、実は少なくない。

 少年隊の錦織一清や元光GENJIの内海光司、佐藤アツヒロ、元SMAPの中居正広、TOKIO松岡昌宏、長瀬智也、V6坂本昌行、三宅健、KinKi Kidsの2人あたりがそうだ。

「ちょうど40歳の堂本光一くんは、最近では『令和の間に結婚したい』というのを持ちネタにしています(笑)。彼らに共通点があるわけではないですが、それぞれ舞台やテレビの仕事が充実していて、家庭を構える気持ちになっていなかったり、ピンとくる相手がいない、ということなのでしょうか。錦織さんも、近年は演出など裏方の仕事で忙しいようですしね」

 さまざまなパターンがあるジャニーズタレントの結婚。まだ独身のタレントのファンにとっては、どのようなゴールインが理想なのだろうか。

<取材・文/渋谷恭太郎>

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レディース総長、傷害罪、覚せい剤をオープンにして「見えた景色」

2019年11月18日 20:24 週刊女性PRIME

少女らの質問に対して、会話を交わしながら答えていくすえこさん 撮影/齋藤周造

「うちのお父さん、すごいの。夫婦喧嘩してお母さんが車で逃げると、原付バイクで追いかけて車のフロントガラスに飛び乗っちゃうんだよ(笑)」

 ざっくばらんな口調で、中村すえこさん(43)が生い立ちを話すと、身じろぎもせず真剣に聞き入っていた少年たちから笑いが起こった。

最年少総長と2度の逮捕の経験から


 宮城県仙台市にある東北少年院でのひとコマだ。そこでは窃盗や傷害、詐欺などの罪を犯した少年32人が生活を送っており、さまざまな矯正教育が行われている。

 すえこさんは『出院者の体験談を聞く』という単元の講師として呼ばれ、神奈川県横浜市から来た。自分が何をして少年院に入り、どうやって更生していったかをテンポよく話していく。

 中学入学後すぐ不良グループに入り、万引きや窃盗を繰り返した。中学2年でレディースと呼ばれる女子暴走族に入り、中学卒業後には最年少で総長になった。ほかの暴走族に殴り込みをかけ、相手に大ケガをさせて逮捕。16歳で少年院に入った。

 出院すると、唯一の居場所だった暴走族を破門されていた。「自分なんかどうなってもいい」と自棄になって覚せい剤を使用。半年後に再び逮捕され、拘置中に妊娠がわかった。面会に来た母に、命を守る責任を説かれ、初めて「変わりたい」と涙した。

 2度の結婚で4人の母になり、その後、離婚。働きながらひとりで子育てをし、教師を目指して勉強している。

 最後に、少年たちにこんなエールを送った。

「私は40歳で大学に入ったけど、君たちには私にないもの、若さと時間がある。何かになりたいと思ったとき、私もそうだったけど、できない理由とか言い訳ばっかり言ってないで、できる方法を探してほしい。あとは自分との戦いです」

 東北少年院での講話を終えると、隣接する女子の少年院・青葉女子学園に向かった。

 すえこさんは出院が近い2人の少女と対面し、さまざまな質問を受けた。

「少年院を出たら偏見の目で見られますか?」

「あるよ。特に私は地元で有名だったから。理解がなければ雇ってもらえないし。脅しじゃないけど、本当に偏見はあるから、必要がなければ少年院にいたことは言わなければいいと思う。それは自分で決めればいいこと」

 少年院では出院後、昔の非行仲間とは付き合わないように指導される。

「悪い友達とは、どういう友達ですか?」

 ストレートな質問に、すえこさんはしばらく考え込んだ。

「難しいね……。相手の幸せを望んでくれない友達かな。蹴落としてやろうとか、裏切ってやろうとかして。ひとりで覚せい剤をやるのが寂しいから一緒にやろうぜと言うのはいい友達じゃないよね」

 すえこさんは約10年間、NPO法人『セカンドチャンス!』の一員として、少年院出院者の支援を続けている。自分の更生体験を話すほか、出院者同士の交流会を定期的に開き、居場所作りをしている団体だ。

 どう社会に溶け込んでいけばいいのか。すえこさん自身も、かつて悩んでいただけに、出院後を不安に思う少女たちの気持ちがわかる。

説得力のある言葉


 友達に関する質問に、すえこさんは丁寧に答えていく。

「新しい友達はどうやって作ればいいですか?」

「私はずっと過去を隠して生きてきたから、なかなか信じられる友達はできなかったな。それが偽りの自分のようで嫌だったこともあるし、今はオープンにしてます。今も『内省の時間』ってある? 私のときは正座で内省してた。今はベッドの上で、“相手に怒りや感情をぶつけてしまった”とか、今日あったことを振り返って考えるのね。そうやって自分が変わると、自然といい友達が集まってくるというのは最近、感じる

「理解してくれる人って、どういう人ですか?」

私が少年院出院者だ、元暴走族総長だって聞いても、付き合ってくれる人。過去も全部ひっくるめて、中村すえこと付き合ってくれる人が、理解してくれる人だと思う。割合は少ないけど、理解してくれる人は絶対にいるから。

 セカンドチャンスって、何度でもやり直せるという意味なの。失敗しても、もう1度前を向いて、進んでいってもらいたいと思います」

 すえこさんのような少年院出院者が来て話をしてくれることを、青葉女子学園の小國万里子園長は「すごくありがたい」と強調する。

「私たちがいくら出院後のことを言ってもあまり響かないけど、すえこさんが言うと説得力があるし、ここを出てからの将来像も、より現実的に見えてくると思います」

 特に女子の場合、少年院に入ってくる数は年々減っているが、対応が難しい子どもが目立つようになったという。

「親に虐待を受けている子が増えています。最近うちに入ってきた子をみると、逆に虐待を受けていない子のほうが珍しいくらいです」

 これまでの小國さんの経験では、親から暴力を受けて育ち、他人を傷つけることを「当たり前じゃん」と言い放つ子。性的虐待をされて「自分の身体は汚い」と感じ援助交際をしていた子。育児放棄され、少年院で初めてご飯を3食たべたという子もいたという。

 虐待をされた子どもには共通する傾向があると説明する。

「愛着障がいを起こしやすく感情のコントロールがなかなかできなくて、他人との関係をつくるのが難しい。自傷や摂食障がいという形で出てくる子もいます。精神的なケアもしていますが、大変なのは出院後に帰る場所がなかなか見つからないことですね」

 虐待をしていた親のもとには帰せない。まず更生保護施設に打診するが、空きがなかったり、難しいケースということで断られることもある。全国にある自立援助ホームに職員が電話をかけたり、保護観察所の協力を得たりして、受け入れ先を懸命に探す。

 出院者からも頻繁に電話がかかってくる。近況報告や悩みを聞いてもらいたいだけの子もいるが、泣きながらかけてきたり、深刻な相談をする子もいる。働いて得たお金を親に搾取されると訴える子は支援組織につないだ。

罪を犯した少女たちの実態


 2009年に『セカンドチャンス!』の設立に参加して以来、すえこさんは各地の少年院を訪ね歩いている。虐待だけでなく貧困家庭やひとり親家庭も多い。実態を見聞きするにつれ、ある思いに突き動かされるようになった。

「少女たちは罪を犯した加害者だけど、実は被害者でもある。“幸せになってもいいんですか”と言う子もいました。虐待する親をケアするとか、もっと根本から社会を変えたいと考えたとき、思いついたのが映画を作って現状を知ってもらうことでした」

 もちろん、映画作りに関しては、ずぶの素人だ。映画製作会社、法務省、文化庁、保護司の集まりなど、いろいろなところに足を運んだ。

「企画を話すとみんな“いいんじゃない。でも、お金はないよ”と。ああ現実って、こういうことなんだと感じたけど、私は自分のお金を持ち出してでも絶対に作ろうと」

 クラウドファンディングで製作資金を集め、ドキュメンタリー映画『記憶 少年院の少女たちの未来への軌跡』が今年7月に完成。構想から8年かかった。

 撮影は法務省の協力を得てかつて、すえこさんがいた群馬県の少年院・榛名女子学園で1年間かけて行った。すえこさんは監督兼インタビュアーとして、在院中の少女たちの本音を引き出していった。

 美人局で逮捕された遥香(17=仮名)は親に2度見捨てられている。母が再婚し、新しい父に認めてもらいたくて難関中学に合格した。だが、父の転勤で両親と弟たちは県外に行き、遥香は学校を理由に祖母に預けられた。

「本当は一緒に暮らしたかったけど、言えなかった。逆らっちゃいけないんだって、自分の中で勝手に思って」

 寂しさから彼氏にすがりつくとDVを受けた。中学3年で家族と同居したが、友人とトラブルを起こして学校を退学に。疲弊した母が倒れ、父から「家に帰るな」と言われて、夜の街をさまよった。

「(美人局の)誘いに乗れば共犯の中に居場所はある。毎日、誰かしらと一緒にいたかったんです」

 少年院には家族全員で面会に来てくれた。家族の温かみに触れ、初めて家に居場所があると感じられた。

 窃盗で逮捕された沙羅(20=仮名)は2人暮らしの母と共依存のような関係にあった。中学生のころ母が薬におぼれ、沙羅も興味本位で飲むように。生活費を稼ぐため援助交際をしたり、食べ物を万引きして、母に渡していた。

「気づいたときにはお母さんのだらしなさが当たり前になってたし、私が悪いことをしても責めたり怒らなくなった。私は楽なほうに流されやすかったので、ちゃんと怒ってくれたほうがよかった」

 少年院の中で母との関係性を考えるようになり、出院後は父との生活を選んだ。

 母親に育児放棄された佳奈(18=仮名)は2歳から16歳まで施設で育ち、17歳のとき覚せい剤で逮捕された。

「少年院で初めて甘えられた」

 出院式では教官と抱き合って泣いた。大阪で少年院出院者の自立を支援する社長のもとで働くことになり、寮に入った。だが、大変なのはそれからだった。

初めて信頼できる大人との出会い


 すえこさんは佳奈のその後を追い大阪に向かう。仕事はいいかげん。部屋はぐちゃぐちゃ。門限を破るなど約束を守れない。結局、佳奈は寮を出されてしまう─。

 顔にはぼかしが入り、声も変えられているが、少女たちの葛藤や心の揺らぎが痛いほど伝わってくる。

 すえこさんは映画の狙いをこう語る。

「彼女たちが口をそろえて言っていたのは、“少年院の中で初めて信頼できる大人に会った”と。女子の場合、少年院に入ったことで、救われたケースがすごく多いんです。少年院を出たと聞くと、社会からは“すごく悪いやつ”という目で見られるけど、そういう現状をまず知ってほしいです」

 静岡県立大学教授で犯罪学が専門の津富宏さん(59)は、「これだけのクオリティーで、子どもたちの生の声を映像で伝えたのは初めて」だと評価する。

「少年院の子どもたちと日々接している法務省は、個人情報保護を気にするあまり、子どもたちの本当の姿を世間に知らせていなかった。NHKが以前、男子少年院を撮った番組でも、焦点が、子どもの声を伝えることより、職員の仕事ぶりに当たっていました。

 すえこさんの映画が公開されることで、犯罪歴のある人の受け皿が急に増えることはないとしても、この映画は長期的には意味がある。かつて“見えない化”されていた障がいや貧困の問題と一緒で、真実を知らせる人がいることで、社会は揺さぶられていくので」

 津富さんは元法務官僚で、『セカンドチャンス!』を設立し、初代の理事長を務めた。10年前、すえこさんに声をかけたのも津富さんだ。

「すえこさんが自伝を出した直後で、ちょっと、目立ちたがりの人かなと思った(笑)。『セカンドチャンス!』で活動したり、映画を作るためにいろいろな人の力を借りたりする中で、彼女自身がすごく成長したんだと思います」

寂しかった幼少時代


 すえこさんは1975年、埼玉県東松山市で生まれた。父は自称、大工。ほとんど働かず、昼間から酒を飲んでは暴れた。母は16歳で19歳の父と結婚。祖母の食堂を手伝い生活を支えていた。すえこさんの上に11歳、8歳、4歳離れた姉がいる。末っ子だから、すえこと名づけられた。

「小学校に入って、ほかのお父さんは昼間働いて家にはいないと知って、“あ、うちは普通じゃないんだ”と。お母さんはぶたれたりしていたので、夫婦喧嘩の内容はわからなくても、お父さんがおかしい、嫌だなと思っていました」

 授業中に手を挙げることもできない恥ずかしがり屋だったというすえこさん。小学3年生のとき、母がスナックを始めて生活が一変した。

 姉たちはアルバイトや勉強で忙しい。すえこさんはひとりで夕飯を食べ、お風呂に入って、寝た。

「初めはテレビも見放題だし、ラッキーと。でも、1週間もすると、もういい。泣いちゃったときもあります。風がすごく強い日とか、お布団に入って目をつぶっても怖い。だけど、うちは母が働かないといけないからしかたないと納得もしていたんです」

 母の高橋敏子さん(72)は仕事を終え毎日深夜に帰宅。すえこさんの隣に敷かれた布団に疲れ切ってもぐりこんだ。

「私の気配を感じるのか、すえこがクルッと私のほうを向いて、こうやって私の胸に手を入れてね。で、おっぱいにあたると安心して、また寝るの。かわいそうだなと思った。夕方、仕事に行くときはね。用はないのに“お母さーん、お母さーん”って呼ぶの。でも、行かないでとは言わなかった。寂しかったのね。私もつらくて振り返ることはできなかったな。やだなー。思い出しちゃうと……」

 敏子さんは言葉を切ると、そっと涙をふいた。

 '87年、小学6年生のとき、敏子さんは居酒屋を開き、ますます忙しくなった。すえこさんが“ボタンのかけ違い”と呼ぶ出来事があったのは、その少し前だ。

 姉の脱色剤を使って、髪の一部を金色にしてしまう。「自分を見て」というアピールだったのだが、母は気がついてくれず、「自分は愛されてないんだ」と傷ついたのだという。

 敏子さんに確認すると記憶があいまいだ。

「う~ん、次の日に理髪店に引っ張っていって、金髪を切ってもらったことは1回あるけど、それかなぁ」

 今となってはこれ以上、確かめるすべはないが、「愛されていない」という思い込みが、幼いすえこさんの心をむしばんでいったことは確かだ。

万引き、喫煙、シンナーに溺れた中学時代


 中学入学前に、住んでいた市営住宅が老朽化で立ち退きになり、市内の県営住宅に移った。通う中学に友達はいない。すえこさんは、アニメや映画にもなった漫画『ビー・バップ・ハイスクール』が大好きで、主人公の不良たちをまねして、金髪に長いスカートで入学式に臨んだ。

 すぐに先輩不良グループに目をつけられ仲間になった。ちゃんと登校していたのは中学1年の1学期までだ。

「友達がひとり増えると悪いこともひとつ覚えられるのね。万引きがすごくうまいやつ。バイクを秒で盗めるやつ。はじめはドキドキしたけど、だんだんマヒしてきて、移動手段がないからバイクを盗む、タバコを吸いたいから万引きする。当時はシンナーも流行っていて、吸うとボーッとしてテンションが高くなって、それが気持ちよかった」

 警察に補導され、敏子さんは何度も引き取りにいった。自分の顔を見ると、すえこさんがすごくうれしそうな顔をしたのを覚えている。

 中学2年の春、地元にできたレディースに入った。チーム名は紫優嬢(しゆうじょう)。サラシに紫の特攻服を着た10数人のメンバーは、みんなカッコよくて、憧れた。

「かわいがってくれる先輩がいて、居心地がよかった。みんなといると、寂しく感じることもなかったし」

 深夜まで親がいないすえこさんの家がたまり場になった。すえこさんに誘われて紫優嬢に入った1年後輩の女性(42)は“おしるこ”とあだ名をつけられ、よく声をかけてもらったそうだ。

「私は家庭環境がよくなくて、学校も居場所がなかったし、紫優嬢には似たような境遇の人たちが集まっていたように思います。すえこさんの家に行くと、お母さんは嫌な顔ひとつしないで、ご飯も用意してくれて。みんなでシンナーを吸っていると怒られたけど、すえこさんは“うるせぇ!”と反抗していました。お母さんは忙しそうでしたが、すごく心配してくれて、“こんなにあったかいお母さんがそばにいるのに、何で?”と内心は感じていました

 中学3年のとき、母の敏子さんが家を出た。すえこさんが家に帰ると畳が血だらけだった。接客業の母にやきもちを焼いた父が、母の髪を切ろうとして頭を切ってしまったのだ。敏子さんはこのままでは殺されると思ったという。

「男はやさしいだけじゃダメなんだよね。子どもができて生活するなかで、稼ぎのない男はダメなんだと。お酒飲んで寝ているとき、首を絞めちゃおうかと何回も思ったよ。でも、子どもたちが人殺しの子になっちゃうと思ったら、できなかったね」

 しばらくして母から連絡があった。一緒に暮らそうと言われ、すえこさんが母のアパートに行くと、母の恋人らしい男性がいた。

最年少総長になり傷害で逮捕


 中学を卒業すると高校には行かず、15歳で4代目の総長になった。男の暴走族のバイクや車に乗せてもらい、暴走族の集会にも出た。

 総長になってすぐ、レディース暴走族雑誌『ティーンズロード』に大きく取り上げられた。当時、編集長だった比嘉健二さん(63)に聞くと、暴走族の全盛期は'78年から'80年代初頭。すえこさんが活動していた'90年前後には数は減っていたが、紫優嬢は目立つ存在だったという。

「総長インタビューをしたら、自信たっぷりで頭の回転が速い。男の暴走族は喧嘩上等とか粗暴なことしか言わないけど、すえこちゃんは自分たちのチームをどうしたいと、ちゃんと自分の言葉で話していたので、すごく印象に残っています。彼女は全国のレディースの中でも3本の指に入る人気でしたから、毎号のように取り上げました」

 世間はバブル景気に浮かれていた。一般誌やテレビも取材に来て、アイドルのように扱われた。だが、それがその後、思わぬ事態を招く─。

 すえこさんが目指したのは関東制覇だ。埼玉近郊のレディース10チームで連合を組み、敵対するチームをつぶしては連合に入れていった。

「私、喧嘩は強かったです(笑)。髪をつかんだり、引っかいたり、取っ組みあったり。10分もかからない。非行に走ったきっかけはボタンのかけ違いだったけど、走り出したら、もう止まらない。上へ、上へ。やればやるほど認められる気がして。私が天下を取るためには、人を傷つけてもしかたないと考えていました」

 あるとき、つぶし合いの喧嘩で相手チームの1人に大ケガをさせてしまう。誰がやったのか不明だったが、総長のすえこさんが傷害容疑で逮捕された。

 家庭裁判所の審判で、少年院に送致されると、今より格段に多い120人ほどがいた。1年2か月の少年院生活で得たものは多かった。

「ワープロ3級の資格を取ったんですが、一生懸命、練習して結果が出せた。そういう経験ってあまりなかったので、うれしかったですね。規則正しい生活でご飯はおいしいし、いろいろ教えてくれる先生たちに感謝の気持ちを素直に伝えることもできました。

 ただ、自分のやったことへの反省はまったくしていなくて、暴走族に戻ってもうひと花咲かせるつもりでした

 ところが、出院したすえこさんを待っていたのは、紫優嬢の破門という現実。信頼して留守を託した親友に裏切られたのだ。メンバーから呼び出され、ケジメだと全員にひどく殴られた。

「私だけ目立っていたのを嫉妬していたみたいです。そのとき初めて、殴られる側の恐怖心や暴力の怖さがわかりました。

 本当につらかったのは、そこからです。不良の世界しか知らないから、どう生きていいかわからない。自分なんかどうなってもいいと感じているときに、昔の不良仲間にすすめられたのが覚せい剤でした。今の自分にぴったりだと迷わず打ちました」

2度の結婚


 出院から半年後に現行犯逮捕。拘置中に妊娠がわかった。

「何しているの! お腹にいる命は、お母さんになるお前にしか守れない命なのよ!」

 面会に来た母の敏子さんに厳しく叱責され、すえこさんは「このままじゃ、人の心を失っちゃう。非道な人間にはなりたくない」と恐怖心にかられた。「変わりたい」と思ったのは、そのときだ。

 敏子さんは「人として当たり前のことを言っただけなんだけどね」と笑う。

「それまでも何も言わなかったわけじゃないんだけど、聞く耳は持たなかった。すえこは自分の思い立ったことはやりたいんだよ。よかろうが悪かろうが、何でも。あの子の人生はあの子のものだから、しょうがない。そう思うしかなかったよね。ただ、どんなに踏みつぶされても立ち上がる子だから、そういう面では安心してたかな

 すえこさんが心から反省している様子を見て、審判で「今の君なら大丈夫」と言われ、保護観察処分になった。だが、覚せい剤の影響も考慮し、赤ちゃんはあきらめた。

 19歳で結婚し女の子を出産した。夫は自営で塗装の仕事をしていた。会ってすぐ意気投合したのだが夫の浮気が絶えず、23歳で離婚した。

 母に甘えたくなかったので、実家には戻らなかった。夜は子どものそばにいるため、水商売もしないと決めた。

 だが、中卒で、しかも地元で有名人のすえこさんは、面接で落とされてしまう。伝手を頼って仕事を見つけた。運送会社の事務員、弁当の配達、コンビニ……。懸命に働き、ひとりで娘を育てた。

 2度目の結婚は27歳のときだ。夫は18歳年上で新聞販売店を経営していた。夫にも娘が1人おり、いつも子連れでデートした。

 長男が生まれてまもなく、夫が保証人になっていた知人の会社が倒産。従業員の横領などが続き、借金が膨れ上がった。北海道、千葉県と移り住んで借金を返した。次男が生まれ、東京都調布市で新聞販売店を始める。すえこさんは4人の母として忙しい毎日を送った。

 自伝『紫の青春~恋と喧嘩と特攻服~』を出版したのは2008年。すえこさんは32歳、末っ子が2歳だった。

 すすめたのは10数年ぶりに再会した比嘉さんだ。

「自分の作った雑誌が原因で妬まれて、リンチをくらってやめさせられたと聞いて、すごくショックでした。会ったときに“悪いことした”と謝ったら、すえこちゃんは“全然気にしていないよ”と。だったら、そういうことも含めて書いてみないかと」

過去をオープンにしたら楽になった


 それまでは過去を封印していた。長男が通う幼稚園のママ友に「いいお母さんね」とほめられるたび、過去を隠していることに胸が痛んだ。娘たちに相談すると「今をちゃんと生きていればいいんじゃない」と言われ、決心した。

「本を読んだママ友たちも、運動会の親子競技で“総長頑張れー!”と(笑)。過去は消せないから、オープンにしたらすごく楽になりました」

 出版からまもなく津富さんから誘われ、『セカンドチャンス!』に参加した。発足時は、少年院出院者が10人弱。支援者も含めて20人ほどの仲間がいた。

 2011年には自伝をもとにした映画『ハードライフ~紫の青春・恋と喧嘩と特攻服~』が公開された。その映画を配給した会社の社長が、すえこさんが映画を作るとき製作に協力してくれた。

 次男が小学校に上がるタイミングで、借金を重ねる夫と離婚した。長女は独立し、すえこさんは3人の子どもと横浜市に転居。学童保育で働きながら、「学歴がないまま働いてずっと大変だったから」と高校卒業程度認定試験にチャレンジし、合格した。

 4年前に私立高校の職員になった。紹介されて会った学校法人のトップが「やり直しができる社会じゃないといけない」と採用してくれたのだ。経済的にも安定し、通信制大学で学びながら、社会科の教員を目指している。

「中学のときは社会が大っ嫌いだったけど(笑)。今は社会学が面白くて。学校に行ってないから知識が足りないことが課題ですね。教育実習でほめられたのは、声がでかいことと生徒に注意ができることくらい。“そこ、何やっているんだー!”って(笑)。今はヤンチャ系生徒を担当していますが事務なので限界がある。教員資格が取れたら担任になれるし、生徒と深くかかわりが持てるかなと」

 自分の子育てではルールをいくつか決めている。子どもを抱きしめる。忙しくてもお弁当に冷凍食品は使わない。ご飯は一緒に食べる……。

 かつて宿した命を失ったことをきっかけに変わったすえこさん。だからこそ、自分なりの覚悟を持って、子育てに全力で向き合っているのだろう。

母として、子どもたちに注ぐ愛情


 そんなお母さんのことが大好きだという次女の彬帆さん(24)は看護師になった。

「学歴がなくて就職が大変だったとか、昔の話をいろいろ聞いていたので、反面教師にして自分は手堅く生きていこうと(笑)。

 家での母ですか? すっごいジャイアンなんですよ。わが家の法律はお母さんが司っている感じで(笑)、強いんですよ。今、何足の草鞋をはいているの? っていう状態でも、やりたいことはやってしまう。大変そうだけど好きなことをやっているから、専業主婦のときより生き生きして楽しそう。私はドラえもんのように慈悲深く生きたいと思っていたのに、母に似てるって、めっちゃ言われますよ(笑)

 彬帆さんは今年6月に結婚。今は高校1年の長男、中学1年の次男と暮らしている。

 3人で晩ご飯を食べる団らんの場が家族会議になることもあると、長男の禎敬君(15)が教えてくれた。

例えば、人間関係で悩んでいることを話すと、お母さんは“状況を変えるにはどうしたらいい?”“次はこうしよう”とか、思考がすごいポジティブなんですよ。ただグチを聞いてほしかっただけなのに、話していると何か動かないといけないなーと。だんだん僕も、その思想に染まってきてますね(笑)。いつも忙しそうにしていますが、愛情を感じるし、寂しいと思ったことはないですね」

 仕事、育児、学生、『セカンドチャンス!』の活動、映画作り。やるべきことに追われてうまく回らなくなると、頭に浮かぶ一節がある。

《あの坂をのぼれば、海が見える》

 中学に入学して最初の国語の授業で習った詩だ。

「ここまでやったのに、あきらめちゃっていいの。あともう一歩なのにって。実際はあと百歩のこともあるけど(笑)。映画を作ったときも“あきらめたかと思った”と何度も言われたけど、私、作るって言ったじゃん。アハハハハ」

 映画の自主上映会を各地で開きながら、次は男子少年院を題材にした映画を作りたいと考えている。

 その坂をのぼったら、どんな景色が見えるのか─。


取材・文/萩原絹代(はぎわらきぬよ) 大学卒業後、週刊誌の記者を経て、フリーのライターになる。'90 年に渡米してニューヨークのビジュアルアート大学を卒業。'95 年に帰国後は社会問題、教育、育児などをテーマに、週刊誌や月刊誌に寄稿。著書に『死ぬまで一人』がある。

 

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菅田将暉、バッキバキの腹筋で非情な暴君を狂演!

2019年11月18日 20:24 週刊女性PRIME

細く剃り込んだ眉毛もカッコいい菅田 撮影/北村史成

何もしてないんですよ。ステージが傾斜になっているので、けっこう身体を使うんです。稽古をしてたら自然に鍛えられてます

トイレに行きたくてコンビニに入ったら……


 シックスパックに割れた見事な腹筋美に思わずうっとり♪ これは舞台『カリギュラ』(11月24日まで、新国立劇場)の取材会でのひとコマなんです。今回、菅田が演じるのはローマ帝国第3皇帝で狂気の暴君・カリギュラ


「暴君って聞くと破天荒なイメージですけど、誰でもイラっとしたりマイナスな気持ちになる。それがカリギュラは非情な手段を選ぶだけ

 と、役に共感する部分もあると語る。

 そんな菅田は、こんなときに非情なことをしたいと思うそう。

トイレに行きたくてコンビニ入ったら先に人が入っていたとき。もうガーン開けたろかと。もちろん、しないですけどね(笑)」

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芦田愛菜、知的すぎて役柄ない?の心配

2019年11月18日 20:24 週刊女性PRIME

『天皇陛下御即位をお祝いする国民祭典』で約2分半、祝辞を読み上げた芦田愛菜(11月9日)

 11月9日に開かれた、『天皇陛下御即位をお祝いする国民祭典』。皇后・雅子さまの涙を誘った嵐のパフォーマンスはもとより、「御祝いの言葉」を読んだ芦田愛菜も多いに話題をさらった。

 昭和初期に製作されたというアンティークの振り袖を身にまとい、3万人の観衆が見守るステージに立ち、「謹んで申し上げます。天皇陛下御即位にあたり、心よりお祝いを申し上げます」。よく通る声で切り出すと、「古くから日本に伝わる文化を大切にしつつ、あたらしい日本へと躍進していく、そんな時代になっていくことを、切に願っております」などと約2分半、よどみなく読み上げた。

 その凛(りん)とした振る舞いに観衆はもちろん、中継を視聴した国民から、「さすが芦田プロ!」との声が上がった。「芦田プロ」は、子役とは思えない演技の達者ぶりにつけられた芦田の異名だが、まさに面目躍如といったところだろう。

「芦田は、令和を迎えた5月1日のNHK特番にもゲスト出演しています。的確なコメントで“大人たち”を感心させていたことから、この日のキャスティングになったのでしょう。知性と清潔感を持ち合わせた、新時代を象徴する若い世代の代表という意味では、代えがたい存在でした」(芸能プロ関係者)

 世紀の大舞台で、天才子役として名をはせた貫禄を見せつけた格好となったが、一部では「愛菜ちゃんは今後どうなってしまうのか」という、心配に近い声が上がっている。

 芦田は、2010年の日本テレビ『Mother』で当時6歳にして驚愕(きょうがく)の演技力でブレイク。2011年のフジテレビ『マルモのおきて』では、鈴木福とのコンビで高視聴率を獲得。福君と歌った主題歌『マル・マル・モリ・モリ!』は、オリコンチャートで週間2位まで上りつめる大ヒットになり、この年のNHK紅白歌合戦にも出場。さらに2013年にはハリウッド映画『パシフィック・リム』で世界デビューまでしてしまった。

 子役としてなしうるすべての快挙を達成してしまった芦田が、次に挑んだのが、なんと中学受験だった。6年生の夏前からすべての仕事を休み、受験勉強に専念。1日12時間の猛勉強の末に、見事に桜を咲かせた。

「女子の御三家といわれる最難関校のひとつに合格しました。しかし、この学校は芸能活動を禁止していることもあり、進学したのは最高峰私大の付属といわれています。募集人数が少ないため、女子では首都圏最高の偏差値を誇る学校です。エスカレーターで大学まで進学できるため、芸能活動にも支障がないと判断したのでしょう」(スポーツ紙芸能担当記者)

 所属事務所は当初、中学受験合格などの情報を明かすことに消極的だったという。しかし、一部スポーツ新聞がすっぱ抜き表ざたになったことで一気に方針転換。通っていた塾のCMに出演したのをはじめ、知性を全面に押し出した芸能活動を開始することになる。その結果、女優以外のオファーが殺到。今年7月には読書歴を明かした著書『まなの本棚』を出版。テレビでは、日本テレビ『24時間テレビ』のサポーターを務め、現在レギュラー出演するテレビ朝日『サンドウィッチマンと芦田愛菜の博士ちゃん』も授業をモチーフにした知的バラエティーだ。

芦田愛菜、現在女優業より声優中心の状況


 知性派タレントとしての地位を確立した一方で、女優業は、というと、中学進学後、滞っている。演技に取り組んだのは昨年、NHKBSプレミアムで放送された「花へんろ 特別編」くらい。それ以外では、NHK連続テレビ小説『まんぷく』のナレーションや映画『劇場版ポケットモンスター みんなの物語』(2018年)や映画『海獣の子供』(2019年)での声優など、声の仕事が中心というのが現状だ。

「知名度や演技力が抜群なのはわかっているのですが、天才子役で、勉強もできて……というイメージが固定されすぎて、正直、普通の中学生の役はキャスティングしづらいですよね」(芸能プロ関係者)

 それに加えて、今回の『国民祭典』での完璧なパフォーマンス。もはや“ロイヤル関連女優”というお墨つきをもらい、幸か不幸か国民的スターになってしまった感は否めない。前述の関係者は「そうなると、なおさら役が限定されてしまう。高校生にもなれば、ラブストーリーが中心になってくるはずですが、愛菜ちゃんに恋する女子高生を演じさせられるか……」と首をひねっていた。

「御祝いの言葉」では「私も大好きな読書を通じ、知識を得ること、そしてその知識を踏まえて、行動に移す、その事が大切であるのではないかと考えるようになりました。陛下の御心を受け、どんなことでも思い立ったことは迷わず実行できるようになりたい、そう思っております」と誓った芦田。今後、どんな活動をしていくのか。興味は尽きないが。

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『月曜から夜ふかし』の“名物素人”が怒りの告発! スタッフの悪意

2019年11月18日 20:24 週刊女性PRIME

『月曜から夜ふかし』スタッフの悪意に怒りの熱弁をする桐谷さん

「私の意に沿わない放送をされることはしょっちゅうなんですよ」

 そう熱弁するのは、元棋士の桐谷(きりたに)広人(ひろと)さんだ。関ジャニ∞の村上信五とマツコ・デラックスがMCを務める人気バラエティー番組『月曜から夜ふかし』(以下、『夜ふかし』)への出演で人気を博していたが、10月14日に放送された2時間スペシャルは、およそ1年ぶりの登場だった。

「実は、番組スタッフと絶交状態だったので、出演オファーをずっと断っていました」

 約900社3億円以上の株を保有し、“株主優待だけで生活する人物”として『夜ふかし』に初出演したのは12年ごろだが、その少し前からテレビ出演をしていた。きっかけを作ったのは、投資家の深田萌絵さん。

「彼女が毎日放送の『カンニング竹山の銭ナール』に出演していて、そこに出てくれないかと言われたんです。まぁ、しぶしぶ出演したのですが、竹山さんは私をすごく褒めてくれました。“私の事務所に入らないか? 桐谷さんは有名になれるから”とも言ってくれて。そのときは芸能人になるつもりがなかったので断ったんですけど、芸能事務所に入るのは狭き門なんだと後で知りましたね」

 桐谷さんのスター性を見抜いた竹山から、たびたびテレビ出演の依頼が来ていたが、

「中居正広さんがMCを務めるフジテレビ系の『うもれびと』という番組に出てくれと言われていたんですが、断っていたんです。すると、ある日、テレビ局から連絡があって、“忙しい中居さんと竹山さんがわざわざスケジュールを作っている。あの中居さんが待っているんだから来て!”と怒られました。まぁ、そこまで言われたら出ようかと」

“ウチにも出てほしい”と頼み込まれ──


 次にオファーが来たのは、『笑っていいとも!』。これも3か月ほどは出演を断っていたという。

番組を見てみると、出演者がみんな笑ったり、踊ったりしてるんですよ。そのころ、株で大損して暗い人間になっていた私には絶対無理だなと思っていました

 だが、懇願されると断りきれない桐谷さん。結局、『いいとも』の出演も決めてしまう。

「事前に履歴書を書かされたんですけど、そこに“株式投資を始めたこと”とか“大失恋のこと”とかを記入したんです。それで生放送のスタジオに行くと、ナレーションがいきなり“失恋をきっかけに株式投資を始めた”とか言い出して……。思いがけない展開でしたね。そこに、千原ジュニアという人がいてね、“失恋相手はどんな人でしたか”って聞いてくるんですよ。それはとんでもなく私が騙された恋愛話なんですけど、“年上で水商売の人です”と答えたら会場にドッと笑いが起きて。

 そしたら、その千原ジュニアが女性の話ばっかり聞いてくるんですよ。本当はVTRも作っていて、“株主優待でたくさん贈られてきたら困るモノは……お米”とかクイズを用意していて、爆笑問題さんとかに質問する予定でした。でも、この千原ジュニアのせいで女性の話ばっかりになっちゃったんですよ」

 この放送が評判となって、『夜ふかし』への縁がつながっていく――。

「『いいとも』を見ていた『夜ふかし』のスタッフから“うちにも出てほしい”と連絡が来ました。それで頼みこまれて、まぁ1回ぐらい、いいかなぁという気持ちになったんです」

 だが、最初から『夜ふかし』とはモメていたという。

ギャラがいくらなのかを確認しないまま、何度もスタッフと打ち合わせを重ねました。そしたら、撮影前日に日テレの経理から電話があり、“明日のギャラは1万円だ”と言うんです。“終日撮影で1万円なんて冗談じゃない!”と言うと、“では2万円にします”と言われて

 金額的に納得していなかった桐谷さんは“明日来ても帰ってもらいますから!”と伝えたという。すると翌日に、

チャイムが鳴って玄関に行くと、菓子折りと現金10万円を持ったスタッフがいて“これでお願いします~”と、深々と頭を下げるんです。1万円が10万円になったら、ヤル気が出ましたね(笑)

 彼の独特なキャラクターと、60代とは思えない猛スピードで自転車をこぐ姿が話題に。

『夜ふかし』はこんなことを言い出してきたという。

“今後は他番組への出演はすべて禁止”と言われました。さらには、雑誌の取材を受けても“私と自転車が一緒に映った写真はダメ”とか。私の書籍が回収騒ぎになるほど、厳しかったんです

“ドジなシーン”以外は全カット


 すっかり人気者となった桐谷さんに、日本将棋連盟から“桐谷さんのうちわを作りたい”という依頼も来たが、

「せっかく言ってくれたけど、私と自転車が映っている写真が使えないとなると売れないから止めようと。そうしたら連盟の役員が“顔写真だけでもいいから作らせてほしい”と言ってきたんです。その心意気に感動して、『夜ふかし』とは絶交しようと。これが1回目ですね」

 すると、喫茶店で『夜ふかし』との話し合いが行われ、日本将棋連盟のイベントを『夜ふかし』で放送するということで手打ちに。だが、それでも規制は緩まなかった。

“講演会なら自転車に乗ってもいいですよね?”と聞くと、すぐに“ダメだ!”と返事が来ました。これでまた絶交しちゃいました

 再び、喫茶店で話し合いが行われた。

なぜ、そこまで規制されなければならないのかと聞くと、“メディアに消費されてしまう。桐谷さんには息の長い芸能人になってほしい”なんて言うんですよ。私は当時すでに63歳(笑)。別にずっと芸能界にいるつもりはないと伝えると、“まぁまぁ”と諭されましたけど

 絶交2回で規制はなくなったが、出演を重ねるたびに、スタッフへの不満が募っていった。

私がドジをしたシーンばかり放送するんですよ。壁をよじ登るスポーツ『ボルダリング』をやらされたことがあったんですけど、私はスイスイできちゃったんです。そしたらどんどん難易度の高いコースをやらされて……。でも、全部クリアしましたよ。ジムの人も“すごい、最年長記録ですよ!”って褒めてくれたんですけど、放送を見たら全カット。スタッフに詰め寄ったら“桐谷さんのドジなところを撮りたかった。だからボツです”と悪びれもせずに言われました

 例の自転車で颯爽と走るシーンにも不満がポロリ。

「スタッフらはロケバスに乗っていて、私は必死で自転車こいでるんです。それで、“ハイ、立ちこぎして!”とか指示を出してくる。彼らはバスの中でサンドイッチを食べてくつろいだりして、みんな遊んでるだけなんですよ!」

2部屋分の家賃を払わされるハメに……


 ロケ日数を突然、増やされてキレたことも。

ニューヨークでロケをしようと提案されて、私も忙しいので“拘束4日間ならOK”と言ったのに、いざスケジュールが来たら8日間になっていた。私が怒って“もうヤメだ、スタッフが遊びたいだけでしょ!”と伝えると、“ハイ、そのとおりです”と開き直って……。

 それで話し合いになって、“ロケ日数は7日間”“好きな食べものをおごる”という条件を出されました。なので、リーマンショック以降、お金がなくて何年も行けなかった『かに道楽』でカニをごちそうになりました。ニューヨークも行ってみたら、楽しかったんですけどね

 いちばんの大ゲンカとなったのが、昨年10月の放送内容だった。

3年前に引っ越しして、いまだ未開封の段ボールが150箱もある状態なのに、スタッフが“引っ越し企画”をどうしてもやりたいと言って聞かないんです。結局、無理やり引っ越ししたもんだから、新居にネット環境が整備できず、何もなくなった前のアパートの部屋で仕事をしていた。その間は、2つ分の家賃を払っていたんですよ

 決定的だったのが、スタッフが用意した台本に書かれていた“ひと言”だった。

私は学生時代、いつも寝るときに猫を抱いていたほどの“猫好き”なんでけど、ひとり暮らしだから飼えるわけがないんです。でも、スタッフは“猫を飼え”としつこくて。そこで、ペットショップへ撮影に行って、彼らの台本どおりに“いちばん安い猫はどれですか?”と発言したら、ネットで大炎上。愛猫家からたくさん批判を受けました。私は猫を飼うとしても、ペットショップで買うつもりはまったくなかったのに

 さらには、スタッフが買ってきた3000円の猫のぬぐるみを渡されて、

ずっと抱いたまま、何日も撮影をさせられました……。マンションのベランダで猫のぬいぐるみを抱いて空を見るシーンも撮ったんですけど、これもすごい叩かれて。私もスタッフも知らなかったんですけど、マンションのベランダに猫を出すのって“ご法度”なんですってね

 この一件で、桐谷さんは『夜ふかし』の打ち上げにも食事会にも参加せず、完全な絶縁状態となっていた。だが、頭を下げられると、なんだかんだ許してしまうようで……。

「結局、23年前からファンになってる演歌歌手の山口かおるさんと共演ができるなら、まぁ出演してもいいかなと」

 23年ぶりに再会した彼女に、いきなり“結婚しよう”と言ってしまったという。

「どうも彼女の色気に惑わされちゃったのかな~。でも、23年前にひと目ぼれした女性と再会したもんだから運命というかね……。かおるさんの歌に『最後の恋人』というのがありますが、私も70歳ですから最後の恋かなと思っていまして」

 桐谷さんにとって、彼女は特別な存在のようだ。

「彼女には現金でぶどうを買って送ったんですよ。ポスターを7枚もいただいていたので、お礼をしたかったんです。私は今まで株主優待で得た金券を使った贈り物しかしたことがなかった。現金を使わない私に、初めて現金を使わせたのが彼女なんです。うちの親戚が経営するブドウ園に足を運んで、いちばん高いぶどうを選びましたよ」

『夜ふかし』の“善意”


『夜ふかし』では、“松たか子好き”として知られていたが、

昔ね、かわいい動物を見ると仕事の作業効率が上がるって聞いたんで、それなら私は人間の美女を見るのがいいんじゃないかと。それで、『ヤマザキ 春のパンまつり』の松たか子さんの写真がキレイだから集めていました。それで、私が好きということで彼女との対談の話もあったんですが、実は断ったんです。彼女はもう奥さんだし、背が高いしね。対談しても親しくなる可能性はない。先が見えないので

現実的に考えて、独身の山口さんへの思いを募らせたのだろう――。彼女との共演を果たした今回の放送については、

「かなり満足のいく出来映えでした。番組側も頑張ってくれたなと思っているんです」

 昨今、やらせが発覚して打ち切りになる番組が続出しているが、『夜ふかし』はほぼガチだという桐谷さん。

道でコケたり、海鮮丼のワサビが辛くて涙が出たり……。私のドジって、すべてやらせじゃない。ほかにも、携帯で話している女性が写った大きなポスターの前に、私が自転車で停まって、たまたま同じポーズをとったことがありました。これも本当に偶然なんです。あと、自転車で走行中に携帯が鳴ったと思って電話に出たら、近くにいた赤ちゃん連れの母親の携帯が鳴っていて彼女と私の動きがシンクロした。これも偶然。だって1週間ずっと撮りっぱなしで、偶然の一瞬としてとらえたものを20分間にまとめているんですから。ガチなんですよ

 今回の放送には『夜ふかし』スタッフの温情も感じたという。山口さんとのボーリングのシーンで、

私は基本、ノーミスなんですが、それができなかったのが悔しくて。すると放送で私のスコアを映さなかった。初めて『夜ふかし』スタッフのやさしさを感じましたね。ネットで《桐谷さん》を検索すると、《ボーリングうまい》って出てくるんですよ。だからスコアを晒されたら本当に恥ずかしいことで……。スタッフが勘弁してくれたんですよね

 さらには感謝の言葉もこぼれ出た――。

今は1週間のロケでギャラが30万円。一時は60万円になったこともありました。でも、お金だけじゃない部分も大きい。何回も絶交して、『夜ふかし』に説得されて復縁のパターンでしたけど、今があるのは彼らのおかげとも言えますよね。私の講演料も最初は10万円でしたがすぐに20万、30万円になりましたから。講演会にたくさんの人が集まってくれるのも『夜ふかし』を見てくれた人がほとんどかもしれませんしね

 桐谷さんと『夜ふかし』にケンカが絶えないのも、仲のよい証拠。MCの2人も、たまには桐谷さんのグチに付き合ってあげて!

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