共働き世帯や高齢者の増加、人口の減少、EC販売の台頭により、リアル店舗にとって苦しい状況が続く今、スーパーマーケット各社はどのような取り組みで自社店舗の価値を高めているのだろうか?
今回は本社が愛知県の(株)デライトが運営する「クックマート」の“メディア化”に迫る。これまでのスーパーマーケットにはない「今っぽさ」を感じる取り組みの数々と、人と手間をかけ、ローカルさを大切にしながら続ける地道な努力。そこには「魅力ある場づくり」を大切にする、白井健太郎社長の強いこだわりがあった。
誰もが目を奪われるWebサイトやキャラデザイン
「クックマート」は東三河・浜松エリアを中心に11店舗を展開している。私がこのスーパーマーケットを知ったきっかけはインパクトのある採用広告。何の機会だったか忘れてしまったのだが、同社の採用サイトにたまたま行きつき、そのクリエイティブな見た目の採用広告に一瞬で心を奪われてしまった。
「これは何だか、普通のスーパーマーケットとは違いそうだ……。」と感じた私は、公式サイトやSNSを見に行き、さらに驚くことになる。まるで「広告企業かIT企業かな?」と思うほどおしゃれで質の高いビジュアルの公式サイトや、温かみがありながらもスタイリッシュさを感じる熊のマスコットキャラクター「クックマ」の存在。
公式サイトでは自社のWebマガジンを運営し、オンラインショップではクックマのキュートなキャラクターグッズを販売する。これまで見てきたどのスーパーマーケットよりも、同社は「今っぽさ」を感じた企業だった。
社長の経歴を生かしたクリエイティブとブランディング
「どんな人たちが働いているのだろう?」と興味が湧いたので、早速、同社に取材を申し込んでみた。対応いただいたのは、同社の社長である白井健太郎氏。白井氏は2012年にデライトに入社。2017年から先代の父親と代替わりし、同社の代表を務めている。
もともと広告やクリエイティブ関係の仕事をしていた白井氏は、その経験を生かしてクリエイティブ・ブランディングを強化してきた。
私が「おしゃれなビジュアルイメージですね」と伝えると、「おしゃれとは思っていないのですが『クックマートらしさ』『元気さ』を表現していったら今のような形になりました。形だけカッコよくなっても仕方ないので、何年もかけて(企業・組織・お店の)中身を磨き、それと一緒に、クリエイティブな部分を徐々に強化してきました」と白井氏は回答。
よくよく話を伺っていくと、その「中身」こそに、同社の魅力が詰まっていた。
人のぬくもりがあふれる「場づくり」を最重要視
インパクトのあるビジュアル訴求などに衝撃を受けたが、本当に面白いのはそのベースとなる取り組み。同社ではリアル店舗の価値を「実際に見て、触れて、感じることができる安心感。人々がワイワイ集まり、エネルギーがあふれる『場』としての楽しさ」と考えている。
白井氏は「インターネットショッピングの利用が広がっている今の時代だからこそ、リアル店舗としての価値向上を徹底し、ネット企業や大手企業ができない『圧倒的な魅力を持ったリアル店舗』を追求することで地域社会に貢献したい」と話す。
チェーンストアの巨大化・寡占化が進む中で、地域密着による人とお店のつながりを大切にする同社では、ローカルなエリアで店舗を運営していくことに並大抵ならぬこだわりを持つ。
同社の売上高は1995年の創業以来、増加の一途をたどり、客観的に見ると業績は好調。しかし、急拡大はせずに「圧倒的な地元感を持った、日常生活のためのお店」を目指すため、地元の食文化や食材、生産者を大切にしている。
多くの企業で機械化・効率化が進む中、「無駄や非効率」をいとわず、他社の何倍も人手と手間をかけた店舗運営をしているのもこだわりの一つ。クックマートの店舗には、一般的なスーパーマーケットの倍以上の従業員がいる。白井氏はその理由を「効率一辺倒では楽しさや価値が生まれることはないから」と教えてくれた。
「どんなに機械化が進んでも、人間の内面からあふれるモチベーションや創造力でしかできないことがあると信じています。想いがあふれる地元の人を採用し、仕事を通じて良い人生を歩んでもらいたい。そして、そこに関わる従業員やお客さまを幸せにしていきたい。そう考えています」
他店よりも多い従業員たちにより、カットフルーツや鍋セット、デリカ、ベーカリーの多種多彩なラインアップなど、付加価値の高いオリジナル商品を提供し、地域に暮らす人に寄り添い、生活を支えている。
人と人の会話が生まれ、地域のコミュニティになるようなお店であること。毎日安心して通え、行くと楽しくなる「場」であること。同社ではそんな店舗を、たとえ手間暇をかけてでも、地元に根差した環境でこだわりをもってつくり上げているのだ。
従業員に仕事を通じて人生を楽しむ「場」を提供する
効率や無駄削減にこだわり過ぎず、温かみのあるお店作りに徹底的に取り組む同社。そのために白井氏が経営者として最重要課題ととらえているのが「組織文化づくり」だ。
同社では社内に向けたビジョンとして「仕事を通じて人生を楽しめるプラットフォーム」を掲げている。良いパフォーマンス(店舗づくり)のためには、そこに働く従業員が楽しく、気持ち良く、幸せに、高いモチベーションを持って働いていなくてはならない。組織文化づくりを重要視するのはそのためで、従業員が集まり、育ち、楽しく業務に励める環境をつくっていきたいと考えているそうだ。
具体的な取り組みとして、例えば2018年からは従業員間でコミュニケーションが取れる社内SNSを導入した。目的は素敵な社内文化や取り組み、そこで生まれる「楽しさ」や「熱」を、全社員に「見える化する(=形のないものを客観的に捉え、見えるようにする)」こと。店舗同士や、本部や経営陣と店舗間でコミュニケーションに距離が出ることにより生まれる負の部分を取り除くための課題解決手段として導入を決めたという。
社内SNSでは、社長や経営幹部が経営としての考えや取り組み内容、その意図を発信することもあれば、従業員が休みの過ごし方を日記のような形で発信することも。
「土日に休めないのは当然」という業界だが、同社には全従業員が年に2回(正月を含めると年3回)の3連休を取得できる制度がある。制度はあっても機能しなくては意味がないが、同社の全従業員がこの制度を活用。社内SNSを通じて「私の休日」を発信することで、しっかり働きながらも「罪悪感なく、楽しく休む」ことが根付いてきたそうだ。
ただし、この社内SNSは良いことを見える化してくれるが、組織が温まっていなければ、
逆に社内が「寒い」ことが見える化されてしまう。「ただ社内SNSを導入するだけではダメで、それ以上に社員との信頼関係づくり、密なコミュニケーション、楽しむ組織文化づくりが大事だと思います。その前提がないとしらけた雰囲気が見える化されてしまい、かえって逆効果でしょう」と白井氏。
社内SNSを導入し、「組織文化や経営陣の経営スタンス」を見えるようにしたところに、組織文化を育てていくという社長や経営陣の覚悟がみられる。
「いい環境=いい場」をつくれば、人は自然と集まり、育ち、より良い場となっていく。お客さまへの取り組みも従業員への取り組みも、一見手間暇がかかることは多いが、「場」を重要視する同社にとっては、決してなくてはならないものばかり。その集積が「クックマートらしさ」となり、同社の最大の強み・魅力となっていっているのだろう。
この"メディア化"をまねしたい!「デライト編」
同社に興味を持ったのは「インパクトのあるアウトプット」からで、「どんな最先端の取り組み(=メディア化)をしているんだろう?」と思い、取材の依頼をした。しかし、実際に話を聞いてみると、非常に泥臭く人間味があり、地域と人を大切にしながら「人が楽しく幸せに暮らすこと」を重要視している企業であった。
今後、スーパーマーケットが独自性を打ち出していくために「ブランディング」はとても重要なキーワードであるが、表面だけをつくり上げても意味がない。中身が伴っているからこそ魅力的なアウトプットとなるのだと、改めて同社の取り組みから学んだ。
同社では印象的な方法でお店づくりをしたり情報を伝えたりしている。そしてそのメディア化の裏には、人や組織を大切にする熱い想いがある。
自分たちが運営するリアル店舗の価値をどう発揮していくのか、そのために組織や経営はどうあるべきか、ぜひデライトの例を参考に「組織開発」と「ブランディング」について再度考えてみてほしい。
(谷尻純子)
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