スマートフォンのオンラインゲームなどに過度に依存する「ゲーム障害」が、世界保健機構(WHO)に新たな疾病として今年5月正式に認定される。寝食を忘れて没頭し、家族などに暴力を振るう例も報告されており、日本など世界各国で社会問題化していることが背景にある。ゲーム依存の実態と問題点、今後の取り組みの必要性などについて久里浜医療センター・樋口進院長(64)に聞いた。
「ゲーム依存は薬物やアルコール依存などよりも治療が難しい」。国内初のインターネット依存治療専門外来を設立した第一人者で、久里浜医療センター(神奈川県横須賀市)の樋口進院長(64)はゲーム障害の恐ろしさをこう指摘する。WHOに新疾病認定を働き掛けてきただけに、認定の意義を喜ぶ一方、依存の未然防止、脱却への課題はまだまだ多いとの見解を示した。
-インターネットに依存する若者が増えている。
樋口院長 厚生労働省が昨年8月に「インターネット依存の疑いがある」という中高生の人数を全国推計で93万人と発表した。数字はここ5年間で倍増している。この中で、恐ろしいのが「ゲーム依存症」だ。久里浜に来る患者の多くはゲーム依存症で男性が圧倒的に多く、平均年齢は19歳。中高生が半分を占め、未成年者で7割程度となっている。
-ゲーム依存の症状で具体的に多いものは。
樋口 昼夜逆転などの生活の乱れから成績が大幅に低下する。親が注意すると逆上し、ゲームやスマホを取り上げるなどすれば暴力に訴えることも少なくない。当院に来る家族、親が骨折する事例はたくさんある。
-勉強への影響は。
樋口 中・高一貫校の生徒が高校に上がれないケースもかなりある。期待する大学に行けず、モチベーションが上がらないため能力を生かせない。放置しておくと、若者の将来が駄目になってしまうことが一番の問題だ。
-この病院ではどう対応しているのか。
樋口 まずは入院してもらう。ゲーム以外のことを全く考えられなくなっているからで、その状態では治療できない。一定期間ゲームのできる環境から離してやることで精神状態を落ち着かせ、その段階になってから医師による面談などを進めていく。
-依存症になるのは何歳くらいからか。
樋口 小学生でも依存症になる。当院では9歳の男児が入院したこともある。年齢が低いほど依存になりやすく、治療は難しい。予防は早ければ早いほど良い。
-治療はやはり難しいのか。
樋口 薬物やアルコール、ギャンブルなど依存症にはさまざまなものがあるが、一番治療が難しいのがゲーム。オンラインゲームはおもしろいようにつくられているし、終わりがない。やめようと思ってもゲームの向こうには相手がいる。また、脳の中で理性をつかさどる前頭葉の部分は成人するまでは働きが弱いことに加え、ゲームに依存している子どもは、前頭葉の一部が萎縮するというデータも出ている。
-家庭での対応は。
樋口 依存にならないようゲームを始める段階で親がルールをつくり、守れなかったときは「ゲームを取り上げる」などの罰則をきちんと励行することが第一だ。ただし、依存症になった時は家庭だけで対応するのは絶対に無理。ただでさえ、中高生は反抗期。医療機関や学校の先生、スクールカウンセラー、友達の力も借りて本人に“異常”を自覚させることが必要になる。国など行政が動く時が来ている。
-ゲーム依存から脱却するために必要なことは。
樋口 長い時間をゲームにかけてきたのだから、そこから離れるには本人にとってかなりの勇気が必要。周囲の協力や医師との相談を重ねることで「アカウント」を消すことができればあきらめもつき、ゲームから離れられる。
-参考になる海外の例はあるか。
樋口 まずは治療に当たる医師の絶対数を増やすこと。韓国では夜中にネットを遮断する法律をつくっている。日本でも、学校や地域でも子どもたちを見守っていけるよう行政が主導して条例などを設け、社会全体でゲームへのアクセスを制限する環境づくりが欠かせない。
樋口 進(ひぐち・すすむ)
1979年東北大医学部卒。米国国立保健研究所、国立久里浜病院臨床研究部長などを経て、現職。専門は臨床精神医学、アルコール関連問題、インターネット依存など。WHO専門家諮問委員(薬物依存・アルコール問題担当)などを務める。神奈川県藤沢市。64歳。
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