日本の漆を塗ったサーフボードが、アメリカやオーストラリアなど世界のサーファーたちから「クールだ!」と注目を集めていることをご存知だろうか?
いまやサーフボードにとどまらず、自転車やスケートボード、車の内装からスマートフォンケースに至るまで、漆は幅広いアイテムに塗装することができる。
その味わい深い美しさは、世代を問わず多くの人を魅了している。匠たちが生み出す漆の製品は、ただ単に「工芸品」の一言では言い表せない。
日本の桐と漆が、サーフボードにビッグウェーブを起こす
古代ハワイアンは1本の木から削り出した木製のサーフボード「アライア」に乗っていたという。今、サーファーの多くは、ポリウレタン製のサーフボードに乗っている。
サーフィンを通じ、自然の中で遊び、地球の美しさを全身で感じているサーファーたち。彼らにとって、環境負荷のかかる素材を使うことは、ある意味、ポリシーに反する部分があるだろう。
原点に立ち戻るという観点で見れば、地球にやさしい自然素材のサーフボードに乗ることが、生き方として彼らのポリシーに合致していると言えるのではないだろうか?
スーパーヒーロー、トム・ウェグナーとの出会い
アライアを現代に復活させた、サーフボードを作る職人がオーストラリアにいる。トム・ウェグナーさんだ。
1970年代からサーフボード作りを始めたトムさんは、環境に負荷を与える石油由来のサーフボードに疑問を感じ、木製サーフボードの制作をいち早くスタートさせた。自身の庭にも材料となる木を植えるなど、サステナブルな生活を実践。2003年からは、日本の「桐」でサーフボードを作っている。桐は軽くて、海水を吸いにくく、腐りにくいことから、サーフボードに向いているということが試行錯誤の結果わかったそうだ。
その思いに感銘を受けた、サーファーでもある堤淺吉漆店専務の堤卓也さんは漆塗りのサーフボードを作ることを決心する。
「2004年に製作された映画『スプラウト』を通してトム・ウェグナーさんを知りました。トムさんのボードに込める深い思いや愛情を感じ、ただただこの人の作った板に漆を塗りたいと思いました」と堤さんは語る。
漆は縄文時代から使われている素材として、日本人には馴染み深いものだったが、今では“工芸品”として遠い存在となっている。
漆を現代生活に活かすには?
漆店を営む堤さんが抱える課題に、サーフィンが一つのヒントを与えた。
日本の漆が、「クールジャパン」に
木製サーフボードに漆を塗ってみると、機能的にどの塗料よりも木製ボードとの相性がよかった。漆の撥水性が板の滑走性を高め、水の上を速く滑ることができたのだ。
漆塗りをしたサーフボードを携えて、堤さんがオーストラリアのウェグナー氏に届けると、「天然木から作ったアライアに、自然素材の漆を塗るなんてとても興奮する。人生を変えるほどの出来事だ!」ととても喜んだそうだ。それからウェグナー氏のサーフボードには、塗料の一つとして漆が使われるようになった。
天然木から作ったサーフボード“アライア”に、自然素材の漆を塗った「漆アライアプロジェクト」はこうして始まった。
漆アライアはインフルエンサーによって世界で拡散される
このプロジェクトのプロデューサーである青木真さんのもと『Beyond Tradition』というタイトルで自主映画化。Florida Surf Film Festivalでは、「Best Documentary Short 2019」を受賞した。
こうして、海外のオーストラリアおよびアメリカから、漆の持つ美しい価値観が日本に逆輸入された。そこには、ウェグナーさんのインフルエンサーとしての力もあったであろう。海や自然を大切にする人たちに天然素材としての漆の魅力は、国や人種を超えて広く伝わり始めた。
若者にとって親しみのない漆であったが、サーフィンやスケートボード、BMXといった彼らを惹きつけるスポーツの道具に漆を塗ることによって、堤さんは漆と若者との距離を縮めた。
漆などといったものにまったく関心を示さなかったサーファーやスケートボーダーたちが、今はインフルエンサーとなって国内外問わず情報を広めてくれている。その結果、新しい顧客層を生み出し、堤淺吉漆店の売り上げは伸びた。
堤さんの前に立ちはだかる、見えぬ厚い壁との戦い
しかしながら、伝統的に漆を取り扱う業界関係者の間で、堤さんの活動は初めから好意的に受け入れられたわけではなかった。
漆の市場は、急速に縮小している。
漆業界はこのシュリンクを止める手立てもなく、ただ悲壮感だけが覆っていた。シュリンクの大きな要因の一つとして、容易には変えられない慣習が挙げられるだろう。
漆は、神仏祭祀に⽤いられる特別な塗料だという認識が強く、漆器製品は繊細かつ丁寧に扱うものだという固定観念が存在している。業界自体が固守していたのだ。
漆は人の価値観を変える力がある
しかし、漆が持っている本来の特性は、しなやかさと強靭さを兼ね備えていること。確かに、長時間日光にさらせば劣化はするが、使い込むことによって美しさと艶が滲み出てくる。鉄は錆びて腐食するが、漆は残る。
長い年月をかければ日光によって分解されるため、プラスティックのように地球を汚染することもない。このように漆は、縄文の古代から使い継がれてきた日本特有の強くて優しい素材なのだ。
堤さんは一石を投じる形で、サーフボードに漆を施して世に問い、本来の漆の価値を広めた。
「漆は人の価値観を変える力があるし、自分だからこそ伝えられる方法で漆の魅力を伝えたかったんです」と堤さん。
若者に漆が受け入れられたことで、初めは“サーフボードといった海外から持ち込まれた遊びの道具に漆を施すべきではない”という意識が働いた漆業界の人たちも、徐々に堤さんの活動に賛同し始めている。漆業界の人からコラボレーションの申し込みや商品開発の相談が舞い込むようになった。
途絶えぬ永遠の漆サイクルへの挑戦
今、漆の可能性を広げる活動は第2フェーズに入っている。漆が製品となり消費者に届くまでには、漆の木を育てること、漆を採る漆かき、漆を精製する漆屋、漆を塗る塗師屋、そして販売店が必要となる。
漆の木の成長には15年ほどかかり、そうして育っても1本の木から漆はたった200gほどしか採れない希少なものだ。漆を採ったら伐採し、再び15年かけて漆を育てることになる。しかし、漆製品が売れなければ漆かき職人は減少する。
このままだと漆が日本で採れなくなってしまう日も、そう遠くはないかもしれない。
コロナにも打ち克つ、強い思いで活動を広げる
そこで堤さんは現在、京都市が保有する森を提供してもらい、2019年一般社団法人パースペクティブの事業を興した。
漆の原点である植林にスポットを当て、漆の成長する営みを通して循環可能な暮らしの提案や子育て、教育の分野にも活かそうと構想を立てている。漆を軸に様々な天然素材や工芸、地域住民らが集う『工藝の森』をこの場所に創り出すプロジェクトも立ち上げた。
そうした矢先に、新型コロナウイルス感染拡大の影響により、様々なイベントが中止を迫られた。今は草の根の活動に切り替えて、粘り強く植栽等を行っている。
「人と森、人と工芸。昔、自分たちの身近にあったものを、漆を通して日常に取り戻すことで豊かな暮らしを作りたい。そうすることで、漆を始めとした工芸業界全体を盛り上げたいんです」と堤さん。
この活動に参画してくれた仲間とともに、さらに活動の輪を広げようとしている。
もう一度、当たり前の生活の中に漆を
当初は若者向けのアイテムに漆を塗ったことから始まった挑戦だったが、その活動が他の業種の目にとまり、高級車の内装や照明器具など、新しい生活用品に漆は広がり始めている。それは堤さんが当初描いた方向へと向かいつつある。
使い込むことで深みが増す、漆プロダクト
漆塗りのサーフボード、自転車、スケートボード、ワインオープナーなど、今まで漆とは縁のなかったものに漆を塗ることで、多くの人により身近に感じてもらいたい。
堤さんはそうした思いから生活の中にある身近なものに漆を塗って、実際に使っている。
「漆は、使い込むことで味わい深い艶や色に変わっていきます。若い人たちにも、自分のオリジナルに育っていく漆製品を身近に置いて欲しいですね」と堤さん。
堤淺吉漆店に連絡をすれば、スケートボードや自転車だけでなく、スマホカバーやグラスなど様々な愛用品に漆を塗装することが可能だ。
「多くの人が漆を知れば、漆に対しての固定観念は変わっていき、今まで以上に多くの新たなアイディアが生まれると思います。それによって、漆の需要が増え、より多くの漆の木が植林され、漆文化の発展・継承がされていくのではないでしょうか。私自身も子どもの親となり、美しい地球を残したいという気持ちがより強くなりました。私たち人間は知らぬ間に地球を汚し、自然環境を悪化させています。次世代のために、今、自分たちにできることを世界中の人たちと一緒に考えていきたいですね」と、堤さんは力強く前を向く。
株式会社 堤淺吉漆店
住所:京都市下京区間之町通松原上ル
電話番号:075-351-6279
写真・動画/Ryan Jones、Masuhiro Machida、Naoki Miyashita、貝阿彌俊彦
取材・文/末原美裕(京都メディアライン)
小学館で11年間雑誌の編集部門において実務経験を経たのちに独立。フリーの編集者・ライター・Webディレクターに。京都メディアライン代表。2014年、文化と自然豊かな京都に移住。
当記事はサライとLINE NEWSとの特別企画です。