JR上野駅前の輸入中古カメラ専門店「千曲商会」が、6月末に75年の歴史に幕を閉じる。ドイツ製カメラレンズ「カール・ツァイス」など品ぞろえの豊富さや、専門店ながら気さくに応じる社長の木鋪(きしく)俊一さん(73)の人柄が、カメラファンの心をつかんでいた。新型コロナウイルスの影響や後継者の不在などが閉店の理由で、あと1カ月余りでファンに惜しまれながら姿を消す。(橘川玲奈)
東京メトロ本社ビルの裏にひっそりと建つ店の中には、左右の壁沿いと中央にショーケースが置かれ、高級カメラの本体やパーツが並べられている。店のモットーは「心豊かなふれあいの店」。従業員にカメラの扱い方について説明を受けていた東京芸術大大学院修士2年の女性(25)は、「自分は写真は専門でないが、ここまで親身になってくれる店はない」と話す。
昭和21年、先代の木鋪勲(いさお)さんが開業。勲さんは先の大戦で海軍に同行し、戦地を記録したカメラマンだった。退役し、神奈川県横須賀市の追浜に店を開いた。「父は長野県飯山市出身。千曲川が流れているので千曲商会となった」と俊一さんは話す。
前回の東京五輪があった昭和39年、御徒町に移転。さらに数回の移転を経て、20年ほど前に現在の東上野に落ち着いた。一時は横浜にも店を出していた。
店の自慢は、ドイツ製高級カメラの豊富さだ。「ライカ」「ローライ」だけでなく、国内では扱いの少ない「カール・ツァイス」もそろえる。「ツァイスは父が好きで、海軍時代から使っていたと話していた」と振り返る。店を継ぐ前、記録映像を制作する会社に勤めていたこともあり、ビデオカメラも置いている。
中には40年以上の付き合いがある客もいる。
「昔は、お客さんと撮影会をしようという話になり、中国やインドまで行ったのはいい思い出です」
多くのカメラファンに親しまれたが、店をたたむ決意をした。終息が見えないコロナ禍や、長年勤めた2人の社員の退職、後継者の不在などが背景にある。
4月、店のツイッターなどで閉店を発表すると、常連客から「やめなくていいのでは」などと反響があった。中には店を訪れ、俊一さんに「一緒に店をやりたい」と申し出た若者もいた。「うれしかった」といい、一時は閉店の決意も揺らいだ。しかし、今は最後のサービスに力を注ぐ。
「皆さまのおかげで75年やってこられた。お付き合いいただき、ありがとうと言いたい」
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