反捕鯨を掲げながら「クジラの町」ブランドの恩恵にあずかっているようだ。和歌山県太(たい)地(じ)町で1月、定置網に迷い込んだクジラがやむなく処分された。一連の動きを環境保護団体が発信すると、インターネット上を中心に批判の声が渦巻き、地元に抗議が殺到。漁業でクジラの処分はそれほど珍しくないが、なぜ太地町ばかりがやり玉にあげられるのか。ニュースを流す同団体のある思惑が見え隠れする。(小泉一敏)
英首相も「残酷だ」
太地町沖約400メートルで昨年12月24日、定置網に全長約6メートルのミンククジラが入り込んでいるのが確認された。反捕鯨の環境保護活動家が上空からドローンで動画撮影。狭い網の中を
巨体を揺らして泳ぐ姿を毎日のように配信すると、ネット上は大騒ぎとなった。
「水産庁に解放するよう呼びかけよう」「非人道的なことはやめて」。会員制交流サイト(SNS)には批判的な意見が続々と書き込まれ、反捕鯨国として知られる英国のボリス・ジョンソン首相も
「残酷な捕鯨に反対する」と発信した。県には連日、抗議の電話が1日約40件、メールが200~300件寄せられ、業務に支障が出かねない状況だったという。
県や太地水産共同組合はクジラを逃がす方法を模索したが、荒天や高波などで定置網に近づくことも難しかった。定置網を使った通常の漁ができない状況が続いたこともあり、今年1月11日に捕獲し、処分を行った。県資源管理課の担当者は「何とか逃がしたいと考えていたが…」と話し、苦渋の決断だったと明かす。
「混獲」は年100頭
定置網漁などで、本来狙っていた獲物ではなく、意図せずにクジラが入ってしまう鯨類の「混獲」は珍しいことではない。
水産庁によると、平成31(令和元)年に混獲されたのは114頭で、うち105頭が捕獲、市場で販売されるなどした。29年は167頭、30年は91頭で、平均すると年間100頭程度が報告されている。都道府県別では、和歌山が目立って多いわけではなく、31年は石川20頭、岩手14頭、和歌山は4頭だった。
捕鯨業者以外がミンククジラを含むヒゲクジラを捕獲することは禁止されている。ただ、混獲されたクジラについては同庁の取り決めがあり、クジラを逃がすよう努めることが求められるが、人的被害や漁具の破損の恐れがある場合は捕獲が認められている。
こうして捕獲したクジラ肉を販売する場合、DNA検査の結果を提出させるなど、正規の捕鯨と同様に厳しく個体管理が行われる。偶然の混獲を装ってクジラをとらえることがないよう、徹底した管理がされているというわけだ。
「ザ・コーヴ」で有名に
レアケースともいえない混獲が、今回はなぜ世界で波紋を広げたのか。
同町に在住し、約10年にわたりクジラに関する取材や研究を続ける元AP通信記者の米国人、ジェイ・アラバスターさん(45)は「海外でも太地といえば、捕鯨やイルカ漁の町として有名」という同町の“ブランド力”を理由に挙げる。
地元で行われるイルカの追い込み漁を批判的に描き、2010年にアカデミー賞を受賞した映画「ザ・コーヴ」が、皮肉にも太地の名前を世界に広めるのに大きな役割を果たした。
環境保護団体は「太地発」でクジラやイルカ漁の話題を配信することで、「あの太地で残酷な捕鯨が続いている」と強力に印象付けることができる。こうした団体の狙い通り、今回のケースでは海外メディアが太地のイルカ漁と結びつけて報じていたという。
日本の捕鯨を標的とする活動家らが、太地の知名度を利用しながら批判的なメッセージを発信し続けている。アラバスターさんは「捕鯨の是非についてそれぞれの考え方はあると思うが、対話の中でお互いの理解を深めていく姿勢が必要ではないか」と話す。
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