(須磨海浜水族園提供)
新型コロナウイルス禍が、海洋の生態系にさらなる悪影響を及ぼすかもしれない。海岸ではマスクや消毒シートといった「コロナごみ」が目立ち始めているが、これらの素材である化学繊維は、やがて微少な「マイクロプラスチック」に変わり、海洋汚染の元凶になりうる。在宅時間の増加は、テークアウトの容器を含めたプラスチックごみの増加にもつながっており、専門家は「今や、海洋生物の体内からごみが見つかるのは当たり前」と警鐘を鳴らしている。(鈴木源也)
脚を失ったウミガメ
神戸市須磨区の須磨海浜水族園。アカウミガメが後ろ脚を器用に使って、バックヤードの水槽内を泳いでいた。名前はリブ。「生きる希望」という、重い意味が込められている。
通常ウミガメは両前脚をかいで水中を進む。だが、右前脚を欠損したリブは、もう仲間たちと同じ泳ぎ方はできない。
昨年8月、海に投棄された漁網が脚にからまって身動きが取れなくなり、流れ着いた島根県隠岐の島町の海岸で地元住民に保護された。右前脚は壊死(えし)し、同水族園に引き取られた。馬場宏治飼育支配人は「早く海に帰したいが、汚れた海でまたけがをしないか不安だ」と話す。
海洋ごみの多くは陸域由来とされるが、漁網やロープなどの使用済み漁具も一定数存在する。素材の多くはプラスチック繊維。分解されずに海中を漂い、リブのような被害を生む。
新たな“仲間”たち
高知県室戸市の「むろと廃校水族館」は昨年11月から、深刻化する海洋ごみ問題を風刺する展示で警鐘を鳴らしている。
「あたらしい海の仲間たち」として水槽に浮かぶのは、サメやウミガメの体内から見つかったレジ袋や釣り針、ガラスの破片などだ。「海洋汚染の深刻さがよく分かる」と、来場者から反響がある。
同館の若月元樹館長は昨年6月、室戸沖の定置網にかかった世界最大のウミガメ「オサガメ」の死骸を解剖し、体内からプラスチック製のレジ袋を発見した。
これはほんの一例に過ぎず、水族館で一時保護したサメやカメを観察していると、排出する便のほとんどに、人工のごみが混ざっているのだという。「体内からごみというと驚かれるが、今の海では珍しくない」と深刻さを語った。
プラごみ、陸から海から
環境省が令和元年、全国10カ所の海岸や沖合で行った海洋ごみの調査によると、漁網、ロープ、ポリ袋などの人工物が全体の6割以上に上り、中でもペットボトルが多数を占めた。松江市など日本海側では、外国語表記のボトルが6割以上。一方、兵庫県・淡路島など瀬戸内海近海では日本語表記のものが半数以上。島国の日本に、国内外で排出されたごみが漂着していることが分かる。
同省は毎年5月30日(ごみゼロの日)から6月8日(世界海洋デー)までを「海ごみゼロウィーク」と定め、海岸などでごみ拾い活動を推進。昨年はコロナ禍のため9月12日から1週間のみの実施となったが、約20万人が清掃に参加し、容量30キロのごみ袋で、可燃ごみ8万3220袋分、不燃ごみ4万9816袋分を回収した。この中には使用済みマスクや消毒シートといったコロナごみも多く確認されたという。
東京都内を拠点に河川ごみの清掃を行う「荒川クリーンエイド・フォーラム」のスタッフ、藤森夏幸さん(30)は「コロナ禍で遠出ができず、近場の河川敷でバーベキューをするなどレジャーを満喫した人たちのごみが海に流れ着いたのでは」と指摘した。
コロナの影響で、家庭ごみも増えている。東京23区のごみ処理施設を運営する「東京二十三区清掃一部事務組合」(千代田区)によると、緊急事態宣言が発令された昨年4月のごみは152万5532トンで、前年同期より1割近く増えた。宣言が解除されていた昨年12月も3%の増加だった。
ごみ撤去に補助金も
海洋ごみは、意図的に投棄されたものばかりではない。カナダの研究チームは今年1月、北極海の海水に化学繊維由来のマイクロプラスチックが大量に存在していると発表。化学繊維でつくられた衣類を家庭で洗濯した際の洗濯排水に極小の繊維が混入し、海に流れ込んでいると警告している。
まずは回収できるごみから対策を進めようと、環境省は昨年度、漁業中に網に引っかかった海洋ごみの撤去費を補助する事業をスタートさせた。今年度も昨年度と同じ約37億円の予算を組んでいる。
従来は国土交通省が主体となって海洋ごみを回収していたが、問題の深刻化を受け、清掃活動に当たる船の数を増やした。環境省海洋環境室の山下信室長は「より多くの漁業者の協力が期待できる。関係当局と連携をとりながら海洋環境を守っていきたい」と話した。
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