日本の民営鉄道初のネコ駅長「たま」で有名になった和歌山県北部の和歌山電鉄。一時は外国人観光客が急増したが、コロナ禍などで利用者が減少し、厳しい経営環境に直面している。そんな現状を打開しようと、和歌山電鉄は12月4日、三毛猫の名誉永久駅長「たま」をモチーフにした新車両「たま電車ミュージアム号」を投入する。沿線住民らと協力し、起死回生を図るための戦略「キシカイセイプロジェクト」の一環だ。
たま電車ミュージアム号は2両編成で、車体は高級感のある濃い茶色。車内には、半個室の「セミコンパートメント席」やドリンクなどを楽しめるショップのほか、トリックアート(だまし絵)など多彩な仕掛けを計画している。
デザインは、JR九州の豪華寝台列車「ななつ星in九州」なども手掛けた水戸岡鋭治さんが担当した。水戸岡さんは和歌山電鉄を運営する両備グループのデザイン顧問だ。
平成19年に投入した車両「おもちゃ電車」を改造する計画で、全面改装としては28年の「うめ星電車」以来約5年半ぶり。貴志川線(和歌山駅―貴志駅)で運行される。
三毛猫「たま」効果も…
新車両投入の背景には、経営環境の著しい〝浮き沈み〟がある。
もともと和歌山電鉄は、廃止の危機にひんしていた貴志川線を南海電鉄から事業継承し、18年に再出発している。
全国的に一躍有名になったきっかけは、19年の三毛猫の駅長「たま」の就任だ。
全国に広がった空前のネコブームの火付け役となり、国内だけでなく海外からも観光客が殺到。利用者数は17年度の約192万人から27年度は約232万人まで増えた。
ただ、その後、利用客は減少傾向に転じた。
そもそも沿線の通勤・通学者が減少していることに加え、台風被害にも見舞われて復旧費などが膨らみ、経営を圧迫。昨年以降は、コロナ禍による外出自粛が利用者減に追い打ちをかけた。
電鉄と連携して沿線活性化に取り組む、地元有志らでつくる「貴志川線の未来を〝つくる〟会」の木村幹生代表は「人を集めなければならないのに、集めてはいけないのが苦しかった」と振り返る。
「地方の交通に光を」
こうした厳しい経営環境を打開するため、電鉄が令和元年に始めたのが「キシカイセイプロジェクト」だった。起死回生の「キシ」と貴志川線の「キシ」をかけて命名した。
クイズラリーなどの集客イベントを実施したほか、「現状より約40万人多い年間250万人の利用が必要」として沿線住民らに購入を呼びかける「あと5回きっぷ」も販売。大人と子供のペアで1日乗り放題となる300円の切符「こどもと乗り放題きっぷ」も発売した。
今回の新車両も、そうした取り組みの一環で、改装費の一部に充てるためインターネットを通じて広く資金を集めるクラウドファンディングなども活用。最終的に計約1890万円を集めた。
「たま電車ミュージアム号が、地方の交通に光を与える新しい星になることを願います」と電鉄の小嶋光信社長。全面改装の作業も最終段階に入っており、電鉄の担当者は「新型コロナ対策を徹底して運行を始めるので、安心して和歌山に足を運んでほしい」と呼びかけている。(藤崎真生)