東京五輪・パラリンピックを今夏に控え、警備員の多くの需要が見込まれる中、高い専門知識と豊富な経験を要する国家資格「警備員指導教育責任者」を未経験者が不正に取得している実態が明らかになった。背景にあるのは、資格取得時の審査の甘さと警備業界の慢性的な人手不足。こうした不正が横行すれば、警備の現場に混乱が生じる恐れもあるだけに「運用方法を再考する必要がある」との声も上がっている。(木下未希)
未経験者の経歴偽り
「法律が甘いので、(経歴を)偽ってもばれることはないと思っていた」
昨年11月、未経験者にこの資格を不正取得させたとして、大阪府警に警備業法違反容疑などで書類送検された警備会社代表取締役の女(40)は、調べに対しこう供述した。
きっかけは、あるベテラン社員が高齢を理由に退職を申し出たことだった。女は「補充を探したが、代わりが見つからなかった」として、母(69)に代役を務めてもらおうと画策。母は警備員としての経験が皆無だったが、虚偽の証明書を警察署に提出し「指導教育責任者」資格の交付を受けたという。
性善説をもとに
指導教育責任者は、護身用具の取り扱いや事故発生時の対応など、警備員の指導教育や監督を行う専門的な役職で、事業者は営業所ごとに配置する必要がある。高い専門知識と技能が求められるため、「過去5年間で3年以上、警備業務に従事する」ことが資格取得の条件となっている。
だが、今回発覚した事件について「氷山の一角」と見る向きもある。府警は平成28年にも、経歴を偽って指導教育責任者資格の交付を受けたとして、警備会社の代表取締役と社員の男2人を書類送検している。捜査関係者は「発覚していないだけで、不正がはびこっている可能性も否めない」と指摘する。
背景には審査の甘さがある。資格取得の際は警備業の従事期間を記載した書類を提出するが、他に必要なのは保証人の名前だけで、記載事項を証明する書類などは不要という。業界関係者は「『書類に書かれた内容は正しい』という性善説をもとに形式的要件をチェックするだけで、虚偽を見抜くのは難しい」と明かす。
高齢化と人手不足
さらに警備業界を取り巻く環境も、不正を助長している要因といえそうだ。
警察庁によると、警備員の数は近年微増傾向にあり、令和元年12月末時点で57万727人。ただ、「『体力的に厳しそう』というイメージから若者離れが加速し、高齢化が進んでいる」(業界関係者)といい、65歳以上が3割超を占める。
昨春以降は新型コロナウイルス感染拡大でめっきり減ったが、近年はインバウンド(訪日外国人客)の増加などから警備員の需要が高まっている。業界関係者によると、「数年前から慢性的な人手不足が続いている」といい、警備会社が今回のような不正に手を染めるケースもある。
人々の安全な暮らしを守るために欠かせない警備員。全国警備業協会によると、日本で最初に脚光を浴びたのは、前回の東京五輪が開催された昭和39年ごろだ。当時は高度経済成長期の真っただ中とあって、警備業界も急速に発展。現在はスーパーや事務所の施設警備のほか、現金輸送車や交通誘導の警備など幅広い分野で活躍している。
2度目の東京五輪を前に一層の需要増が見込まれる中、捜査関係者は「要件のない人が指導教育を行っているとしたら、現場に著しい質の低下を招く危険がある。審査のさらなる厳格さが求められる」と話している。
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