新型コロナウイルスの感染拡大が長期化し、在宅勤務を導入する企業が増える中で、社員同士のコミュニケーションの充実を図る「1(ワン)オン1(ワン)ミーティング」という手法に注目が集まっている。社内のコミュニケーションを円滑にするだけでなく、イノベーション(技術革新)を起こしやすくするほか、従業員のつなぎ留めなど、日本企業が抱える課題の解決にも役立つとされ、導入を検討する企業が増えそうだ。
1オン1は上司と部下が1対1で定期的に面談を行うもので、米シリコンバレーのIT企業の間で始まった。現地ではすでに一般的な文化として根付いており、日本では平成24年にヤフーが導入して注目を集め、近年は総務省や金融庁などの省庁も導入し始めている。
目標管理制度の面接と違うのは、面談を行う頻度が1、2週間に1回程度と多いことに加え、趣味やプライベートについても話題にする点だ。コロナ禍の在宅勤務で社内のコミュニケーションが希薄になったことでも改めて注目された。人材・組織コンサルタント会社のリクルートマネジメントソリューションズによると、同社の1オン1に関する研修や申込件数は今年の10、11月の2カ月間だけで、前年度下半期の6カ月間の実績の1・8倍あったという。
ただ、1オン1は単にコミュニケーションを円滑にすることだけを目的としたものではない。1オン1の導入支援を行うシンク・アンド・ダイアログの富岡洋平社長は「上司と部下の対話の中で企業文化を変え、自発的に物事を考え行動する社員を育てることが本来の目的だ」と指摘する。
社会のデジタル化や価値観の多様化などで、多くの企業が従来のビジネスモデルに行き詰まりを感じている。こうした状況では、企業も新たな発想で変革することが必要だが、「上司が部下を管理し、指示・命令をするという従来の関係性だけでは新たなアイデアは生まれにくい」(富岡氏)のだという。
1オン1は部下が上司に提案しやすい環境を作り出すためのツールで、変化の激しいIT企業などがこぞって導入する背景もここにある。そこで1オン1をする際は、上司は聞き役となり、部下から新たな挑戦やアイデアを引き出すような対話を行うことになる。
富岡氏によると、その際、「仕事」ではなく、部下の「人生」という視点に立って向き合うことが重要になってくるという。人にはそれぞれの人生で(1)やりたいこと(2)得意なこと(3)やるべきだと思っていること-がある。部下からこうした思いを引き出し、仕事に当てはめると、命令や指示がなくても自発的に行動する人材へと育っていくのだという。
実際に富岡氏の支援を受けて6月から1オン1を導入した大手損害保険のSOMPOホールディングスで行われている面談を見せてもらった。
協力してくれたのは、経営企画部の平野友輔特命部長と部下の難波克彰課長。平野部長が最近の出来事などを聞くと、難波課長からは「家族にミルフィーユ鍋を作りました」「町内会で役員をやることになったんです」などといったエピソードが飛び出した。難波課長にとって家族や仲間と関わることは、会社や社会との関わりと同様に大切な人生の意味。いわば「使命(ミッション)」だ。
平野部長はこうした難波課長の思いを理解したうえで、話題を今後のことに切り替える。「次に挑戦したいことは」と問いかけると、難波課長の口から「グループのブランディングも考えたい」と仕事面での前向きな発言が出た。
こうした1オン1で重要な要素に「心理的安全性」がある。不安を感じることなく、安心して発言・行動できる雰囲気のことで、米グーグルが重視していることでも知られる。
難波課長は1オン1導入から数カ月、平野部長とプライベートな事柄まで語り合ったことで「心理的安全性が確保された」と話す。一方の平野部長は社内ではこわもてのイメージが強く、部下が話しかけづらい一面もあったが、1オン1を機に、部下がこれまでにないような提案をしてくるようになったという。
もちろん1オン1には時間も手間もかかるという欠点がある。上司が部下の人生観を受け入れないまま1オン1を繰り返せば、上司の考えを押し付けるだけの場にもなりかねない。企業が1オン1を使いこなすには、制度や個人のスキルを高めるための試行錯誤も必要となりそうだ。
1オン1は総務省も昨年度、27の部署で試験導入を開始。同省のアンケートに回答した85%が今後も継続を求めるなど、多くが前向きに捉えている。ただ、業務が多忙な中で目安としていた月2回の実施が困難な状況も課題として浮き彫りとなった。
総務省での1オン1は、月に1回、15~20分程度実施したケースが多かったという。上司も部下も継続して実施した方がいいという回答が多く、「コミュニケーションの円滑化」や「上司に相談しやすくなった」などといった効果を実感する声が多かった。
一方で「業務が忙しいときは負担に感じる」「上司の身の上話と説法だけで終わることも多かった」といった意見もあった。(経済本部 蕎麦谷里志)
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