ヴィーガンというと日本ではあまり定着していないが、海外では音楽やストリート・カルチャーと結びついたライフスタイルである。ヴィーガンであることを公言するアーティストやヴィーガンを前面に打ち出したバンドもいるし、動物性の素材を使わないデザイナーやスケート・ブランドだって存在する。
ヴィーガンは動物性食品を食べないし、食べ物や衣服などの動物性製品のために動物への残虐行為や動物の搾取を取り入れないようにする生き方である。今の時代、持続可能な社会を考える時に、たとえその一部であったとしても、ヴィーガンを取り入れるのは有効ではないだろうか。
ハードコアという音楽カルチャーを通じてヴィーガンに目覚めた山口博久。自らもハードコア・バンドのギタリストとして国内外で活動中なのだが、数々のヴィーガンの飲食店や企業のメニュー/商品などを開発してきたヴィーガン・フードのディレクターでもある。山口博久にヴィーガンと音楽、これまで手がけてきた仕事、今のヴィーガンの状況などを語っていただいた。
山口博久に聞く、ヴィーガンと音楽カルチャーの影響と今
ー山口さんがヴィーガンに興味を持ったきっかけは?
山口:ハードコアの音楽からですね。僕は自分でもハードコア・バンドのギターをやってるんですけど、パンク、ハードコアのシーンにはクリシュナだったり、ストレート・エッジだったり、ヴィーガンだったりと音楽を通して思想を持つ人が多いんです。2001年9月に当時僕がいたバンド、endzweckでアメリカ・ツアーに行った時に、ちょうど911の同時多発テロが起こってしまい、ハワイに緊急着陸したんです。3日後にはサンフランシスコに到着しましたが、一緒に回るバンドはすでにツアーで出てて、ツアーには参加できなかったのですが、Punchのダンが急遽ブッキングしてくれて、バークレーの924 Gilman StreetでTragedyと共演することができたんです。そのあと2005年に二度目のアメリカ・ツアーに出るんですが、その時一緒に回ったComadreだったり、世話をしてくれたPunchやPortraits Of Pastのメンバーだったり、アメリカ・ツアーで知り合った仲間の中にヴィーガンのライフスタイルを送っている人たちがとても多くて。みんなとても親切で素晴らしい人格者だったので、僕も彼らみたいになりたいなっていうところからヴィーガンに興味を持ち始めました。
ーヴィーガンの食事を提供する仕事に就こうと思ったのは?
山口:アメリカ・ツアーで知り合ったバンドたちと日本をツアーすることになった時に、ツアー中ヴィーガンのメンバーの食事にとても困ったんです。Punchのダンに「僕らが食べられるような店をおまえが作ってくれよ」って言われたことがずっと心に残っていたので、海外から日本に来たヴィーガンのバンド・メンバーたちが食事に困らないようにしてあげたいという思いから、仕事にしていこうと思いました。
ーヴィーガン・レストランのAIN SOPH.のシェフをやられていましたよね。
山口:AIN SOPH.のオーナーと知り合って、将来的に自分が食べたいようなハンバーガーやジャンクフードをメインにしたヴィーガンのお店をやりたいって話をした時に、じゃあ勉強がてら働いてみないか?って言われて。AIN SOPH.GINZAで働き始め、料理長になり、メニューの開発もするようになりました。そこから5年間働いた後に、自分のやりたいお店を形にする機会が訪れて。新宿歌舞伎町にAIN SOPH.rippleをオープンしました。お店のメニューもイメージも全部僕がやらせてもらって。最初は「何でこんな場所に店を出したの?」って周りから言われたんですけど、オープンしたら海外の人たちがたくさん来てくれるようになりましたね。元々、海外の人たちに食べてもらいたいっていうコンセプトはあったので、歌舞伎町にあるほぼ全部のホテルにビラを配りに行って、コンシェルジュの人に「ヴィーガン対応の食事の案内に困っていませんか?」って聞いて回ったら、どこも困ってるって言われたので、これはイケると思いましたね。
ヴィーガンになる人はどのような入口の人が多いのか?
ーAIN SOPH.を辞めて、2018年1月から株式会社みんなのごはんのディレクターを務めましたが、そこではどういう仕事を手がけましたか?
山口:僕はもう今は辞めてしまいましたが、友達と立ち上げたベンチャーの会社です。主に企業向けのヴィーガンのレシピ開発やコンサルティングをする会社です。そこではJALの機内食のヴィーガン・ミールのメニュー開発を手がけました。あとは、SHARP ヘルシオの宅配ミールキット・ヴィーガン・メニューの開発、DENSOの社食のヴィーガン・メニュー開発、BOTANIST cafeのヴィーガン・メニュー開発、広尾のヴィーガン・カフェのSwell Bowlsのメニュー開発もやりました。石井食品とはイシイのミートボールのヴィーガン・ミートボールを最初の段階から共同開発したんですよ。もうすぐ市販されると思うんですけど、けっこう良いのが出来たと思います。
ー今一番やりたいことは?
山口:ヴィーガンがストリート・カルチャーの中の一部として音楽、ファッションとリンクしていけるような仕事をしていきたいです。例えば来日アーティストのバックヤードのフード提供だとか、ツアーのパーソナル・シェフもやってみたいですね。アパレル関係とのコラボとか。
ーこれまでに音楽カルチャーと絡んだことは?
山口:Veggies Nowっていうケータリングを10年くらい前からやっていて、ヴィーガンのメンバーがいる海外からのアーティストが多数出演するようなBLOODAXE FESTIVAL、PUMP UP THE VOLUME FESTIVALといったイベントやフェスに出店したことはあります。10月にはTAMASONICというパンクのフェスにも出店しました。TAMASONICは元々スーサイド・マシーンズが出演するはずだったんですが、台風の影響で出れなくなって。スーサイド・マシーンズのメンバーがヴィーガンなので、ヴィーガンの食事を希望してたんですよ。
ーヴィーガンになる人はどのような入口の人が多いんでしょうか?
山口:さまざまな入口の人がいるとは思うんですよ。環境問題、動物愛護、自身の健康、あとは宗教や思想もありますね。大まかに分けるとその4つの入口で入ってくる人が多いです。
ーヴィーガンの良さとは?
山口:環境に負荷がかからないという部分では、少なからず良いとは思います。それをやれば変わるのか?っていうのは仮説の部分もありますが、地球上で生物同士が共存していく上での倫理観的には必要なことではないかと。あとは、クリアなものを身体に入れることで、日々の生活スタイルも精神的にクリアになっていく部分はあるのかなとは思います。よく言われてるのが、寝起きが良くなるとかありますね。それには消化の影響もあって、昼ごはんを食べた後に眠くなったりするのも、消化するのに体内でエネルギーを使うからなんです。肉と比較すると野菜の方が消化に使うエネルギーの負荷が少ないということらしいんです。でも人それぞれに合う食事、合わない食事っていうのはあるので、一概には言えないんですけど。
<ヴィーガンを公言しているアーティストたち>
アリアナ・グランデ
2013年にヘルシー食ブームの流れで、プラントベースト・ダイエット(菜食中心の食事法)を始めたアリアナ。2014年のMirrorでは、「私は人間よりも動物が好きなのよ。冗談じゃなくてね。私はプラントベースト・ダイエット、ホールフーズ・ダイエット(食べ物を可能な限り丸ごと、野菜なら皮ごと、穀物なら玄米や全粒粉で食すこと)の食事を信じているの。実践すれば寿命も長くなるし、人間としてもよりハッピーな人になれると思うから」と語っている。
Photo by Kevin Mazur/Getty Images for Billboard
ビリー・アイリッシュ
ヴィーガンである彼女は、2019年6月14日のインスタの投稿で話題を呼んでいる。インディアナ州最大の酪農業者、フェア・オークス・ファームによる飼育動物たちへの虐待行為に対しての投稿で、虐待行為の証拠動画をシェアした上で、「どんな人でも自分の好きなものを食べればいいと思っているから、こういうことには口を閉ざしてきたの。でも、自分の楽しみのためだけに、拷問を受けた動物を文字通り食べて、自分たちが何とも思わないのだとしたら、あなたのことを残念に思うわ。肉が美味しいのはわかる。だけど、自分一人だけじゃ何も変わらないと思ってるのだとしたら、それは無知だし、愚かなことよ」と書いている。
Photo by Emma McIntyre/Getty Images for LACMA
エイサップ・ロッキー
スウェーデンで暴行容疑で拘束されていたNYのラッパーが、釈放後初めてリリースしたシングル「Babushka Boi」のヴァースで、「クソ、ダック・ソースなんてゴメンだよ、だって俺はヴィーガンになったんだから」と歌っている。2011年にペスクタリアン(魚介類、乳製品、卵は食べるベジタリアン)になった彼は、Rolling Stoneでも、肉食をやめたことで「自分のマインド、身体、魂がクリーンになった」と語り、2012年のComplexでは、薬やステロイドを投入され、ストレスを抱えた飼育動物を食べて、自分の身体に取り入れるのはヘルシーなことではないと語っている。
Photo by Peter White/Getty Images
モリッシー
11歳で肉食をやめたモリッシーは、それこそ1985年には自分のバンド、ザ・スミスのアルバム・タイトルを『Meat is Murder』(「肉食とは殺戮」という意味)にしているくらいで、アニマルライツ運動の先駆者でもある。2018年のブログサイト「Tremr」のインタビューでも、「僕は動物を食べない。鳥も、魚も食べない。自分のことをヴィーガンやベジタリアンや肉食といった型にはめてもいない。僕は僕でしかないからね。母親がいる生き物は食べないっていうこと。当たり前のことさ」と語っている。
Photo by David J Hogan/Getty Images
ポール・マッカートニー
元ビートルズのロック界のレジェンドは、1975年から肉を食べていないという。2017年には「One Day a Week」という映像を公開して、月曜日はヴィーガン料理を食べようというキャンペーン「MeetFreeMonday」を始めている。このフィルムは国連による気候変動に関する会議(COP 23)の開催に合わせて公開されたもので、ポール曰く、「みんなで力を合わせれば、環境を良いものにすることができるし、気候変動に与えるネガティブな影響を減らすこともできるし、その上、自分たちの健康も改善することができるんだ」とのこと。
Photo by Karwai Tang/WireImage
海外のヴィーガンのシーンと日本のシーンの違い
ー海外のヴィーガンのシーンを見て思うことはありますか?
山口:海外は日本と比べると個人の選択の自由が多いと思います。ヴィーガンのライフスタイルを送ってる人も、送ってない人も、一緒の空間にいても違和感がないし、同じテーブルを囲んでいても、ヴィーガンの人もそうじゃない人も、一緒になって食事ができてる。普通の店に行っても、ヴィーガン・フレンドリーっていうのがあって、ヴィーガン・メニューが選べるんです。今はハンバーガー屋に行っても何種類かヴィーガン・バーガーがあるし、そのクオリティも高いんですよ。海外の代替食品の市場はスゴく大きくなってきていて、ハンバーガーのヴィーガンのパテにしても、ビヨンド・ミート、インポッシブル・バーガーは普通のハンバーガーと変わらないクオリティで、普通の人でも美味しく食べられます。
ー海外にあって日本に足りないと感じるものは?
山口:海外はストリート・カルチャーの中にヴィーガンのカルチャーが浸透してるなとは感じますね。だから若者がヴィーガンやベジタリアンのカルチャーに触れる機会がスゴく身近なんです。ライブ会場に行ってもヴィーガンのご飯が常にありますよ。そういう中に厳格に訴えてる人たちも、そうじゃないカジュアルな人たちもたくさんいるっていうのが、たぶん若者たちにも浸透しやすい理由の一つになってるんじゃないですかね。日本でももっとフレキシブルな人が増えればいいんじゃないかなと思います。そうすればヴィーガンとそうじゃない人たちの間の垣根も低くなって、もっとヴィーガン・カルチャーに興味を持ってもらえますからね。
ー普通の人にとって、ヴィーガンはハードルが高く見えるんですかね?
山口:たぶんそうだと思います。一般の人にそういうワードを出しただけで毛嫌いされることがありますから。攻撃的で厳格な印象が強いので、一方的に押し付けられるイメージはありますよね。あとは日本でヴィーガンの人が外食をしようと思うと、表参道辺りに行かない限り、まともなヴィーガンの食事を見つけることは困難ですから。みんなで食事に行く際に、一人だけヴィーガンだとその場がしらけるようなことにもなりますしね。海外のようにライフスタイルが多様化してくると、その辺の認知も変わってくるのかなとは思います。ヴィーガンの需要がないから一般のお店が取り入れにくいのか、ヴィーガン・メニューを取り入れる店が増えるとそういう人が増えるのか、どちらが先なのかはわからないですけど。
ー日常生活でお手軽にできるヴィーガン料理を教えてください。
山口:僕はパスタが好きなので、一番簡単なのは、フライパンにオリーブオイルとニンニクを炒めて。そこに冷蔵庫にある残りものの野菜を何でもいいから加えて炒めて、白ワインでも入れて、そこに茹でたパスタを絡めるだけで、オイルベース・パスタの出来上がりです。トマトソース・ベースなら、そこにトマト缶を入れて。クリーム系にしたかったら、豆乳を使ってもいいですし、アーモンドミルクがあれば、アーモンドミルクの方が分離しないので調理しやすいです。キノコを炒めてアーモンドミルクと絡めれば、キノコのクリームパスタの出来上がりです。
ー今まで食べたヴィーガン料理でスゴく美味しかったものは?
山口:ヴィーガン料理には、ソイミートなどを使った肉に似せる料理と、元々肉を使わないで完結している料理の2パターンがあるんです。僕が好きなのは、昔からイスラエルにあるファラフェルっていうひよこ豆のコロッケをピタパンで挟んで、ひよこ豆のソースをかけたファストフードですね。そもそも肉などの動物性のものが入ってないし、あえて肉っぽさの再現の必要がないので、普通の人でも違和感なく食べられます。肉に寄せようと思っていろいろアレンジしても結局、肉のシズル感というか旨味はさすがに超えられないので、ファラフェルのように、元々肉を使わないで完結して出来ている料理はやはり美味しいですね。
山口博久のバンド経歴
Endzweck
ギター。1998年に加入。2枚のミニアルバム、5枚のフルアルバムをリリースし、約1000本近くのライブと、ヨーロッパ、アジア、アメリカなど12カ国の海外ツアーを敢行し、2019年脱退。
ILL COMMUNICATION
ヴォーカル。2006年MY LOVEとして結成。2007年MY LOVE名義でCentral Plaza recordsからEPをリリース。2010年Cosmic Noteからフルアルバムをリリース。2012年解散。
Stand United
ギター。2012年東京Straight Edgeを掲げ結成。アメリカのSix Feet Under Recordsから7インチをリリース。2014年にボストンのAmericas Hardcore Festに出演し、2015年にはシアトルで行われたUSハードコア・フェス、RAINFESTに出演。
現在はStand United で活動中。
Instagram: @standunitedtyo
山口博久がヴィーガンの影響を受けたバンドまたはアルバム
Youth Of Today『Were Not in This Alone』
音楽も思想もとても影響を受けたバンド。このアルバムの「No More」という曲が肉食に対する問題提起の歌で、MVも面白くて、ハンバーガーを食べている人が「僕にはもうコレは必要ない」ってゴミ箱に捨てるっていう内容になっています。
可燃引火『靴と僕』
ベジタリアニズムや、クリシュナ意識を元にした日本語詞に、ストレートなユースクルーの楽曲を反映させたスタイルに当時衝撃を受けたのを覚えています。
Earth Crisis『All Out War』
地球環境、アニマルライツについて怒っている強烈な歌詞で、インナージャケットの写真を見ても強面の人たちだったのですが、Earth Crisisが出演するフェスで僕がフード出店をしていて、食べてもらう機会があったんですが、とても優しい人柄でした(笑)。
山口博久オススメの店
FALAFEL BROTHERS
Ebisu
東京都渋谷区広尾1丁目1-36
TEL: 03-6427-3398
Roppongi
東京都港区六本木5丁目1-10
AIN SOPH.ripple
東京都新宿区歌舞伎町2-46-8 日章ビル1F
TEL: 03-6380-3205
NATARAJ