cat_3_issue_oa-rallys oa-rallys_0_23ea6103de10_【水谷隼#4】「卓球年収1億円時代」の到来間近 水谷が年俸を赤裸々に語る理由 23ea6103de10 23ea6103de10 【水谷隼#4】「卓球年収1億円時代」の到来間近 水谷が年俸を赤裸々に語る理由 oa-rallys 0

【水谷隼#4】「卓球年収1億円時代」の到来間近 水谷が年俸を赤裸々に語る理由

写真:水谷隼/撮影:伊藤圭
「若手は飢えていてほしい」と日本卓球界の若手に活を入れる水谷隼。では本人が「一番飢えていた頃」はいつなのか。「一番つらかった」というロシア時代を紐解くと、水谷は驚きの年俸額について明かしてくれた。

「億超え」の真相

水谷が「一番変わった」と振り返るのがロシア時代での活躍だ。2013年から2017年までロシアリーグでプレーしたが、「あの時代が一番つらかった」と振り返る。
「まず言葉が通じないし、食事もね。それに移動距離だってハンパじゃない。当時、テニスの錦織(圭)が世界で一番移動してるっていうのをテレビでやってたんですけど、絶対僕だったんじゃないかっていうくらい。試合のたびにフライトで、日本とロシア、T2のマレーシアの3カ国をぐるぐる移動していましたから」

写真:水谷隼/撮影:伊藤圭
だが、北の地での孤軍奮闘は報われた。ロシアリーグでのUMMCでは全勝優勝、オレンブルグではヨーロッパチャンピオンズリーグで優勝という輝かしい実績を残した。「(2017年の)オレンブルクの頃からかなぁ。実は年俸は1億円を超えました」と打ち明ける。
実は水谷が卓球で飯を食っていくと決めた時から、目標に定めていたのが「億超え」だった。「ロシアとかで他の人の年俸聞くと1億超えてる選手がいるんですよ。たぶん海外だったらボルとかオフチャロフとかサムソノフとか。中国にもたぶん1億超えの選手はたくさんいる。日本でも最近の若手は増えてきているんじゃないでしょうか」
水谷が示唆するのは「卓球選手年収1億円時代」の到来だ。
水谷自身、過去のTV番組で、貯金が1億あると発言し話題になったが、「実はそれも少なめに言ったほうなんですよ」とこっそりと明かしてくれた。「一度、億を超えて以降はコンスタントに維持しています」というから驚きだ。
いい車に乗って、高級なレストランに行きたい。そんな欲があるわけではない。「ただ口座の数値ががーっと上がっていくだけ。じゃあ翌年はその数値を落とさないように頑張ろうって思うだけです」。自分がどれくらいニーズのある選手なのか、それを測る一番わかりやすい指標が年俸だっただけだ。

ベースが上がった卓球選手の年俸

スポーツの業界では、スタープレーヤーが誕生すると業界全体の活性化につながるのは事実だ。かつてはプロ野球界で、落合博満が「日本人初の1億円超え」プレーヤーになり、その後の選手たちの年俸に影響を与えたのは有名な話だ。自分が率先して業界を活気づける、水谷もそれを意識している。

写真:水谷隼/撮影:伊藤圭
「自分が納得する契約をさせてもらえることで、今は卓球界自体がかなり給料のベースが上がってきてると思いますね。10年前、僕は全日本で優勝して、ある程度活躍してたんですけど、そのときの給料は、今で言えば、ナショナルチームの中堅くらいの選手と同じくらいですから」。
自身が切り拓いたキャリアに続くように、若手たちが続々と台頭している。Tリーグも開幕し、今や、「卓球一本」で食っていくことは不可能ではなくなった。だからこそ「もっと貪欲になってほしい」と水谷は指摘する。「卓球で食っていくことが本当に現実的になってきた。1億円だって夢じゃない。そう考えると、Tリーグができたことは本当にプラスなこと。ロシア時代と比べると本当にありがたい環境ができた。でも、だからこそ貪欲に世界を見据えてほしいんですよ」と語る。

世界を知る男は自らの将来をどう考えているのか。2020年の「その先」をぶつけてみた。(続く)

文:武田鼎(ラリーズ編集部)

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cat_3_issue_oa-rallys oa-rallys_0_1273ae29ff6b_【卓球・安藤みなみ】「福原愛さんに憧れて」 地元名古屋から世界目指す 1273ae29ff6b 1273ae29ff6b 【卓球・安藤みなみ】「福原愛さんに憧れて」 地元名古屋から世界目指す oa-rallys 0

【卓球・安藤みなみ】「福原愛さんに憧れて」 地元名古屋から世界目指す

写真:安藤みなみ(トップおとめピンポンズ名古屋)/撮影:ラリーズ編集部
Tリーグのファーストシーズンが終わった。日本の「卓球新リーグ」の開幕に、選手はひとりひとり特別な思いを持って臨んだことだろう。
「声がかかったとき、迷わず出たいと思った」自らの参戦をそう振り返るトップおとめピンポンズ名古屋の安藤みなみを取材した。
安藤みなみと言えば、2017年の全日本選手権にて伊藤美誠を破り、また同年の大学生選手権では、シングルス、ダブルスの2冠を達成。今年3月に行われたジャパントップ12にも出場した。変化に富んだバック面からの攻撃など、福原愛にも共通するプレースタイルが持ち味だ。そんな日本を代表するトッププレイヤー・安藤の強さのルーツに迫った。
――卓球を始めたきっかけを教えてください。
お母さんとお兄ちゃんが卓球をやっていて、楽しそうだと思ったのがきっかけです。幼稚園の年長くらいだったと思います。そこから知らないうちに本気になっていました。負けず嫌いだったので(笑)。お母さんとお兄ちゃんは今も卓球を続けています。
――卓球をしていて一番楽しかったのはどんな時ですか?
やっぱり大学に入ってからですかね。卓球そのものが楽しかったのはもちろん、卓球以外の遊びや友達との付き合いもバランスがとれていて楽しかったです。結果を出せていたのも大きいと思います。
――2017年は、全日本選手権で伊藤美誠選手に勝ち、また大学生選手権ではシングルス、ダブルスの2冠を達成しました。大学の環境が良かったことも勝因のひとつだったのでしょうか。
はい、大学の指導者の方にはたくさん細かく指導していただきました。練習中うまくいかないとイライラしているときもあり、後輩は私と練習するのが嫌だったかもしれませんが、そんなところも支えてもらって練習ができたのは、すごく恵まれていたと思います。

家族、地元の応援に感謝

――周囲に支えられてここまで強くなったという安藤選手ですが、Tリーグに参戦した時まわりの反応はいかがでしたか?
Tリーグができることは聞いていたんですが、自分が参戦できると思っていなかったので、まずは自分が一番おどろきました。お声をかけていただいた時、迷わず出たいと思って家族に話すと、家族もすごく喜んでくれました。そして地元のチームなので、リーグが始まると、親戚や地域の方々がたくさん見にきてくれました。
――いまやプロの卓球選手として日本中の注目を集めていますね。挫折や辛かった時期などはあったんでしょうか?
中学校では寮生活をしながら厳しい環境で練習していて、結果が残せなかったりと辛い時期もありました。でも、そこでの経験で心が強くなりましたし、自分にとっては大事な時期だったかなと思っています。
――その経験があるから、より環境の大切さを感じているんですね。今のチームの環境や、プロ選手としての生活は、ファーストシーズンを振り返っていかがですか?
まずチームの雰囲気ですが、すごく優しい人が多くて良いと思います。選手としての生活は、今までと違って卓球してお金をもらうので、簡単には負けられないし、のびのびと試合することは少なくなったかもしれません。でも、そこで勝っていかないとさらに強くはなれないと思っています。

写真:安藤みなみ(トップおとめピンポンズ名古屋)/撮影:ラリーズ編集部
――更なる成長を目指す安藤選手ですが、憧れの選手はいますか?2019年の抱負についても教えてください。
ずっと福原愛さんに憧れています。2019年はワールドツアーに参加させていただくので、もっと順位を上げていきたいですね。他には、社会人になるので、もっと自覚を持って大人な女性になれるようにしたいな、と思っています。
――福原愛さんとはプレースタイルも共通点がありますね。選手としても大人の女性としても、これから先がたのしみですね。日々卓球に専念されているかと思いますが、好きな食べ物や勝負飯、その他好きなものについて教えていただけますか?
好きな食べ物は、ステーキとキャラメルとリンドールのチョコです。勝負飯は特にないのですが、Tリーグで二連勝したときは二日続けてヒレかつを食べていました。あとは、GENERATIONSの片寄涼太さんがダントツで大好きです(笑)
最後は「いつもありがとうございます。これからも応援をよろしくお願いします!」とファンへの感謝の言葉で締め括った安藤みなみ。卓球選手としても大人の女性としても、ますます成長し続け輝きを増していく安藤みなみに、引き続き注目したい。
文:大塚沙央里(ラリーズ編集部)

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cat_3_issue_oa-rallys oa-rallys_0_02a80ee9d270_【卓球】「綾瀬はるかさんと同じ」平野早矢香さん誕生日 “卓球の鬼”も笑顔のサプライズとは 02a80ee9d270 02a80ee9d270 【卓球】「綾瀬はるかさんと同じ」平野早矢香さん誕生日 “卓球の鬼”も笑顔のサプライズとは oa-rallys 0

【卓球】「綾瀬はるかさんと同じ」平野早矢香さん誕生日 “卓球の鬼”も笑顔のサプライズとは

写真:平野早矢香さん/撮影:ラリーズ編集部
3月24日、平野早矢香さんが誕生日を迎え、各方面から祝福を受けている。平野自身も25日にインスタグラムを更新、17日に行われたTリーグファイナルで、テレビ東京から一足早くサプライズでお祝いされたことを明かした。
投稿には、サプライズでプレゼントされた特製のケーキを手にした平野と、共演者の武井壮さん、鷲見玲奈アナウンサーで映るスリーショットが。「今から打ち合わせ〜というところでびっくりしてる私(笑)」という文章とともに、サプライズでの豪華なお祝いに満面の笑顔を見せた。
ハッシュタグも多くつけられており、綾瀬はるかさんと同じ誕生日であることを「唯一の自慢」と告白するなど、“卓球の鬼”のお茶目な一面を覗かせた。

卓球教室では薔薇の花束のプレゼント

プレゼントを紹介

(※「羽鳥慎一モーニングショー」の放送は3月26日に放送済み)
文:ラリーズ編集部

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cat_3_issue_oa-rallys oa-rallys_0_d0543fc5c91d_ドライブ主戦型 d0543fc5c91d d0543fc5c91d ドライブ主戦型 oa-rallys 0

ドライブ主戦型

2019年3月27日 11:11 Rallys

スピンをかけて攻める現代卓球の王道スタイル。裏ソフトラバーを貼り、ボールに前進回転をかける「ドライブ」を軸に戦う。Tリーグではドライブ主戦型のダイナミックかつスピーディーな打ち合いに注目だ。

主な選手

張本 智和(木下マイスター東京)
水谷 隼(木下マイスター東京)
黄 鎮廷(T.T彩たま)
戸上 隼輔(T.T彩たま)
吉田 雅己(岡山リベッツ)
陳 建安(琉球アスティーダ)
張本 美和(木下アビエル神奈川)
袁 雪嬌(木下アビエル神奈川)
鈴木 李茄(トップおとめピンポンズ名古屋)
鄭 怡静(トップおとめピンポンズ名古屋)
平野 美宇(日本生命レッドエルフ)
李 皓晴(日本ペイントマレッツ)

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cat_3_issue_oa-rallys oa-rallys_0_9569c8b68fdf_【卓球】森薗、大島、吉村兄弟ら5名が予選2日目へ進出<カタールOP> 9569c8b68fdf 9569c8b68fdf 【卓球】森薗、大島、吉村兄弟ら5名が予選2日目へ進出<カタールOP> oa-rallys 0

【卓球】森薗、大島、吉村兄弟ら5名が予選2日目へ進出<カタールOP>

写真:森薗政崇(岡山リベッツ)/提供:ittfworld
<ITTFワールドツアープラチナ カタールオープン(ドーハ) 2019年3月26日~3月31日>
26日、2019年最初のワールドツアープラチナ大会であるカタールオープンが開幕。大会初日は男女シングルスの予選トーナメント2回戦までが行われた。今大会は非常にハイレベルで、多くの日本選手が予選から出場している。
男子シングルスは、11人の日本選手が予選2回戦から登場。そのうち大島祐哉(3月世界ランキング31位・25歳)=木下グループ=、森薗政崇(同45位・23歳)=岡山リベッツ=、吉村和弘(同59位・22歳)=愛知工業大=、吉田雅己(同97位・24歳)=岡山リベッツ=、吉村真晴(同26位・25歳)=名古屋ダイハツ=の5名が27日の予選3回戦に進出した。
吉田雅己は初戦、松平健太(同55位・27歳)=木下グループ=との対戦が組まれた。吉田はこの日本人対決を4-1で勝利し駒を進めている。吉村真晴は金東賢(同96位・24歳)=韓国=との対戦。3-3までもつれたこの試合は、吉村が12-10で最終ゲームをもぎ取り勝利を決めた。

木造、上田はフルゲームの接戦も一歩及ばず

木造勇人(同252位・19歳)=愛知工業大=はフランスのエース、シモン・ゴジ(同32位・24歳)との対戦で、元世界ランキング8位の強敵に対して3-3まで食らいつくが、最終ゲームは12-14で惜しくも敗れた。上田仁(同29位・27歳)=岡山リベッツ=はサミュエル・ウォーカー(同93位・23歳)=イングランド=を3-1まで追い詰めるが、その後3ゲーム連取され、逆転負けを喫した。

カタールOP1日目 日本男子選手の結果

<男子シングルス 予選2回戦>
○大島祐哉 4-1 徐賢徳(韓国)
11-6/6-11/11-6/11-7/11-8
○吉村和弘 4-2 CASSIN Alexandre(フランス)
11-8/11-6/7-11/13-15/11-7/11-7
○森薗政崇 4-0 PENG Wang-Wei(チャイニーズタイペイ)
14-12/11-4/11-4/14-12
宇田幸矢 1-4 ○FLORE Tristan(フランス)
12-10/11-13/7-11/4-11/9-11
及川瑞基 1-4 ○PARK Ganghyeon(韓国)
4-11/7-11/10-12/11-9/9-11
○吉村真晴 4-3 金東賢(韓国)
10-12/10-12/11-6/11-8/3-11/11-7/12-10
○吉田雅己 4-1 松平健太
8-11/11-4/11-6/11-6/11-4
木造勇人 3-4 ○シモン・ゴジ(フランス)
11-8/7-11/8-11/11-8/10-12/11-9/12-14
平野友樹 2-4 ○STOYANOV Niagol(イタリア)
11-5/6-11/5-11/11-4/9-11/7-11
上田仁 3-4 ○WALKER Samuel(イングランド)
9-11/11-6/11-6/11-9/6-11/9-11/9-11
文:ラリーズ編集部

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cat_3_issue_oa-rallys oa-rallys_0_2167b26c7000_【卓球】T2ダイアモンド2019年シーズンの開催都市決定 2167b26c7000 2167b26c7000 【卓球】T2ダイアモンド2019年シーズンの開催都市決定 oa-rallys 0

【卓球】T2ダイアモンド2019年シーズンの開催都市決定

写真:T2ダイアモンド開催地イメージ画像/提供:T2 Diamond
T2 APL Pte. Ltd. (本社:シンガポール、代表取締役社長:Jeff Chu、以下「T2APL」)は、T2ダイアモンド卓球リーグ(以下「T2ダイアモンド」)の2019年シーズン(以下「シーズン2」)の開催3都市を発表した。
開催都市には、ジョホールバル(マレーシア)、海口市(中国)、シンガポールが選ばれた。

T2ダイアモンドとは、2017年に開催されたT2アジア太平洋リーグ(T2APEC)のシーズン2として行われる大会で、独自のルールや革新的なカメラワークなどで「卓球の魅せ方」を追求する。T2APECには日本から、水谷隼・張本智和・木原美悠・早田ひなが参戦していた。
シーズン2の第1回大会(7月)は、シーズン1が行われたジョホールバル(マレーシア)にて開催される。また第2回大会(9月)は、海南島の海口市にあるミッション・ヒル・リゾートにて、最後の大会は、T2ダイアモンドを開催するT2APLの本社があるシンガポールにて、11月に開催される。
シーズン2からは、国際卓球連盟(以下「ITTF」)とパートナーシップを組み、世界の男女トップ選手32名による、賞金総額150万米ドルを懸けたトーナメントが行われる。今シーズンから、卓球の魅力をより多くの人に広げるため、革新的でユニークな競技形式を採用、開催都市の選定プロセスは、その新しい取り組みの1つとなる。
また、今大会から、T2ダイアモンドに出場する全選手にワールドランキングポイントがボーナスとして与えられるため、2020年の東京オリンピックの出場枠をめぐる争いが、益々激しくなる。シーズン2の第1回大会出場への予選対象となるITTFワールドツアーの大会は、3月のカタールオープンと5月の中国オープンの2大会のみ。各選手はT2ダイアモンド出場に向けて、しのぎを削る。
各開催都市の会場に関する詳しい情報は、近日発表される。

T2の代表取締役社長Jeff Chu氏コメント

「T2ダイアモンドに対して、様々なパートナーや都市が興味を示してくれたことを大変嬉しく思い、各開催都市が、大会の発展に向けて、クリエイティブなビジョンや協力的な態度を示してくれたことに非常に感謝しております。また、私達は、T2APLの歴史の中での、革新的な幕開けの瞬間に、ジョホールバル、海口市、シンガポールが参加してくれることに心から感謝しています。

開催都市での既存アセットを最大限活用することで、商業的に実行可能な国際スポーツイベントを開催できることを証明したいと思っています。また、スポーツツーリズムの促進、スポーツを通じたコミュニティーエンゲージメントの向上など、各都市の長期的なゴールに貢献するために、T2ダイアモンドのコンセプトを啓蒙してまいります。」

ITTFのCEO Steve Dainton氏 コメント

「T2ダイアモンドが、今後、卓球を商業化するモデルとなることを期待しています。ITTFは、スポーツを次の新しいレベルに導くためのアイディアに対して、柔軟に対応していきたいと思っており、T2ダイアモンドの成功が卓球界の今後の成長に大きく貢献すると信じています。」

参考情報

ITTF 国際卓球連盟 International Table Tennis Federation
国際卓球連盟は、世界の卓球の統括組織であり、現在226カ国が加盟。 卓球は1988年ソウルオリンピック大会からのオリンピック種目。また、1960年ローマパラリンピック以来、パラリンピックの競技種目でもある。
国際卓球連盟の詳細については、ITTF.comを参照。
T2ダイアモンド
卓球の新しいグランドスラム、T2ダイアモンドトーナメントは、国際卓球連盟と提携して組織された、1年間で最も権威のあるトーナメント。 卓越した競技として卓球を位置づけるため、ユニークな競争形式と様々な「イノベーション」を採用し、世界のトップ16の男女選手がそれぞれ150万米ドルの賞金を競うという、競争力と卓越性を兼ね備えた究極の卓球を提供。シンガポール本社のほかに、上海・東京・シカゴにも拠点があり、質の高い臨場感あふれるコンテンツと経験を通じて卓球の魅力を広げることで、卓球の真の可能性を広げることに取り組んでいる。
T2ダイアモンドについての詳細はt2apac.comを参照。
文:ラリーズ編集部

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元気のモト

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TOP名古屋ハン・イン 日本に愛着「自分を試したい」 キムタク好きの一面も【Tリーグ振り返り】

写真:ハン・イン(トップおとめピンポンズ名古屋)/撮影:ラリーズ編集部
Tリーグのファーストシーズンが終わった。国内外から有力選手が集結し、凌ぎを削った約半年間。待望の卓球新リーグは、選手たちの目に、どのように映っただろうか。
トップおとめピンポンズ名古屋(以下、TOP名古屋)のハン・インは、中国出身・ドイツの代表選手であり、世界屈指のカットマンとして名高い。
リオオリンピックでは、ドイツ代表のエースとして、団体戦の準決勝で日本と激突。2-2で迎えた第5試合、福原愛との激闘をフルゲームで制し、ドイツを銀メダルに導いた。さらに、シングルスも8強入りという功績を残している。
そんな日本とも縁の深い強豪選手ハン・インに、Tリーグファーストシーズンが終わった今、あらためて卓球選手としてのルーツ、そしてTリーグ参戦にかけた思いを聞いた。

銀メダルへの道のり支えた「勝つ喜び」

――卓球を始められたきっかけについて教えてください。
子どものころ体が丈夫ではなかったので、体を鍛えるため、何かスポーツをしたくて始めました。始めたのは5歳の時です。本格的にやり始めたのは、小学校の友達に卓球のプロを目指している子がいて、自分も目指そうと思ったから。卓球自体は好きだったので、8、9歳くらいから本気になりました。
――卓球が楽しいのはどんな時ですか?
色々ありますけど、やっぱり試合で勝ったときが一番うれしいですよね。今も昔もそれは変わりません。
――初めて試合に勝ったときのことを覚えていますか?
初めて勝ったのは6歳で、小学生になる前でした。このとき市の大会で優勝して、以来、もっともっとレベルの高い大会に出場したいとか、いろんな選手と戦いたいと思うようになりました。それから今までずっと、変わらない気持ちで卓球を続けています。
――勝つ喜びをモチベーションに強くなり、リオデジャネイロオリンピックでは団体で銀メダルにも輝きましたね。準決勝では日本と対決し、勝利しました。
はい。2016年のリオオリンピックで日本と対戦し、2対2の状況で福原愛さんと試合をして勝ったことは、今までの試合の中で一番印象に残っています。一番自分の成績がよかった時でもあります。

「日本初の卓球プロリーグ」にかけた思い

写真:ハン・イン(左)とソ・ヒョウォン(トップおとめピンポンズ名古屋)/撮影:ラリーズ編集部
――そんな世界的有名選手であるハン選手が、Tリーグに興味をもったきっかけは何だったのでしょうか?
Tリーグが始まる前からTリーグについては聞いていました。日本のスポーツイベントやリーグ運営の体制は、細かいところまで行き届いていて選手にも良くしてくれますし、日本のレベルの高い選手が集まっているので、自分のレベルを試したくて参戦しました。
――なるほど、日本のリーグ運営への視点を聞くのは新鮮です。他に、ハン選手からみて、Tリーグと他国のリーグの違いはありますか?
試合の仕方でいうと、Tリーグは他国のリーグと比べるとまだチームが少ないため、一人の選手と当たる回数が多いですね。試合以外の話でいうと、日本は宣伝や広告にとても力を入れていると思います。海外、たとえば中国でも、インターネットを通してTリーグの広告を目にすることは多いですから。
――ここから拡大と発展をしていくTリーグならではの特色ですね。日本とは関わりの強いハン・イン選手ですが、世界の中で好きな国をあげるとしたら、どこでしょう?
やはり中国、ドイツ、日本に愛着があります。日本については3年前、夫からジャパンオープン(ライオン卓球ジャパンオープン荻村杯)に出るように勧められて、出場したこともあります。日本と関わりのある友人も何人かいて、馴染みがあります。またドイツには、夫と同じスポーツチームに所属しナショナルチームのコーチを務めていた友人がいます。
――ジャパンオープン出場は2017年のことですね、ハン・イン選手は3位に輝きました。卓球以外では、日本という国にどんなイメージを持っていますか?
日本は温かくて小さい国、という印象です。日本で好きな食べ物は、焼き肉です。日本には、好きな曲もたくさんあります。あと、木村拓哉さんが好きです(笑)
――日本の好きなところを沢山ありがとうございます。日本にもハン・イン選手のファンはとても多いです。Tリーグはファーストシーズンを終えましたが、2019年はどういった目標を持っていますか?
2020年オリンピックがあるので、そこに向けて自分のコンディションを持っていくのが一番の目標です。コンディションを高めて、結果を残すこと。課題としては、カットマンという戦型は守備がメインになるため、攻めようという意識が不足しがちなことです。なので、もう少し攻めることを心がけたいですね。
最後は「ファンの皆さん、TOP名古屋と私の応援をよろしくお願いします!」とインタビューを締めくくってくれた。TOP名古屋というTリーグの中でも国際色ゆたかなチームの中で、多彩な選手と切磋琢磨しオリンピックも見据えるハン・イン。「勝つ喜び」を糧に成長を続けるハン・インなら、これからも多くの「勝利の瞬間」を、私たちに届けてくれるだろう。
文:大塚沙央里(ラリーズ編集部)

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cat_3_issue_oa-rallys oa-rallys_0_3c762445a004_過去にも未来にもいない、今の自分を知る企画 「0 to 100」 高校生デザイナー 泉田 剛 17歳 3c762445a004 3c762445a004 過去にも未来にもいない、今の自分を知る企画 「0 to 100」 高校生デザイナー 泉田 剛 17歳 oa-rallys 0

過去にも未来にもいない、今の自分を知る企画 「0 to 100」 高校生デザイナー 泉田 剛 17歳

写真:GO/提供:GO
今の自分ってどうやって出来たんだろう。
たまにはコーヒーでも飲みながら
過去を振り返る時間があっても良いかも。
0歳から100歳までのリアルトーク企画。
今回のゲストは高校生デザイナーの泉田剛さん。

◼#17歳の自分とは

「いつだって“今”が一番楽しい。一番の贅沢は悩むこと。」
平日夜、PC画面を通して本土最北端に位置する青森県と繋がった。画面に映るGOの姿はその年齢通りのあどけなさを含みながらも、どこか落ち着いている独特の雰囲気を持っていた。一般的な思春期特有の直感的な感受性とはまた別に、”思考”や”視点”で物事を捉えることに夢中な17歳。日常の景色が常に新鮮に映る魅惑の世界に迷い込んだ、高校生クリエイターGOの思考回路を紐解く。

写真:GO/提供:GO
青森県で高校生ながらデザイナーとして仕事もしているGO。そのきっかけは幼少より母と一緒に描いていた絵だと言う。小学生でコロコロコミックの中の好きな漫画を端から端まで模写をして漫画家を夢見たり、美術の工作が大好きだったりと、アートやデザインに熱中する少年だった。だが、時間を忘れるほど熱中して描いた絵が作品としてなかなか評価されないことに、くすぶってもいた。自信があるから尚更だったと彼は言うが、驚くのは小学生で“評価”にこだわっていたこと、そしてその悔しさを放置できなかったという彼の姿勢だ。
GOの場合、悔しさの反動はすぐに思考の転換につながった。
中学校では行事のたびに何かしら制作する役回りをしていたGO。小学生の頃に気ままにに描いていた絵とは異なり、目的を持つモノにデザインを施すようになっていた。印象的なエピソードとして学級旗の話がある。他クラスが「青春」という文字や人気キャラクターなど、各々が好きな文字や絵を採用する中、GOの思考の起点は「旗」そのものの役割だった。どんな機能と役割がそれに潜んでいるのかを分析し、自分のクラスを象徴するモノを考えた。加えて視認性を高めるのため複雑な図を避けデザインした。こうして「デザインの因数分解」にたどり着いたGOは「これがデザインが持つ役割なんだ」と発見したと言う。悔しさから生まれた新しい視点の発見は、徐々に欲しかった評価へと繋がり、少しずつ確信に変わったと話す。

写真:GO/提供:GO

フィードバックがない中で成長意欲を持ち続けるのは難しい。なぜなら試行錯誤と言う名の暗中模索を課されているように感じるからだ。GOの場合、高校生という立場に身を置きながら、商業デザインを模索し続けるのは至難の業だろう。しかしGOは、そんな中でも目的を見失わず、むしろ執着心を頼りにデザインの腕を磨いていた。
重要なのは、視点の転換と、相手に合わせてスピーディーに自らを変化させる力だ。17歳のGOは、それが暗中の光だと知っている。見極め、変化していくこと。そんなふうに光をたぐる感覚が、間違いではなかったと実感したのは2018年4月。月額5,500円のオンラインサロン「前田デザイン室」に、1ヶ月だけという自分との約束で参加した時のことだ。あるプロジェクトに欠員が出て、代わりのデザイナーを探す募集を見かけた。ごちゃごちゃと考える前に体が動いていた。

写真:GOの手掛けたデザイン/提供:GO
お年玉を崩して買った真新しいマックブックに、体験版のphotoshopを入れ、ググりながら使い方を調べた。夢中でデザインを続けるその頭の中には、誰よりも先に提出せねばという焦りとチャンスへの期待感しかなかった。その結果、なんと作品は即日提出された。変なフィルターを避けるために「高校生」であることは言わず、「自分の」デザインを提出した。2018年6月、GOが共作者として担当したその商品が発売され、そして完売した。
GOが最も感謝しているのはインターネットだ。膨大な情報を手に入れるのに資格も経験もプロセスも必要ない。インターネットはGOに選択肢を与え、繋がりを作り、実績を生んだ。表面的に見れば現代っ子と言われるかもしれない。けれど実際はもっと泥臭く、抑えがたい興味に従って素直に行動した結果、GOはチャンスを掴んだのだ。今こうしている間にも、GOはインターネットを介して遠くの世界の大きなプロジェクトに巡り合っているかもしれない。

◼#as a player

「色んな温度感で卓球にぶつかった。でも今の付き合い方が一番自分に合っている」
彼の卓球経歴はとても素直で面白い。というのはその都度興味興味の赴くままに卓球との付き合い方が変化している。デザイン同様、決して自分の視点を縛らない。
卓球は小学校4年生の時に出会った。きっかけは父も昔、小学校で卓球をやっていたと聞いたことだった。だが最終的な入部動機はいたって年齢相応で健全である。野球やサッカーなど既に経験者と差がついてしまっているスポーツを避けて、仲が良い友達と一緒に卓球クラブへの入部を決めた。そのためクラブ活動中心というよりは、友達とカードゲームや外で遊ぶのを楽しみにしていた。「友達と楽しく過ごすこと」が何よりも大事な時期ならではの距離感だった。

写真:GO/提供:GO
一方中学校時代は、本気で全国に行くことを目指す熱い卓球部長になっていた。そこでは色々な壁に打ち当たった。当時のGOは思春期ど真ん中。自薦で部長になったが、自分がチームで一番強いわけではないことや、人の上に立ちながらも「伝える」ことの難しさなどに思い悩んだ時期だった。ただGOはこの時期を、「一番熱中し楽しかった時期」だと話す。それには、卓球が強くて格好良い憧れの先輩と、トライ&エラーを一緒に繰り返してくれるコーチの存在が大きかった。選手として、リーダーとして、中学生ながら様々な視点で自分を客観的に見ることを鍛えられた。この葛藤の日々をポジティブな経験として理解する彼の知性は、その外見からは決して計り知ることはできない。
現在高校3年生。美術部と兼部して卓球部にも週に3度ほど顔を出す。足が向くのは中学時代の名残だ。当時の圧倒的練習量はそう簡単には卓球を忘れさせない。ただ当時と異なるのは、毎回新鮮な気持ちで球を追っているという気持ちの軽さだ。もちろん試合に出れば勝ちたいと思う。だが今のGOは自分の熱を一点に集中できないほど、いくつもの関心事を持つ。現に、GOのtwitterなどの発信を見ると、モノのデザインに限らず、建築、教育、経営など多くの分野にアンテナを張っていることが分かる。そして、自らの興味関心の広さを、「贅沢」だと解釈する彼は、やはり年齢よりいくぶん大人びて見える。

写真:GO/提供:GO
それにしても、建築の勉強、作画にデザイン、さらに多彩な分野への興味に突き動かされ、選択肢がありすぎる将来への期待感ー。「早く大人になりたい。1日24時間では全然足りない」と話すGOの姿は、「今」という儚く貴重な時間を理解し、楽しみ尽くそうと全力で懸けていく少年なのかもしれない。
Fin.
文:HARU(ラリーズ編集部)

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cat_3_issue_oa-rallys oa-rallys_0_1dd0ff5f18cc_「頼まれたものは、やる」 TOP名古屋小田オーナーのリーダーシップと、スポーツにかける思い【前編】 1dd0ff5f18cc 1dd0ff5f18cc 「頼まれたものは、やる」 TOP名古屋小田オーナーのリーダーシップと、スポーツにかける思い【前編】 oa-rallys 0

「頼まれたものは、やる」 TOP名古屋小田オーナーのリーダーシップと、スポーツにかける思い【前編】

写真:TOP名古屋小田オーナー/撮影:ラリーズ編集部
Tリーグ、トップおとめピンポンズ名古屋(以下、TOP名古屋)は、Tリーグの中でもひときわ国際色ゆたかなチームとして知られる。様々な国から日本で活躍しようと選手たちが集結し、言葉やカルチャーの壁をも乗り越えてチーム力を磨いてきた。
TOP名古屋を運営している株式会社トップは、「会社を元気にする会社」を理念に、幅広いサービスを展開している。そんなトップだからこそ、多彩な人材を受け入れ活躍の場を醸成する“懐”があったのではないだろうか。今回は、トップが卓球の球団を保有するに至った経緯、そしてチームに込める想いを、小田悟代表取締役から伺った。
――現在は卓球チームのオーナーでいらっしゃいますが、もともと何かスポーツをされていたんですか。
小田 悟(以下、小田):野球は小学校からやっていたので、スポーツは小さいときから自分の身近にありました。テレビでもスポーツをやっていればよく観ますよ。
――どういった経緯で会社を作られたんでしょうか。
小田:28歳のときに自分で会社を作りました。それまでは会社員としてずっと働いていたんです。周りの誰も独立したことがなくて、「やりませんか?」と誘われて起業しようと決意しました。頼まれたからには「やってみよう」と。神輿の上に担がれたような感じかな。
そのときは、まさか将来自分が球団を持つとは思っていませんでした(笑)。名古屋で球団オーナーと言えば中日ドラゴンズの白井オーナーですが、白井オーナーには日ごろからお世話になっていて、目標と言えばおこがましいのですが、相談に乗ってもらい色々な話を聞いてもらいました。
――小田さんが球団を持つようになった決め手は何だったのですか。
小田:卓球で新しくリーグを作ると聞いて、「これはおもしろいな」と思って。話をもらって15分で「やります」と即決してしまいました(笑)。
――球団を持つことは、非常に思い切った決断だったと思います。やると決めてからは、どのように進めましたか。
小田:Tリーグチェアマンの松下浩二さんに助けていただいて。実は今回、卓球のチームを持つにあたって、社員は新しく2人しか雇っていません。
――え、そうなんですか?
小田:基本的には今いる社員で対応するようにしました。うちはOA機器の販売や設置・保守をやっているんですが、コピー機のメンテナンスをしている韓国出身の社員に韓国語の通訳を頼んだり。「コピー機なんて触っている場合ではない」と(笑)。あとはSEを担当している中国出身の社員や総務の仕事をしている社員に、中国語や英語の通訳をお願いしました。
――あとはもう、手探りですか?
小田:そうですね。基本的にうちは外国人部隊にしようと。選手に関しても、外国人選手をどんどん獲得して多国籍軍でいこうじゃないかってね。基本的に国は関係なく、来てくれる人を採用して戦おうというスタイルをとっています。
――企業として、スポンサーになるメリットはどのように考えていましたか。
小田:一つの広告宣伝費として球団を持ちました。Tリーグはできたばかりで、これからさらに発展していくと思う。黎明期に自分が携わることで、自分の意見も積極的に発信してどんどん取り入れてもらえるように。
それまでは卓球自体あまり詳しくなかったんですが、実は好きなんですよ。中学校1年生のとき同じクラスに卓球部の部長がいて、彼にサーブの変化球とか教えてもらっていました。
――本当にスポーツ全般がお好きなんですね。卓球をはじめ、何かスポーツにかける思いはありますか。
小田:スポーツは本当に好きで、実は卓球以外に、「トップ杯東海クラシック」という男子プロゴルフトーナメントと、格闘技「RIZIN(ライジン)」のスポンサーもやっています。
――そうだったんですか。

写真:TOP名古屋小田オーナー/撮影:ラリーズ編集部
小田:「トップ杯東海クラシック」は今年で50回目になる歴史あるトーナメントで、45回目からうちがやるようになりました。それまではコカ・コーラさんがやっていたんですが、ちょうどメインスポンサーを降りるということで…。でも45回もやっている大会だから、冠スポンサーがいないからって終わるのは寂しいじゃないですか。そこで「やりませんか?」とご縁をいただいて。そのあとにTリーグのお話もいただいたので、ちょうどボールの大きさも同じくらいですし(笑)。男子は重い球、女子は軽い球でいこうってね(大笑)。
――ありがとうございます(笑)。RIZINはいつからやられているんですか?
小田:RIZINの第一回目が2016年4月に名古屋で開催されて、そこで「トップ presentsライジン.1」というメインのスポンサーになってやらせてもらいました。今度はボクシングの田中恒成選手のタイトルマッチのスポンサーもやるんですよ。
――卓球と同じように、ゴルフや格闘技も悩まずスポンサーになると決めたのですか。
小田:そうですね。むしろ「いいんですか?」とこちらが聞き返すぐらい(笑)。基本的に頼まれたら「ノー」とは言わなくて「いいよ、いいよ」と。自分から欲しがってしまうと逃げていくことも多い。だから自分で「やりたい」と言ったことは殆どありません。縁あってお話をいただいたら、「ぜひお願いします」と。スポンサーをしないと困るわけではないけど、縁はいつも大事にしています。
――なるほど。独特のリーダーシップをお持ちなのですね。
小田:ちなみに卓球の話が来たとき、幹部から「ゴルフやめたらやってもいいんじゃないですか」と言われてね。だけど「ゴルフはやめないぞ」と(笑)。いざやってみると、各地の営業所みんなで応援することも多くて、会社がぐっとまとまったような気がします。
――TOP名古屋さんは、どこで試合しても応援する方がいらっしゃいますよね。
小田:そうですね。それに、実は社員もけっこう試合会場に行っているんです。実際に白熱した試合を間近で観戦することで、「また明日から頑張ろう」と前向きになれるんですよ。自分は選手も社員も自分のファミリーだと思ってて。会社の忘年会には毎年1000人くらい集まるんですが、選手にも参加してもらって交流を持つようにしています。これは今後も続けていきたいですね。
――実際に応援に行くのはすごいですね。社員が何か影響を受けて、卓球やゴルフを始めることもあるんですか。
小田:ゴルフをやっている人は多いと思います。もともと野球部はあったんですが、転勤があるから縮小してしまって。ゴルフはチームを作る必要もないので、それぞれでやっています。今年は社内でサッカーチームも作る予定でいます。
聞けば聞くほど、スポーツ振興に対してオープンで、社員と選手の交流も盛んな株式会社トップ。選手とのコミュニケーションは、具体的にどんな雰囲気なのだろうか。気になる内側をさらに掘り下げる。(後編へ続く)
文:古山貴大

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