cat_11_issue_oa-president oa-president_0_r80n1qsfv6pn_「自分は高給取りである」年収800万円の39歳会社員がハマった勘違い r80n1qsfv6pn r80n1qsfv6pn 「自分は高給取りである」年収800万円の39歳会社員がハマった勘違い oa-president 0

「自分は高給取りである」年収800万円の39歳会社員がハマった勘違い

2021年3月27日 12:00 PRESIDENT Online

貯金ができない人はどうすればいいのか。ファイナンシャルプランナーの高山一恵さんは「年収800万円くらいになると『自分は高給取りだ』と思う人が多い。そういう人ほど、無意識にお金を使ってしまう傾向がある。思考停止には要注意だ」という――。

※「高山一恵のお金の細道」では、高山氏のもとに寄せられた相談内容をもとに、お金との付き合い方をレクチャーしていきます。相談者のプライバシーに考慮して、事実関係の一部を変更しています。あらかじめご了承ください。

年収800万なのに、貯金は200万円

柴田さん(仮名/39歳)のケース

夫 会社員 年収800万円
妻 専業主婦 年収0円
子 10歳 小学生
住まい 分譲マンション(住宅ローン 毎月17万円 ※管理費・修繕積立金込)

「お金持ち」といえる年収っていくらからだと思いますか? ファイナンシャルプランナーとして日々感じるのは、「年収800万円」という数字が皆さんの中でひとつ「稼いでいる」指標になっているのかな、ということです。

日本人なら誰もが知る大手メーカーに勤める柴田拓真さん(仮名/39歳)も年収800万円で、「自分は高給取りである」という意識をハッキリと持っていました。

そんな柴田さんが私のもとにやってきたのは、新型コロナの影響で「高給取り」から転落しつつある危機感と、目減りしていく貯金に焦りを覚えたからでした。後ほど詳しく説明しますが、柴田さんの貯金は200万円。年収の割には少ない額だったため、今の生活を変えないと早晩、破綻してしまう可能性が高いことをキャッシュフロー表で指摘すると、彼はムッとしてこう言ったんです。

「うちがダメなら他の家はどうなるんですか!」

生活のすみずみまで「ワンランク上」を選ぶ

実は私、このセリフを何度か言われたことがありました。それも柴田さんと同じく一部上場企業に勤める「高給取り男性」で、若干キレ気味な言い方も同じ。「日本の上層部に位置する自分たちがダメなら、その他大勢の下々の者は全員ダメに違いない」という、エリート意識からくる見下し思考……なのでしょうか。

しかもこの特権意識、本人だけでなく妻、そして子どもにまで及んでいる場合もあります。それは私がとやかく言う問題ではないので置いておくとしても、この思考はファイナンス的にも非常に厄介なことが多い。というのも、生活のすみずみに渡って、自然と「ワンランク上」を選んでしまうからなんです。

柴田さんは都内23区で高級マンションを購入し、子どもには最高の教育環境を提供すべく、10歳の今も習い事をかけもちさせており、将来は中学受験をする予定です。スーパーは成城石井を普段使いし、シンプルなデザインであっても洋服はユニクロでなく、ユナイテッドアローズなどのセレクトショップ。お家のダイニングにはウォーターサーバーがあります。どれも、このタイプの「お金を貯められない世帯」に多い傾向です。

収入が増えれば増えるほど支出も膨張するという「パーキンソンの法則」通り、柴田さんの家庭は年収800万円に見合った生活を自然と選んでいるようでした。

住宅ローン返済額は毎月17万円

……と、ここまでの暮らしぶりでなぜ柴田家の貯金が200万円なのか、もうおわかりでしょう。「だって稼いでるから」という高給取り意識により、ワンランク上のセレクトが積み重なった結果、貯金ができないほど支出が膨れ上がっているためです。

柴田さんは年俸制のため、月にすると手取りは約50万円。都心部の高級マンションですので、毎月のローンの返済額は約17万円。食費も10万円と高額です。お子さんの習い事にはまだ月2、3万くらいしかかかっていないそうですが、中学受験のために塾に通い出せば、あっという間に立ち行かなくなるでしょう。

稼ぎ手は夫だけ、お金の使い道を取捨選択していない

柴田さんと同じように高給取り意識を持つ年収800万円前後のご家庭には、驚くほど共通点が多く見受けられます。まず、妻が専業主婦であるか、働いていてもパートタイマーであること。

教育にお金をかけたいと思う方が多いこともあり、平日は習い事への送り迎えが必須。夫婦共に正社員で働き、夫も妻も800万円稼いでいるようなバリキャリ同士のご家庭は、送り迎えを完全にアウトソーシング化しているケースが多いですが、夫だけが稼ぎ手として800万円近い収入を得ているご家庭は、妻が一手に子どもの習い事をフォローする。

そうなれば当然、女性側がフルタイムで働くことは難しく、自然と月3~5万円程度のパートタイムジョブになります(しかもこのお金の大半が妻のランチ代やお小遣いに消えてしまい、またしても貯蓄には回らないという……)。

次のあるあるは、高給取り意識はあるにもかかわらず、自分たちが毎月どの費目にいくら使っているかをまったく把握していないということ。

たとえば子どもの塾代ひとつとっても、塾に言われるがままなんでもかんでもやってしまう。算数と国語はわかるとしても、本当に「理科実験教室」が必要か。夏期講習は絶対に通わせなければいけないのか。一度立ち止まって子どもの学力や方向性を見極めながら取捨選択する作業が足りていないように見えます。

携帯代と電気料金を見直す気がない

同様に、稼いでいる意識のある方ほど、いまだに大手携帯キャリアをプランの見直しもせずに使っているケースも多い。今は大手キャリアでも格安プランがありますが、少し前までは「夫婦で格安スマホにすると1万円は違いますよ」とアドバイスしていました。それを聞いても「ですよね~(ニッコリ)」で終わり。電力自由化も同じです。かといって彼らがそういった情報を知らないわけではなく、「だって稼いでるんだからいいじゃない。数千円の差くらい」という、ある意味の思考停止が起きているのです。

人の習慣はなかなか変えられないもの。コロナで柴田さんの収入に陰りが見え、しかもステイホームの続く今こそ貯金がしやすそうに思えますが、妻の陽子さん(仮名)は「お家時間をいいものにしたくて」と、「シルクのこだわりパジャマ」を3万円で購入。いわゆる「ごほうび消費」です。同じタイプのご家庭では、香水のサブスクを始めた人もいました。旅行や外食に使っていたお金を他で使うだけで、結局、消費の方向に動いてしまうんです。

「給料は右肩上がり」の前提を捨てる

私がお客さまのキャッシュフロー表を作る時は、柴田さんのような大企業にお勤めの方であっても、「この先の給与は右肩上がりではない」想定で、収入は平行線で作成しています。企業に体力がない現状、一律に全員が昇給する年功序列賃金はあまりに現実味に欠けると思うからです。

それでも高給取り意識を持つ方は、いまだに「俺はいけるっしょ」と、楽観的な見方をしている方が多い。だから私の“給料平行線キャッシュフロー表”を見た途端、カッとなる。このギャップを少しでも埋めていきたいんです。

実際、社内研修で企業を訪問すると、経営陣の口から「これからは能力や結果の有無で給与がかなり変わってくる」という話を聞きます。

また、このコロナ危機で昔のお客さまからご相談をいただくことも増えたのですが、一流企業の技術職についていた男性からは、福利厚生の変化を聞きました。10年前に羨ましく聞いた熱海の保養所は売り払われ、上場企業が受けられた超低金利の住宅ローンは廃止。さらに家賃補助がなくなって……と、大企業ならではの手厚い福利厚生がすでに過去のものとなっていた現実を知りました。

実は貯金を増やしやすいタイプでもある

柴田さんには、「だって稼いでるんだから」という、考えを放棄している今の姿勢を見つめ直すところからお願いしました。怖がらせるようなことを書いてしまったかもしれませんが、そもそも彼らは「年収800万円」という高額な収入があり、都心の高級マンションという高い資産価値を持つ不動産もあります。

その強みを、思考停止による意思なき散財で失ってしまうのはあまりにもったいない。携帯料金の見直しをはじめ、日常で抑えられる出費はたくさんあります。メリハリある出費ができれば、貯金を大きくすることはむしろたやすいでしょう。

貯金金額の目安としては、最低半年分の生活費を現金で持っておくことからはじめましょう。柴田さんのようにお子さんがいるご家庭はもう少し余裕を持って1年分くらいはほしいところ。なので彼にはまず、500万円の現金を貯めるところからはじめましょうとアドバイスしました。

最後にもう一度。「稼いでるからいいっしょ」は、思考停止です。ワンランク上のものを選ぶ時は一度、立ち止まってみてくださいね。

[Money&You 取締役/ファイナンシャルプランナー(CFPR)、1級FP技能士 高山 一恵 聞き手・構成=小泉なつみ]

外部リンク

cat_11_issue_oa-president oa-president_0_5ef6cz5y791f_「カステラを包丁で切ったことがない子」は小4以降に勉強でくじけやすい 5ef6cz5y791f 5ef6cz5y791f 「カステラを包丁で切ったことがない子」は小4以降に勉強でくじけやすい oa-president 0

「カステラを包丁で切ったことがない子」は小4以降に勉強でくじけやすい

2021年3月25日 08:00 PRESIDENT Online

どうすれば子供は勉強が好きになるのか。プロ家庭教師集団名門指導会代表の西村則康氏は「小学4年生までの感動の積み重ねが大切だ。問題集を解く以外の場面でも、『なるほど!』と思える体験をさせるといい」という――。

※本稿は、西村則康『わが子が勉強するようになる方法』(アスコム)の一部を再編集したものです。

合格する子が持っている「成功の予感」

受験で合格する子どもは、「成功の予感」を持っています。たとえば、今、合格の可能性が50パーセントだとしても、

「僕はできる子だから、がんばれば受かる」

と、自分を信じられる子どもは、受験に成功する確率がとても高いのです。

反対に自信がなく、なんと不合格になった時の言い訳を考えているような子どももいて、そういう子は残念ながら合格が難しい場合が多いです。

ではどうしたら、成功の予感を持った子どもになれるのでしょうか。

自分を信じられる子どもは勉強をする時に、「そうか!」と全身で感じられるところまで知識を落とし込んでいるのが特徴です。一問解き終わるたびに「よし! これは絶対正解だ!」と信じることもできています。たとえば、

「300グラムの12パーセントは○グラムです」

という問題があったとします。その時、普通の子どもは機械的に300×0.12という式を頭に思い浮かべます。

身体感覚のある子は、確信を持って問題を解ける

でも身体感覚のある子は、300グラムという大きな量のうちの0.12倍がどれくらいかを聞かれているのだと、具体的にイメージすることができます。

そして「300の0.12倍という意味だ。つまり、300グラムの10分の1よりちょっと多いくらいだ」というふうに考えを進めていくのです。そうやって身体感覚を活用して「よし! これは正解だ!」と確信できるのです。その確信が一つ一つ成功体験として蓄積されていきます。

一方、成功の予感を持てない子どもは身体感覚を持っていないか、または身体感覚へ落とし込もうとしてもそれができません。

私が説明しても、その時は「わかった」と言うけれど、1分後にはもう頭に残っていないのです。そういう子どもは聞いていないのではなく、聞いても記憶をため込む身体感覚がないと言えます。確信が持てない学習です。

身体感覚を育むには、低学年のうちに、子どもにさまざまな経験をさせることです。草木に水をやったり、重いものを移動させたり、お湯を沸かしたり、ものの匂いをかいだりといった五感の経験のすべてが、理科や算数、国語などの問題を解くベースになっていきます。たとえば300グラムと言われた時に、料理のお手伝いを経験している子なら肉や小麦粉の重さで300グラムを実感として知っていることでしょう。

「あなただったら大丈夫」が自己肯定感を高める

そんな身体感覚に優れ、「自分はきっとできる」という感覚を持っている子どもは、問題を粘り強く読み進めていく力を持っているのも特徴です。

子どもというのは、がんばれそうだと自分が思えれば、がんばるもので、それを支えるのが成功の予感なのです。難問を前にして、「なんとしても解いてみせるぞ」と思うことができるのは、「僕(私)にはできるはずだ」という自己肯定感に裏打ちされた、成功の予感があるからです。

そうやって真剣に問題に取り組んだあとに解説を聞けば、

「あ〜、そこに気づけばよかったのか!」
「僕もかなりいい線までいったぞ」

と、適当に問題を解いた子どもよりも納得感が高まり、より自己肯定感を強めていくことができます。自分にはできるという自信は、まさにそういう小さな成功体験の積み重ねで身につきます。過去に成功体験があるからこそ、少しくらい無理かもしれないと思っても果敢にチャレンジできるのです。

自己肯定感が成功の予感を生み、成功の予感によってがんばれば、より自己肯定感が強くなって、さらに難しい問題が解けるようになっていきます。

そういった自己肯定感のベースは、実は親子関係、母親と子どものコミュニケーションのなかにあります。親は、

「自分の子だから大丈夫」

という感覚を持ち続けてください。そして、

「あなただったらできそうね」
「あなただったら大丈夫よ」

といった声かけを、うんとうんと、たくさんしてあげてください。

ひとり言を言いながら勉強する子は伸びる

「頭のいい子」に育てるためには、小学4年生までにどれだけ感動を積み重ねられるかが大切です。問題を解いている時でも、

「あ、そうなのか」
「なるほど〜!」

などとひとり言を言いながら勉強している子というのは必ず伸びます。

たとえば、算数の問題がわからないとします。その時、親が一方的に教えたり説明したりするのではなく、子ども自身がなるべく考えるように仕向けるのです。

「この問題では何を聞かれているのかな?」

それで子どもが答えたら、

「なるほど。いいところに気づいたね」

と、もし答えが間違っていたとしても、とりあえず認めてあげましょう。正解が出たか出なかったかという結果だけではなく、思考の過程が正しければそれを認めて、ほめてあげるのです。

「なるほど」の積み重ねで、勉強が好きになる

さらに、そうやって会話を続けながら、子どもに「自分で解いた」という思いを抱かせることが大事です。

そうすると、「なるほど!」「そうなのか!」という納得感やうれしい感情とともに、大切な知識が脳に刻まれていきます。

そういった「なるほど」という感覚は、単に「わかる」こととは違います。「わかる」というのは、答えまでの筋道を、単にたどっていくことを指します。でも「納得」というのは、筋道を最後までたどる過程で、「なるほど」「そうだったのか」と感情が動く状態なのです。

その達成感を重ねることにより、勉強が好きになっていきます。こういった体験を1000回、いえ2000回でも、3000回でも小学生のうちに繰り返し経験させてあげてください。

そういった成功体験があれば、少し難しい問題に出合っても、「がんばればできるかもしれない」とチャレンジできる子どもになるのです。

「カステラを包丁で切る体験」で立体感覚が身につく

とりわけ小学4年生までのあいだは、問題集を解く以外の場面でも「なるほど!」体験をさせてあげましょう。

図形を勉強すると、立体問題がよく出てきます。それを理解するためにも、実際に展開図を自分で書いて、それをハサミで切って組み立ててみるのです。受験問題でよく出てくる、三角すいの展開図などはまさにうってつけです。

また、立体を切ってみることも理解を深めます。コンニャクやカステラを包丁で切るという体験です。

立体の切り口がどうなるか、まるで透視能力のように理解できる子どもも時々いますが、多くの子どもは、それを自分で学びとる必要があります。実際に自分でつくり、組み立てたり切ってみたりすることで立体感覚を身につけることができますし、かならずや、「なるほど!」という発見や感動があるのです。

さらには、何か古くなった機械などがあれば、それを分解して組み立て直すのも、とてもいい経験です。つくっては壊し、壊してはつくる子どももいますが、その体験のなかから得られることははかり知れません。

大きくなるとこういった工作には興味が湧きづらくなるので、これはぜひとも小学4年生頃までにやっておきたいことの一つです。受験する、しないにかかわらずです。小さい頃から勉強だけをやらせていると、頭打ちになりやすいのです。

[プロ家庭教師集団「名門指導会」代表/中学受験情報局 主任相談員 西村 則康]

外部リンク

cat_11_issue_oa-president oa-president_0_1lu5gx7t6wws_福原愛さんの不倫騒動に「爽やかさ」を感じてしまった理由 1lu5gx7t6wws 1lu5gx7t6wws 福原愛さんの不倫騒動に「爽やかさ」を感じてしまった理由 oa-president 0

福原愛さんの不倫騒動に「爽やかさ」を感じてしまった理由

2021年3月25日 08:00 PRESIDENT Online

のんきだった日常を思い出した

非常に無責任なことをいいます。

ま、落語家はもともと無責任なことを言うのが仕事なのですが。

あくまでも個人的な見解ですが、私にとって、「福原愛さんの不倫騒動の一件」は、このコロナ禍において、はなはだ無責任ではありますが、一服の清涼剤のような感じすらしたのです。

無論、緊急事態宣言下でのあの一連の行為は、決して褒められたようなことではありませんが、マスク着用や三密回避などといつの間にか「窮屈を要求される日々」の中、あのニュースは、かつての呑気だったはずの日常に戻してくれたのではと考えるのは穿ちすぎでしょうか。

ひとごとついでに、昨年同じく不倫で叩かれた競泳の瀬戸大也選手と二人並んでバラの一輪挿しを手にすれば「不倫+不倫+一輪」=五輪になるなあと不謹慎ながらネタを作ったりもしました。

いや、「こんな状況でとんでもない!」などと考えるのは、もしかしたら、現代という価値観に縛られ過ぎなのかもしれません。

「お妾VS本妻の壮絶バトル」の思い出話

6年前に亡くなった私の父は昭和6年の生まれでした。

生前酒を飲むと問わず語りに小さい頃の思い出話を披露してくれたものでしたが、いまでも笑えるのが、「叔父さんのお妾さんと本妻との壮絶なバトル」でした。

「いや、そりゃもう激しくてなあ。あれ見て怖いと思ったわ」などとよく言っていましたっけ。

あの頃は本家の長男は脇に女性を抱えるのはむしろ甲斐性のような時代だったのです。父は、満州事変の翌日に生まれていますので、つまり日本が中国と戦争しているという今以上に「とんでもない」時期に、長野の片田舎の一般庶民はある意味不倫が日常、つまりはデフォルトの時代だったのであります。

今からわずか7、80年前まではそんな時代だったのです。

ここで、私は、「昔の方がおおらかだったから、今の不倫を許してあげましょう」などと全女性を敵に回すような発言をしたいのではありません。

そうではなく、「戦時中というコロナ禍以上の苛烈な環境でも、人というものは陰でこっそり逢瀬を楽しむなどのことをしてしまうものなのだ」ということを訴えたいのです。

これこそがまさに師匠・談志の唱えた「落語とは人間の業の肯定である」に通底するのではないでしょうか?

「男は最後の最後までバカだった」

落語には不倫を取り上げた作品があります。代表的なのが「紙入れ」という作品です。

あらすじは、こんな感じです。

とある大店の手代の新吉が、お得意先のおかみさんに誘われ、その旦那がいない晩、魔が差して一線を越えてしまう(ここは落語家によって演出が分かれるところです。私は「一度は寝てしまった」という設定にしています)。

その10日後、「今晩、また来てほしい。もし来なかったらこちらにも考えがある」という意味深な手紙を受け取り、悩んだ揚げ句出かけて行く。

真面目な新吉は「今日は帰ります。10日前の出来事はなかったことにしてくれ」と訴えるのだが、「もし今晩帰ったりなんかしたら、旦那が戻ってきたときにあることないこと言うから」と脅されてしまう。もうどうにでもなれとやけになった新吉は、大酒をあおり、布団へと横たわる。

「いざ」というそんな時にいきなり旦那が帰宅してしまう。慌てた新吉はおかみさんの計らいで辛うじて逃げることができたのだが、その家に旦那にも見せたことがある紙入れを置き忘れてきてしまう。しかも、紙入れの中にはおかみさんからの『今晩また来てね』という手紙が入っていたのだった。

新吉はその晩は一睡もできずにあくる朝、その家を訪ねて行く。

運よく旦那は何も知らない様子で安心したのだが、新吉の様子の異変に気付かれてしまったので、新吉は、「別の家のこと」のように今までの経緯と昨日の一件を打ち明ける。

そこへ浮気相手のおかみさんが寝起きでやって来る。呑気な旦那は自分の家の出来事とは全く思わずすべてを女房に打ち明けると、女房は「紙入れはあとでその奥さんがきっと返してくれるはずよ」と新吉を安心させる。そして旦那は「てめえの女房を獲られちまうような野郎だから、そこまでは気が付かねえだろ」というオチを言う。

いかがだったでしょうか?

「男は最後の最後までバカだった」という安心感からいつも最後のところで笑いがクライマックスになるネタであります。

不義密通は死罪でも…

女性が積極的に不倫の主導権を握っているこの噺とは対照的に、大店の主人とお妾さんとのセンシティブな間柄を田舎者という設定の権助という下男が傍若無人に振る舞うという「権助魚」や「権助提灯」という落語もありますが、これらが古典として残っているということは、やはりみな江戸っ子たちはひそやかにいろんなことをやっていたんだよなぁとつい笑いたくなってしまいますよね。

ま、とは言いつつも昨年夏に出版した『安政五年、江戸パンデミック。』(ソニーミュージックエンタテインメント)にも書きましたが、実際江戸時代においては男女間の不義密通は、命がけでありました。

江戸中期に定められた「公事方御定書」の下巻は103条からなり、刑罰規定が収録されていました。その「密通御仕置之事」には、武家にせよ、町人や農民にせよ、密通したことが明らかになれば、妻も密通した男も死罪とのこと。

いやはやとんでもなく厳しいなぁと思いがちですが、調べてみますと、こういう具合に処せられるのはあくまでも表向きで、実際に「妻が寝取られた」などと公儀へ訴え出た場合、露見して後ろ指をさされたり、恥をかくのは自分や親族です。なので、たいがいの場合は表沙汰にせずに当事者間で穏便に処理するのが一般的だったそうです。

そう考えると裏側ではうまい具合にかようなバランスが取れていたからこそ、「紙入れ」のような落語が作られたのではと想像します。

当事者の皆さん、ほんとごめんなさい

まして「紙入れ」は、封建制度の中で虐げられていたと思われがちな女性が主体となっているという「男女平等感覚」に江戸っ子たちの先見性の萌芽を感じ、さらに飛躍させるならばその体現バージョンが福原愛さんだったと考え併せてみると、なんとなく快哉すら感じませんでしょうか(当事者の皆さん、ほんとごめんなさい)。

くどいようですが、不倫はいけないことです。誰かを傷つけるものです。

が。

「人間はしちゃいけないことをしてしまうものなのだ」と受け止めて考えてみたほうが人には優しくできるのではないでしょうか。植木等さんが歌っていた「わかっちゃいるけどやめられない」のが人間なのです。

「不倫は絶対悪!」と言って不倫してしまった人たちを必要以上にたたく姿はどうかと思います。そういう言動は当事者の身内のみに許された行為でもありますもの。

「不倫はいけない」というルールをこしらえないと何をするかわからないほど不完全なものが人間なのだよ……とわきまえることが、個人単位で言うならば優しさでもあり、おおらかさでもあり、許しにもつながります。そしてこれらが積み重なってゆくことで社会全体の柔軟性や寛容性が涵養されてゆくのではと、察します。

もう結論はおわかりですよねえ。

不倫しましょうではなく、やはりつまりは「落語を聞きましょう」ということなのです。安全です。パートナーと一緒に聴けば家庭円満にもなりますよ。引き続き、立川談慶をよろしくお願いします。

[立川流真打・落語家 立川 談慶]

外部リンク

cat_11_issue_oa-president oa-president_0_uuls3elam2sd_野村克也「中途半端な人間ほど使いにくいものはない」すべての"新人"に贈る言葉 uuls3elam2sd uuls3elam2sd 野村克也「中途半端な人間ほど使いにくいものはない」すべての"新人"に贈る言葉 oa-president 0

野村克也「中途半端な人間ほど使いにくいものはない」すべての"新人"に贈る言葉

2021年3月25日 08:00 PRESIDENT Online

*本稿は、野村克也『頭を使え、心を燃やせ 野村克也究極語録』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

活躍するためには「人」の目に留まれ

プロ野球選手にかぎったことではないが、新人はまず、上司の目に留まり、注目してもらう必要がある。

いくらすばらしい才能や長所をもっていたとしても、上司が存在を認めてくれず、才能や長所に気づかなかったら、宝の持ち腐れになる。

上司が自分のよさをわかってくれないのなら、まずは自分を使いたくなるよう、仕向ける必要がある。そのためには、上司の意識を刺激し、目を向けさせることが大切だ。

「武器」とは相対的なものである

橋上秀樹というバッターは、ヤクルトの監督だった私の意識を刺激した代表的な選手だった。

私が監督に就任したとき橋上は、一軍にはいたものの、外野のレギュラーを手中にするまでにはなっていないという選手だった。横の変化球、とくに右ピッチャーのスライダーを大の苦手としていたからである。

プロ入りしてすでに6年がたち、橋上は危機感を抱いていたという。そんなとき思い出したものこそ、「おのれを知れ」という私の言葉だった。

そこで橋上は「左ピッチャーに強いこと」を自分の武器にすることにした。というのは、ライバルだった秦真司も荒井幸雄も左バッターで、比較的左ピッチャーを苦手としていたからだ。左ピッチャーに強くなれば、おのずと出番は増えるはずだ──橋上はそう考えたのである。

それから橋上は、左ピッチャー対策に磨きをかけるようになった。その姿を見ていた私は、左ピッチャーの先発が予想されるときは橋上を起用するようになった。橋上は、見事に私の意識を刺激し、目を引かせることに成功したのである。

「宇宙人・新庄剛志」を生かす方法

阪神タイガース時代の新庄剛志も、ある意味で私の意識を大いに刺激したバッターだった。

「宇宙人」と呼ばれたように、彼の言動は私の理解を超えていた。考えたり、頭を使ったりすることも大の苦手。いくら理をもって説いても無駄だった。「ミーティングの時間を短くしてくれ」と申し出てきたほどである。

しかし、素質は抜群だった。天才といってもいい。興味をもったり、気持ちが乗ったりしたときは、とてつもない力を発揮するし、素直な明るい性格で、チームのムードメーカーになることもできる。唯一無比の長所をもっていた。最下位が定位置だった阪神を浮上させるために、必要不可欠だった。なんとか戦力にしたいと私は考えた。

出した結論は、ほめておだてて気分よくプレーさせること。「何番を打ちたいんだ?」と訊ねると、「そりゃあ、4番ですよ」と即答したので4番をまかせたし、キャンプではピッチャーもやらせた。新庄は楽しそうにプレーしていた。

それまで2割2、3分程度しか打てなかった新庄だが、その年は2割5分を超え、さらに翌年は2割7分8厘、26本塁打をマーク。そのオフにはアメリカへと旅立った。

セールスポイントを徹底的に突き詰めろ

天才児・新庄のケースは万人に通用するとはいえないが、橋上のエピソードは次のことを教えてくれる。

「自分のセールスポイントを徹底的に突き詰めろ」

人を使う立場からすると、すべてにおいてほどほどの人間、きつい言い方をすれば、中途半端な人間ほど使いにくいものはない。はっきりいって、いくらでも替えがきく。一芸に秀でることが、生き残るためには大切なのだ。

野球でいえば、バッティングはからきしでも足が速ければ代走要員として貴重な存在になるし、卓越した守備力があれば守備固めに起用できる。

まずはそうした「自分ならではの武器」を研ぎ澄まし、徹することで、出場機会を増やすことが大切なのである。そこを足がかりにして、不得手なところを克服していけばいい。

おのれを活かす場所を獲得するのは自分自身

バッティングには目をつぶり、俊足を買った赤星憲広、やはりバッティングには難があったものの守備と野球の理解度に見るべきものがあった宮本慎也らは、まさしくそうやって地歩を築いていった選手たちだ。

誰しも自分の武器をもっている。しかし、それを活かすには、戦うためのフィールドに出ることが前提となる。

自分を活かす場所は、ただ与えられるのを待っているだけでなく、自分から獲得しようとしなければならない。

そのためには、どうしたら声をかけてもらえるか、上司はなにを欲しているのかを探り、ならば自分はどこを、どのようにアピールすればいいのか考え、それに徹することが大切なのである。

自分で長所だと思っていることが必ずしもそうとはかぎらない

「おのれを知ることが大切だ」と私が常々いうのは、自分では長所だと思っていることが、実際にはそうでないケースが意外に多いからという理由もある。

かつてヤクルトスワローズに土橋勝征という選手がいた。どのポジションでもこなすことができ、何番でも打てるユーティリティプレーヤーとしてヤクルトの日本一に貢献してくれた。

まじめな銀行員のような風貌だった土橋だが、じつは新人のころは長距離バッターだったらしい。自分でも長所は“そこだ”と思い込み、バットをブンブン振り回していたという。実際、ファームではそこそこホームランも打っていたようだ。

しかし、私の見たところ、とてもホームランバッターのタイプではなかった。長距離砲として伸びるとは思えなかった。そこで彼にいった。

「ヒットの延長がホームランだ。ホームランが欲しいなんて、絶対に考えるな。ヒットを打つことに専念しろ。そうすれば──」

私は続けた。

「使い道が出てくる」

おのれの「使い道」を知れ

当時、土橋の本職のショートにはすでに主砲の池山隆寛がいた。それでサードに挑戦しようとしたら人気者の長嶋一茂が入ってきた。ならばとセカンドに転向すれば、ソウル五輪代表の笘篠賢治が入団してくる。

もはや選択肢のなかった土橋は、私のアドバイスを素直に受け入れ、監督の私からすると非常に使い勝手がよく、必要不可欠な選手になってくれた。本人にとっても幸せなことだったと思う。

その一方で、足が最大の長所であるのは明らかなのに、自分は長距離バッターだと思い込んで、いっこうにスタイルを変えない選手もいた。

私が「1、2番を空けて待っているから」といっても、グリップの細い長距離バッター用のバットを振り回すことをやめなかった。あたかも「おれのよさに気づかないなんて見る目がないんじゃないか」と思っているようで、「使わないほうが悪い」といわんばかりにふてくされるだけだった。

結局、その選手は期待されたほど大成することはなかった。

「活躍できる場所」をみずから捨てるな

本人が得意だと自信をもっていることや、やりたいことが、監督や上司がその人間の長所だとみなしていること、して欲しいことと食い違うケースはめずらしくない。

「自分の武器はこれだ」と信じているものを否定されるのは、気分のいいものではないだろう。けれども、つまらぬ思い込みのために、せっかく用意されている「活躍できる場所」をみずから捨ててしまうのは、あまりにも惜しいし、不幸ではないか。

だからこそ、自分を見つめ直し、おのれを知ることが大切なのである。

[野球評論家 野村 克也]

外部リンク

cat_11_issue_oa-president oa-president_0_vtmncaxqdhym_「年収1000万円から240万円に転落」介護と仕事の両立に戸惑う男たちの嘆き vtmncaxqdhym vtmncaxqdhym 「年収1000万円から240万円に転落」介護と仕事の両立に戸惑う男たちの嘆き oa-president 0

「年収1000万円から240万円に転落」介護と仕事の両立に戸惑う男たちの嘆き

2021年3月25日 08:00 PRESIDENT Online

介護と仕事の両立は簡単なことではない。仕事をしながら介護をする愛媛県在住の59歳男性は「自分の自由に使える時間が無くなったが、逆に被介護者を一人にして外出すると気になりかえってストレスになる」という。立命館大学産業社会学部の津止正敏教授の著書『男が介護する』(中公新書)より一部を紹介する――。

※本稿は、津止正敏『男が介護する』(中公新書)の一部を再編集したものです。

多数派は「ワーキングケアラー」

仕事と介護の緊張関係に直面しながら働く人は346万3千人。「2017年就業構造基本調査(総務省統計局)」が明らかにした数値だ。5年に一度実施されるこの調査の直近のデータだが、そのうち男性が151万5千人、女性が194万8千人。過去1年間(2016年10月~17年9月)で家族の介護のために離職した人は9万9千人に上った。

 

まず図表1の有業者視点から見れば次のようになる。

①働いている人の約20人に1人(5.2%)は介護している労働者である。
②働いている男性の4.1%、女性の6.9%は介護している労働者である。
③働いている50代の人の10.4%は介護をしている。

これだけでも無視できない大きな数字ではあるが、それでもまだ働いている人の中で介護する人は少数派だ。だが、これを介護者視点から読み取ると次のようにさらに驚愕の実態となる(図表2)。

①介護者の半数以上(55.2%)は働いている。
②男性の介護者の65.3%、女性の介護者の49.3%は今も働いている。
③生産年齢層の60歳未満の、男性介護者の85.1%、女性介護者の65.6%は働いている。50代の男性介護者の87.5%は仕事に従事している。

介護者の、とりわけ男性介護者の大多数はもうすでに有業者、介護しながら働いている「ワーキングケアラー」なのだ。

介護者の中で男性は4割を占める

総務省の「2017年就業構造基本調査」では、介護をしている者は627万6千人で、うち男性は232万2千人(37.0%)、女性が395万5千人(63.0%)となっている。また同省の「2016年社会生活基本調査」では、普段介護している人は698万7千人で、男性が277万6千人(39.7%)、女性が421万1千人(60.3%)、介護者の中で男性はもう4割を占める、とされている。厚生労働省の「国民生活基礎調査」によると「同居の主たる介護者の3人に1人は男性」だが、これら総務省調査はそれをさらに上回る実態を示している。

さらに「2016年社会生活基本調査」では、介護者のうち調査当日に実際に介護・看護を行った人の数とその平均時間(行動者平均時間)を捕捉している。介護・看護時間の把握を開始した1991年以降、男性はおおむね横ばい、女性はおおむね減少傾向で推移しているが、2016年調査は男性が2時間32分、女性が2時間28分と初めて男性が女性の行動者平均時間を上回ったことが記されている。これまでになかったデータである。長らく稼ぎ手や長時間労働を背景に「ケアレス・マン」として家庭責任不在とされてきた男性たちの、介護実態から見えてくる変化である。

旧態依然の介護政策に嘆く介護者

では、私たちの介護政策は「介護者の多数派は働いている」という実態を認識しているのであろうか。否だ、と即答したい。働きながら介護している人がいないわけではないが、主たる介護者の多くは介護に専念しているという、今では全くの幻想にすぎない介護のための豊富な家族資源の存在を前提とする旧態依然の介護政策がはびこっているのではないか。

上記のような介護者の大多数は有業者という介護実態と、いざ介護が始まれば介護に専念できる家族の存在を標準とする政策的前提との狭間で、「ワーキングケアラー」たちの仕事と介護の両立の困難さは極まってくる。介護者の嘆く声を拾ってみよう。

図表1は有業者総数に占める介護する人の占める比率はどれくらいになるか、図表2は介護する人全体の中で有業者数はどれくらいいるか、という視点でこの調査のデータを再構成したものだが、驚きの実態が浮かび上がる。

図表3は私たちが2006年に行った男性介護者への調査(『男性介護者白書』に所収)に記録された「一人で親を介護する息子たち」の仕事と介護をめぐる実態である。

「外出すると気になり、かえってストレスになる」

介護のために退職した人が2人いるが、そのうちの1人は「介護が始まって1年くらいでクビになった」(49歳、広島県)という。常勤だが介護休業など「取っていない。会社ではそういうものは取らせてくれない」(56歳、大阪府)と憤る人もいる。仕事と介護の両立をなんとかこなしているが厳しい。「時機を見て退職し、介護に対応して、時間的なゆとりを確保したい」(58歳、沖縄県)との声も介護退職に敷き詰められたレールのようだ。

働きながらの介護によるストレスも大きい。たまには一日ゆっくりしたい、2~3日でいいからのんびりしたい、一日中家事をするわけではないが100%自由な時間がなくなった。「自分の自由に使える時間が無くなったが、逆に被介護者を一人にして外出すると気になりかえってストレスになる」(59歳、愛媛県)と訴えている。

「年収1000万円が240万円になった」

家計も苦しい。「年収1000万円が240万円になった。会社が倒産しそうになっている」(49歳、青森県)という自営業の息子。介護で泊りがけの仕事ができなくなるなど仕事の自由度が低下したためだ。「今は父の年金で暮らしている。〔月収は〕約20万円」(59歳、愛媛県)という息子は、私たちの取材に対して、父の介護がなくなれば年金を失う、年金で暮らすということはずっと介護を続けるということ。どちらにしても苦しいよね、と呟いていた。

これらのデータは2006年時のものであるが、親の介護を担い仕事との両立に戸惑う息子たちの暮らしは、今もさほど変わらぬ状態にあるのではないかとも推測されるがいかがだろうか。介護が始まって、介護サービスを利用しながら、他の家族の支援を受けながら、自らを叱咤激励しながら、仕事と介護をかろうじて両立。しかし、介護者自身の体調不安や職場の無理解、被介護者の状態悪化などその他諸々の環境が刻々と変化する状況のなかで、不安はより増殖してついには離職を余儀なくされる。そうしたプロセスが、この5人の息子たちの事例からもうかがえる。

「電車の中で献立を考える」妻の介護と主夫業をこなす男性の声

前項に記してきたような仕事と介護をめぐる厳しい環境は、おそらく今も昔も変わらぬ実態として存在しているに違いない。が、同時に忘れてはならないこともある。いま政府自らが「介護離職ゼロ」を経済の成長戦略の一つに位置づけ、経済専門誌がこぞって介護の大特集を組み、さらには私たちの「介護退職ゼロ作戦」や「介護離職のない社会をめざす会」という新しい介護運動も登場するような時代の変化も生まれているということだ。

今も変わらぬ厳しい実態の確認とともに、新しい変化の兆しにも丁寧に目を向けていくことが必要だと思う。これらの変化を「仕事と介護」が両立し得る社会を牽引する時代の典型として見た場合、どのような意義を有するかについて少し考察してみようと思う。

次に示す事例は、男性介護ネットが刊行した『男性介護者100万人へのメッセージ』第2集(2010年)に寄せられた一文をもとに、私の責任で要約したものだ。

〈妻の認知症発生から7年、いま「要介護4」のほとんど全介助の状態だ。1年半前からデイサービスを利用しながらなんとか仕事を続けてきた。デイの迎えが来る前は分刻みの忙しさだ。早くに起床し、朝食の準備、食事、片付け、着替え、歯磨き、洗顔、化粧。その間に何度もある妻の「トイレする」の訴えには「丁寧に!」「焦るな!」と言い聞かせている。

デイのお迎えと同時に自分は出社する。終業時間は、デイサービスの終了(午後5時)に合わせて、2時間の休暇を取って早退している。会社には何かと迷惑をかけている。早くから妻の若年認知症のことを告白していたのだが、会社や同僚の理解と協力があってこそだ。帰宅したら、慣れない主夫業。電車の中で献立を考え、買い物して調理。調理していると、「お父さん、疲れない?」「私ができないからね」と妻。「お父さんの美味しいよ」という言葉に疲れも吹き飛ぶ。〉(福本「仕事と介護そして主夫業」より)

1時間の通勤時間が束の間の“休息”

間もなく定年を迎える福本さんは、介護に奔走しながらも1時間の通勤時間を束の間の“休息”時間としてなんとか仕事をこなしていた。屋内徘徊がエスカレートして、さらには壁やドアを激しく叩き出すこともあってそんなときにはもう朝まで寝ることはできない。それでも仕事は休めない、とつらさを吐露する場面も記してあったが、「私もつらいけど、本人はもっとつらいのです」と妻に寄り添う。

十分とは言えない職場の支援や介護サービスの環境ではあったに違いない。それでも、仕事が介護ストレスを軽減してくれ、また介護がこれまでとは違う妻との新しい関係を実感する場にもなった、とも言う。「働きながら介護する」ということにこれまで尊重されることもなかったような働き方、生き方の豊かなモデルが内包されていると思うのは私だけではないはずだ。とりわけこの事例が示している働きながら介護するという「ながら」の介護の持つ今日的な意味について補足しておこう。

仕事をしながらの介護は、介護漬けにならずにすむ

私は、この「ながら」介護が一般化している実態を把握した当初には、あれもこれも同時にこなさねばならぬ介護の困難さを強調する意味で「ながら」介護という概念を使ってきた。しかし、先の事例を目にしてその考えは全く一面的であると考えるようになった。

確かに、介護に専念する家族を選択し得ない状況からすれば仕事も介護も家事もという生活全般を一手に担わなければならない、という意味においては「ながら」介護は困難さの象徴であるかもしれない。ただ、この「あれもこれも」も同時に担うという介護生活の神髄は、困難さというだけではないということをこの事例は雄弁に語っている。

端的に言えば、仕事と介護の両立が可能な環境とは、24時間365日介護漬けにならずにすむという新しい介護生活の可能性を切り拓いているのではないか、ということである。仕事の継続が介護から離れるための根拠になって、自分専用の環境(時間・仲間・役割・収入など)を誰憚ることなく享受することを可能としているのだ。介護する人という役割のみを背負うのではなく、一人の市民として生き切ることを可能とする環境を求めることの正当性だ。福本さんの体験記に記された言葉にいま一度耳を傾けてみよう。

〈デイの迎えと一緒に、私も家を出ます。家を出て、通勤電車での1時間が、一番ゆっくりできる時間です。会社に着いたら、介護のことは忘れて、直ぐに仕事モードへ切り替えです。仕事へ集中することで、介護ストレスの発散になっているのかも知れません。こんな生活もあと2カ月、やっと定年退職の日が来るのです。辞めようと思って2年間。勤めてこられたのも、デイの皆さんと、職場のみんなのおかげです。感謝です。〉

「定年までもうすぐだよ」という同僚の励まし

この体験記には、若年認知症を患った妻の症状を職場に早くカミングアウトし、SOSを発してきたことが同僚の理解と支援につながったとも記してあった。妻の症状が重篤化し、一人にしておけなくなったとき「もう辞めよう」と思い悩んだのだが、「定年までもうすぐだよ」との同僚の励ましで、やっと利用を始めたというデイサービスなど介護サービスの豊富化やその利用効果も両立を後押ししてくれた。適切な配慮があれば「辞めなくてよかった!」ということなのだろう。

あと2カ月で定年。彼はもちろんだが、彼を定年まで支えることができた職場の同僚の「万歳」の声も聞こえてくるような胸が熱くなる一文だ。「あれもこれも」同時にこなさなければならない困難さと同時に、その辛さを潜り抜けた向こう側には仕事を続けることができるということが24時間365日介護漬けにならなくてもいい真っ当な根拠として誰からも支持され歓迎される新しい時代もまた始まっているのだ。

2018年の夏、私は彼の後日談を聞きたくて熊本まで出かけてきた。彼は67歳、妻は65歳になっていた。「通勤時間の1時間が一番ゆっくりできる時間」という過酷な毎日を潜り抜け、無事に定年を迎えたという。妻はもうベッドでの全介助、寝たきりの毎日だが、介護のある暮らしはゆっくりと続いていた。

[立命館大学産業社会学部教授 津止 正敏]

外部リンク

cat_11_issue_oa-president oa-president_0_aal12jajsigt_「指の骨が砕けるほどの拍手で歓迎」入会者を2日間で洗脳する巨大イベントのヤバい光景 aal12jajsigt aal12jajsigt 「指の骨が砕けるほどの拍手で歓迎」入会者を2日間で洗脳する巨大イベントのヤバい光景 oa-president 0

「指の骨が砕けるほどの拍手で歓迎」入会者を2日間で洗脳する巨大イベントのヤバい光景

2021年3月25日 08:00 PRESIDENT Online

マルチ商法などの悪徳商法は、どのようにして構成員を集めているのか。ライターの雨宮純氏は「その手法はカルト集団と類似しており、手口が分かっていても簡単には抜け出せない。勢力は拡大しており、幕張メッセに約3000人を集めて、有名芸能人のネタ披露を催したこともある」という——。

「君ら、何かの宗教とちゃうよね?」

「君ら、何かの宗教とちゃうよね?」

大規模コンベンションセンターのステージでは、テレビでよく見る若手芸人がネタを披露した後、こう不安げに茶化して、参加者約3000人の笑いを取る。これは悪徳商法集団の「環境」で開催されている「全体会議」の一コマだ。

「初回参加のDさんです! 意気込みをどうぞ!」

別のプログラムでは、ステージ上に会員が立ち、求められるままに一言メッセージを述べる。すると、約3000人の構成員たちが異常にも思える拍手で祝福する。

この連載で取り上げている悪徳商法集団の「環境」では、多額の上納金や不衛生なシェアハウス、激しい勧誘といった負担を構成員に強いている。このような負荷を掛けながらも大勢に所属させ続けるため、「環境」ではセミナーで繰り返し承認を与えて動機付けを行っている。

本稿では彼らのセミナーと、そこで与えられた承認により団体の活動を手伝わせる「プロジェクト」という名のタダ働きの実態について迫る。なお、前回と同じく元会員への取材をもとに構成している。

2泊3日でセミナー漬けにされる

「環境」のセミナーには、大きく分けて内部セミナーと外部セミナーがある。このうち優先度が高いのが外部セミナーだ。これは外部の業者に委託しているセミナーで、入会者全員に勧められる基礎コースは2泊3日で行われ、会場は大阪にあるという。

この期間中、入会者は全員セミナー漬けにされる。セミナー費用は約10万円で、東京に住んでいた脱会者のDさんの場合は宿泊交通費を入れると10万円を越えたという。もちろん、全額自己負担だ。「部外者にはセミナーの内容を口外しない」という趣旨の誓約書を書かされているため全容は語らなかったが、集団を密室に閉じ込め、精神的に動揺させられるゲームや瞑想を行うようだ。

また、外部セミナーと言いつつトレーナー役は全員師匠やリーダー(一定数の勧誘実績がある構成員)で、人生の目標も「環境」での活動に結び付けられる。

そして、このセミナーの最後には、ある意味で“強制的に感動させる演出”が待っていた。

感動的な演出で“スイッチを押されたかのよう”に泣いてしまった

「セミナーの最後に『家族や友人、師匠のことを思い浮かべて下さい』と言われて瞑想が始まり、しばらくして促されるままに後ろを振り向くと、紹介者が立っていたんです。そして『これから一緒に頑張っていこう』という内容の手紙を渡されます。

ずっと密室で過ごしていたのと、感動的な音楽が掛かっていたこともあり、気付いたら感動し泣いていました。今思い返すと、まるで何かのスイッチを押されたようでした。」

自己啓発セミナーでは巧妙な集団心理操作が行われ、運営側が狙った心理状態へと誘導される。これにより勧誘にいそしむ動機を植え付けていると考えられ、外部のセミナーを優先して受けさせていることもうなずける。

また「環境」には多種多様な内部セミナーがある。入会するとまず100人規模の「スタートアップセミナー」が行われ、これが終わるとマインドセットや活動内容を学ぶ「基礎トレ」、その復習やロールプレーイングを丸一日かけて行う300人規模の「ワークショップ」が行われる。

そのほかにも、各管轄で結果を出しているメンバーが表彰されスピーチをする500人規模の「ビジネスセッション」というイベント性の高いセミナーもあるという。

これを1カ月サイクルで毎週末に繰り返していく。「環境」では、「成果=やる前提×やり方×やる量」という方程式が重要視されており、やる前提とやり方を基礎トレで学び、やる量である現場をこなすことで成果につながると指導される。

「指の骨が砕けるほどの拍手を!」と指示される

また、セミナーでは入会数はもちろんのこと「初参加」「新規友人数」「プロジェクト参加(プロジェクトについては後述)」といった形で行う表彰が毎回行われる。表彰の基準は厳しくないため、真面目に活動していればかなりの割合で表彰されるが、これにちょっとした高揚感があるそうだ。

セミナーではオーバーリアクションが推奨されており、表彰されると耳が割れんばかりの拍手が沸き起こるという。これは幹部から「指の骨が砕けるほどの拍手を!」と指示されているからだ。

この他にも師匠の話を聞く『師匠の部屋』や、師匠がさらに上位の幹部に質問する『東京カリスマ』など、幹部とのコミュニケーションが取れるセミナーもあるという。また、脱会者のDさんがもっとも記憶に残っていると語ったのが、「自己投資」と呼ばれる毎月15万円の上納金を達成していると参加できる限定セミナーだ。

このセミナーは上納金を支払っているだけで「自己投資を達成した」ということで表彰される。活動の成果ではなく、単にお金を払っているだけで表彰されることに衝撃を受けたという。

「環境」では毎週末のセミナーを通じてある種の勧誘マニュアルを教え込んでいるが、それは同時に承認の場にもなっている。数百人の前で熱烈に承認される場を普段から得られている人は稀であり、頻繁に承認儀礼を行うことで所属の動機付けをしていると考えられる。

そして、この動機付けとして団体内で強く機能しているのが「全体会議」だ。

有名芸能人も多く参加する「全体会議」

「全体会議」というのは毎月行われる「環境」全体のセミナーで、月初か月末の土日で開催される。例年は関東か関西のコンベンションセンターで開催されていたが、数千人が集まるイベントということもあって昨年の緊急事態宣言でいったん中断された。

だが、宣言解除後に復活し、今年の緊急事態宣言発令後も行われているようだ。内容としてはセミナーや表彰のほか、ゲストを招いてのインタビューや余興など、さまざまなプログラムが用意されている。また、テレビでよく見る芸能人もトークショーなどに参加していたという。

筆者が確認したゲスト一覧には、テレビにもよく出演している辛口で有名な女性芸能人や若手お笑い芸人など、芸能人が数多く含まれていた。「有名芸能人がゲストとして来ているのを見ると、すごい団体に入会したような気持ちになった」とDさんが語っており、この芸能人のゲスト出演によって、入会者の心をつかんでいたと考えられる。

芸能人への出演交渉は、クラウドファンディングなどの運営を行う「環境」のフロント団体が取り仕切っているという。なお、現在でもフロント団体のホームページには、全体会議のゲストも含めた芸能人へのインタビュー記事が掲載されている。

また、初回参加の場合は、それだけで紹介者も含め会場の座席を前方に設定される。前方に座れるのは成果を出している人で、団体内では名誉なことだとされている。

さらに、新規入会というだけで壇上に上がることができ、表彰された上にスピーチの機会まで与えられる。数千人の前で拍手されるという非日常的な経験をすることで、多くの参加者が充実した気分を味わうという。このように新規参加者に充実感を与える仕組みを作っているのだ。

オンラインサロンでは身分証明書を提出させている

ほかにも、「太っている人集合」や「童貞集合」というミニイベントも開催されていたようだ。普通なら指摘されたくないネガティブな特徴だが、壇上で顔を売れるのは気分が良いため、多くの構成員が登壇していたという。

普段は自分から言うと恥ずかしい特徴も、それを材料にして目立ち、肯定されるのは快感だ。これには強引に自己開示を行わせ、承認することでカタルシスを得させて組織への所属欲求を高める効果があると考えられる。

「全体会議」は関東か関西で行われるため、長距離移動が多く発生する。その実態も過酷なものだった。

「『全体会議』への移動には『環境』が借り上げたバスが使われます。バスは四列シートで、人数が多いため補助席で過ごす人もいました。金曜日の夜に出発し、月曜日の朝に帰ってくるのですが、そのまま出社するためスーツを持ち込む人も多かったです。

補助席で東京から大阪と聞くとハードに聞こえると思いますが、当時は普段から深夜まで勧誘やミーティングをしていたため、何も現場を入れる必要のない出発前はむしろ楽でした。さらに、月曜日に帰ってきた日か、その翌日の夜には振り返りのミーティングが設定されていました。

学習してから48時間以内に振り返りを行うことで、内容を定着させるためです。また、『全体会議』に参加するためには、『環境』が管理している月額1万円のオンラインサロンに登録する必要があり、これが参加チケット代わりとなっています。この登録にはなぜか運転免許証やパスポートといった身分証明書の画像提出が必要でした。」

「環境」ではオンラインサロン登録時に身分証明書を提出させるため、ここで主な個人情報を握られてしまう。このため、取材の中でも身元割れが強く警戒されており、実際に取材を直前でキャンセルした脱会者がいた。

構成員を動員して通販サイトのランキングを操作

「全体会議」をはじめとしたセミナーの運営は構成員によって行われており、無給であるという。「環境」ではこのような活動を「プロジェクト」と呼ぶ。

具体的には、店舗の手伝いが「店舗プロジェクト」、大規模イベントや出版の手伝いが「全体プロジェクト」と呼ばれている。「店舗プロジェクト」はオーガニックショップ開店準備や仕入れの手伝い、飲食店の従業員などを指す。

飲食店の場合は給料をもらえることがあるようだが、オーガニックショップの場合はほぼ無給。このため、無給労働を行わせる場合は、従業員ではなくインターンとして働く趣旨の誓約書を書かされるという。

また、「全体プロジェクト」というのはイベントや出版の手伝いがメインだ。全体会議の開催前にスタッフ募集のメールが流され、構成員はGoogleフォームで応募する。

この際、応募条件には「自己投資15万円達成」や「勧誘実績3人以上」といった参加資格が設けられている。出版については、幹部が出版した本をWeb購入するよう指示され、恣意的にランキングを上昇させていたという。

同様に、団体が応援するアーティストの曲を同時期にダウンロードしたり、師匠のブログにアクセスすることもあったようだ。しかも、支払いは自腹である。一方で、「プロジェクト」に参加しているとセミナーで表彰されるため、無給労働や自腹購入と引き換えに構成員に承認を与える仕組みになっていたと考えられる。

勧誘の初期段階で連絡を絶つべき

「環境」はさまざまセミナーで承認機会を繰り返し用意し、芸能人を呼んで組織の大きさを印象付け、特に新入りは特別扱いして組織に染めていく。集団の前で繰り返し承認する方法はカルト集団と類似しており、所属への強力な動機付けとなっている。

そうして所属し続けているうちに、15万円の上納金を支払うだけでなく、「プロジェクト」という名のタダ働きにも参加してしまう。数千人の前で壇上に立ち、はちきれんばかりの拍手を向けられれば、手口が分かっていても心理的影響を受けることは十分に考えられる。勧誘の初期段階で連絡を絶つことを強くおすすめする。

[ライター 雨宮 純]

外部リンク

cat_11_issue_oa-president oa-president_0_ea443jeuswbo_関税3割増でも…安い化学品輸出に躍起になる韓国経済の行き詰まり ea443jeuswbo ea443jeuswbo 関税3割増でも…安い化学品輸出に躍起になる韓国経済の行き詰まり oa-president 0

関税3割増でも…安い化学品輸出に躍起になる韓国経済の行き詰まり

2021年3月25日 08:00 PRESIDENT Online

韓国に不当廉売関税を課すことを決定

3月11日、財務省は経済産業省との合同調査に基づき、韓国産の炭酸カリウムに対して暫定的な不当廉売関税(アンチ・ダンピング関税とも呼ばれる)を課すことが適当と結論を出した。

韓国企業が、価格を下げて炭酸カリウムをわが国に輸出した背景には、韓国企業の生き残りをかけた低価格攻勢がある。韓国企業は国内販売だけでは経営が厳しくなるとみられ、低価格での輸出をより重視する傾向がみられる。そうした傾向は今後も続くとみられ、国内外で韓国企業が不当廉売を行っていると判定されるケースは増加する可能性がある。

今回、問題になった炭酸カリウム以外にも、わが国と韓国の間には通商面でいくつかの問題がある。そうした問題の解決に向けてわが国政府は、主張を国際社会に向かってわが国の主張を発信することが必要だ。それによって、一つでも多くの国から支持を得ることに努めるべきだ。わが国の国際的発言力を高めるため、新型コロナウイルスワクチンの供給を目指す国際的な枠組みや、新興国へのインフラ開発支援などに積極的に関与するスタンスを示していけばよい。

「正常価格より安い」日本の業界団体が反発

世界貿易機関(WTO)の定義を参照すると、ダンピングとは、正常価格(国内向けの販売価格)を大きく下回る価額で産品が輸出されることをいう。その結果として、自国の企業(産業)が損害を受けると判断される場合、輸入国はダンピングを防止したり、その効果を相殺したりするために関税(不当廉売関税)をかけることができる。

それは、WTOルールで各国に認められた権利だ。当然のことながら、不当廉売関税の適用には、慎重かつ客観的な調査と、それに基づいた判断が求められる。

今回の韓国産炭酸カリウムへの不当廉売関税の暫定適用を決めた発端は、2020年4月にさかのぼる。当時、わが国の業界団体である“カリ電解工業会”は、韓国産の炭酸カリウムが正常価格より10~40%低い水準でわが国に輸出された事実があると報告した。また、同工業会は、韓国企業のダンピングによって国内企業がシェア低下や販売価格の引き下げを余儀なくされていると申し出、政府に不当廉売関税の適用を申請した。

不当廉売のケースはほかにも

財務省と経済産業省は調査が必要と判断し、供給者である韓国企業(UNID社)に質問状を送付するなどした。その結果、韓国UNID社の正常価格と輸出価格の差は平均して33.29%と算定された。わが国政府は、その差は大きいと判定している。本邦産業の収益への影響を見ると、2017年を基準とした場合、2018年の営業利益は減益、2019年には赤字に転落した。以上の内容は、財務省と経済産業省が公表した資料に記載されている。

それに基づいて、財務省は韓国産炭酸カリウムに対して、4カ月間、暫定的な不当廉売関税率(30.8%)を賦課する。なお、韓国のUNID社に関しては、わが国への水酸化カリウムでも不当廉売を行ったとの認定がなされている。水酸化カリウムに関しては、中国企業も不当廉売を行ったと認定されている。世界的に見て韓国企業の輸出が不当廉売にあたると認定されるケースは多いと指摘する経済の専門家もいる。

生き残りに躍起な韓国企業

コロナショックを境に、利益が出る範囲で価格を引き下げて輸出の数量を増やし、その結果として国際市場におけるシェアを拡大させようとする韓国企業は増えているだろう。なぜなら、韓国国内では、人口の減少や雇用・所得環境の不安定化によって需要が縮小均衡に向かっているからだ。不動産価格の高騰や家計の債務残高の増加なども、内需にマイナスだ。

水酸化カリウムの不当廉売認定のケースを振り返ると、韓国企業が低価格での輸出を重視していることが確認できる。当初、わが国政府は2016年8月から5年間にわたって韓国と中国からの輸入に不当廉売関税を賦課すると決めた。2020年7月、カリ電解工業会は政府に課税期間の延長を申請した。申請に基づき政府は調査を開始すると公表している。

一連の業界団体と政府の取り組みが示唆することは、不当廉売関税の賦課にもかかわらず、韓国企業が低価格攻勢を維持・強化していることだ。

関税に応じる可能性は低い

突き詰めていえば、すでに機能、あるいは生産方法が確立されたモノの輸出に関して、価格引き下げは韓国企業が生き残りを目指す重要な手段の一つといえる。現時点で、政府が韓国産の炭酸カリウムにとった措置はあくまでも暫定だが、韓国企業がそれに応じるとは考えづらい。

むしろ各国政府が、韓国企業が不当廉売を行っていると認定するケースは増加する可能性がある。足許、世界経済は急速かつ大規模な環境変化の局面を迎えている。エネルギー分野では水素の活用を重視する国が増え、そのために脱炭素技術の開発が急がれている。また、半導体分野では、米国が自国の生産力の引き上げに加えて、台湾の半導体産業との協力体制を強めようとしている。

つまり、世界全体で最先端の製造技術を自力で生み出す企業の力が求められている。海外からの技術移転などを重視して汎用品の大量生産によって価格競争力を発揮してきた韓国企業は、これまで以上に低価格での輸出を目指し、収益の維持と増加を目指そうとするだろう。

公務員スキャンダルで揺れる文政権

今後の焦点は韓国が、わが国の暫定措置にどう対応するかだ。足許、韓国の文大統領はわが国への批判的な発言を控えている。それよりも、文氏は不動産価格が高騰する中で浮上した住宅不動産公社職員やその親族による不動産投機疑惑への対応に手一杯だ。支持率低下に直面する文氏としては、このタイミングで日韓関係がさらにこじれて国際社会での孤立感が高まり、それを世論に批判される展開は避けなければならない。

ただし、中長期的な展開として、韓国がわが国の対応を不服としてWTOに紛争処理小委員会(パネル)設置を求める可能性はある。また、対抗措置として韓国が対日輸入品に関税を賦課する展開も考えられる。というのも、日韓の通商関係は円滑ではない。文政権は、わが国がフッ化水素、フッ化ポリイミド、レジストの対韓輸出手続きを厳格化したことを批判し、WTOにパネルの設置を求めている。

長めの目線で考えた時、炭酸カリウムや水酸化カリウムの不当廉売などに関するわが国政府の判断を韓国が批判し、WTOに紛争解決を求める展開は排除できない。そうなった場合を想定して、わが国は国際世論との関係を強化しなければならない。

米国ほか、多くの国から支持を得る必要がある

ポイントは、WTOの紛争解決では、主張の科学的な根拠を示すことが、わが国の求める裁定につながるとは限らないことだ。それは韓国がとってきた福島県などの水産物輸入禁止措置を巡って、WTO上級委員会がパネルの判断(韓国の措置は過度に貿易制限的)を覆し、韓国の主張を容認したことから確認できる。その一因として、韓国が周到に国際世論への根回しや説得を行い、主張への賛同を得たことは軽視できない。

現時点で、わが国は国際世論と良好な関係を持っている。日韓の通商問題に関して、米国は基本的にはわが国の主張を支持してきた。わが国政府はその環境を活かして韓国製品への不当廉売関税などに関して、より多くの国からその必要性と正当性への納得を得なければならない。そうした取り組みが、わが国企業の事業運営の強化、さらにはわが国経済の安定に欠かせない。

[法政大学大学院 教授 真壁 昭夫]

外部リンク

cat_11_issue_oa-president oa-president_0_xa9egxao5uwy_8割が「退職金額を知らないまま定年退職」で起こる老後破綻の自業自得 xa9egxao5uwy xa9egxao5uwy 8割が「退職金額を知らないまま定年退職」で起こる老後破綻の自業自得 oa-president 0

8割が「退職金額を知らないまま定年退職」で起こる老後破綻の自業自得

2021年3月25日 08:00 PRESIDENT Online

老後資金はどのように貯めればいいのか。ファイナンシャルプランナーの山崎俊輔氏は「金融庁が2019年に発表した『老後2000万円不足する』というレポートの土台となった調査によれば、会社員のほとんどが退職金額を知らずに定年を迎えている、と紹介されています。自分はいくらもらえるのか早い段階から把握すると同時に、iDeCoやつみたてNISAといった上積み制度を利用するべき」と指摘する――。

8割の会社員は「退職金額を知らずに定年を迎える」

2019年に話題になった「老後に不足する2000万円問題」。このレポートは今も金融庁のホームページに掲載されています。きちんと読んでみると「老後に2000万円」騒動の内容とは別にいくつか興味深いデータが紹介されています。

そのひとつが「会社員のほとんどは、退職金額を知らずに30年以上働き、定年を迎えている」というものです。

このレポートの元データはフィデリティ退職・投資教育研究所(現、フィデリティインスティテュート退職・投資教育研究所)が実施した調査です。そこではリタイア済みの人たちに「退職金額を知ったのはいつ頃か」と聞いています。その結果に驚かされるのです。

なんと31.6%は「退職して受け取るまで知らなかった」と回答しています。3人に1人弱は退職日に初めて、退職金額を告げられて知るのです。

続いて「定年退職前半年以内」という回答が20.3%で、60歳定年とすれば59歳半年まで自分の退職金を知らない人の割合は半分ということになります。

これに続いて「定年退職前1年以内」というのが12.0%となりますから、60歳定年の場合で59歳を過ぎてからようやく退職金額を把握する人の割合は6割強、おおむね3人に2人ということになります。

さらにアンケート回答の中には「覚えていない」という項目もあり、それが19.9%に達します。自分の退職金額を把握した時期を覚えていない、というわけです。個人的には、これは恥ずかしくて回答を拒否した、つまり退職日まで知らなかったものとしてカウントしていいと思われます。すると、全体の8割は退職金額をほとんど把握しないままリタイアを迎えることになるのです。

平均1000万円以上の退職金の額を知らずに働いている

退職金額が自分の老後にまったく影響しないほど些少であれば、知らないまま定年退職日を迎えて「臨時収入があってラッキーだった」と思うのもありでしょう。しかし「老後に2000万円」の準備のほとんどをこれが占めているとしたらどうでしょうか。

いま、退職金の相場はどれくらいでしょうか。

東京都の中小企業を対象にした調査では、大卒入社定年退職のケースでモデル金額が1203万円になります。もらえる額のボリュームゾーンはもう少し低い500万~1000万円くらいという可能性が高いですが、少なくない金額です。

退職金額は一般に企業規模が大きいほど増えます(これは賃金も高い会社ほど退職金の多くなる関係があるため)。経団連の調査ではモデル額(総合職、大卒定年)は一気に増えて2256万円になります。なんと退職金だけで老後に2000万円問題が解決する人もいるのです。

しかしながら、こうした人生を左右する大きな金額にもかかわらず、定年直前まで無知でいるというのが現実です。つまり、老後資金を「ちゃんと積み立てられているのか」「自分はいくらくらいもらえるのか」をあまり気にせず働いているわけです。考え方によっては、これはとても恐ろしいことであり、愚かなことでもあります。

老後の2000万円は「退職金込み」で目指すもの

もし1000万円のゴールにたどりつく積立定期預金や積立投資をしていたとして、「通帳を忘れた」とか、「残高をチェックせずに30年放置している」とかいうのは考えられません。銀行選びも慎重にするはずです。退職金を知らないで働いている、というのはそれと同じことです。

それに「老後に2000万円」問題をまじめに考え、対策をたてる場合「(退職金や企業年金)+(iDeCoやNISAなどの自助努力分)」の合計で2000万円超えを目指すのが自然です。これが「退職金抜きで2000万円超え」を目指すとすれば、現役時代にかなり無理をした資産形成を行うことになります。

退職金額を知らずに老後の資産形成を行うということは極めて危険です。なぜなら、老後資金の目標額を高く設定したため、金融商品などを購入する際、過剰なリスクテイクをしてしまう恐れがあるからです。運用のリスクを高くしすぎると、急落時などに回復不能な痛撃を食らうこともあります。

あるいは、あまりの目標額の高さに、「どうにでもなれ」「何とかなるさ」と思考停止して貯蓄などの取り組みを断念する人もあるでしょう。退職金を知るかどうかは、マネープランの重要な一歩なのです。

退職金制度の有無と金額を自力で確認する方法

退職金・企業年金制度は各社各様です。公的に一律の積立ルールがあるわけではありません。言い換えれば、社内で情報源をたどることが「自分の退職金」について知る唯一の方法ということになります。

まずは自分の会社で退職金規程を探してみてください。以前は紙に印刷したものが総務や人事部に置かれていることが多かったですが、今はイントラネットや共有フォルダにおいて閲覧する形が主流のようです。誰かの目を気にすることなく、規程を閲覧できます。

退職金の一部ないし全部を企業年金化している場合は、確定給付企業年金の規約、ないし企業型確定拠出年金の規約も設定され、公開されています。

これらの規約や規程をチェックすると「毎月の掛金積立のルール」が記載されています。また「受取額の計算方法」も書かれています。ただし計算に必要な情報が不足していて自分の金額を推定できないこともあります。

会社の標準的な退職金額(モデル退職金という)については、社内の福利厚生の説明資料や労働組合の資料などで開示されていることがあります。過去に確定拠出年金に制度変更したときなどの説明資料も閲覧できればそこに記載があります。

どうしても分からない場合は、人事労務担当に同僚や顔見知りの先輩があれば「ざっくりどれくらいなんですかね」と聞いてしまうのもいいでしょう。「最近辞めた誰々さんがいくらだった」とはいえませんが「まあだいたい○△万円くらいかな」くらいは教えてくれるかと思います。

今いくらもらえるか確認できる制度もある

今いくらの権利があるかを確認できる制度もあります。「ポイント制の退職金」や「企業型の確定拠出年金」、あるいは「キャッシュバランスプラン」と呼ばれる確定給付企業年金などがそれです。

このポイント制退職金の場合、累積ポイントが開示されるので、1ポイントあたりいくらになるか確認して計算します。普通は1ポイントあたり1万円なので、1000ポイントあれば1000万円という感じです。

確定拠出年金は社員一人ひとりのIDとパスワードが付与され、自分で運営管理機関のサイトにログインすれば昨日付の時価残高がすぐに分かります。これは一番リアルタイム性がある確認方法です。

キャッシュバランスプランについては、バーチャルな持ち分額について年に一回程度通知することが多く、だいたいこれくらい、というイメージを持つことができるようになっています。

ただし、いずれも「現在の残高」ですから、このまま勤め続けていけば「定年退職時の残高」はもっと増えます。特に若い社員の場合は、40~50歳代で積み上がる分が多いことも考えつつ、チェックしてみてください。

ただし「退職金なし」の会社もあるので要注意

ただし注意すべき点がひとつあります。「退職金なし」の会社もあることです。

厚生労働省の調査では退職金制度の実施率はおおむね80%なので、2割の会社では退職金がありません。一般的には中小企業ほど実施率が低く、大企業ほど実施率は高くなります。また、社歴が長い会社ほど実施率は高くなり、ベンチャーや社歴が浅い会社ほど実施率が低くなります。

退職金制度は実質的には給料の一部を退職時にもらう仕組みです。もし40年働いて1000万円の退職金をもらったとしたら、毎年25万円を給料でもらわず積み立てていたというイメージです(実際には利息などもありますが、ここでは説明を省きます)。

ですから退職金がない会社の場合は、退職金分を毎月の給料に乗っけてもらっていた、ということになります。もしあなたの会社に退職金制度がないなら、iDeCo(個人型確定拠出年金)の加入を急ぎ、すぐに給料の一部を老後のために積み立てすることをオススメします。企業年金のない会社員は年27.6万円が積み立てられますから、退職金と同じくらいの老後準備になる感覚です。

共働き正社員夫婦ならそれだけで2000万円超えも

「老後に2000万円不足」問題の2000万円という数字は、あくまで平均値であり、いくら不足するか(もしくは足りているのか)、必要な金額はいくらか、は自分自身で考える必要があります。その際、

「退職金・企業年金」+「自助努力」

という式を頭の中に入れておき、勤務先から支給される前者の数字をイメージできれば、老後のマネープランはずいぶん変わってくるはずです。

もし、結婚していて夫婦が正社員で共働きをしていたなら、2人分の退職金をもらえることも確認したいところです。

現在「子供の学費と住宅ローンに追われて、老後の準備なんかする余裕がない」という夫婦も、実は「ダブル退職金」がもらえることで、すでに老後には一定のメドがたっているかもしれません。

また、正社員共働き夫婦にはもうひとつ「夫婦がそれぞれ厚生年金をもらう」メリットがあります。この額が仮に月5万円程度であっても、女性の平均余命(65歳女性は約25年)で計算すると、1500万円の年金収入増なので、妻がパート働きで厚生年金をもらえないケースと比べると、大きな財産となるでしょう。

iDeCo、マッチング拠出、そしてつみたてNISA

最後に、前述した「退職金・企業年金」+「自助努力」の自助努力について。いわば、上積みの制度ですが、これには税制優遇を受けつつ、老後の資産形成をする方法が3つあります。

1つめは、勤務先が企業型の確定拠出年金を実施し、そこにマッチング拠出制度があれば、自分のお金を企業年金制度に追加入金できることです。iDeCoと同等の非課税メリットがあり、口座管理手数料はかからないので、年間2000円ほど有利になります。

2つめは、iDeCoです。働き方によって掛金額上限が変わる(さらに2022年から、他の企業年金制度の水準によって掛金額調整も行われる)という点がややわかりにくいものの、所得控除を受けられ所得税や住民税を軽くしてくれる老後資産形成制度は他にありません。ぜひ活用したいものです(運用益も非課税で、受け取り時に課税。ただし控除枠と軽い税率により完全非課税になることが多い)。

3つめは、NISAです。老後資産形成を視野に置くなら、20年持ち続けることができるつみたてNISAのほうがいいでしょう。年40万円の枠なので、月あたり3万3000円くらいということになります。こちらも運用益が非課税なのが魅力です。

退職金・企業年金制度を知るということは、自分の老後を「見える化」する第一歩を踏み出すということ。3月は定年退職を意識する季節です。自助努力を組み合わせて、老後の不安を早期に解消していくきっかけにしてみてはいかがでしょうか。

[ファイナンシャルプランナー 山崎 俊輔]

外部リンク

cat_11_issue_oa-president oa-president_0_q7fflxy5y7jt_ブッダの言葉に学ぶ「横柄でえらそうな人」を一瞬で黙らせる"ある質問" q7fflxy5y7jt q7fflxy5y7jt ブッダの言葉に学ぶ「横柄でえらそうな人」を一瞬で黙らせる"ある質問" oa-president 0

ブッダの言葉に学ぶ「横柄でえらそうな人」を一瞬で黙らせる"ある質問"

2021年3月25日 08:00 PRESIDENT Online

僧侶でマンガ家としても活躍する光澤裕顕さんは、ブッダは“悪い人”の特徴を熟知していたと指摘します。中でも、とても横柄でえらそうな態度を取る人物を感服させ、弟子入りの申し込みまでさせた質問とは――。

※本稿は、光澤裕顕『生きるのがつらいときに読む ブッダの言葉』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。

何千年もの歳月を経て残った言葉

人間関係に関する悩みは根深いものがあります。それを裏付けるように、ブッダの言葉にも他者との交わりに関する言葉がいくつも残っています。

今日残っているブッダの言葉はブッダ自身が書き残したものではありません。ブッダの死後、弟子たちが集まって文字に起こしたものです。

これが「お経」です。

漢文に訳されたお経には「如是我聞」という定型句で始まるものがありますが、これは「私は(ブッダから)こう聞いた」という意味です。弟子たちが、師との大切な思い出を丁寧に記録している姿が想像できますね。

もちろん、当時はボイスレコーダーなんてありませんから、頼れるのは弟子一人ひとりの記憶だけ。そのため、記録する作業も細心の注意を払って行われたのではないでしょうか。

残念ながら、長い時間の経過の中で消失してしまった言葉や、胸の奥にそっとしまわれたエピソードもあったはずです。

ですから、何千年もの歳月を経て今日まで残った言葉は、弟子たちにとって、とくに印象深かったものや共有すべきだったもの、また、多くの人が求めた事柄だったのでしょう。

説法は一対一で

ちなみにブッダは、説法をするときに「対機説法」というスタイルをとっていました。これは一対一で対面し、相手の能力や素質、理解度に合わせて話の仕方を変える手法のことです。

難しい内容であれば、やさしい言葉を使ったり、動物のたとえ話にしたりと、さまざまな工夫をしながら教えを説いたのでした。

表現を変えながら、相手に正しくメッセージを伝えようとする、ブッダの柔軟性とやさしい人柄が感じられます。

人間関係のイザコザは2500年前も

ブッダとその弟子たちは、「僧伽」という集団を形成して修行に励んでいました。

しかし、農業や牧畜など集団内での生産活動は行っていなかったので、生きていくのに必要な最低限の物資は布施などによって支えられていました。王様や富豪たちから土地の寄進を受けたこともあります。施しを受ける中で、悩みごとの相談も受けていたのでしょう。

ブッダや弟子たちのまわりには、僧俗を問わず、さまざまな人たちが集まっていました。そうした中で、人間関係のトラブルもしばしば発生していたようです。

有名な逸話としては、美男子ゆえにそのモテっぷりが修行の妨げになったアーナンダや、教団の乗っ取りを画策したダイバダッタの話が挙げられます。

「仏説観無量寿経」というお経には、マガタ国(紀元前413〜395年)という国で起こった、親子間の争いの話が語られています。

シチュエーションが違うだけで、問題の本質は現代と何も変わっていません。

ブッダに直接教えを聞くことができた時代でもこんなトラブルが起こっていたくらいですから、たとえ仏の声でも、嫉妬や欲望に駆られた人間の耳には入らなかったということでしょう。

本当に必要なのは「気が合わない人」

では、実際のところ、ブッダは人間関係についてどのように考えていたのでしょうか。私がとくにシビれた一文を取り上げてみましょう。

悪い友と交るな。卑しい人と交るな。善い友と交われ。
尊い人と交れ。
『ウダーナヴァルガ』第25章3

シンプルですが、力強い言葉ですね。

きっとブッダも悪い友や卑しい人に苦労させられたことがあるのでしょう。そうでなければ、こんな実感のこもった言葉は出てきません。

さて、私はここに重要なポイントがあると思います。

それは、ブッダが「気の合う人とだけつるんでいればいい」とは言っていないことです。私たちは自分と気の合う人、つまり自分と似た意見を持つ人を肯定的に捉え、「善い人」と考えがちです。逆に、気の合わない人は「間違った人」として遠ざけ、その人自身に対しても否定的な見方をしてしまうところがあります。

しかし、自分自身の意見が必ずしも正しいとは限りません。あなたが無自覚のうちに、よこしまな考えを正しい判断だと考えていたとしたら、気の合う人もまた、よこしまな意見を持っている人になってしまいます。それならば、耳が痛くても正しい意見をしっかり言ってくれる人の話を聞く方がいい。

私たちは、物事を自分の都合のいいようにねじ曲げて捉えてしまうところがあります。ですから、実は「自分は正しい」と思っているときこそ、落ち着いて考えてみることが必要なのです。

油断して心に隙が生まれると、ブッダの言葉でさえ自己肯定や言い訳に利用しようとします。

気の合う人と過ごす時間は愉快ですし、何より楽でしょう。でも、多少うるさく感じても、あなたの本質をよく知っている友こそが、あなたに必要な気付きを与えてくれるのです。

ブッダの示した「卑しさ」とは

ブッダが残した言葉の中には、短くて簡潔なものが多くあります。けれども、その背景には深い意味が込められています。ここからは、その本質について解説していきましょう。

まず、ブッダが言う「卑しい」とは、どういうことなのでしょうか? これについては、『スッタニパータ』の「蛇の章」で詳しく語られています。

この章の背景は、以下の通りです。

托鉢をしていたブッダが、火を崇める司祭の家を訪れます。そこには聖火が灯され、多くの供物がそなえられていました。近づいてくるブッダの姿を見ると、司祭は、「卑しい奴め、聖なる火が汚れるからこれ以上近づくな!」と横柄な態度を取ります。

ブッダの質素な身なりを見て、見下したのでしょう。

するとブッダは応えます。

「司祭よ、あなたは卑しい奴と言うが、そもそも卑しい人とは何か知っているのですか? 人を卑しい人たらしめる条件を知っているのですか?」

これには司祭もたじろいで、こう思ったでしょう。

(この人はタダ者じゃない!)

ブッダに諭されて、さすがの司祭も素直になります。

「ブッダさん、私は人を卑しい人とする条件を知りません。どうか、私に教えてくれませんか」

そして、ブッダは卑しい人の条件について語り出します。

アドバイスにはタイミングが重要

ブッダは教えを請われて初めて冷静に語り出すのですが、私だったら絶対に無理ですね。最初の発言でカッとなって、即座に言い返してケンカになりそうです。

ブッダは自分が答えを持っているとわかっているときでも、その答えをむやみに振りかざしたりはしませんでした。相手が受け取ってくれるタイミングをしっかりと見極めていたのです。

仏教では、教えの中身もさることながら、この「(タイミングを)見極める」という姿勢を大切にしているんです。いくら正しいことを言っていても、それがまっすぐに伝わらなければ意味がありません。タイミングを間違えてアドバイスをすれば、それは相手にとってイヤ味なお説教になってしまいます。

では、卑しい人の条件をいくつか取り上げてみます。

怒りやすくて恨みをいだき、邪悪にして、見せかけであざむき、誤った見解を奉じ、たくらみのある人、――かれを賤しい人であると知れ。
『スッタニパータ』116

自分をほめたたえ、他人を軽蔑し、みずからの慢心のために卑しくなった人、
――かれを賤しい人であると知れ。
『スッタニパータ』132

実際は尊敬されるべき人ではないのに尊敬されるべき人(聖者)であると自称し、梵天を含む世界の盗賊である人、――かれこそ実に最下の賤しい人である。わたくしがそなたたちに説き示したこれらの人々は、実に〈賎しい人〉と呼ばれる。
『スッタニパータ』135

この他にも『スッタニパータ』の「蛇の章」では、卑しい人を説明する言葉がいくつもあります。

この場ではすべてを紹介することはできませんが、「ああ、こんな人、いるなぁ」と納得すること間違いなしです。ぜひ、一度読んでみてください。

自分の基準が正しいと信じる怖さ

ここで、ちょっと疑問に思いませんか? なぜ、ブッダはこんなにも悪い人の特徴に詳しいのでしょうか。

それは、悟りに至る過程で人間の心の作用を深く観察したからです。ブッダをブッダたらしめた所以の1つは、この観察による客観性でした。

客観性。

これは仕事でもよく聞くキーワードですよね。マーケティングや企画の立案時には、必ずと言っていいほど触れられます。うまくいくプランはこの「客観性」が十二分に考慮されているものが多く、反対に「客観性」を欠いたものは往々にして失敗しがちです。

「○○君は一生懸命なんだけど、客観性が足りないね。思い込みは捨てなきゃ」なんて言われたことはありませんか。

私もマンガを描くときや法話をするときに、よくダメ出しをされます。自分が描きたいことや伝えたいことが先走り、つい独りよがりの内容になってしまうのです。

人は無意識のうちに自分の基準=世間の基準だと勘違いしがちです。「善悪」に対する評価も、自分の基準で判断すると逆転してしまうことがあります。

妙な言い回しになりますが、「正しい悪」や「正しい卑しさ」を見分けるためには、客観的な物差しが必要です。

ブッダに善悪の基準について切り返された司祭はドキリとしたでしょう。自分の価値観で人の善悪を決める行為は、ブッダの言う「誤った見解」を信じること、つまり卑しい行為そのものなのです。

ちなみに、このエピソードの最後では、横柄な態度をとった司祭はブッダの言葉に深く感服し、弟子入りを申し入れています。

[浄土真宗(真宗大谷派)僧侶 光澤 裕顕]

外部リンク

cat_11_issue_oa-president oa-president_0_wil2p23awfii_「戦国時代のしくじり先生」石田三成の失敗にビジネスリーダーが学ぶべきこと wil2p23awfii wil2p23awfii 「戦国時代のしくじり先生」石田三成の失敗にビジネスリーダーが学ぶべきこと oa-president 0

「戦国時代のしくじり先生」石田三成の失敗にビジネスリーダーが学ぶべきこと

2021年3月22日 08:00 PRESIDENT Online

部下としては優秀なのに、リーダーには向かない人がいる。関ケ原の戦いで敗れた石田三成もその一人だ。東京大学史学編纂所の本郷和人教授は「石田三成は極めて優秀だったが、戦争をわかっていなかった。人はあまりに不相応なことをやると、得てしてしくじってしまう」という——。

※本稿は、本郷和人『「失敗」の日本史』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

「人間力を磨かなかった」という失敗

この点は異論もあるのですが、結局、石田三成という人は戦争をわかっていなかった。それに尽きます。加えて、人間というものもわかっていなかった。

三成も「賤ヶ岳の戦い」のときは、自ら槍を持って敵と戦っていた。しかし戦場では、彼の本領を発揮することができない。秀吉もそれはよくわかっていて、三成をデスクワークで重用したわけです。

「机上の空論」という言葉がありますが、机上の仕事も大切です。ただその一方で、どんな資料を見ても「三成は人間的に大きな人だった」という話は出てこない。やはり人間的な魅力はなかったし、だからこそ同僚たちからも認められなかったのではないか。

そこを考えると「人間力を磨くことをしなかった」ことが、彼の失敗だったと言えるかもしれません。僕も人のことは言えないのですが。

「ボスに信頼される部下」の落とし穴

三成が極めて優秀だったことは間違いない。しかし優秀さだけでは人間はついてこないのです。逆に、特段なにもできないのに愛される人もいますが、三成はそうした人間社会の機微がわかっていなかった。

そうした点で三成は、源頼朝の腹心だった梶原景時とよく似ていると思います。三成は、秀吉のことを一番よく理解し、その考えに非常に忠実だった。景時もまた頼朝の考えをもっともよく理解し、忠実だったと思います。両者ともそれぞれ、信頼される部下だったことでしょう。そこは間違いない。

しかしそうしたタイプの人は結局、頼朝だとか秀吉だとか、要するに虎の威を借る狐であって、虎が死んでしまうとどうにもならない。頼朝亡きあと、梶原景時もあっという間に失脚し、みんなから石をぶつけられるようにして死んでしまう。

本音ではやはりみんな、ボスに対して不満があるわけですよ。頼朝に対して不満があるし、秀吉にも不満がある。しかし頼朝や秀吉に直接文句は言えないわけです。そうなると不満を溜め込む相手は、彼らに忠実な梶原景時や石田三成になる。そして、溜め込んだものがボス亡きあとに爆発してしまう。

完全主義者の欠点「ピンチに弱い」

ただし三成の場合、梶原景時とは違って失脚しても命までは奪われず、隠居ということで済みました。それで関ヶ原で、もう一度表舞台に出てきたわけです。

しかし「人間がよくわかっていない」という欠点はそのままだった。それに彼は、ピンチにも弱い。これも僕自身、痛感していますが、ピンチのときにどこまで耐えることができるかで、人はその価値を計られるところがある。ピンチとは、マイナスになることが避けられない事態を意味します。そこでマイナスを最小限に食い止めて、反撃にでることができるかどうか。三成は、それがまったくできなかった。そこは完全主義者の欠点なのかもしれません。計画が少しでもうまく行かないと、それでパニックになってしまう。

たぶん関ヶ原に布陣したときの三成は「俺はやるべきことを完璧にやった。だから偉い」という心理があったと思います。しかし現実は、机上の計画のようには進まない。

そして実際、関ヶ原では三成にとって大きな計算違いが起こってしまいます。

現場のエースを関ヶ原に送り損ねた「計算違い」

まず起こった計算違いとして、大津城で京極高次が突如東軍に寝返りました。三成はそれに「絶対許さん」ということで、立花宗茂、小早川秀包という西軍最強の精鋭部隊を送りこんでしまう。

京極高次は6万石の大名に過ぎません。動員能力はどうがんばっても2000人ほど。言ってしまえば雑魚。それに大津城とは、ただ京都に近いというだけの城。それが寝返ったからといって、なにほどのこともない。手当てする程度の部隊を送っておけばそれでよかった。

しかし完全主義者は、予想外の事態が許せないのでしょうか。あるいは気が動転してしまったのかもしれない。

立花宗茂と小早川秀包は、両方とも10万石程度の大名。それこそ2000人ぐらいの部隊ではありますが、彼らは朝鮮で戦ったときも、お互いに助け合って力戦した武将です。会社でもいますよね。それほど大きな権限は任されていないが、現場ではエースという人。

そのエースを、よりにもよって雑魚相手に派遣してしまった。そのため、ふたりとも「関ヶ原の戦い」に間に合っていません。戦う気は満々だし、戦もうまいしで、もっとも頼りになる部隊だったのに参加できなかった。その影響は相当に大きかったはずです。

島津義弘の処遇を間違えた三成

もうひとつの計算違いは島津義弘の処遇です。島津義弘は関ヶ原へ1500人ほどの少ない兵隊を連れて参戦しました。

石高に比べて明らかに兵数が少ないのは、島津家の事情です。島津家の大ボスは義弘の兄の島津義久。龍伯の名でも有名ですよね。ここまでもたびたび触れてきましたが、この人は鹿児島第一主義者で、中央のことなどまるで興味がない。鹿児島には鹿児島の流儀がある。だからこそ、関ヶ原だろうが天下分け目の戦いだろうが、そもそも知ったことではないというのが基本路線。

しかし弟の義弘は「島津家の保全のためには、中央の動きにもコミットしていかなければ」と考えていたことも、これまで述べてきたとおり。ちなみに、ふたりとも関ヶ原の当時はすでにいいおじいさんになっていました。

この間の朝鮮出兵のときは兄をなだめすかして、期日には遅れながらもなんとか1万人の軍勢を用意できた。しかし関ヶ原のときは、国元で伊集院一族が反乱を起こしていました。

そのため「今、鹿児島を留守にすることはできない」という兄義久の理屈が通り、わずかな数の兵しか戦場に連れてこられなかった。もし島津が1万の兵を送り、その軍勢が関ヶ原で暴れ回っていたら、戦局はどうなっていたでしょうか。

夜襲の提案を「田舎者のやること」と却下

しかし1500人しかいなくとも、戦闘民族である島津家の兵。起爆剤としては十分活用できたはずです。当時の戦争は、兵の大半は農民兵。基本的には戦意は高くありません。だからこそ、まず先陣を切って突入することのできる部隊がとても重要です。

そうした部隊が突入して「これは勝てるぞ」という空気が生まれて、農民兵たちも突撃できるようになる。しかし先陣が弱いと、途端に劣勢という空気が波及してしまいます。そして、もともと戦意が高くない人たちは腰が引けてしまい、その離脱を押さえることもできなくなってしまう。

だから戦闘の口火をきる、起爆剤となる戦力は大事。その意味で言えば、島津の兵は数が少なくとも戦意が高いし強いので、とても頼りになります。起用の仕方によっては十分に活きたと思うのですが、関ヶ原ではまったく動かなかった。

これはどう考えても三成のやりかたや扱いに不満があったとしか思えない。よく言われるのは、義弘が「夜襲をかけよう」と提案したところ、三成に「夜襲などは田舎者のやること。ここは正々堂々の戦いで行くべきだ」と否決されたという話です。

不相応すぎることをやると人はしくじる

こうしたやり取りは、昔からいろいろなところで見られます。古くは1156年の「保元の乱」のときに、源鎮西八郎為朝の父、源為義が「我がほうは兵が少ないし、夜襲をかけましょう」と提案したところ、藤原頼長が「それは田舎者のすることだ」と却下。為義はその時点でこれは負けると思った、という話がすでにありますので、義弘の話もどこまで本当かはわかりません。

しかし少なくとも、島津義弘が気持ちよく「よし、戦うぞ!」と思うことができない状況にいたことは確かで、その原因は、おそらく三成にあったはず。それを踏まえても、三成はやはり大将の器ではないという感じがします。

三成もかつては自ら戦場に出ていたし、その後も補給部隊を担当してきましたから、まったく戦争を知らないわけではありません。補給、ロジスティクスは戦争の重大な要素で、太平洋戦争のときの日本軍はこれをおろそかにしたために負けたとも言われるほどで、極めて重要なパートであることは間違いない。

しかし補給部隊を率いていた三成が、大将として天下分け目の戦いの場に出てきたとき、それを乗り越えられるような経験もなければ才覚もやはりなかった。人はあまりに不相応なことをやると、得てしてしくじってしまう。そんな教訓を教えてくれます。

[東京大学史料編纂所教授 本郷 和人]

外部リンク