国勢調査によれば、日本には2000年まで468万人の「営業職」がいた。ところが2015年までに336万人に減った。営業マンはどこへ消えたのか。統計データ分析家の本川裕氏は「ITによる流通の構造変化により、事務職に取って代わられたようだ」という——。
本稿は、本川裕『なぜ、男性は突然、草食化したのか』(日本経済新聞出版社)の一部を再編集したものです。
躍進する職業は時代を反映「工業化・ハイテク化で伸びた職種は?」
ネット社会化は、通信費の負担増大ばかりでなく人々の雇用や職業の構造についても影響を及ぼしつつある。ここでは、まず、その実態に関わるナゾに迫ってみよう。
図表1は、国勢調査の行われた5年おきに、就業者数の増加率がトップ、および2番目の中分類の職業を列挙したものである。
高度成長期の1960年代後半までは、工業化が著しく進み、それとともに企業社会が大きく成長した時代であり、職業的には、機械工・修理工などが急増し、それとともにドライバーなどモータリゼーション職種や企業社会の進展に不可欠の管理職や技術者などの躍進が目立っていた。
1969年にGDP(国内総生産)世界第2位となった日本は、その後、経済成長の果実として余暇やレジャーなど個人生活が重視される時代が到来した。70年代は、前半も後半も、そうした要請に応え、生活面の充実に寄与する「その他の専門・技術職」が躍進した。
それとともに、高度成長期の「作れば売れる」時代が73年のオイルショックとともに終わり、企業活動にとって経理や販売部門の役割が強まり、70年代には「公認会計士」や「営業マン」が躍進職業となった。
安定成長期に入った1980年代前半の特徴は、何といってもハイテクブームである。躍進職業の1位が「技術者」、2位が「科学者」だったことがこの時代の世相を如実に示している。
1980年代後半、高齢化を反映して「ケア関連職種」が急増した
1980年代後半からはバブルの時代である。レンタル店などバブル経済と関連するとも思われるサービス職が増えてくる。しかし、これを上回ってケア関連のサービス職が増えてくる。
ここでケアとは保育、医療、介護、癒しなどを広く意味している。高齢者の急増を背景に、社会福祉に関し、専門・技術職というより末端を支えるサービス職の大量需要が発生するのである。ここで専門・技術職とサービス職の区分は、高度の専門性・技能・訓練の有無によるものとされている(ただ、栄養士が前者、調理師が後者に属するものとされているように社会通念に影響されているところもある区分である)。
1990年代以降は「ケアの時代」が本格化した時期であり、当初は、施設福祉の職員、その後、在宅介護のホームヘルパーの大量需要といずれもサービス職の躍進が目立ち、その後、2000年代後半からは、ケアマネジャーなど社会福祉分野の専門・技術職へと重点がシフトした。ケア関連職業は躍進職業の先頭に長らく立ち続けている。
社会的に重要性が増していても、確立した職業として認められるまでに時間がかかり、職業分類上、長らく「その他」に区分され続けることがある。
ホームヘルパーや施設の介護職は、現在はともに職業中分類では「介護サービス職」とされ、小分類でそれぞれが独立して区分されているが、こうなったのは2010年の国勢調査からであり、両者とも長い間中分類「その他のサービス職」の小分類「他に分類されないサービス職」の一部とされていた。
00年になってようやくホームヘルパーは中分類「家庭生活支援サービス職」の下の小分類として独立、施設の介護職の中分類は「その他のサービス職」と変わらないが、その下での小分類として独立したのである。
ドラマ「北の国から」に見るケアの時代の人々の人生観
経済発展への寄与、あるいは世帯の所得向上が重要と考えられていた時代から、社会福祉や思いやりの精神が重視される時代へとシフトが起こった。
2002年の9月に放映された「北の国から」の最終回で、純(吉岡秀隆)は、近くに住む恩人への借金返済を滞らせたため、親元である五郎(田中邦衛)の所に帰れなくなっていたのだが、老人となったこの恩人宅をたまたま訪れることになった。純は、からだが不自由となっていたこの老人に対する下の世話まで含めたケアの継続を決意したとき「どうしようもなく熱いものが、ぼくの心をつきあげ」、これをきっかけに人生に対して前向きになり故郷で身を固めることになった。このドラマは人生の目標を「豊かさ」というより「ケア」におこうとする新しい時代精神を示していたと思う。
ネット時代の勃興がもたらした「流通」構造の大変化
このように産業の構造や社会の構造の変化を反映して職種の選択も大きくシフトしてきている。
それでは、最新の時代潮流は何なのだろうか。
それは、図表1の「時代潮流」に示されているように、ケアの専門化と重なる形で訪れた「ネット時代」の勃興だと考えられる。2010年から15年にかけての職業別就業者数の動きをやや詳しく見るため、職業中分類別就業者数の対前期増減率の上位10位(躍進職業トップ10)と下位10位(衰退職業トップ10)を図表2に掲げた。
結論からいえば、営業・販売事務が増加率2位に浮上しているのが注目される。これは「販売類似職業従事者」や「営業職業従事者」など販売関連職が衰退職業の上位に入り、大きく減少していることとも対応した動きだ。つまり、インターネットによる流通が本格化していることを示している。
この点は、図表1に掲げた営業職の過去からの人数推移を追うともっとはっきりする。
職業分類上の大区分のひとつである販売職は、かつて、本来の「販売職」である商店の店主・店員とそれ以外の「販売類似職」に大きく二分され、分類名称上、外交員と呼ばれた営業職は、自分が所有する商品を販売するのではないことからブローカーと同じ扱いで「販売類似職」に属していた。
営業マンの数は2000年468万人→15年336万人
企業の中で商品(不動産・金融・保険商品を含む)の販売を担当する営業職(営業マン、セールスマンなどとも呼ばれる職種)は、1975年までの高度成長期にも企業社会の成長とともに大きく増加したが、70年代後半以降、「作れば売れる」時代から「積極的な売り込み」の時代に変化したこともあって、職種として花形職業となり人数も大きく増加した。
特に80年代には230万人から400万人へと74%増となった。この時期の営業職の増加率は高度成長期をむしろ上回っていたのである。
ところが、バブル経済が最終的に崩壊したのち、2000年の468万人をピークに今度はかなり急速な減少に転じた。営業職という分類名が国勢調査上に正式に認められるようになったのは皮肉なことに減少が目立つようになった10年のことである。そして、15年にはバブル期以前の水準の336万人にまで減った。
「セールスマンの死」を想起させる状況が訪れた
企業を対象に労働力の不足と過剰を調べている労働経済動向調査(厚生労働省)で販売職へのニーズが、近年どのように推移してきているかをフォローすると、かつて一般労働者と比べて需要が大きく、特に不況期にも手堅かった販売職へのニーズは徐々に衰え、2015年頃からは、一般の労働者へのニーズと変わりがなくなったことがわかる。
営業の時代は終焉(しゅうえん)に向かい、作家アーサー・ミラーの有名な戯曲のタイトル「セールスマンの死」を想起させる状況となっているのである。
営業職の減少には、一般的には、日本の流通構造の特徴とされていた多重的な卸売構造が整理され、全国チェーン店の普及などによる流通革新・合理化が進んだことが影響していると考えられる。
しかし、それとともに注目されるのが、営業職に代わって、販売職ではなく事務職に区分される営業・販売事務職が、人数的には及ばないものの大きく伸びてきている点である。
AI時代到来で「足で稼ぐ営業」は消えてしまうのか
時代潮流として、実際に人が動いて顧客とコンタクトをとり、需給を調整しながら販売業務をこなしていくというやり方から、パソコンやウェブ、あるいはスマホなどによるネットを通じた顧客との情報のやりとりで、ある意味「事務的に」販売業務を消化していくパターンへとシフトが起こっていることの反映だと考えられる。
ネットを利用した新しい流通形態というべき「B2C」におけるアマゾンや楽天、「B2B」におけるミスミ(ウェブカタログ、ウェブ受注が特徴の機械部品商社)、「C2C」のメルカリ(個人間取引のオークションサイト)に代表されるネットビジネスやシェアリングエコノミーといったビジネスモデルが、こうした潮流変化を体現しているといえる。
生産面でも、ITやネット処理を担当する生産関連事務職の増加が著しい(2005〜10年には中分類で第2位の増加率)、生産と販売の両面から「ネット時代」が本格化しているのである。
このように見てくると、躍進職業の2位に、ケア関係職業ではなく、「営業・販売事務職」という一見地味で馴染みの薄い職業が登場したことの意味は、やはり、大きなものがあると判断できよう。
なお、図表2の衰退職業のトップに「外勤事務従事者」、5位に「機械検査従事者」が上がっているのもネットを通じたモニタリング・システムが発達したことによる影響と見られる。
さらに役員以外の一般の管理職を指す「その他の管理的職業従事者」の減少率が大きいのも、インターネットの発達で企業組織がフラット化しているためとも考えられる。
こうした職業変化に表れている「ネットの時代」は今後も持続的なのか。また「ネットの時代」が「ケアの時代」とは違ったどのような新しい人生観を生んでいくのか。さらに、ネットと人工知能(AI)が組み合わされた「AI時代の到来」により多くの職業が不要となると大きな話題となっているが本当なのか。これらを見定めるためには、今後も、職業別就業者数の動きから目が離せない。
[統計探偵/統計データ分析家 本川 裕]