築地市場「再開発方針」の素案が発表された
豊洲移転に伴って、2018年10月に閉場した築地市場の再開発方針の素案が東京都から発表された。築地市場跡地は20年の東京五輪・パラリンピックで車両基地として活用した後、40年代までに段階的に再開発を進めることになっている。
都の素案によれば23ヘクタールの跡地を「おもてなしゾーン(国際会議場や高級ホテル)」「水辺の顔づくりゾーン(レストランや緑地)」「交流促進ゾーン(大規模集客、交流施設)」「ゲートゾーン(交通ターミナル機能)」の4つに区分して整備していく方針。中核になるのは「おもてなしゾーン」で、国際会議や展示会・見本市の会場になる「MICE施設」の整備が想定されている。具体的な整備内容は都民などのパブリックコメントを踏まえたうえで19年度末に「築地まちづくり方針」として正式決定するそうだ。
ハッキリ言って「発想がお粗末」
もともと小池百合子都知事は「食のテーマパーク機能を持つ新たな市場」に整備して、築地に戻る市場業者を支援すると公言していた。しかし都の発表では支出が市場関連事業に限られる市場会計から一般会計に約5500億円で買い上げる形で所管を移して、再開発を進めるという。
一般会計で築地跡地を保有することになったおかげで、築地での市場再整備はほぼ不可能になった。それでも東京の価値を大いに高める再開発事業になるなら救われるが、素案を見る限りでは首都東京、世界都市東京に相応しい街づくりができるとは思えない。ハッキリ言って発想がお粗末だ。
MICE施設を中核にするという発想がまずいただけない。昨今、訪日外国人を引き込む集客ツールとして日本各地で巨大なMICE施設の建設計画が進められてきた。しかし国際会議や国際見本市を世界から呼び込むためには業界的な根回しからプロモーション、運営オペレーションを含めたノウハウが非常に重要で、ドンガラだけ立派につくっても簡単には招致できない。競争は非常に厳しい。
現代の東京に世界都市の風格は感じられない
また、私は世界的な見本市や展示会が開かれるMICE施設を見て回ったが、総じて街の中心部ではなく外側につくられている。ドイツではハノーバーやフランクフルトなど巨大なMICEが各地にあるが、催しがないときはMICE施設の周辺はまったく人気がなくなって閑古鳥が鳴く。そんなものを街づくりの中核に据えるべきではない。近辺には東京ビッグサイト(東京国際展示場)や幕張メッセなどの競合施設がすでにあるではないか。
未開の湿地帯に太田道灌が江戸城を築いて城下町を拓き、徳川家康の都市計画によって整備されて、中世江戸時代の東京は世界有数の大都市だった。しかし関東大震災や先の大戦を経て再建された現代の東京に、世界都市の風格は感じられない。たとえばパリの町並み、景観というのはルイ14世がベルサイユ宮殿を築いた頃から基本的に変わっていない。
ロンドンも16世紀のヘンリー8世の時代に開発が進められて原型がつくられた。ローマは2000年前のローマ時代の風格をそのまま残しているし、マドリードの街並みには18世紀のカルロス3世の都市開発が息づいている。ベルリンはかのヒトラーが「世界首都」というコンセプトでグランドデザインした都市であり、分断が解かれて1つになってみるとやはり風格ある街だ。
世界首都といえばニューヨークの代名詞だが、大規模開発と摩天楼化が始まったのは今から100年前のこと。北京は08年の北京オリンピックのために大改造して、世界でも稀なる立体都市に生まれ変わった。空気こそ悪いが今や21世紀の世界都市に相応しい風格を備えていて、東京は完全に追い越された。
築地、勝どき、晴海を「三位一体」で開発
今後は性根を据えて東京をヒト、モノ、カネが集まる世界都市へとつくり変えていかなければならない。その東京の価値を最大限に引き上げてくれる、東京に残された最大最後の開発地が築地跡地なのだ。さらに言えば、23ヘクタールの跡地の取り扱いだけではスケールが小さい。
築地に隣接している勝どきと晴海、ここは都有地がほとんどなのだから、築地、勝どき、晴海を三位一体で開発すべし、というのが石原慎太郎都知事時代に私がCGを使って提案したプランである。石原都政では跡地をバラして切り売りする案もあったが、そんなことをしたら味気ないオフィスビルが立ち並んで土日は閑古鳥が鳴く大手町のようになるだけ。前述した通り、MICE施設をコアにするのも知恵がない。
ロケーションは最高で爽快感抜群
私のイメージにあるのはニューヨークの「バッテリーパーク」、ロンドンの「カナリーワーフ」、シドニーの「ダーリングハーバー」といった大規模な港湾開発によって生まれ変わった臨海スポットだ。世界的な大都市の再開発では港湾開発が重要な役割を果たすケースが多い。寂れ果てた港湾がウオーターフロントの人気スポットに生まれ変わって世界中からヒト、モノ、カネを呼び込む。都市の新たな「顔」になるのだ。
築地、勝どき、晴海の湾岸エリアも構想次第でそうなる可能性を秘めている。JR品川駅と田町駅の間にある品川車両基地の廃止にともなって再開発される跡地を経済特区に指定して国際都市にしようという構想もあるが、あそこは見晴らしが悪くて爽快感もさほどない。
その点、築地、勝どき、晴海エリアのロケーションは最高。海辺から富士山やレインボーブリッジを借景に、東京タワーやビル群がパノラマで見渡せる。夜景も素晴らしく、東京湾の花火大会も目前で見られる。爽快感抜群だ。
ランドマーク、職住近接、食の街
築地、勝どき、晴海の一体開発プランには盛り込むべき要素が3つぐらいある。1つは東京を象徴するランドマーク的な建造物。パリと言えば凱旋門とエッフェル塔、ニューヨークと言えばセントラルパークにかつてのワールドトレードセンター、シドニーならダーリングハーバー、オペラハウス、シドニーブリッジなど。世界的な大都市にはシンボリックな建造物が必ずあって、街の「格」というものを誇示している。東京にはそれがない。スカイツリーは貧相だし、東京タワーは多少貫禄はあるが、エッフェル塔の格には及ばない。「これぞ東京」というランドマークが欲しいのだ。
2つ目の要素は職住近接。海外の企業やビジネスマンを呼び込むには、職場と居住場所が近いことが重要になる。外国人は通勤に1時間もかけるのを嫌がる。職住近接を好むのだ。アジアで言えばシンガポールの街は職住近接しているし、香港も職場と住宅が近い。シンガポールや香港に奪われた多国籍企業のアジア本社機能を奪い返して東京に取り込もうというなら、職住近接のコンセプトは不可欠だ。築地、勝どき、晴海エリアはビジネスの中心地に近いから、住宅を整備すれば職住近接のライフスタイルが提供できる。
3つ目の要素は食。築地のオリジンは何かと言えば基本は魚市場であり、海鮮料理を中心とした食の街というのはやはり訴求ポイントになる。世界中からやってくる観光客はもちろん、近辺で働く大勢のビジネスマンも利用できるような圧倒的な規模のレストランゾーンが必要だろう。
「サン・セバスチャン」のような美食街をつくる
美食の聖地と言われるスペインバスク地方のサン・セバスチャンは碁盤の目のような区画に200軒ものバルやレストランが軒を連ねていて、観光客はそこをそぞろ歩き酒とおのおのの名物料理を楽しむ。私がイメージするのはサン・セバスチャンのような美食街で、隅田川の河口辺りに海を見ながら食事ができる街をつくる。
お台場のヴィーナスフォートを構想した経験から言えば、このレストラン施設はエンクローズドモール(屋根付き、空調付きのモール)にしたほうがいいだろう。日本の冬は結構寒いし、梅雨時は雨が多く、夏は酷暑。エンクローズドモールのほうが通年で快適に利用できる。
ランドマーク、職住近接、食の街。この3つのコンセプトで築地、勝どき、晴海を一体開発すれば、シドニー湾やカナリーワーフに匹敵するような世界中からヒト、モノが集まる魅力的な街ができると思う。
ボードウォークは人々の憩いと出会いの場になる
ちなみに、街はボードウォーク(木の板張りの遊歩道)でつないで、ビジネスエリア、住宅エリア、レストランエリアなどを徒歩で行き来できるようにする。ボードウォークを歩いてどこにでも行けるというのも外国人が好む大事なコンセプトなのだ。
平日はボードウォークを伝って通勤、通学し、土日になるとボードウォーク沿いにあるカフェで緩やかな日差しを浴びながら新聞を読む――。ボードウォークのある世界の街々でよく見かける光景だ。これが案外重要な出会いの場になっていて、そこで意気投合した2人が会社を辞めて、新しい会社を興すこともある。
中央区と江東区の合作で築地、勝どき、晴海をボードウォークでつなげば人々の憩いと出会いの場になる。安心、安全でいつでもレストランやコンビニなどが開いている24時間都市なんて世界中にそうはない。うまく一体開発できれば、世界都市として100年先、200年先まで高い評価を受けるだろう。
[ビジネス・ブレークスルー大学学長 大前 研一 構成=小川 剛 写真=AFLO]