自動車業界は100年に一度という大変革時代にある。その中で、トラック・バス大手の日野自動車は「自動化」という商用車の大変化に挑んでいる。陣頭指揮をとるのは、子会社の日野から親会社のトヨタの役員に移籍した経歴をもつ下義生(しもよしお)社長だ。異色の経歴をもつ下氏に、立教大学ビジネススクールの田中道昭教授が聞いた――。
※本稿は、デジタルシフトタイムズの記事「自動車業界の新潮流「CASE」に日野自動車が仕掛ける大勝負。自動運転商用EVプラットフォームを通じて描くビジョンとは」を再編集したものです。
私たちは「CASE」へ積極的に取り組むべき使命がある
【田中】今、自動車業界は大変革時代に突入しており、トヨタをはじめ多くの企業がモビリティ企業へと変革しようとしています。その中での新潮流が、「CASE」(コネクテッド、自動化、シェアリング、電動化)と呼ばれる技術革新です。
「CASE」が実現すればバスやタクシーの24時間運行といった「自動化」が普及すると考えられており、特に商用車から本格化すると言われています。そのなかで、私は日野自動車が国内で最も高い使命感と問題意識を持つ会社だと思っています。
【下】ありがとうございます。私が日野自動車に入ったのは、トラック・バスは社会インフラであり、社会の中で生かされる商品だと思っていたからです。ただし、地球温暖化・交通事故・労働力不足・過疎地域での公共交通不足といった社会課題は、個々のバス・トラックの改善では解決できません。「CASE」は商用車で先行すると考えられていますから、私たちが積極的に取り組むべき使命があると考えています。
上物と車台を切り離し、車台を自動運転のEVに
【田中】昨年の東京モーターショーで発表されたコンセプトモデル「フラットフォーマー」には衝撃を受けました。
【下】「フラットフォーマー」は、バスやトラックが容量も用途も「固定されたもの」であるという概念を変えます。様々な用途にご利用頂けるよう、物や空間を運ぶ上物と車台を切り離し、車台を自動運転のEVにしています。お客様が接する空間は、様々な価値提供をする場になりますが、それを支えるフレーム・車台は一つのもので対応しようと考えています。
それにより、移動しているバス同士で乗客が移動する、荷物を運ぶドローンが追いかけてきて走っているトラックに自動で荷物を積む、上物は自動販売車や美容室など様々な空間として利用できるというような世界の実現を目指しています。ラストワンマイルはより小さな「フラットフォーマー」がきて、ラスト30センチくらいのところまで運びます。さらにそれ自体が宅配ボックスになってもいいと思っています。
技術的な課題はあるが、10年以内には実現したい
【田中】この世界観は何年後に実現されるのでしょう。行政の特別区などでは実現しやすいのではないでしょうか。
【下】自動運転の技術的な課題はもちろんありますが、10年以内には実現したいです。
【田中】「フラットフォーマー」ではCASEをどのように実現されていくのでしょうか。まず「Connect・繋がる」では、何を狙っておられますか。
【下】私たちの直接的なお客様はトラック事業者様やバス事業者様ですが、その先にはサービスを必要としている生活者がいらっしゃいます。生活者と我々メーカー、一緒にサービスに取り組むパートナー、すべてが繋がることが一番大きなポイントです。
【田中】「Autonomous・自動化」はいかがでしょうか。
【下】労働人口の減少によって、すべての業務を人に頼ることができなくなることが一番大きな理由です。自動化により効率が良くなる、品質が均一になるというメリットもあります。
トヨタと共同で発表した、大型トラックの燃料電池構想
【田中】「Sharing・シェアリング」については、フラットフォーマー自体が一つのものを一社で使うのではなく、色々な業種間や事業間でシェアリングする仕組みですよね。
【下】はい。モノを運ぶ・商品を販売する・リサイクルをするなど、多種多様な業種・事業で利用できるシェアリングの仕組みは今までにはなかったコンセプトです。
具体的には、街において移動が必要なあらゆるもののシェアリングを考えています。街の流れを24時間で見たときに、移動が必要なものは、時間帯によって違います。朝であれば、新聞配達の人もいれば、通勤・通学、ゴミ収集もあり、移動販売車も必要です。その時間帯に応じてサービス、移動を使う方々を、一つのフラットフォーマーが最大効率で貢献できるという姿は、想像しただけでもすごく楽しみです。
【田中】最後に「Electric・電動化」にかける思いについて伺わせてください。
【下】今日本の一年間の物流を、トンキロベース(1トンの物を1km運ぶことを1トンキロとする)で言うと、4000億トンキロほどの総量だと言われています。そのうち半分以上をトラックが担っています。ですからCO2の問題には、真正面から取り組まなくてはいけません。
その中でも排出量が大きいのは、距離が長い大型トラックです。我々は、この大型トラックにも現実的なソリューションとして、ディーゼルエンジン車よりも15%ほど燃費の良い、ハイブリッドの商品を提供しています。とはいえ単一商品の技術だけでは限界があるので、弊社が設立している新会社NEXT Logistics Japanで取り組んでいるような物流効率化とセットで進めていきたいと考えています。
その先には、完全バッテリーEVや、先日トヨタと共同で発表した、大型トラックの燃料電池の構想もあります。環境問題にはあらゆるチャレンジをしないと対応できませんし、私たちにとって、安全と環境は最大の使命だと考えています。
全ての自動車メーカー合計の時価総額をテスラが超えた
【田中】環境への取り組みといえば、8月下旬にテスラの時価総額がトヨタを超え、それから二十日くらいで、全ての自動車メーカー合計の時価総額をテスラ一社が超えました。
これは衝撃的でした。株式市場では、日野自動車含めて日本の自動車メーカーは旧来型の自動車メーカーであり、テスラは自動車メーカーというよりクリーンエネルギーのエコシステムを作っている会社と捉えられています。テスラは、太陽光発電でエネルギーを作り、蓄え、EV車で使うというように一歩踏み込んでおり、「自動車メーカー」という枠を大きく超えているところが注目されています。
【下】テスラは、自分たちで充電設備を配備することにより、顧客にとってハードである車を一番効率的に使える状態を提供していることが強みです。これは日本の自動車メーカーはもちろん、トラック・バスを提供する日野自動車も取り組むべきです。燃料電池トラックを作ったとしても、水素ステーションをどうするかという課題はありますが、民間でできること、行政と一緒に取り組むべきことをより深く考え、一歩一歩前に進めていきます。
「生きるか死ぬか」トヨタ・豊田章男社長のもつ危機感
【田中】下社長がCASEなどの新潮流を積極的に取り入れ、モビリティカンパニーへと変貌を志向されているのは、トヨタへ役員として移籍され、トヨタの変革を目の当たりにしてきた経験があるからなのでしょうか。まずはその経緯を教えていただけますか。
【下】私は日野自動車に技術職で入社し、約30数年間、技術・企画・海外営業と分野は違いましたがずっと日野自動車の中におりました。このままさらにグローバル化を推進していきたいと思っている中で、トヨタへの移籍が決まったのです。それが、トヨタがカンパニー制を始め、猛烈なスピードで改革をはじめた2016年です。
一番ありがたかったのは、豊田章男社長と話をする機会が定期的にあったことで、すごい危機感で「トヨタは変わらなきゃいけない」と語るのです。そういう想いと熱量を目の当たりにし、1年後に日野自動車に戻ってきた時に、自分の仕事をやっていく上で大変身に染みる教えをいただきました。
【田中】豊田社長は日本の自動車産業の中でも早くから「生きるか死ぬか」という高い危機感をお持ちでした。それを下さんも共有されて戻られたのですね。
【下】当時はまだモビリティカンパニーという言葉を使っていませんでしたが、「モビリティカンパニーに変化する」という思いの源泉は当時から会社の中にありました。トヨタグループの中の日野自動車の立場として、思いを共有できたことは大変重要でした。
トヨタが技術的に目指しているものの理解はすごく深まった
【田中】そういう意味では、2018年のCESで豊田社長が自動車会社ではなくてモビリティーカンパニーになるんだと語られ、MONET Technologies(編註:ソフトバンクとトヨタ自動車の共同出資会社。2018年9月設立)の前身となるような話をされていました。そして自動車業界の新潮流である「CASE」の取り組みは、BtoCの乗用車ではなく、バスやトラックといった商用車から始まっていますので、まさに日本の自動車産業の中で下社長がそのリーダー役を担われていると思います。そこまで見越しての人選だったのでしょうか。
【下】それはわかりませんが、仕事をする中でトヨタが技術的に目指しているものの理解はすごく深まりました。同時にそういう技術の出口としてトラックやバスが先行することは、トヨタにいた時から感じており、認識を共有できたことで今に繋がっていると思います。
【田中】以前伺った「変化こそが唯一の永遠である」という下社長の座右の銘は今のお話にも通じるところがあるかと思います。
【下】岡倉天心の『茶の本』にある言葉です。この言葉は、裏を返せば、変化をしないものは必ずいつかは滅びるという捉え方だと思います。だからこそ僕自身、世の中に順応して変化しなければいけないという思いがあります。
ユニクロはベーシックだからこそ常に進化している
【田中】たとえばユニクロ創業者の柳井正さんはベーシックにこだわっています。ベーシックだからこそ実はものすごく変化している。変化してるからこそ、やっぱり常にベーシックでいることができる。あるいは、ベーシックこそ、実は常に進化しているところがありますよね。
【下】おっしゃる通りで、表裏一体の関係だと思います。意識して変化という言葉を使ったのは、特に会社という組織では変化するのが結局は人です。人間はどちらかと言うと保守的になりがちなので、口酸っぱく言い続けた結果少し変化できるぐらいだと思います。ですからチャレンジはずっと続けないといけません。
【田中】DXの企業研究をしていると、成功している会社の共通点はそこに尽きると思います。最近の事例として、アメリカの小売最大手のウォルマートはここ数年でDXに成功しつつあり、評価が高まっています。成功の理由は、CEOが文化の刷新から手をつけたことだと思います。
実は2018年2月に、社名を「ウォルマートストアーズ」から「ウォルマート」に変えています。ストアーズを外したのと同じタイミングでテクノロジー企業になると宣言し、改革を断行した。変化を志向し、企業文化の刷新に目を付けたのが最大の理由だと思います。下社長がCASEを実現していく上でも、変化を社員に訴求することが重要だったのではないでしょうか。
新しいことをやる時には「社長直轄でやる」が大事
【下】そうですね。変化していかなければいけない時に組織の階層がたくさんあったら、変化の訴求はうまくいきません。CASEや現在取り組んでいる新規事業などは意欲がある人を集めて社長直轄でやっています。新しいことをやる時には、これが一番大事だと思っています。
【田中】最後に、下社長にとってテクノロジーやDX(デジタルトランスフォーメーション)は何のためにあるのでしょうか。
【下】一言で言うと全てです。DXなくしては、これからの企業は存続できません。日野はどちらかというと世間から見ても保守的なトラックメーカーという感じが強いと思いますが、ベースのQDR(品質・耐久性・信頼性)含め、日野が大切にしなければいけない部分を残しつつ、DXで仕事のやり方から提供する商品・サービス、お客様との繋がりから全てを、スピード感を持って変えていかないと生き残っていけません。
私たちは、今販売しているほぼすべてのトラック・バスの車両データを毎日のように頂いています。デジタルの強みはデータ共有が一気に進むこと、集まった様々なデータの中から、従来では考えもしなかったような新しい価値提供ができる可能性があります。
デジタルは一社一社の中では進まないことも多く、壁も多いです。だからこそまずやってみようという思いを強くもつことが大事です。そしてトップ、リーダーが決意と覚悟をもってDXを進めていくことが必要だと思います。
[日野自動車社長 下 義生、立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授 田中 道昭]