かつてスティーブ・ジョブズは「なぜ日本ではイノベーションが起きないのか」という質問に対し、「アメリカにはニューヨークがあり、ロサンゼルスがあり、サンフランシスコがある」と答えた。これはどういう意味なのか。『After GAFA』(KADOKAWA)と『アルゴリズムフェアネス』(KADOKAWA)の出版を記念し、インフォバーン共同創業者の小林弘人氏とIT批評家の尾原和啓氏が対談した――。
※当対談は2020年3月4日に実施しました。
「逃げる」ことは権利であり、武器である
【尾原和啓(IT批評家)】以前から思っているのですが、日本人はもっと「逃げる」ことを覚えたほうがいいんじゃないかと。組織からも地域からも国家からも、逃げようと思えばいつでも逃げられるんです。
国家自体は動かせませんが、市民は自由に移動できる。これは市民に与えられた権利であり、武器だと思うんです。どうも日本人は、島国に住んでいるとか、日本語しか話せないという意識に縛られ過ぎている気がします。
【小林弘人(インフォバーン共同創業者)】かつてスティーブ・ジョブズにインタビューしたとき、「なぜ日本ではイノベーションが起きないのか」と直球の質問をしたんです。そうしたら、「アメリカにはニューヨークがあり、ロサンゼルスがあり、サンフランシスコがある」と。つまり、ある都市で失敗しても、別の都市に行けばいいと。失敗できるから挑戦できるというわけです。
【尾原】ハリウッドもそうですよね。動画撮影投影機を発明したのはエジソンですが、彼はニューヨークに映画スタジオを作る一方、あまりにも特許を厳しくしたので、他の人はなかなか映画を撮れなかった。そんな彼らが逃げ出して作ったのが西海岸のハリウッド。映画に限らず、もともと西海岸の豊かな文化は逃げることで生まれたんですよね。
ただし、逃げることと嫌いになることは違います。僕自身、ふだんは日本に住んでいませんが、日本がすごく好き。日本らしさを愛しています。でもより自分らしく自由に生きようと思ったら、今は海外のほうがいいという選択をしただけです。このあたりは、切り分けて考えたほうがいいですね。
外国人を受け入れて「重ねる革命」を
【小林】ベルリンにも、いろいろな国から逃げてきた人がたくさんいます。あるいは日本にも移住者コミュニティは意外と多いですよね。先日、ドイツであるクルド人の方から伺ったのですが、今は埼玉県の蕨(わらび)にクルド人が集まっているそうです。調べてみたら、世界中のクルド人コミュニティの中でも、蕨はかなり巨大らしい。「ワラビスタン」と呼ぶそうです。そんな彼らは祖国を追われて逃げざるを得なかったという面もありますが。
こういう動きを、僕は「重ねる革命」と呼んでいます。何かを打倒したり、追い出したりする革命ではなく、さまざまな立場の人が、それぞれに居心地のよさを求めて現状を変えていく。それが何層にも重なると、やがて大きな変革につながるというイメージです。
【尾原】日本ほど逃げ先として安心・安全な場所はないですからね。今のところ、正式に移民を受け入れているわけではありませんが、何か仕組みを作って世界中の方々の逃げ先になればいいなと思います。そうすると、日本人は海外に行かなくても、いろいろな文化を知ることができるし。
【小林】よく、「日本は平和ですばらしい」と自賛する声をよく聞きます。そんなにすばらしいなら、世界に輸出すればいいのにと思うときがあります。平和の輸出とは何かといえば、戦争難民や圧政からの亡命者を受け入れることです。
実際、バングラデシュに逃げているロヒンギャ難民とか、香港の若い人たちとか、日本に来たがっている方は世界中にいます。ただし、みんな断念または躊躇するのは、日本で英語が通じないこと。それなら、日本国内に英語を公用語とする人たちの 場所を作ればいいんじゃないかと思います。
「言葉の壁」は、むしろ嬉しいもの
【尾原】英語については、日本人も苦手意識を持つ方が多いですよね。だから外国人との間に“言葉の壁”があると思い込んでいる。でも、それはちょっと違うと思うんです。
例えば、エアビーアンドビーで外国人にダントツの人気を誇る神戸市の民家があります。その家の最大の売りは、お母さんの手料理。味噌汁や肉じゃがとか、ごく一般的な日本家庭のごはんを食べたいというニーズは、ものすごく高いんです。
ところが、そのお母さんは日本語しか話せない。でも、どんな国からゲストが来ても何ら問題はありません。「グーグル翻訳」のアプリでなんとかなるから(笑)。むしろ、お母さんが慣れないアプリを使って一生懸命に会話しようとする姿そのものが、ゲストにとっては嬉しいんです。
【小林】なるほど、面白いですね。しかも完全ではないからこそ、その摩擦からある種の“熱気”が生まれる。
【尾原】そうそう。僕自身、ふだん外国人によく道を聞かれますが、英語であっさり答えるとがっかりされたりします。その昔、まだ英語が下手だったころにカタコトで一生懸命説明したときのほうが、かえって喜ばれた覚えがある。そういうシドロモドロなコミュニケーションのほうが、旅の思い出になるからでしょう。それは、僕たちが海外に行ったときのことを考えてもわかりますよね。
だから、流暢に英語を話せないことに引け目を感じる必要はないんですよ。アプリもあるし、カタコトでもいい。旅を楽しみたい人にとって、“適切な善意ある摩擦”は思い出になるからむしろ嬉しいんです。
自分が何者かを言えることが、周囲から愛される第一歩
【小林】僕も英語はそれほど得意ではありませんが、直接アメリカに渡って有名メディアの日本語版のライセンスを取得してきましたからね。よく「どのエージェントにどれだけ手数料を払ったの?」とか聞かれますが、そんな概念すらなかった(笑)。友達になろうと思って、直接訪問して話しただけ。
【尾原】ジェフ・ベゾスと交渉して日本にアマゾンを持ってきた西野伸一郎さん(現富士山マガジンサービス社長)も、そんな感じですよね。かえって言語は不自由なほうが、真意が伝わりやすいこともあります。
【小林】ボキャブラリーの豊富さより、自分が何者なのか、何がしたいのかを熱意を持って伝えることですよね。そういう確固たるものがあれば、相手は耳を傾けてくれるはずです。
例えば、英語が母語ではないあるF1ドライバーが勝利者インタビューで話す英語は、聞き取りづらい上に大したことは言わない。でも勝利者の言葉だから、みんな一言一句漏らさず聞き取ろうとするわけです(笑)。まあ、伝える努力を怠ってはダメだと思いますが。
【尾原】自分が何者かを言えることが、周囲から愛される第一歩。愛でつながると、摩擦はより楽しくなりますからね。
[インフォバーン共同創業者・代表取締役CVO 小林 弘人、IT批評家 尾原 和啓 構成=島田栄昭 撮影=小野田陽一]