地球が人類にもたらした「遺産」をチェック
地球上の自然環境がそこに住む人々の生き方を決定する、という考え方がある。これは「環境決定論」と呼ばれ、四季が織りなす大自然に囲まれてきた日本人には比較的身近な見方でもある。
本書はこうした立場から、地球の誕生からさまざまな変遷を経て人間がどのように現在に至ったかを克明に論じる。副題に「人類を決定づけた地球の歴史」とあるように、地質学・地理学・地球物理学を駆使して人類の進化をもたらした原因を探る。
具体的には、地球内部の構造、プレート(岩板)の運動、海洋の大循環、気候変動、鉱産資源の形成など、最先端の地球科学を解説しながら独自の文明論が展開される。確かに、日本のようにプレートがぶつかる境界で育まれた文明の多くは、地震や噴火の激甚災害と切り離せぬ運命にある。
著者は新進気鋭の宇宙生物学者。科学をわかりやすく伝える稀有の文才を持つ。前著『この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた』が世界的ベストセラーとなったように、文明の盛衰に関するユニークな切り口には定評がある。
本書でも第1章「人類の成り立ち」から第5章「何を建材とするか」を経て最終章「エネルギー」に至るまで、地球が人類にもたらした「遺産」をくまなくチェックする骨太の構成となっている。
ハイテクごみ集積場
たとえば、先端産業を支えるレアメタルの供給に危機感を持つ著者は、日本の「ハイテクごみ集積場」に着目する。「そこに埋まっているごみには、世界で年間消費される金、銀、インジウムの3倍が、そしておそらく白金は6倍も含まれていると試算されている」(192ページ)。地球遺産を人間界で循環する「都市鉱山」まで拡げれば、我が国は資源大国になるのだ。
人類を含めて地球上の生命は、46億年という地球の長大な歴史を繙くことで初めて正しく理解できる。われわれ地球科学者は「地球と生命の共進化」と呼ぶが、地球内部の元素とエネルギーが生命を誕生させただけでなく、生物が地球環境を大きく変えてきた。
「人類はいまでは地球の陸地の3分の1以上を農地に変えた。(中略)そして、僕らの産業は火山よりも多くの二酸化炭素を吐き出し、地球全体の気候を温暖化」(295ページ)させたのである。
長らく西洋では、人間が望む形に自然を改変する「支配型」の自然観が強かったが、近年頻発する気象・地震災害によって、大自然の猛威には逆らえないという「畏敬型」の自然観が浸透している。
環境問題はこの両者に揺れながら激化しているが、本書はグローバル経済を左右する地球環境のベースを正しく理解するうえで恰好の教材を提供する。翻訳も上質の日本語で、日ごろ「教養不足」を痛感しているビジネスパーソンにぜひ勧めたい。
[京都大学大学院人間・環境学研究科教授 鎌田 浩毅]