cat_11_issue_oa-president oa-president_0_289481b1a02b_なぜ日本の学校は「お金」について教えないのか 289481b1a02b 289481b1a02b なぜ日本の学校は「お金」について教えないのか oa-president 0

なぜ日本の学校は「お金」について教えないのか

2020年2月3日 08:00 PRESIDENT Online

学校で子どもにお金について考えさせることは、悪いことなのか。東京学芸大学附属世田谷小学校教諭・沼田晶弘氏は「アクションワールド」という教室内通貨をつくり、実際にクラスでお金を知る疑似体験を行った。そこで子どもたちは何を学んだのか――。

※本稿は、沼田晶弘『世界標準のアクティブ・ラーニングでわかった ぬまっち流 自分で伸びる小学生の育て方』(KADOKAWA)を再編集したものです。

なぜ大人はお金を教えることを嫌がるのか

以前、あるインタビューで、「生徒たちにはどんな子どもに育ってほしいですか」と聞かれたとき、ボクはこう答えました。「もし、日本の法律が急に変わって12歳から社会人になって働けと言われても、うちのクラスの子たちなら、すぐに企業の即戦力として働ける」と。

ボクは、子どもたちとニュースの話をしながら社会のしくみについて説明しているし、授業で会社の経営のことなどにも触れています。それに、大人の人が「子どもにしてほしくない話」の第1位に挙げるであろう「お金の話」も。

うちのクラス出身者は、そこらの小学生に学力で負けても(負けないとは思いますが)、生きる力では負けない。ほかのどんな小学生よりも実社会に触れていると自信を持って言いきることができます。

学校で子どもたちにお金について教えていると言うと、なんで嫌がる人が多いのでしょうか。現代社会にとって、お金はなくてはならない価値基準の一つだし、実際、誰もが仕事でお金を稼ぎ、その稼いだお金を使って生活しているのに、子どもには教えたくない。それって変だと思いませんか?

クラスで行ったお金を知る疑似体験

何年か前、うちのクラスで「アクションワールド」という教室内通貨をつくって、お金について学んだことがあります。ちゃんと紙幣をつくって、偽造されないように「アクション銀行」というハンコを押して。

まず、スタートとして子どもたちにいくらか渡し、「アクションワールド」のルールを決めました。例えば、給食当番をやると給料がいくらもらえるとか、2週間に1回「アクション国」の総理大臣選挙を行うとか。徐々にルールが増えていくのですが、その一覧をわかりやすいように壁に貼り、決められたルールの中で、子どもたちが自由に「アクションワールド」を使うのです。

最初は、誰もが簡単にお金を稼げる給食当番に人気が殺到しました。でも、募集人員を決めたので順番待ちをしなければならず、それだけだとなかなかお金はたまりません。最初に決めたルールの中で、一律で住民税を徴収することにしたので、順番待ちをして給食当番をしても、住民税を払わなければいけないので、お金は減る一方で思うようにたまらないのです。

ちなみに、なぜ住民税を徴収するかと言うと、最初のうちはお金を使う機会がほとんどなかったから。給食のお代わりを「アクションワールド」で買わせるわけにもいかないですしね。

「会社」を立ち上げる子が増え始めた

当初は給食当番をひたすら続ける子が多かったのですが、それが儲からないと気づくと、徐々に会社を立ち上げる子たちが増えました。ルールでは、会社をつくるときは助成金を出し、その会社で人を雇うこともオッケーとしました。

ただし、雇った人の給料は、当然自分が払わなければいけません。それでも、なかなか順番が回ってこない給食当番をやるよりは、会社を始めるほうが絶対に面白いと思う子が増え、急激にたくさんの会社ができ始めたのです。

すると、どうなったかと言うと、最初はスーパーデフレが起こりました。なぜなら、まったくお金が回らなかったからです。

会社を立ち上げて画用紙で財布をつくって売った子もいましたが、結局、どの子も一つ買ったらあとは買わない。アクション国では食費などの生活費がなく消費が生まれないため、そもそも消耗品の販売が成り立たないのです。それに住民税を取られて資金繰りが厳しくなりそうだと感じたら、ますますお金を使おうとしない子が増えました。

昔の日本を彷彿させるアクション国

そのころ、立ち上げた会社の中には新聞社が数社あったのですが、毎週、コンテストを行い、1週間ごとに国営新聞社を決めることにしました。国営新聞社になると助成金が出るので、みんなそれを目指します。同時に国営放送局もでき、国営を目指して新聞社と放送局の競争が始まったのです。なぜなら、国営に選ばれることが一番の稼ぎ道だったからです。

それでも、スーパーデフレは依然として続きます。そして次に何が起こったかと言うと、安いお金で買えるくじが流行り出しました。そう、宝くじです。

ただ一人、お人好しなのか、そこまで考えていなかったのか、当たりくじを引かれてもそのたびに当たりくじを元に戻していたため、何度も当たりを引かれて倒産してしまった宝くじ会社もありましたが……。

国営企業になるか、宝くじで一山当てるか。さらに、ほかのギャンブルも生まれ、だんだんとギャンブル王国のような様相を呈してきました。なんだか昔の(今の?)日本を見ているみたいじゃないですか?

デフレを変えた子どもの一言

ギャンブル王国になった「アクション国」。それでも、まだまだデフレは続いています。そんなとき、ある総理がデフレ脱却のために一つの政策を打ち出しました。なんと、その子のおじいちゃんが銀行の元副頭取だったそうで、すごく研究してきたのです。

その子はボクに「ぬまっち、通貨投入しかない」と言ってきました。「お金がいっぱいあれば使うんだから、お金をばら撒まこう」と。さらに、「でも、ただで撒くのはダメだから、漢字テストでいい点を取ったら、銀行からじゃんじゃんお金をあげてほしいんだ」。

銀行はボクが運営していたのですが、総理の指示だからやってみようということで、その政策を実際に実施しました。さらにオリンピックを開催しようという案も出て、単なるゲーム大会なのですが、みんなでチームをつくって練習し、優勝したチームに賞金を渡すと言うのです。「その賞金も全部、銀行から出して」と、つまりこれも通貨投入ですね。

総理顔負けの子どもの発想力

そうして、通貨投入を続けたら、なんとデフレを脱却したのです。みんなお金がたくさんあるから、「じゃあ使おうかな」となって、総理の狙いがバッチリはまりました。

面白かったのが、この通貨投入を行ったあと、本物の総理の安倍晋三首相がアベノミクスで通貨投入を始めたのです。見事にデフレ脱却を果たした「アクション国」の総理は、そのニュースを見て、「だから言ったじゃん、通貨投入しかないって」という一言。それには思いっきり笑いました。

デフレを脱却し、今度は金持ちのところにどんどんお金が集まるようになると、土地の買い合いが始まりました。彼らにとっての一等地はボクの席の前。ボクがつぶやくことを聞いたり、席に座ったまま話したりできるので、その土地が何千アクションと高騰したのです。

また、金持ちが生まれると、当然、貧乏な子も生まれてしまいます。中には、借金をしないと生活できない子も生まれてしまいました。そんな中でも、さらにさまざまな仕事は生まれていきます。ギターがうまい子をプロデュースしてコンサートを開き、帽子にお金を入れてもらう子や、コンクールに出るようなチェロがすごく上手な子は特別コンサートを開いてくれました。

やっぱりお金を教えることは必要だった

そんな「アクション国」でしたが、ある日、突然、消滅しました。それは、借金がかさんでしまい、つらくなってしまう子が出てきたからです。

ボクが、このとき、すごく悔しかったのが、その借金で困った子たちは自分からまったく動かず、誰にも助けを求めようとしなかったことでした。その子たちが動きさえすれば、絶対に誰かが手を貸してくれただろうし、もしボクに「こんな会社をやろうと思うんだけど」と言ってきたら、「銀行からお金貸すよ、援助もする」と全面バックアップもできたのです。

相談するのが難しかったとしても、ボクが銀行の秘書を募集したときに手を挙げてくれさえすれば、その子たちを雇い、きっと救うこともできたでしょう。ただ、ボクは、こんな子たちが出てしまうからこそ、お金について学ぶことが大切だと思っています。

子どもは、自分でお金を稼がなくても不自由のない暮らしができます。だから、お金の大切さはなかなかわかりません。だからこそ、それを教えてあげなければいけないと思うのです。「アクションワールド」は、子どもにとってはゲーム感覚に近かったのかもしれませんが、その中で、お金を稼ぐことや、お金を使うことの基本は学べたと思っています。

[国立大学法人東京学芸大学附属世田谷小学校教諭 沼田 晶弘]

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cat_11_issue_oa-president oa-president_0_bb768217fdf7_「年収1000万」からコンビニ夜勤に転落したワケ bb768217fdf7 bb768217fdf7 「年収1000万」からコンビニ夜勤に転落したワケ oa-president 0

「年収1000万」からコンビニ夜勤に転落したワケ

2020年2月3日 08:00 PRESIDENT Online

働き盛りのうちに「がん」が発覚したら、どうすべきか。治療に専念しようと退職する人も多いが、それはやめたほうがいい。東京女子医科大学病院がんセンターの林和彦センター長は、「3人に2人は治り、仕事にも復帰できる。ただし退職すると再就職は難しい。仕事を辞めてはいけない」という――。

仕事を辞める必要のない人まで辞めている

がん教育に力を入れてきた私が、今もっとも関心を寄せているのは、がん経験者の社会復帰です。

日本人の多くは、がんに対して大きな誤解を抱いています。ほとんどの方は、「がんになったら必ず死ぬ」ぐらいに思っているのではないでしょうか。実際にはがんの死亡率は下がり続けており、直近では5年生存率が66.4%まで上がってきています。つまり3人に2人は、がんが見つかったとしても助かるのです。

しかし、この事実はほとんど知られていません。どこで講演会をやってもみな、「治る人もいるだろうけど、死ぬ人のほうがずっと多い」と思っています。

その結果、何が起きているでしょうか。がんになった勤務者のうち、34%の方が仕事を無くしています。その多くは自主的に退社しており、くわしく調査すると、退職者のうち32%は診断が確定したとき、さらに9%が診断確定から治療開始までの間に退職しているのです。

治療が始まって体力が落ち、「これではとても仕事は続けられない」という状況になって辞めるのであればまだ理解できるのですが、実際には治療が始まってもいないうちに辞めてしまう人が4割以上いるわけです。

こうした人はみなさん、真面目です。そういう人が「私の人生はもう終わり」と思い込んだり、「他の人に迷惑をかけたくない」「今は治療に専念して、治ったら復職しよう」と考えたりして退職しているのです。

先に述べたように、がんと診断された人の3人に2人は治ります。しかし、いったんがん治療のために退職してしまうと、病気を克服した後に以前のような条件で再就職するのは極めて困難です。30~40代の働き盛りであっても、本当に仕事がないのです。

最終面接までいっても病歴で落とされる

僕の患者さんに、外資系企業に勤めていて、高いスキルを持ち、自分でも特許をいくつも取って、まだ30歳前で1000万円プレーヤーだったエンジニアがいました。この人も「治療に専念する」ということで退職し、予後のいいがんだったこともあって、1年間かけてがんを克服しました。「復職したいので診断書を書いてください」と言われ、僕は「がんばれ」と言って彼を送り出しました。

再就職活動を始めると、最近は優秀なエンジニアは引く手あまたですから、履歴書を出せばどこでも歓迎されます。ところが途中で必ず、「一点だけ確認させてください。履歴書に1年間、空白の時期がありますが、これはどうされていたのですか。MBAを取るために留学していたとかですか」などと質問されます。

そこで「がんになってしまって、1年間治療していました」と正直に答えると、相手の顔がスッと曇って、そこで落とされてしまうのです。

4社受けて、最終的には全部そのパターンで落とされたそうです。彼はそれで就職活動が嫌になってしまい、今はコンビニで夜勤のパートをしています。本人からそれを聞かされて、僕は彼を落とした会社に「がんは関係ないでしょう。もう治っているんですよ」と電話したりしましたが、状況を変えることはできませんでした。

もはやこれは「人権の侵害」である

そんなバカなことがあるのか、と思います。闘病中というのならともかく、「もう治っている」と医者が保証しているのに、それでも受け入れてもらえないのです。がんが治癒したがん経験者は、基本的には健常者と何ら変わらないはずです。骨折で社会復帰できないなどということはないのに、なぜがん患者だけが差別されるのか。もはやこれは人権の侵害であると感じます。

がん治療に関わる立場から付け加えさせてもらうと、一度がんになって闘病を経験した人は、その後の人生をものすごく真面目に生きるようになります。それまでお金がほしいとか地位がほしいとか言っていた人でも、「もうすぐ死ぬかもしれない」というギリギリの状況を1年も経験すれば、「命があるってありがたい」「仕事があるってすばらしい」という気持ちに変わります。

日本経済にとっても、こんな優秀な人材のスキルを活用できないなんて、大きな損失でしょう。年間にがんになる人の100万人のうち、3分の1は就業年齢です。勤めを辞めてしまうがん患者が毎年何万人もいるのです。日本政府は最近「外国からの高度人材の受け入れを増やす」といった話をしていますが、がんにかかったぐらいで採用市場から締め出されてしまっている、目の前の高度人材を先になんとかするべきです。

企業の採用担当者を集めてこういう話をすると、みなさん「お話はよくわかりました。会社に戻って伝えます」と言うのですが、いつまで待っても状況が変わる気配はなく、非常に歯がゆく思っています。

「定年70年時代」にはがんになる従業員が急増する

がんから回復した人の再就業は、今日本政府が進める定年延長の動きとも深く関わってくる問題です。昔50歳だった定年は今や60歳まで延び、本人が希望する場合は65歳まで雇用することが雇用主に義務づけられています。さらに、70歳まで働ける環境づくりを企業に努力目標として課す法改正が、2020年には行われる予定です。

そして、年齢が高くなればなるほど、がんになる確率は高くなります。50歳前にがんにかかる人は、患者全体の5%しかいません。ところが50歳を過ぎると、がんになる人が急激に増えていきます。

がんの原因は、人体の細胞がコピーされる際のエラーです。ただし一度のエラーでがんになることは少なく、何度かエラーが重なり、細胞の顔つきがだんだん悪くなっていった末に、がん細胞に変化するのです。年を取れば取るほど「あと違反1回で免停(がん化)」という状態の細胞が体の中で増えていくのです。

今まで、企業の正社員にはほとんどがん患者はいませんでした。たとえ60歳手前でがんになったとしても、その時点で早期退職してしまったり、闘病しているうちに定年を迎える人が多かったのです。しかし定年が70歳まで延びれば、「働く世代のがん」は急増し、全企業のどんな部署にもがんになった従業員がいる時代になるでしょう。

「がんが治った人」の境遇にもっと関心を

ところが現状では一流企業であっても、「従業員ががんになったときどう処遇するか」というマニュアルがないところがほとんどです。ましてや、がんから回復した人の採用や再雇用について真面目に考えたことがあるのかと、がんを治す医者の側からは問わざるを得ません。

がんから回復した人の再就職や職場復帰が難しい現状は、その人本人にとってはもちろん、企業やひいては日本経済にとっても大変な損失です。「生涯現役社会」の到来によって、その実害はさらに大きくなることは目に見えています。

一人ひとりの働く皆さんにとっては、当面はがんになったぐらいで会社を辞めず、社に籍をおいたまま治療に向かうことが最善の選択となるでしょう。一方で、がんが治った人の職場復帰や採用について、多くの方々にもう少し関心を寄せていただければとも思います。

[東京女子医大がんセンター長 林 和彦]

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cat_11_issue_oa-president oa-president_0_5df4b805de89_なぜゴミ屋敷の住人は平気な顔で暮らせるのか 5df4b805de89 5df4b805de89 なぜゴミ屋敷の住人は平気な顔で暮らせるのか oa-president 0

なぜゴミ屋敷の住人は平気な顔で暮らせるのか

2020年2月3日 08:00 PRESIDENT Online

屋外にまでモノがあふれ出し、悪臭や害虫で近所を悩ませる「ゴミ屋敷」。住んでる人は平気なのだろうか。東邦大学看護学部の岸恵美子教授は「ゴミ屋敷住人は、かつてはきちんとゴミを捨てていたということも少なくない。病気や死別などで、『セルフ・ネグレクト』(自己放任)に陥ることは誰にでもある」という——。

ゴミ屋敷は孤立死につながる生命の問題

近頃、テレビのニュースで「ゴミ屋敷」が頻繁に取り上げられています。「ゴミ屋敷」とは、「ゴミが積み重なった状態で放置された建物、もしくは土地」のことです。ゴミ屋敷の住人がゴミをため込んだり、ゴミをあえて捨てずにとっておいたりすることもあります。

またゴミが堆積しているために、他人からゴミを投棄されてしまうこともあります。そして悪臭やネズミ・ゴキブリの発生などにより、近隣の住環境や治安を悪化させることもあるので社会問題になっています。

こうしたゴミ屋敷が片付かないのは、何が問題なのでしょうか。そして単なるゴミの問題と済ませて良いのでしょうか。実はゴミ屋敷は孤立死につながる生命にかかわる問題でもあるのです。

ゴミ屋敷を生出す「セルフ・ネグレクト」

ところで皆さんは、ゴミ屋敷住人にどのようなイメージを持っていますか? 「そもそも片付けができない人」「生活がだらしない人」「周りのことを考えない自分勝手な人」など、生活のルールが守れない困った人というイメージではないでしょうか。

ところが近所の方や親族に話を聞くと、ゴミ屋敷住人は、かつてはきちんとゴミを捨てていたということも少なくないのです。また、ゴミ屋敷住人が捨てていないにしても、家族の誰かが捨てていて、ゴミ屋敷になったのは何らかの出来事がきっかけだったということも少なくないのです。

ではなぜ、ゴミを放置するようになったのでしょうか? それは彼らのほとんどが「セルフ・ネグレクト」(自己放任)という状態に陥ってしまったからです。

「日常生活に必要な行為を行わない」

セルフ・ネグレクトの特徴をひと言で言うと「日常生活に必要な行為を行わない」ことです。具体的には、洗濯をしない、風呂に入らない、病気なのに病院に行かない、食事をしないなどで、ゴミを捨てずにため込むのもその中の一つです。

セルフ・ネグレクトは具体的には、いわゆるマスコミ等で報道されている「ゴミ屋敷」や多数の動物の放し飼いによる家屋が不衛生な状態、本人の著しく不潔な状態などがあります。また家屋は不潔ではなくても、医療やサービスの繰り返しの拒否や食事をとらないということもあります。

セルフ・ネグレクトは健康に悪影響を及ぼし、水分や食事を摂取しなければ生命にかかわり、「孤立死」につながることもあります。

海外の調査では、高齢者の約9%がセルフ・ネグレクトであったという報告がありますし、特に年収が低い人、認知症、身体障がい者の場合には、15%に及ぶと報告されています。またこの調査では、セルフ・ネグレクト状態にある高齢者の1年以内の死亡リスクは、そうでない高齢者に比べ、5.82倍であったと報告されています。つまり、セルフ・ネグレクトは決して軽視できない問題なのです。

判断・認知能力の低下、落ち込み、喪失感

ではなぜ、日常生活に必要な行為を行わなくなってしまうのでしょうか。認知症や精神疾患等の病気により判断・認知能力が低下して、自分で生活に必要な行動ができなくなったり、生活する意欲が失われたりすることがあります。

また、判断・認知能力の低下はなくても、何らかのライフイベントによる気持ちの落ち込みや喪失感、人間関係のトラブルなどによる生きる意欲の低下や孤立感から、セルフ・ネグレクトに陥ってしまう場合もあります。

明確に生きる意欲がわかないと自覚するというより、「面倒くさい」「もうどうなってもいい」という気持ちが、やがて生活の破綻をきたし、数カ月後にはごみ屋敷になっていきます。

多くは一人暮らしの高齢者で、いくつかの調査では男性が多いという結果もありますが、男女差は明確ではありません。また最近は引きこもりの長期化・高齢化に伴い、50代から60代の引きこもりの人の中に、セルフ・ネグレクトに陥る人がみられ、8050問題と言われています。

セルフ・ネグレクトというと、一人暮らしというイメージを持たれますが、家族がいても家族からネグレクトされた結果、セルフ・ネグレクトに陥る人もいます。最近は母子世帯等で母親が病気などで家事や育児ができないために、ゴミ屋敷で家族で生活し、家族ごと孤立しているという場合もあります。

誰にでも起こりうるセルフ・ネグレクト

セルフ・ネグレクトになるきっかけはさまざまですが、認知症やうつ等の発症で生活が困難になったり、年老いて足腰が弱り体を動かすのがつらくなったり、配偶者に先立たれ一人で生きていくのが面倒になったり、経済的に困窮し希望が見いだせなくなったという人などがいます。また日本人、特に高齢者に多いのは、プライドが高い人、また人から世話を受けることに遠慮がちな人がなりやすいようです。

それまではごく普通に社会生活を送っていた人が、病気やライフイベントなどがきっかけで起こりますから、誰もがセルフ・ネグレクトになる可能性があるのです。ただ、一つの出来事がきっかけで起きるというよりは、いくつかの要因が重なって起こることがあります。次に、よくあるケースを紹介しましょう。

①夫と死別し体を悪くしたA子さん・78歳
5年前に夫と死別し一人で暮らしていたA子さんはきちんとした性格で、毎日家の掃除と庭の手入れをしていました。ところが2年前に膝を悪くしてからは歩くのがつらくなり、掃除やゴミ出しが大きな負担になりました。気がつくと、家の中はゴミが積み重なり、庭も荒れ放題になってしまいました。そのころから近所の人との交流もなくなり、家に閉じこもる生活が続いています。

②妻に先立たれたBさん・73歳
Bさんは、定年後、専業主婦の奥さんと二人で暮らしていましたが、3年前に奥さんが他界。家のことはすべて妻任せだったので、料理や掃除、洗濯などの家事が一切できません。ゴミの分別や出し方もよくわからず、いつの間にか部屋にコンビニ弁当の空き容器や総菜のトレーがあふれています。Bさんは寂しさからか野良猫に餌をあげ始めたことがきっかけで、猫が何匹も家の中にいる多頭飼育の状態で、ゴキブリやネズミで家が不衛生になっています。

③老親の介護で離職したCさん・54歳
Cさんは、長年部品工場で正社員として働いていましたが、5年前に両親の介護が必要になり仕事を辞め介護に専念。3年前に二人を相次いで見送りました。両親が存命の時には年金で生活を共にできましたが、両親が亡くなった後の生活で預貯金を使い果たし、就職活動もうまくいかずイライラが募り、毎日昼間から酒を飲む生活になりました。風呂にも入らず、着替えもせずに、一日のほとんどを家の中で過ごしていました。栄養状態が悪いうえに、記録的な猛暑の中、冷房が壊れたままの部屋で孤立死をしているCさんが、異臭がすると気づいた近所の人の通報から発見されたのは2週間後でした。

④うつで家事ができないD子さん・32歳
D子さんは小学生の娘と二人暮らし。夫とは離婚し、シングルマザーとして娘を育てていましたが、派遣社員として勤務していた会社で上司とトラブルになり、うつ病を発症しました。その後会社を辞め、家に閉じこもる生活になりましたが、家にいると家事も子育ても何もする気が起こらず、娘の食事も作ることができません。娘がコンビニやスーパーで菓子パンや弁当を買ってきて、それを一緒に食べるという生活が続いています。家の中はゴミ箱がなく、足の踏み場がないほど物が散乱し、娘は「汚い」「臭い」といじめられた結果、学校に行けなくなりました。

原因は、大切なものを失った「喪失感」

家族を病気や事故で失った人、災害により家を失った人、リストラにより仕事を失った人、友人や近隣住民とのトラブルで孤立している人、など、セルフ・ネグレクトで共通しているものを考えると、大切なものを失った「喪失感」があるかもしれません。

喪失感による心の隙間を埋めるためや、不安な気持ちを安定させるためにモノをため込んでいるのではないかと思えることがあります。

親しい人との死別の経験は最もストレスが高いことですが、他者との交流がなくなることや、親しい人から自分の存在を否定されることによって、「喪失感」を抱くことがあります。モノをため込む一方で、生活に必要な行為をしなくなることや、病気になっても受診や治療をしないこと、食事を十分にとらないことなどで孤立死に至ることがあるのです。

「個人の自由」を尊重する社会が支援を阻む

ではセルフ・ネグレクトにならないためにどうしたらよいのでしょうか。心や体の病気が原因でセルフ・ネグレクトになった人は、病院で治療を受けるか、高齢者であれば介護保険のサービスを利用することで生活が改善することがあります。

経済的に困窮している人は、行政の窓口に相談に行き、就労支援や生活保護を受けることができれば、生活を立て直すことができるかもしれません。しかし、セルフ・ネグレクトの人は助けを求めることが「できない」人や、助けを求める状態にあることに「気づかない」人なのです。

ではその人の周囲にいる人が気づいてあげて、無理やりにでも病院に連れて行ったり、ゴミを行政が撤去したりしてしまえばよいのではと思う人も多いかもしれません。しかしそこに至るには大きな困難が立ちはだかっています。それは「個人の自由」を尊重する法の壁と社会です。

あなたが愛煙家だとして、医者から「体に悪いから煙草をやめなさい」と言われてその通りにしますか? きっと「医者に禁煙を強要する権利はない」と反論するでしょう。そう、私たちは法に触れず社会や他人に迷惑をかけない限り、いかなる行為も邪魔されない権利を日本国憲法第13条によって保障されています。

つまり、精神的な病によって認知力や判断力が著しく低下している場合を除いて、何人も他人の生き方や生活に介入することはできないのです。この「自由の尊重」は、愚行権とも言い換えることができます。つまり人は、たとえ他人から愚かな行為と思われようと、公共の福祉に反しない限り誰にも邪魔されない権利があるということです。

セルフ・ネグレクトの先にある孤独死の現状

東京都監察医務院で取り扱った「自宅住居で亡くなった単身世帯の者の統計(平成30年)」によると、東京23区内の自宅住居で亡くなった単身世帯の65歳以上は男性が2518人、女性が1349人と2003年以降過去最高となっています。

また日本少額短期保険協会の「孤独死の現状レポート(2016年3月)」によれば、東京23区内の65歳以上の孤独死者(賃貸住居内における)の数は、2002年の1364人から2014年には2885人と2倍を超える増加となり、遺体発見までの平均日数は男性で23日、女性で7日です。

以前私が委員長を務めたニッセイ基礎研究所の調査では、孤立死の要因の約8割がセルフ・ネグレクトでした。セルフ・ネグレクトの先には孤立死が待っているといっても過言ではありません。それがわかっていながら手を差し伸べられない今の法律や社会の壁が立ちはだかり、孤立死は増え続けているのです。

セルフ・ネグレクトに気づいたら

高齢化が進む日本では、今後、セルフ・ネグレクトから孤立死に至る人の数はさらに増えることが予想されます。こうした状況をふまえて、各地域の民生委員は一人暮らしの高齢者への訪問活動を行ったり、行政では見守りボランティアを養成したりするなど、高齢者の見守りに力を入れています。また地域包括支援センターは高齢者の支援を、保健所・保健センターでは精神疾患や障害を持つ人の支援を行っています。

しかしセルフ・ネグレクトは当人がSOSを出さないため、発見することが困難であることと、発見した時にはすでに孤立死していたり、病気が重症化したりしていることがあります。また予算や人員に限りがあるので、行政がさまざまな機関と連携して対応しているこのの、一人ひとりに細やかな対応をすることはできません。

そこで必要になってくるのが親族や知人の協力です。

セルフ・ネグレクトの人のほとんどは他者に心を閉ざしていますが、子どもやきょうだい、友人なら心を開くことがあります。実際、親族や友人の説得によりゴミを捨てるようになったり、医療機関を受診したりするというケースは多いのです。

仮に家族や親族では説得が難しくても、本人の情報を民生委員や地域包括支援センターに伝えれば、何らかの支援につなげてもらうことが可能です。

[東邦大学看護学部、東邦大学大学院看護学研究科教授 岸 恵美子]

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cat_11_issue_oa-president oa-president_0_4404a83c19e4_「マスクすればコロナウイルスを防げる」と思ったら大間違いだ 4404a83c19e4 4404a83c19e4 「マスクすればコロナウイルスを防げる」と思ったら大間違いだ oa-president 0

「マスクすればコロナウイルスを防げる」と思ったら大間違いだ

2020年2月3日 08:00 PRESIDENT Online

帰国の3人感染 新型肺炎“マスクで感染予防”は正しい?――医師がツッコむ「6つの誤解」

新型コロナウイルスの感染が急拡大している。1月29日現在、中国国内の患者数は5,974人。132人が死亡した。

政府は全力で感染拡大の防止に努めている。28日の閣議で新型コロナウイルス感染を指定感染症に追加することを決め、29日にはチャーター機を派遣し、武漢在住の日本人206人を帰国させた。そして30日には帰国者のうち3人が新型コロナウイルスに感染していることが明らかになった。

本稿では、これまでに判明した事実をまとめ、現在の感染対策について解説したい。

■誤解(1)「SARSよりも『感染力』は弱いんじゃないの?」

当初、新型コロナウイルスはヒトからヒトにはうつらない、あるいはうつるとしても、感染力は弱いとされていた。

しかしながら、最近の情報を総合すると、感染力は決して弱くはなさそうだ。新型コロナウイルスは、咳やくしゃみを介した飛沫感染でうつる。専門家は、その感染力はインフルエンザやSARSと同等と考えるようになっている。

ウイルスの感染力の比較には、基本再生産数という指標が用いられる。1人の感染者が、周囲の何人にうつすかを推定した数字だ。新型コロナウイルスは1.4~2.5人だ。

インフルエンザは1.4~4.0人、SARSは2.0~5.0人だ。新型コロナウイルスとほぼ同レベルだと言ってよい。

武漢では医療従事者への感染が広がっている

これは医療従事者も感染しているという事実とも合致する。武漢市当局は21日に15名の医療従事者が感染し、うち1名は重症と発表した。

治療にあたる医療従事者は最高レベルの感染防御をしていただろう。それでも感染するのだから、感染力は高いと考えた方がいい。

「医療従事者の感染」については日本ではあまり報じられなかったが、英科学誌『ネイチャー』は21日に「ニュース」として紹介している。

新型ウイルスに関する情報は厚労省が「管理」し、記者会見という形で公表する。官僚がもっとも怖れるのは、国民がパニック状態となり、収拾がつかなくなることだ。

日本のメディアの情報ソースは役所や有識者が中心だ。有識者は政府の意向を忖度するケースもみられる。この結果、メディアが報じる情報にはバイアスがかかる。

今回の新型コロナウイルスについては、欧米の科学誌や医学誌が参考になる。中国との距離が遠く、日本と比べはるかに影響は少ない。『ネイチャー』をはじめ、欧米の専門誌は最初から楽観視していない。

■誤解(2)「感染防止にはやっぱり『マスク』が有効なんでしょう?」

感染を防ぐにはどうすればいいだろう。マスクがバカ売れして、在庫がなくなっているという。多くの人がマスクに期待している。では、マスクはどの程度有効なのだろうか。

マスクの予防効果について、医療従事者を対象として多くの研究がなされている。そして、一定の効果があることが確認されている。

2017年、シンガポールの研究者たちは米国臨床感染症雑誌に、過去に発表された論文をまとめたメタ解析の結果を発表し、医療従事者がマスクを装着することで、インフルエンザ類似の感染症を66%低下させると報告している。SARSでは87%も低下させたという。

ただ、このような研究成果を一般人に当てはめるには注意が必要だ。そもそも、使っているマスクが違うし、医療従事者は訓練されているからだ。

医療従事者が新型ウイルスに感染した患者を治療する際、N95マスクを用いることが多い。これは米国の労働安全衛生研究所が定めた規格を満たすもので、きちんと装着すると、フィルターを介して、0.3マイクロメートル以上の粒子を95%以上捕捉する。

筆者も装着したことがあるが、肌に密着し、息苦しさを覚えた。市販のマスクとは密着度が異なり、粉塵の吸入予防効果は全く違う。

米国では医療機関にN95マスクを導入する際、医療スタッフに対して顔面への密着度を評価するためのフィットテストが義務づけられている。その後も年に1回の頻度で行う。

一般人のマスク着用のエビデンスは?

では、市販のマスクを一般の方が装着したときには、どの程度の効果が見込まれるだろうか。私が調べた範囲で、このことを検証した論文は少ない。

2010年にフランス、2011年にタイの研究者が、家庭内でのインフルエンザの感染を減らすため、マスク着用を推奨したが、効果はなかったと報告している。

医療従事者と違い、一般人を対象とする臨床研究は実行が難しい。一般人のマスク着用については、まだ十分なエビデンスがあるとは言えないが、多くの医師は、ほとんど効果はないと考えている。

では、なぜマスクをするのか。それは自らが病原菌をうつされないようにするためではなく、自らの口から唾液を飛散させるのを妨げ、周囲にうつさないようにするためだ。つまり、エチケットということだ。マスクの効果を過信してはいけない。

■誤解(3)「中国以外への海外旅行も控えたほうが良い?」

私は問題ないと考えている。これまでに中国で亡くなった患者の平均年齢は73歳で、6割が何らかの持病を抱えていた。持病がない現役世代はあまり心配しないでいいだろう。

一方、持病がない53歳の死亡例もあり、「絶対に安全」とは保証できない。要はリスクとベネフィットをどう考えるかだ。

これは海外への渡航目的、個人の価値観などが影響する。一律に決めることはできない。現在、私が何らかの理由で海外に行かねばならないとすれば、それを上回るだけのリスクはないと判断している。

私にとって、このウイルスとの付き合い方はインフルエンザと同じだ。毎年インフルエンザで多くの人が亡くなっている。米国CDC(疾病予防管理センター)の研究者たちは、「超過死亡」という概念を用いて、世界での年間の死亡者を29万~65万人と推定している。

日本では、山梨県立大学の高橋美保子氏が、1993、97、2000、03年の死亡数を年間2万1000人~2万5000人程度と推定している。死亡の大部分は高齢者だ。

読者の皆さんは、インフルエンザが流行しているからといって、海外旅行を控えないだろう。

もちろん、ワクチンが存在するインフルエンザと新型コロナウイルスは同列に論じることはできない。現在、米ギリアド・サイエンシズ社など3社がワクチン開発に名乗りを挙げている。流行が終息しなければ、日本にも導入されるはずだ。心配な人はそれまで待てばいい。

■誤解(4)「ディズニーランドなど人が多い所には行かない方が良い?」

私は問題ないと考える。なぜなら、ディズニーランドに行くのをやめたくらいで、感染を予防できないからだ。

都市部に住む読者は、通勤・通学ラッシュを経験されているだろう。通勤・通学ラッシュが、毎年の季節性インフルエンザの流行に大きな影響を与えていることは医学界では常識である。

だからといって、通勤や通学を止めることはできない。日本社会で生きていく以上、新型コロナウイルスの感染のリスクはゼロにはできないのだ。

毎日の通勤・通学と比べれば、休日にディズニーランドに行くことのリスクは取るに足らない。楽しみにしているディズニーランドに行くのをやめる必要はない。

■誤解(5)「発熱して、喉が痛い……すぐに病院で検査してもらうべき?」

この問題は難しい。公衆衛生学的な見地から言えば、病院に来ずに、家でじっとしておいて欲しい。

このような症状が出た場合、大抵は普通の風邪で、家で休んでいれば数日で治るし、病院にきて、周囲にうつされては困るからだ。

ただ、そうは言っても新型コロナウイルスは心配だ。現在、私の外来を発熱や咳で受診する患者の多くは「新型コロナウイルスの検査をして欲しい」と希望する。

既にヒトからヒトにうつることが確認され、日本国内に複数の患者が入っているのだから、不安になるのも当然だ。

希望者全員の検査が“できない”理由

このような不安を和らげるには、政府や有識者が「毒性が低い」などの一般論を言っても無駄だ。患者は益々不安になる。このような状態にもっとも効くのは、実際に検査をすることだ。検査をして、自分が感染していないことを確認すると、誰もが安心する。

新型コロナウイルスの検査は簡単だ。鼻腔やのどに綿棒を入れてぬぐい液を採取するPCR法を用いてコロナウイルスの遺伝子の有無を調べればいい。PCR法は多くの感染症に対して、臨床応用されている。シンプルな検査で、設備さえあれば数時間で結果はでる。外部の検査センターに委託する場合でも、翌日には結果が戻ってくる。

ところが、普通の国民は、このような検査を受けることが出来ない。厚労省の方針で、検査は中国からの帰国者や濃厚接触者など、ごく一部に限定されているからだ。

東京都文京区で似鳥クリニックを経営する似鳥純一医師は自らのFacebookに以下のように記している。

「普通に考えて、、新型コロナウイル感染症疑いの方の患者さんを診察した場合、診断のために東京都はすべて検査をしてくれると思うでしょ。

検体の受け入れに関して保健所に質問してみたところ、検査はかなり限定的だってことを知りました。

日本人が二次的に感染をした可能性があっても検体の受け入れはない。。。。。。現在はそのような方針のようです。」(原文ママ)

厚労省がやるべきは、希望者全てが検査できるようにすることだ。財源を用意し、保険診療に入れればいい。あとは放っておいても医療機関と検査会社が体制を整備してくれる。陽性例が出た場合、彼らから報告してもらえば、自動的に情報も収集できる。

1検体で1万円くらいだから、100万人が検査しても、その費用は100億円程度だ。厚労省は公衆衛生のためには、国民は多少の不安は我慢すべきだと考えている。新型コロナウイルス感染で、検査をさせないことは、情報を「隠蔽」することと同義だが、そのことに疑問を感じていない。

■誤解(6)「『指定感染症』に。日本政府はベストな選択肢を取っている?」

ここまで読んで、「感染者がクリニックに殺到したら、クリニックを舞台に感染が拡大するのではないか」とお考えの方がおられたら、センスがいい。私も、その可能性は十分にあると思う。

クリニックには糖尿病や肝臓病などの持病を抱えた高齢者が大勢受診している。彼らこそ、新型コロナウイルスに弱い人たちだ。感染者とは接触しないようにしたい。どうすればいいのだろう。

私は遠隔診断を活用すべきと考えている。スマホの画面で患者の全身状態は十分わかる。患者の状態を踏まえて、説明も出来る。

出来ないのは検査だ。これは検体採取キットをクリニックから送り、患者から検査会社に郵送してもらえばいいだろう。結果は検査会社からクリニックと患者に送れば全くクリニックに来なくてもいい。

この結果を踏まえて、医師が入院が必要と判断した場合だけ、入院してもらえばいい。

中国ではWeChatのアプリで遠隔診断ができる

実は、このようなやり方は既に中国で実施されている。医療ガバナンス研究所には上海在住のスタッフがいる。以下は、その人物から聞いた話だ。

中国では、発熱した人は、WeChatのアプリをダウンロードし、当局に報告することになっている。そうすると、すぐに医師が遠隔で診断する。もし、医療機関を受診する必要があると判断されれば、WeChatアプリから得た住所情報を用いて、車が自動的に手配され、病院に連れて行かれる。医師にかかる必要がないと判断されれば、患者は自宅で待機する。そして、その後の経過を、このシステムを用いて報告する。

では、家族はどうするか。患者は他の家族とは隔離するように指導され、多くの場合は家族が避難する。そして、患者の自宅は消毒される。非常に合理的な対応だ。

日本では感染者は「強制入院」になる

これは日本のやり方とは対照的だ。日本では新型コロナウイルス感染が指定感染症に認定されたため、感染者は約400の指定医療機関に強制入院させられることになる。東京都の場合、都立駒込病院や東京都保健医療公社荏原病院などだ。

何れも重症患者を受け入れる病院である。新型コロナウイルスにもっとも弱い患者が集まっているところに、家で寝ていれば治る可能性が高い患者を収容することになりかねない。

厚労省は現時点での強制入院の基準を法令などで定めていない。「風邪などのような軽症で入院させるかは検討しないといけない」と話しているという。厚労省が報告を義務付けているのは、武漢滞在歴があり、37.5度以上の発熱があり、肺炎の臨床症状を有するケースだ。多くの感染者はすり抜ける。

では、今回の指定感染症の措置は現場にどのような影響がでるだろうか。

私は基準を満たせば、躊躇なく隔離や就業禁止措置がとられると考えている。もし、このような措置をとらず、他者にうつせば、役所の責任が問われるからだ。このような場合の役人の行動原理は責任回避だ。

これは国民にとって堪らない。新型コロナウイルス感染で重症化するのは一部だ。29日現在、中国では5,974人の感染が確認され、重症者は1,239人(20.7%)だ。

20%を超える重症化率は、敗血症や誤嚥性肺炎と比肩する深刻な病気ということになるが、普通の医師なら、そうは考えないだろう。敗血症や誤嚥性肺炎を見落とす医師は少ないが、新型コロナウイルスは症状が出ずに治ってしまう不顕性感染の人が多いので、真の重症化率は遥かに低いからだ。

2週間も家をあけ、仕事を休める人がどれだけいるだろうか

小児や若年世代の感染者の多くは家で寝ていれば、自然に治っているはずだ。ところが、今回の措置により、このような人たちでも、感染が確認されると、2週間も隔離され、就業を禁止されかねない。隠したいと考える人も出てくるはずだ。

一体、いまの日本で2週間も家をあけ、仕事を休める人がどれだけいるだろうか。「多分、新型コロナウイルスではないだろう」という希望的な観測に基づき、検査を受けない人がでてくるだろう。このうちの一部は新型コロナウイルスに感染しているだろう。彼らが感染を拡大させるかもしれない。

新型コロナウイルスはインフルエンザのようなものだ。私が知る限り、国家が強権を発動することで、このような感染の拡大を防げたというエビデンスはない。インフルエンザ対策は、感染したら会社に来ない、解熱しても2日間は休むなどの習慣が社会に根付いたことで、流行が抑制されている。

新型コロナウイルス対策で求められるのも全く同じだ。じっくりと時間をかけて社会で合意を形成し、国民が良識ある行動を取らねばならない。

厚労省は公衆衛生の危機を煽るのではなく、国民視点で対策を見直すべきだ。彼らに求められるのは、公衆衛生を錦の御旗に国民を統制することでなく、国民をサポートすることである。

[「文春オンライン」編集部(上 昌広)]

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NYで大ブレイク中「たい焼き」の大進化をご存じか?

2020年2月3日 08:00 PRESIDENT Online

ニューヨークの若者の間で、日本のたい焼きがブームになっている。だが、その姿は日本のものとは程遠く、独特の形式に進化している。なぜ今、日本のスイーツが注目されているのか。NY在住ジャーナリストのシェリーめぐみ氏が、16歳~21歳の当事者たちに話を聞いた――。

※本稿は、JFNのラジオ番組「On The Planet」内のコーナー「NY Future Lab ミレニアル・Z世代研究所」の内容を再構成したものです。

「今アツい日本の食べ物」を聞いてみると…

アメリカでは日本のラーメンや寿司が大流行しているというのを聞いたことがあるだろう。しかし、それだけだと思ったら大間違いだ。

筆者はJFNのラジオ番組「On The Planet」で、ニューヨークのミレニアル世代(23歳~38歳)とZ世代(10代~22歳)で流行しているモノ・コトを紹介している。今回のテーマ「今アツい日本の食べもの」について、「NY Future Lab ミレニアル・Z世代研究所」のメンバーであるニューヨークのZ世代たちに聞いてみると、ものすごい勢いで答えが返ってきた。

「ポッキーとハイチュウ」、これは多分予測の範囲内だろう。ところが、

「私がアルバイトしている日本の居酒屋では、ゲソの唐揚げがすごい人気」(キサラ、18歳)
「日本のパフェ!」(メアリー、21歳)
「日本のふわふわチーズケーキ! みんな食べてみたい」(キサラ、18歳)
「ラムネ。屋外イベントなどですごい人気ある」(アレスタ、21歳)
「ノリスナック。同級生がいつも食べている」(ミクア、16歳)
「もちアイス! すごい流行ってる!」(全員)

そしておそらく最も意外なのはこれだ。

「タイヤキ!」

たい焼きといえば日本人にはあまりにもお馴染みのアイテム。ホントに今ニューヨークで流行っているの? と首をひねるかもしれない。実際、アジア系の若者が多く集うコリアン・タウンのフードコートでは、ミニチュアのタイヤキがよく売れている。

「お魚のシェイプが可愛い、そして中はあんこではなく、クリーム焼きが人気があるよ」(アレスタ、21歳)

しかし、「タイヤキ」の名前をニューヨークのあらゆるミレニアル世代、Z世代に衝撃的に焼き付けたのはこの店だ。

タイの口からソフトクリームが飛び出している

「TAIYAKI NYC」は、2016年にニューヨークのダウンタウンにオープンして以来、商品がインスタグラムなどのソーシャルメディアに溢れ、タイヤキというものを一躍有名にしたのだ。そしてここのタイヤキは、日本人が想像するたい焼きを超えてしまっている。

普通ならお魚の形をした皮の中に入っているはずのクリームが、タイヤキの口から出ている。しかもこれが冷たい、ソフトクリームだ。

つまり、タイヤキをアイスクリームコーンに見立てるという画期的なアイデアなのだ。さすがにこれはなかなか日本人には思いつかないだろう、と思ったらやはり考案者は日本人ではなかった。

創業者の一人は中国系アメリカ人のジミー・チェンさんだ。自身も25歳のミレニアル世代であるジミーさんはこう語る。「日本は世界に誇る食の王国だ。その日本に旅行中にタイヤキに出会い、ユニークなお魚シェイプのワッフルがある! と驚いたし、その長い歴史も魅力的だった。当時はニューヨークでアジアン・テイストのアイスクリームがトレンドになり始めていたので、ソフトクリームと組み合わせることを思いついたんだ」

タイヤキ・ソフトクリームは大ヒットし、TAIYAKI NYCは4年間でニューヨークだけで3軒、マイアミ、ボストン、そしてカナダのトロントにも出店するまでになったのである。

なぜ、食事ではなくスナックが人気なのか

アメリカではジミーさんに限らず、若いジャパニーズ・カルチャーのファンが間違いなく激増している。

ラボのメンバーは「今は日本のものなら全部かっこいいからね」とさえ言う。

ここ10年来のアニメブームから、ユニクロなどのブランドまであらゆるものが集積して今の日本のポップなイメージを作っている。ネットを通して日本の面白い食アイテムを掘り出す若者も多い。

「日本の食アイテムは、アメリカにはない珍しいものが多いから、それだけですぐネタにできる」

確かに、タイヤキからもちアイスまでインスタにシェアしたくなるのはよく分かる。またアマゾンで買った珍しいスナックなどを「食べてみる」というテーマでユーチューブやフェイスブックに投稿する番組も人気だ。

日本に旅行する若者も増えているから、彼らが持ち帰る情報も見逃せない。そして今年はついに東京オリンピック・パラリンピック。日本への関心はおそらくピークを迎えるに違いない。

ところが、ここで1つまた疑問が生まれてくる。タイヤキももちアイスもチーズケーキも若者に人気があるのは、「食事」ではなく「スナック」アイテムばかりなのは一体なぜだろう?

もちろんスナックの方がアマゾンなどで手に入りやすいというのも理由だろう。でももう一歩踏み込むと、アメリカのこの世代の食に対するはっきりとした傾向が浮かび上がってくる。

“インスタ映え”世代にとって、食はエンタメ

ミレニアル・Z世代は「フーディ」と呼ばれる世代でもある。

「フーディ」とこれまでの「グルメ」との違いは、食べ物をただの美食の対象として捉えていないことだ。Z世代にとって、食はエンタメであり大切なコミュニケーション・ツールである。さらに何を食べるかという選択は、健康や地球環境など彼らの価値観やライフスタイルの重要な部分を占めているのだ。

一時フード・ポルノという言葉が話題になったが、とにかくインスタ映えする食べ物が次々にトレンドになっている。

かつてハイブリッド・デザートと呼ばれたクロナッツ(クロワッサンとドーナツを合わせたスイーツ)や、色鮮やかなレインボー・フードなどもその代表だ。食はこの世代にとって、食べる楽しみはもちろん、ソーシャルメディアで共有してみんなで楽しめる、一石二鳥でコスパのいいエンタメなのである。

だから彼らの食べ物へのこだわりは強い。Z世代に至ってはお小遣いの8割近くを食べ物に費やしているという数字があるほどだ。

そしてインスタ映えを考えた時、食事より手軽で値段も安く、コンパクトではっきりした特色が打ち出せるスナックやデザートが注目されるのは当然の流れと言っていい。

1週間に1度はスナックで食事を済ませてしまう

アメリカのドラッグストアやデリに行くと、グラノーラとナッツ、フルーツで作られたおびただしい種類のスナックバーが並んでいる。シェアオフィス大手「ウィーワーク」のキッチンは無料でいつでも食べてOKのスナックの宝庫だ。

これらのスナックバーは、プロテインなどで栄養をプラスしているものが多い。若い彼らはこれを食事と食事の間や、ジムでのワークアウトの前後にエネルギー補給として食べたり、食事がわりにすることもある。

このように空腹を満たすだけでなく、仕事中に気分を上げるため、頑張った自分へのご褒美のため、という意味ではスナックの人気は高まるばかりだ。

実際、ミレニアル世代の6割が3度の食事よりスナックが好きと答えている。また別の調査では9割以上が少なくとも週に1度は食事代わりにスナックで済ませ、それが週4回になるという人も5割いる。Z世代になるとそれがさらにエスカレートしているという。

いったいなぜなのだろう?

学生も社会人も忙しくてゆっくり食事する時間がない

まずこの世代は本当に忙しい。ゆっくりと食事をとっている時間がないという彼らの現状が浮かび上がってくる。

ランチタイムの前にアプリでオーダーしたサラダを、ピックアップしてすぐにデスクに戻り、パソコンを見ながら掻き込むというのが、IT系を中心とした都市の若者のライフスタイルになっている。

一方で2つも3つも違う仕事を掛け持ちする人、昼は学校、夜と週末は仕事という大学生、高校生でさえお稽古事やアルバイトをしながら試験勉強している。

高度にインフレが進んでも賃金がなかなか上がらない経済の中で、生き残っていくためにはゆっくり食事する時間とお金を犠牲にしなければならない。

だからといって、スナックなら何でもいいというわけではない。まずヘルシーであること。かつてのようなチョコレートバーや砂糖たっぷりのシリアルはアメリカでも敬遠される傾向にある。

そして見かけがいいこと。すでに述べたようにインスタにポストできて一石二鳥だからだ。

そしてもう一つ重要なキーワードは、食のダイバーシティである。

この世代はアメリカ史上最もダイバース、つまり人種的に多様な世代だ。だからかつてのアメリカ人に比べ、常に異文化に対してオープンであるのみならず、むしろこれまで食べたことのない、世界中の新たな食アイテムを常にネットで探している。

そして、手軽に食べられるスナックやデザートなら、より新しいものを取り入れやすいというのが大きい。

タイヤキ・アイスクリームはこうした世代のテイストを象徴するものと言っていい。10年、15年前には絶対に起こり得なかったトレンドなのである。

こうした時代の流れの中で、実は日本の食には大きなチャンスが来ていると言っていいかもしれない。

“ふわふわ”な日本発スイーツが今年ブレイクの予感

ニューヨークタイムスでは、今年の食トレンドは「何が何でもジャパニーズ」と予測している。もちろん、最大の理由は東京オリンピックだ。

その中で大ブレイクが予測されているのは、ジャパニーズスタイルのスフレ・パンケーキ「フリッパーズ」だ。フリッパーズはすでに海外に出店しており、昨年秋に満を持してのニューヨーク上陸を果たした。

同じようにふわふわスイーツとしてすでに人気が定着しているのは、日本式のチーズケーキ。昨年秋、日本のブランドでやはりアジアなどに出店している「てつおじさんの店」が初上陸して話題を呼んだが、実は数年前にもチャイニーズ・アメリカンによる「Keki Modern Cakes」がふわふわチーズケーキを持ち込んでいた。

こうしたアメリカでのふわふわ人気は日本にいる日本人にはなかなか感知しにくかったに違いない。今では本家ジャパンの参入で再び注目を浴び、どちらの店も行列ができる人気である。

日本式パンケーキもチーズケーキも、これまでにアメリカになかった新しさ、そして世界一の長寿国日本の強みでもある、ヘルシーな食のイメージが強く働いているのも見逃せない。そういう意味では日本のブランドにもチャンスがあると言っていいだろう。

よく変化するマーケットでスナックは激戦に

スナック文化が注目されると同時に、食品大手もスタートアップも新たな世代をターゲットに新たなスナック・アイテムの開発を進めている。

一方、集中力が持続する時間が短いミレニアル・Z世代のテイストは、いつどこでどう変化するか分からない。そんな中でビジネスは常に新しいアイテムを注入し続ける必要もある。

TAIYAKI NYCでもクマのキャラクター「ケアベア」とのコラボや、メニューにトレンドのスフレ・パンケーキをいち早く取り入れるなど、常に新しい製品と話題を注入することで、顧客の新鮮な関心を得る努力を惜しまない。

日本からの進出ブランドも、今後は常に新たなトレンドが生まれ続けるマーケットの現状を見極めていくことが大きな課題になりそうだ。

[NY Future Lab ミレニアル・Z世代研究所、ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家 シェリー めぐみ]

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cat_11_issue_oa-president oa-president_0_60bf5c1eec33_日本のクラシックは「オタク」に殺されつつある 60bf5c1eec33 60bf5c1eec33 日本のクラシックは「オタク」に殺されつつある oa-president 0

日本のクラシックは「オタク」に殺されつつある

2020年2月3日 08:00 PRESIDENT Online

日本のクラシック業界が衰退している。それはなぜか。指揮者の大友直人さんは「評論家やジャーナリストの質が変化している。極端にオタク的な評論が増えた結果、嫌いなものを認めない感性を持つ人を増やし、初心者は聞き方を押し付けられるようになってしまった」と指摘する――。

※本稿は、大友直人『クラシックへの挑戦状』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

90年代以降、勢いを失っていった

音楽のすばらしさを言葉で語り尽くすことはできません。しかし人間は、確かに音楽によって心を癒され、励まされたり勇気づけられたりすることがあります。これほど神秘的でおもしろい世界は、他になかなかありません。

そんなすばらしい音楽を、一人でも多くの人が享受できる。それこそが望ましい社会だと私は思います。クラシック音楽には心の琴線に触れるすばらしいものがたくさんありますから、分け隔てなく多くの人が楽しみ、感動を受け取れる存在であるべきだと思います。”高級な音楽”とカテゴライズされることで、聴かれる機会が減ってしまうのは残念なことです。

しかし今、クラシック音楽界は、残念ながら衰退の道を辿っているといわざるをえません。私自身、自戒の念をもって、これまで私たちは、クラシック音楽のすばらしさを人々に知ってもらうための十分な努力をしてきたのか、今の世の中に受け入れてもらえる、適切な内容の音楽を提供してきたのかということを考えています。

戦後の日本のクラシック音楽界を振り返ると、1970年代初頭までは、東京交響楽団や日本フィルが経営に行き詰まるといった悲劇はありましたが、その分野の努力において状況は悪くなかったのではないかと思います。これは、クラシック音楽界にかかわる人たちが、一心不乱に質の向上を目指していた時代です。

しかし1990年代以降……これは残念ながら私が活動する時期とほぼ重なっているのですが、クラシック音楽界は徐々に勢いを失っていったように思います。

かつての評論には「社会」があった

その理由の一つとして、まず、クラシック音楽を一般市民に広げていく使命を持つ評論家やジャーナリストの質の変化が挙げられるでしょう。彼らがどんな哲学やポリシーのもとで、クラシック音楽の世界を広げ、支援しようとしたのか。そのやり方に問題があったのではないかとも思います。

私が子どもだった1970年代まで、クラシック音楽の最新情報を入手する主な方法には、音楽専門誌やFM放送ぐらいしかありませんでした。しかしそこでは、吉田秀和さん、野村光一さん、山根銀二さん、藁科雅美さん、中島健蔵さん、遠山一行さん、寺西春雄さん、さらにその前の世代だと、日本の音楽評論の先駆者である大田黒元雄さん、野村胡堂(あらえびす)さんなど、私自身は音楽家としてほぼ接点のない、大正、明治生まれの世代の評論家の文章を読むことができました。

この世代のまっ当な人たちは音楽に詳しいだけでなく、社会とはどういうものなのか、さらに、社会において文化や音楽はどのような存在なのかを十分に理解されていたのではないかと思います。今、聴衆が求めている情報は何か、自分の発信するその情報が世の中においてどんな意味を持つのかを認識したうえで、言葉を発していたように思います。

「嫌いなものは認めない」人を増やしてしまった

しかしいつからか、音楽専門誌で書かれている評論は、極端にオタク的なものとなっていきました。もちろん、広い知識を持ち、適切な評論を発表する書き手もまったくいないとはいいませんが、アマチュアのそれこそオタクのような人か、音楽家志望だった中途半端な人たちや自称音楽ジャーナリストやライターが、あるときから増えてしまいました。それによって、一般の音楽愛好家がもう少し多くのことを知りたいと思ったときに、評論サイドの個人的嗜好を知らされるだけで本当に有益な情報を得られる場所がなくなってしまったのです。特に、初心者でこれからクラシック音楽を好きになっていこうとする人にとって、適切な情報や文章が提供される場は、ほとんどなくなりました。

長年にわたり、多くの評論家やジャーナリストがその文章や発言によって音楽界を盛り上げるという視点に欠けていたことは否めない事実でしょう。

こうした積み重ねがどんな状況を生んだか。日本のクラシック音楽の聴衆の間に、極端なオタク的感性を持つ人が増えてしまいました。自分の好き嫌いがはっきりしていて、嫌いなものは認めない。排他的な感性を持つ人を増やしてしまったといえるでしょう。

現場と社会を結ぶ「パイプ」不在の状況

この状況は、情報を発信する人たちの自覚が著しく欠けていたためにもたらされた悲劇だったと思います。もちろん私たち演奏の現場にいる人間の責任も大きい。しかし立ち止まることもできず、毎日ひたすら走り続けている演奏の現場を高い見識を持って社会と結びつけてくれるパイプの役割を果たすのが、評論やジャーナリズムのはずです。この数十年間、日本ではその機能が十分に働いていなかったのではないかと思います。

評論家やジャーナリストに、自分もクラシック音楽界の一翼を担っているのだという大きな責任感や使命感を持ち、自分自身の実力と置かれている立場を理解している人がどれだけいたでしょうか。社会をより一層豊かなものにしていくために活動しているのだという意識を持つ人が、少なくなってしまったのではないかと思います。

「背中を追いかけたくなる大人」が減っている

人が誰かの影響を受け、憧れて上を目指そうとするには、その周囲に本当に魅力的な先人がいることが大切だと思います。それはたとえば、身近なところでいえば父親や母親、学校や習い事で出会う先生など、さまざまなケースが考えられるでしょう。

教育によってそういった立派な人物が増える世の中になれば、自然とその波及効果が出てくるでしょう。理想論、教養主義と言われるかもしれませんが、やはり教養豊かで魅力にあふれた大人の存在は、社会や若い世代を変えると思います。

強い哲学を持ち、日々がむしゃらに勉強した明治生まれの世代の人たちが社会を引っ張ったころのような雰囲気が、もう一度戻ってはこないものか。これは音楽界に限らず、政財界を含め多くの分野において感じることです。

戦後の日本の音楽界を形づくった、戦前、戦中生まれの世代の人たちというのは、限られた環境のなかでも音楽のすばらしさに魅せられ、ただひたすら、一心不乱にその魅力を世の中に伝えようとしていました。

クラシック音楽黎明期のレベルでは、技術的、能力的にできないことが多かったかもしれません。しかし、この音楽の魅力はここにあるのだ、大切なポイントはこれだということをしっかりと理解し、それを世の中に伝えるべく、演奏家、教育者、評論家として、確信をもって邁進した人たちが存在しました。

ところが我々の世代になると、恵まれて豊かな時代に育ったがゆえに、何が大事で、核心はどこにあって、それをどう伝えなければならないかをしっかり意識することなく、漫然と音楽の世界に足を踏み入れる人が増えてしまった。音楽にとって一番大切な骨格や土台をきちんと認識できないまま、この世界で活動している人が多くなったように思います。

今の時代、憧れて背中を追いかけたくなるような魅力的な大人が減っているのではないか。これは、自戒を込めて感じていることです。

「満席のお客様の前で演じてこそ意味がある」

私は今、クラシック音楽界は、マネジメントのあり方も含め、多くのことを見直すべき時期に来ているのではないかと、心底思っています。

いいものをつくっていればいつか認められる、いずれ広がっていく。そう信じて、お客さんが入らなくても必死に耐えて活動を続けている音楽家はたくさんいます。しかし現実には、ただ演奏しているだけではなんの変化も起きません。

以前、東京文化会館での企画の相談を、能楽師シテ方の梅若猶彦(なおひこ)さんに持ち掛けたことがありました。梅若さんは真っ先にホールの客席数について尋ねられた。2300席だとお答えすると、「それじゃあ2300席を満席にする内容を考えないといけませんね」とおっしゃいました。私は普段の感覚で、「その観点からのスタートですか?」と言ったら、「当たり前じゃないですか! 私たちの仕事は、満席のお客様の前で演じてこそ意味があるんですよ。クラシックはそうじゃないんですか?」と言われてしまいました。

優秀なリーダーが集まりにくい業界

自分でも情けないのですが、我々演奏家は、リハーサルと本番に全力で向かい、それだけでいっぱいになってしまう。その先を考える余力を持つことがなかなかできません。でも、能の世界しかり、歌舞伎の世界しかり、「満席のお客様に観ていただいてこそ価値がある」。公演の採算を考えても当たり前のことです。あらゆるところに気を配り、アイデアを出す。本来は、そうでなくてはいけないのです。

とはいえ、コンサートをつくっているのは演奏家だけではありません。オーケストラやホール、マネジメントのスタッフの力もとても重要で、それぞれが努力を重ねています。しかし現実問題として、クラシック音楽のマネジメント側の人材に目を向けると、本当に優秀なリーダーが少ないという厳しい現状もあります。

世の中はいつだって優秀な人を求めています。本当に高い能力のある若者は、求められて一流企業や官庁の仕事に就いたり、自らベンチャー企業を立ち上げるなど、別の道に進んでしまうケースが多い。ビジネスとしての成功が簡単ではなく、不安定なクラシック音楽界には、なかなか優秀な人材が集まらないのです。

若者と新しいコンサートシーンを創り出したい

戦後すぐの時代にN響の事務長をつとめた前述の有馬大五郎さんなどは、今考えてもオーケストラマネージャーとして相当優秀な方だったと思います。しかしそれも、当時の日本では、クラシック音楽がまだ黎明期にあったから実現したことだったのかもしれません。

もちろん、今、クラシックのマネジメント側で働く人々の多くは、音楽を愛し、本物の音楽を届けようと試行錯誤しながら勇気を持ってこの困難な世界で努力を重ねているすばらしい人たちです。

本当に実力のあるアーティストを育て、価値のある演奏会をつくるにはどうしたらいいか。もしかしたら、すでに何かしらの固定観念に縛られている自分に近い世代の人に、変わらないといけないと伝えるより、次の時代をつくる若い人と議論を交わしていくほうが近道なのではないかと最近は思っています。中学生や高校生のような若い世代に、知識や社会観、自分が理想とする音楽観を伝えたり、議論してみたりすれば、そのなかから次の時代を担ってくれる人材が生まれるかもしれません。

目を凝らして若い才能を見つめて、新しいコンサートシーンを一緒に創る人を見つけ出したい。異論を唱えて、向かってきてくれるくらいの人材のほうが、私はむしろうれしいです。こちらが打ちのめされて、負かされたってかまいません。まだ私にも戦う気力はありますから。創作意欲、夢と希望にあふれる10代や20代の方と一緒に物づくりをしたい。今はそんなことを夢見ています。

[指揮者 大友 直人]

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cat_11_issue_oa-president oa-president_0_c7de2fcc9638_大王製紙が「ダサくないナプキン」を出せたワケ c7de2fcc9638 c7de2fcc9638 大王製紙が「ダサくないナプキン」を出せたワケ oa-president 0

大王製紙が「ダサくないナプキン」を出せたワケ

2020年2月1日 12:00 PRESIDENT Online

生理用ナプキンのパッケージは総じてダサい。商品のロゴが前面にあり、機能性を謳うコピーが書かれ、どこかに白色が入ったものが多い。そんな中、大王製紙が異色のパッケージの新商品を投入し、市場を広げつつある。なぜこれまで生理用ナプキンには「ダサいもの」が多かったのか――。

清潔な印象を与える「白に近い色」が鉄板だった

大王製紙が2018年10月に発売を開始した生理用ナプキン「エリス コンパクトガード」シリーズは、デザインが新鮮だ。赤や青の色使いはビビッドで、パステルカラーなどを使った「いかにも生理用品」なデザインとは一線を画す。

なぜ生理用ナプキンは「いかにも」なパッケージばかりなのだろうか。開発担当者の本彩氏はこう説明する。

「衛生用品なので、清潔な印象を与える白に近いカラーがいわば『鉄板』として使われてきました。また、生理前や生理期間中は女性にとって心や体の調子を崩しやすい時期。花やハートなどファンシーなモチーフがあしらわれることが多い背景には、約1カ月に一度のペースでやってくる憂鬱な時期を、少しでも明るい気持ちで過ごせるようにというメーカー側の思いがあります。実際、マーケティング調査で消費者にアンケートを採っても、そういうデザインに好感を持てるという答えが大半を占めるんです」(本氏)

「赤色は使わない」暗黙の了解があった

女性の生活必需品であるはずの生理用ナプキンだが、その歴史は意外にも浅い。『生理用品の社会史』(田中ひかる著、角川ソフィア文庫)によれば、国内で初めて生理用ナプキンが発売され、普及したのは1960年代。それ以前は布や紙、脱脂綿で処置していたため、経血がもれるなどの問題があり、女性の活動は制限されていた。

その後、1980年代にかけて複数の企業が市場に参入。競争によって技術革新が進み、生理用ナプキンは便利で快適なものに変わった。一方で、生理について「汚いもの」「隠してしかるべきもの」という価値観は根強く残ることになった。

その影響もあるだろう。生理用ナプキンのパッケージに関しては「経血そのものを連想させかねない赤色は、使うべきではないという暗黙の了解があった」(本氏)という。

若年層「生理用品っぽくないデザインが欲しい」

今回、その赤色をなぜ「解禁」したのか。背景には、若年層の意識の変化がある。

大王製紙の生理用ナプキンはこれまで、20~30代をコアターゲットにしてきた。だが、「コンパクトガード」の開発に際しては10代後半~20代前半に照準を絞り込んだ。

少子高齢化の進展で、生理用品市場は長期的に縮小トレンドにある。また、各社の商品の機能がほぼ拮抗(きっこう)している状態にある今、消費者は一度使った商品に満足し、同じものを購入し続ける傾向も強い。市場で生き残っていくためには、大学進学や就職で親の庇護下から独立し、自分で生理用品を選ぶようになる「移行」のタイミングで、自社製品を認知してもらう必要があると考えたのだ。

若年層へのヒアリングを重ねて見えてきたのは、意外な反応だった。

「『生理は隠すべきもの』という意識が薄くなっていると感じました。ナプキンはポーチに入れて持ち運ぶのが通例で、今もそれが主流であることには変わりありません。ただ、ターゲット層では約5人に1人が『ポーチを使用しない』と答えました。ここ数年はファッションの世界で小型バッグが流行している影響もあって、個包装のままバッグに入れておく人も増えていると考えられます」(本氏)

「隠すべきもの」という意識が和らぐと、生理用品にもファッション性を求める傾向が強まる。パッケージに関してアンケートを採ると、「もっと生理用品っぽくないデザインが欲しい」という声が60%近くに上った。

「これまで私たちが避けてきた赤色も、サンプルを見せたら『かわいい!』と好感触でしたね。社内からは売り上げが落ちることを心配する声もありましたが、ターゲット層の声を信じて市場へ送り出しました」(本氏)

発売後、「コンパクトガード」を含む商品群の売り上げは前年比で8.8%増えた。デザインと機能性を両立した商品として市場に受け入れられたのだ。

ホテルのアメニティーのような高級感

「コンパクトガード」の新デザインの発売から1年後の2019年10月。大王製紙はさらに攻めたデザインの生理用ナプキンを売り出した。

「エリス Megami 素肌のきもち」の通常商品は淡いピンクとブルーが基調になっている。だが、ネット通販限定デザインは落ち着きのあるブラウン一色。開発を担当した實川智美氏は「ホテルのアメニティーのような高級感を意識した」という。商品名や医薬部外品として必要な表記も極力目立たない場所にプリントされている。

ネット通販だから実現できた、シンプルなデザイン

あまりにも「生理用品っぽくないデザイン」なので、コンビニやドラッグストアに置くのは難しい。パッケージからは読み取りにくい情報を、商品紹介のページに明記してフォローできる通販サイトだからこそ、実現できたシンプルさだ。

2019年10月に販売を開始すると、ネット上で一気に話題が拡散。一時、在庫切れになるほど注文が殺到した。

この商品でターゲットに設定したのは30~40代。いわば「普通のナプキン」を使い続けてきた世代に対して、目新しいデザインでアピールする狙いだった。しかし、それより若い世代からも反響は大きかったという。

「仮にアパレルのお店に置かれていても違和感がないくらいの、暮らしになじむファッション性が支持されたと思います」と實川氏。現在の取り扱いはロハコの通販サイトのみだが、消費者からは「実店舗でも売ってほしい」という要望もある。今後は「ネット以外」での展開も模索していきたいという。

「生理中=ハッピー」でなくてもいい

開発を担当した本氏、實川氏も20代だ。生理に関しては彼女たち自身が当事者であり、商品にはその実感も込められている。

「これまでの生理用ナプキンのデザインは『憂鬱な期間をハッピーでいよう!』というメッセージが強かったかもしれないですよね。ストレスを完全に取り去ることはできないけれど『アガらない気持ちを励ましてくれる』というくらいの方が今の気分に合う。これからも女性の細かなニーズに寄り添い、生理についてオープンに語ることができる社会づくりにも貢献していきたいです」(本氏)

生理用品のデザインをめぐっては、ユニ・チャームがインフルエンサーとタッグを組んで立ち上げた「#NoBagForMe(袋はいらない)」プロジェクトなども話題だ。猫や変わり続ける空の色をモチーフにした限定デザイン商品を開発し、2019年12月から売り出し始めた。

「デザイン」は、人の意識に働きかけ、行動を変える。こうした流れの加速は、社会全体の生理に対する理解を深めることにもつながっていきそうだ。

[ライター・エディター 加藤 藍子]

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cat_11_issue_oa-president oa-president_0_799f266620f8_東京の一般家庭が中学受験でソワソワするワケ 799f266620f8 799f266620f8 東京の一般家庭が中学受験でソワソワするワケ oa-president 0

東京の一般家庭が中学受験でソワソワするワケ

2020年2月1日 12:00 PRESIDENT Online

都内では子どもの「中学受験」は、ごく普通の家庭でも関心事になる。教育専門家の小川大介氏は「かつての中学受験は、一部の家庭がするものだった。だが、文京区や世田谷区などには、8割以上が中学受験をする学区がある。状況が変わっているのだ」と解説する――。

※本稿は、小川大介『親も子も幸せになれる はじめての中学受験』(CCCメディアハウス)の一部を再編集したものです。

毎日が忙しすぎて、心に余裕が持てない

朝は誰よりも早く出勤し、昼はコンビニのおにぎりを頰張りながらパソコンに向かう。それでもやり残している仕事はあるけれど、タイムリミット。家に一人で留守番をしている子どもがいると思うと、「早く帰ってあげなきゃ!」と気が気じゃない。周りがまだ仕事をしている中、一人先に帰る気まずさ……。

そんな葛藤と毎日戦っているのに、家に帰れば「取り込んでおいてね」と言っておいた洗濯物がベランダに干しっぱなし。リビングの机には、宿題の漢字ドリルが途中で止まっている。そして、わが子はソファーに寝転んでゲーム三昧。その姿を見て、怒りが爆発!

そんな日々にグッタリ……、という働くお母さんの声を耳にします。

共働きが増えている今、自分自身も仕事は続けたいと思っているけれど、なにせ毎日が忙しすぎて心に余裕が持てない。特に子どもが小学生になってから、その大変さを強く感じている親御さんは多いのではないでしょうか。

わが子のためを思って行動しているのに……

保育園時代は比較的よく似た境遇のお母さんたちばかりだったから、それほど強く意識せずに済んだけれど、小学校になると保育園上がりのお子さん、幼稚園上がりのお子さんが混じり合います。園によって文化も違いますし、専業主婦の方の中には、特に子育てに熱心な様子を見せる人もいます。

その様子に戸惑って「私が仕事をしているから、この子をしっかり見てあげることができない。こんな状態で、この子の力を伸ばしてあげられるのかしら……」と、モヤモヤした気持ちになるお母さんもいらっしゃるようです。

一方、専業主婦のお母さんには別の悩みがあるようです。子育てが生活の中心となっているため、「私がこの子をしっかり育てなければ!」と過度に力が入ってしまう面があるのです。

「小さいときからピアノをやっておくと脳にいいらしい」「これからは英語とプログラミングは必須だから、早いうちからやらせておいたほうがいい」と聞けば、あれもこれもやらせたくなり、気がつくと、毎日家事と子どもの習い事の送り迎えだけで1日が終わってしまう。

でも、相手は子どもなので、準備に時間がかかったり、「行きたくな~い」とグズられたりと、スムーズにいかないことだらけ。そして「早くしなさい!」と大声を上げる日々。

どちらもわが子を愛し、わが子のためを思って行動しているのに、うまくいっていない……。そして、思うのです。「子育てって大変だな」と。

放課後の過ごし方が、昔とは変わってしまった

では、なぜ今、お母さんたちはこんなに忙しいのでしょうか?

ここでみなさんの子ども時代をちょっと振り返ってみてください。みなさんが小学生の低学年だったとき、みなさんのお母さんはここまで忙しかったでしょうか?

当時はまだ働く女性が少なく、専業主婦のお母さんが多かったのではないかと思います。そういうご家庭では、学校から帰ってくると、お母さんがおやつを用意して待っていてくれたかもしれません。

でも、そのあとは子ども同士で遊ぶ約束をしていたから公園へ(約束をしなくても公園に行けば誰かがいる)。そして、夕食の時間になるギリギリまで遊んでいませんでしたか? 習い事をしていても、せいぜい一つ二つで、それだって子ども同士で行っていましたよね?

そもそも、当時は中学受験が今ほどメジャーではありませんでした。塾通いをしている子もごく一部でしたし、入試に必要な学習量も今と比べればはるかに少しで済みました。受験家庭だとしても、親が子どもにつきっきりなんてシーンは珍しかったのです。

あのころ、世間からも親はそこまで子どもにベッタリを求められていなかったのです。

SNSから大量の子育て情報が流れ込んでくる

でも今は、度重なる児童の事件で、子どもだけで行動することを心配する親御さんが増えました。何かあればすぐ親のせいにするような、おかしな自己責任論が広がって、親のほうも神経がピリピリしています。

また、放課後にグラウンドを開放しない小学校も増え、子どもの遊び場が限られるようになりました。そこに、中学受験熱の高まりも加わり、塾や新しいタイプの習い事で、小学生の放課後の過ごし方が大きく変わりました。

今の時代で親をやっていると、気持ちの面でも物理的にもめちゃくちゃ忙しいのです。

さらに今は、ネットニュースやSNSでありとあらゆる子育て情報が流れてきます。

「習い事は、勉強系とスポーツ系と芸術系をそれぞれやらせたほうがいいらしい」
「理系に強くなるには、小さいころからロボット教室に通わせたほうがいいらしい」
「中学受験をするなら、3年生の2月から塾通いが始まると言うけれど、大手進学塾のSAPIXの人気校舎に入れるなら、1年生から入れておかないと上位クラスに上がりにくいらしい」

など、“やらせたほうがよさそうなもの”“やらせないと自分たちだけが取り残されそうなもの”の情報がたくさん飛び込んできます。

すると「うちはこのままでいいのだろうか?」「もっと、何かやらせたほうがいいのではないだろうか?」と焦りや負い目を感じるようになります。情報がたくさんあることによって、かえって子育てがしづらくなっているのです。

今の子育ては「選択肢」が多すぎる

さらに、お母さんたちを不安な気持ちにさせるのは、今の時代の子育ては選択肢が多いことです。

お母さんたちが小学生だったころは、小学校を卒業すると、地元の公立中学に通い、15歳の高校受験で初めて「受験」を経験する子がほとんどだったと思います。今も地方ではそれが一般的ですが、東京都の文京区や世田谷区など、首都圏の一部の地域では4人に1人が、学区によっては8割以上の子が中学受験をすると言われる時代。「自分は公立中学出身だから、この子も公立中学でいいのでは?」と安易に言えない状況になっています。

かつて中学受験といえば、とび抜けて教育熱心なご家庭や、キリスト教校に入れたいなどのこだわりを持った一部のご家庭が選択するものでした。ところが今は、公立中学への不信感や大学受験への優位性などから、多くのご家庭が中学受験に関心を寄せています。

経済的に厳しいとあきらめていたご家庭でも、十数年前に公立中高一貫校が誕生したことで、教育費の負担を抑えて、6年一貫のカリキュラムが受けられるようにもなりました。

また、これまではある一部の裕福なご家庭だけの世界というイメージだった小学校受験においても、一般家庭の受験が増えています。かつて小学校受験といえば、平日に幼児教室に通わせることが必須で、専業主婦のお母さんのいる家庭でなければ難しいと言われていましたが、今は共働き家庭も多いそうです。

昔は15歳まで進路を考えなくてもよかった

大学受験においても、知識重視型の入試が記述力や思考力、表現力が求められる入試へと変わろうとしています。こうした力は、幼いころの体験や家庭での過ごし方によって身につくものと言われると、幼少期からたくさんの習い事や特別な体験をさせておかなければと、あれもこれもやらせたくなる。

一方、これから世界がますますグローバルにつながるこの時代、国内だけではなく海外の大学へ進学し、海外で働くという選択肢も無視できません。世界の情報を得るためにも英語の力は必須ですから、会話の力と異文化理解を考えると、十代のうちに海外留学をさせたいと考えるご家庭も増える一方です。

子育ての選択肢の幅が、ますます広がっています。

今までなら15歳の高校受験を迎えるときまで、深く考えなくてもよかった子どもの進路を、小学校受験であれば2~3歳のうちに、中学受験であれば8~9歳のうちに決めなければならなくなっているのです。

目の前にいるわが子はまだこんなに幼いのに、決めなければならないことが前倒しになり、しかもその選択肢が多い。そのため、何を選択してよいのかわからず、子育てに不安を感じている親御さんがたくさんいらっしゃいます。

実際、私のセミナーにいらっしゃる親御さんたちからも、専業主婦の方も働いていらっしゃる方も区別なく、さまざまな不安の声を聞きます。

[教育専門家・「かしこい塾の使い方」主任相談員 小川 大介]

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日本が太陽光より石炭火力をやるべき5大理由

2020年2月1日 12:00 PRESIDENT Online

日本のエネルギー政策はなにを核にするべきなのか。太陽光などの再生可能エネルギーか、それとも原子力発電か。慶應義塾大学大学院経営管理研究科の太田康広教授は「日本が進めるべきなのは石炭火力発電だ。以前に比べて高効率でクリーンになっており、発生する二酸化炭素を地中に埋める技術もほぼ確立している。日本政府はこの事実を世界に発信するべきだ」という――。

世界的な「脱石炭」の潮流

COP25(第25回国連気候変動枠組み条約締約国会議)で、国連のグテーレス事務総長が「脱石炭」の流れを作り、石炭火力発電の多いアメリカ、日本、オーストラリアが「化石賞」というジョークで非難された。金融の分野でも環境・社会・ガバナンスに配慮したESG投資の動きが拡がり、CO2排出量の多いプロジェクトは融資を受けにくくなってきている。

こうした脱石炭の流れは、地球温暖化を心配する純粋な人だけでなく、自分の利益を増やそうとする人にも支持されている。たとえば、再生可能エネルギー事業者はFIT(固定価格買い取り制度)や補助金などの優遇策をできるだけ長く受けるために、石炭火力発電を減らしてもらうのが都合がよい。石油産業やガス産業は、石炭火力発電を減らすことに賛成である。

しかし、それでも日本が石炭火力を推進すべき理由がある。(1)エネルギー安全保障上、石炭が重要であること、(2)日本の石炭火力は安いこと、(3)日本の石炭火力は効率がよいので国際展開すれば温暖化対策になること、(4)日本の石炭火力はクリーンであること、そして(5)CO2を分離して、地中や海底に貯蔵する技術が実用化間近であること、である。

石油は9割弱を中東に依存している

(理由1)エネルギー安全保障上、石炭が重要である

2020年1月3日に、イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官が米軍の無人機によって殺害された。中東で緊張が高まった結果、原油価格は急騰している。WTI原油先物価格は1月2日の1バレル61.18米ドルから、1月7日は63.28米ドルに跳ね上がった。アジア市場の指標となるドバイ原油も同じ傾向で、スポット価格も年末27日の1バレル67.90米ドルに対し、年初1月8日は69.10米ドルとなっている。

日本は、原油のほぼすべてを輸入している。2017年の石油、ガス、石炭の輸入元は次のグラフのとおりである。

情勢不安のホルムズ海峡が「生命線」

中東から輸入される原油の多くは海上輸送の難所、ホルムズ海峡を通過する。ホルムズ海峡は、ペルシア湾とオマーン湾のあいだの海峡で、北にイラン、南にオマーンの飛び地がある。水深は100m以下、幅は33km程度である(*)。船舶の衝突を避けるために幅3km程度の航行レーンが設定されている。ここは世界でもっとも重要な難所で、1日に2100万バレル(2018年)もの原油が運ばれている(*)。

とくに中東からアジアへ輸出される原油の多くはここを通る。資源エネルギー庁によれば、日本の石油輸入の2017年の中東依存度は86.9%で、ホルムズ依存度は85.9%である。米イランの対立の結果、ホルムズ海峡が封鎖されれば日本の被害は大きい。ホルムズ海峡を迂回するパイプラインも敷設されているものの、運搬できる量は限られている。

ただ、日本は、石油ショックの反省の上に立って石油の備蓄をしているので、ホルムズ海峡が封鎖されてもただちに石油不足になるわけではない。2017年3月末現在、国家備蓄と民間備蓄などを合わせた備蓄は8104万klあり、これは208日分に相当するという(*)。

ホルムズ依存度は85.9%なので、ホルムズ海峡封鎖後242日は備蓄でしのげる計算である。逆にいえば、ホルムズ海峡が封鎖されたら、242日以内に何かほかの方法を考えないといけない。242日は8カ月ちょっとである。

天然ガスの備蓄は20日分程度のみ

一方、天然ガスの備蓄は20日分程度である(*)。天然ガスは常温では気体なので、液化天然ガス(LNG)として備蓄するためにはマイナス162度以下の極低温にしておく必要があり、備蓄にコストがかかるからである。約20日間という短い期間では、原発再稼働による電力確保は間に合わない。

ただ、幸いなことに天然ガスの産地はあちこちに散らばっているので、中東依存度が石油ほどには高くない。2017年のデータで中東依存度は21.0%、ホルムズ依存度は17.7%である。ホルムズ海峡が封鎖されても、112日程度は大丈夫である。

しかし、112日は242日の半分未満である。ホルムズ依存度は低いものの備蓄量が少ない天然ガスは、少なくとも日本にとっては地政学的に脆弱(ぜいじゃく)な燃料である。

地政学上リスクが高い天然ガス

近年、アメリカで石炭火力発電の勢いが衰え、天然ガス発電のウエートが高まっていることを理由に脱石炭は時代の流れとする意見もある。しかし、アメリカで天然ガス発電の割合が増えているのは、シェール革命により天然ガス価格が下がっているからである。

アメリカのように天然ガスが国内生産されていてエネルギー安全保障上の懸念がなく、ガスの生産地と消費地がパイプラインでつながっているために輸送コストが少ない国と日本は単純に比べられない。

日本の天然ガス国内生産量は3%であり、残りは輸入に頼っている(*)。日本は、島国であるために生産地からパイプラインを敷設できず、マイナス162度まで冷却して液化天然ガス(LNG)にして船舶で運送しなければならない。そして、LNGの備蓄量を増やすのは難しい。

エネルギー安全保障はリスク分散が基本である。天然ガス発電を排除したり、わざと比率を下げたりする必要はないが、天然ガス価格の動向に応じて民間事業者が対応するのに任せればよいのではないか。天然ガス価格は下落傾向なので、今後比重が上がっていくことが予想される。

それでも、天然ガスは備蓄が少ないために日本にとって地政学上リスクの高いエネルギー源であることは変わらない。

石炭は「ホルムズ依存ゼロ」

2017年の石炭の輸入先をみるとオーストラリアが73%、インドネシアが12%で、これら2カ国で85%を占める。オーストラリアやインドネシアからは太平洋を通る航路がいくつかあり、ホルムズ海峡のような大きなボトルネックはない。

石炭の輸入先も、これはこれで偏ってはいる。しかし、中東からの輸入がなく、ホルムズ海峡を通らなくてもいい点はメリットである。石油はホルムズ依存度が高く、天然ガスは備蓄が少ないので、石炭がある程度の割合で使われていればホルムズ海峡に何かあったときの保険になる。

また、日本国内にもかなりの石炭がある。高品質なものだけで3億6000万トンの石炭があるとされる(*)。これは、日本の石炭消費量の約3年分である。オーストラリアなどの石炭にコスト的に太刀打ちできないので採掘されていないだけである。

原発を温暖化対策の切り札にするのは難しい

CO2を出さない発電方法として原子力発電(原発)がある。そして、原発のコストは安い。最近、原発は高コストといわれることがあるのは、福島第一原発事故以降の安全対策コストを加えているからである。安全性の確認された原発を再稼働するのがエネルギー安全保障上は望ましいが、それが現実的かどうかについては人によって意見が違う。

結局のところ、原子力工学的に原発を安全にできたとしても、安全になったということを一般の人にうまく伝えられないのがネックである。原発の安全性を確かめて、安全なものは再稼働するようにこれからも頑張るとしても、温暖化対策の切り札にするのは難しくなってしまった。

安全保障上プラスとなる自然エネルギー

温暖化対策において注目されるのは自然エネルギーである。自然エネルギーにはいろいろな種類があるが、水力発電と太陽光発電で8割超を占める。2018年の発電量(自家消費を含む)に占める割合は水力が7.8%、太陽光が6.5%である(*)。

自然エネルギーは基本的に国産なので、エネルギー受給率の向上に役立つ。これは、エネルギー安全保障上はプラスである。

しかし、太陽光発電は日が照っていないと発電できず、風力発電も風がやむと発電できない。日が陰ったり風がやんだりするだけで発電量が大きく落ちるので、バックアップとして火力発電設備が必要とされる(*)。また、日中の出力が大きく変動するので、送配電網の負担も大きい。水力発電はこの点柔軟で、太陽光や風力の変動を相殺するように運用することで、電力供給のフラット化に役立っている。

太陽光などの自然エネルギーはFIT(固定価格買い取り制度)により電気の買い取り価格が高めに設定されているために、採算が取りやすくなっている上、フラット化に必要とされるコストを支払っていない。FITを維持するとドイツのように電気料金が高くなってしまうのでいつかはやめる必要があるが、そのタイミングをいつにするかという問題がある。

自然エネルギーの限界

長い目で見ると、揚水発電や蓄電池など、フラット化のコストを再生可能エネルギー業者に負担してもらう必要がある。ただし、送配電業者がフラット化のための設備投資をすると非効率になるので、フラット化も自由化したほうがいいかもしれない。

具体的には、ダイナミックプライシングを採用するのがいいのではないか。日中のタイミングによって電力価格が変動すれば、安い時間に買って高い時間に売る鞘取り業者が出てくる。鞘取り業者が電力価格とフラット化コストを睨んで自分の才覚で利益を出そうとすれば、少ないコストでフラット化が達成できそうである。

ただし、水力まで含めた自然エネルギーの比率は自家消費分を含めても17.4%である。予想可能な近い将来、自然エネルギーが火力発電に取って代わることは考えにくい。

石炭火力は低コスト

(理由2)日本の石炭火力は安い

政府の調査会の2015年の報告では、もっともコストの安い発電方法は原子力発電で1kWhあたり10.1円からとなっている(*)。次いで、一般水力11.0円、石炭火力12.3円、バイオマス(混焼)12.6円、LNG火力13.7円となっている。このほか、石油火力は30.6~43.4円、太陽光(メガ)24.3円、太陽光(住宅)29.4円、風力(陸上)21.9円である。

原子力や水力はコストが安いとはいっても、今以上に供給能力を増やすのは現実的ではない。拡張可能な電源のうち、もっとも安いのは石炭火力で、次いでLNG火力である。

高効率の「コンバインドサイクル発電」

(理由3)日本の石炭火力は効率がよいので国際展開すれば温暖化対策になる

日本の火力発電の効率は上がっている。「コンバインドサイクル発電」という効率のよい発電方法が使われているからである。

コンバインドサイクル発電では、まず燃料をガス化して燃やし、ガスタービンを回して発電する。このガスタービンを回したあとの余熱を利用して蒸気タービンを回してもう1度発電する(*)。余熱を捨てないで電気として回収するということである。

現在のコンバインドサイクル発電では、約50%の熱効率が達成されている。これは1950年代の火力発電の2倍から3倍の効率である。効率が高くなれば、当然にCO2の排出はその分少なくて済む。

世界トップクラス、日本の「石炭ガス化複合発電」

(理由4)日本の石炭火力はクリーンである

コンバインドサイクル発電は石炭火力に使うこともできる。そのためには石炭をガス化しなければならない。これが石炭ガス化複合発電(IGCC)である。

燃料をガス化したときに、硫黄酸化物(SOx)、窒素酸化物(NOx)、煤塵(ばいじん)などを取り除くことができるので、大気汚染物質の少ないクリーンな発電方法となる。この点は、国際比較すれば一目瞭然である。電力量当たりのSOxとNOxの量は、次のグラフの通りである。

火力発電の電力量あたりのSOxとNOxの量は、イタリアと日本が明らかに少ない。さらに、最新鋭の磯子火力発電所は石炭火力でありながら、さらに1桁少ない。

CO2排出量の多い中国、アメリカ、インド、ロシアなどの石炭火力の多くは効率が悪く大気汚染物質の排出も多い。ここに日本の石炭火力発電技術を導入すれば、大気汚染も少なくなり、かなりのCO2削減につながるはずである。

CO2排出量は「テクノロジーで解決できる」

(理由5)CO2を分離して、地中や海底に貯蔵する技術が実用化間近

日本の石炭火力技術がいかに素晴らしく効率的でクリーンで安価であったとしても、「脱石炭」の動きが出てくるのは、石炭火力はCO2排出量が多いからである。燃やして同じ熱量を得るために排出されるCO2の比は、石炭:原油:LNGで、10:7.5:5.5とされている(*)。石炭はLNGの倍近くCO2を出してしまう。

しかし、この点はテクノロジーで解決できる見込みである。化石燃料を燃やすときに出るCO2を捕まえて地中や海中に埋めてしまえばよい。この二酸化炭素分離・貯留技術のことをCCSという。

CCSは1つのテクノロジーではなくて、いろいろな方法の総称である。たとえば、石油増進回収法(EOR)のように利益を生む場合もある。EORは、油田から簡単に取り出せる石油をすでに取り出したあと、その油田からさらに石油を回収する方法である。

油田に蒸気や天然ガスを圧入するのが一般的だが、これらに代えてCO2を注入して石油を取り出すこともできる(CO2圧入法)。石油が取り出せ、かつCO2を封じ込めることができるので一石二鳥である(*)。ただ、日本にはほぼ油田がないのでEORは直接的には関係ない。

見込みのある方法としては海底貯留がある。海底にCO2を注入して貯留する方法である。貯留されたCO2が海中に出てくる量とスピードをモニターする実験が北海で行われている(*)。2006年には海洋汚染の防止を定めたロンドン条約が改正され、CO2廃棄物等の海洋投棄が例外とされ、CO2の海底貯留に対して法的手当てがされている。

また別の方法としては地下貯留がある。日本でも2020年内の実用化を目指し、苫小牧でCCSの大規模実証実験が行われており,2019年11月には30万トンの圧入に成功している(*)。

CCSによって貯留できるCO2は日本で1461億トンとされる(*)。日本の年間CO2排出量はざっくり12億トンなので、コストの問題を考えなければ120年分以上貯留できる計算である。

地球温暖化対策は“総力戦”

スーパーコンピュータ「京」によるJAMSTECと東大のシミュレーションによれば、地球温暖化によって台風の発生個数は減るものの、強い台風の割合は増え、降雨量は増える。そして、強風域の範囲は拡大するとのことである(*)。2018年の台風21号、19年の台風19号を思い起こせば、温暖化の影響は肌感覚で感じられるレベルになっている。

もう温暖化対策は待ったなしである。ここで原発をやめ、石炭火力をやめるなど、とりうる手段を減らしていけば、温暖化対策に取り組む手を自ら縛ることになってしまう。コストの安い石炭火力があれば、コストが浮いた分、温暖化対策の研究開発に回すこともできよう。

温暖化対策は総力戦である。メリットとデメリットを考えつつ、やれることは全部やってみるべきであろう。

[慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授 太田 康広]

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息子が自死、本人も失踪「コンビニ店主」の地獄

2020年2月1日 12:00 PRESIDENT Online

コンビニ店主の窮状が盛んに報じられている。弁護士の明石順平氏は「コンビニ本部の進める集中出店で、一部のオーナーは共食いを強いられている。追い詰められた家族からは自死も出ている。儲かるのは本部だけだ」という――。

※本稿は、明石順平『人間使い捨て国家』(角川新書)の一部を再編集したものです。

増えまくるコンビニ

コンビニをはじめとするフランチャイズの店舗数について、2003年=100として指数化したものの推移を見てみよう。

見てのとおり、他のフランチャイズと比べてコンビニ店舗数の増加が著しい。2003年と17年を比較すると約1.4倍に増えている。このコンビニの増加は、小売分野の労働者数増加に大きく影響している。業種別雇用者数について、2012年から2018年の増加数を見てみよう。

医療、福祉がダントツの1位で、これは明らかに高齢化の影響と言えるが、2位につけているのが卸売業・小売業である。これはコンビニの増加が大きく影響しているだろう。

平成28(2016)年経済センサスによれば、コンビニの就業者数は65万0578人。そして、コンビニの数は4万9463。すなわち、1店舗当たり約13人。店舗が1つ増えると、オーナーを除けば12人も雇用者が増える計算となる。

コンビニが全国の至るところで増えていることが大きく影響し、卸売・小売が雇用者数増加で2位になっていると言える。

コンビニと飲食サービスの共通点

なお、3位に飲食サービス業も入っているが、これもフランチャイズが多い分野である。私はとある飲食チェーンのフランチャイズオーナーの個人破産事件を担当した際、その現実を見た。

多額のロイヤリティを取られる上、食材も本部が提供するものを買わされる。オーナーの手元には非常に少額の金しか残らない。結局閉店することになったが、開業資金はオーナー自身が借金して用意したし、不払いとなっていたロイヤリティは保証人が払ったので、閉店に伴う本部の損失はゼロであった。

聞けば、その飲食チェーンは8割がフランチャイズであり、直営店は2割しかないという。凄(すさ)まじい搾取が可能だからこそ、店を出せば出すほど儲かり、多店舗展開が可能になるのである。

店主一家が「コンビニ奴隷」になる

オーナーは多額の借金をして開店資金を捻出している場合がほとんどである。だから、途中で辞めると借金が返せなくなってしまう。また、契約書に高額の違約金条項があるので、途中で辞めるとその違約金も発生してしまう(あまりに高額なので争う余地があるとは思うが)。そして、辞めたら生活の糧を失う。

つまり、辞めたくても辞められない。その上、コンビニ会計によって本部に多額のロイヤリティを搾り取られてしまい、高い給料も出せないので、アルバイトもなかなか集まらない。そこでどうするのかというと、ひたすら自らシフトに入る羽目になる。

オーナーが自らシフトに入れば入るほど、その分人件費は削減できる。だが、1人では限界があるので、家族に手伝ってもらう。家族総出でずっとコンビニのレジに立ち続けるという状態に追い込まれていく。

このようにして追い込まれたオーナーが失踪した事件がある。2019年3月31日で閉店した「セブン‐イレブン東日本橋1丁目店」(東京都中央区)のオーナー齋藤敏雄さん(60歳)は、本部から2月末に閉店の通知を受けた後に失踪した。

閉店に追い込んだ本部の自己都合

閉店に追い込まれた原因は、地域に集中して出店する「ドミナント戦略」というものである。特定の地域に集中出店することで、ライバルチェーンを追い出し、地域での優位性を確保することが狙いである。すべてが直営店だったら、店同士が共食いを起こしてしまうので、採算が合わない。

ところが、「コンビニ会計」等のおかげで、本部は店を出せば出すほど儲かる仕組みになっているため、こんな戦略が可能になるのである。オーナーたちは近隣店舗と共食いを強いられ、売上はどんどん落ちていく。

敏雄さんの店舗もドミナント戦略の実施前は好調な売上を記録していたが、ドミナント戦略実施後はみるみる売上が落ちていった。敏雄さんの妻の政代さんは、アルバイトの給料を払うため、コンビニのシフトに入る傍ら、別のドラッグストアで働いていたという。

近隣店舗が時給を上げたため、アルバイトの獲得競争にも敗れ、シフトは家族で埋めるしかなくなっていった。齋藤夫妻の2人の息子たちも学業の傍らコンビニを手伝った。長男の栄治さんは、大学に行く資金が無いため、進学を諦めた。将来を悲観したのか、栄治さんは2014年9月、コンビニの夜勤後に自ら命を絶った。

コンビニに破壊された店主一家

まさに地獄のような状況である。その後、耐え切れなくなった妻と次男はコンビニから手を引き、敏雄さんと別居した。それでも敏雄さんは営業を続けたが、突然、2019年2月28日になって本部から閉店通知を受けた。敏雄さんは翌日失踪。約1カ月後の3月26日夜に北海道旭川市内で警察に保護された。

敏雄さんは「寒いところに行けば、持病の心筋梗塞で死ねるかもしれないと思い向かった」と言ったそうである。現在、敏雄さんの店があった場所の半径200メートル以内に、セブン‐イレブンの店舗が4つもあるという。異常な「ドミナント戦略」が、家族を破壊したのである。政代さんは言う。

「長男まで亡くしながら必死で働いたにも関わらず、結局店も取り上げられ、夫も追い込まれた。本部はまったく血も涙もない、とんでもない会社だとわかった。本当に許せない。少しでも加盟店の働きに報いる気持ちがあるなら、その行動を取って欲しい」

なお、敏雄さんは、同年7月11日、遺体で発見された。死後数日が経過しており、死因は不明である。

皆さんはどう思うか。これを「自己責任」と切り捨てられるだろうか。「ドミナント戦略」で地獄に追いやられたことは、自己責任の範疇に入るだろうか。私はそうは思わない。ドミナント戦略自体、コンビニ会計をはじめとする異常な搾取構造があるからこそ成り立つものである。

コンビニ本部の利益は、オーナーとその家族の命を削って生み出されていると言うべきである。こんな状況を、許しておいて良いだろうか。

搾取のしわ寄せ「ブラックバイト問題」

フランチャイズの中ではコンビニが代表格であるが、フランチャイズを利用した多店舗展開は、小売、飲食、介護、学習塾等、あらゆる業界に見られる。いずれも本部が多額のロイヤリティをオーナーたちから搾り取る仕組みがあることは共通している。

この過剰な搾取のしわ寄せを受けるのがアルバイトであり、いわゆる「ブラックバイト問題」が発生している。ブラックバイトとは、ブラックバイト問題を専門に扱う労働組合であるブラックバイトユニオンの定義(広義)によると「学生の無知や立場の弱さにつけこむような形での違法行為が当たり前となっているアルバイト」のことである。

残業代不払い、パワハラ・セクハラ、退職妨害等が横行する点は今までのブラック企業問題と共通する。

私が実際に担当したある飲食店の事件では、休みなしでの4カ月連続勤務の強制や、残業代不払い・暴行・脅迫が発生していた。条件が悪く、みな辞めていってしまうので、おとなしく従順なアルバイトに狙いを定め、暴行・脅迫で縛り付け、辞められないようにしていたのである。

被害者は毎日のように暴行や暴言を吐かれ、「辞めたら家族に数千万円の損害賠償請求をする」等と言われていた。その被害者の前にも、似たような立場に追いやられたアルバイトがいたが、結局もたなくなり、店を辞め、大学も辞めてしまったという。

暴行、脅迫、正常な思考力が奪われ…

被害者は社外労働組合に駆け込み、店を辞めることができたが、そうしていなければ、どうなっていたかわからない。アルバイトのせいで授業に出ることもできず、単位が取れていなかったからである。助けを求めなければ、大学を辞める羽目になっていたかもしれない。

「嫌なら辞めればいい」という考えは、被害の当事者ではないから言えることである。暴行・脅迫で正常な思考力を奪われる場合はもちろん、「お前が辞めたら店が潰れる。それでもいいのか」等と言われたら、心情的になかなか辞めることはできない。現在「退職代行」業者が流行しているのも、そういう心理を持つ労働者がたくさんいることを示している。

なお、法律的には、無期契約の場合、原則として2週間前に言えば辞めることはできる(民法627条1項)。有期雇用契約であっても、「やむを得ない事由」がある場合は、同様に辞めることができる(同法628条)。残業代が支払われず、長時間労働を強いられている場合や、パワハラ・セクハラの被害を受けている場合は「やむを得ない事由」があると言ってよい。

また、「辞めたら損害賠償請求してやる」という脅し文句は非常にポピュラーなものだが、損害賠償責任が認められる場合はまずないと言ってよい。辞めるだけで何か会社に損害が発生するなら、そのような脆弱な体制にした経営者に責任があるのであり、労働者側には何の落ち度も無いからである。

温床となっているフランチャイズ店

このブラックバイト問題であるが、私が直接見聞きした事案は、飲食店、コンビニ、学習塾等である。すべてに共通しているのが「フランチャイズチェーン」であること。

本部にロイヤリティを搾り取られるので、利益を確保するため、アルバイトの人件費を無理やり抑え込むという構造になっている。フランチャイズのいびつな構造が是正されない限り、ブラックバイト問題が無くなることは無いであろう。

とはいえ、アルバイトから搾取していることを繰り返していると、さすがに人が集まらなくなってくる。そこで、人手をたくさん必要とする労働集約型産業(介護、飲食、小売、製造等)が触手を伸ばしているのが、外国人労働者である。

みなさんも特にコンビニや飲食店で外国人労働者をよく見かけるであろう。低賃金で使い潰せる日本人労働者が足りないので、外国人労働者にも手を伸ばしたのである。

[弁護士 明石 順平]

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