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口の中でわかる"早死にする人、ボケる人"

2019年4月11日 08:00 PRESIDENT Online

口の中を見れば寿命がわかると言ったら驚くだろうか。口の中には、さまざまな病気を発症させる怖い細菌が潜んでいて、シグナルを発しているからだ。早速自分の口の中を覗いてみてほしい。

老後、みんなが「歯」で後悔している

以前、シニア1000人(55歳から74歳の男女)を対象に「今、何を後悔していますか」と尋ねるアンケートを行った。すると、健康面では、運動不足や食事の不摂生、毛髪の手入れ不足などを上回り、「歯の定期検診を受ければよかった」がトップになった。「もっと歯を大切にすればよかった」と思わせる現象が、この年代に入ると起こるのだ。歯科医の波多野尚樹氏(波多野歯科医院院長)は、口の中を見れば寿命がわかるという。口の中がどんな状態だと、早死にするのか、取材した。

例えば酒を飲んでそのまま寝てしまった朝、歯の裏や舌の上、口の中を覆っている口腔粘膜全体が、ネバネバで不快な感じになったことはないだろうか。口の中には、何百種類もの細菌が棲み着いていて、これが、口の中に残った糖をエサに大繁殖し、ネバネバの粘性物質を作って口腔内にべったりと張り付いているのだ。これを口腔バイオフィルムという。プラーク(歯垢)ともいうが、バイオフィルムの中では歯周病菌も、大繁殖する。歯周病菌は菌の細胞膜そのものに毒があるため、歯肉に触れただけでも炎症を起こす。悪くなると膿が出て、ひどい口臭がするようになる。

自覚症状としては、歯を磨くと血が出る程度で痛みもないことが多い。だが、鏡で口の中を見ると、歯の間の歯肉が赤く腫れ、軽くぶよぶよしていたり、また最近歯間に食べ物が詰まりやすくなったと気づくだろう。

実は、歯周病の人の口の中は、歯肉だけでなく粘膜全体が赤くただれているのだ。舌の表面に白いカビがこびり付いて「舌苔(ぜったい)」ができている人も多い。口内炎もできやすくなり、喉の奥が赤く腫れて白い粒々が付いている。これらはみな、歯周病という感染症の症状で、全身の病気を引き起こす寿命に関係する怖い兆候だ。

では、なぜ歯周病菌が全身の病気を引き起こすのか。歯肉に腫れが起こると、体はリンパ球や白血球を集結させて炎症を抑えようとする。このとき、歯肉にはリンパ球を送り込むための新しい血管が作られる。この血管の中に歯周病菌が入りこみ、全身へと流れていってしまうのだ。

全身の血管をめぐり始めた歯周病菌は、あちこちで血栓を作って血管に付着し、血液の通りを悪くする。これが心臓に近い冠動脈で起これば心筋梗塞、脳血管で起これば脳卒中、腎臓の血管が詰まれば腎不全になる。酒も飲まないのに起こる非アルコール性脂肪肝炎(NASH)や、近年、患者数が急増している潰瘍性大腸炎でも、歯周病菌が肝臓や大腸にまで至り、作用していることがわかってきている。

また、歯周病は糖尿病とも関係している。血中に糖があふれ、血管を傷つけるのが糖尿病だが、あらゆる治療をしても血糖コントロールできなかった人が、歯科で歯周病を治したら、糖尿病治療もうまくいくようになったという報告もたくさんある。

今や日本人の死因の第3位とされる「誤嚥性肺炎」も歯周病菌と関係がある。ものを飲み込む力が弱くなり、食べ物や唾液が食道ではなく気管に入ってしまうことを「誤嚥」という。この誤嚥の際に、唾液に交じり込んだ歯周病菌など多くの口腔内細菌が気管に入り込み、慢性的な炎症が起こり、そこにインフルエンザの感染などがきっかけになって誤嚥性肺炎が起こるのだ。

また、歯周病が進み、歯がなくなると、認知症になる可能性が高まる。歯周病は、炎症がやがて歯周ポケットといわれる歯肉の奥深くまで広がり、歯を支えている「歯槽骨」という骨を溶かしていく。支えがなくなった歯はぐらぐらし、抜ける原因になる。まず犬歯が抜ける人が多く、次に奥歯が抜ける。すると、残った歯に食事のたびに負担がかかり、次々にダメージを受けて、連続して歯が抜けていく。名古屋大学の調査では、アルツハイマー病患者は健康な高齢者に比べて、残っている歯の数が平均して3分の1しかなかった。また、健康な人に比べて、歯が抜けた後に義歯を使用している割合も半分しかいない。つまり、歯の保有数や治療の有無は、脳の萎縮にも関係することがわかったのだ。

口の中は、人生をも表す

そんな恐ろしい歯周病を加速させるのが、喫煙だ。口の中を見ると、タバコを吸っているかいないかがすぐにわかる。ニコチンによる色素沈着だけではない。血流が悪いために酸欠が起き、粘膜の細胞はますます再生能力を失い、口の中は焼けたようにただれている。血流が低下するから、白血球などの免疫細胞も少なくなり、歯周病菌が繁殖するのだ。

歯周病の治療に通っていながら、そういうひどい状態が見えたときは、はっきり言うことにしている。「喫煙者は救われない。このままタバコを吸い続けるなら、あなたの寿命はもう長くありません。治療を続ける意味があるか、自分で考えてほしい」。そうして患者さんの覚悟を促し、歯周病という感染症の本当の怖さを伝えていくしかないからだ。

これまでむし歯も歯周病もなく、きれいなピンク色の歯肉だった人が、何年後かに診ると口の中の様相が変わり、歯肉にはばい菌がびっしり付いているというようなこともある。それは、生活に何か問題が起きているということなのだ。仕事がうまくいっていない、経済的な問題、夫婦間トラブル、離婚、介護疲れ等々。

ストレスや疲労、睡眠不足で免疫力が低下し、細菌感染がひどくなったのかもしれない。いや、困難な生活の中で、自分のケアが二の次になった結果なのだろう。口の中は寿命だけでなく、その人の生活環境や人生までも表すのだ。

だが、歯の治療にはお金がかかる。歯のことで、老後に悔いを残さないためにはどうしたらいいか。それは、今すぐ歯の磨き方を変えることだ。

歯磨きとは歯に付着している細菌を掃き落とす行為をいう。ヨゴレを落とすのではない。抗菌効果をうたった歯磨き粉にこだわる必要はない。鏡で口の中をよく見て歯並びを自覚しながら、磨き残しのないように磨く。特に、歯並びの個性的な人は、八重歯の裏などに磨き残しが出やすい。そこには細菌が繁殖しやすく、歯周病も起きやすい。フロスで歯間のそうじをする習慣もつけよう。

私はインプラント治療に取り組んでいるが、まずは、歯磨き講習から始めなければならない人は多い。すさまじい細菌の繁殖を食い止めなければ、せっかく埋め込んだインプラントの周囲にも炎症が起こり、周囲の骨を溶かしてしまうからだ。

口腔ケアという生活習慣を身につけることが、歯と全身の寿命を延ばし、人生の後悔を1つ減らすことにつながるはずだ。

▼シニア1000人「『歯』で後悔」

[慈皓会・波多野歯科医院院長 波多野 尚樹 構成=南雲つぐみ 撮影=奥谷 仁 写真=iStock.com]

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姉の結婚にエールを送る"佳子の乱"の意味

2019年4月11日 08:00 PRESIDENT Online

「姉の希望がかなう形になってほしい」

まさに「佳子の乱」である。

秋篠宮佳子さんが国際基督教大学を卒業するにあたって、記者団からの質問に文書で回答した。

質問の中には、姉の眞子さんの結婚問題についても尋ねていたが、おそらく記者たちも、「姉の幸せを祈っています」程度の内容だと高をくくっていたに違いない。

だが、佳子さんは、結婚は当人の気持ちが大事、姉の希望がかなう形になってほしいと思うと、回答してきたのである。

その上、姉の婚約延期以来、週刊誌や新聞、ワイドショーなどで、おびただしい出所不明の憶測情報が垂れ流されたことについても、「情報の信頼性や情報発信の意図などをよく考えることが大切だ」と鋭く批判したのである。

皇族がここまで自分の意見を率直に口にしたのは、「浩宮の乱」といわれる皇太子の会見以来であろう。

今回の発言は2004年の「浩宮の乱」に匹敵する

2004年5月10日、欧州歴訪前の記者会見で皇太子は、「それまでの雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」と述べ、宮内庁の雅子妃に対する陰湿なやり方を批判し、大きな衝撃と波紋を広げた。

今回の佳子さんの発言は、それと匹敵する、否、秋篠宮家の次女という立場を考えると、それ以上の覚悟と強い意志があったはずである。

NHKなど報道各社がウェブ上で全文を掲載している。かなりの長文である。一部を紹介したい。まずは、大学を卒業するにあたっての感想から。

「大学卒業を迎え、学生生活が過ぎるのはあっという間であったと感じております。また、恵まれた環境で過ごせたことを大変ありがたく思っております。

学習院大学では、約1年半、教育の分野を学びました。国際基督教大学では、英語で学ぶことも含め、幅広い分野を学び、最終的に心理学を専攻いたしました。一つの分野を集中的に学ぶことも、幅広く学ぶことも、どちらも非常に意義のある経験であったと感じております。

学業以外では、仲良くなった友人達と一緒に食事をしながら会話を楽しむなど、どちらの大学でも思い出深い学生生活を過ごすことができました」

「何をやりたいかではなく、依頼された仕事に取り組む」

短期留学したリーズ大学での経験が特に思い出深かったようだ。

「印象深かったことは、留学中の一連の経験と言えます。英語で学び、英語で生活をしたこと、様々な国の人と交流し、いろいろな文化に触れたこと、今までになかった新しい視野を持つことができたことなど、多くの経験ができたので、留学をしていた約9ヶ月間は非常に印象深い期間でした」

今後の進路と将来の夢については、こう答えている。

「公的な仕事は以前からしておりましたが、卒業後はその機会が増えることになると思います。どのような活動に力を入れたいかについては、以前にもお答えしたことがありますが、私が何をやりたいかではなく、依頼を頂いた仕事に、一つ一つ丁寧に取り組むというのが基本的な考え方です」

優等生的な答えだが、熱心に取り組んでいるダンスのことがあるのか、夢については微妙ないい方をしている。

「将来の夢は、あくまでも夢ですので、以前と変わらず自分の中で温めておきたいと思っています。大学院への進学は現時点では考えておりません」

「結婚に関する質問は、お答えするつもりはございません」

ダンスをめぐって、母親の紀子さんはヒップホップのようなダンスは皇族にふさわしくないし、皇后陛下からもお叱りを受けるのではないかと不安を抱いていたため、強く反対をしていたようだ。

だが、佳子さんはひそかにダンスのレッスンを続けている。そのため、「夢はダンス」と言えないもどかしさがあるのではないか。

家族については、

「両親には、公的な仕事に関することや、意見を聞いたほうが良いと感じる事柄についてアドバイスを求めることがあります。姉とは日常の出来事をお互いに報告しあったり、相談事をしたりします。弟とは、姉と同じように日常の会話をしたり、一緒にテレビを見たり、遊んだりしています。姉と弟と3人で話をしていると、非常に楽しく、たわいもないことで笑いが止まらなくなることもあります」

と、そつなく答えているが、やはり姉の眞子さんとの仲は特別なようだ。

「姉は、小さい頃から私のことを非常にかわいがってくれましたし、いつでも私の味方でいてくれました。いつもありがとうと思っています」

自身の結婚についての質問は、きっぱりと撥ねつけている。

「結婚の時期については、遅過ぎずできれば良いと考えております。理想の男性像については、以前もお答えしていますが、一緒にいて落ち着ける方が良いと考えております。相手がいるかについてですが、このような事柄に関する質問は、今後も含めお答えするつもりはございません」

「姉の一個人としての希望がかなう形になってほしい」

そして姉の眞子さんの結婚問題に言及して、こう言い切るのである。

「姉が結婚に関する儀式を延期していることについてですが、私は、結婚においては当人の気持ちが重要であると考えています。ですので、姉の一個人としての希望がかなう形になってほしいと思っています」

これに続けて、現在のマスコミ報道への厳しい批判をする。

「また、姉の件に限らず、以前から私が感じていたことですが、メディア等の情報を受け止める際に、情報の信頼性や情報発信の意図などをよく考えることが大切だと思っています。今回の件を通して、情報があふれる社会においてしっかりと考えることの大切さを改めて感じています」

姉の件に限らずとしてはいるが、間違いなく眞子さんと小室圭さんの婚約延期をめぐる報道合戦の異常な過熱ぶりに対して、憤っていることは間違いない。

平成史の中でも、特筆されるべき勇気ある発言

私がこれに注釈をつけるとすれば、小室圭さんの母親の元婚約者という人間の一方的な話を、検証もしないで報道し続けるおかしさ、どこの誰か分からない宮内庁関係者、秋篠宮家関係者のプライバシー侵害とも思えるコメントなどを載せ続けるなど、週刊誌を中心とした報道に対する至極的確な批判である。

失礼を顧みずに言わせてもらえば、週刊誌によれば、美智子皇后が小室母子に対していい感情を持っていないと報じられているが、情報の信頼性や情報発信の意図などを吟味すれば、そんなにご心配されることはありませんよという、美智子皇后へのメッセージではないのかと、私には思えるのだが、深読みし過ぎだろうか。

回答文書では、これ以降、天皇退位についての質問が続くが割愛する。

見てきたように、姉の眞子さんは小室圭さんとの結婚を今でも強く望んでいることを妹が公に認め、これ以上、メディアは2人の恋路の邪魔をしないでくれと宣言したのである。

平成という時代が終わろうとしている時、秋篠宮佳子さんの勇気あるこの発言は、平成史の中でも特筆されることになると思う。

24歳の女性が、どれだけの覚悟をもってこの文章を書いたのかを思うと、熱いものがこみ上げてくる。

「まさかここまではっきり仰るなんて……」

さて、秋篠宮夫妻、特に紀子さんは小室母子が嫌い、眞子さんと圭さんの結婚は白紙になったと報じてきた週刊誌は、この発言をどうとらえたのか。

『週刊新潮』(4/4号)は「『佳子さま』炎上で問われる『秋篠宮家』の家庭教育」、『週刊文春』(4/4号)も「奔放プリンセス佳子さまの乱全内幕」と、ともに巻頭で特集を組んだ。

『文春』では皇室記者が、回答を受け取ったときの衝撃を隠さない。

「佳子さまのご回答が、お父様のご意見に真っ向から反論するものだったためです。提出した質問文には、眞子さまの婚約延期への受け止めを問う項目が盛り込まれていたため、ご回答が注目されていましたが、まさかここまではっきり仰るなんて……」

と、あ然としている。

『文春』によれば、佳子さんと両親との仲は、佳子さんが子どもの頃は秋篠宮が手を上げることもあったそうで、以前からしっくりいっていなかったという。

「悠仁さまには決して手を上げないため、佳子さまが『なぜ私ばかりが』と反抗したこともあるそうです」(皇室ジャーナリスト)

「姉妹でタッグを組み、ご両親に反旗を翻した」

だがそうであったとしても、娘としては、両親がこの結婚に前向きではないのに、それに反旗を翻す発言をするのは相当な覚悟がいったこと推測するに難くない。

『文春』によれば、この文書を秋篠宮夫妻は事前に目を通しているはずだが、子どもの自主性を尊重してきた手前、手を入れるようなことはしなかったという。

手を入れる以前に、両親と佳子さんとのコミュニケーションはなくなっているようで、「2月の段階でも、秋篠宮さまは佳子さまの卒業後の進路を知らされていなかった」(秋篠宮家周辺)という。

これが事実なら、秋篠宮家は崩壊の危機にある。

昨年6月半ばに佳子さんがイギリス留学から帰国して、両親と眞子さんの「橋渡し役」になるのではと期待されていたそうだ。

だが、その期待に反して、「姉妹でタッグを組み、ご両親に反旗を翻したともいえる」(『文春』)乱を起こしたのだ。

なぜ学習院大学を中退して、国際基督教大学に進んだのか

『文春』の全体のトーンは、それほど厳しいものではない。学習院初等科の時にはフィギュアスケートに熱心に取り組み、小5の時には東京都スケート連盟主催の「スプリングトロフィー・フィギュアスケート競技大会」で優勝したことなどを紹介している。

佳子さんは学習院大学に通っていたのに中退して、姉の通っている国際基督教大学のAO入試を受験し、合格している。

その際、学習院側は、子どもの教育に関心を寄せていた佳子さんのために、小学校教員を養成する教育学科の開設を前倒しして環境を整えていたのにと、ガッカリしたという。

そこから秋篠宮家の教育方針についての批判につながるのである。

「もし眞子さまが学習院大学に進学されていたら、横のつながりも緊密ですから、小室家の借金トラブルのような何らかの問題が入ってきやすいのは間違いない」(皇室ジャーナリスト)

ICUで学び、「二度とない人生をいかに生きるのか」と考えた

私は、そうした考えには与しない。ICUに入ったからこそ、佳子さんのように、皇族である前に一人の人間として考えるという精神が養われたと思うからである。

ICUのウェブサイトには、日比谷潤子学長の挨拶文「生きることの課題を求めて」が掲示されている。そこにはこうある。

本学初代学長の湯浅八郎(1890─1981)は、『欽定英訳聖書』(King James Version)の「幻なければ民ほろぶ(Where there is no vision, the people perish.)」(「箴言」第29章第18節)を、「人間としての生きがい、団体としての理想実現を考える場合に大切な標語」と考え、「我々は一人一人、皆一度あって二度ない人生をおくっているのでありますが、どのような幻をもって生きているのか。我々の生きがいはどこにあるのか。これが第一義的な生きることの課題ではないでしょうか」と問いかけました(『若者に幻を』国際基督教大学同窓会、1981年、34─35頁)。私たちは、献学当時から今日まで60年間にわたって、本学に関わりを持った無数の人々の祈りに応えるべく、日々、生きることの課題に真摯に取り組んでいます。

二度とない人生をいかに生きるのか。そう考えれば、おのずと姉の結婚問題も、前述したような結論になるはずである。

『文春』は皇室ジャーナリストの山下晋司にこう言わせている。

「皇族は『国民とともに歩む』存在であり、ご結婚には公的な側面が絡んでくるのも事実です。例えば、結婚に伴なって国庫から一億円以上の『一時金』が支給されます。佳子内親王殿下は、そのことについてはどのようなお考えなのか、気になりました」

小さいことを気にするものだ。佳子さんなら、それだったら私はもらいません、そう言うに違いない。「俺たちの税金を小室圭なんかにやりたくない」などと、多くの国民が思うだろうか。それに結婚は庶民にとっても公なものである。皇室だけが特別ではない。

姉妹の「自由をわれらの手に」という闘争が始まった

『新潮』のほうはどうか。こちらはすごい。何しろ、どこのニュースサイトかは知らないが、「国民のことをまるで考えていない思慮の浅い言葉でした。悠仁様は、大丈夫なのか」という、佳子さん批判が多く寄せられているというのである。

そして、「その文言を読む限り、皇族というお立場を理解なさっていないとの指摘は止むを得まい」と切り捨てるのだ。

これはご両親への宣戦布告で、学習院へ行っていれば違っていたのにと、文春と同じように秋篠宮家の教育方針に疑問を呈するのである。こうした娘たちの反乱に、父親である秋篠宮は、このところやせて、心ここにあらずという体だという。

この佳子さんの次は、眞子さんも決起するに違いない。姉妹の「自由をわれらの手に」という闘争の火ぶたが切られ、さらに炎は広がるのではないか。

「女性は約束があれば一生でも待てるのよ」

どうやら、小室圭さんの弁護士資格試験は先に延びそうだという。母親の元婚約者との金銭トラブル解決に向けての話し合いもなかなか進まないようだ。

毎日携帯電話やSNSで連絡を取っていても、そのうち待ちくたびれて眞子さんの気が変わるのではないかと“忖度”する向きもあるようだ。

そんな人には以下の言葉を進呈しよう。

「酒井さん、女性は約束があれば一生でも待てるのよ。約束がないと一秒だって待てない」

山口百恵や天地真理など、数々のスターを作ってきた名プロデューサーの酒井政利が、往時を振り返る連載を『文春』でやっている。

これは、カメラマンの篠山紀信と結婚してさっさと芸能界を引退した南沙織が、引退後に酒井に言った言葉だそうだ。

眞子さんと圭さんの間では明確な約束があるはずだ。心配するのは野暮というものだ。

(文中一部敬称略)

[ジャーナリスト 元木 昌彦 写真=時事通信フォト]

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中目黒の高級スタバは"まるでディズニー"

2019年4月8日 08:00 PRESIDENT Online

2月28日、東京・中目黒に日本初の特別なスターバックスがオープンした。飲み物は他店にない限定商品が多く、1杯1000円超も珍しくない。店舗を訪れたコラムニストの辛酸なめ子さんは「意識高い系の人が多いと予想しましたが、実際はふだんディズニーランドに行き慣れている人向きだとわかりました」という――。

中目黒の高級スタバの客をウオッチング

東京・中目黒はただでさえ3店舗もスタバがあるおしゃれタウンですが、2月28日、目黒川沿いに焙煎工場を併設した高級な新店舗「スターバックス リザーブ ロースタリー東京」がオープンしました。まだ世界に5店舗しかなく、日本ではここが初めてだそうです。

さぞ、意識が高い人々が集まるのだろうと思い、意識のヴァイブスに身を投じるべく、アップル製品の仕事道具を持って中目黒に向かいました。

お店の情報を調べたらかなり混んでいるようなので、朝9時すぎに現地に到着。中目黒駅から徒歩で10分強です。取材時の3月下旬は、川沿いに桜が咲き始めていて(取材時)、楽しく歩けました。しばらくすると、ホテルかと思うほどの巨大な建物が目の前に現れます。

新国立競技場の設計をしたことも出知られる建築家・隈研吾氏による、木とガラスが絶妙に融合した4階建て。外側から大きな焙煎マシンも見えます。生豆からコーヒー豆ができるという流れをライブ感覚で眺めつつ、その豆を使ったオリジナルドリンクが味わえる、ふつうのスタバとは全然違う体験型のスタバです。最近、ハンドトリップが売りのサードウェーブコーヒーに押され気味だったスタバのプライドをかけた逆襲でしょうか。

「ここで仕事をしようという意気込みは場違い」

この特別なスタバに入るためには、まずは整理券をもらう必要があります。

なんと隣に建つ別会社の1階に、整理券交付マシン用のスペースを借りていて、そこで発券します。整理券にはQRコードが書かれていて、スマホで読み込むと入場予定時間がわかる仕組みです。万全な管理体制にスタバの財力を実感します。

朝早めに着いたので、入場までの待ち時間は数十分。「意外と楽勝だった、あとは中でゆっくり仕事できるかも……」と余裕の足取りで店内へ。

しかし、一歩足を踏み入れて、それはまったくの誤算であったと知りました。また、ここで仕事しよう、という意気込みも場違いであったかもしれません。

1階から4階まで、どのフロアも長蛇の列

席を取ろうとしてもだいたい埋まっているのです。1階から4階までくまなく探して3階にやっと空席を発見。ドリンクやフードを買いに行こうと下に降りたら、それぞれのカウンターが長蛇の列であることに気付きました。

1階には、コーヒーやスイーツなどが買える「メイン・バー」と、多数のパンを取りそろえるベーカリー「プリンチ」があります。時折聞こえる「ザーッ」という豆の音が、金貨の音に聞こえてくる、景気の良い空間です。

ほかにも、4階の吹き抜けまでそびえ立つ焙煎設備「カッパーキャスク」や、世界各地からの豆が集まるスペース「グリーンゴーンローディングステーション」、時々豆が運ばれていく天井のパイプなど、コーヒー好きにとって見どころはたくさんありますが、悠長に眺めている暇はなく、とりあえず並んで飲食物をGetしなければなりません。

店内ではドリンクの列に並ぶのをあきらめたらしい外国人ファミリーが、店内で買ったサンドウィッチと禁断の持ち込みペッドボトル飲料を摂取していました……。

1000円超メニューにひるみ、気づいたら2時間経過

私はまずは「メイン・バー」に並んでドリンクを注文。どれも1000円くらいするのに一瞬ひるみましたが、ここまで来たので頼まないわけにはいきません。この新店舗「ロースタリー」のオリジナルのラインナップには、レモン果汁をコールドブリューコーヒーに絞った「カスカラ レモンサワー」や、コーヒーとビーフジャーキーをマリアージュさせた「ペッパーナイトロ with ジャーキーツイスト」など冒険的なメニューがあっておもしろいです。

シナモンが香るフォームを乗せたエスプレッソ「アイス マキアート コン クレマ」をオーダー。通常のスタバ以上に注文が難しいですが、店員さんは「グアテマラ ラ エスメラルダファーム(コーヒー豆が生産された農園)ですね」と完璧によどみなく暗記していてさすがでした。

ドリンクを購入したあと、2階にも「ティバーナバー&ティーアクセサリー」というティーベースの魅力的なドリンクコーナーがあることを知りましたが、そこも結構並んでいるので、1階のパンが売られているカウンターへ。

並んでいる間、さきほど買ったドリンクは3階の自分がキープした席に置きっぱなしですが……安全な日本なので性善説を信じたいです。パンのサラダ的な1000円弱のフードなど購入し、気付いたら入場から2時間弱たっていました。

上へ下へとかけずり回り体力消耗「ここはテーマパーク」

上へ下へとかけずり回り、長時間並んで、頼んだものができたら呼び出され、体力を消耗。「ここはテーマパークだから」と並んでいる女性の声が聞こえて納得(スターバックスコーヒージャパンのCEOもここを「コーヒーのワンダーランドにしていきたい」と話しているそうです)。というわけで、テーマパークでは仕事している場合ではないことを思い知りました。

この「スターバックス リザーブ ロースタリー東京」で効率よく動ける人は、意識高い系の人ではなく、ふだんディズニーランドとかに行き慣れている人だと思われます。攻略テクは、体調がよく体力気力が充実している時に行くこと。そして複数人で行って、ドリンクに並ぶ人とフードに並ぶ人の二手にわかれるのがいいと思います。

ところで結局のところ、店内に意識高い系の客はいるのでしょうか。

整理券をもらって中で並ぶという関門を経て、それでも4階のテーブル席でマックを広げて仕事している猛者を見かけましたが、どこかアウェイ感が漂います。3階の席に戻ったら、隣の席で果敢にも打ち合わせしているスーツ姿の男性2人がいました。やっと席に座れてコーヒーを堪能しようと思ったら仕事トークが耳に入ってきて落ち着けませんでした。

しかし、テーマパークで疲れた体にコーヒーの味がしみて、通常のスタバの何十倍もおいしく感じられました。

[漫画家/コラムニスト 辛酸 なめ子 イラスト=辛酸なめ子 写真提供=スターバックス]

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日本は「名ばかりインターン」が多すぎる

2019年4月8日 08:00 PRESIDENT Online

いまや就職活動でのインターンシップは常識になりつつある。それでいいのか。法政大学キャリアデザイン学部の田中研之輔教授は「キャリア教育のためにインターンは重要だ。しかし採用活動のために就業体験の伴わない『名ばかりインターン』を行っている企業がある。このままではインターンが誤解されてしまう」と指摘する――。

解禁前の「採用直結型インターン禁止」の方針

経団連は、昨年2018年10月9日、就活ルール廃止を決定しました。就活ルール廃止は、今後の就活開始時期の自由化と、新卒一括採用の選考プロセスの多様化、つまり、新・就活への歴史的転換を意味する表明だったと捉えることができます。

これに待ったをかけたのが、政府です。政府は、経団連が就活ルール廃止を決めた約3週間後の10月29日に、面接解禁時期について、大学4年生の6月から実施するという現行日程を維持することを経済界に求めると決定したのです。大手企業のみならず、ベンチャーや外資系企業にも周知していくことになりました。

選考開始時期を遵守するのか、しないのか、企業の新卒担当者がそれぞれ他社の様子をうかがう手探り状態が続いていた矢先の2019年2月26日に飛び込んできたのが、就活解禁前の「採用直結型インターンの禁止」を要請する方針を政府が固めたというニュース(「採用直結のインターン、政府も禁止要請へ 21年春入社」朝日新聞2019年2月26日)でした。

「インターン」と言っても複数の種類がある

現在、インターンシップは、「産学連携による単位取得型インターン」と、「企業主導のインターン(短期・中期・長期)」の2つが混在する中で実施されています。

細かく分類すると、次の4種類のインターンがあるのです。

(1)産学連携による単位取得型インターン

(2)企業主導の短期インターン(ワンデーインターン)

(3)企業主導の中期インターン

(4)企業主導の長期インターン

このうち、政府が現段階で「採用直結型インターンの禁止」を要請しているのは、具体的には(2)の企業主導の短期インターン(ワンデーインターン)です。というのも、ワンデー「インターン」という名称で実質的には、就活解禁前に会社説明会を前倒して採用を行っているからです。

政府としては、今後も現行ルールを踏襲するために、就活解禁前に採用を目的とするインターンは控えるように企業に要請するということです。

しかしながら、企業側の視点で考えてみてください。人材不足が慢性化するこの国で、未来を担う新卒人材の獲得に向けて、企業がさまざまな形で取り組むことは、企業の成長論理からはごく自然なことです。

大学2年生を対象に1年間のインターン講義

そもそもインターンにはどのような役割があるのでしょうか。私は平成20年4月から法政大学で「キャリア体験事前指導」と「キャリア体験実習」という2つの科目を担当しています。受講対象は大学2年生で、1クラス25人の人数制限があります。5日間以上のインターンシップに参加し、その職業経験を報告書にまとめ、プレゼンすることが単位取得の条件です。

講義では、エントリーシート作成、自己分析、業界分析、企業分析、模擬面接、グループワークといった就職活動で必要とされるスキル対策のほか、企業関係者を特別ゲストに招聘した企画会議や商品開発プレゼンなどを実施しています。

本科目には、いくつかの特徴があります。

(1)受講学生が2年生であること

(2)1年間の継続的なプログラムであること

(3)担当教員がインターンシップの進捗を把握し、その都度フィードバックが可能であること

本科目は、教える側としても非常にやりがいのある科目です。というのも、この科目受講を通じて、学生が「主体的に考える力を育んでいる」と確信を持つことができるからです。

学生の時間意識、言葉遣いが変わる

学生たちは2年生の長期休みにインターン経験を積みますが、休み明けに会うと、誰もが見違えるほど成長しているのです。

企業でインターンをした学生は、まず、時間に対する意識が大きく変わります。ビジネスシーンで遅刻をしないことは、当然のマナーです。何かの事情で遅れる場合には、必ず連絡を入れるようになります。また、大学では授業に遅れてくる学生も少なくありません。しかし、前期に遅れがちだった学生も、インターン後の後期には決められた時間に行動するようになります。

また、言葉使いも変わります。社会人ゲストを招聘した際に、丁寧な言葉使いができるようになるのです。

時間意識や言葉遣い、身なり等の変化は初歩的な進歩にすぎません。より大切なことは、講義に対する向き合い方が変わることです。漫然と授業を受けるのではなく、講義自体がうまく進んでいるのかを見る「観察眼」が身につきます。

学生が講義を「創る側」になっていく

さらに、講義の受け手として参加するのではなく、講義を一緒に創っていく協力者となる学生も出てきます。その様子を感じ取れた瞬間に、私は司会やモデレーター、企画進行を全て受講学生に回すようにします。そこでうまくいった点、改善すべき点をフィードバックする役割に徹するのです。

インターンでは、受け手ではなく、創り手側に回らなければなりません。その経験を大学の講義でも取り入れるようにしていくと、社会での経験と大学での学びが連接し、変化を伴う自己成長が学生にもたらされるのです。キャリア体験の講義は後期に15回あるので、何回も社会人として行動する「練習」ができます。このようにして、主体的に考える姿勢ができあがってくるのです。

企業が求めているのは、社会変化を読み解き、自ら考え、柔軟に動いていける人材です。こうした人材になっていくためには、学生たちはこれまでの経験や価値観を一度リセットし、社会で求められるスキルを身につけ、コミュニケーションの仕方を開発していかなければなりません。その成長過程で、トランスフォーム(自己を変容)させるには、それなりの「期間」が必要なのです。

問題なのは「インターン」と称した説明会

さて、大学のインターンプログラムに関係なく、学生が自ら企業が提供するインターンにエントリーすることもあります。ここで問題となるのが、採用直結型のインターンです。

採用直結型インターンには、2つあります。(1)ベンチャー企業等で中長期でのインターン経験を通じて、そのままその企業に就職するケースと、(2)「インターン」という名称で、実質的には会社説明会を行い、そのまま選考につながるケースです。

(1)は採用だけを目的として、インターンを実施しているわけではありません。あくまでも、長期でのインターンを通じてトレーニングを積んだ結果として、インターン先の企業に就職しているのです。そこに問題はありません。

政府が問題視しているのは、(2)のケースです。「インターン」という名称を使うことで大学側が提供するインターンシッププログラムと同じようにみられるため、実態は選考プロセスであっても、早期に学生との接触が可能になっているのです。

たった1日のインターンで学生は変わらない

リクルートキャリア「就職白書2019」によれば、2019年度のインターンシップ実施予定の企業のうち、「1日」のインターンを予定している企業が81.6%で最も多く、次に多い「3日以上1週間未満」は35.1%でした。インターンシップの実施期間に顕著にみられるのは、ワンデーインターンが大半を占めているという実態です。

先に触れた「キャリア体験」科目を教えた経験から言えることは、1日限りの職業経験では、企業見学の意義はありますが、大学生に行動変容をもたらすことはできません。企業側が、ワンデーという形式的なインターンを実施したところで、本来企業が採用したい人材を確保するという意味での、インターンによる選考はできないはずなのです。

「長期インターンからの就職」は悪なのか

いったん、出発点に戻りましょう。インターンとは何のためにあるのでしょうか。

インターンは、就業経験を積むことで、大学から社会への移行を円滑にするための教育プログラムです。企業側からみれば、次世代を育てるための育成プログラムなのです。

長期インターンの結果、インターン先企業での就職を希望することは、何ひとつ悪いことではありません。しかし、企業がインターンを採用のためだけの「手段」として捉えると、意義があまりに矮小化されます。

インターン生を受け入れる企業は、社会で働いていく上で必要な知識や経験をそのまま包み隠さず、インターン生に教えてください。新人社員に現場でフィードバックするのと同じように、インターン生にもフィードバックをお願いします。

これからインターンが「採用」という言葉に全て置き換わるようなことがあれば、それは新卒採用の後退を意味します。インターンには「次世代育成」という意味合いを残し続けていかなければなりません。というのも、私が日頃から大学生と接していて感じるのは、社会が求める人材へと育っていくには、それなりの時間がかかるということなのです。

中期インターンシップは規制すべきなのか

このように考えていくと、次に議論すべきなのは、おそらく1週間程度の中期インターンシップです。この中期インターンシップでは、就活生のスキルやマインド、集団行動をつぶさに観察できるので、インターンからの採用が可能です。

具体的には、4年生になる直前の2月から3月にかけて実施される中期インターンが採用に直結できることになります。また、就活生のヒアリングからは、3年生の夏休みに実施される中期インターンに参加して、そのメンバーを早期に内定させる企業の動向も確認できています。

私は、現行の就活ルールで行われている、大学の学期中である6月からの面接選考よりも、4年生になる直前の2月から3月に選考を集中的に行うことが、就活を続ける大学生の学業の妨げにならないと考えています。その理由は「就活を"夏休みと春休み"に集中すべき理由」という記事で説明しました。

次世代を育てるためのインターンシップ

今、私たちが考えなければならないことは、インターン選考の「期日」ではなくて、インターンの「中身」についての丁寧な議論です。

企業と大学は、次世代育成のために連携をし、インターンシップを契機として継続的に大学生の成長をサポートしていくことで、国がのぞむ「主体的に考える」人材、そして、企業がのぞむ「変化に対応する」人材を育てていかなければならないのです。

大学教育の質的転換を求め、次世代を育てるために企業と連携し、「キャリア教育・職業教育の一環」として萌芽期から成熟期を迎えたインターンシップの社会的意義が今、問われているのです。

[法政大学 キャリアデザイン学部 教授 田中 研之輔 写真=iStock.com]

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痴漢冤罪"嘘つき女性"から身を守る方法

2019年4月8日 08:00 PRESIDENT Online

被害者の供述だけが、信用されがち

2019年1月、3年前に再審で強姦罪で無罪となった男性が国に損害賠償を請求したが、大阪地裁で棄却された。男性は結果的に計6年間身柄を拘束されたが、無罪となったきっかけは、被害女性が「自分の証言は嘘だった」と男性の弁護人に告白したことだった。

被害者の虚偽供述で、無実の人間が罪に問われて人生を奪われる。まさしく悲劇だが、怖いのはこれが氷山の一角にすぎないことだ。数々の冤罪事件を手がけ、現在放映中の冤罪事件ドラマのモデルにもなっている今村核弁護士は次のように明かす。

「裁判所は、被害者はほとんどは嘘はつかないという前提で判断する。後に被害者が嘘を告白したこの事件も、裁判所はルーチンで判断を下しただけ。この事件の陰には、数多くの冤罪事件が潜んでいます」

裁判所が定型的に仕事をしていることがよくわかるのが判決文だ。

「痴漢冤罪が話題になり始めた2000年前後、研究会で50件以上の有罪判決を集めて分析したことがあります。その結果、ほとんどが『被害者の供述は具体的かつ詳細で、体験したものでないと語れない迫真性がある』『被害者に、あえて嘘をついて被告人を陥れる動機がない』という定型文でした。表面的なところだけを見て判決文を書いているのは明らかです」

痴漢を疑われたとき「すいません」は禁句

被害者の供述だけで有罪にされるといえば、痴漢冤罪もそうだ。身を守る方法はあるのだろうか。今村弁護士は悲観的な見方だ。

「痴漢冤罪には、刑事裁判制度の構造的問題が表れている。個人で身を守るのは難しい」

では、もし電車で「この人、痴漢です」と腕をつかまれたらどう対応するべきなのか。

「まず反射的に『すいません』と言わないようにすべきです。日本人は相手が怒ると、理由がわからなくても謝る傾向がある。何か迷惑をかけたかなと思って一応謝っただけでも、相手が『痴漢を認めた』と勘違いして思い込みを強めることもあるので要注意です」

痴漢に疑われて駅員室に行ったらアウトだから、すぐ逃げろ、というアドバイスも聞くが、いまは監視カメラが多く、逃げるのは困難。今村弁護士も「むしろむちゃをして事故を起こすリスクが怖い」と懐疑的だ。つまり、いったん女性に痴漢だと言われたら、それが嘘や勘違いでも、逮捕から逃れる方法はないのだ。

無罪となるには、逮捕されても否認を貫くしかないが、18年逮捕されたカルロス・ゴーン被告と同様、いわゆる「人質司法」が適用され、罪を認めないと勾留が長期化する可能性がある。だから、弁護士には毎日接見に来て支えてもらうべきだという。

「冤罪と闘おうと思っていても、人間は孤独になれば、グラッとくる瞬間が必ずやってくる。そこで気持ちが折れてしまわないような環境を自ら作っておくことが大切です」

いまこそ「疑わしきは被告人の利益にする」という基本に立ち返る制度改革を期待したいところだ。

[ジャーナリスト 村上 敬 答えていただいた人=弁護士 今村 核 図版作成=大橋昭一 写真=iStock.com]

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残業禁止に不満タラタラな人の「言い分」

2019年4月8日 08:00 PRESIDENT Online

残業時間を減らし、生産性を上げようと各社が取り組む「働き方改革」。改革で本当に働き方は変わったのか。今回は現場で働く管理職&若手社員の実態を調査した。彼らの抱える悩みに働き方改革の先達が回答する。

仕事時間が短くても楽しむ方法

部下を残業させるな、働き方を変えろと言われ、困惑している管理職の方がたくさんいらっしゃいます。ただ、意識の持ち方さえ変えれば仕事のやり方も一新するのかと言えば、そんなこともありません。人間は環境が変わらなければ、意識も変わらないものだからです。実際、仕事のやり方は変わっていないという方もいらっしゃるはずです。

たとえば会議時間を減らしたいとします。いくら会議を減らせ、効率的に会議をしろと号令しても、会議を主催する人は「自分の会議は大事だ」と思っています。ほかの人が「その会議は不要だ」と言えば、主催者は「この会議の意味がわかっているのか!」と怒るでしょう。ほかの人も嫌われたくないからと仕方なく参加します。その結果、会議の数も時間も従来と変わらないのです。

一番効果が出るのは、夜中のうちに経営者が指示して会議室を半分に減らすことです。いままで10部屋あった会議室を5部屋に、半分なくしてしまうのです。朝社員が出勤すると会議室が半分になってしまっていて、仰天するわけです。これは工夫するしかないと思うでしょう。

働き方改革も同じです。残業させるな、効率的に働けと、ただ言っていても何も変わりません。一番効果があるのは、たとえばノー残業デーを週1日から3日に増やすことです。社員みんなが、いままで週4日は残業できたのに2日しかできなくなった、どうしようと考えはじめ、その結果働き方にイノベーションが起きるのです。

働く時間が減った分、何をやって何をやらないかの選別も必要になってきます。それは常に考えなければいけません。僕は若いころ上司から仕事を頼まれたら、「この仕事はなぜ自分がやらなければいけないのか」「何が仕事の目的なのか」を徹底的に考え抜きました。それで目的や、やる理由が腹落ちしたら、今度はどうやったら最短でできるかを考えます。自分の案を考えたあとで先輩にいままでどうやっていたのかを聞く。自分の手法と先輩の手法を比べて、自分のほうが勝っていれば「よっしゃ勝った。1勝や」と、先輩のほうが優れた手法だったら「1敗。まだまだやな」と自分で星取表を作っていました。これをやりはじめると仕事が楽しめるようになるのです。「今日は3勝1敗や。ちょろいな」とかね。

残業禁止で、やりたい仕事ができません

【悩み】自動車・若手●西川さん(入社6年目)

会社は2020年の自動運転実用化の達成を目指すと宣言しています。その実現に向け担当分野で全力を尽くしたいのですが、22時になると帰れと言われてしまいます。もっと働きたいです。

【回答】

その働き方は自己満足にすぎません。開発など頭を使う仕事は1日に2時間×3~4セットが限界です。これは世界の脳科学者が解明しています。たしかに仕事に長時間没頭したり、徹夜したりすると達成感は得られます。しかし、これは脳がホルモンを出して脳自体を守る仕組みで、モルヒネに似た「幸せホルモン」が脳を麻痺させているのを達成感と勘違いしているだけ。実際、どれだけ創造性につながっているかは大いに疑問です。

米国のシリコンバレーで開発の仕事に携わっている人と話していると、「30年間、毎日3時間以上働いたことはない」とか「5時間以上働くのは無理だな」と言う人がたくさんいます。創造的に働いている人の実際の労働時間は意外と短いのです。まずは、脳科学の見地からもっと脳の使い方を学んでほしいですね。

また、働く時間に制限を設けることで、仕事の生産性を上げ、自分の成長につなげることもできます。何年かけてもいいから自動運転の開発をしてくれと言われたら一生実現しません。人間、制限を加えられるから、仕事のやり方を工夫する。そうでなければ仕事のやり方は変わりません。人間は基本はナマケモノで、何も変えたくない動物ですからね。

部下が正解しか求めず、なかなか成長しない

【悩み】製薬・課長●羽田さん(入社18年目)

部下を早く帰さなければならず、仕事を任せるときにやり方の答えを細かく教えるようになりました。部下も毎回答えを求めてきます。本当は自分で試行錯誤するなかで成長してほしいのですが、余裕がありません。

【回答】

管理職失格ですね。早く辞表を出したほうがいい(笑)。部下に残業をさせられなくて、部下を育成する時間がなくなったというのでは管理職の本分を果たしていません。使える時間のなかで時間配分するのが管理職の仕事ですから。

管理職に余裕がないのは、上司が「無限大」の幻想にとらわれているから。時間は無限で、部下もいっぱいいる。どんどん仕事を頼んだらいい。これが無限大の幻想です。そんな上司に「考え方が間違っている」と言っても理解できないでしょうから、こちらも「無(む)・減(げん)・代(だい)」の作戦で対抗します。

何をするかと言えば、まずは上司の指示を「無」視する。上司は思い付きで話していることも多いので、同じことを3回言われるまで無視してみる。それでも指示されたらその仕事の量を「減」らします。10枚のレポートも、2枚で十分だと思うなら2枚に減らすのです。そして最後の「代」は使いまわし、代替です。資料をゼロからつくるのではなく、極力以前作成した資料を使う。もしかすると日付だけ替えて流用できる場合もあるかもしれません。この「無・減・代」で自分の仕事の時間を3割カットできれば、その時間を部下の育成に使えるはずです。

一斉退社で社内の飲み会が増えました

【悩み】銀行・若手●平松さん(入社2年目)

会社で一斉退社の時間が設定されました。そのため上司や先輩と一緒の時間に会社を出ることが増え、その流れで飲み会に誘われることが増えました。本当はあまり行きたくないのですが……。

【回答】

嫌な飲み会はどんどん断ればいいんです。断ると出世に響くような会社なら辞めて、転職するほうがマシです。そんな会社はいるだけ無駄でしょう。現在は団塊世代が毎年200万人退場するのに、新社会人は90万人しかいません。相当な労働力不足が起きているので、辞めてもすぐに次の仕事が見つかりますよ。

頻繁に飲み会に誘う上司や先輩にも問題があります。就業時間後のコミュニケーションは残業そのもの。根本的に考え方が間違っています。僕の場合、仕事で部下と一緒に移動するときやランチの機会にコミュニケーションを取っていました。あとは「困ったら相談に乗るよ」と言えば十分。わざわざ飲みニケーションを設ける必要はありません。

このグローバル化の時代、会社にはさまざまな文化や習慣、思想を持った人たちがいます。たとえば部下がイスラム教徒だったらどうしますか。もちろん部下をよく観察して、飲みたがっているとわかれば連れていくのはかまいません。けれど部下のなかにお酒が飲めない人がいる、あるいは上司と飲みに行くのが嫌な人もいるというごく当たり前の想像力を欠いた人は即刻、管理職を辞めたほうがいいと思います。

トラブル対応で毎週土曜日に出勤

【悩み】ソフトウエア・課長●菊谷さん(入社19年目)

システムを導入したクライアントからの対応に追われています。チームメンバーには残業上限以上に仕事を頼めないため、結局自分でやって平日は終電かタクシー帰宅。土曜日も毎週出勤しています。

【回答】

クライアントの要求は100%のまなければいけないと勘違いしているのではありませんか。仕事のできる人で、クライアントの言うことを1から10まで聞いている人はいません。できないことはできないとハッキリと言えばいいのです。これはボーイフレンド、ガールフレンドの関係とまったく一緒。相手の要求を100%聞けばいい関係がつくれるわけではありません。当面はいいかもしれませんが、そのうち人間関係が壊れてしまいます。嫌なことは嫌と明言してはじめていい信頼関係が築けるのです。

チームメンバーに仕事を頼まず、自分で対応しているという仕事のやり方も管理職失格です。それではプロジェクトの先行きを考える時間も、部下を育成する時間もなくなってしまいます。先ほどお話しした「無・減・代」の手法でいまチームで抱えている100の仕事を今後も継続しなければいけないのかを洗い直すことをお勧めします。100の仕事が90、80に減れば、その分余裕が生まれます。

部下に仕事を振れないから自分が仕事を引き受けるのは、無・減・代ができないと自ら白状しているようなもの。管理職としては問題です。いまからやり方を変えてください。

※相談者の名前は仮名です。

[立命館アジア太平洋大学(APU)学長 出口 治明 構成=Top Communication 撮影=大槻純一]

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年収1300万"妻に月20万渡し収支真っ赤"

2019年4月8日 08:00 PRESIDENT Online

年収1300万円▼妻に月20万渡して収支は真っ赤

40代 IT企業 根木浩太さん(仮名)

議員秘書時代に、女遊びを覚える

根木浩太さん(仮名)は都内の大手IT企業に勤める40代の男性だ。結婚10年目で、3歳の息子がいる。年収は家賃収入を合わせると1300万円ほどになる。しかも両親の実家に同居しており家賃はかからない。

理想的な生活にも見えるのだが、悩みもあるという。まずは根木さんのキャリアを振り返りたい。

根木さんは東京・稲城市の開業医の一人息子として生まれた。関西地方の大学で留年を繰り返し、9年かけて卒業したあと、国会議員の秘書となり東京に戻ってきた。

「いつか自分も国政に打って出たい」。そんな志を胸に門を叩いたが、秘書の仕事は想像を絶していた。

「朝の仕事はまず、先生の自宅まで行き、起こすことです。夜は先生を家まで送ったあとも残務をしてから自宅に帰ります。それ以外にも、マスコミ向けに先生が料理を振る舞ったときは自分が材料の購入から調理まですべてをしました。ちなみに先生は料理を盛り付けただけです」

それに加え、支援団体や政治関係者との会食が毎晩あった。体はもうボロボロだった。

しかし根木さんはこの仕事の醍醐味をこう語る。「政治家をやっていると、口利きで、謎のお金が湧いてくるのです。あまり詳しくはいえませんが、そういったお金は領収書を切っていませんでした」。

例えば2002年のサッカーワールドカップでの出来事。有力支援者から「日本戦のチケットを押さえてほしい」と懇願され、議員の代理として日本サッカー協会の関係者に頭を下げれば数枚なら入手できたのだろうが、別の行動をとった。

「ヤフーオークションでも結構チケットが出回っていたのですよ。そのチケットを買いたい人がほかにもいたので、厳しい戦いになりました。ひたすら価格を吊り上げ、最終的に1枚約30万円で2枚落札しました。当時、落札価格は最高価格としてニュースになりました。ちなみに支援者からは200万円もらいました」

そんな根木さんは次第に金銭感覚が狂ってきたという。「少ない睡眠時間を更に削っていろいろな夜の遊びを覚えました」と振り返る。

まず、キャバクラ遊びだ。

「最初は仕事で嫌々ついていったのですが、はまっちゃいまして、仕事じゃなくても通うようになりました」

海外でも遊んでいたという。

「先生はよく台湾に行っていたので、それについていっては、現地のホステスと遊んでいました。ただ、遊びすぎちゃって、同じ店の2人の子と恋愛関係になってしまいました。そしたら、ある日お店でその2人が喧嘩しちゃいまして。店から出入り禁止にされました(笑)」

日本の店でも出入り禁止になった。

「メイド喫茶が流行り始めていたので、自分もオーナーとして持ってみたいな、と思ったのです。どうせやるならキャバっぽいメイド喫茶にしようと思って、多くのキャバクラに行ってスカウトしていました。その引き抜き行為が新宿・歌舞伎町のとある有名キャバクラでばれてしまいましてね。ここも出禁となりました」

女遊びをしまくっていた根木さんが、結婚することに。相手は「当時33歳で体重90キロ超の女性。自分のタイプではなかった」そう。

「結婚とは事業です。相手が綺麗かどうかなんて関係ない。実は嫁、地方にある有名企業の社長令嬢なのです。嫁と出会う前から結婚を決めていました。ビビビってきましたね」

こうして根木さんの結婚生活は始まった。とはいっても、一緒に暮らしているというだけで、生活はほぼすれ違い状態だった。

「当時、嫁は鬱陶しかったですね。11年に東日本大震災があったときです。あのとき僕は嫁に『東京は放射能で危ない。君だけは田舎に帰れ!』と伝えました。真顔で心配しているていを装って。もちろん、ただ一人暮らしに戻りたかっただけです」

しかし、3年前に子どもが生まれると心境に変化が出てきたという。

「これまでクズみたいな生活をしていたのですが、子どもが可愛くて可愛くて……」

もっと子どもとの時間がほしい。根木さんは秘書を辞め、義父のコネで大手IT企業に幹部待遇で転職した。そして一軒家も買った。「真人間に戻ろう」。そんな矢先だった。

「母親が体調を崩して……。1年くらい新居に住んでから、貸しに出して、私の実家へ引っ越し、両親と同居することにしたのです」

しかし、奥さんはその生活に耐え切れなかったという。月のほとんどは実家に帰るようになった。

根木さんは息子のことが心配で月20万円のお小遣いを奥さんに渡している。「正直何に使っているかはわかりません」。しかしたまに息子にあっても人見知りをされてしまう。

寂しさを紛らわせるため、秘書時代のように飲みに出てしまう。もちろん、今は完全自腹だ。すると、妻がいるときは少しずつ貯金できていたが「なぜか残高が減っていく」。

出費を抑えようと思っていても、ついつい一緒に飲んでくれたり、趣味のクラシックバレエを観にいってくれたりする人におごってしまう。

しかし子どもの将来のことを考えると「なんとかしないといけない」。今はまだお金がかからないが、学校に行き始めると変わってくる。少なくとも今の貯金額では足りない。それに今は親を頼っているが、今後親がどうなるかもわからない。

根木さんはモンモンと将来のことを考えては不安に思ってしまう。その不安を払拭するために夜の街で散財してしまうという、悪い循環にはまってしまっている。「もうどうしたらいいかわからない」。

▼FUKANO’S POINT

一番必要なことは奥さんと話し合いの場を設けること

今、根木さんに一番必要なことは、奥さんと話し合いの場を設けることです。家族の将来をどうしたいのかを考え、それに向けた計画を立てましょう。奥さんが専業主婦なら財布を渡して、自分が月20万円お小遣いをもらうというのもありだと思います。今のままだと年間300万円も遊興費に充てているので、ちょっと我慢すればすぐ貯金できるはずです。どうしてもお金を使ってしまうのであれば、iDeCoや低解約返戻金型終身保険に加入するのもありだと思います。また、少し遅いですが、子どもの将来が不安なら学資保険に加入して強制的に貯金することですね。

▼開業医のドラ息子。金の使い方未だによくわからず

[プレジデント編集部 写真=PIXTA]

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安倍首相が"令和おじさん"と呼ばれない訳

2019年4月8日 08:00 PRESIDENT Online

新元号に「日本の古典」を使ったのは自分のため

4月1日、新元号が「令和(れいわ)」と決まった。天皇陛下の即位にともなって5月1日午前0時から施行される。

日本最初の元号「大化」から数えて248番目にあたる。これまで「令」の字が使われたことはなく、「和」は20回目の使用だ。日本最古の歌集である『万葉集』からの引用で、国書からの引用は初めてだという。

沙鴎一歩は『万葉集』の文言からの引用や「令和」という新元号自体には異論はない。

しかし安倍晋三首相が自らの理想国家を実現するために、私たち国民のだれもが親しみを感じる『万葉集』を利用して新元号を制定したところには異を唱えたい。安倍首相という男は、自分のために日本の古典まで使うのだ。

一時的に日本中がお祭り騒ぎになっているが、改元に臨んだ安倍首相の真意を読み取る必要がある。

『万葉集』は日本人の魂の文学である

1日午前11時40分から菅義偉官房長官が「令和」の決定を発表し、出典元も明らかにした。

それによると、『万葉集』の「梅花の歌32首」の序文に書かれた漢文「初春令月 気淑風和 梅披鏡前之粉 蘭薫珮後之香」から取られた。

この序文は、九州・太宰府長官の大伴旅人の屋敷に人々が集まって宴を催し、そのときに皆で歌を詠んだことを説明したものだ。旅人か、旅人の部下の役人、山上憶良の作だとみられている。現代語訳すると、こんな感じになる。

「初春の、物事を行うのによい月だ。大気がよく澄んで、風はやわらかくとても気持ちがいい。ウメは鏡の前で女性が付けるおしろいのように咲き誇り、ランはその美女が身に施した香のように薫っている」

平成に代わる元号を求めた『万葉集』は、貴族から農民までさまざまな階級の人々の魂の歌を集めて編纂された。日本人の魂の文学である。

現存する歌集の中で日本最古のもので、全20巻に約4500首の歌が収録されている。歌は種々雑多な雑歌(ぞうか)、死者をいたむ挽歌(ばんか)、男女で詠み合った恋の相聞歌(そうもんか)の3つに分かれている。「令和」の出典元である梅花の歌32首は、雑歌に入る。

序文は漢文だが、歌は漢字の音を使った「万葉仮名」で書かれている。編集は7~8世紀後半とみられ、編者は不明だが、奈良時代の歌人、大伴家持といわれている。一般的には皇族の額田王や歌人の柿本人麻呂らの歌が有名で、一介の農民や防人(さきもり)の詠んだ情緒ある歌も親しまれてきた。

首相就任の直前に出した『美しい国へ』で書いたこと

「令和」が発表された1日には、有識者による懇談会や全閣僚会議での協議も行われ、そのうえで「令和」に決まったという説明だった。ところが、その後の報道で、実際には安倍首相に一任され、6案に絞られた候補の中から安倍首相が決めたことがわかってきた。有識者に反論はなく、閣僚からも異論が出なかったという。

なぜ安倍首相は『万葉集』を選んだのだろうか。

そこで沙鴎一歩が思い出すのが、安倍首相が官房長官のときの2006年7月に出版した『美しい国へ』(文春新書)という本である。「自信と誇りのもてる日本を取り戻そう」と訴えたもので、安倍首相の初めての単著だった。

読んでみると、内容は自ら信じる保守主義を強調したものに過ぎず、「美しい日本」という言葉に騙されたのをよく覚えている。どこがどう美しいのかを考えて読まないと、危険でかなり怪しいのである。

たとえば第一章の「わたしの原点」ではリベラルと保守主義を比較し、安保反対を「中身も吟味せず、何かというと、革新とか反権力を叫ぶ人たちを、どこかうさんくさいなあ、と感じていたから……」などと批判する。さらにジャパン・アズ・ナンバーワンにも言及している。安倍首相の「第一主義」好きは、アメリカのトランプ大統領のそれよりも古く、トランプ氏以上なのかもしれない。

自らの理想が最高であると信じて疑わない

第二章が「自立する国家」で、第三章が「ナショナリズムとはなにか」と続く。これだけ見ても安倍首相の理想とする「美しい国」が何ものであるかが、よく分かる。

新しい元号を中国の古典からではなく、日本古来の『万葉集』から採用したところは、一見すると日本らしさが表れている。しかも『万葉集』は、純粋で牧歌的、なおかつ情熱のこもった歌が多い。「これが日本の美しさだ」と感じる人もいるだろう。沙鴎一歩も『万葉集』に収められたひとつひとつの歌に対しては、そう感じる。

しかしへそ曲がりの沙鴎一歩には、これが安倍首相の作戦に思えてならない。安倍首相は美しい『万葉集』を隠れ蓑にして、理想とする保守主義を貫こうとしているのではないか。安倍首相は自らの理想が最高であると信じて疑わず、驕りとたかぶりで反対意見をまともに取り合わない。その政治姿勢は民主主義国家の宰相とは思えない。

「令」という字に安倍首相の驕りが透けている

「令和という新元号自体には異論はない」と書いたが、「令」という言葉には違和感もある。「よい」という意味合いよりも、上からの指示という意味を強く感じるからだ。701年に制定された日本古来の法律「大宝律令」の「令」でもある。安倍政権が国益ありきで、国民を従わせようとしているとも受け取れる。

これまで沙鴎一歩は、もり・かけ問題などを通じて、「安倍首相は驕りを慎むべきだ」と繰り返してきた。しかしその驕りが、ついに改元にまで出てしまった。

新元号を検討した懇談会メンバーは、その点をどう考えたのだろうか。京大教授の山中伸弥氏や作家の林真理子氏などは、首相官邸から出て来た際、新元号を褒めるばかりで批判的な言葉は皆無だった。何のための懇談会だったのだろうか。単なるアリバイ作りにすぎなかった。

なぜ小渕氏は「平成おじさん」と親しまれたのか

平成の改元では、小渕恵三官房長官(当時)が墨書を掲げ、「平成おじさん」として一躍、若い世代の間で有名になり、その後首相に就任した。

今回も菅官房長官が「令和」の墨書を掲げて記者会見したが、その直後に安倍首相が登場した。その記者会見では「『平成』を発表した当時とは時代が変わり、首相自らが記者会見することが一般的になっている」といった趣旨のことを語っていた。

結局、安倍首相は自らを宣伝したいのである。「令和」を決定した首相として歴史に名を残したいのだ。驕りに対する反省など、これっぽっちもない。これでは小渕氏のような「令和おじさん」にはとてもなれないだろう。

負の側面を「美しさ」で消し去ろうとしている

安倍首相は記者会見で、「『令和』には人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つという意味が込められている。(万葉集は)わが国の豊かな国民文化と長い伝統を象徴する国書だ」と語った。

「美しく心を寄せ合う」や「豊かな国民文化」という言葉自体は問題ない。問題は安倍首相自身が心の底からそう思っているかどうかなのである。

続けて「文化を育み、自然の美しさをめでることができる、平和な日々に心からの感謝の念を抱きながら、希望に満ちあふれた新しい時代を国民の皆様とともに切り開いていく。新元号の決定にあたり、その決意を新たにしている」とも述べた。

「美しさ」という言葉が目に付く。元号の改元によって日本が一新されたことを示し、安倍政権の持つ負の側面をすべて消し去ろうとしているかのように思えてならない。

安倍政権の政策は薄く、改革は目先のものにすぎない

安倍政権は少子高齢化の解決策に「一億総活躍社会」の実現を掲げ、過労死や過労自殺が社会問題化すると、返す刀で「働き方改革」を声高に叫んできた。また子供の虐待が問題視されれば、今度は体罰禁止を明記した児童虐待防止法の改正を進めようと躍起になった。

安倍首相は政策を掲げ、改革を実行に移そうとする。一見すると、国民のために奮闘する首相のように思われる。だが落ち着いて考えてみると、その政策の内容は薄く、改革は目先のものばかりなのだ。

アベノミクスもお世辞にも「成功している」とは言えない。国民の間に貧富の大きな格差が生じている。アベノミクスに問題がないとはいえない。

そうした日本社会の疲弊に対して、安倍政権が敏感だとは思えない。だから中身のない目先の政策や改革に躍起になるのだ。新元号の決定も同じである。

「国民生活を最優先したものとは言い難い」

さて新聞の社説は、今回の「令和」改元をどう書いているか。4月2日付の朝日新聞の社説は「世の中が自粛ムードに覆われることもなく、元号予想があちこちで行われた。入社式で新入社員全員が、自分の『新元号』を披露した企業もあった。人々は思い思いに、この日を受け止めたのではないか」と前向きに書く。

だが、そこは安倍政権に批判的な朝日社説である。

「改元1カ月前という今回の政府の決定は、国民生活を最優先したものとは言い難い。混乱を避けるため、当初は昨夏の公表も想定したが、新元号は新天皇の下で決めるべきだという保守派への配慮から、このタイミングとなった。官民のコンピューターシステムの改修は綱渡りの対応を迫られる」

安倍首相の好きな保守勢力のために国民生活が犠牲になったと、朝日社説は言いたいのである。

自分の理想のために工作していたのではないか

公文書の記録の在り方や情報公開にその矛先を向け、こうも指摘する。

「改元をめぐる政府の記録や情報公開のあり方も問われる」
「公文書を非開示にできる期間は原則30年までだが、平成改元の記録はいまだに公開されておらず、政府の消極姿勢が際立つ。しかも、平成の考案者の記録は残っていないとされる」

そのうえで朝日社説は主張する。

「有識者懇談会の内容を含め、選考過程を丁寧に記録し、しかるべき段階で公開して、歴史の検証に付すべきだ。まずは、平成改元時の資料をできるだけ早く公開してほしい」

平成改元時の資料公開はもちろん急いでほしいが、「令和」改元の資料を公にすることで、安倍首相が自らの理想国家実現のために新元号決定までの一連の流れを自分の理想のために工作していたかが、分かるはずだ。

新元号は「選挙戦の道具」に使われてしまった

朝日社説は最後に訴える。

「『日本人の心情に溶け込み、日本国民の精神的な一体感を支えるもの』。安倍首相は記者会見で自ら首相談話を発表し、元号が用いられることへの理解と協力を求めた。だが、元号への向き合い方は人それぞれであることは言うまでもない」
「もとより改元で社会のありようがただちに変わるものではない。社会をつくり歴史を刻んでいくのは、いまを生きる一人ひとりである」

元号の改元で社会は変わらない。その通りである。

安倍首相は改元によって安倍政権に対する国民の批判をかわし、統一地方選挙など亥年の数多くの選挙に勝っていこうという計算なのだ。いわば元号を選挙戦の道具に使ったのである。

朝日社説にはその辺りまで鋭くかつ具体的に批判してもらいたかった。

頑なに元号を使い続ける産経新聞の気風

次に産経新聞の社説(主張、4月2日付)。産経新聞は西暦よりも元号を重視し、記事では元号を中心に使ってきた。それだけに今回の社説には熱がこもる。朝日社説と違って大きな1本社説である。

冒頭で「天皇陛下の譲位に伴い、5月1日からの新しい御代(みよ)で用いられる元号が『令和(れいわ)』に決まった」と書く。「譲位」や「御代」などという格調高い言葉使いに、日本の伝統を重んじる産経社説らしさがにじみ出ている。

「元号が漢籍(中国古典)からではなく、国書(日本古典)から引用されたのは初めてであり、歓迎したい」とも評価する。これも中国を批判する産経社説らしい。

ときの権力に迎合する「ジャーナリズム」の体たらく

産経社説は安倍首相の言葉を借りて、こう主張を展開する。

「安倍晋三首相は、新元号に込められた願いについて、『一人ひとりの日本人が、明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる。そうした日本でありたい』と説明した」
「政府には、新元号が公的文書はもちろん、広く社会で用いられるよう努めてもらいたい」
「日本で暮らし、または旅を楽しむ外国人が、格段に増えた時代である。政府は195カ国の政府や国連などの国際機関に『令和』を通知した。国内にいる外国人にも元号を理解し、親しめるよう工夫をこらしてほしい」

この産経社説を書いた論説委員は本気で安倍首相が「国民が花を大きく咲かせることができる日本でありたい」と願っていると考えているのだろうか。もしそうだとしたら、社会の公器である新聞の社説を担当する新聞記者として批判精神が大きく欠如している。ジャーナリズムがときの権力に迎合するようでは情けない。

さらに産経社説は「元号と西暦の換算をしなければならないとして、利便性の観点だけを尺度に西暦への一本化を求めることは、豊かな日本の歴史や文化をかえりみない浅見だろう」とも書くが、朝日社説と反対の主張である。

その朝日社説は「公的機関の文書に元号と西暦の併記を義務づけることも求めたい。日常生活での西暦使用が広がり、公的サービスを利用する外国人はますます増える。時代の変化に合わせて、使い方を改めていくのは当然だろう」と主張していたが、これからは「元号と西暦の併記」だと思う。

[ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=時事通信フォト]

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王将が「店で餃子を包む」のをやめたワケ

2019年4月8日 08:00 PRESIDENT Online

「餃子の王将」の渡邊直人社長は、2013年の就任後、2つの大改革を行った。ひとつは「店で餃子を包むのをやめる」、もうひとつは「小麦粉を含む主要食材をすべて国産にする」。なぜ改革が必要だったのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉氏が、渡邊社長に聞いた――。

メディアで注目を浴びる一方で現場は疲弊

「餃子の王将」をチェーン展開する王将フードサービス(以下、王将)の売上高は約781億円。従業員数は2203名、店舗数は736店舗。台湾にも2店舗、出店している(2018年3月31日現在)。

2013年に登板した同社代表取締役社長、渡邊直人は会社の改革に取り組んだ。現在の王将は改革の途上ではあるが、現場は大きく変わっている。

渡邊は言う。

「08年頃、当社はテレビ番組などメディアに取り上げられることで注目を浴び、利益も大きかったんです。しかし、現場は疲弊していました。工場や店舗の設備は従来のままだったのに、お客さんが増えて増えて、現場はてんてこ舞いでした。

それが13年になると、外食産業全体に陰りが出始めて、当社にもその影響が及びつつあった。利益は出ていましたけれど、工場、設備をそのまま使い、まったく投資をしていない状態で、社内には大きな危機感がありました。王将のためを考えると、どうしても抜本的な改革をしなきゃいけなかったんです」

「オレは庶民に、お腹いっぱい食べてもらいたい」

桃山学院大学を卒業した渡邊が入社した1979年当時、王将への就職を志望する大学卒は珍しかった。しかし、創業者で社長の故・加藤朝雄氏から面接を受け、そのド迫力と給料の高さにひかれて入社を決めた。

「わたしはスーツで面接に行ったのですが、加藤は現場で働く姿だった。

加藤は言うんです。

『オレは庶民に、お腹いっぱい食べてもらいたい。そんな店をつくるんや』

加藤が語ったロマンにしびれて入社しました。私は現場で掃除、仕込み、調理となんでもやりました。初任給は20万円で毎月4000円昇給。昇給は、人を逃がさないためですよ。初任給は高いと思ったけれど、働く時間を考えると、『これじゃ安い』と思いました」(渡邊)

そうして王将は庶民が腹いっぱい食べられるような価格の商品を提供した。かといってセントラルキッチンで調理したものを店舗に運ぶことはしなかった。庶民のために目の前で熱々の料理を作った。店舗のオープンキッチンで料理をすることにしたのである。それぞれの店長が出すメニューを自由に考える。餃子の具材はセントラルキッチンから運ぶが、包むのはすべて店でやる。

できたての熱い料理、店独自の料理を出すことによって、王将はチェーンではあるけれど、町の中華料理店のような温度を客に提供することができた。

社員が大事だから、店で餃子を巻くのをやめた

さて、そうして始まり、成長した王将だったが、渡邊がトップになった頃はそのままでは成長を維持できなくなったため、大きな決断をした。

渡邊がトップになって始めた大きな改革はふたつある。

ひとつは餃子を店舗で“巻く(餃子の餡を皮で包むこと)”のをやめ、工場で成型して各店舗に配送するようにしたことだ。

「店に来てくださったことのある方はわかると思うのですが、平均的な店舗で餃子は一日に1000人前くらい出ます。1人前が6個ですから、店長以下、従業員は営業時間の間、ずーっと餃子を巻いていなくちゃいけない。餃子を巻くのに追われて、他の料理を作ったり接客にあてたりする時間が少なくなってしまった。そのため、餃子を工場で作ることにしました」(渡邊)

餃子を工場で成型することにしたが、冷凍はしていない。すべてチルドで各店舗まで運んでいる。工場で成型するようになってから、従業員の労働時間は2割減と劇的に減っている。

「『企業は人なり』って簡単に言うけど、そんな生やさしいもんじゃないですよ。社員は企業の命ですよ。社員が疲弊したら、いつか会社は悪くなってしまう。わたしは社長になって、もっとも大事なのは社員の皆さんだと思いました。それもあって、店で餃子を巻くのをやめたんです」(同)

主要な食材を国産にしたらファミリーが増えた

もうひとつの大きな改革は14年の10月、主要な食材をすべて国産にしたことだ。たとえば餃子の場合、豚肉、キャベツ、ニラ、にんにく、生姜、小麦粉を国産に変えた。もともとすべてが海外産だったわけではないが、高いハードルだったのは小麦粉だ。中華麺用の小麦粉(餃子の皮も同じものを使用)の95%は海外産だった。なんといっても国産小麦は量が少ないから、手に入れるのは簡単ではない。そのうえ、価格は輸入小麦のほうが安い。「餃子の王将」のように、大量に使用している中華麺用の小麦粉を国産に変えるのはコストも上がるし、調達の手間もかかる。しかし、渡邊は断行した。

「いらっしゃるお客さまの層が変わりました。『餃子の王将』と言えば学生さん、ビジネスマン、現場の労働者といった方たちが主要な客層なんですが、食材を国産に変えてから、ファミリーの方々が増えました。私がいちばん嬉しかったのは、『“王将の餃子”は安心なので、離乳食にしています』というお母さんからのメッセージでした。そんなこと、以前ならとても考えられなかった」(同)

「王将調理道場」で料理のコツを教える

ほかにも改革はいくつかある。

16年には女性を主なターゲットとした新しい形の店舗「GYOZA OHSHO」も出した。女性デザイナーに店舗の設計をしてもらい、女性客が入りやすい雰囲気になっている。メニューもこれまでの王将とは違い、ヘルシーなそれがラインナップに入っている。なお、19年3月には東京の有楽町にもオープンした。

また、本社の隣に「王将調理道場」を作った。そこに全国から店長を集め、調理技術を磨き、料理のコツを教えることで、料理の品質向上を図っている。基本を大切にすることもまた改革のひとつだ。

こうした話を聞いて、わたしは地元の王将の店にあらためて足を運んだ。そして、餃子を頼む。久しぶりに行ったわけではない。前社長の時代から食べに行っていた店だ。出てきた餃子を食べても、まったく以前の味と同じ。そして、あらためて店内の従業員を見たら、確かに仕事はシンプルになっていた。

以前は餃子を巻きながら指示を出していた店長も、調理をするときは調理に集中し、部下に指示を出すときはふたりで話し合いをしていた。思うに、渡邊の行ったもっとも大きな決断は、やはり店で餃子を巻くのをやめたことだ。そして、社内の誰もがそう思っていたにもかかわらず誰もが口火を切るのを躊躇していたことなのだろう。習慣を変えることは簡単ではない。

休日は3000人前の餃子が出る「空港線豊中店」

さて、王将チェーンのなかで断トツの集客を誇るのが伊丹空港に近い空港線豊中店だ。同店舗は237席で24時間営業、休日ともなると2500人の客がやってきて、3000人前の餃子が出る。

店長の尾﨑雄太は「わたしたち現場としては餃子を巻く時間がなくなったのは、すごくありがたかった。以前は営業中でも常に餃子を巻かないといけなかったから、部下の話もちゃんと聞くことができなかったし……。餃子を巻くことに追われてしまうところがありました。今では心に余裕をもって調理に集中できますし、接客もできます。よりいいものを出そうという気持ちで調理をできるのはありがたいことなんです」と言う。

また、国産食材に変えてから、「お客さまにママたちが増えました」とも言う。

では、彼ら現場の人間が大切にしている言葉はどういったものなのか。

「自奮自発」でお客さんに喜んでもらう

「わたしたちが入社当時から言われてきたのは、『自奮自発』ということです。自らを奮い立たせて、自ら行動を起こしてということをずっと言われてきました。王将は、現場に裁量権があり、店長が采配を振るってイベントをやったり、オリジナルメニューを出したりすることができる。それも現場の店長がその地域をよくわかっていて、理解したうえでやらなきゃならない。自奮自発で、お客さんに喜んでもらうというのが王将の現場の言葉です」(尾﨑)

「餃子の王将」の麺、餃子の皮はすべて国産小麦だ。世の中にはおいしいとされる中華料理店は多い。同社よりも儲かっている飲食企業も多い。しかし、そのなかで、消費者に安心を届けるために、すべての食材を国産に変えたところはあるのだろうか。特に困難な麺や餃子の皮を国産小麦に変えたところはあるのか。

「餃子の王将」は富裕層やグルメのための高級店ではない。庶民のための店だ。庶民に腹いっぱい食べてもらうため、庶民に安心してもらうための店だ。彼らは日々、現場の言葉をたよりに、日本を支える庶民のために努力を続けている。(敬称略)

[ノンフィクション作家 野地 秩嘉 撮影=熊谷武二]

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京セラ山口悟郎会長がネクタイピンをする理由

2019年4月8日 08:00 PRESIDENT Online

経営者に装いの美学について語ってもらう「トップの勝負服」。今回は、京セラの山口悟郎代表取締役会長。京セラに息づくフィロソフィと社員に求められる礼儀とマナーについて教えてもらった。

――スーツはフルオーダーで作られるそうですね。生地選びのポイントは何でしょうか。

落ち着いた色味や風合いを選ぶ一方で、仕事着ですから機能性も重視します。例えば、ハンガーにかければシワが短時間で消えるということもその1つです。私は海外出張のときに、スーツは畳んでスーツケースに入れて運びます。その日が移動だけならいいのですが、スケジュールによっては、現地に到着した日にお客様と会うこともあります。だから、スーツケースから出して3~4時間も吊るしておけば、自然にシワがなくなるような生地はいいですね。

あるいは、膝の部分が出ないこともポイントになります。会議が多い日は何時間も座りっぱなしですから、生地がよすぎると、膝のあたりが出てきてしまいます。

京都の英國屋さんはお付き合いが長いので、担当の方にはそういう機能性も含めて生地を選んでもらいます。

――カフリンクスは新入社員の頃から愛用されてきたんですね。

最初に父からもらったのがきっかけなので、同期の間では珍しかったかもしれません。ジョージ・ジェンセンのものを多く持っていますが、シックで目立ちすぎないところが好きですね。

そういえば社会人になるときに、父から服装について教わったことが1つあります。ネクタイピンをつけろということです。宴席で遠くの人に身を乗り出してお酌することがあるでしょ。そのときにネクタイがぶらぶらしていたら、料理のお皿にうっかり入ってしまうことがある。「おまえのネクタイが汚れるのは構わないけど、相手の料理が台無しになる」と言われたんですね。だから、ネクタイピンで止めろと。

ただ、私はネクタイピンが外から見えるのが好きではないので、裏側のループ(小剣通し)のあたりでシャツにとめています。これも新人時代からの習慣です。

――社会人としての基本マナーを教わったわけですね。

父だけでなく、上司や先輩からもたくさん教わりました。京セラは、礼儀やマナーにはうるさい会社なんです(笑)。目についたらその場で注意する。特に営業担当は、お客様を接待することもありますから、私も若い頃は「お酒はそんな注ぎ方するな」とか「そんな食べ方するな」とか、よく注意されました。細かいところでは、日本酒のお銚子を振って空になったかを確かめることもいけないと教わりました。手に持っただけでわかるだろうと。京都の芸子さんたちもそういうマナーなので、京都らしいかもしれません。

いまでも私は、20代の社員が集まるコンパなどに参加して酒席での礼儀やマナー違反を見つけるとその場で注意するようにしています。細かいと嫌われるかもしれないけれど、相手への細やかな気づかいは、ビジネスの顧客目線にもつながる大切なことです。

創業者の稲盛和夫も、同じようにその場で注意していました。仕事のミスもその場で指摘する。あとで別室に呼んでお説教するのでは、本人もピンとこないからです。

ただ最近は、叱られることに慣れていない若い社員もいるので、昔のようにすぐ指摘しないこともあります。一呼吸おいて「どう言えばいいか」と考えてから注意することが増えていますね。

――会長になられた現在、最も力を注いでいることは何でしょうか。

京セラのフィロソフィを正しく伝えていくことです。

当社は2019年4月でちょうど創業60年を迎えます。それだけ長い年月が過ぎれば、創業時のスピリッツが薄れてしまうのも無理はありません。稲盛の言葉は伝わっていても、それが形骸化していることがあります。

例えば、京セラフィロソフィの中に「全員参加で経営する」という項目があります。これは全社員が経営者の視点で考えて行動することが重要ということですが、当社では仕事のみならず宴会でも運動会でも全員参加が基本となっています。しかし、この言葉だけが一人歩きすると、全員そろうことが目的化してしまう。ただ全員が参加しているだけでは、意味がありません。みんなで力を合わせるところが重要だからです。

そのようにフィロソフィを正しい姿で伝えるために、社内報などでも積極的に発信し、海外法人にも出かけて直接説明します。

これは歴代の会長が果たしてきた役割で、私も年5回ほどアメリカ、ヨーロッパ、アジアの拠点に出かけて、社員たちに講義して質疑応答やコンパで対話しています。200人ほどの管理職を集め、2日間の研修を開くこともあります。

現地の社員から「言葉は覚えていましたが、会長の講義で本当の意味がわかりました」と言われるとうれしいですね。

――会長ご自身が最も好きなフィロソフィは何でしょうか。

いつも心がけていることはたくさんありますが、「謙虚にして驕らず」は深く考えさせられる言葉です。成功は過去の結果に過ぎなくて、将来も同じように成功するという保証はどこにもありません。将来の成功は、これからの努力にかかっている。だから、常に謙虚であることに努めて、けっして驕らない。この姿勢はビジネスでは本当に大切だと思います。

しかも、ただ知っているだけでは意味がありません。フィロソフィを実践していくにはどうすればいいか。それは、愚直な努力をコツコツ積み上げていくしかない。一足飛びに成功するのは無理です。昨日より今日のほうが少し成長している。自分の軸がブレることなく、愚直な努力をコツコツ重ねていく。「謙虚にして驕らず」は、そういう意味だと思います。

[text:Top Communication、photograph: Kunihiro Fukumori、hair & make: Aya Kajio]

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