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「仕事やお金を失ってもやめられない」性欲の強さと関係なく発症する"セックス依存症"の怖さ

2020年12月14日 08:00 PRESIDENT Online

仕事やお金を失っても危険な性行為をやめられない人たちがいる。長年、依存症問題に関わってきた精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳氏は「2000人以上の性依存症の治療に立ち会ったが、性欲が強すぎてセックス依存症になった人はほとんどいなかった」という——。

※本稿は、斉藤章佳『セックス依存症』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。

「セックス依存症」という病名は存在しない

現時点で臨床現場において、「セックス依存症」という診断名は存在しません。病院の診察室で医師が「あなたはセックス依存症ですね」と告げることはあっても、それは正確な診断名ではありません。

類似の診断名として「性嗜好障害」という病名があります。これは、性的満足を得るための手段が偏っていて、一般的な社会通念を逸脱した反復的・強迫的な性行動や衝動を指しています。

必ずしも犯罪に至るわけではなく、性的ファンタジーや強迫的なマスターベーションにとらわれるケースもあります。そして、そのことで生活が破綻する人も多くいます。

性行為に耽溺するケースでいうと、とにかくセックスをしないと落ち着かない、生活に支障をきたしたり不利益を被ったりしてもなお、危険な性行為を繰り返してしまうことを指します。

2017年に佐々木希さんがドラマ『雨が降ると君は優しい』(Hulu)で演じた女性はセックス依存症でしたが、作中での診断名は「性嗜好障害」でした。

そして近年、この分野では、ちょっとした大きな動きがありました。

新たに設けられた6つの診断基準

2018年、WHO(世界保健機関)が定めたさまざまな精神疾患の分類であるICD(国際疾病分類)が約30年ぶりに改訂されたのですが、そのICD-11(第11回改訂版)ではいわゆるセックス依存症を「強迫的性行動症(Compulsive sexual behaviour disorder)」という精神疾患であると認定したのです。

翻訳されて日本で適用されるにはまだ少し時間がかかりそうですが、それによって新たに「強迫的性行動症」という病名が加わることになります。

強迫的性行動症の診断基準には、次のような6つの項目があります。

(1)強烈かつ反復的な性的衝動または渇望の抑制の失敗
(2)反復的な性行動が生活の中心となり、他の関心、活動、責任がおろそかになる
(3)性行動の反復を減らす努力がたびたび失敗に終わっている
(4)望ましくない結果が生じているにもかかわらず、またそこから満足が得られていないにもかかわらず、性行動を継続している
(5)この状態が、少なくとも6カ月以上の期間にわたって継続している
(6)重大な苦悩、および個人、家族、社会、教育、職業、および他の重要な領域での機能に重大な問題が生じている

過剰なセックス、マスターベーション、ポルノ視聴、性風俗店の利用など、日常生活に大きな支障が出てもその行為をやめられない人は、この強迫的性行動症に該当すると考えられています。

しかし現時点では、WHOは強迫的性行動症そのものを「依存症」というカテゴリーに分類していません。いまだ研究の歴史が浅く、データ不足や議論が尽くされていないのが現状です。

「性欲が強いから発症する」というのは間違い

性依存症は、犯罪性のあるものとないもの、「非合法タイプ」と「合法タイプ」に分けられます。

犯罪性のある「非合法タイプ」はさらに痴漢や小児性愛障害(ペドフィリア)、強制性交などの「接触型」と、盗撮やのぞき、露出など、直接他人には触れない「非接触型」に分類されます。

犯罪性のない「合法タイプ」には、不倫や風俗通いがやめられない、自慰行為がやめられない、サイバーセックス(インターネットを介して性的興奮を得る行為)に耽溺する、服装倒錯(下着窃盗などを伴わないもの)など、倫理的には問題があるとしても犯罪性のない行為が挙げられます。セックス依存症は、基本的にこの犯罪にならない合法タイプの性依存症を指します。

本書では、セックス依存症を広義での「性依存症」の一部と捉えて解説していきます。

セックス依存症と聞くと、どんなときでもセックスのことを考えていて、セックスをしたくてたまらない、性欲が人一倍強い人がなる病気……そんなイメージを抱く人も多いかもしれません。

しかし、実はセックス依存症の本質は「性欲の問題」ではありません。実際はもっと複雑で、さまざまな複合的要因が絡み合った問題なのです。

どれだけ傷ついてもセックスをやめられない

なによりセックス依存症は、さまざまな損失を繰り返してもなお、この行為がやめられなくなります。

スキャンダルによって仕事や家庭、世間体や信頼関係を失う「社会的損失」や、不特定多数との性行為による性感染症やHIVのリスク、女性ならば望まない妊娠や人工妊娠中絶などの「身体的損失」があります。また、風俗通いがやめられず借金を重ねてしまうような「経済的損失」も考えられるでしょう。

社会生活を送る上で多くの損失が発生しているのに、脳の報酬系と呼ばれる神経回路に機能不全が生じると、「やめたいと思っているのにやめられない」状態に陥ります。そこではアルコールや薬物など、物質依存と似たメカニズムが働いているといわれていますが、まだ科学的には明らかになっていません。

また、近年の京都大学の研究グループの報告では、行為・プロセス依存の背景にこの報酬系が形成する「条件付け」が関係しており、それを抑制する前頭前皮質の活動が弱まっているせいで行動の制御ができなくなるという仮説が発表されました。

この仮説の研究結果から、行為・プロセス依存では前頭前皮質の活動に依存する確率判断の障害が関連しており、社会的リスクの高い問題行動がどのような結果につながるかを認識できず、その結果、行動の抑制ができなくなると考えられると結論づけられました。

さらに、数々の損失と苦痛に加えて、強迫性や衝動性も依存症の大きな特徴です。「セックスをしないと落ち着かない」「一度自慰をしたいと思うと、せずにはいられない」など、自分の中で「スイッチ」が入ったら、その行為を達成しない限り落ち着かなくて仕方ないという状態です。

これだけでも、世間一般の人が抱く「セックス依存症」のイメージと実態には、かなりの乖離があることがわかります。

本人をかばうことで症状を悪化させる場合も

また、社会的、身体的、経済的な損失に対して当事者が病気であるという意識を持てず、無自覚な状態に陥るケースもあります。

とくに男性の場合、本人が強い権限や経済力を持っていると、周囲の人間が口止めや「尻拭い」をしてしまうため、本人が本来感じるべき痛みに無自覚のまま、問題行動を繰り返してしまうパターンが見受けられます。

依存症の世界では、問題のある人の症状を支えてしまう行動のことをイネーブリング(Enabling)、その支え手となる人をイネーブラー(Enabler)と呼びます。

典型的な例では、アルコール依存症の夫が泥酔してなんらかのトラブルを起こした際に、妻が本人に代わって頭を下げて問題をなかったことにすることで、ますます夫が自身のアルコール問題に気づくことができずに否認を強化するというケースがあります。

そして妻は妻で、「この人はやっぱり私がいないとダメなんだ」という救世主的役割を担うことで、アルコール依存症の夫と共依存関係に陥っていきます。

またギャンブル依存症の家族では、当事者の借金を親が「私が払ってあげないと息子がかわいそう。世間体もあるし……」と肩代わりして、子どもは性懲りもなく再びギャンブルを続ける……というケースも数多く見られます。

回復をさまたげる「共依存」という落とし穴

ここで、当事者の家族や援助者が陥りやすい「共依存」のパターンを3つ紹介しておきたいと思います。

(1)否定的エンメッシュ(否定的コントロール)
他人の世話を焼き、他人に頼られることで自分の存在を認めさせよう、それによって自分の安全も得ようとする態度のことをいいます。

(2)救世主願望(メサイアコンプレックス)
「困っている人を自分が助けたい」「人の役に立ちたい」という考え自体は否定されるものではありませんが、その背景に劣等感や自己肯定感の低さがあると、「満たされない自分を満たすために人を利用する」という関係性になります。

つまり、自分の自己肯定感を高める道具として他者を利用するということになります。

(3)治療中断に対する恐怖心
当事者が自分(援助者)を見捨てて離れていってしまうことへの恐怖心から、伝えるべきことが伝えられず、間延びした関係性を続けてしまうことをいいます。

本来、当事者が援助者から離れて自立していくことは「自分の力でなんとかやっていける目途がついた」というサインでもあるため、援助者自身の「見捨てられ不安」についても自覚的になる必要があります。

共依存のバリエーションは豊富で、援助者も気づかないうちにその関係性に酔ってしまうことがあります。

支援者も自分自身と向き合わなければいけない

知らない間に当事者と共依存関係に陥り、「本人のため」と思ってしたことが実は自分自身の不安をケアするためで、本質的には当事者の自立のサポートにつながらない行為を繰り返している援助者のことを「プロフェッショナル・イネーブラー」といいます。

こういう名刺は持ちたくないですが、案外気づいたらこのような膠着した二者関係に陥っている援助者は多く、だからこそ援助者自身の健康性や対人関係のパターンをチェックしておく必要があると思います。

依存症者が自身の問題と向き合い、適切な治療と回復につながるには、その問題や失ったものをきちんとオープンにして、勇気を持ってイネーブラーが支えている手を離し、関係者が足並みを揃えることが不可欠です。

セックス依存症も他の依存症と同様、単に本人の問題行動だけに注目するのではなく、周囲に潜在するイネーブラーの存在も視野に入れて治療戦略を立てていく必要があるでしょう。

やがて、イネーブラーは家族会や自助グループに参加し、そこで仲間とつながって自身の回復に取り組むことで、当事者への対応や距離の取り方を学び、当事者の回復の伴走者となるキーパーソンに成長していくのです。

「男は性欲をコントロールできない生き物だ」という偏見

男性と女性では、セックス依存症の原因や傾向に違いがあります。

現在の日本において、男性に対してはいまだに「たくさんの女性と肉体関係を持っているほうが男らしい」という社会的バイアスが存在します。

とくに男同士の絆や結びつきを重視するホモソーシャルな世界では、女性蔑視(ミソジニー)を介して絆を深めることが起こりやすいため、女性をモノとして扱い、ナンパした数や経験人数の多さを競うことで同性の仲間から認めてもらうという風潮もあります。

つまり、自身の歪んだ承認欲求を満たすための道具として女性を使っているのです。

また、「男は性欲をコントロールできない生き物だ」という歪んだ価値観がいまだ信じられていることにも違和感を覚えます。これは、被害者が存在する性犯罪の場面でもしばしば見られます。

たとえばある男性が痴漢で逮捕されたときに、「妻とはセックスレスだったため、性欲を持て余して痴漢行為に及んだのだ」と、性欲解消のために痴漢行為に至ったと考える人がいます。

当然ながら、セックスレスと痴漢の間にはなんら相関関係はないものの、「抑えきれない性欲が暴走して、性犯罪を犯してしまった」というステレオタイプがいまだ根強く社会にはびこっている事実は明らかです。

犯罪化しなければ治療に結びつかいない現状

私はこれまで2000人以上の性依存症者の治療に関わってきましたが、「性欲が強く、それが抑えきれなくて性犯罪に走った」という人はごくわずかです。

そもそも多くの男性は、性欲をちゃんとコントロールできます。「男は性欲をコントロールできない」という価値観は、冷静に考えると男性を侮辱するものです。

性依存症の治療が必要な当事者であっても交番の前では痴漢はしませんし、友人との会話中、急に自慰行為をしたりはしません。それなのに、いまだその価値観が根強く残っているということは、それによって都合の悪い事実を隠蔽でき、周囲を思考停止に陥れられると学習している男性が多くいるからです。

著書『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)にも書きましたが、反復的な性的逸脱行動を性欲の問題にのみ矮小化して捉えてしまうと、問題の本質を見誤ります。

同調圧力ともいえるような「男らしさ」を強いる価値観が社会にはびこっているため、犯罪化しない限り、男性の性依存症の問題は臨床の場に出てこないのが現実です。

アルコール依存症の場合は、問題飲酒を続けていると身体がボロボロになるといった健康被害や、仕事の無断欠勤、離婚、飲酒運転、ケンカからの傷害事件などの社会的影響が表面化する可能性が高いのに対して、性の問題はデリケートな性質があるために、「自分にはなにかしらの問題がある」とわかっていながらも当人がなかなかオープンしにくく、治療に結びつかない現状があります。

[精神保健福祉士・社会福祉士 斉藤 章佳]

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「毒親に感謝する必要は一切ない」私が両親からの教育虐待を告発した理由

2020年12月14日 08:00 PRESIDENT Online

過去に親から虐待され、心に傷を受けた人はどうすれば救われるのか。文筆家の古谷経衡氏は、「忘れることは根本的な解決にはならない。名前の改名や、相続放棄宣言、絶縁宣言書の制作などで抵抗するという方法もある」という――。

※本稿は、古谷経衡『毒親と絶縁する』(集英社新書)の一部を再編集したものです。

大学を一〇〇〇万円かけて卒業させてもらったことは幸せなのか

最近「毒親(どくおや)」という造語が流行っている。毒親とは「過干渉や暴言・暴力などで、子供を思い通りに支配したり、自分を優先して子供を構わなかったりする『毒になる親』のことをいう」(NHK「クローズアップ現代+」二〇一九年四月一八日)。まさしく教育虐待とは、この「毒親」にすっぽり包摂される概念である。

過去、あるいは現在においてこの「毒親」の被害に遭っている当事者である子供は、どのようにそれに抵抗したらよいのかを記したい。

筆者は大学を三回の留年の末、七年かかって「卒業させてもらった」。当然この費用は、学費だけで七〇〇万円近くになり、仕送りを含めるとその総額は軽く一〇〇〇万円を超える。

これは厳然たる事実であり、経済苦で大学に通うことができない、あるいは中退せざるをえなかった学生、まして二〇二〇年の新型コロナウイルス禍により、ますますその深刻の度を増した世の中にいて、奨学金返済の義務を負うこともなく大学を卒業した私に対し、「少しぐらい親に感謝したらどうか」という意見があってもおかしくはないと思う。

しかし、これは私の意思ではない。両親の一方的な支配のもと、強制された進路をいやいやながらに私が完結させた結果である。それがいかに私に利益をもたらそうと、当事者である子供の了解を一切得ないで行われたその行為は、「同意を得ていない」という一点においてあらゆる抗弁をもってしても正当化できるものではない。

ほとんどの被害者は何ら抵抗もしないまま力尽きる

日本国憲法には国民の義務として、「親が子に教育を受けさせる義務」が明記されているが、それは原則義務教育の範囲だけであり、それを超えた親による教育虐待は、「子供の同意を得ていない」「子供の意思を一切無視している」という事実で、全く正当化される要素は無いのである。

この点は、過去そして現在も教育虐待を受けている当事者が、胸を張って主張してよい反論であり正論である。結果としていかに利益を享受していても、当人の意思を無視したそれは、やはり単なる押しつけであり、反発して当然なのである。

私は自発的意思と小さくない行動力によって親による教育虐待に対抗し、その関係性を清算するのに二〇年かかった。しかし、私と同じような行動を取れる被害者は少ないと思う。多分にこれは私の内側に強烈な自立の自我があったためで、むしろ教育虐待の被害者にあって幾分レアともいえる事例だろう。

過去を振り返る時、私の行ったあらゆる両親への抵抗は、少し計画が狂えば即座に頓挫する危険性があった。私が嘘をついたり捏造までして両親に抵抗したのは、私に多少の知恵と「蛮勇」ともいうべき行動力があったからで、ほとんどの被害者は、「毒親」に包摂される教育虐待の犠牲者としてあり続け、何ら抵抗もしないまま力尽きるか、最悪、私よりさらに重い精神的障害を負う羽目になり、そのあとは抵抗する気力すら持ちえない場合も考えられるからである。

プリンターで印刷した文書で絶縁宣言するだけでもいい

現に「毒親」という言葉がこれだけ認知されている状況を見れば、仮に物理的・経済的に「毒親」との関係性を希薄にしても、その被害の実相を加害者(親)に告知して謝罪を求めることはせず、むしろ、「触れないほうがよい」という判断を下して、苦々しい屈辱の思いとともに沈黙している場合が多いのではないか。

私は、そのような被害者の方々に言いたい。それでも抵抗せよ、と。二一世紀になった現在、かつての列強による植民地のほとんどが独立を果たしたように、同意なき一方的な支配や押しつけは、必ず瓦解し、被支配者の解放が実現されている。個人でもこれは同じで、親による支配は、永遠に続くものではない。長い長い夜は続くが、その後、必ず光明は見えると私は信じている。現に私はそれを実践している。

むろん、抵抗には信じられないほど膨大なエネルギーが必要である。日本においては親と「絶縁」する正式な方法は無いが、精神的に離別する方法はいくらでもある。親につけられた名前の改名や、相続放棄宣言、絶縁宣言書の制作は、驚くほど廉価にすることができるし、何ならこのような手続きをしなくても、単にプリンターで印刷した文書でもって親に「絶縁」を突き付けるだけでも事足りる場合もある。

忘れることは根本的解決にはならない

教育虐待の加害者は、必ず自らの行為を正当化する。一方、被害を受けた側は、たとえ加害者がそのことをきれいさっぱり忘れたとしても、一生消えることのない傷として屈辱とともにそれを抱き続けている。被害者はこの傷をできるだけ早期に忘れようとすることで、親からの加虐を希薄化したいと思う。

それが最も簡単な方法だからだ。だがそれは根本的解決ではない。一度受けた精神的な傷は、後年心のアンバランスとなって必ず噴出する。私にパニック障害の再発という結果でそれが噴出したように、いかに虐待の傷を忘れようと努力しても、その傷は消えない。だから、被害者はむしろその傷を忘れようと努力するのではなく、その傷と向き合わなければならない。結果として、傷は完全には消えないものの、その傷の修復は、傷そのものと向き合ったほうが早くできる。私が二〇年かかって出した結論はこれだ。

抵抗の方法は、個別のケースによって様々である。経済的に支配された被害者は、その圧倒的な力関係によって、親に物申すことができないだろう。特に学費や健康保険を親に依存している若者はこのケースに当たり、面と向かっての加虐への抵抗や追及は大変に難しいだろう。

しかしこの経済的支配も、いつしか必ず終わる時が来る。よほど特殊な事例でない限り、親の経済的優位は永遠に続くものではない。子供は経済的に、そして社会的にもいつかは独立する。その時まで、抵抗の炎を秘しておくのも、また戦略としては正しいだろう。

成人するまでにできるのは「幅広い世界観と教養の獲得」

常に損得を考えることだ。巨大な力を持つ加害者に抵抗する機会は、いつの世でも加害者が相対的に弱くなった時だ。もしあなたが思春期に教育虐待の被害に遭ったのなら、その時に抵抗するすべはほとんど無いだろう。親は無思慮にあなたの人生に介入し、まるで主人のようにあなたの人生を支配しようとし、創造主のようにあなたの人生を設計し、そしてその進路を一方的に強制してくる。

だが、抵抗の意志を持ち続ける限り、やがてあなたが成人して以降、機会は必ず訪れるだろう。問題はそれまで、自分の心の中に抵抗の炎を燃やし続けておくゆるぎない意志があるかどうかである。その意志の炎は、幸いなことに維持費を必要としない、最も経済的な灯台だ。抵抗の炎を燃やし続けるのに一番の方法は、幅広い世界観と教養の獲得だ。知識の蓄積としての教養こそが、抵抗の炎を燃やし続けてくれる一助になる。

視野を広げ、様々な事柄への知識を貪欲に吸収し、体験することだ。そうすれば自らが受けた教育虐待の全体像が俯瞰できるようになり、同時にそれがいかに酷い仕打ちであり、抵抗する正当性が立派に存在するかということを再認識させてくれる。

「親孝行」するに値しない親には、子供は一切感謝する必要ない

ここに懊悩(おうのう)は消し飛ぶ。自らが被害者として正当な権利を有し、加害者が徹頭徹尾間違っていることを理論的に理解できるようになる。そうすれば、自らの子供にも、同じことを強制する愚を犯すことは無くなるだろう。負の連鎖はここで断ち切ることができる。要するに加虐に打ち勝つためには、自らが加害者より賢く、より利口になるより他無いのである。

「親孝行」という言葉が昔からある。子供は親に感謝すべきもので、親が年を取ったなら子供は親に受けた恩を返さなければならないという、家父長制に基づいた封建的な親子関係を規定した言葉だ。私は「親孝行」を否定するつもりは無い。むしろ、「孝行」に値する親であれば、私はいくらでも親に感謝の念を抱くことができるだろう。

しかし世の中には、「親孝行」するに値しない親、というものが存在するという事実はもっと知らされるべきだ。そして「親孝行」するに値しない親には、子供は一切感謝する必要は無く、むしろ自らが受けた被害の回復や謝罪の要求を正当な権利として有しているという事実を、社会が共有することが重要である。

「親子関係はいつも良好」という誤解

親子関係は、常に良い関係性として、つまり良好であるという模範的状況を前提として学校や社会やメディアの中で繰り返し喧伝されている。だが、そうではない親子関係がある、ということはもっと広く認知されるべきだ。親による一方的な支配が子供を苦しめていること、親による一方的な押しつけが子供の精神を破壊する場合があることを、社会はもっと知るべきだと思う。

そうすることで、現在ではほぼ不可能だが、「家庭内での過度で非常識な教育方針」が、第三者の手によって矯正される可能性が開けてくる。ただじっと親からの加虐に耐えている未成年の子供にも、第三者による手助けが積極的に行われるようになるかもしれない。

この分野では日本はまだまだ後進国だ。抵抗の炎を自力で維持するのは膨大なエネルギーがいる。外部の助力を求める選択肢があらゆる子供にもたらされる社会制度の確立を、私は願ってやまない。

[文筆家 古谷 経衡]

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「初の実刑に涙を流した」そんな"香港の女神"を習近平は恐れている

2020年12月14日 08:00 PRESIDENT Online

香港市民として当然の行動を、中国政府は犯罪行為とみなす

収監中の香港の民主活動家3人に対する判決公判が12月2日に開かれ、実刑が言い渡された。3人は黄之鋒(24)、周庭(23)、林朗彦(26)の各氏。それぞれ13カ月半、10カ月、7カ月の禁錮刑だった。

3人は中国への犯罪容疑者引き渡しを可能にする条例案の撤回を求める昨年6月21日の集会で、他の民主派の若者や学生たちに参加を強く呼び掛けたとして公安条例違反の罪に問われた。

黄氏は集会を組織した罪も問われ、一番重い量刑となった。周氏は集会で拡声器を持って呼びかけるなど積極的に活動したと認定された。

香港の自由を守ろうと、集会やデモに参加したり、参加を呼び掛けたりする。香港市民として当然の行動である。だが、中国と香港の両政府はその行動を犯罪行為とみなす。異常な弾圧行為だ。国際社会は香港司法当局の誤った判決を糾弾し、中国・香港政府に対して3人の無罪と釈放を強く訴えなければいけない。

3人の収監が民主派に与える影響は甚大

12月2日の判決言い渡しで10カ月の量刑を聞き、周氏は涙を流したという。周氏は翌3日に24歳の誕生日を迎え、友人や仲間たちと祝う予定だった。現地メディアによると、周氏は上訴申立期間中の保釈を申請したが却下され、収監された。

3人の収監が民主派に与える影響は甚大だ。特に周氏は女神的存在で香港市民から人気が高い。実刑判決によって民主派の活動家を脅して黙らせる。これが中国・香港政府の狙いでもある。

3人は、香港政府トップを選ぶ行政長官選挙の民主化を求めて道路を占拠した2014年の雨傘運動の中心メンバーだ。これまで香港民主派の主張を世界各国に強く訴えてきた。

中国の習近平(シー・チンピン)政権はそんな3人が怖いのだ。第2、第3の周氏が現れては困る。それゆえ香港市民に対する見せしめとして3人の民主活動家に実刑判決を下したのである。

政治的にも経済的にも大きな摩擦が生じている

その怖さの源泉は、国際社会からの批判だ。3人が発信するたびに、国際会議などで批判を受け、政治的にも経済的にも大きな摩擦が生じている。

関税の引き上げをめぐる米中貿易戦争や、トランプ大統領による「中国が新型コロナウイルスを世界中にバラまいてパンデミックを引きこした」との非難はそのいい例だ。

12月3日付の朝日新聞は「香港の法治 言論の弾圧をやめよ」との見出しを掲げ、冒頭からこう主張する。

「平和的に街頭で意思を表す自由が封じられてはならない。デモ活動をした香港の若者らに対する弾圧に強く反対する」

見出しの「言論の弾圧をやめよ」は生ぬるいと思う。冒頭の「弾圧に強く反対する」も中国と香港の両政府には通じない。

12月4日付の記事「『豪首相は激怒』なぜ中国報道官は“陰惨なフェイク画像”で豪州を挑発したのか」でも書いたように、中国は過激な言葉を使って気に入らない国をとことん非難する。そんな中国に対し、「やめよ」や「反対する」といった表現では不十分だ。「実刑判決を取り消せ」などと具体的に主張しなければいけないだろう。

香港政府を操る習近平政権の異常さは、悪政そのもの

朝日社説は指摘する。

「昨年以降、香港の言論をめぐる状況の悪化ぶりは目を覆うばかりである」
「3人だけではなく、昨年の抗議行動を理由に拘束された者はすでに1万人以上にのぼり、うち2千人以上が起訴された」
「苛酷な法執行を通じて、市民らの言動を威嚇しようとする当局側の意図は明確だ」

1万人以上の身柄を押さえ、2千人以上を起訴する。香港政府を操る習近平政権の異常さは、悪政そのものである。このまま弾圧を続ければ、国際社会だけでなく中国の内部からも非難の声が上がるはずだ。

朝日社説は続けてこう指摘する。

「このままでは香港基本法で保障される『独立した司法権』が脅かされ、自由や民主を唱える市民に広く厳罰が科されるのでは、との声は強い。この3人を含む大量の訴追と刑罰は、その懸念が現実のものになっていることを感じさせる」

「正直言って怖い。でも、いま声をあげなければ」

朝日社説のこの指摘は納得できる。香港の一国二制度を堅持してきたのが、香港独自の司法だ。中国本土では中国共産党が司法も規制するが、香港では判例を重視する英国式の司法が維持されてきた。

しかし、香港政府側が敗訴するたびに中国・香港政府は「司法が肥大化している」として締め付けを強めている。そうした流れのなかで、周庭氏ら民主活動家の3人への実刑判決が言い渡された。

朝日社説は「日本や欧米各国の政府は強い懸念をくり返し表明している。中国は反発を強めているが、それによって圧力を弱めるようなことがあってはならない。かつて植民地統治をしていた英国を筆頭に、国際社会は共同行動を強めるべきだ」と主張し、最後にこう指摘している。

「『正直言って怖い。でも、いま声をあげなければ、もうあげられなくなるかもしれないんです』。昨年6月に日本を訪れた際、周氏は独学で学んだ日本語で必死に訴えていた」
「香港の若者が日本に向けて放った言葉の重み。それをいま、改めてかみしめたい」

周庭氏のこの言葉は日本の若者たちにもSNSなどを通じて届いている。今後はSNSの枠を飛び越えて、国際社会での議論に結びつける必要があるだろう。

産経社説は「弾圧」「釈放」と朝日社説より強く具体的に主張

産経新聞も12月3日付の社説(主張)に「香港で周氏ら実刑 日本政府は釈放を求めよ」という見出しを付け、こう訴えている。

「この裁判は香港の自由と民主を損なう弾圧だ。判決は不当で認められるものではない。香港当局は3氏を釈放し、自由を保障すべきである」

「弾圧だ」「不当で認められない」「釈放して自由を保障」と朝日社説に比べ、強い言葉を使って具体的に主張している。かつて中国政府に「肩入れ」したことのある朝日社説とは違う。

産経社説はさらに主張する。

「香港での弾圧は習近平政権の方針に基づく。香港の民主の芽を摘もうと国家安全法を施行し、北京の出先機関である『香港連絡弁公室』や『国家安全維持公署』は強権政治を広げようと動いている。国際公約である『一国二制度』や『港人治港(香港市民による香港統治)』は有名無実化しており、強い懸念を覚える」

その通りだ。世界中の民主主義の国々が強く心配し、批判の声明を出している。

中国の一体どこが「法治に基づく国であり社会」なのか

産経社説は指摘する。

「中国政府は、中国や香港は法治に基づく国であり社会であると強弁し、香港をめぐる国際社会の批判に反発している。だが、民主主義国では当たり前の自由や民主を求める人々を弾圧しているのだから、説得力はない」

中国の一体どこが「法治に基づく国であり社会」なのだろうか。中国政府の頭の中には、国家というものが国民のために存在するとの概念がまったくない。中国政府にとって国家は中国共産党と一部の党幹部のために存在する。政治も国民のためではなく、党とその幹部を利するための方便なのである。

産経社説は「中国政府が取り組むべきは圧政を敷くことではなく、自国や香港の民主化である」とも主張し、最後に日本の対応についてこう言及する。

「日本政府は3氏との連帯を表明し、中国、香港両政府に対して釈放を強く求めるべきだ。人権に関わる問題であり、『懸念の表明』や『事態を注視する』を繰り返すだけでは足りない。その先頭にたつべきは、菅義偉首相である」

政権を応援することの多い、保守の産経社説がここまで訴えている。できる限り早い時期に、菅首相には「3人の早期釈放」を求める声明を出してもらいたい。

[ジャーナリスト 沙鴎 一歩]

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「ウコンを飲み始めて3カ月で死亡」ネットで流行の健康サプリを飲んではいけない

2020年12月14日 08:00 PRESIDENT Online

ネットでは美容や健康、若返りなどさまざまな効果を謳うサプリメントが販売されている。飲んでも大丈夫なのだろうか。内科医の名取宏氏は「医療では補えない不安を解消したい人がサプリメントを買うのだろう。だがサプリメントはどんなに高価でも効果があるとは限らない」という——。

効果があいまいなサプリメント

みなさん、水素水のことを覚えておいででしょうか。

コンビニなどで一度は見かけたことがあると思います。水素分子が有害な活性酸素と反応し中和することでさまざまな効果を発揮すると称されていますが、健康な人が水素水を飲用して健康にプラスがあるかどうかは、当時はもちろん、いまでも証明されていません。

ですが、効果があるかどうかわからなくてもブームになれば売れます。多くの業者がブームに乗っかって水素水を販売しました。医薬品と違って健康食品やサプリメントは効果を証明する必要がありません。

そのため、効果があやふやなまま多くの商品が販売されています。現在の流行りは「NMN(ニコチンアミド・モノヌクレオチド)」です。

抗老化成分が含まれた「若返りサプリ」としてイケダハヤト氏などのインフルエンサーが販売していますが、現在のところ、動物実験レベルのデータはあるものの、実際に人間が服用して効果があるかどうかはわかっていません。

NMNが糖尿病をはじめとしたさまざまな疾患に効果があるかのように言われることもありますが、臨床試験で証明されたわけではありません。効果効能をうたってNMNを販売すれば「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」いわゆる薬機法に違反します。

NMNに限らず、さまざまな健康食品やサプリメントが売られていますが、どれぐらい効果があるのでしょうか。

健康食品による体調不良は「医師の盲点」

病気の予防や、より健康になることを期待してサプリメントを服用している方には申し訳ありませんが、少数の例外を除いて、サプリメントの効果は検証されていないか、されていてもごく小規模の質の低い研究しかなされていません。

下手に研究を行って「効果がない」という結果が出れば、商品として成り立たなくなってしまいます。市場競争下では、サプリメントの製造・販売業者はサプリメントの効果を検証する努力をするのではなく、消費者に効果があるかのように誤認させる宣伝方法を洗練する動機が働きます。

効果がないだけならまだしも、サプリメントが害をおよぼす事例もあります。

私は肝臓を専門にしているため、原因がよくわからない肝障害の患者さんについて他の医師から相談を受けるのですが、患者さんによくよくお話を聞いてみると摂取していたサプリメントが原因であることもあります。

肝臓を専門としていない医師でもウイルス性肝炎や処方薬による薬剤性肝障害はそうそう見落としたりはしませんが、健康食品やサプリメントによる肝障害は盲点になってしまうのです。

効果は実証されておらず副作用は未知数

サプリメントによる肝障害は、多くの場合はサプリメント摂取を中止すれば自然に治るものの、まれに重症化することもあり油断はできません。肝機能に余力がある健康な人なら回復も期待できますが、肝臓が弱っている方はサプリメントの摂取を避けたほうが無難です。

また、死亡例の報告も複数あります。

一例として、それまでは症状が安定していた肝硬変の60歳台女性がデパートで購入した粉末ウコンを毎日スプーン一杯飲み始めたところ、約2週間後に症状が悪化し入院するも腹水が溜まり、約3カ月後に多臓器不全で死亡したという事例が2004年に報告されています(※1)。

ウコンは肝臓によいとされていますので、この患者さんも良かれと思って摂取したと思われます。私が受け持っている重度の肝障害を持つ患者さんにはサプリメントは控えていただいていますが、「健康食品は健康な人のための食品なので、病気の人はやめておいてください」とご説明しています。

サプリメントによる健康被害は肝障害だけではなく、ほかにも下痢、嘔吐、発疹、間質性肺炎、腎障害、血小板減少症、光線過敏症などが知られています。これは薬の副作用とほぼ同様のものです。

考えてみれば、健康にプラスの作用だけあって副作用がまったくないなんて都合のよいものがそうそうあるはずがありません。医薬品とサプリメントの違いは、医薬品は有益な作用があることが証明されているのに対し、サプリメントは効果が実証されておらず副作用もあることです。

また、医薬品は開発・認可の過程でどのような副作用がどれぐらいの頻度で起こるのか調べられていますが、ほとんどのサプリメントではそのような調査はなされていません。

※1 内藤裕史『健康食品 中毒百科』(丸善株式会社)

「がん予防サプリ」で肺がんが増加

例外的に、定量的に害の程度がわかったサプリメントもあります。

βカロテンを豊富に含む果物や野菜をたくさん摂取する人にがんが少なく、またβカロテンに抗酸化作用があることから、がん予防に役立つのではないかと期待されていました。

βカロテンのサプリメントは、いわば抗酸化成分が含まれた「がん予防サプリ」というわけです。しかし、実際に人間が服用して効果があるかどうかは、試してみないとわかりません。

そこで、肺がんのリスクの高い喫煙者男性およそ3万人を対象に、βカロテンのサプリメントを与える群と、βカロテンが含まれていないが外見上は見分けがつかないプラセボ(偽薬)を与える群にランダムに分ける臨床試験が行われました(※2)。

先入観による偏りを避けるため、参加者や医師もβカロテン群なのかプラセボ群なのかわからないようにした、二重盲検ランダム化プラセボ対照比較試験という質の高い研究です。

結果は、がん予防どころか、βカロテン群では対照群と比べて肺がんが18%増加しました。他の研究でも同様の結果が得られ、喫煙者に対する高用量βカロテンサプリメントの単独投与が有害であることは確かです。

※2 Alpha-Tocopherol, Beta Carotene Cancer Prevention Study Group, The effect of vitamin E and beta carotene on the incidence of lung cancer and other cancers in male smokers, N Engl J Med 1994 Apr 14;330(15):1029-35.

成分の多さを売りにする商品は危険

この研究から得られる教訓はいくつもありますが、もっとも大事なのは、理論上いかにも有益な効果がありそうでも、細胞や実験動物の研究でどんなに期待が持てそうでも、実際に試してみないことには効果があるかどうかはわからない、という点です。

ヒトの体は複雑なので、βカロテンだけを摂取しても有益な効果があるとは限りません。果物や野菜だって、βカロテン以外にも多くの栄養素を含み、何が有効なのかはわかりません。おそらくは単独の栄養素ではなく複数の栄養素が複雑に影響し合っているのでしょう。

安全性についても、ふだん食べている食べ物に含まれている成分だから安全とは言えないことがわかります。

食品に含まれる量では無害でも、特定の成分が高濃度に濃縮されたサプリメントを長期間にわたって摂取するのは有害かもしれません。広告ではよく「○倍濃縮」と有効成分がたくさん含まれていることをうたっていますが、私から見るとむしろ不安になります。

通常の食品から摂取できる量であれば安全でしょうが、であればわざわざサプリメントからではなく、食品から摂取すればいいだけです。肺がんになりたくなければ、サプリメントに頼るのではなく、果物や野菜が多い健康的な食事を摂るのがいいでしょう。

βカロテンに限らず、偏食をせずバランスのよい食事を摂取していれば通常は特定の栄養素が不足することはなく、ほとんどのサプリメントは不要です。

それでもサプリメントが売れる理由

サプリメントの害ばかりを書きましたが例外的に有用な場合もあります。

たとえば、妊娠初期はビタミンB群の一種である葉酸のサプリメントが推奨されています。妊娠初期の胎児に必要な栄養素ですが、通常の食事では不足しがちだからです。他にも、アスリートが効率的に蛋白質を摂取するためのサプリメント、菜食主義など特別な食事を摂っている人にビタミンB12などがあります。

このように一部のものにしかメリットがないサプリメントですが、それでも多くの消費者が買い求める気持ちはよくわかります。

現在健康で将来の不安もない、という方はほとんどいらっしゃらないと思います。身体のどこかに不調があったり、いまはなくても将来病気になる不安があったりするのは普通です。

現代医学は進歩し、治せる病気も増えましたが、漠然とした不調や不安にはあまり対応できていないのが実情です。最近疲れがちだ、めまいがする、腰が痛いといった症状で病院に受診し、採血やCTやレントゲンの検査を受けても異常がなかったというご経験のある方も多いと思います。

「嘘も方便」が通用していた昔は、プラセボ効果を期待してビタミン剤を処方したり、食塩水を点滴していましたが、いまではそんな治療はできません。

十分に時間をかけて患者さんの訴えに耳を傾け、丁寧にご説明し、対症療法を行えばある程度は改善しますが、待合室では次の患者さんが待っているのです。すべての患者さんにご満足いただける医療を提供するのは正直難しいです。

当たり前の努力が健康をつくる

社会制度の面からも、科学的な観点からも、現代医学には限界があります。

そんな中、「一日数粒摂取するだけでアンチエイジング!」などと宣伝されれば、患者さんがそちらに流れるのも無理はないです。ビジネスとして宣伝手法を洗練させてきた業界には勝てません。

ただ、サプリメントはどんなに高価でも効果があるとは限らず、害すらある可能性もあり、費用対効果はあまりよくないことは覚えておいてください。

健康になりたいのならサプリメントには頼らず、バランスのよい食事、適正体重の維持、適度な運動、お酒を飲み過ぎない、たばこを吸っているなら禁煙といった当たり前の対策を無理なく行える方向にコストをかけることを、個人的にはおすすめします。

[内科医 名取 宏]

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お金のプロ直伝「50歳、貯金ゼロ」から本気で老後資金3200万円をつくる方法

2020年12月14日 08:00 PRESIDENT Online

これまでさまざまな媒体や講演などで長期分散投資をすすめてきた中野晴啓さん。50歳、貯金ゼロからのスタートでは老後資金は間に合わないかと思いきや、さにあらず。50代からの長期投資を始めるコツとは――。

50代“ラスト昭和世代”の懐事情

以前私が出版した本に『退職金バカ」(講談社+α新書)というものがあります。読者ターゲットは今の私と同じ50代です。当該書では、退職金を後生大事に預金で抱え込むことも、初めて大金を手にして金融機関におだてられ言われるがまま金融商品を買うことも、適切な行動ではないと申し上げました。今の50代は退職金がもらえることを当たり前と考えている最後の世代、要するに我が国の20世紀高度成長期における社会文化を前提とした生き方が染みついた、ラスト昭和世代とも言えましょうか。

バブル期を体験した世代であり、楽観的人生観を引きずってきた一方で、もうひとつ特徴的なのが、戦後の高度成長時代を初期から生き抜いて来た親世代から教え込まれた格言、「預金は良いこと」「貯金しなさい」の価値観と行動規範を社会正義として受け入れてきた世代でもあるわけです。

「預金は正義」を堅実に実践してきた50代は、きっとそこそこの預貯金があることでしょう。しかし今や新たな富を産まない預貯金だけでは金融資産は殖えず、公的年金を加味しても老後資金は不足する、との論調で昨年話題をさらったのが政府の「年金2000万円問題報告書」(正式名称は金融審議会市場ワーキング・グループ作成の「高齢社会における資産形成・管理」)です。

他方で社会全体が毎年豊かになっていった高度成長期の一億総中流文化にバブル気分も付加された能天気系の50代には、「人生何とかなるさ」を口癖に根拠なき楽観に支配された結果、50歳貯蓄ゼロの人も少なくありません。

老後資金づくりのラストチャンス

「人生100年時代」到来によって、50歳はもはや壮年ではなく人生の中間点で、次の50年を見据えたお金との付き合い方が焦眉の急です。逆説的に言えば、50代にも充分な残存時間があって、立派な資産形成世代なのだという前向きな意識改革をすべての50代に求めたいところです。

相応に預貯金があっても、自ら納得出来るそれなりに豊かな人生を100年スパンでまっとうしたいならば、ゼロ金利で富を産まぬお金を、リターンを産むお金に置き換える必要があるし、いわんや50代になるまで宵越しの金を持たぬ人生を送ってきた人たちにとっては、老後資金づくりのラストチャンスであるとの自覚も不可欠です。

50代貯金ゼロの人への処方箋

50代金融資産無しの人は、これから気合を込めた本気の長期投資が必定です。と言っても不可能なことでは決してありません。ヤング世代なら毎月1万円からスタートすることをおすすめする積立投資ですが、50歳から始める長期資産形成は最低でも毎月5万円の積み立て実践を肝に銘じて、根気強く続けてください。

急に5万円もの拠出は無理と言うなかれ。余力がないならば現状生活のダウンサイジングは不可避です。都会の中心部の住居を郊外に移す。大型自家用車を中古の軽自動車に買い換える。赤ちょうちんの回数を半減させる等々、本気を出せば50代なら帳尻をつけられるはずなのです。このコロナ禍で、在宅勤務の推奨や大勢での会食を控える動きがある中、上記のような生活のダウンサイジングは、これまでより実行しやすくなっています。

毎月5万円なら、非課税制度の「iDeCo」と「つみたてNISA」を両方活用すれば、非課税枠内のみで投資することも可能です。

月5万円の投資で3200万円の老後資金を手に

同時に「人生100年時代」を展望する時、60代定年悠々老後の幻想を捨て去り、生涯現役のつもりで仕事を続けていく努力も怠れません。75歳まで仕事を続け、同時に公的年金受給を繰り下げられたならば、65歳から受給される年金金額の約1.8倍が生涯に亘って受け取れることになり、100年時代の老後に強い支えとなります。

そして毎月5万円の積立投資を75歳まで25年間地道に継続できたなら、世界の想定成長軌道に鑑みた普遍的グローバル株式投資信託の期待リターンを年率複利6%とすると、投資資金合計1500万円に対して25年後には3200万円程度に育っていると仮定できます。

そして75歳から先も引き続き長期投資を継続しながら、100年人生を踏まえて計画的に取り崩し活用していく。更には繰り下げた公的年金も豊かな人生づくりの強力な味方になることでしょう。

「人生100年時代」では50代はまだまだ若者です。人生の後半生を充実させるべく、昭和の常識と価値観から脱却するとともに、社会構造の転換を能動的に受容して、自ら行動を起こす勇気と意志の醸成が何より大切な時なのです。

[セゾン投信・代表取締役会長CEO 中野 晴啓]

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学術会議の腐敗に、科学者みんなが困っている

2020年12月14日 08:00 PRESIDENT Online

学術会議にかけられたGHQの呪い

今や軍事武装ドローンを持っていない軍隊は、北東アジアではモンゴル軍と自衛隊だけ。中国は言うに及ばず、韓国軍や台湾軍にすら劣後している。

この一因として、戦略環境変化を認識できず、20世紀の工業化時代の発想に多くの日本人がとらわれていることが挙げられる。その元凶になっているのが、今話題の日本学術会議である。

この学術会議は1950年の声明以来、一貫して軍事研究の禁止を訴えているのだが、実はこの組織自体がGHQによる日本非軍事化のためにつくられたと言っても過言ではない。まるで小野田寛郎元少尉のように失われた司令部からの命令を後生大事に、この弧状列島で守っているのだ。

経緯を説明しよう。GHQの当初の政策は、軍事的に日本を無力にしつつ、復興に必要な民生関連は残すという方針を掲げていた。

例えば、GHQは日本占領開始とほぼ同時に原子力・レーダー・航空機といった軍事研究を禁止し、軍事研究と判断した施設はすべて破壊し、組織を解体した。一時は理化学研究所ですら解体されそうになった。学術会議の創設はこの流れの中にあった。

46年1月、ハリー・C・ケリー博士が赴任してくるのである。彼は原子力などを研究する物理学者であったことからも明白なように、日本の原爆開発を筆頭とする軍事研究の調査・監視・評価・判定・解体を主任務としていた。

純粋な民生技術以外は潰した

具体的にケリーが手掛けた仕事は、第1に、日本の科学者に各自の研究を毎月報告させ、日本の研究を常時監視し、純粋な民生技術以外は潰した。この報告に嬉々として協力したのが、学術会議会長を務めた茅誠司らの3人の科学者である。彼らは三銃士と称し、誇らしげにケリーに協力した。

第2は軍事研究施設の解体で、東大航空研究所の航空機開発用風洞の解体はその典型である。

第3は、こうして収集・分析した情報を元にした、GHQの科学政策への助言である。

そして、最後がケリーのもっとも大きな仕事となる学術体制の刷新であった。彼は着任早々の46年の春前から東京帝国大学教授であった、先の三銃士と接触し、彼らに科学者が現実の社会問題に貢献し、活動するための民主的な組織をつくるべしと促した。ケリーとこの三銃士を中核とする集団は、科学渉外連絡会を設置し、そこが準備の中核となり、47年8月、内閣臨時機関の学術体制刷新委員会が設置され、ここが学術会議の創設を提言した。

そして、49年に学術会議が創設されるのだが、この一連の流れにケリーは深く関与した。三銃士ら科学者に新組織の理念・方向・あり方を指導したほか、刷新委員会では、所属するGHQ経済科学局を代表して演説を行い、会議がそれに対する答礼の決議をわざわざ行うなど、大きな影響力を発揮した。それは学術会議の第1回選挙の開票・集計作業に立ち会っていることからも明らかである。

そして、発足から間もない50年4月に軍事研究禁止声明を出すのである。その2カ月後、朝鮮戦争が勃発し、GHQの政策は逆コースと呼ばれる、日本の再軍備へと路線を180度転換した。その意味で、学術会議の声明は、GHQによる日本の非軍事化政策の最後の象徴だったのだ。

さて、今日。いまだに学術会議は2015年の新声明でも、この方針を継承している。ケリーの命令を70年も守るという、小野田元少尉も驚愕の墨守である。

しかしながら、今やドローン、3Dプリンター、サイバーと民生技術が軍事技術を上回る時代である。そもそも軍事技術が単独で成り立ちえたのは、人類史上のまばたきのような近代の一時期だけである。

しかも学術会議の姿は、当初ケリーらが目指した、科学者が自由かつ進歩的に現実の社会問題に貢献するという理想像からかけ離れているではないか。事実、ケリーは来日するたびに学術会議の腐敗を悲しみ、嘆いていたという。この機にすべてを見直すべきだ。

[慶應義塾大学SFC研究所上席所員 部谷 直亮 写真=アフロ]

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「大手私鉄16社がすべて赤字」決算発表で浮き彫りになった"最もヤバい2社"

2020年12月12日 12:00 PRESIDENT Online

大手私鉄16社の中間決算では、全社が大幅な減収を記録し、赤字を計上した。中でも赤字幅が大きい2社が、西武ホールディングスと京成電鉄だ。ジャーナリストの枝久保達也氏が解説する——。

関東は西武、関西は近鉄が大幅赤字に

大手私鉄16社の中間決算は、新型コロナウイルス感染症の影響で大幅な減収減益となり、全社が経常赤字となった。各社の中間決算の概要を見ていこう(図表1)。

関東圏では西武ホールディングス(HD)の約346億円の経常損失が最大。東京メトロが約265億円、小田急電鉄が約220億円で続いた。関西圏では近鉄グループホールディングスの約438億円が最大で、阪急阪神ホールディングスが194億円、京阪電鉄が約60億円の経常赤字。

一方、赤字額が少なかったのは関東圏では相模鉄道、関西圏では南海電鉄だ。連結売上高に占める経常損失の割合でみると、西武HDの22.4%が最大で、京成電鉄が20%、東京メトロが18.9%、近鉄GHDが15.5%と続く。西武HDと近鉄GHDはホテル・レジャー部門の赤字が、京成と東京メトロは鉄道部門の赤字が影響した。

緊急事態宣言の発出があった第1四半期と比べて、第2四半期は各社とも赤字額は縮小しており、南海電鉄は黒字化、京阪電鉄も黒字目前まで来ている。南海電鉄は大手私鉄では唯一、2021年3月期の業績予想が黒字の見込みだ。

本業の運輸部門は京王、東急など4社が痛手

鉄道事業を中核とする本業の運輸部門は各社とも大きな痛手を受けた。上半期の鉄道の輸送人員は京王の昨年同期比39.5%減を筆頭に、東急の同38.5%減、東京メトロの同38.2%減、小田急電鉄の同37.6%減と、東京都区部に路線網を持つ事業者の落ち込みが目立った。最も減少率が少なかった相鉄で同29.7%減と、各社約30~40%の減少となった(図表2)。

第1四半期の運輸事業の営業赤字は、相鉄の約14億円を除いて各社大幅な赤字を記録した。しかし、第2四半期の運輸事業の営業赤字は東京メトロの約92億円を除けば、各社20億~60億円程度まで赤字額を縮小させており、東武鉄道と阪急阪神HDは黒字化。西武HDと相鉄も黒字化目前まで迫っている。

定期収入は、利用減にもかかわらず多くの事業者で平均単価が増加した。鉄道利用者は通勤・通学定期券を利用する定期利用者と、普通券・回数券などを利用する定期外利用者に分類できる。定期券は割引率が高いため、定期利用者の平均単価は少なくなる。定期券の割引率は1カ月定期、3カ月定期、6カ月定期と購入期間が長くなる方が割引率は高くなる。前年同期と比較して平均単価が上がっているのは、新型コロナ感染拡大の状況を鑑み、定期券の購入期間を短縮した影響と考えられる(図表3)。

空港路線を抱える事業者は依然として厳しい

一方、定期外利用者の平均単価は大幅な下落が目立つ。これは観光や空港輸送など移動距離が長い利用が大幅に落ち込んだ影響と考えられる。実際、減少率の上位4社、京成と南海、京急、名鉄はいずれも空港輸送を行っている事業者である。また続く東武、近鉄、小田急はいずれも沿線観光地へ特急列車を運行している事業者だ(図表4)。

第1四半期と第2四半期を比較すると平均単価は回復傾向にあるが、依然として京成、南海、京急、名鉄の4社は高い落ち込みとなっており、航空需要の急減が鉄道事業者にも大きな影響を及ぼしていることがうかがえる。

関連事業についても見てみよう。各社のセグメント別営業損益をみると、不動産業は黒字を確保しているものの、運輸業とレジャー業という「双子の赤字」が重くのしかかっていることが分かる。近鉄GHDは運輸事業(近畿日本鉄道、近鉄バスなど)で約198億円、ホテル・レジャー事業(都ホテル、志摩スペイン村、近畿日本ツーリストなど)で約362億円、西武HDは都市交通・沿線事業(西武鉄道など)で約57億円、ホテル・レジャー事業(プリンスホテル、横浜八景島など)で約302億円の赤字を計上した(図表5)。

阪急阪神HDは都市交通事業(阪急電鉄、阪神電鉄、阪急バス、阪神バスなど)で約70億円(赤色)、エンタテイメント・旅行・ホテル事業の合計が約220億円の赤字(黄色)。東急は交通事業(東急電鉄、東急バスなど)で約122億円、ホテル・リゾート事業で約185億円の赤字だった。

レジャー部門は再編が行われる可能性

鉄道事業者は鉄道が生み出す利便性などの価値を、不動産開発や百貨店、流通、レジャー施設などの関連事業を通じて内部化することで利益を上げるビジネスモデルをとっているが、新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴う緊急事態宣言や、その後の「新しい生活様式」の定着により移動や外食・娯楽・旅行需要などが抑制されたため、鉄道とレジャー部門が大きな打撃を受けた格好だ。

鉄道事業者にとってレジャー部門は関連事業の要のひとつであるが、前年同期の営業利益を比較すれば分かるように、阪急阪神HDと西武HDを除けば必ずしも大きな利益をもたらしていたわけではない。インバウンド需要が蒸発し、国内旅行需要の本格的な回復にも数年単位の時間を要すると見込まれるだけに今後、レジャー部門の再編や整理が行われる可能性もあるだろう。

赤字が重い西武と京成

各社決算の概要を見てきたが、その中からレジャー部門の赤字が重い西武HDと、運輸部門の赤字が重い京成の2社を取り上げて、決算の中身を見ていきたい。この2社は連結売上高に占める経常損失の割合が高い上位2社でもある。まずは西武HDだ。

プリンスホテルなどを運営する同社は、ホテル・レジャー事業が軒並み打撃を受けている。2020年度上半期累計(セグメント別売上高)を見ると、都市交通・沿線事業が前年同期比33.2%減の586億円、建設事業が同7.6%減の463億円、ホテル・レジャー事業が同72.1%減の340億円、不動産事業が同15.6%減の267億円だった。

2019年度上半期累計(同)では、ホテル・レジャー業が約1220億円で、都市交通・沿線事業が約878億円、建設事業が約501億円、不動産事業が約317億円だったことを見ても、ホテル・レジャー事業の大幅な落ち込みが目立っている。

シティホテルは8割減、リゾートは7割減と厳しい

今回の決算では都市交通・沿線事業の約57億円の営業損失に対し、ホテル・レジャー業は302億円の営業損失を計上。償却前営業利益では、都市交通・沿線事業は50億円の黒字を確保しているものの、ホテル・レジャー事業は228億円の赤字でキャッシュアウトの大きな要因となった。

ホテル・レジャー業の営業収益内訳を見てみると、シティホテル業は前年同期比81.6%減の約117億円、リゾートホテル業は同71.6%減の約64億円、海外ホテル業は同52.1%減の約53億円、ゴルフ場などスポーツ業が同53.9%減の約47億円、横浜・八景島シーパラダイスなどその他が同60.6%減の約49億円と、いずれも厳しい数字が並んでいる。

西武HDでは、人件費や水道光熱費、広告宣伝費等の固定費を削減するとともに、不急の設備投資の抑制(約360億円)、中間配当および期末配当を無配とするなど、総額620億円程度の圧縮を行い、キャッシュ流出を抑制したいとしている。

「運輸事業」が重しになっている京成

続いて京成電鉄を見ていきたい。地下鉄経営に特化した東京メトロを除けば、京成は大手私鉄の中で事業に占める運輸事業の割合が最も高い会社である。2019年度上半期累計のセグメント別売上高を見ると、運輸業の約802億円に対し、流通業が約338億円、不動産業が約135億円、建設業が約109億円、レジャー・サービス業が約47億円で、運輸業がグループ売上の過半を占めていた。

鉄道利用が大幅に減った2020年度上半期累計でみても、運輸業が約492億円、流通業が約294億円、不動産業が約107億円、建設業が約105億円、レジャー・サービス業が約28億円と、その構図は変わらない。

ところが、その運輸業が大きな赤字を抱えているのが京成の決算の特徴だ。セグメント別営業利益をみると、運輸業が約154億円(うち鉄道が約66億円、バスが約62億円、タクシーが約26億円)の赤字を計上しているのに対し、レジャー・サービス業の約13億円の赤字を除けば、不動産業は約41億円、建設業は約5億円、流通業は0.2億円の黒字を計上しており、運輸業が大きく足を引っ張っていることが分かる。

航空需要が戻らない限り苦境は続く

京成電鉄は2019年度中間決算で旅客運輸収入約341億円のうち約112億円が成田空港発着の利用者が占めていたように、運輸収入の3分の1を空港輸送が占めていた。ところが新型コロナウイルス感染症の影響で航空需要は激減。成田空港の中間決算によれば、成田空港の航空機発着回数は前年同期比64.5%減の4.8万回、航空旅客数は同94.0%減の136万人になった。

これに伴い、京成の成田空港発着する輸送人員は同85.9%の減少、旅客運輸収入も85.9%の減少を記録している。航空需要の回復には相当の時間を要する見込みで、京成の苦境はしばらく続きそうだ。

[鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家 枝久保 達也]

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「400万円は要らない」眞子さまと小室さんの結婚を阻むA氏の爆弾発言

2020年12月12日 12:00 PRESIDENT Online

「結婚は既定路線」週刊誌も白旗を掲げたが…

「結婚と婚約は違いますから」

この秋篠宮発言が波紋を呼んでいる。

秋篠宮眞子さんが11月13日に出した「私、圭さんと結婚します」宣言の1週間後、秋篠宮の誕生日会見が行われた。

この内容が公にされるのは秋篠宮の誕生日の11月30日だが、そこで秋篠宮が「(2人が=筆者注)結婚することを認める」という重大発言をしたことは、翌週発売の週刊新潮(12/3日号)「未公開『お誕生日会見』で激震! 『秋篠宮さま』ついに完敗で『眞子の結婚を認めます』」、週刊文春(12/3日号)「父の悔恨『婚約内定前に止めるべきだった』眞子さま小室圭さんオリンピック駆け落ち婚計画」でそれぞれ報じられた。

両誌とも、小室圭の母親・佳代と元婚約者との間の金銭トラブルを解決できないうちは、秋篠宮夫妻は結婚を許さない、国民も許してはならないと考えていると報じてきた。

だが、眞子さんが堂々と結婚を宣言し、続いて秋篠宮が2人の結婚を認めるという発言をしたことで、結婚は既定路線になり、週刊新潮は白旗を掲げ、週刊文春は「結婚はパラリンピックが終わる9月5日以降」という日程まで小見出しに掲げた。

万事塞翁が馬、2人に祝福あれと私は思っていたのだが、冒頭の秋篠宮のひと言が憶測を呼び、眞子さんの結婚にやや暗雲が立ち込めてきているようである。

「多くの人が納得し喜んでくれている状況ではない」

秋篠宮の会見を詳しく見ていこう。これはNHKの「NEWS WEB」(11月30日 2時04分)に掲載された全文を参照した。

結婚を認める発言の後、こういっている。

「これは憲法にも結婚は両性の合意のみに基づいてというのがあります。本人たちが本当にそういう気持ちであれば、親としてはそれを尊重するべきものだというふうに考えています」

それに続けて、今後の予定や見通しなどは、これから追って考えるとしている。記者から、秋篠宮が以前いっていた「多くの人が納得し喜んでくれる状況」になったかと聞かれ、

「私が多くの人に納得し喜んでもらえるというお話をしたわけですけれども、実のところ多くの人というのを具体的に表すことはなかなか難しいと思います。長女の結婚について反対する人もいますし、賛成する人もいますし、全く関心の無い人もいるでしょう。

どれをもって多くというふうに客観的に言うことができるかというとなかなかそれは難しいわけですけれども、あくまで私の主観になりますけれども、感じとしては決して多くの人が納得し喜んでくれている状況ではないというふうに思っています。で、そのことは娘も恐らく同じ気持ちを持っていると考えております」

対応していることを見える形にするのが必要

回りくどいいい方だが、金銭トラブルが未解決なことについて私は納得しているわけではなく、娘にもそのことはいってあるということだろう。だが、納得する人が多くなくても、娘が結婚するという意志を私は尊重するという意であろう。

その後、関連質問で記者から、結婚するには金銭トラブルを解決することが必要といったが、今はどう考えているのかと聞かれ、

「この間、娘ともいろいろと話す機会がありました。認めるというふうに申しましたのはそういうことの話合いも含めてのことです。また、多くの人が納得し喜んでくれる状況の前提として、今までもあった問題をクリア(するために)相応の対応をする必要があると申しました。

私自身、これは人の家のことですので詳しくは知りませんけれども、じゃ、対応を全くしていないかと言えばそんなことはないと思います。そうですね。ただ一つ言えるのはそれはいろいろな対応をしているとしてもですね、やはりそれが見える形になるというのは必要なことではないかなあというふうに思っております」

「結婚は尊重する」。しかし…

以前は、娘・眞子さんとは話ができていないといっていたが、コロナ禍で家にいることが多くなり、話し合う機会は増えているようだ。

眞子さんが「お言葉」を発表する時も、当然ながら秋篠宮と母親・紀子さん、天皇皇后、上皇上皇后の了解をもらっている。その上で、

「実際に結婚するという段階になったら、もちろん、今までの経緯とかそういうことも含めてきちんと話すということは、私は大事なことだと思っています」

だが、冒頭の発言が出たのはその後である。

「私は、特に結婚と婚約は違いますから、結婚については本当にしっかりした確固たる意志があれば、それを尊重するべきだと私は思います。これはやはり両性の合意のみに基づくということがある以上、そうでないというふうには私はやはりできないです」

そういった直後に会見は打ち切られた。

穏やかではない本音が凝縮されている

これについて週刊新潮は、

「最後の部分は実に意味深でした。これまで納采の儀を迎えるために『それ相応の対応』という課題を小室さんに求めてこられた殿下からすれば、課題は依然クリアされていないというご認識。だからこそ、家同士の行事である納采の儀には進めないというお考えは、いまも強いのだと拝察いたします」(宮内庁関係者)

週刊文春は、ここに秋篠宮の本音が凝縮されていると見ている。

「敢えて秋篠宮さまが婚約に触れられたのは、『結婚は自由だが、皇族として、納采の儀は行えない』という“最後の抵抗”でしょう。秋篠宮さまは、小室さん側とは家と家とのお付き合いはできないと考えておられる。秋篠宮家として正式な婚約者とは認めない、どうしても結婚したいなら縁を切る、と“勘当”するようなお気持ちで、結婚容認を表明されたのです」(秋篠宮に近い人物)

穏やかではない。長い間耐え抜いてきた眞子さんが、決意の文書を書き、両親も承諾してくれたのに、父親が自分の会見で「ちゃぶ台返し」をするなんてことがあるのだろうか。

「結婚と婚約は違いますから」の真意とは

週刊文春によれば、眞子さんがお気持ちを発表した直後に、宮内庁には抗議の電話が殺到したという。

「結婚するなら、いますぐ皇籍離脱して、一時金も辞退すべきだ」
「皇室はもう終わりだ」

こうした心無い人間はごく一部だと思う。

私にも経験があるが、娘を他の男にとられる父親の心境は複雑なものである。ましてや、週刊誌やワイドショーで悪い噂を洪水のように流された相手となれば、秋篠宮が優柔不断になるのも分からないではない。

そうしたとき、世間の多くの父親は、娘とその結婚相手を呼びつけ、その人物がどういう人間なのか、娘を幸せにすることができる人物なのかを見極め、結婚するにあたっての相手の覚悟のほどを聞き出すはずである。

ましてや、秋篠宮は人間的にも非常に優れた方だと聞いている。週刊誌が書いているようなことを口にするはずがない。

最後の言葉は、「結婚は両性の合意のみに基づくのだから、2人が望んでいるこの結婚を、私は反対はしないし、できるわけはない」と読むのが正しいのではないのか。

両親も結婚内定まで3年以上かかった

秋篠宮も紀子さんとの結婚までに、いくつもの障害があった。

週刊ポスト(12/18日号)によれば、秋篠宮が紀子さんにプロポーズしたのは1986年6月、秋篠宮が20歳のときだったという。

しかし、婚約内定までに3年以上がかかった。89年1月に昭和天皇が崩御されたこともあったが、もっとも大きかったのは皇室で初めての“自由恋愛”だったことだったそうだ。

「紀子さまのお父様は学習院大学の教授で、川嶋家は校内にある3LDKの教職員住宅が住まいでした。当時、宮内庁関係者の間で“普通のお嬢さんで釣り合いが取れるのか”という声があったのも事実。まだ兄の浩宮さま(現・天皇)がご結婚されていなかったこともあり、懸念を示す声も多かった」(宮内庁担当記者)秋篠宮が、結婚できないのなら皇籍を離脱するという主旨の発言をしたという情報も飛び交った。

自由恋愛、周囲の反対で結婚まで3年以上かかった、皇籍離脱も辞さない。歴史は繰り返す。

今、長女が自分と同じ苦しみを味わっている。そう秋篠宮が考えていると推測することは、私だけの“妄想”ではないはずだ。

秋篠宮発言がとやかく憶測されている中、週刊現代(12/5日号)で、金銭トラブルを週刊誌に売り込んだ張本人である、小室圭の母親・佳代の元婚約者が爆弾発言をしたのである。

なぜこの時期にという大きな疑問がつくが、内容を紹介してみたい。

「返金を求めることは一切いたしません」

「もう私は小室佳代さんから、400万円は返してもらわなくていいのです。先方と交渉を続けるつもりもありませんし、今後、小室家に対して返金を求めることは一切いたしません」

そう語るのは、これまで1年半以上も沈黙を続けてきたAで、現代の独占取材に応じたのである。

元々Aと小室家との関係は15年近くに及ぶという。当時、Aも小室家も横浜市内の同じマンションに住んでいて、管理組合の会合でAと圭の父親・敏勝が出会ったことがきっかけで意気投合したが、まもなく敏勝は亡くなってしまう。

その後、マンションのエントランスで母親と圭に会った際、「今後もよろしくお願いしますと」いわれ、その後、圭のパソコン修理をしてあげたこともあり、徐々に距離が縮まっていったそうである。

「恋愛感情というより、圭くんの父親代わりになれれば、という思いからでした。敏勝さんがいかに圭くんを大切に思っていたかを聞いていましたから。婚約したといっても、同居もせず、マンションのお互いの部屋を行き来するのも数えるほど。佳代さんとの間に肉体関係もありませんでした」

夜中に電話がかかってくることも

だが佳代からの金銭援助の依頼が始まったのは婚約直後からだったそうだ。最初は、2010年11月に圭の国際基督教大学の入学金45万3000円を求められ、その後も、生活費など、さまざまな形で要求が続いたという。

「夜中に電話がかかってくることもあり、毎月のように金銭を求められた。圭くんの留学費用として、200万円を振り込んだこともあります」

積み重なったカネは約400万円にもなった。佳代側に返済を求めると、「あれは借りたのではなく贈与だ」と返答してきた。その後、週刊誌にAがタレ込んだ金銭トラブルが原因で、2人の婚約は延期になってしまう。

19年1月に小室圭が文章を発表し、この件は「解決済み」だとした。

「一方的に『解決済み』と文章を出されたことにはまったく納得ができず、小室家との交渉に臨むことにしたのです」

19年7月から交渉が始まったが、向こう側の代理人と会ったのは2回だけで、交渉はまったく前に進まなかったそうだ。Aには、経済的な理由から400万円への未練があったことも事実だという。

「ジャガーは私の虎の子の退職金で購入したものです。その車も、横浜市内のマンションも、ローンが支払えなくなり、とうの昔に売り払っています。いまは家賃8万円の木造アパートで一人暮らしをしています。最寄り駅から徒歩30分近くかかるため、71歳の私にとっては毎日の往復は応えます」

「なんて真っ直ぐな思いなんだろう」

今回、告白を決意したのは、11月13日に眞子さんの「お気持ち」文書を読んだことだったという。

「眞子さまの発表された文章を読み、私は率直に驚いたのです。婚約延期から2年以上が経っても、これだけストレートに圭くんと結婚をしたいという気持ちを持ち続けていらっしゃる。

結婚することは二人にとって『生きていくために必要』で、お互いが『幸せな時も不幸せな時も寄り添い合えるかけがえのない存在』だと仰られていた。なんて真っ直ぐな思いなんだろうと感じたのです。

かつて私にとって圭くんは息子のような存在でした。こんな関係になってしまいましたが、幸せになってほしいという気持ちが消えることはありません。それは圭くんの大切な人である眞子さまに対しても同じです。眞子さまの文章を読み、はっきりと『自分が二人の結婚の障害になってはならない』と思ったのです。それで、もう返金を求めないということを公表しようと決めたのです」

2人の心の葛藤に思いを致すことはなかったのか

Aの代理人というのは週刊現代が契約しているフリーランスのベテラン記者だ。その代理人が自分の所属している週刊誌を通じて、この微妙な時期になぜ?

世間はどう考えるだろう。金銭を貸したほうがいらないといっても、やはりそのままにしておくのはいかがなものかという声が、より大きくなるのではないか。

そうなれば、結婚は致し方ないといっている秋篠宮と母親・紀子さんが、再び態度を硬化させてしまうかもしれない。

何としてでもおカネは返しなさい、となるのではないか。それがAの狙いで、最後の賭けに出たと思うのは、私の僻目(ひがめ)だろうか。

3年近くも理不尽な週刊誌や世間の目というバッシングに耐え、愛を育んできた若い2人の心の葛藤や、離れ離れになっていることへの不安に、この男性は思いを致すことはなかったのだろうか。

幸せな2人の前途に、金銭トラブルというスキャンダルを投げ入れ、長きにわたって「離別」の苦しさを味あわせたことを詫びる言葉は、ここにはない。

週刊新潮(12/10日号)で、文化功労者に選ばれたとき、眞子さんに会ったという脚本家の橋田壽賀子はこうコメントしていた。

「眞子さまはあの頃と変わらず凛として、毅然としていらっしゃるようにお見受けしますから、どんな困難も乗り越えられるでしょう。陰ながらお二人の幸せをお祈り申し上げます」

これが大人の対応である。

秋篠宮には、結婚を承諾した以上、2人が幸せになれるよう親としてできる限りのことをするという“覚悟”が求められていると思うのだが。(文中一部敬称略)

[ジャーナリスト 元木 昌彦]

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「なぜ日本は真珠湾攻撃を避けられなかったのか」そこにある不都合な真実

2020年12月12日 12:00 PRESIDENT Online

戦前の日本が「間違っていた」とするのは思考停止である

1941年12月8日(日本時間)、ハワイ、オアフ島の真珠湾に停泊するアメリカ太平洋艦隊に、350機の日本海軍の攻撃機が奇襲を仕掛けた。真珠湾奇襲である。

多くの日本人は、真珠湾奇襲に由来する太平洋戦争あるいはそれに至る戦前の日本政治外交が道徳的に「間違っていた」と教えられる。しかし単に何かが悪かったと感情的に論じるのは思考停止に他ならない。そうではなく、我々はなぜ、いかにして当該事象が起きたのかを客観・中立的そして理性的に考察する必要がある。

そこで本稿では「進化政治学(evolutionary political science)」に依拠して考察を行う。日本で進化政治学をめぐる包括的なテキストは、拙著『進化政治学と国際政治理論 人間の心と戦争をめぐる新たな分析アプローチ』(芙蓉書房出版、2020年)が唯一だが、本稿で用いるのはその中で構築した「怒りの報復モデル」である。

本稿は論争的であることを承知で、真珠湾奇襲をめぐる一つの「不都合な真実」を明らかにしたい。それは、真珠湾奇襲は軍国主義の病理や戦前社会の未成熟さといった日本に固有の要因ではなく、怒りという普遍的な人間本性(human nature)――この際、ハル・ノートにより引き起こされたもの――に起因していたということである。

「怒り」という感情により起こされた攻撃行動の一例に過ぎない

怒りに駆られた攻撃行動が普遍的な人間本性であることは、以下の重要な史実の存在を振り返るだけで容易に理解できる。

たとえば、歴史家の堀田絵里はハル・ノートと真珠湾奇襲が鏡写しの論理で理解できると主張している。すなわち、ハル・ノートとは「戦争をほぼ決意した日本が、無自覚ながらアメリカに撃たせた『最初の一弾』」であり、これにより「『ABCDパワーが日本を迫害している』という、日本の受難ありきの主観的な物語に、一気に信憑性が増した」のである。

別の例を挙げれば、第一次世界大戦後、戦争責任を負ったドイツに圧倒的に不利に構築されたヴェルサイユ体制に対する、ドイツ国民の憤りがなければ、アドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler)は戦間期にドイツの国内権力を掌握できなかっただろう。

あるいは、9.11同時多発テロ事件が喚起した憤りがなければ、ジョージ・W・ブッシュ(George W. Bush)はアフガニスタン・イラク戦争への支持を調達できなかっただろうし、2005年1月、預言者ムハンマドの風刺画をめぐり、イスラム過激派が仏風刺週刊紙「シャルリー・エブド」本社を襲い、12人を殺害したが、これも憤りに駆られた攻撃行動の典型例である。

以上から分かることは、真珠湾奇襲は何も特異な事象というわけではなく、人間が普遍的に備えている怒りという感情により起こされた攻撃行動の一例に過ぎないということである。

政治現象は「狩猟採集時代」から説明される必要がある

進化政治学のパイオニアの一人、森川友義が説明しているように、進化政治学には、以下の3つの前提がある。

①人間の遺伝子は突然変異を通じた進化の所産で、政策決定者の意思決定に影響を与えている。
②生存と繁殖が人間の究極的目的であり、これらの目的にかかる問題を解決するため自然淘汰と性淘汰を通じて脳が進化した。
③現代の人間の遺伝子は最後の氷河期を経験した遺伝子から事実上変わらないため、今日の政治現象は狩猟採集時代の行動様式から説明される必要がある。

これら諸前提は数学でいう公理系のようなものであり、そこから演繹的に導きだされる知見が個別的な進化政治学理論となる。拙著『進化政治学と国際政治理論』では3つのモデルを構築したが、怒りの報復モデルはその一つである。

不当な扱いを受けると、敵国を罰さなければ憤りが鎮まらない

怒りの報復モデルとは、端的にいえば進化心理学における「怒りの修正理論(recalibrational theory of anger)」を国際政治理論のリアリズムに応用したものである。

怒りは進化過程で備わった心の仕組みであり、その機能は怒りを抱く人間に有利な形で紛争を解決することにある。敵が自らを搾取しようとしていることが分かると、人間は怒りを覚え、攻撃により敵からの搾取を抑止しようとする(怒りのプログラム)。

それではいかにして、指導者個人の怒りが、国家という集団の攻撃行動につながるのだろうか。ここで示唆的なのがジョン・トゥービー(John Tooby)、レダ・コスミデス(Leda Cosmides)といった有力な進化心理学者が指摘する、「戦争とは本質的に協調的な企てである」という洞察である。

集団間紛争は集団内協調がありはじめて可能になるが、そのためには国内でフリーライダー問題が克服され、アクター間で対外政策をめぐるコンセンサスが達成されねばならない。それを可能とするのが怒り、特に憤り(outrage)という怒りが道徳化された形の感情である。

自国の地位や国益の軽視といった不当な扱いは、敵国が自国を搾取する意思を有していることの証左となる。敵国から不当な扱いを受けると、国内アクター(政策決定者・国民など)の憤りが喚起され、敵国の態度を改めさせたいという強力な動機が生まれる。搾取に対抗しないことは現状容認のシグナルとなり、さらなる搾取を誘発する危険があるため、国内アクターは悪しき敵国を罰すべきという選好に収斂する。

中国や韓国がたびたび日本との「歴史問題」を挙げるワケ

上記のメカニズムで憤りは敵国へ報復すべきというコンセンサスを生みだし、国内アクターの攻撃的政策(開戦決定、同盟締結など)に向けた選好収斂を可能にする(メンタル・コーディネーション)。狡猾な政治指導者はこうした論理を直感的に理解しているので、それに乗じて、自らの望むタカ派の政策への支持を調達すべく、敵国の悪意に乗じて国内アクターの憤りを駆りたてようとする(憤りのシステム)。

つまるところ、他国の不当な行為は国内アクターの憤りを生みだすため、それは指導者にとり攻撃的政策への支持を得るための戦略的資源となる。なおこの際、敵国の悪意が現実のものか、エリートによる作為の所産かは関係ないため、指導者はしばしば敵国の悪意を政治的に利用しようとする。

たとえば、中国や韓国はたびたび日本との「歴史問題」を挙げるが、これは同国の指導者らが、「歴史問題」が喚起する日本への憤りを政治的支持に転化できることを直感的に理解しているからである。

なぜ約8倍の潜在力を持つアメリカとの開戦を決断したのか

以上が怒りの報復モデルの概要だが、そこから以下の仮説が導きだされる。

第一に、敵国からの不当な行為は政策決定者の憤りを生みだし、彼・彼女に敵国への攻撃的政策を選好させる(仮説①)。
第二に、政策決定者は敵国の悪意を利用して国内アクターの憤りを駆りたて、攻撃的政策への支持を調達しようとする(仮説②)。
第三に、憤りは国内アクター間で攻撃的政策に向けた選好収斂をもたらし、国家という集団が敵国へ攻撃行動をとることを可能とする(仮説③)。

これら仮説の視点から、「なぜ日本が真珠湾を奇襲したのか」というパズルを再考してみたい。

真珠湾奇襲の問題は、リアリストのジョン・ミアシャイマー(John J. Mearsheimer)が述べているように、「なぜ日本は1941年の時点で、約8倍の潜在力を持つアメリカとの開戦を決断したのか」に集約される。

あるいは、なぜ日本は1930年代以降、日中戦争の泥沼にはまり、多くの天然資源を海外に依存し、海軍戦艦の燃料の約8割を対米輸入に依存している状況の中、最大の貿易相手国アメリカに開戦したのか、ともいえる。

以下、このパズルを怒りの報復モデルの視点から解いていくが、結論から述べれば、日本の真珠湾奇襲は決して不可避ではなく、アメリカがハル・ノート提示という日本にとり屈辱的な政策をとらなければ、歴史の道筋は変わっていた可能性があるのである。

東条首相に変わっても、開戦が前提だったわけではなかった

アメリカからの石油全面禁輸後、対米開戦の蓋然性は大幅に高まったものの、日本政府は依然として交渉妥結も視野に入れた対米交渉を続けていた。9月6日の御前会議で、10月上旬頃までに外交交渉が成立する目途がない場合、開戦に踏み切るとする「帝国国策遂行要領」が定められた。

実際、近衛から東条に首相が代わっても、開戦内閣が前提とされていたわけでなかった。むしろこれまで強硬派とみられていた東条は、天皇の開戦回避の希望をくみ取り、外交交渉重視の姿勢をとるまでに態度を軟化させていた。

11月1日、東条首相は、①戦争に突入することなく臥薪嘗胆する、②直ちに開戦を決意する、③戦争決意のもとに作戦準備と外交を並行させる、という3つのオプションを提示して、最終的に③が採用された。

11月5日の御前会議で、甲案・乙案を含む「帝国国策遂行要領」が提出され、その最後に東条は、「外交と作戦の二本立てとしたことは、アメリカに『決意』を示したものであり、アメリカにその『決意』が通じたならば、「其時期こそ外交的の手段を打つべきだと思う」と述べた。

有力な歴史家波多野澄雄が記しているように、「アメリカが真に太平洋の平和を望むならば、さらにそこに日本側の『決意』を示すならば、アメリカも再考するかも知れない。そこに一縷の望みを託すほかはなかった」のである。

ハル・ノートが引き起した日本の政策決定者の憤り

最初に提示した甲案は予想通り拒否され、続いて11月20日、乙案がアメリカに提示された。同案をめぐりアメリカ国務省は連合国内部で協議を始め、日本はその回答を待つことになった。「ハルは米側の通信情報(マジック)によって、日本との交渉決裂が戦争を意味することをすでに知っていたため、妥協的な暫定協定案を用意していた」ので、「そこには日米の衝突を回避できる可能性がわずかながらも生じていた」(小谷賢)。

こうした点について、太平洋戦争に至る日米交渉をめぐる研究の第一人者須藤眞志は、「東條内閣もアメリカ政府も、日米戦争をぎりぎりのところで避けようと努力したことは事実である」とまとめている。

それでは、こうした開戦回避に向けた動きやその実現可能性にもかかわらず、日本の政策決定者が真珠湾奇襲を決断した直接的な引き金とは何だったのだろうか。

政治学者リチャード・ネッド・ルボウ(Richard Ned Lebow)が論じているように、第一次世界大戦がサラエボの大公暗殺テロ事件という触媒(catalysts)で勃発したのならば、太平洋戦争勃発にかかる触媒とは一体何だったのだろうか。

社会科学理論はこれまで日本の対米開戦の深層要因として相対的パワーの衰退やパワーシフト、中間要因として陸海軍間抗争、軍国主義などに言及してきたが、その直接的要因については依然として十分な理論的説明を与えられていない。

そこで、進化政治学の怒りの報復モデルが重要になる。同モデルによれば、日本の対米開戦の直接的要因はハル・ノートが引き起した日本の政策決定者の憤りであった。堀田が記しているように、「開戦準備が着々と進む日本には、しかし、そのリスクの大きさゆえ、まだ迷いもあり、最後の一押しが必要だった」が、その一押しがハル・ノートのもたらした憤りだったのである。

非戦派を開戦派に鞍替えさせたのが、ハル・ノートだった

怒りの報復モデルによれば、1941年12月8日の時点で日本が真珠湾奇襲をしたのは必ずしも決定づけられていないことが分かる。というのも、日本の指導者が主観的に不当とみなすハル・ノートをアメリカから提示され、憤りが喚起されてメンタルコーディネーションが達成されなければ、真珠湾奇襲という集団的意思決定が下されるのは困難だったからである。

もちろん、そのことは日本政府内の全エリートが戦争に反対していたということを意味しない。より正確にいえば、非戦派と開戦派の間の対立があり、それを開戦派に決定的に有利にした――実際、非戦派をして開戦派に鞍替えさせた――のが、ハル・ノートだったというわけである。そしてこのことは以下に示すように、一次史料という社会科学が扱える「データ」によっても裏付けられている。

11月26日、アメリカは日本にハル・ノートを手交したが、それは、①ハル四原則の無条件承認、②日本の中国・仏印からの全面撤兵、③国民政府の否認、④三国同盟の空文化を求める強硬なものだった。その結果、憤りに駆られた日本の政策決定者は対米開戦を決意した。

駐日米国大使ジョセフ・グルー(Joseph Clark Grew)は戦後、太平洋戦争勃発の「ボタンが押されたのは、ハル・ノートを(日本が:筆者注)接到した時の頃だというのが、ずっと私の確信である」と証言している。

国論の一致に貢献する意味でも、まさに「天佑」だった

また駐日英国大使ロバート・クレーギー(Robert Leslie Craigie)は最終報告の中で、「米国政府の日本への『最後回答(final reply)(ハル・ノート:筆者注)』は日本が拒否することが確実な条項からなっていた」と述べている。

実際、クレーギーは、「日本の開戦決意は27日頃(ハル・ノート受領日)に下され」、「日本の11月20日の妥協案(乙案:筆者注)が交渉の基礎になっていたら、この決定は下されていないか、いずれにしても延期されていた」と指摘している(仮説①)。

ハル・ノートは日本指導者の攻撃的選好を上昇させただけでなく、戦争を望む強硬派にとり、対米開戦に向けて穏健派を説得するための政治的道具となっていた。

歴史家の森山優が的確に論じているように、「ハル・ノートを歓迎したのは陸軍を中心とする開戦論者たち」で、実際、「アメリカが譲歩を小出しにしてくれば、日本は戦争に踏み切れず、戦機は失われる」というのが、「統帥部が最もおそれたシナリオであった」。

こうした点について波多野は、「ハル・ノートは開戦決意を最終的に固めるうえでも、また国論の一致に貢献する意味でも、まさに『天佑』(十一月二十七日機密戦争日誌)であった」と結論づけている(仮説②)。

だから「清水の舞台から飛び降りる覚悟」が決まってしまった

憤りは国内アクター間で攻撃的政策に向けたコンセンサスを生みだし、国家という集団が敵国へ攻撃行動をとることを可能にするが、この際、ハル・ノートが引き起こした憤りが、日本政府内部のタカ派とハト派の選好を対米開戦に向けて収斂させていた。

森山が記しているように、「ハル・ノートは、参謀本部のような開戦派から東郷のような交渉論者に至るまで、全ての日本の政策担当者を結束させ」、「戦争の場合は辞任すると心に決めていた東郷すら、職にとどまる決心をした」。すなわち「『ハル・ノート』が、指導者たちの心をひとつにし、恐ろしい戦争に向けて、清水の舞台から飛び降りる覚悟をきめさせるまでに至」ったのである(堀田)。

実際、11月27日に参謀本部の中堅層は、「之にて帝国の開戦決意は踏切り容易となれり芽出度芽出度。之れ天佑とも云うべし。之に依り国民の腹も固まるべし。国論も一致し易かるべし」と記している。

12月1日の課長会議で軍務課佐藤課長は、「われわれがかねてから抱いていた心配、即ち米の懐柔政策により、我が国論の一部に軟化を来たし、大切な時に足並みが揃わぬようなことがあっては大問題だとおもっていたが、かくの如き強硬な内容の回答を受け取ったことにより、国論が一致することが出来たのは洵に慶賀すべきことである(金原日誌)」と述べている(仮説③)。

戦前日本の行動を「悪」と断罪したい左派にとっての不都合

以上、真珠湾奇襲を進化政治学の怒りの報復モデルの視点から再考してきた。ところで、上記の説明がなぜ「不都合な真実」なのであろうか。いうまでもなく、このポリティカル・コレクトネスをめぐるホットボタン(hot button)が、本稿のインプリケーションである。

結論から述べると、本稿の主張が「不都合な真実」なのは、①戦前日本の行動を「悪」と断罪したい政治的左派、さらには②戦前日本の戦略的合理性や真珠湾陰謀論を主張する政治的右派、あるいは③真珠湾奇襲という歴史的事象を掘り下げて研究する歴史学者、各々の神経を逆なでする可能性があるからだ。

政治的左派にとり「不都合」なのは、仮に人間に戦争を志向する本性(この際、憤りに駆られた攻撃の衝動)があるなら、戦争を起こした当事者の責任を追及することは不毛となるからだ。これは殺人者やレイプ犯を捕まえ、彼らの脳に攻撃行動を熾烈化させる決定的な生物学的欠陥があると分かったとき、当該主体を責められるのかといった問題と同じである(決定論と自由意思)。

こうした点を踏まえ、政治的左派は本稿の科学的主張に不穏な含みを嗅ぎつけるかもしれない。

日本の対米開戦を擁護したい政治的右派にとっての不都合

他方、政治的右派にとり「不都合」なのは、仮に真珠湾奇襲が冷徹な合理的計算の産物でなく、ハル・ノートに起因する憤りという感情的な意思決定の産物なら、日本の対米開戦を擁護することが難しくなるからだ。

換言すれば、右派にとっては、ルーズベルトが日本の真珠湾奇襲を誘発したという陰謀論(conspiracy theory)や、軍事戦略上の限定的な合理性があったといった説明の方が、はるかに都合が良いのである。

あるいは歴史学者にとって「不都合」なのは、仮に真珠湾奇襲が単なる脳(特に怒りのメカニズム)が起こしたエラーだったのなら、これまで積みあげてきた豊かな史的叙述が、何とも人文学的に味気のない科学的な説明に還元されてしまう恐れがあるからだ。

この恐れは還元主義や科学主義といった議論にかかわり、ここでは詳細な議論は割愛するが、その結論を述べると、科学は人文学的な議論を補完する役割を果たしえるため、こうした批判は的を射たものでない。つまるところ、本稿の進化政治学的説明は、「悪かった」(政治的左派)、「騙された」「仕方がなかった」(政治的右派)といった規範命題や、個別的事象をめぐる歴史研究の豊かな叙述とは離れた、抽象的かつ冷徹な科学的推論なのである。

それは進化過程で人間の脳に備わった心理メカニズムである

つまるところ、戦争とは複雑な諸変数の産物であり、それに単一の原因を帰することはしばしば分析上の困難を要する。しかしながらそのことが不可避に、当該事象の因果メカニズムを探求する学術的営みの意義を否定することを意味するわけではない。

本稿が提示した真珠湾奇襲をめぐる進化政治学的説明は、たとえ複雑な社会政治現象であっても、ポストモダニズムの相対主義、アドホックな歴史的叙述あるいは特定のイデオロギー的主張に陥ることなく、当該事象中の相対的に重要な要因を、科学的根拠を備えた形で明らかにできる可能性を示唆している。

そしてここでいう科学的根拠とは、人間本性を捨象するミクロ経済学的合理性や統計学的相関ではなく、進化過程で人間の脳に実際に備わった心理メカニズムに他ならない。「生物学の時代(biology)」(James Stavridis)に進化政治学が必要とされる所以である。

[慶應義塾大学法学部 非常勤講師、博士(法学) 伊藤 隆太]

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「冬ボーナスもらってトンズラか」優秀人材ほど、年末年始に転職に動くワケ

2020年12月12日 12:00 PRESIDENT Online

コロナ禍で今冬のボーナスは「出るだけまし」との嘆きの声もある。多くの企業は前年比大幅減だ。人事ジャーナリストの溝上憲文氏は「自社の将来展望が見えず、在宅勤務で帰属意識が薄れたこともあり、ボーナスを受け取った後に辞め、転職する人が急増する可能性がある」という——。

今冬のボーナスは前年比10%減「リーマンショックを超える減少幅」

今冬のボーナスは、歴史に残る最悪の低さとなる公算が大きい。

三菱UFJリサーチ&コンサルティングは、一人あたりの平均支給額は34万7800円、前年比マイナス10.7%と、リーマンショックを超える減少幅を記録すると予測する(11月9日)。

第一生命経済研究所もボーナスの支給がない労働者を含めた平均では前年比マイナス11.5%と予測し、こちらも記録的なマイナスだ。

最大の要因はコロナ禍の業績不振だが、固定給の月給と違い、ボーナスは業績の影響を直接受ける。すでに2021年度赤字決算予想のANAやJTBはボーナスゼロを打ち出している。日本航空も前年の給与の2.5カ月から0.5カ月に引き下げる。

オリンピック関連の案件が軒並み延期・中止になり、上半期赤字決算となった広告会社の人事部長はこう語る。

「下半期から固定費額の大きい採用費、広告宣伝費、交際費などの削減を実施している。しかし、それだけでは追いつかず人件費削減は避けられない。雇用を確保するという条件でボーナスカットを労働組合に提案し、交渉している」

労働組合の中央組織・連合の冬のボーナス交渉(11月30日時点回答集計)では、平均支給額は約62万4000円。昨冬の約68万3000円から6万円も下がっている。業種別では製造業、商業流通、交通運輸、情報・出版など軒並み前年比ダウンとなっている。

日本の企業の大多数を占める中小企業の半分近くは「ボーナスゼロ」

それでも出るだけましだ。日本の企業の9割以上を占める中小企業はもっと悲惨だ。

大阪シティ信用金庫が1016社の中小企業の調査した結果(11月19日)によると、ボーナスを支給する企業は前年比11.2%減の54.0%。支給しない企業は46.0%と半分近い。支給企業割合はリーマンショック後のマイナス9.1%を上回り、この調査を開始した1998年以来、最大の減少幅となった。

中小企業に限定しなくても「不支給」は少なくない。

エン・ジャパンの「2020年冬季賞与」実態調査(1263社)によると、ボーナス支給予定の企業は66%、支給予定がない企業は34%だった。

業種別では支給予定なしが最も多いのはマスコミ・広告の65%、次いでサービス業の51%だ。驚いたのは、コロナ禍のテレワーク需要などで好調とされるIT・通信・インターネット業が39%と3番目に多いことだ。好調な業界でも明暗が分かれているということか。

「金の切れ目が縁の切れ目」会社を見限る社員が急増しそうな気配

こうしたボーナスの低下・不支給は、当然、社員のモチベーションに影響を与える。中堅IT・インターネット業の担当者はこう話す。

「コロナの影響があり、今冬のボーナスを給与に応じた一律支給に変更しました。そのため、『自分は正当な評価がされていない』との不満が発生する可能性が高い。上司も、部下と面談する機会が失われており、説明が難しい状況です」

金の切れ目が縁の切れ目という言葉があるが、コロナ禍とはいえ、これまで献身してきた企業からの見返りが十分でなければ、人心は離れるということは十分に考えられる。

転職求人倍率は昨年よりは下がっているものの、2020年10月の倍率は1.65倍と堅調だ。業種別ではIT・通信は4.89倍と売り手市場にある(DODA調査)。引く手あまたのIT人材であれば転職も容易だろう。

人事部「ボーナス支給を引き金に離職者が増えるのではないか」

じつはIT人材に限らず、冬のボーナス支給を引き金に離職者が増加するおそれを多くの企業の人事担当者が懸念している。

ボーナス支給の条件を、「支給時期に在籍している」とする企業も多く、これまでにもボーナスをもらってトンズラする社員もいた。

ボーナスはモチベーションに影響を与えるだけではなく、会社や事業の将来性を占う試金石でもある。その意味で、今後想定される離職者増加の背景にはボーナス案件に加えて次の2つの要素も考えられる。

① コロナ禍による業績不振やビジネスの先行きなど会社の将来性に不安を持つ人が増えている。
② テレワークの常態化によって会社への帰属意識や上司への信頼感が失われつつある。

ビジネスコンサルタントの大塚寿氏は、ビジネスパーソンが転職するべきかどうかの判断は、①自分の業界、②自分の会社、③自分の部門、④直属の上司、⑤自分自身――の5つの順番で分析することが重要だと、筆者の取材で述べている。

具体的に言えばこういうことになる。

・自分の業界は将来も有望なのか。
・会社は将来も生き残れるビジネスモデルや戦略・ビジョンを持っているか。
・会社が安定していても自分の部門は本流なのか傍流なのか。
・上司は信頼に値する人物なのか

これらをしっかり分析・評価する。もちろん自分自身はどうしたいのかも大事な判断基準だが、「周辺環境」をより重視したい。なぜなら「ビジネスパーソンは大海に浮かんだ小舟のような存在にすぎないからだ」と大塚氏は言う。

コロナ禍で自社の将来性に疑問を持ち、在宅勤務で帰属意識が薄れた

とくに今はコロナ不況によって「3密業種」を中心にビジネスの危機に直面し、多くの業界や会社がビジネスモデルの変容を迫られている。

同じ飲食業界でも都心型店舗主流か郊外型店舗か、3密対策の無人化・省力化戦略で業績の明暗が大きく分かれ始めている。

働き方に関しても緊急事態宣言解除以降、テレワークやオンライン化が進む一方で、そうしたシステム投資をしないでいまだに出社を強制し、対面にこだわる「昭和的経営者」も少なくない。

実際にコロナ禍で業界や会社に見切りをつける人も増えている。エン・ジャパンの「ミドル世代の『転職意向』実態調査」(7月17日発表)によると、新型コロナウイルスの流行によって「転職意向が強まった」と回答した人が39%もおり、逆に弱まった人は9%にすぎない。

転職意向が強まった人のコメントでは、

「緊急事態下の状況にあっても事業が持続可能な企業とそうでない企業が選別されたように思われ、前者への転職希望がより高まった」
「時間をかけて通勤すること自体に疑問を持つようになったため」

といった声が挙がっている。

興味深いのは、転職意向が弱まったと回答した人のコメントに「現状、給与やボーナスに新型コロナの影響がまったくないことがわかったため」というのもある。

これは逆に言えばボーナスがカットされた場合は転職を選択する可能性があるということだろう。

在宅勤務で「会社は自分に期待していないのではないか」と疑心暗鬼に

同調査で「転職を考えている」と回答した人の理由では「仕事の幅を広げたい」(35%)に次いで「会社の将来性に不安を感じるから」(33%)を挙げている。

在宅勤務などテレワークの働き方は、通勤時間がない分、自由な時間が増え、おおむね社員にも好評だ。

しかし、先ほど述べた離職者増加の要因の②のように、上司に対する信頼感や会社への帰属意識が失われると、離職を促す副作用もある。

実際、コロナ前だが、こんな実例があった。

ある企業で営業職を中心に数カ月間のテレワークをトライアルで実施した。ところが上司や同僚とのコミュニケーションが減り「会社は自分に期待していないのではないか」と疑心暗鬼に陥り、20代社員の3分の1が会社を辞めたというのだ。

「この程度のボーナスしか出せないのなら将来も危ない」

テレワーク勤務はコミュニケーションなど丁寧なフォローを怠ると社員の心は会社から離れていく。パソナ総合研究所の「コロナ後の働き方に関する調査」(12月1日発表)によると、在宅勤務を行った結果、「仕事以外の生活の重要性をより意識するようになった」と回答した人が46.1%と約半数に上る。

その理由で最も多かったのは「家事や家族とのコミュニケーションに使う時間が増加したため」(61.2%)だったが、一方で「会社の同僚などと接する時間が減ったため」と回答した人が27.0%、「会社への帰属意識が低下したため」と回答した人が19.9%もいた。

家族とのコミュニケーションが増えることは結構なことだが、これらと連関して会社への帰属意識が薄れていくのはある意味で自然なのかもしれない。

そしてその結果として「今回の在宅勤務をきっかけに、職業選択や副業などへの希望は変わりましたか」という質問に対して「近い将来の転職を検討し始めた」人が16.6%、「希望する職務や就業先が変化した」人が9.5%もいる。転職を検討し始めた人は20代が30%を超えている。

年末から来年初頭にかけて優秀人材の流出が起きるかもしれない

また両者(「転職検討」「希望職務・就職先に変化」)に希望する職務や転職についての考え方が変わった理由を尋ねると「在宅勤務を機にワークライフバランスを変えたくなった」が最も多く42.9%、次いで「在宅勤務を機に現在の職務や会社の将来に疑問が生まれた」が29.0%となっている。

在宅勤務をきっかけにキャリアに対する考え方が変化し、スキルアップを含めて転職を意識するようになる。さらにコロナ禍の業界や会社の状態を見て、将来に不安を感じてますます離職を意識するようになる。

その決意にとどめを刺すのが冬のボーナスだ。「この程度の金額しか出せないのなら将来も危ない」と、見切りをつける社員が増えてもおかしくはない。

とはいえ、不況下で売り手市場から買い手市場に変化し、以前ほど転職も容易でなくなってきているのも事実だ。加えて、今回の不況は不調業種・企業とそうでない業種・企業の二極化が起きているのも一つの特徴だ。

好調企業の採用意欲は旺盛であり、優秀な人材を求めている。今年の年末から来年初頭にかけて優秀人材の流出が起きるかもしれない。

[人事ジャーナリスト 溝上 憲文]

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