cat_1_issue_oa-newspostseven oa-newspostseven_0_7ea6b4d1859d_上戸彩が第2子を妊娠 お腹ふっくら幸せ姿をキャッチ 7ea6b4d1859d 0

上戸彩が第2子を妊娠 お腹ふっくら幸せ姿をキャッチ

2019年6月11日 19:50 NEWSポストセブン

 女優の上戸彩(33才)が第2子を妊娠していることがわかった。

 梅雨入りした都心部を、傘を差して歩く上戸の姿をキャッチ。目立つのはその美貌以上に、今年流行のビッグサイズのスウェットでも隠しきれないお腹。スリムな足と比べると、だいぶふっくらしているように見える。足元をローヒールのブーツで固めた上戸はそのまま芸能人御用達の産婦人科のあるセレブ病院へと入っていった。


 上戸は2012年9月、27才の誕生日に、16才年上のEXILEのリーダー・HIRO(50才)と結婚。2015年4月に第1子を出産している。

「待望の第2子を身ごもられたようです。すでに安定期は過ぎていて、見た目にもお腹が大きくなっているのがわかります。HIROさんも喜んでいるようです」(上戸の知人)
 


 2020年4月にはドラマ『半沢直樹』(TBS系)の続編の放送が決まっている。半沢の妻役として、2児の母になって戻ってくるのかもしれない。


※女性セブン2019年6月20日号

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cat_1_issue_oa-newspostseven oa-newspostseven_0_36bfa2d77aa9_香取慎吾は黒、中村倫也は白…最旬男子4人の“ブラックorホワイト”【ファッションチェック】 36bfa2d77aa9 0

香取慎吾は黒、中村倫也は白…最旬男子4人の“ブラックorホワイト”【ファッションチェック】

2019年6月11日 19:15 DIETポストセブン

ジューンブライドとも言われる6月。結婚式でおしゃれなスーツ男子に目がいく機会も多いかも。では、芸能界のイケメンたちはどんなフォーマルファッションで決めているのか? チェックしてみると、おしゃれのポイントは「黒」と「白」でした!

◆中村倫也 上品さ際立つ”マットゴールド”



ディズニー実写映画『アラジン』(公開中)のスペシャル・ナイトイベントが都内で行われ、プレミアム吹き替え版キャストの中村倫也が出席した。

1993年には日本でアニメーション映画『アラジン』が公開されているが、本作は実写版。中村は、主人公アラジンの吹き替えを務めている。この日はアニメーション版に続きジーニー役となった山寺宏一も登壇したのだが、中村は彼について「アラジン役に決まって一番楽しみだったのが、山寺さんと声で掛け合えることだった」と溢れる思いを伝えた。

中村は、アラジンを意識した白×ゴールドのファッションで登場。靴はベージュのスエード素材のブーツをチョイス。シャツやジャケットの袖などに配されたゴールドはキラキラ感を抑えた質感で、華美になりすぎず上品にまとめた。(6月6日)

◆成田凌 “全身白”に黒のアクセント!



映画『さよならくちびる』(公開中)の初日舞台挨拶に、出演者の成田凌が登壇した。

本作は、インディーズ界の人気デュオ「ハルレオ」の物語。ハルを門脇麦、レオを小松菜奈、付き人・シマを成田が演じ、それぞれの恋心がすれ違う中でハルレオ解散ツアーをこなしていく。

オフホワイトのセットアップを着た成田。一見シンプルだが、ジャケットはトレンドの開襟スタイル。インナーは白で合わせながら、足元は黒のシューズで締めた。元メンノンモデルならではの上級者コーデと言えそう。(5月31日)

◆窪田正孝 スーツにアクセント加えるタイ



主演ドラマ『ラジエーションハウス』(フジテレビ系・毎週月曜21時〜)が好調な窪田正孝。来年春からは放送予定のNHK連続テレビ小説第102作目『エール』に主演予定で、このたびヒロイン発表会に出席した。

二階堂ふみがヒロインと発表されたこの日。窪田は「彼女の芝居の繊細さ、キャラクターのはいり方が魅力的。1年間できることが幸せです」と二階堂を絶賛した。

めでたい席にふさわしく、黒のスーツでかっちり決めた窪田。かたくなりすぎないようにナロータイで、こなれ感を出した。タイの赤白ラインが、いい感じのアクセントに!(6月3日)

◆香取慎吾 素材違いの黒で差をつけて



6月28日に公開される映画『凪待ち』の完成披露試写会が行われ、出演する香取慎吾が登壇した。

「新しい道を歩み始めて1年以上経つんですが、初めての“ひとり”映画」だという香取。本作では、人生のどん底まで堕ちた主人公・木野本郁男を演じている。彼を中心に描かれる重厚な“ヒューマンドラマ”だが、香取は「撮影が始まったら、毎日誰かにボコボコにされていました。あれ、これヒューマンドラマ?」と笑わせた。

シャツや靴まで黒で統一したオールブラックコーデで、作品のイメージに合わせ重厚に着こなした香取。襟とパンツのサイド縦ラインに素材違いの黒がはいり、さり気なくコーデに深みを出した。黒だけなのにここまでオシャレに。慎吾ちゃん、さすがです!(6月5日)

撮影/高柳茂、小彼英一、浅野剛

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cat_1_issue_oa-newspostseven oa-newspostseven_0_cddccf6a9c05_『anan』『ソレダメ!』で話題 跳ぶだけダイエットの特徴 cddccf6a9c05 0

『anan』『ソレダメ!』で話題 跳ぶだけダイエットの特徴

2019年6月11日 16:00 NEWSポストセブン

 今年のキーワードは「跳ぶだけ」──毎年、夏が近くなると、新たなダイエット法に注目が集まるが、食事からエクササイズ、生活習慣の改善など、方法はいろいろ。そんな中で、女性グラビア週刊誌『anan』(マガジンハウス刊)のダイエット特集が話題になっている。

 同誌2154号(6月5日発売)では、「絞る! 締める! 大作戦」と題して、3つの最新ダイエット法を紹介。初級編として「寝たままトレ」、中級編は「跳ぶだけダイエット」、上級編で「自重トレーニング」が18ページにわたって展開されている。その中でも注目は、「跳ぶだけダイエット」。同誌のウェブサイトでも跳び方が動画付きで紹介されて反響を呼んでいる。


 このダイエット法を考案したパーソナルトレーナーの鑄山和裕(いかけやま・かずひろ)氏は、「跳ぶだけ」のメリットをこう解説する。

「筋トレやランニングなどが苦手な人でも簡単に始められるのが、跳ぶだけダイエットのメリットです。その場で軽く跳ぶだけなので、好きな時に好きな場所ですぐに始められます。ポイントは、ジャンプによって主に下半身の筋肉が鍛えられること。基礎代謝がアップして、痩せやすい体になるのです」

「いつでも」「どこでも」「誰でも」が手ぶらで始めることができる上、ジャンプするだけでヒップアップや美脚が期待できるとして人気らしい。

 このダイエット法をわかりやすく解説した鑄山氏監修の書籍『1日2分! その場で跳ぶだけダイエット』(小学館刊)には、引き締めたい部位ごとや、自分の目的に合わせて、

・基本となる「ベースジャンプ」

・ウエストに効く「ツイストジャンプ」

・太ももに効果的な「レッグカールジャンプ」

 といった26種類のジャンプが紹介されている。これらを1日2分間あるいは4分間、跳ぶだけでダイエット効果が期待できるという。


◆「腹筋がカッチカチ!」「すぐ汗が出てきた」


「跳ぶだけダイエット」は、テレビのバラエティ番組でも取り上げられ、話題となった。オードリーの若林正恭とフリーアナウンサーの高橋真麻がMCを務める『ソレダメ!~あなたの常識は非常識!?~』(テレビ東京系。水曜不定期夜6時55分~)で人気の体操コーナーで、レギュラーのオードリー春日俊彰のほか、ゲストの小籔千豊、田中美佐子らが挑戦したのだ。

 基本の「ベースジャンプ」のほか、二の腕が締まることが期待できる「モンキーアーム」、お腹とお尻に効くという「ペンジュラムジャンプ」の3つのジャンプについて、鑄山トレーナーが番組内で指導。出演者たちが悪戦苦闘しつつ、楽しく跳んでいる様子が放送された。


 視聴者からも、実際に跳んでみた感想がSNSなどに寄せられ、「腹筋がカッチカチ!」「すぐ汗が出てきた」「二の腕に効きそう」「ふくらはぎがヤバい」「跳んでるだけで楽しい」といった声が出ていた。


 鑄山氏はこう語る。

「『ソレダメ!』では、オードリーのお二人や高橋真麻さん、小籔千豊さんなどのゲストの方々にその場で跳んでもらいました。皆さん、初めてのエクササイズだったと思いますが、思った以上に楽しみながら取り組まれていたと思います。

 この“楽しく続けられる”のも『跳ぶだけダイエット』のメリットの一つです。好きな音楽を流しながらそれに合わせて跳んでもいいですし、引き締めたい部位によってジャンプをいろいろと変えながら、ダンスのように跳ぶこともできます。その意味で、数あるダイエット法の中でも、楽しく痩せられるのが特長だと言えます」


 道具も、お金も、時間もいらない、究極の簡単ダイエット。夏直前の今こそ、試してみる価値があるかもしれない。

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cat_1_issue_oa-newspostseven oa-newspostseven_0_2d53cbe2265a_進化する洗濯洗剤、スポーツ用やドラム式専用なども登場 2d53cbe2265a 0

進化する洗濯洗剤、スポーツ用やドラム式専用なども登場

2019年6月11日 16:00 NEWSポストセブン

 どんどん進化する洗剤に加え、最近は洗剤を使わない洗濯グッズが登場するなど、さらなる発展を見せている洗濯業界。最新商品を専門家たちはどのように評価しているのだろうか。

 今年の洗濯洗剤のニュースといえば、新たな界面活性剤として商品化された「バイオIOS」だ。パーム油の残りかすとなる部分を再利用していてエコな上、洗浄力の高さも評価が高い。

 さらに、洗濯洗剤を独自に研究する人気ブログ「ハナの洗濯ラボノート」を運営するハナさんが最近の洗剤の流行だというのが「消臭力」の強さだ。

「ランニングをしたりジムに通う人が増えたこともあって、汗をよく吸収する高機能ウエアが人気ですが、ああいった化学繊維の衣類は汗のにおいがつきやすく、洗ってもとれにくいんです。そのにおいをとることに特化した、“スポーツ用”の洗濯洗剤は、驚くほど消臭効果が優れていて、においはスッキリとれます。

ただ、洗剤自体の香りが強めなものが多く、気になる人もいるかもしれません。洗浄力の成分は一般的な洗剤と変わらないので、普段の洗濯に使っても生地が傷む心配はありません」

 ドラム式洗濯機の普及に伴い、ドラム式専用の洗剤も登場している。

「ドラム式洗濯機は、縦型に比べて節水効果が高い半面、すすぎが足りず、洗剤が残ってしまうことがあります。そのため、洗濯物が黒ずみやすいんです。ドラム式専用の洗剤は、水に溶けやすく、黒ずみを防ぐ成分が配合されている。最新のドラム式ほど、節水効果が高い傾向にあるので、洗剤も専用のものを使う方がいいでしょう」(ハナさん)

 梅雨の時期、部屋に干した洗濯物の生乾き臭に悩む人も多いだろう。それを解決するには、やはり部屋干し洗剤を使うのが得策だ。実践女子大学生活科学部教授の牛腸(ごちょう)ヒロミさんはこう言う。

「部屋干し洗剤には、除菌・抗菌物質が入っています。太陽の紫外線には殺菌作用がありますが、部屋干しすると陽の光に当たらず菌が増殖するため、洗剤の除菌・抗菌効果を利用した方がにおいは抑えられます」

 また、同じブランドの商品でも、容量が少ない「濃縮タイプ」と、通常タイプがある。濃縮タイプの方が洗浄効果が高いのだろうか。

「濃縮洗剤は、界面活性剤の含有量が多いため、使用量が少しで済みます。洗濯をする上では、それ以外は通常の洗剤と変わりません。ただし、濃縮洗剤は通常の洗剤以上に、雑に扱わないよう気をつけてください。数倍もの量の界面活性剤が入っているので、分量を少しオーバーしただけでも、大幅に洗剤の入れすぎになってしまいます。取扱説明書をよく読んで、濃縮のものほど正確に量って」(牛腸さん)

 置き場所の幅を取らないコンパクトなボトルは濃縮洗剤の大きな魅力の1つなので、収納場所に合わせて好みを選ぶといい。


◆コスパはどうか?


 そして今、洗剤に代わる洗濯グッズとしてブームになっているのが“マグネシウム”だ。 洗剤を使わずに高純度マグネシウムで洗濯物を洗浄、消臭、除菌できるという。

「マグネシウムは水に溶けませんが、マグネシウム塩が溶け出し、水がアルカリ状態になることで、洗浄力を持つのだと思います」(牛腸さん)

 洗剤いらずで非常にお手軽そうだが、実はコスパ的には微妙なところだという。

「4kgの洗濯物を洗うと想定した時、1回の洗剤の値段を比較したら、粉末は約6円、液体は約9円、マグネシウムグッズは9.2円でした。また、10回ほど使ったら、酸化して黒ずんでくるため、クエン酸に浸して洗浄する必要があります」(ハナさん)

 マグネシウム洗濯の洗浄力に関しては賛否両論あり、洗剤に代わるアイテムになるかどうかは、まだ不明なことが多いという。

 また、アレルギーの心配がある人は、発売されたばかりの新製品をすぐに使うのは控えた方が無難と郡司さんは言う。

「長年使われて実績のある商品と違い、使ってみないと、どんなアレルギーが出るかわからない部分があります。特にアレルギー体質の場合は、切り替えには慎重にならざるをえません。今使っている洗剤に不満がないなら、あえて替えない方がよいでしょう」

 国内で販売されている洗剤は、いずれも各メーカーの安全テストをクリアしたものばかり。しかし、使用量や使い方を誤れば、健康を害する恐れもある。体にかゆみや不調を感じたら、つい食べたものを疑いがちだが、洗濯洗剤の成分が合わないのではないかと考えたり、用法用量が適切かを見直してみてほしい。

※女性セブン2019年6月20日号

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cat_1_issue_oa-newspostseven oa-newspostseven_0_8d78e7fddc31_尻トレに励むグラドルたち ヒップ85→95cmにアップの例も 8d78e7fddc31 0

尻トレに励むグラドルたち ヒップ85→95cmにアップの例も

2019年6月11日 16:00 NEWSポストセブン

 女性たちの間で近年、美しいお尻を目指す「美尻トレーニング」が大流行している。NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』や『趣味どきっ!』で美尻トレーナーの岡部友氏を取り上げ、SNSでは女性たちが鍛えたお尻の写真を投稿する。お尻は「恥ずかしいから見ないで」から「かっこいいから見てください」の時代になったのだ。

 彼女たちはなぜ尻を鍛えるのか?  尻トレによりサイズが大きく変わったのは、グラビアアイドルの柳いろは(28)だ。


「仕事上、身体の曲線は大切で、ボリュームアップやヒップアップさせることで、より素敵な見映えに仕上がるので尻トレは重要です。以前は85センチしかなかったお尻が、今では95センチ。お尻の集中トレーニングはハードなので、終わったあとは足がガクガクして、階段の手すりを掴まないと上り下りができないほどです。キツすぎてトレーニング中に泣いてしまったこともあり、トレーナーさんに「泣いた子は初めてだ」と呆れられました(笑い)」


 一方、グラビアアイドルの月城まゆ(24)はこう語る。


「お尻を鍛え始め、弾力とハリが出てきたのが気持ち良くて、毎日寝る前にお尻を触ってから寝ています(笑い)。グラドルとしてアピールポイントが無くて悩んでいた時期もありました。そんな時に鍛えた成果を投稿したらたくさんの反響があり、自分に自信がつきました。

 仕事でもお尻を褒められることが多くなりましたね。大きくてふわふわのこのお尻は誰にも負けないです! これからも、もっとみなさんに見てもらえるお尻になるよう頑張ります!」


 グラビアアイドルの水沢柚乃(21)も、尻トレによってお尻がアピールポイントになったそうだ。


「最初は仕事の企画で尻トレを始めたのですが、どんどんお尻の形が良くなり、トレーニング方法をみんなと共有できたらと思い投稿し始めました。鍛えることで、クビレ・太もものシルエットがキレイに見えるので筋トレは絶対に必要だと思いますね。

 これまで自信がなかったのですが、今はちゃんとお尻が上がってきて自信が持てるようになりました! 丸くプリッとしたお尻、ぜひ私のバックショットのシルエットを楽しんでもらえたらと思います」

※週刊ポスト2019年6月21日号

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cat_1_issue_oa-newspostseven oa-newspostseven_0_392df56eede6_「安楽死を遂げた日本人」に密着 私たちに問いかけたこと 392df56eede6 0

「安楽死を遂げた日本人」に密着 私たちに問いかけたこと

2019年6月11日 16:00 NEWSポストセブン

「映像が目に焼きついて眠れなかった」……NHKには放送翌日までに約300件もの感想が視聴者から寄せられたという。NHKスペシャル『彼女は安楽死を選んだ』(6月2日放送)は、スイスで安楽死を遂げた初の日本人女性に密着し、最期の瞬間まで映した衝撃の内容だった。その女性に寄り添い、番組に協力したジャーナリストで『安楽死を遂げた日本人』著者の宮下洋一氏がレポートする。

 * * *
 彼女からのメールが届いたのは去年の8月だった。タイトルには「安楽死をスイスにて行うつもりです」とあった。

 私はメールアドレスをネット上で公開しているので、世界各国の安楽死についてルポルタージュした拙著『安楽死を遂げるまで』が出版されてからは、しばしば安楽死に関する相談を受けるようになった。多くは自殺願望を持つ、字義通り「安楽な死」を求める人々で、メールの差出人の小島ミナさん(当時50歳)も、そうした一人だろうと思った。

 しかし、彼女は違っていた。メールにはこうあった。

「私は多系統萎縮症という難病に罹患しています」

「多系統萎縮症」とは、小脳などの変性によって徐々に身体機能が奪われていく病気だという。ゆっくりとではあるが確実に進行し、やがて四肢が動かなくなり、言葉も話せなくなり、思考以外のすべての機能が奪われ、寝たきりとなる。現状では根治療法はない。

「機能を殆ど失くし、人工呼吸器で息をし、話す事も出来ず、胃瘻(いろう)で栄養を身体に送り込み、決まった時間にオムツを取り換えて貰い、そうやって毎日を過ごしたくはないのです。(中略)寝たきりになる前に自分の人生を閉じることを願います。私が私であるうちに安楽死を望みます」

 メールの文面からすでに車椅子生活に入っていて症状が進んでいることが窺えた。それまでの相談とは異なる切実さが感じ取れた。

 その約1か月後、私は新潟にある病院へ小島さんを訪ねた。彼女は「私は死ぬことを自分の運命として操作したい。私の死生観は西洋的だと思う」と言った。欧米人は、自分の死に方を自分で決めるのは人権の一つと考える。その考え方に惹かれるという。

 すでに話し方がゆっくりになって滑舌が悪くなる構音障害という症状が出ていたが、非常に知的な女性で、強い意志をもっていることが感じられた。

◆「今しかできないんだよ」


 新潟出身の小島さんは韓国の大学に留学して韓国語を身につけたあと、翻訳と通訳の仕事をして東京に約30年間暮らしていた。

 欧米では安楽死を選ぶのは天涯孤独の人が多い。自分を看取る夫や妻も、行く末を見届けたい子もいないという人、あるいは複雑な家族関係にある人々である。

 しかし、小島さんは独身だったが、その傍らには長姉の恵子さんと次姉の貞子さんがいて、3人の会話や温かい視線から、彼女が十分に労られていることが感じられた。小島さんは医師から多系統萎縮症の告知を受けたあと、東京の住まいを引き払い、恵子さん夫婦の家で暮らしている。

 私が初めて会う前、小島さんは自殺未遂を繰り返していたという。

 2018年3月末に長姉の恵子さんが部屋を掃除していると、スカーフを編み上げて強度を高めた縄状のものを布団の下から発見した。問い詰めても「なんでもない」の一点張り。次姉の貞子さんを呼んで3人で話し合うと、小島さんは本心を明かし、「今しかないんだよ。今しかできないんだよ。もう私には力がないんだよ」と泣きじゃくり、「自分でやるから」と何度も訴えたという。その際に、姉妹の間で「安楽死という方法もある」という話題が持ち上がった。

 あくまで自殺を思いとどまらせるための方便だったが、彼女はその後も何度も自殺未遂を繰り返した。こうした騒動のなかで、姉たちは安楽死を求める小島さんの気持ちを理解せざるを得なくなった。

 小島さんは、姉たちにこう語ったという。

「たぶん私は、末期癌だったら安楽死は選んでいないと思うよ。だって期限が決まっているし、最近なら緩和ケアで痛みも取り除けると言われているでしょ? でも、この病気は違うの。先が見えないのよ」

 私が彼女の安楽死を認めざるを得ないと考えたのは、こうした家族の理解があったからだった。

◆「どこかホッとしている」


 小島さんが私に何を期待しているのかわかっていた。スイスの自殺幇助団体「ライフサークル」への仲介である。しかし、私はジャーナリストであって、家族でも医師でもない。だから、「聞かれれば、知っている事実をお伝えするが、自分で判断してください。スイスへ行くためのお手伝いもできません」と、はっきり断わった。私はこれまで、安楽死をしたいという考えは尊重するが、奨めることはしないし、仲介もアドバイスもしないという方針を貫いてきた。

 それは小島さんも理解してくれた。それでも小島さんは「私のような患者がいることを伝えて、安楽死の議論に一石を投じてほしい」と訴えた。

 たまたまその後に、NHKのディレクターから情報共有をしたいとの申し出があり、小島さんの件を伝えたところ、密着取材へとつながった。

 私が病床を訪れたときには、すでに小島さんは自力でライフサークルへの登録を済ませていた。

 ライフサークルはエリカ・プライシックという女性医師が2011年に設立したスイスの自殺幇助団体で、年間約80人の自殺幇助が行なわれている。自殺幇助とは「医師から与えられた致死薬で、患者自身が命を絶つ行為」で、安楽死の一つである(医師自身が致死薬を投与する「積極的安楽死」と呼ばれる方法もある)。自殺幇助を法的に認めている国はほかにもあるが、外国人にも適用されるのはスイスだけである。会員は世界中に1660人いて、うち、日本人は17人(2019年4月時点)。ただし、日本人が同団体で自殺幇助を受けた例はそれまで1件もなかった。


 しかし、ライフサークルに登録したからといって、すぐに自殺幇助を受けられるわけではない。団体から患者として承認されるために、「医師の診断書」と「自殺幇助を希望する動機書」を英・仏・独・伊いずれかの言語で送り、審査を受ける必要がある。

 審査の基準は次の4つ。

1、耐えがたい苦痛がある。

2、回復の見込みがない。

3、代替治療がない。

4、本人の明確な意思がある。

 小島さんの場合、基準を満たしていると考えられたが、手続きの過程で、送ったはずのメールが届いていない、送金した登録料が入金されていないなど、さまざまなトラブルが起きた。

 彼女は11月に入ってトラブル解決のためにプライシック医師とメールと電話でやり取りをするなかで、2019年3月までスケジュールに空きがないと告げられたという。自分の体調を考えると来年3月では遅すぎると訴えると、急遽、11月28日ではどうかと打診された。自殺幇助を予定していた人がその前に亡くなって空きができたためだった。

 姉たちが言葉を失ったのは言うまでもない。私が3月まで待てないかと聞くと、小島さんは力を込めてこう言った。

「時すでに遅しが一番怖いんです」

 日本で安楽死が可能ならぎりぎりまで待ってもいいが、それができない以上、早いのは仕方がないという。

 慌ただしく身辺整理をし、11月24日に小島さんと姉たちは成田からスイスへ旅立った。

 バーゼルのホテルの部屋で、小島さんはこう語った。

「現世を離れることができることに、どこかホッとしているところがあるんです。昨日は怖かったんですけれど、今日は怖くないんですよ」

 彼女にとっては、時間が経って安楽死という選択肢が消えてしまうことこそが恐怖だったが、スイスに渡った今、それは消え、表情からは安心のようなものが感じられた。


◆「はい、私は死ぬのです」


 現地でプライシック医師を含む2人の医師と別々に面接し、最後の審査も通過した。

 当日の朝、タクシーで郊外にあるライフサークルの施設に向かった。そこで多くの書類にサインさせられた後、プライシック医師は表情一つ変えずに「ベッドに移りましょう」と促した。

 ライフサークルでは、点滴の中に致死薬を入れ、そのストッパーを患者自らがはずすという方法で、自殺幇助が行なわれる。

 警察に提出するためのビデオを撮影しながら、プライシック医師は名前、生年月日、ここに来た目的、死にたい理由という4つの質問をする。最後に「ストッパーを開ければどうなるかわかりますか」と聞き、小島さんは「はい、私は死ぬのです」と英語で答えた。「死にたいのならストッパーを開けてください」と言われ、小島さんは一瞬の迷いもなくストッパーをこじ開けた。

 恵子さんは止めようとしたのか、「あ~」と手を伸ばし、体だけ前のめりになりながら思いとどまり、「ミナちゃん、ありがとう!」とその日、一番の大きな声を出した。小島さんは二人の姉に「本当にありがとう。こんな私の世話をしてくれて。本当にありがとう」と微笑んだ。貞子さんは妹を直視できないまま鼻をすすり続けていた。


 それまでの取材では、安楽死を選んだ人に前日に初めて会って、翌朝に立ち会うだけだった。ショックではあるが、その人の背景も知らないし、心情もわからなかった。

 しかし、今回は違っていた。傍観者に徹するつもりが、涙が溢れるのを止められなかった。密着取材を続けていたNHKの取材班も号泣していた。

 彼女の安楽死に密着してなお、日本で安楽死を認めることに現状では反対であるとの考えに変わりはない。ただ、「どうか、ありのままの私を伝えてください」という小島さんの最後の願いには、応えていかなければならないと思っている。

(構成/本誌編集部)

●みやした・よういち:1976年、長野県生まれ。18歳で単身アメリカに渡り、ウエスト・バージニア州立大学外国語学部を卒業。その後、スペイン・バルセロナ大学大学院で国際論修士、同大学院コロンビア・ジャーナリズム・スクールで、ジャーナリズム修士。6言語を操る。講談社ノンフィクション賞受賞作『安楽死を遂げるまで』の続編にあたる『安楽死を遂げた日本人』が刊行された。

※週刊ポスト2019年6月21日号

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cat_1_issue_oa-newspostseven oa-newspostseven_0_a0ca7491e25f_巨人・岡本復調へ 原監督だからわかる「巨人4番」の重圧 a0ca7491e25f 0

巨人・岡本復調へ 原監督だからわかる「巨人4番」の重圧

2019年6月11日 16:00 NEWSポストセブン

 巨人・岡本和真の打棒が復活しはじめたように見える。開幕から4番を任されてきたが、波に乗り切れず、6月4日の楽天戦では6番に降格。その時、原辰徳監督は「少し精神的に楽なところで岡本を打席に立たせたいと。(中略)ややビッグベイビーが困っているかなというところで、少し助けてあげようかと。勇人、丸、頼むぜ!というところだね」(スポーツ報知・2019年6月5日付)と説明した。4番から外れた岡本は3戦連続マルチ安打を記録し、7日のロッテ戦では4番に復帰。原監督の配慮が復調の手助けとなったようだ。

 思い返せば、原監督は現役時代、『巨人の4番』の重圧に最も耐えてきた選手だった。巨人軍球団創立50周年の1984年、絶不調の原が4番を外された時の状況をライターの岡野誠氏が当時の文献から読み解く。(文中敬称略)

 * * *
 長嶋茂雄が監督を追われ、王貞治が現役引退を発表。1980年オフ、巨人には激震が走っていた。その年のドラフト会議で、原辰徳は4球団から1位指名を受ける。競合の末、藤田元司監督がクジを引き当て、念願の巨人入りを果たした。

 ONの抜けた直後に入団した原への期待は大きかった。1年目の1981年、原辰徳は2割6分8厘、22本塁打、67打点で新人王に輝き、巨人8年ぶりの日本一に貢献した。2年目の1982年6月4日には初の4番に座る。この年、33本塁打、92打点と成績も上昇。1983年には130試合中107試合で4番を務め、チームを優勝に導き、MVPと打点王に輝いた。

 その年のオフ、王貞治が監督に就任。球団創立50周年を迎える1984年、読売新聞が主催する秋の日米野球では、前年の1983年にワールドシリーズを制覇したボルティモア・オリオールズと1984年の日本シリーズ勝者との対戦日程が組まれた。

 世界のホームラン王が指揮を執る元で、『4番サード・原』が巨人を日本一へ導き、“日米決戦”を制して世界一になる──。フロントやファンはそんな夢を描いていた。原自身も、そんな雰囲気を感じ取っていたようだ。

〈フロントの人たちとか、ジャイアンツファンの人たちとかは、「当然優勝するんだ。それで日米決戦だ」というふうに見てるでしょう。そのへんのプレッシャーは感じるけど、もし、その夢が実現したときの喜びもまた大きいでしょうね〉(週刊読売・1984年3月11日号)

 王監督も、4年目を迎える原に大きな期待を寄せていた。

〈原にはやはりスーパースターになってもらいたいんだよな。『原が打てないんじゃ誰も打てるはずがない。アイツが捕れないんじゃヒットだよ』とみんなを納得させるような選手になってほしいんだよ〉(Number・1984年4月5日号)

 だが、この年の原は開幕から不調に陥り、チームも勝率5割に届かない状態が続く。

 5月3日の大洋戦では、6対7と1点を追う9回無死一、二塁で打席が回るも、バントのサインが出る。4番・原はプロ初の犠打を成功させるも、球場には微妙な空気が流れた。

〈五万人を飲み込んだ後楽園スタヂアムは、一瞬静まり、そして、ざわめき、落胆、拍手とめまぐるしい変化を見せた〉(スポーツニッポン・1984年5月4日付)

 1年前の5月5日、同じ後楽園球場で阪神の山本和行から逆転サヨナラ本塁打を放った輝きは消えていた。

 5月16日の中日戦では、延長10回裏、2死二塁で3番・篠塚利夫が敬遠され、4番・原と勝負。結果は四球だったが、この日も原はノーヒットでチームも敗戦。翌17日も4打数0安打に終わり、打率は2割4分に下降。打撃30傑から姿を消した。

 打てない原に、辛辣な見出しが躍る。専門誌である『週刊ベースボール』は映画『E.T.』になぞって、不調の江川卓をE、原をTとして批評。2人合わせて年俸8740万円(推定)の価値に疑問を呈した。

〈巨人のETは8740万円のムダ使いだ! 肩身が狭い? いま、江川と原に注がれる厳しい眼〉(週刊ベースボール1984年5月28日号)


◆打順降格を告げられ「四番を取り戻すつもりで…」


 5月23日、王監督がついに4番からの降格を決断する。原は入団1年目、1981年10月5日のヤクルト戦以来となる6番に据えられた。

 結局その試合は、午後6時20分に雨のため試合中止となったが、翌日の新聞紙上では大きく取り上げられた。王監督は意図をこう話していた。

〈あまりにも頭がこんがらっているようだから、六番で気楽に打たせようということです〉〈巨人の四番というのはものすごい重圧がある。ダメな時にはもっとすごい。原ももがき苦しんでいたと思う〉(スポーツニッポン・1984年5月24日付)

 原はそこまでの直近10試合で40打数7安打、打率1割7分5厘、本塁打0、打点3と精彩を欠いており、得点圏では開幕から44打数10安打、打率2割2分7厘でホームランなし。これでは6番降格もやむを得なかった。本人はこう受け止めていた。

〈自分のことを思ってやってくれたことでありがたい。四番を取り戻すつもりで、細かいことを考えず、もう一度やりたい〉(スポーツニッポン・1984年5月24日付)

 翌24日、ナイターの阪神戦で3番・中畑、4番・スミス、5番・クロマティ、6番・原の打順が組まれた。すると、原はタイムリーを含む2安打と結果を残す。原と同じく不振に苦しんでいたクロマティが5号ソロを含む猛打賞とハッスルし、江川の完封で阪神を4対0で破った。原はこうコメントしていた。

〈打順は気にしてなかった。チームのムードがよかったし、久びさにうまく低めのボールを打つことが出来たよ〉(日刊スポーツ・1984年5月25日付)

 この日のテレビ中継は視聴率30.4%(ビデオリサーチ調べ/関東地区。以下同)だった。最近の視聴率事情を考えると、2018年に視聴率30%を超えた番組はサッカーW杯とNHK紅白歌合戦、オリンピックしかない。1984年の巨人戦ナイター中継の年間平均視聴率は25.6%。毎試合のように、現代のオリンピック並みに注目されていたのだ。

 この後も、原は完全復調とならず、何度か4番に復帰したが、定着には至らなかった。それでも、常人には想像し難いプレッシャーの中、130試合にフル出場し、2割7分8厘、27本塁打、81打点という成績を残した。悪い数字とも思えないが、巨人を9連覇に導いた主軸の王貞治、長嶋茂雄の後釜である原辰徳への期待は高く、チームも3位に沈んだため、優勝を逃した戦犯扱いされた。

〈昨年は江川とともに、優勝を逸した原因は原にありといわれた〉(’85プロ野球12球団全選手百科名鑑・1985年3月31日発行)

〈昨年巨人がペナントを逸した“A級戦犯”といわれ、4番打者の座を転がり落ちた〉(GORO ・1985年2月28日号)

 1984年の原は4番復帰までに17試合を要したが、2019年の岡本は4番から降格以降、3戦連続マルチヒットを記録。原監督は「もうビッグベイビーとは言えなくなったね」(スポーツ報知・2019年6月7日付)と話し、7日のロッテ戦で4試合ぶりに4番に復帰させる。この日、岡本は2安打で、翌日はロッテの抑え・益田から本塁打を放つなど、最近6試合で23打数9安打、3割9分1厘、2本塁打、5打点と絶好調だ(記録は6月9日現在)。

 原辰徳は引退試合で『聖域』と表現した巨人の4番の苦しみも、喜びも知っている。当時と今を単純には比較できないが、重責を担った者にしかわからないことがある。

 原監督は4番を任された岡本の心情を慮ることで、復調の手助けをした。誰よりも重圧を知る原辰徳との二人三脚で、岡本和真は不動の4番に成長するはずだ。


●文/岡野誠:ライター・プロ野球選手名鑑研究家。著書『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)では、歪んで伝えられがちな記憶ではなく、膨大な資料という“記録”を元に『ビッグ発言報道の移り変わり』『マイケル・ジャクソンのムーンウォークを日本のテレビで初めて試みたのは田原俊彦』などをあらゆる角度から検証し、丹念に証明している。

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芸能リポーターの地方進出で思わぬ影響、原田龍二の会見も

2019年6月11日 16:00 NEWSポストセブン

 放送作家でコラムニストの山田美保子氏が独自の視点で最新芸能ニュースを深掘りする連載「芸能耳年増」。今回は芸能リポーターを取り巻く最新事情について。

 * * *
 南海キャンディーズの山里亮太と蒼井優の結婚発表は、久しぶりに著名な芸能リポーターが勢揃いした会見だったと思う。

 日本中が驚いた大物カップルの電撃婚だったから?

 まぁ、それが最大の理由だが、6月5日(水)の夜…というスケジュール設定が絶妙だったと思われる。多くの著名リポーターが東京にいる“曜日”だったからだ。

 在京局のワイドショーが芸能を扱わなくなって久しい。たとえば『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日系)は「大物の訃報しかやらない」(リポーター談)。だからレギュラーの芸能リポーターは全くといっていいほど出演がない。


◇地方のテレビ番組から引っ張りだこ


 というわけで、芸能担当のリポーターは、系列の地方局(大阪や福岡)のワイドショーに出演。「系列でなくても構わない」と上から言われ、他の地方局に出演するケースもあるのだ。

 それでも横並びでトップの視聴率を獲得している『羽鳥~』。芸能ナシでも視聴者は付いてくるということで、これは他局のスタッフも興味津々だろう。

『スッキリ』(日本テレビ系)は『ZIP』の流れから冒頭に芸能がくることも少なくないが、リポーターが解説することは滅多にない。

 同番組は、前身の何本もの番組を含めて井上公造氏がレギュラーだが、コーナーが設けられることが多い月曜日の出演が「毎週」であるとは限らないのである。

『ビビット』(TBS系)も、『とくダネ!』(フジテレビ系)も、プレゼンターは局アナ。解説に芸能デスクや、スポーツ紙の記者がやってきたりする。そういえば、両局とも、芸能リポーターを据えなくなって久しい。午後の『直撃LIVE グッディ!』(フジテレビ系)もフィールドキャスターがプレゼンしているし、『大下容子ワイド!スクランブル』(テレビ朝日系)は、本来、長谷川まさこ氏が専属だと思うが、出番は昔より減っている。

 件の井上氏を始め、著名なリポーターは名古屋、大阪、福岡と全国のワイドショーから引っ張りだこ状態。地方局のワイドショーやニュースショーでは、「もっと芸能をやりたい」と考えている局がまだまだある。加えて、(お笑い芸人に限るが)大阪以外は「街でタレントに遭遇するなんてことは滅多にない」ということからか。芸能リポーターは地方では「スター」なのである。

 地方局の芸能コーナーは、“当日ネタ”(新曲リリース情報やCMイベント、完成披露試写会など)のVTRの羅列であっても、視聴率の毎分グラフが山を描く。

 こうしたコーナーで解説するのが、全国区の芸能リポーターたち。キー局との調整が“主な仕事”である地方局の“芸能デスク”にとって、キー局に出演経験がある芸能リポーターの人脈と情報は不可欠でもある。


◇金曜日の夜は、芸能リポーターが東京から消える!?


 話を会見のスケジュールに戻そう。5月31日(金)午後6時30分~行われたのは、原田龍二の不倫謝罪会見である。実は金曜日の夜というのは、著名な芸能リポーターが東京からいなくなるタイミングなのである。

 土曜日の早朝、地方局は自局制作の生番組をオンエアするケースが多く、そこにレギュラー出演しているのが著名な芸能リポーターたち。

『5時に夢中!』(TOKYO MX)のレギュラーを終えてからの“旬の芸能人”原田龍二の会見というのは、リポーターにとっては後々、間違いなく“ネタ”になるし、「ぜひ取材してみたい」会見ではなかっただろうか。

 だが、原田を囲んでいたリポーターで顔と名前が一致するのは、“芸能リポーター”を名乗っている人の中でもっとも若い菊池真由子氏のみ。キー局ではいま、月曜日の『バイキング』(フジテレビ系)でおなじみだ。

 かつて「爆弾娘」と呼ばれるほど、鋭い質問をすることで名を挙げた菊池氏。だが原田の会見では、菊池氏の持ち味があまり出ていなかったように感じた。

 理由は、この日のリポーターの“一番手”が菊池氏だったため、口火を切らなければならなかったからだ。いつもなら、ベテランリポーターらが聞き終えた後に、それまで出ていなかった“爆弾”的な質問や、“オチ”になるような質問を菊池氏ができて、結果、その部分がワイドショーの“使いどころ”になっていたものである。

 それが、できなかった。今回、菊池氏によるクリーンヒットは「(性欲が)強いんですか?」だけだったように思う。ま、そこがワイドショーでは漏れなく使われたワケだが…。本来、原田龍二の会見はもっと盛り上がることをワイドショー関係者や視聴者は期待していたとようなフシがあるので、なんだか、もったいなかった気がした。


◇芸能リポーターがいないと会見が盛り上がらず、その結果….


 その菊池氏とて、地方局のワイドショーのレギュラーを複数もっているため「行けなかった」という会見は少なくないという。

 現在、リポーターのギャラは「出演」で発生すると思われる。「取材」だけでは大したギャラは発生していないのではないか。ワイドショー花盛りで“年契”(年間契約)されていた時代とは異なり、いまは、ワイドショーのスタッフルームに芸能リポーターが詰めている光景、も皆無といっていい。

 キー局からギャラが出ないのなら、三顧の礼で迎えてくれる地方局に、たとえ“前乗り”だったとしても、“連泊”になったとしても、「行こう」という気持ちになるのは当たり前のことだ。

 いまでは、男性ディレクターで筆頭リポーターのような存在の人がいて、本当にいつも囲み取材にやってくるので、タレントとも顔なじみになっていて、それなりの“撮れ高”になってしまうケースも少なくない。

 だが、カメラを引いたときの“絵面(えづら)”はやはり地味。囲まれるタレントも、顔見知りのリポーターがいないと明らかにテンションが下がってしまい、全く盛り上がることなく、ワイドショーでの“使いどころ”も短くなる…という悪循環だ。

 芸能プロダクションによっては、何が何でも著名なリポーターを招集するところもある。それでも最近は曜日によって、“御用達リポーター”が揃わないこともあるのだ。ちなみに招集をかけられても、その事務所からギャラが出ることはないそうだ。

「地方での取材会に“あごあしまくら”+“ギャラ”が出たのも今は昔」とベテランリポーターは嘆く。ちなみに、いまはスポーツ紙の担当記者のほうが優遇されているそうだ。確実に紙面に反映されるからだろう。

 だが、キー局のワイドショーでは、確実にオンエアするという“お約束”ができない。『ひるおび!』(TBS系)のエンディングのように、スタッフロールにのせて、何本かのイベントのVTRをオンエアしている“ワザ”をみせる番組はあるが、タレントとリポーターとのやりとりはオンエアされない。流れているのはエンディングテーマで、イベントの音声は出ないからだ。

 だからリポーターは地方局に流れ、都内での大きな会見にさえ「都合がつかない」=サミしい絵面→ありきたりの展開→オンエア時間が短い…となる。

 菊池真由子氏以降、「芸能リポーター」を目指す若手が出てこないのもこんな理由からだ。「芸能リポーター」はどこへ行くのだろうか。

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cat_1_issue_oa-newspostseven oa-newspostseven_0_0a0d00dc3851_たけし付き人・ゾマホン「母国で選挙活動中に命を狙われた」 0a0d00dc3851 0

たけし付き人・ゾマホン「母国で選挙活動中に命を狙われた」

2019年6月11日 16:00 NEWSポストセブン

 今年で来日25年を迎えたゾマホン・ルフィン氏。ビートたけし氏の付き人にして元ベナン大使という異色の経歴を持つ。1990年代後半に『ここがヘンだよ日本人』でデビューし、日本のテレビ界を席巻した外国人タレントでもある。

 そんなゾマホン氏が、母国ベナンで日本の国会にあたる国民議会の選挙に出馬しようとしたところ、命が脅かされるほどの事態に直面したという。

 1990年以降、選挙による政権交代が繰り返され、アフリカ諸国のなかでも“民主主義が根付いている”と見られていたベナンで、一体何が起きているのか。命からがら日本に戻ったゾマホン氏に話を聞いた。

「4月28日はベナンの国民議会選挙の投票日でした。それまでの数か月、私は野党FCBEの候補者として出馬するため、ポスターやパンフレットを作り、自分の選挙区に加えてベナン各地を遊説して回りました。ところが投票日の3週間前になって、野党は政党としての資格を剥奪され、選挙に参加できなくなったのです。選挙に出たのはタロン大統領を支持する2つの政党の党員だけでした」

 日本でアルバイトをしながら上智大学大学院で学んだ1990年代当時から、「日本とベナンの架け橋になりたい」との志を持ち続けていたゾマホン氏。タレント活動を始めてからも、私費を投じ、募金を集めてベナン各地に小学校を設立したり、貧しい村々に井戸を作るなどの教育支援・人道支援を続けてきた。

 それらの功績が認められ、2002年にはベナン国民栄誉賞を受賞。2004年には大統領特別顧問に就任し、2012年には駐日ベナン大使に任命され2016年まで務めた。今や母国でゾマホン氏を知らぬ人はいないほど、国民的人気を集めている。そんなゾマホン氏の動向は、野党支持者だけでなく、与党支持者からも注視されていたという。

「野党FCBEを率いるヤイ・ボニ前大統領から国民議会選挙への出馬の打診があったのは昨年のこと。師匠であるビートたけしさんのOKをもらって決意を固めました。

 ベナンでは昨年11月頃から私が選挙に出馬するとの噂が立ち、国中に知られることに。今年1月29日に帰国するまで、私の携帯電話に知らない相手からも『いつ帰ってくるのか』『いまどこにいるのか』との電話がひっきりなしでした」


 ベナンで待ち受けていたのは、ゾマホン氏の支持者ばかりではなかった。帰国当日の深夜、事件は起きた。

「私の自宅は首都コトヌーから北へ車で数時間行ったところにあります。そこに向かう間も、知らない番号からの電話は続きました。私が自宅に着く前の深夜11時過ぎ、敷地内に怪しい人影が複数いることに近所の親戚が気付き、警察に通報しました。その後駆け付けた警察との間で、銃撃戦が起きたそうです。彼らは警察により、その場で射殺されました」

 ゾマホン氏の自宅にいた“銃を持った男たち”の素性や目的などは不明だが、ゾマホン氏がもしその場にいたら、命が危険に晒されたであろうことは容易に想像できる。

 そうした事件のほかにも、「政権交代」の引き金になりかねないゾマホン氏や野党候補者の出馬を、何としてもやめさせようとする“力”が働いていたようだ。

「野党を選挙から締め出す4月以前から、政権側は信じられないような立候補の条件を課していました。選挙に出馬するための供託金として、立候補者それぞれに2億4900万CFAフラン(日本円で4980万円)を払うよう求めたのです。こんな大金、ベナンで用意できる人は誰もいません(編注:ベナンの国民1人あたりの年間所得は約9万円)。それでも私は何とかそのお金をかき集めて立候補しました。

 全国で選挙活動をしている間も、政権側の嫌がらせは続きました。私がベナンに設立した『たけし日本語学校』周辺に自動小銃を持った30人以上の軍人が現われ、3月からの1か月間、24時間の監視体制が敷かれたほどでした」


 選挙から野党が排除された後は、ヤイ・ボニ前大統領と共に有権者に「選挙のボイコット」を呼び掛けたゾマホン氏。その間、地方の田舎の村々にまで軍が派遣された。これはベナンの国政選挙で初めてのことだという。

「投票日の数日前には、ベナンで一番大きい市場に出向き、現政権による選挙制度の改悪に反対する演説を始めました。大きな人だかりができたところで、見張っていた軍の部隊が我々を取り囲んだ群衆に向けて催涙弾攻撃を始めたのです。私とヤイ・ボニ前大統領らはボディガードと共に車に乗り込み、その場を離れざるを得ませんでした」

 ベナンの混乱は選挙後の現在も続いている。

「5月2日には選挙の無効を訴えるデモ隊に向けて軍が発砲し、11名の死者が出ました」

 身の危険を感じたゾマホン氏は5月11日にベナンを出国。翌12日に日本へ帰り着いた。

「ヤイ・ボニ前大統領は現在、政権により拘束されたままです。弁護士や医師の面会も許されていない。ベナンの民主主義は、タロン大統領の強権的な政治姿勢のために危機を迎えています。こうした現状に対し、日本の政府やマスコミには、ぜひ行動を起こしてほしいのです」

 長年、日本とベナンの友好のために尽力し続けたゾマホン氏の悲痛な叫びが、ベナン国内を変えるのはいつになるのだろうか。

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桐谷美玲&三浦翔平のリア充デートに「オーラ半端ない」

2019年6月11日 16:00 NEWSポストセブン

 夫婦になって初めてのバースデーデートを楽しむ様子をキャッチされたのは三浦翔平&桐谷美玲カップル。

 そのラブラブぶりを伝えたのが、NEWSポストセブンが6月6日に「桐谷美玲&三浦翔平 美しすぎる手つなぎバースデーデート」のタイトルで配信した記事だ。その日は、三浦の31才の誕生日だったという。

 桐谷は背中が大胆に開いたタイトな白いワンピース姿で、ジル・サンダーのバッグも白。色もデザインも目を引くデートスタイルで、アクセサリーも大ぶりのぶら下がりイヤリングをして目一杯おしゃれしていた。


 対し、三浦はゆったりしたパンツにスニーカー、白のTシャツに黒のジャケットを合わせたラフなスタイル。サングラスをしていたものの、寄り添って歩く桐谷としっかり手をつないで、ふたりとも自然体の笑顔を見せながら夜の街を堂々と歩いていた。


 都内の高級イタリアンレストランでの食事を楽しんだというふたりは、結婚1年を経ても夫婦というよりは恋人のようなラブラブオーラに溢れていた。


 あまりにも堂々としたデートに、ネット上では称賛の声が集まった。「なんやこのリア充。神さまは不公平すぎだろ。」と羨む声のほか、正統派の美男美女ぶりに、

「オーラが半端ない。写真でも伝わってくる。実際見かけたら3度見ぐらいしそうだよね。」

「ドラマのワンシーンみたいに素敵」

「イケメン&美女おしゃれだしスタイル良いし言うこと無し、オーラが一般人との差が大き過ぎる羨ましいね。」

「美男美女すぎ やっかみも出ないね」

「2とも完璧すぎてケチのつけようがない」

 桐谷の大胆なファッションについても、

「桐谷さんはすごくファッションも美人で、本当に美男美女」

「流石モデル。一般人じゃ着れないね!」

 といったコメントが溢れ、桐谷の“まだ恋人気分”といった心情が表れたイヤリングには、「個人的に私生活でもこのイヤリングなんて素敵!まだまだ新婚さんだな~幸せで何よりです。」との声が寄せられた。


 ふたりは、2016年7月のドラマ『好きな人がいること』(フジテレビ系)での共演を経て、2017年の春先から交際をスタート。同年末に交際が発覚した。結婚前は、外でのデートを避けてか、セキュリティーに優れた同じ高級マンション内の向いの部屋同士に住み、互いの部屋を行き来しながら愛を育んでいたという。


 芸能関係者が語る。

「結婚前は、ふたりとも人気女優&俳優だっただけに、同じマンション内でデートするのがやっと。それが結婚したことで、隠れずに外で堂々とデートできることがうれしくてたまらないのでしょう。結婚したとは言っても、ここまで堂々とデートする芸能人カップルは昔では考えられませんでした。今の時代ならではの新しいスタイルという感じがします」

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