映画『マトリックス』に登場する、あるばかばかしいシチュエーションに関して、世界トップクラスの科学者たちにその解説を求めたところ、驚くべき答えが返ってきました。
※本記事は、米国人編集者マット・ミラー氏による寄稿となります。
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私(筆者ミラー氏)が子どものころ、初めて映画『マトリックス』を観たときは、人間の体をバッテリーにしてしまうというアイデアに、「デタラメにもほどがある」と思ったものでした。
この映画でキアヌ・リーブスが演じているネオは、蜂の巣箱のようなオフィスで働きながら、現在の生活に違和感を感じていたわけですが、あるとき自分の存在がまったくの虚構であることを知らされます…。彼が現実だと思っていたものは、実は1990年代の地球をシミュレーションした仮想現実で、人間たちが不満を感じないよう、コンピューターによってつくり出されたものだったわけです(と、あらすじをご存知の方も多いと思いますが…)。
実際の世界はマシンに支配されており、人間は彼らのエネルギー源として培養されていたのでした。
ローレンス・フィッシュバーン演じるモーフィアスは、その事実をネオに告げたあと、さらにこう言います。
「人体は120ボルトのバッテリー以上の生体電気と、25000BTU(英式熱量単位)を超える体熱を発生する。これを核融合と結合させれば、必要なエネルギーがすべてまかなえると、コンピューターは考えたのだ」と…。
コンピューターとの戦いに敗れた人類は、その戦いの中で核兵器を使用し、地球の美しい青い空を消し去ります。そうすれば、太陽エネルギーに依存していたマシンを滅ぼすことができると考えたのですが、それは大きな間違いでした。
かくして生き残った人類は、地下に身を隠すことを余儀なくされます。そして地上の支配者となったマシンは、人間の肉体をバッテリーとして使いはじめたわけです。
さて、2019年の世界に生きている現在のわたしたちは、ロボットによるある種の支配を歓迎してはいるものの、人体を動力源にするという彼らの壮大な計画についてはやはり、「ひどい計画だ」と考えざるをえません。
核兵器による大量破壊が行われた後とは言え、もっとマシな天然資源が他になかったのでしょうか? 人体よりもっと効率的なものが…。
人間が生み出すエネルギーより、消費するエネルギーのほうが多いのでは? マシンの動力源にするために人間を生かしておくなんて、無駄もいいところです。ロボットに必要なエネルギー量は、人間が生み出すエネルギーどころではないはずですから…。
そこで、2019年は『マトリックス』の誕生20周年ということで、この映画のキーポイントともいえるこのアイディアについて、科学的に検証してみることにしました。
カリフォルニア大学バークレー校、カリフォルニア工科大学、マサチューセッツ工科大学、スタンフォード大学、コロンビア大学、さらにはボストン・ダイナミクス社で研究にあたっている世界トップクラスの科学者たちへ私筆者は、こんなばかばかしい質問メールを送ったのです。
「人間を動力源にして、ロボットを動かすことは可能だと思いますか?」と。「それは、そのロボットがどれだけの動力を必要としているかによります。例えば現在、われわれが歩きまわるときに生じるエネルギーを使って小さな機械を動かす研究が進められていますが、通常、これには圧電気(物質に外部から力またはひずみが加えると,それに比例した電気分極が起こって表面に電荷が現れる)が用いられます。骨、タンパク質、DNAといった有機物の内部に発生する電荷も圧電気ですが、有機物は人体を構成する物質であると言うこともできるので」と、ラメシュ教授は答えてくれました。
ラメシュ教授へ、人類を支配しているのは非常に巨大なロボットであることを返信してから、モーフィアスが『マトリックス』の設定を説明している場面のビデオを送りました。すると教授から、さらに次のような返信をいただきました。
「平均的な人間が1日に消費するエネルギーは、およそ2000キロカロリー(2000×1000×4.2ジュール)で、そのほんの一部分が熱として放出されます。もしも、それらの熱をすべて吸収して使用可能なエネルギーに転用することできるとしたら、きっと素晴らしいことになるでしょう。これは低位熱(非常に小さい温度差によって発生する熱)なので、そう簡単に転用することはできないのですが…」と。
この「もしも」は、まずありえない「もしも」であって、『マトリックス』の中では、人間バッテリーを収納したポッドひとつひとつが「生体電気とニューラル・プロセッシング・パワーを発生させ、それらを集めて核融合と結合させたものがマシンの動力として用いられる」と説明されています。
例えばこのようなことが、SFのテクノロジーでは理論的に可能だとしても、ロボットたちの計画は非常にばかばかしいものだと言わざるをえません。つまり、人間を使う必要なんてないわけです!ラメシュ教授に続いて返信メールをくれたのは、カリフォルニア工科大学で視覚科学の研究に携わり、スピッツァー宇宙望遠鏡をはじめとするNASAのプロジェクトにも多数参加しているロバート・ハート博士です。
彼は問題の装置について、「過去数十年のSF映画に出てきた中で、最悪のモノです」と語っています。
ハート博士の説明によれば、ロボットたちの計画はまったく無意味なもので、人間は高エネルギーの物質(食べ物や酸素)を大量に消費しますが、生産するエネルギーとして期待できるものは、基本的には「熱」しかありません。ところが、人間が消費する食べ物をただ燃やすだけでも、人間が生産する量とは比べものにならないほどの熱を得ることができるとのこと。
これには熱力学とエントロピー(熱力学における、方向性のある現象の度合いを数値化したもの)が関係していて、処理が効率的に行えないシステムでは、取り入れた量よりも少ないエネルギーしか生産できないのです。つまり理論上は、ある種のSF用語を駆使すれば、人間をマシンの動力として使える可能性は確かにある、というのが結論ではあります。
が、しかし、たとえ未来のロボットたちが、核融合だかなんだかを使って人間から必要なエネルギーを得ようと考えたとしても、やはりその計画は愚の骨頂と言わざるをえません。
しかし肝心なのは、想像力を駆使すれば不可能なことなんてないということ。これこそSFの醍醐味であって、人々はSFから刺激を受けて不可能なことに対して挑戦するわけです。
確かに20年前には、人間を動力にしたロボットなんて、「デタラメにもほどがある」と思えたかもしれません。ですが、現在はラメシュ教授のように、それを実現できる方法を研究している科学者たちが実際にいるわけです。
ロボットの黙示録なんかより、この事実のほうがよっぽどクールと言えませんか…。
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