cat_19_issue_oa-lionsnews oa-lionsnews_0_a63a9251b0b5_「岡田さんもいる」 森が登場曲変更に込めた想い a63a9251b0b5 a63a9251b0b5 「岡田さんもいる」 森が登場曲変更に込めた想い oa-lionsnews 0

「岡田さんもいる」 森が登場曲変更に込めた想い

2019年9月17日 17:00 西武ライオンズ

 9月12日の福岡ソフトバンクホークス戦。

 前日、福岡ソフトバンクホークスに勝利し首位に浮上したライオンズ。勝てばマジック「11」が点灯するという大事な一戦だった。

 1回裏、スタジアムDJのRisukeによる「3番キャッチャー森友哉」のアナウンス。観客は皆、森の登場曲に合わせて踊る“サメダンス”の準備をしていた。しかし、流れた登場曲に球場はどよめいた。

――負けないこと、投げ出さないこと、逃げ出さないこと、信じぬくこと
駄目になりそうなとき、それが一番大事


 そう、そこで流れたのは岡田雅利の登場曲だった。

サプライズで


「今日の第一打席、登場曲変更してください」

 試合前、メットライフドームで登場曲などを担当する放送室のスタッフは森からそう伝えられた。

 後日、その理由を森に尋ねると「岡田さんが見に来るっていうんで。サプライズで」と笑う。しかし、理由はそれだけではなかった。

切磋琢磨しあう二人

 森と岡田。2014年入団の同期であり、大阪桐蔭高校の先輩・後輩であり、良きライバル。

 しかし、岡田は8月4日のオリックス戦(京セラドーム)で左拇指を負傷。8月6日に登録を抹消された。

 ここまで切磋琢磨しあいながらやってきた“兄貴分”の離脱。8月度の月間MVPの会見でも「岡田さんがケガで抜けて、さらに頑張らないと、という意識が出た」と話すように、岡田の存在の大きさがわかる。

登場曲変更のもう一つの理由


 ライオンズは、8月12日に2位に浮上すると、そこから着実に白星を重ね、9月11日についに首位に浮上した。

 そこで話は登場曲変更の理由に戻る。

「かっこつけるわけではないですけど」

 先ほどのいたずらな笑顔から、少し照れたような笑顔に変わる。

「俺一人で戦ってここまでこれたわけじゃない。岡田さんもいるんだぞっていうのを伝えたかったっていうのもあります」と話した後、すぐにいつものおどけた表情で「岡田さんからは『泣きそうになるからやめろ』ってメッセージ来てました」とニヤリと笑った。

 その日は惜しくも2対3で敗れ、マジック点灯とはいかなかったが、9月15日、ついにマジック「9」が点灯した。

 岡田は登録を抹消された後、「左拇指MP関節尺側側副靭帯修復術」と以前から痛みのあった左膝の「関節鏡視下左膝半月板縫合術」を受け現在はリハビリ中。一緒のグラウンドにはいないが、二人はいつも一緒に戦っている。2連覇、そして悲願の日本一へ向けて。

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cat_19_issue_oa-lionsnews oa-lionsnews_0_a1e33f9c3c8c_ダゲキング、慎二さんと闘う…ポスターに込められた想い① a1e33f9c3c8c a1e33f9c3c8c ダゲキング、慎二さんと闘う…ポスターに込められた想い① oa-lionsnews 0

ダゲキング、慎二さんと闘う…ポスターに込められた想い①

2019年9月17日 17:00 西武ライオンズ

 2017年3月、ある1枚のポスターが完成した。

 今ではすっかりおなじみになっているが、今までと一味違ったこのポスターが初めて登場したとき、驚いたファンも少なくないだろう。

 2017年4月掲載の浅村栄斗(現楽天)のポスターから2019年9月掲載の金子侑司のポスターまで計20枚。このポスターの制作を担当するのがアートディレクターのSupernova株式会社の藤林久哉さんだ。

 この20枚のポスターに込められた想いとは。

ライオンズの選手を知ってもらう


 そもそもこのポスターが生まれたのは、球団からの「昔、ライオンズファンだったが、今はライオンズから離れてしまっている人や、ライオンズファンではない人が球場に来てもらうためのポスター」という依頼からだった。

 そこで藤林さんが思いついたのは、ライオンズの選手を知ってもらうこと。「読んだ人がこんな素敵な選手いるんだというのを分かってもらえれば球場に行く理由の一つになってもらえるんじゃないかと」。

 その思いが確信に変わったのは、球団の担当者との打合せだった。

「球団の担当の方と話していると、『球団の人って、選手のこと大好きじゃん』って感じたんです。もっと、ビジネスライクな付き合い方をしているのかと思ったら、『この選手はこういう人で』とかいっぱい出てくるんですよ。だったら、それを言っちゃいましょう、と。球団が大腕を振って、『僕たちスタッフもファンの方と同じくらい選手が好きなんだよ』という姿勢を見せることがいいブランディングにつながるのではないかと」

 さらに続ける。「だって、栗山さんの『たまたまライオンズの帽子をかぶった信号待ちの少年を見つけて、サインボールを渡しに行く』っていう話、めちゃくちゃ胸がときめくじゃないですか」と満面の笑みを浮かべた。

ダゲキングに秋山は…


 ポスターは、球団の担当者と打合せをした後、藤林さんがデザインし、選手に見せる。その選手との打合せの中でも様々なエピソードが生まれる。

 その一つとして秋山翔吾の「ダゲキング」について語ってくれた。

 覚えている人も多いだろう。2017シーズンの7月に掲出された秋山のポスター。そのキャッチコピーは「ダゲキング。」

「それを見せたときに、秋山選手から『“ダゲキング”って僕には似合わない。中村さんみたいなイメージ』って言われたんですよ」

 しかし、藤林さんは「“ダゲキング”は秋山選手しかいない」と確信していたという。

「ホームランだけが打撃ではない。ヒットも、出塁もすべて含めて打撃。“ダゲキング”に一番近しいのは秋山選手だと思う」と力強く話す。

 その1年後、秋山は再びこのポスターに登場するが、その際に秋山からこんな言葉をかけられたという。

「ダゲキングのタオルを掲げている人とか、もちろん周りからの反響はあった。でもそれ以上に自分の中であった。球団が“ダゲキング”というキャッチコピーで押してくれている。それなのに恥ずかしい成績は残せない」

 2017シーズン、秋山は自身初の首位打者のタイトルを獲得。藤林さんは「このポスターでそんなに思ってくれる人がいて、成績まで左右してしまう。すごいことをしている」と目を輝かせた。

シンガリ部隊に込められた想い


 2017シーズンから、今まで計20枚のポスターを制作した藤林さん。一番印象に残っているポスターは2017年8月に掲載された「Lの生命線 シンガリ部隊。」というキャッチコピーの増田達至、大石達也、武隈祥太、シュリッターら中継ぎ陣が登場しているポスターだ。

 2017年6月、森慎二投手コーチが亡くなった。中継ぎ陣の奮闘は、森コーチの尽力あってこそのもの、チームに多大なる貢献したコーチに球団として敬意を表したい。そのメッセージを入れてほしい、と担当者からの依頼があった。

 しかし、藤林さんは当初、その依頼に対し、首を縦に振らなかった。

「このポスターは今まで明るく、キャッチーな表現で作ってきた。その中に、そのようなメッセージを入れるのは難しい。『森さんが亡くなったから頑張る』というそんな簡単な表現でもない」

 藤林さんも森コーチへの球団のメッセージを入れたいという気持ちを反対したわけではない。ただ、今までのテイストと違いすぎて、うまく伝える自信がなかったという。

「縦読みとかどうですかね」と提案したのは球団の担当者。藤林さんもそこでピンときたと話す。「縦読みは難しいかもしれないが、隠し文字としてなら入れられるかもしれない。ポスターに2つの意図を込めればいいんだ。わかる人にはわかる、それでいいんだ」

できたポスターには、「しンジさんと闘う」(ポスターで使用している文字のまま)というメッセージが込められた。

「心が動いた1枚だった」藤林さんはそう振り返った。

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cat_19_issue_oa-lionsnews oa-lionsnews_0_d89c110f7b42_いざマレーシアへ!4,964通りの夢を乗せて d89c110f7b42 d89c110f7b42 いざマレーシアへ!4,964通りの夢を乗せて oa-lionsnews 0

いざマレーシアへ!4,964通りの夢を乗せて

2019年9月17日 17:00 西武ライオンズ

9月14日10時45分頃、「いってらっしゃ~い!」というお見送りの掛け声とともに、大型トラックがメットライフドームを出発した。

 大型トラックには、4,964点もの野球用具や運動靴、野球ボールが積まれている。

 西武ライオンズでは、「L-FRIENDS(エルフレンズ)」プロジェクトの一環として、「LIONS BASEBALL FOR THE WORLD 野球用具寄付プロジェクト」と銘打ち、今年7月30日から 9月1日までの期間、メットライフドームや県営大宮球場での試合開催日に、不要になった野球用具や運動靴をご来場のお客さまから寄付していただき、さらには、ライオンズの選手からもバッティンググローブやアンダーシャツ、スパイクなどの野球用具を回収した。

 この活動は2013年から行なっており、ファン・選手・球団が一体となって野球振興のために海外へ野球用具を寄付するプロジェクトだ。

 すべては海外の子どもたちに、野球を知ってもらうこと。そして野球に親しんでいただくため。

 今年の寄付先はマレーシア。2017年以来2回目の寄付となる。

 マレーシアでは、2004年に野球が国内42番目の公認競技として認定され、競技の普及・振興が支援されている。前回支援した2017年の用具寄贈をきっかけに新たに10校の小・中学校の教育でも野球が取り入れられた。

 一方で、国内で野球用具を入手する手段はなく、依然として用具が足りていない状況が続いている。

「野球用具がとにかく欲しい」とマレーシアからの強い要望があったのだ。

 広報部員が、木村選手のもとに駆け寄り、今回の寄付先を伝えると、「お!今回は、マレーシアなんですね!!」と興味津々。「少しでも野球競技の普及・発展に役立ちたいと思い、僕たち選手も用具を寄付させていただきました」と語る木村。自身もアンダーシャツや走塁用手袋などを寄付した。

「この活動をきっかけに、野球に興味を持ってもらい現地の子どもたちの笑顔が増えるとうれしいです」とニッコリ。

 続けて、「そうだ!これも寄付したいんですが、良いですか?」とバッティンググローブを2つ差し出した。

「捨ててしまうより、使ってくれる人がいるのはうれしいことですからね!」と優しくほほ笑んだのは30歳最後の日のことだった。

 今回、ご協力してくださった多くのお客さまや、選手の想いが無事にマレーシアに届きますように。

 そして、木村が語るように、現地の子どもたちの笑顔が少しでも増えますように。


 マレーシアからプロ野球選手が生まれる日も、近い将来叶うかもしれない。

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cat_19_issue_oa-lionsnews oa-lionsnews_0_58b400ec3af3_“快投乱麻のジョーカー。” 大車輪の活躍を見せる平井克典 58b400ec3af3 58b400ec3af3 “快投乱麻のジョーカー。” 大車輪の活躍を見せる平井克典 oa-lionsnews 0

“快投乱麻のジョーカー。” 大車輪の活躍を見せる平井克典

2019年9月17日 17:00 西武ライオンズ

 気が付けば、ひたむきに打者と対峙する背番号25がメットライフドームのマウンドにいる。

 9月16日現在でその登板数は「76」。実に約1.78試合に1度登板する計算になる。

 中継ぎ投手は、先発投手と違い毎試合、ブルペンで肩を作り、試合中はじっと戦況を見つめながら自らの出番を待つ。

 平井克典は、正念場に颯爽とマウンドに向かい、相手のチャンスの芽を摘んで見せる。

 まさに「快刀乱麻のジョーカー」なのだ。

 今年も大車輪の活躍を見せる平井。

 疲れがないと言えばうそになる。だからこそ、大事なのは「しっかり寝ること!」。遠征先のホテルでも自宅でも休めるときはしっかり休むことを意識している。

 試合中は常に緊張感の糸を切らすことができない。だからこそ、プライベートで重視するのは、「ぼっ~~とする時間をつくること」だ。

 開幕前に目指していた目標「64試合以上の登板(昨シーズン以上の登板)」は今年の平井にとって単なる「通過点」だった。

 今はチームの優勝のために腕を振る。

「とにかく内容にこだわりたいんです」。力強く話す平井が頼もしい。

 内容にこだわる一方で、1961年(昭和36年)に稲尾和久さんが記録したパ・リーグ記録の78試合登板も近づいてきた。

 大記録達成という箔をつけて、2年連続リーグ優勝の立役者になることを楽しみに、今日も平井克典の投球に注目してほしい。

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cat_19_issue_oa-lionsnews oa-lionsnews_0_c650cfa16a20_西武のサブマリン #124與座海人 c650cfa16a20 c650cfa16a20 西武のサブマリン #124與座海人 oa-lionsnews 0

西武のサブマリン #124與座海人

2019年9月17日 17:00 西武ライオンズ

 2018年10月末に右肘内側側副靭帯再建術の手術をし、育成契約となって再び支配下を目指す與座海人。

それから10ケ月が経ち、2019年9月12日、ファームでプロ初登板を果たした。

 結果は2回を投げて無失点。1つ三振を奪い、無安打無四球と安定感も光った。
「腕をしっかり振って打者に対してストライクを取ることができたし、まずは試合で投げられたことが今日の収穫です」と充実感を漂わせて初のマウンドを振り返った。

 現在、直球の最速が127キロだが、目標は137キロ。この数字は自身が尊敬する同じアンダースローで元埼玉西武ライオンズの牧田和久投手(パドレス傘下2Aアマリロ)の最速と同じだ。

「やっぱりストレートで押したいし、押せたら楽しいと思う」。

 納得のいく直球が投げらえるようになれば、新たな変化球にもチャレンジしていくつもりだ。


 フォームの探求にも熱心だ。

 つまずいた時は自身の大学時代の映像を見直したり、牧田投手の動画を見て、ヒントを得る。休日でも暇さえあれば、いいものを吸収しようと努力を怠らない。

 同郷で同期、そしてよく食事に行く間柄の平良海馬が一軍に定着し、試合では150㌔超を連発。一軍投手陣の中で欠かせないピースの1つとして奮闘を続けている。

 同じく同郷の國場翼も8月14日に一軍に昇格。ちょうど一か月後の9月14日には観戦にきていた家族の前でプロ初白星を挙げ、チームのサヨナラ勝ちに貢献した。

 それぞれタイプは対照的だが、そんな同郷の仲間たちの活躍を見て、與座も当然刺激を受けている。

 與座を近くで見守ってきて二軍巡回投手コーチの清川栄治は12日の登板を「(初登板は)緊張してもおかしくないが、堂々と投げていた」と評価。そして打者の手元で伸びていた直球にも頷いた。「投手はリズムが大事。その点、與座は良かったと思う」と今後のさらなる活躍に期待を寄せる。

 状態は入団してから「一番いい」と與座自身もいう。

 来年の春季キャンプでいいパフォーマンスを見せ、さらには支配下を再び勝ち取るべく、そのサブマリンから放たれる直球の軌道の如く上昇してみせる。

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cat_19_issue_oa-lionsnews oa-lionsnews_0_25bdcd3f62b7_大一番で好投 強心臓のルーキー松本航 25bdcd3f62b7 25bdcd3f62b7 大一番で好投 強心臓のルーキー松本航 oa-lionsnews 0

大一番で好投 強心臓のルーキー松本航

2019年9月17日 17:00 西武ライオンズ

 大一番で強心臓ぶりを見せた。

 13日の対ロッテ戦、ソフトバンクにM12の点灯を許した翌日、ルーキーの松本航は自己最長の7回を投げ切り8奪三振。5四球を与えたが、無失点の好投で再び首位ソフトバンクにゲーム差0に迫る立役者となった。

「いつもの登板と違う気持ち?いや、もう何も気にせずに投げました」。

 さすがの強心臓ぶりだね―。そう松本に話すと、いつものにっこりスマイルで応えてくれた。

 遡ること1週間前。こちらはいつもと気持ちが違う登板だった。

 9月5日、ほっともっとフィールド神戸でのオリックス戦。兵庫県朝来市出身の松本にとって初めての凱旋登板だった。

 そしてスタンドには母校の明石商業高の野球部員、総勢107人が応援に駆け付けていた。

「甲子園のグラウンドやスタンドでの後輩たちの姿をテレビで観ていて、とても刺激になりました」。

 甲子園でベスト4の好成績を残した後輩の前で、不甲斐ない投球をするわけはいかなかった。

「今度は自分が後輩たちに活躍しているところを観てほしい」と気合を入れ、終わってみれば、6回2失点、自己最多の9奪三振奪う堂々の投球で6勝目をマーク。

 後輩たちの声援が「力」となり、ヒーローに選ばれ、グラウンドから後輩たちに帽子をとってあいさつをした。


 ちなみに松本は、大学時代、母校の明石商業高等学校に体育科の先生として教育実習に3週間行っていた。

 スタンドに駆け付けてくれたのは野球部の後輩であり、「生徒」。

「彼らは野球部の後輩ではありますが、先生と生徒という感覚もありますね」チームは優勝争いの真っただ中。頼もしい「松本先生」はこの先もルーキーらしからぬ投球で、母校の後輩たち、そしてライオンズファンに「勝つ楽しさ」を教えてくれるはずだ。

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cat_19_issue_oa-lionsnews oa-lionsnews_0_6cb6be591c80_【広報部員コラム】チームの勝利に欠かせない男「フィールドのプロフェッショナル」たち 6cb6be591c80 6cb6be591c80 【広報部員コラム】チームの勝利に欠かせない男「フィールドのプロフェッショナル」たち oa-lionsnews 0

【広報部員コラム】チームの勝利に欠かせない男「フィールドのプロフェッショナル」たち

2019年9月17日 15:00 西武ライオンズ

 プロ野球選手がフィールド上で活躍し輝くために、何百人ものスタッフが球場を支えている。

 お客さまが安全に試合を観戦できる環境をつくる警備スタッフ、飲食物やグッズを販売するスタッフ、大きな声で呼びかけ、階段を何度も上り下りしながらビールを販売する売り子など…。

 挙げたらキリがないほど球場を支えるスタッフの仕事は多岐に渡る。そんな中、普段スポットライトをなかなか浴びることのない人たちの活躍を知ってほしいと思い、筆を執ることにした。

 ナイトゲームが行なわれる日の試合開始5時間前。照明もついていない、選手の姿もない静かなメットライフドーム。

 そこに彼らの姿があった。彼らとは―。

 野球観戦をしたことがある人は、目にしたことがあるだろう。選手がプレーするグラウンドを丁寧に整備する職人「グラウンドキーパー」たちだ。

 ライオンズでは以前からグラウンドキーパーの業務を委託してきたが、今シーズンから選手と球団のパイプ役となってさらに良い環境をつくり上げていきたいという想いから新たなポストを用意した。

 その名も、「グラウンドメンテナンス担当」。

 グラウンドキーパーたちは、より選手がプレーしやすい環境を整えるために適切な指示をお互いに出し、自らもその環境づくりに徹しているのだ。

裏方として野球に携わりたい

 “初代”グラウンドメンテナンス担当を務める新井 悠司は、高校まで球児。ポジションは投手だった。高校時代の怪我をきっかけに裏方の道へ進むことを決意し、進学した拓殖大学では硬式野球部のマネージャーを、大学卒業後は独立リーグの群馬ダイヤモンドペガサスでもマネージャーを務めた。そののち、群馬県前橋市にある上毛新聞敷島球場でグラウンドキーパーを約6年務めた。

 上毛新聞敷島球場では、埼玉西武ライオンズが直近の4年間、年に一度、一軍の公式戦を行なっている。

「プロ野球選手にとって、地方球場での開催は年に数回程度。プレーし慣れていない地方球場での試合は、本来の実力を発揮しにくい。土を何度も踏んで確かめ、ボールの転がり方を入念に確認する姿を見て驚かされました。さすがプロ野球選手だなって。だからこそプレーしづらいと思われないように、少しでも本拠地に近い形でベストプレーができる環境、そしてケガをしない環境を整えたい。その一心でグラウンド整備をしていましたね」と熱いまなざしで当時を振り返る。

“夢のような話” 契約を結ぶまで信じられなかった!

 2018年8月に西武ライオンズから「グラウンドキーパーの担当をやらないか」。

 思いがけないヘッドハンティングだった。

 新井に声をかけた球団関係者は、「群馬での試合での彼の仕事ぶりや、高い技術。そして会話を重ねていくうちに彼の人間性を知り、野球に対する情熱を持っている彼ならライオンズの戦力になるだろう」と確信していたと言うのだ。

「プロ野球は野球界のトップレベル。その高いレベルの中でのグラウンド管理に非常に興味があったので、迷うことなくチャレンジしようと決意した」と語る。一方で、「夢のような話に驚いた」というのも本音だった。

「本当にグラウンドメンテナンス担当としてライオンズに貢献することはできるのだろうか?」という不安を持ちながら、「契約を結んだ日まで、落ち着かなかったですね」と笑いながら当時を回想する。

 夢だったプロ野球の世界。常にいつも通りのプレーができるように、そして違和感なく常に同じ状態を保てるように。普段そんな想いを込めてグラウンドを整備している。

守備範囲は”広く、深く”

 監督やコーチ、選手とは普段から会話をするなどよくコミュニケーションをとるようにしているという。

 グラウンドを整えるうえで、マウンドの硬さや土の柔らかさなど要望があれば、出来る限り応えるようにしている。育成選手を含め一・二軍あわせて70名を超える選手が気持ちよくプレーできるグラウンドに整備しあげるのは、決して簡単なことではない。だが、「極力、全員の要望に応えられるよう努力したい」と力強く話す。

 また、新井が担当するのはメットライフドームだけではない。西武第二球場や、今年7月に新設したライオンズ トレーニングセンター(室内練習場)も“守備範囲”だ。

 トレーニングセンターは、12球団最大級の大きさを誇り、内野がすっぽりと入る広さ。メットライフドームと同様の環境を整えて、ひとりでも多くの選手が一軍で活躍できるようにとの思いが込められただけに、人工芝やアンツーカ、土までもがメットライフドームと同仕様となっている。その土は他のグラウンドキーパーとともに一から作りあげたという。

 メットライフドームで一軍の試合、西武第二球場でファームの試合が開催される日は、特に多忙を極める。時間によってドームと第二球場を行き来し、選手たちがベストな状態でプレーができる環境を整えるために汗を流す。

 彼らの執念とチームに対しての熱い想いに胸を打たれた。彼らの仕事なくして、選手のベストプレーは生まれない、そう感じる取材だった。

勝ちたい気持ちは一緒

「大好きな野球。しかも、野球界のトップレベルのプロ野球に携われているうえに、毎日いろいろな発見をしながら仕事ができているので楽しいです」と誇らしげだ。

「そして何よりも、私が整備したグラウンドで選手がベストプレーをし、チームが勝利をして、スタンドから声援を送ってくださるファンの皆さまが喜ぶ姿を見ることが何よりもうれしいです」と優しい表情で語る。

 気持ちは選手とファンと一緒だ。「チームが優勝できるように」チームの勝利を信じ、ファンと共に喜びを分かち合えるように、新井は今日もグラウンドに対峙する。

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cat_19_issue_oa-lionsnews oa-lionsnews_0_07f79dcd2acd_仮面女子・猪狩ともかさんも参戦!車椅子ソフトボールの普及を目指して 07f79dcd2acd 07f79dcd2acd 仮面女子・猪狩ともかさんも参戦!車椅子ソフトボールの普及を目指して oa-lionsnews 0

仮面女子・猪狩ともかさんも参戦!車椅子ソフトボールの普及を目指して

2019年9月10日 17:00 西武ライオンズ

「打ったのはストレートです。打ててよかったです!」と笑顔で話すのは、仮面女子の猪狩ともかさん。

 9月7日、8日に埼玉・大宮第二公園で開催された「第5回ライオンズカップ車椅子ソフトボール大会」に埼玉西武ライオンズ公認の車椅子ソフトボールチーム『埼玉A.S.ライオンズ』の一員として参戦。2打席目にヒットをマークし、笑顔で話した。

車椅子ソフトボールとは


 西武ライオンズでは、コミュニティプロジェクト「L-FRIENDS」の一環として、2013年に日本車椅子ソフトボール協会のスペシャルサポーターに就任して以来、 同じ野球型スポーツである「車椅子ソフトボール」を支援。2015 年より、さらなる野球競技の振興、車椅子ソフトボールの競技発展、普及活動、周知を目的とした「ライオンズカップ車椅子ソフトボール大会」を主催している。

西武ライオンズが取り組む「L-FRIENDS」とは?

 車椅子ソフトボールは、10人制の車椅子競技。ボールは通常のボールより大きな16インチのソフトボールを使い、グローブは使わずに守備を行う。

 発祥地はアメリカで、現在は日本を中心に、世界への普及拡大に努め、将来的にはパラリンピック正式種目への採用を目指している。アメリカでは、約40年前から全米選手権が行われており、ボストンレッドソックスやシカゴカブスなどのメジャーリーグチームのサポートを受けて運営しているチームも多い。

 日本では「車椅子に乗りながら専用のソフトボールを用いて行う新しい球技」がコンセプトの車椅子競技スポーツとして、2008年に北海道江別市にある北翔大学の教授が考案。健常者スポーツにおいて圧倒的な競技人口を持つ野球・ソフトボールを、障がいを持つ方がプレーできる形にすることで、障がい者スポーツの裾野を広げるとともに、障がい者と健常者、男性、女性、年齢においても分け隔てなく誰もが一緒に同じフィールドで楽しむことのできるスポーツとして、普及・発展を目指している。

2028年のパラリンピックで正式種目化を目指す


 2020年東京オリンピックで、2008年北京五輪以来の正式種目に復帰した野球・ソフトボール。メダル争いにも注目が集まる。

 そんな中、同じ野球型スポーツである車椅子ソフトボールの競技者数やチーム数は年々増加しており、「第5回ライオンズカップ車椅子ソフトボール大会」では、過去最多の10チームが集まった。

 目指すは9年後、2028年のロサンゼルス大会。これからもライオンズは様々な形で車椅子ソフトボールを支援していく。

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ありがとう旧若獅子寮

2019年9月10日 17:00 西武ライオンズ

 9月2日、数多くの選手を輩出した西武ライオンズの選手寮「旧若獅子寮 」に別れの時がきた。

「作業開始」をいう合図とともに、ゆっくりとクレーンが建物に近づく。「ガラガラ、バリバリ…」多数の報道陣や関係者に囲まれながら、本格的な解体作業が始まった。

「短い期間ではありましたが、思い出がいっぱいですね。僕が住んでいた部屋は、森さんや光成さんも使っていたので、そんな部屋で生活できたのは本当に光栄でした」と話すのは今井達也。2017年1月6日、金色の大きなダルマを抱き、詰襟姿で入寮してから約2年半、この寮で過ごした。

旧若獅子寮跡地にはサブグラウンドとブルペンが新設


 2017年11月、西武ライオンズは「メットライフドームエリアの改修計画」を発表。今年6月には新室内練習場「ライオンズ トレーニングセンター」や新「若獅子寮」、大型グッズショップ「ライオンズ チームストア フラッグス」などが完成した。

 若手選手は7月半ばに新「若獅子寮」に移り、生活を始めている。

 旧若獅子寮跡地にはサブグラウンドとブルペンが2020年夏頃に稼働する。サブグラウンドは内野ノックができるほどの広さを備えており、ブルペンは屋根付きで、4~5レーン設ける予定。

 これにより、西武第二球場とサブグラウンドにて投手と野手が同時に練習することが可能になり、練習環境が大幅に拡大する。

惜しまれつつも、新時代へ


「緊張しながら入寮したことや、若獅子寮で生活をしていた当時のことがつい最近のことのようによみがえります」と振り返るのは17年前の2002年に入寮した栗山巧。

「約4年間お世話になったあの寮が解体されるんですね…」と2015年に入寮した高橋光成も寂し気な表情を見せるも、「跡地には、サブグラウンドとブルペンが出来るとのことですので、これまで以上に練習に励み、来年以降もたくさん 勝てるようにがんばります!」と意気込む。

 約40年間、若獅子たちを見守ってきた“若獅子寮 ”。惜しまれつつも、たくさんの感謝とともに、2020年、新たな幕を開ける。

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9月の顔 “神速王子”のキラースマイルに悶絶

2019年9月10日 17:00 西武ライオンズ

 西武ライオンズが2017 シーズンからシリーズで展開している選手日程ポスター。2019シーズンの第6弾は、パ・リーグで盗塁数トップに立つ金子侑司が登場している。

 このポスターが掲出される前には、PRのための写真を撮影することが恒例となっているのだが…。

 “9月の顔”となった金子侑の撮影をのぞいてみた。

 広報部員に「満面の笑みでお願いします」と促される金子侑。少し照れながらもさすがは“神速の王子様(プリンスオブスピードスター)。”、素敵な笑顔でパシャリ。

 しかし、撮れた写真をチェックしてみると…

「うーん…」浮かない表情。

 Take2はポーズを決めて、パシャリ。これは本人も納得の最上級の“キラースマイル”。「ネコ」ファンが悶絶すること間違いなし!

そしてその写真がコチラ!

 メットライフドームをはじめ、西武鉄道各駅、全国のプリンスホテル、西武グループ各施設、所沢市内の商店街などに約5,000枚が掲出されている。ぜひ、探してみては。

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