抜群にコントロールされたサイドチェンジのパスは、美しい放物線を描きつつ、局面をガラリと変えた。
フリーとなった東俊希の足下にピタリとおさまった時、大分の守備は既に崩壊状態。中に流したボールをエゼキエウが押しこむのも必然。VARの判定を経て、広島は同点に追いついた。大分戦(8月28日)27分の出来事だ。
これほどのパスは、きっと青山敏弘が出したはず。そう思って映像を見返した。だが、パッサーは6番ではなく26番。20歳のレフティ・ボランチ、土肥航大だった。
今年の土肥は、ケガに苦しんだ。3月3日、ルヴァンカップ対清水戦で左足を負傷し、全体練習に復帰したのは5月3日。しかし調子はあがらず、時には紅白戦のメンバーからも外れた。
そんな苦境でも彼は、決して下を向かない。
「ケガで試合から遠ざかっていても、試合に出るコンディションでないとわかっていても、気持ちだけは試合に向けていこうと思っていました。今日は無理でも、明日は違うと信じて」(5月3日の練習後)
持ち前の左足もキレが戻らず、運動量もあがってこない。でも、土肥は自分を信じて練習を続けた。夏を迎え、ケガをした左足の痛みがようやく気にならなくなったことにより、練習量が増えた。ボールを蹴る度に、走る度に、状態は向上。その変化を城福浩監督は認め、大分戦での先発抜擢を決めた。
8月27日、大分戦前日。土肥は笑顔で質問に答えた。
「守備はベースだけど、自分は攻撃の選手。バックパスよりも前、です」
大分戦前日、翌日の先発の可能性がでてきた土肥は、グラウンド上のミーティングで城福監督の言葉にしっかりと耳を傾けた
その大分戦で局面を一気に変えるパスを出して自身の才能を証明した土肥に、試合後の青山が「すごいよ、航大。俺のあとは頼むよ」と声をかけた。「まだまだでしょ」と若者は照れた。
そう。青山が後継を気にするのも、土肥がその座を勝ち取るのも、まだ早い。だが少なくとも、土肥航大が青山敏弘のようになれる可能性を示したことは、間違いない。
土肥航大(どひ・こうだい)
2001年4月13日生まれ。大阪府出身。広島ユース3年生時の2019年5月22日、ACL対メルボルン・ビクトリー戦で公式戦デビュー。ルーキーイヤーの昨年はリーグ戦で13試合出場。左足の多彩なキックで攻撃をつくり、ドリブルで前線の守備を破壊する力も持つ。また昨年は90分で13キロを走り抜く(9月23日・大分戦)など、運動量も特徴だ。明るく素直な性格で多くの人に愛される。無口でシャイなレジェンド・青山敏弘とも遠征先で一緒にコンビニに行く仲だ。
【中野和也の「熱闘サンフレッチェ日誌」】