東京五輪でボクシング日本代表が絶好調だ。
28日に行われた女子フェザー級準々決勝で入江聖奈が、マリアクラウディア・ネキツァ(ルーマニア)に3-2の判定で勝利して、女子日本史上初となるメダル獲得を決めた。30日時点で3名の選手が残っており、過去の五輪を大きく超える結果が期待できそうだ。
躍進のきっかけとなった人物とは
2012年のロンドン五輪では男子ミドル級で村田諒太が金メダル、男子バンタム級で清水聡が銅メダルに輝き、日本として初めての複数メダルを獲得した。
しかし、前回のリオ大会では、男子2名が出場したが成松大介は2回戦敗退、森坂嵐は初戦敗退と低迷していた。
今回の飛躍については、ある人物の影響が大きい。
アマチュアボクシング大国のウズベキスタンでヘッドコーチをしていたウラジミール・シン氏だ。
プロボクシングのないロシアを中心とした「旧ソ連」の国々やキューバなどが国力を尽くして五輪のメダル獲得に懸けているため、強豪として名を馳せる。中でも前回大会では、ウズベキスタンが活躍した。ボクシング競技で最多となる金メダル3個を含む合計7個を獲得している。
そのウズベキスタンでコーチをしていたシン氏を、2018年から東京五輪に向けての日本代表のコーチとして招へいしたのだ。
20年前とは真逆の指導方法
20年2月、日本代表の合宿を取材した際、驚いたのはその練習方法だ。
筆者も学生時代だった2002年、アマチュア全日本チームの一員だった。
その時は質より量を重視する練習で、精神論に重きが置かれ、時間も長く非常にハードだった思い出がある。
シン氏の指導は真逆。ウォーミングアップを含め、練習時間は1時間。コンディションに考慮し、質を高める練習方法だった。
「練習をやりすぎていると止められます。最初は抵抗があったけど、やってみると良いなと思いました。全体の雰囲気も明るくなった」と前回大会にも出場したライト級・成松大介は語る。
以前は1ヶ月ほどの合宿期間も、五輪に合わせて2週間で設定しており、選手に必要以上に練習をさせない。常に本番を想定するようなメニューになっている。
追い込み型で限界を超えるトレーニングから、体の使い方や繊細な調整など、これまでにない指導に変更し、選手もレベルアップしてきた。
また、選手たちは真剣さの中にも笑顔があり、良い雰囲気の中で練習をしていたのも印象的だった。
トップクラスの指導者のおかげで、選手の意識も大きく変わったようだ。インタビューした選手達全員が、五輪での金メダル獲得を口にしていた。
我々の時代は、内山高志氏や五十嵐俊幸氏、八重樫東氏など後に世界王者になる選手が何名もいたが、アマチュアでは世界で勝てる明確なイメージを持てず、五輪などでの入賞は果たせなかった。
だがシン氏のおかげで、「勝つために何をすればいいか」が明確になり、各選手がメダル獲得を現実的な目標として見据えるようになった。強豪国に負けない技術とマインドを植え付けられた証拠だろう。
メダル獲得を真っ先に決めた入江選手も「初めてのオリンピックに上がれるので、楽しんでいきたい。出るだけでは意味がないので金メダルを取りたい」と強い意思表示があった。
まだまだ続く日本代表チームのメダルラッシュに期待したい。
ウラジミール・シン
現在のロシア、チェチェン共和国出身、66歳、1982年世界選手権銅メダル獲得。30歳で引退後、ウズベキスタンの専務理事兼強化委員長となり、ウズベキスタンのボクシングを確立。リオ五輪では金3個を含む7個のメダル獲得に貢献。現在は東京五輪の日本代表選手への指導を行う。
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