「私は、どんなことがあっても、今、進学に困っている遺児たちを、諦めさせるようなことなく頑張っていく。ちゃんと(学校に)行かせる自信があるので、安心して勉強なり、お母さんの手伝いなり、やってください。私は長年の経験で、必ず君たちを守るから」
4月17日午後、「あしなが育英会」の玉井義臣(よしおみ)会長(85)は、全国の奨学生にそう呼びかけた。遺児一人一人に語りかける玉井さんの声は温かく、頼もしかった。
その前日、あしなが育英会は、新型コロナウイルスの感染拡大による生活困窮を見越して、全国6千500人の奨学生に一律15万円、総額10億円の緊急支援を直ちに行うと決めていた。緊急事態宣言発令からわずか10日後のことである。
「待ったなし。窮状にあえいでいる学生を、返還不要の増額で応援したい。お金の問題はスピードがすべてだと思うております」
実際、4月28日には、在学中の学生5千人に15万円が支給され、4月に入学した新1年生には、入金口座の登録が済み次第、即座に支給されている。国が決めた特別定額給付金10万円より、はるかに迅速な対応だった。
あしなが育英会は、災害や病死、自死(自殺)などで親を亡くした子どもたちや、親が重度障害で働けない家庭の子どもたちを、物心両面で支える民間の非営利団体だ。現在はウガンダをはじめ、アフリカ諸国の遺児支援も行っている。
補助金や助成金を受けず、あしながさん(支援者)の寄付と街頭募金で運営されるあしなが運動。しかし、コロナ禍を受け、資金集めの主力である街頭募金は、玉井さんの半世紀の活動のなかで初めて中止になっている。このままでは、40億円の財源不足が見込まれるが、玉井さんは、安定貸与のための積立金60億円を取り崩してまで、緊急支援を断行した。
「スピードが信条ですから」
7月、会長室を訪ねた記者を迎えた玉井さんはそうほほ笑んだ。御年85歳。つえこそついているもののかくしゃくとしていて、にこやかだ。
あしなが本部には、支援金を受け取った子どもや母親から感謝のメッセージが続々と届いていた。
《これで○○に食べさせてあげられる。もう少し生きていけるかもしれないと思うことができた。もう少し頑張ります》(匿名・母)
《仕事も制限され、収入が減り、消費者金融に借りようか悩んでいた矢先、あしながさんからの支援金で、涙しました》(静岡県)
《あしながさんからの給付金があるとニュースで見たときは本当にありがたく、玉井会長の言葉に涙が止まりませんでした》(福岡県)
感謝の言葉の間から、切羽詰まった母親たちの現状がこぼれ落ちてくる。玉井さんが何よりスピードを重視した理由が、ひしひしと伝わってきた。新型コロナという未曽有の感染症に直面したとき、玉井さんが最初に行ったのは、遺児家庭の母親たちへのWebアンケートだ。
《収入が減って、食べ盛りの子たちなので、お金がない。路上生活するしかありません》(福島県)
《熱が38度まで出たとき、『私がコロナで隔離されて死んだら、娘は……』と、生きた心地がしませんでした》(千葉県)
《子どもたちにも家計を助けてもらっていますが、バイトを休むように学校から指示があり、2人で10万円弱のバイト代が入りません》(神奈川県)
胸をえぐられるような悲痛な叫びを聞いて、玉井さんは、緊急支援を即断したのだ。一律15万円は学費以外に使える生活費。返還は不要。この緊急支援で、あしながの資産状況は火の車のはずだが、玉井さんは、ゆったりと構えていた。
「思い切った決断をした後は、いつも一瞬、危なくなる(苦笑)。でも、それも一瞬でね。必ずなんとかなるんです。不思議と助けてくれる人たちが出てくるんですよ」
こうして、あしながの支援の輪は今、世界に広がっている――。
「女性自身」2020年9月22日号 掲載