(写真:アフロ)
演技後の、その表情には悔しさがにじみ出ていた――。3月27日、コロナ禍で2年ぶりの開催となった世界フィギュアスケート選手権で、優勝を逃し3位となった羽生結弦(26)。
ショートプログラム(以下SP)首位でフリーに挑むも、ジャンプのミスが続いて総合289.18点止まり。会心の演技を見せて追い上げた宿敵ネイサン・チェン(21)、さらには鍵山優真(17)にも敗れる結果となってしまった。
「ネイサンとは今回が9度目の対決でした。これまでの対戦成績は4勝4敗。直近では2連敗していました。3連敗目を喫したことで、羽生選手はすでに次の対決に闘志を燃やしているのでは」(スポーツ紙記者)
ただ、優勝こそ逃したものの、スポーツライターの折山淑美さんは、今回の演技をこう評価する。
「SPの状態を見たときは、かなりいい感じできたなと思いましたね。自分のやるべきことができているなとは思いました」
フィギュアスケート評論家の佐野稔さんも、健闘をたたえる。
「年末の全日本選手権で最高のパフォーマンスをしたので、“そこから落ち込んでしまうのではないか”というのが危惧されましたが、SPではさらに上の状態に持っていきましたからね。今回、羽生選手のメンタルの強さを改めて実感しました」
全日本選手権での華々しい優勝から3カ月後に開かれた、今回の世界選手権。実は、羽生がここに至るまでのおよそ90日間は、苦しみ続けた日々だったという――。
「全日本直後の会見で、コロナ禍で練習拠点のカナダに渡れず、コーチ不在の状態で一人で練習をしてきた日々のつらさを、“どん底まで落ちた”という表現で語っていましたが、全日本優勝後にも、そんな時期が再びあったようなのです」(前出・スポーツ紙記者)
世界選手権中にあった会見で、本人がそのつらさを、次のように話している。
《全日本の前並みにへこんだこともあったり、また調子の波がふわーって崩れていったりとか、自分が“目標としていたもの”に届かなかったりもしていたので、結構つらい気持ちもありました》
■2月の地震で自宅の物がぐちゃぐちゃに
世界選手権に向けて羽生が“目標としていたもの”、結果としてうまくいかず“苦悩のタネ”となったものとは何だったのか。
「まだ誰も成功したことのない、4回転半ジャンプ(4回転アクセル)への挑戦です。かねて羽生選手は、4回転半に“競技人生の最終目標”とまで語るほどの思い入れがある。“どうしても試合で降りたいんだ”と話す一方で、昨年末の全日本選手権後の会見では“まだ練習でも一度も成功していない”と明らかにしました。
全日本を終えた羽生選手は“3カ月後の世界選手権で4回転半を跳ぶ”と新たに目標を設定。そして、年が明けてから、4回転半の練習に焦点を絞って取り組み始めたのです」(フィギュア関係者)
しかし、“前人未到”のジャンプはやはり簡単ではないのだ。
「どうやって回転数を増やすのか、どうやって滞空時間を延ばすのか、器械体操などほかのスポーツのトレーニング理論なども取り入れて、試行錯誤する日々が続いたといいます」(前出・フィギュア関係者)
それでも世界選手権で披露できるめどが立たず、焦る羽生に追い打ちをかけるように心を乱すできごとが――。
「羽生選手はコロナ禍で生まれ故郷である仙台で生活していますが、2月13日深夜に宮城県と福島県を中心に強い地震が発生したのです。一部では震度6強を観測し、停電や地割れも起こりました。羽生選手の自宅も、物がぐちゃぐちゃになってしまったそうです」(前出・スポーツ紙記者)
10年前の東日本大震災を体験しているだけに、精神的なショックも受けたようだ。そんななかでも練習を続けてきたが、いよいよ世界選手権が目前に迫ったとき、羽生自ら下した選択は、4回転半の“封印”だった。
■3日前まで悩んだ“跳ぶか、跳ばないか”
《自分としては4回転半をこの試合に入れたかったっていうのが本当の気持ちで、かなりギリギリまで粘って練習していたんですけど、最終的に入れることはできなかったので、ちょっと残念だったなと》
この“ギリギリ”とは――。
「4回転半を跳ばない決断をしたのは“(日本)出発の3日前くらい”だそうです。ある意味では、それだけ“成功に近づいている”という実感があったということでしょう。また、そこまでギリギリまで迷ったということは、“優勝を逃してもいいから、失敗覚悟で試合で挑戦してみようか”という考えもあったのだと思います」(前出・フィギュア関係者)
それでも跳ばない判断をした理由は2つ考えられるという。
「ひとつは、今回の世界選手権に来年開催予定の北京五輪の国別出場枠数がかかっているということ。羽生選手の成績次第で、日本人男子選手の枠が2枠になるか、3枠になるかが決まる。それだけに自分のわがままは通せないと思ったのでしょう。
そして、もうひとつ。コロナ禍で落ち込む世界の人々を新プログラムで勇気づけたい、そのためにはノーミスでいい演技ができるほうがいいとも考えたようです。後輩のため、テレビやインターネットを通じて観戦する世界の人々のため。自分よりも他人を優先した、ある意味で“大人の判断”をした、ということだと思います」(前出・フィギュア関係者)
ただ、“苦悩の90日間”は決して無駄ではなかった。
「4回転半の練習を続けたことで筋力もアップし、4回転半以外のほかのジャンプも以前より楽に跳べるようになったそうです」(前出・スポーツ紙記者)
■一人で過ごした時間が“羽生結弦”を向上させた
世界選手権という大きな試合を終えて、つらかった今シーズンもいよいよ終わりに――。
当面の羽生のスケジュールの可能性について、前出のスポーツライター・折山さんいわく、
「通常のシーズンですと、国別対抗戦の後、練習を継続しながら多少のオフをはさんで、アイスショーなどがあったりします。今年はコロナとの兼ね合いもありますが、イベントなども増えてくる可能性はあると思います」
そうして次のシーズンのための練習へと切り替えていくわけだが、羽生の目標はもちろん“来期こそ4回転半”だろう。4回転半完成のために、羽生が分析しているものがある、と別のフィギュア関係者が教えてくれた。
「羽生さんは、ロシアの若手女子選手たちのジャンプに注目しています。彼女たちはパワーがあるわけでもないのに、軽々と4回転を跳ぶ選手が多い。その共通点を分析することで、自分の4回転半につなげようとしているようです」
引き続き、一人で練習するのかというのも気になるところ。前出の佐野さんはこう読む。
「すべてはコロナの状況次第ですから、春以降も去年と似たような状況になる可能性はじゅうぶんにありえますよね。でもここまで、孤立して、ある意味では自分の“好き勝手”にやってきたことで、いい結果が出ました。一人で過ごした時間が、羽生結弦というアスリートの全体的な質を向上させたように思います。少なくとも羽生選手は“こういう状況でもできる”ということを証明したので、今後も恐れることはないと思います」
羽生本人もこんな言葉を――。
《僕にとって今回、コーチがいない状況での練習がすごく続いたので、それもまた僕とスケートのつながりをより強くしたと思います》
孤独のなか苦悩した一方で、孤独も力に――。そのなかで磨かれてきた、前人未到の4回転半を北京五輪で成功させる羽生選手の姿をファンは待っている――。
「女性自身」2021年4月13日号 掲載