cat_1_issue_oa-jisin oa-jisin_0_f6b47a2a5e43_ジェジュン「日本で一番面白い人は明石家さんまさん」 f6b47a2a5e43 f6b47a2a5e43 ジェジュン「日本で一番面白い人は明石家さんまさん」 oa-jisin 0

ジェジュン「日本で一番面白い人は明石家さんまさん」

2019年4月7日 06:00 女性自身

「いろんな人に出会い、いろんな経験をして、削れて、磨かれて、どんどん完成度が高くなっていく。ダイアモンドと愛って、同じなんじゃないかな」

こう語るのは、4月10日に日本初のソロアルバム『Flawless Love』をリリースするジェジュン(33)。アルバムでは、ドキドキする愛、ボロボロになる愛……、さまざまな形の愛を歌う。そんな彼に、アルバムのこと、日本での生活についてなどを聞いた。

――アルバムのこと。

「全曲日本語収録のファーストアルバム『Flawless Love』では、さまざまな形の愛を歌っています。ジャンルも声の出し方もいろいろ新しいことに挑戦し、久しぶりにダンスも踊ります。みなさんの『踊っているところを見たい』という要望に応えて、『やってあげるぞ!』と(笑)。リード曲『Sweetest Love』や『DADADANCIN'』はライブで盛り上がれるナンバーだと思います」(ジェジュン・以下同)

――日本での生活について。
 
「日本での生活にやっと慣れてきたかなあと思います。昨年は『海外にいる気がしない』とよく言っていました。でも、最近はなにか言い知れない不安感があって、『ここでミスしたらどうしよう?』と落ち着かなくなるんです。それはやっぱり海外だからかなあと思ったりもするけれど、不安を払拭するためにはたくさん練習して自信をつけるしかない。そう思って一生懸命頑張っています」

――日本のバラエティ番組について。

「まだ少し日本語に不安がありますけど楽しいです。出たいと思っていた番組にもたくさん出られましたし、フリートークの番組は自然な自分を見せられるのでうれしいです。番組でお会いしていちばん面白い人だなあと思ったのは、明石家さんまさん。面白さを追求するためだったらどこまでも自分流でやられているという印象で、人に振り回されないところがすごいなあと思いました」

――花のこと。愛猫のこと。

「お花はいただくことも多いのでいつも自宅に飾っているんですけど、猫ちゃんたちがいるからね。2匹ともすごく怖がりで外に出られないし、車も乗れなくて手がかかるんです。でもかわいいからね。できればもっといっぱい飼いたい。この間は十数万円もするトイレも買って……。たぶん世界でいちばん高い猫のトイレですよ(笑)」

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cat_1_issue_oa-jisin oa-jisin_0_12e6f8a5fdba_坂上忍 石野卓球への苦言に批判殺到!「誹謗中傷の領域」 12e6f8a5fdba 12e6f8a5fdba 坂上忍 石野卓球への苦言に批判殺到!「誹謗中傷の領域」 oa-jisin 0

坂上忍 石野卓球への苦言に批判殺到!「誹謗中傷の領域」

2019年4月6日 17:33 女性自身

4月5日に放送されたワイドショー『バイキング』(フジテレビ系)で、麻薬取締法違反の罪で起訴されたピエール瀧被告(51)を特集。瀧容疑者が4日に釈放されたことを受け、スタジオで様々な議論が交わされた。

そのなかで4日に瀧被告が保釈される際に、同じ電気グルーヴのメンバー・石野卓球(51)がTwitterで「えー!? 死刑じゃないの?」「早く瀧に会いたいなー」などとつぶやいたことを取り上げた。

司会の坂上忍(51)が話を振ると、コメンテーターの土田晃之(46)は「もちろん大人としての意見はあるでしょうけど、僕らファンからすると卓球さんは昔からこういう感じだけどな。それを今、テレビとかマスコミが急に取り上げているだけ」と冷静にコメント。

しかし土田のコメントに、坂上は納得のいかなかった様子。「本人(瀧被告)がスーツを着て出てきているときにこれってプラスになるのか? 瀧さんに対してマイナスに働くことはやるべきではない」と持論を展開した。

さらに東国原英夫氏(61)も「意地になってるんですかね? 石野さんは」と同調。それに対して土田は「それはプラスマイナスで考えて喋ってないってことなんじゃないですか?」と語っていた。

しかし石野のこうしたつぶやきは瀧被告の逮捕前から行われており、ファンにとっては当たり前に映ったようだ。そのため、坂上や東国原氏のコメントに批判が殺到している。

《ネガティブキャンペーンを超えて、誹謗中傷の領域》
《ストレートに電気や卓球さんについて何もわかってない。的外れすぎる》

さらに石野もTwitterで《いまやTVじゃバカか老人しか誘導できないよ》と皮肉を浴びせていた。

『バイキング』といえば、3月28日放送回でライブストリーミングサイト『DOMMUNE』による電気グルーヴ音楽配信特集の反響を紹介。その際にもコメンテーターらが「売名行為?」と嘲笑するような内容で、大きな批判を浴びていたばかり。

視聴者との溝は広がるばかりのようだ。

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cat_1_issue_oa-jisin oa-jisin_0_9fb0d00f649c_安藤優子 謎の私生活明らかに!愛犬に幼児言葉使う意外素顔も 9fb0d00f649c 9fb0d00f649c 安藤優子 謎の私生活明らかに!愛犬に幼児言葉使う意外素顔も oa-jisin 0

安藤優子 謎の私生活明らかに!愛犬に幼児言葉使う意外素顔も

2019年4月5日 16:00 女性自身

キャスターの安藤優子(60)が4月4日放送の『アウト×デラックス』(フジテレビ系)に、石原良純(57)ら過去のニュース番組共演者と出演。普段の報道番組では見せることのないプライベートな一面をみせた。

キャスターになったきっかけは上智大学在学中に渋谷パルコでアルバイトしていたところ、テレビ局員にスカウトされたことだったという安藤。以来、30年以上にわたってフジテレビの"ニュースの顔"として活躍している。

だが、番組共演者の間では中継やコーナー終了の直前に出される鋭い質問が「キラーパス」として恐れられているとのこと。スポーツコーナーを担当していた元Jリーガーの永島昭浩(54)が安藤優子からの突然の質問に何も答えることができず、コーナーが終了してしまう様子も番組では放送。スタジオが爆笑に包まれた。

そんな敏腕キャスターとしてのイメージが強く、私生活がミステリアスに包まれている安藤。「セレブ犬を飼っている」という世間からのイメージを払拭したいとのことで、番組内では2匹のフレンチブルドッグを散歩させているロケの様子も紹介された。

犬を飼う際に「幼児言葉を使わない」「服を着せない」「自分のことをママと言わない」という3つの公約を作ったという安藤。しかし3つすべてを早々に破ってしまう「アウトな一面」が番組内で明らかに。有限不実行では?というスタッフの問いかけに「だって可愛い(から仕方ない)でしょ?」と言い訳するなど、普段の報道番組ではみせない満面の笑みを浮かべていた。

またコーナーの最後には、安藤自身が番組MCのマツコ・デラックス(46)にインタビューする一幕も。「素のマツコさんを見てみたい」と率直に切り込む安藤に「(私も)素の優子を見てみたい。家に来ます?」とマツコが返答。その様子に、ネット上では「マツコ・デラックス×安藤優子でFNN選挙特番やったら化学反応が起きそう」など称賛の声が上がっていた。

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cat_1_issue_oa-jisin oa-jisin_0_8886fcb90a29_皇室ジャーナリスト・渡邉みどりさん 美智子さまとの“出会い”は20歳 8886fcb90a29 8886fcb90a29 皇室ジャーナリスト・渡邉みどりさん 美智子さまとの“出会い”は20歳 oa-jisin 0

皇室ジャーナリスト・渡邉みどりさん 美智子さまとの“出会い”は20歳

2019年4月5日 16:00 女性自身

前日の雨もやみ。青空の下、柔らかな春の日差しが降り注ぐなか、6頭立ての馬車が、皇居二重橋から滑るように現れた。'59年4月10日午後2時30分。皇太子殿下(当時)と美智子さまのご成婚祝賀パレードが始まった。

沿道には53万人もの人々がお祝いに詰めかけ、全国の街頭テレビには1,500万人が集まった。コースは、皇居から桜田門、四谷、神宮外苑、青山を経て、渋谷の東宮仮御所まで8.8キロの道のりだ。

そのとき、渡邉みどりさん(84)は、青山学院大学のグリークラブのメンバーを率いて、コースの終盤の青山通り沿いで待機していた。

「両陛下が通られるそのときにハレルヤをコーラスして、何がなんでも美智子さまに、テレビカメラのほうを向いていただく。それが日本テレビの秘策だったのです」

当時、渡邉さんは入社3年目の新米中継スタッフだった。その秘策は見事に的中する。

「果たして、美智子さまは、グリークラブに向かって45秒間、お手振りをしてくださったのです!」

テレビカメラは、美智子さまの聡明な笑顔をアップで捉えることに成功し、そのあふれんばかりの健康美を全国に伝えたのだ。

「あのパレード中継に携わったことで、この先も美智子さまにこだわり続ける予感はありましたね」

渡邉さんは、生まれ年も美智子さまと同じ’34年。小学校入学とほぼ同時期に戦争が始まり、玉音放送を疎開先で聞いた世代だ。

'57年に日本テレビ入社後は、33年にわたって皇室番組の制作に携わり、昭和天皇崩御の特別番組ではチーフ・プロデューサーを務めている。

民放初の女性エグゼクティブプロデューサーまで上り詰めると、文化女子大学の教授に転身。ワイドショーなどに登場する帽子がトレードマークの皇室ジャーナリストとして、おなじみの方も多いだろう。

「思えば、日本でテレビ放送が始まったのが'53年。それから5年で100万台まで普及したテレビが、美智子さまのご婚約に始まる“ミッチー・ブーム”で、一挙に200万台に倍増しました。何かあったらテレビをつけるという新しいライフスタイルが生まれ、高度経済成長の前触れともなったのです」

美智子さまのご成婚は、日本が終戦後の焼け野原からの復興を果たし、人々の生活が豊かになっていく新しい時代の幕開けを予感させるものでもあったのだ。

そのご成婚の日からちょうど60年後の4月末。平成の時代は終わり、30年間、皇后として天皇陛下を支えられてきた美智子さまも、そのお務めを終えられる。

長年、美智子さまを見つめ続けてきた渡邉さんはしみじみとした深い声音でこう言った。

「『お疲れさまでした』。もう、その一言に尽きます」

渡邉さんが、正田美智子さんの名前を最初に知ったのは、20歳のときだった。

毎年、成人の日を記念して、読売新聞で懸賞論文「はたちのねがい」を全国規模で募集した。'55年1月15日、その年集まった4,185通のなかから、2位入選を果たしたのが、聖心女子大学の学生だった美智子さまだ。渡邉さんも応募したが、3次選考で落選していた。

「入選だけでしたら、美智子さまのお名前もすぐに忘れてしまったでしょう。ところが、2月5日の新聞でこう報じられていたんです」

《2位入賞の正田美智子さんは、賞金2,000円を、恵まれない人への社会事業と奨学資金に寄付》

「この報道で、同じ年齢のすごい方として、正田美智子さんのお名前が強く刷り込まれてしまいました。私は、もし、入選したらスキーに行こうと考えていましたから、誠にお恥ずかしい次第でした」

3年後の11月27日、史上初の民間出身の皇太子妃が発表された。

「その歴史のヒロインは、論文2位のあのすごい方だったのです」

渡邉さんの心は躍った。

そうして迎えたご成婚パレードの生中継。美智子さまの輝くばかりの笑顔を間近で拝見した渡邊さんの心に火がついた。

以後、皇室特番の制作に進んだ渡邉さんは、持ち前の粘っこい取材力を発揮。それまでのメディアでは決して流れなかった皇室の方々の素顔の部分をクローズアップしていった。同級生から聞き出した「浩宮さま(現皇太子)のお芋掘り」の映像はスクープになった。

日本テレビの2年後輩・徳市慎治さん(元株式会社バップ最高顧問)はこう話す。

「渡邉さんは、われわれニュース報道が取材しないところに目を向ける独自の視点を持っていました。ファッションに注目したことも、当時は誰もやっていなかった。視聴者が皇室の何を知りたがっているのかを、常に考えていましたね」

ファッションや子育てという身近な話題を通して、雲の上の存在としてではなく、美智子さまの人間としての魅力に着目した渡邉さんの番組は、次々に高視聴率をたたき出していった――。

ベージュの帽子にグレーのジャケット。襟にはカメオのブローチ、胸ポケットにチーフと、渡邉さんはいまもお洒落だ。

「この年になると、いろいろ大変なんですよ。第二腰椎圧迫骨折と脊柱管狭窄症で、朝晩に強い痛み止めを2年くらい飲んでいます。でも、美智子さまがこのお年でご公務に臨まれる姿を見ると、私たちも頑張らねばという気持ちになりますね」

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cat_1_issue_oa-jisin oa-jisin_0_c1f822c2c381_クロちゃん しくじり先生で確変 突き抜けたクズぶりが絶賛の嵐 c1f822c2c381 c1f822c2c381 クロちゃん しくじり先生で確変 突き抜けたクズぶりが絶賛の嵐 oa-jisin 0

クロちゃん しくじり先生で確変 突き抜けたクズぶりが絶賛の嵐

2019年4月5日 11:00 女性自身

4月2日、安田大サーカスのクロちゃん(42)が『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)に出演。芸能人が過去の失敗をもとに、役立つ人生訓を教える本番組。17年にレギュラー放送が終了するも、根強い人気を受け4月から異例の復活を果たしていた。

『水曜日のダウンタウン』(TBS系)などによって、すっかり“クズキャラ”が定着したクロちゃん。冒頭からいきなり、自らを「甘い汁だけを吸って楽して生きていきたい“甘汁モンスター”」だと堂々宣言。42歳になるまで総額6,000万円の仕送りをもらっていたこと。さらに親からもらった予備校の教科書代をパチンコに使ったり、27歳で初彼女ができるもすぐ浮気したクズエピソードの数々を悪びれることなく披露していた。またスタッフとの打ち合わせ回数を実際より多めに申告するなど、嘘つきキャラも健在。

こうしたクロちゃんの姿に、生徒役のタレントからは批判が殺到。平成ノブシコブシの吉村崇(38)は「こいつが日本をダメにしてるんだよ!」と怒りをあらわにする。「芸能界の仕事は夢を与えること。辛いところを見せる必要はない」と真っ向から対立する真野恵里菜(28)に、「でも自伝とか出すときはそれを書いて自分のランクを上げようとするでしょ?」とあっさり言い負かす強気な姿まで見せていた。

終盤では「クロちゃんだけが甘汁モンスターの中で成立しちゃっている奇跡の男。だから他の人は自分に厳しく努力を怠るな」と謎の教訓を残していったクロちゃん。最後まで過去を省みることなく幕を閉じるという、初回にして番組コンセプトをひっくり返す離れ業を見せて去っていった。

しかし、番組終了直後からTwitter上でトレンド1位を獲得するなど反響は絶大。ネット上でも《めちゃくちゃクズなのに全く病んでなくて人生楽しんだもん勝ち! みたいな感じで元気になれた》《反面教師すぎて、明日から頑張ろうって思った!》と意外にも絶賛の声が相次ぐ“確変”を起こしていた。オードリーの若林正恭(40)も「クズを突き抜けるときに変なカタルシスがある」とそのクズぶりに根負けしていた。

令和に代わってもクロちゃんの勢いは止まらなそうだ――。

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cat_1_issue_oa-jisin oa-jisin_0_6ff9690a9e5c_堀ちえみも直面する病老介護、退院1カ月で82歳義母付き添い 6ff9690a9e5c 6ff9690a9e5c 堀ちえみも直面する病老介護、退院1カ月で82歳義母付き添い oa-jisin 0

堀ちえみも直面する病老介護、退院1カ月で82歳義母付き添い

2019年4月5日 06:00 女性自身

東京都内の大学付属病院にやってきたのは、黒い大型の高級輸入車だった。ハンドルを握っていたのは、黒い帽子をかぶり白いマスクをつけた堀ちえみ(52)。彼女を目撃したのは東京都内で桜が咲き始めた3月28日。ステージ4のがんと診断され、2月22日に舌の6割を切除するなど11時間におよぶ大手術を受けてからわずか1カ月、すでに1人で車も運転できるまでになっていたのだ。

彼女は自分の現在の状態についてはブログで《新しい舌の感覚が鈍いので、熱さが分かりにくい》《言語がおぼつかない状況》などと語っている。堀の知人は彼女の苦闘をこう代弁する。

「買い物をするときはまだ少し不便なようです。たとえば精肉店で“ひき肉300グラム”とか注文する際にも、うまく伝わらずに店員さんに聞き返されることもあるそうです。指をしっかりと3本立ててみせるとか、相手の顔に近づいて話すなどの工夫をしていると聞きました」

けっして万全とはいえない体調の堀だが、さらに家族の体調を心配しなければいけない状況にあるという。本誌が病院で目撃した日も自身の通院ではなく、82歳になる義母の診療の付き添いだったのだ。

《今日から連日で、おおまま(主人のお母様)の病院の診察に、付き添います。お母さんは、「一人で大丈夫だから」と言ってくれましたが、心配なので付き添いたいと思います。私の手術の時も、付き添って下さいました》(3月27日付ブログ)

義母の体調については詳しく触れていないが、退院翌日か2日連続での病院付き添いというのは、気丈な堀にとってもかなりの負担だったことだろう。夫で会社役員であるA氏の両親は堀の自宅の近所に住んでおり、頻繁に行き来しているようだ。A氏とは3度目の結婚であり、“3人目の姑”となる“おおまま”を堀は心から慕っているという。

《おおままは、私が最も尊敬している女性です。知的で若々しくて、前向きで》(2月15日付ブログ)

高齢化が進む日本では、「老老介護」だけではなく、病人が老親の介護に携わる「病老介護」というケースも注目されるようになってきている。「株式会社ねこの手」代表で介護コンサルタントの伊藤亜記さんは言う。

「厚生労働省が介護に携わっている人たちを調査したデータがあります。それによれば彼らの悩みの1位は『家族の病気や介護』ですが、2位は『自分の病気や介護』だったのです。まだ“病老介護”という言葉は、それほど流布していませんが、実際にはそういったケースもかなり増えてきています。堀さんと同じようにがんなどの病気であったり、介護ストレスによる、うつ症状の発症であったりと理由はさまざまです」

しかし介護においてもっとも気をつけなければいけないことは、“介護者と被介護者が共倒れになってしまうこと”だと力説する。

「共倒れを防ぐために大事なのは『介護者と被介護者が互いに無理をしない良い関係を保つこと』なのです。そのためには、他の家族の協力を得たり、それが得られない場合には公的な介護保険や民間サービスを活用したりして、ストレスをためない生活をおくらなければいけません。自身が、がん闘病中であるにも関わらず、『家族は助け合いが大切です』とブログで述べられ、お姑さんの診療に付き添われる姿には頭が下がります。しかし“家族なのだから、自分が○○すべき”という考え方に固執しすぎないことも実は大切なのです」(伊藤さん)

彼女の次の目標の1つが“レストランでの外食”だという。義母の誕生日は4月下旬。家族が集まってお祝い会を行うレストラン選びも、堀にとっては闘病の励みになっているに違いない。

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cat_1_issue_oa-jisin oa-jisin_0_969305dbbca0_ピエール瀧騒然の保釈現場 まるで別人の声、思わぬトラブルも 969305dbbca0 969305dbbca0 ピエール瀧騒然の保釈現場 まるで別人の声、思わぬトラブルも oa-jisin 0

ピエール瀧騒然の保釈現場 まるで別人の声、思わぬトラブルも

2019年4月4日 20:17 女性自身

コカインを使用したとして麻薬取締法違反の罪で起訴されたピエール瀧被告(51)が4日午後7時過ぎ、留置先の警視庁東京湾岸署から保釈された。保釈保証金は400万円。弁護人が3日に東京地裁に保釈請求していた。

報道陣が待ち構えるなか、同署の外に姿を見せた瀧被告は黒のスーツにネクタイ姿で立ち止まって一礼。「このたびは、わたくしピエール瀧の反社会的行為により、大変多くのみなさまの方にご迷惑とご心配をおかけしてしまいました。誠に申訳ございませんでした」と謝罪した。

「以前の瀧被告はふっくらとしていましたが、ほおがゲッソリとこけていました。印象もずいぶんと弱々しくなっていて、『まるで別人のようだ』との声があがっていました」(現場にいた記者)

3日に保釈が申請されると、同署の前に報道陣が集結。民放各局の昼のワイドショーや動画配信サイトなどで同署前の様子が生中継されたが、思わぬトラブルもあったという。

「あるワイドショーの生中継後、同署への出入りをテレビに映し出された一般人から同署にクレームが入ったそうです。署員が報道陣に出入りする人の撮影自粛を要請していました」(現場にいたカメラマン)

20秒以上深々と頭を下げ続けると再び一礼し、車に乗り込んだ瀧容疑者。さまざまな波紋を呼んだ彼はこれから、どこへ向かうのだろうか。

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cat_1_issue_oa-jisin oa-jisin_0_fbcfb3822125_賛否分かれる石田ひかりの教育論 スマホで小遣い稼ぎはアリか fbcfb3822125 fbcfb3822125 賛否分かれる石田ひかりの教育論 スマホで小遣い稼ぎはアリか oa-jisin 0

賛否分かれる石田ひかりの教育論 スマホで小遣い稼ぎはアリか

2019年4月4日 19:41 女性自身

石田ひかり(46)が4月3日、自身の出演した「あさイチ」(NHK総合)の内容について「わたしにとって気持ちのいいものではありませんでした」とInstagramで言及。1人の母として、子供たちへメッセージを送った。

番組では中高生の財布事情を特集し、スマホでアンケートに答えることでお小遣いを稼げるサイトなどを利用しているといった現状が紹介された。しかし放送中、石田は訝しい表情を見せていた。

放送を終えた後、石田はInstagramで「中3と高1の娘を持つ親として今日の内容は衝撃的&『わたしにとって』気持ちのいいものではありませんでした」とコメント。「顔が見えない大人が作ったアンケートに『気軽に』個人情報を打ち込むことがどれだけリスクが高いものかしっかり理解して欲しいと思います」と語り、アルバイトについて「本格的に社会に出る前の、社会勉強だと思うのです」と持論を展開した。

さらに「やっぱり指先を動かすのではなく頭も身体も心も動かして『シフトを考え、働き、汗をかき、それに見合った報酬を受け取る』とゆーことを体感してほしいんだ!人と接してほしいんだ! 人と接することでのストレス、感じてほしいんだ!他者への想像力、身につけてほしいんだ!」と訴えた。

石田の投稿には1日足らずで9,700回以上の“いいね!”が。《勤労が美徳とは言わないが、根っこのない草は必ず枯れる》《無記名でできるアンケートだからとか、ビッグデータだからという小さな問題ではなく有限の、大事な十代の時間を金に支配されて、スマホなんてものに支配されてもったいないんですよね》といった賛同の声が上がった。

肯定的な声のいっぽうネットでは《楽にお金稼げるならアリだと思うけど。。1時間800円では、やる気しないよ。学生時代は、どうやってお金を稼ぐかを考える時期です》《そういうのは学校や会社でも嫌というほどできるんじゃないかな》《世代間ギャップを埋めようとしない無理解から来る偏見》といった声も。その教育論は大きな反響を呼んでいる。

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cat_1_issue_oa-jisin oa-jisin_0_312cfef1c27e_本木雅弘支える也哉子の悲痛 両親他界で喪失うつなるケースも 312cfef1c27e 312cfef1c27e 本木雅弘支える也哉子の悲痛 両親他界で喪失うつなるケースも oa-jisin 0

本木雅弘支える也哉子の悲痛 両親他界で喪失うつなるケースも

2019年4月4日 16:00 女性自身

樹木希林さん(享年75)逝去から約半年後の3月17日に亡くなった、内田裕也さん(享年79)。一人娘の也哉子(43)は、4月3日に行われる裕也さんのお別れの会の喪主を務める。

「希林さんの告別式で喪主代理を務めたときもそうでしたが、亡くなられた直後は葬儀やお別れ会の準備などで考える時間がないほどに忙しい。でも、それが一段落したときに喪失感が襲いかかってくるのではないかと心配です。そんななか、お別れの会をめぐって裕也さんのマネージャー女性・Aさんと也哉子さん夫妻の確執トラブルが『女性セブン』で報じられ、也哉子さんはひどく心を痛めています」(前出・知人)

3月下旬、本誌は裕也さんの自宅から出てきたAさんを直撃。1週間前の取材には快く答えてくれたAさんだったが、「それ(『女性セブン』の記事)に関してお話することはありません」と足早に去って行った――。

前出の知人によると、悲しみに暮れる也哉子を支えているのが、夫の本木雅弘(53)だという。実際、本木は3月22日の会見で妻への思いをこう語っている。

「家族のなかではそばにいることしかできないけども、(子どもたちと)『マミーを支えようね』という会話をしています」

遺族外来のある「嵯峨嵐山・田中クリニック」の田中啓一院長は、遺族のケアについてこう語る。

「遺族はうつ病の発症率や自殺率も高く、薬物治療を行うケースもあります。そうした状態にならないように、家族のサポートは必要不可欠。ただ、焦らせてはいけません。家族は助言も批判もせず、静かに話を聞いてあげることが大事です」

希林さんは生前、自分の理想の最期についてこう語っていた。

《私の両親はふたりとも70代半ばで、床に伏して1週間ぐらいで逝ったのね。子どもとしては、とてもありがたくて、上出来! と思っていました。私自身も、両親と同じように、最期は娘に上出来! と言ってもらいたい》(文春新書『一切なりゆき』より抜粋)

也哉子にもいつか“上出来!”と思える日が来ることだろう。

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cat_1_issue_oa-jisin oa-jisin_0_9d4c2831e99c_貴景勝 美人母語るド根性少年時代「習い事9つ掛け持ちを…」 9d4c2831e99c 9d4c2831e99c 貴景勝 美人母語るド根性少年時代「習い事9つ掛け持ちを…」 oa-jisin 0

貴景勝 美人母語るド根性少年時代「習い事9つ掛け持ちを…」

2019年4月4日 11:00 女性自身

「努力の子どもでした。今の体を作ったのも、小さいころから少しずつ努力してきた積み重ねなんです。昔の写真を見るたびに『このころはこんな努力をしていたなあ』と思い出しますね」

アルバムをめくりながら、目を細めてこう語るのは貴景勝(22)の母・純子さん(52)だ。先日行われた大相撲三月場所で10勝を果たし、大関昇進を決めた貴景勝。初土俵から28場所目での昇進は異例のこと。小兵ながらも快挙を達成した新たなホープの誕生に、日本中が熱狂している。そんななか“美人すぎる母”として話題の純子さんが、本誌の独占インタビューに応じてくれた。


兵庫県芦屋市で、教育関係の理事を務める父・一哉さん(57)と純子さんの間に誕生した貴景勝。生まれたときは2,900gの小柄な少年だった。そのため純子さんは当初、“教育ママ”として勉強に力を入れようと考えたという。

「生まれる前から幼児教育プログラムの教材を買って準備していました。胎教にいいCDや赤ちゃんに見せると頭の回転がよくなるフラッシュカードなどがセットになったものです。私はあの子に1つでもいいから人より秀でた部分を見つけ、それを生かして社会に貢献してほしいと思っていました。そして、そのためには勉強がいちばんだと信じていました。しかし、主人は息子の才能や性格から『この子に勉強だけさせるのはもったいない。スポーツをさせたい』と言い出したんです。あのころは教育方針を巡って夫婦の意見もよく対立しました」

だが両親どちらの期待にも応えるべく、貴景勝は兵庫県の名門私立・仁川学院小学校に進学。ハードな文武両道生活を送っていた。

「小学校1~2年生のころは3つの塾に通っていました。さらにスポーツも空手に水泳、サッカー、体操、柔道、相撲と6つも習っていたんです。今思うと、かなりのプレッシャーになっていたと思います……」

わずか8歳ほどの少年が、習い事を9つも掛け持ち――。そんな生活を長く続けられるはずもなかった。

「あの子が小2のときに、空手の猛稽古で勉強がおろそかになったことがあったんです。ふがいないテストの点数を見るのが嫌だった私は、息子をひどく叱ってしまいました。でも、スポーツもおろそかにできない。そのストレスから次第に体調不良を訴え始め、しまいには不眠にもなってしまったんです……。そのときに初めて『これは限界だ』と気づきました。だからもう私の希望はここで引っ込めようと思い、通っていた塾もすべてやめさせることにしたんです。そうすると私自身も、まるでつき物が落ちたみたいに優しい母親でいられるようになりました」

“教育ママ”の呪縛から解き放たれた純子さん。貴景勝も余裕ができたことで、元気を取り戻していった。

「スポーツについても向いていないものを見極めていきました。結果、残ったのが相撲だったんです。主人と手分けをして、尼崎にある道場まで毎日往復1時間以上かけて送り迎えする生活が続きました。合同稽古があるときは大阪まで送ることもありました。ずっと食べることに興味のない子だったので、体を大きくするのにはかなり苦労をしました。本人も食べなくてはならないとわかっているのに、体が受けつけないのです。だから『口に放り込んでくれ』と頼んできて、私が無理やり口にねじこむように食べさせたりしていました」

そうした努力の結果、みるみる力をつけていった貴景勝。純子さんは子育てで大切なことについて、こう語る。

「何が子どもに向いているか、見極めてあげることが大事なんだと思います。子どものことをいつもちゃんと見てあげて、『これが得意なのかな、苦手なのかな』と気づいてあげることです。そうやって得意な分野に集中させてあげないと、何もかも中途半端になってしまいますからね」

息子の努力を見守り続けた純子さん。現在も、その陰ながらのサポートは続いている。

「LINEでのやり取りはよくしています。でも『相撲頑張れ』とか、負担になるようなことは送りません。『今日は○○さんが応援にきてくれたよ』とか、読んで和むような内容にしています。ただ連絡しても、ふだんは『わかった』とかそっけない返事が多いんです……」

しかし貴景勝は、テレビのインタビューで母親についてこう語っていた。

「ちっちゃいときから母親は、相撲に関して首を突っ込んできませんでした。自分のために食事をつくってくれたり、洗濯してくれたり……。外に出ればわかることなんですけど、当たり前と思っていたことが今振り返るとありがたかったなと感じています」

ふだんは恥ずかしくて、面と向かって感謝の気持ちは言えないかもしれない。だが母の献身は、しっかりと息子にも伝わっていた――。

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