卓球の福原愛選手(29)が10月21日、自身のブログを更新。「私は選手としての立場を、ここで一区切りつけることを決意しました」と第一線から退くことを報告した。
福原は「3歳から卓球を始め、約26年の間、多くのことを学ばせていただきました」と明かし、「何度もやめようかと考えたことはありましたが、一度も卓球を嫌いになることはありませんでした」とその卓球人生を回想した。
さらに「そんな風に思えるものと出会わせてくれた母と兄に感謝の気持ちでいっぱいです」と家族への感謝の気持ちを述べている。
女子団体で16年のリオ五輪に出場し、銅メダルを獲得したことも記憶に新しい福原。世界卓球選手権やワールドカップでも、数々の輝かしい功績を残している。
指導は幼少期から母・千代さんによるもので、ときにその厳しい指導ぶりがメディアに映し出されることもあった。一見、“鬼ママ”のようでもあるが――。
「むしろその逆で、千代さんは愛ちゃんにとって一番の良き理解者です。千代さんはもともと実業団の卓球選手。ですからプレイヤーとしての気持ちもわかる指導者なんですよ。また千代さんは愛ちゃんの指導に時間を割いていたため、家事は夜遅い時間に回していました。睡眠時間を削ることで、まさに身を粉にして母と指導者の“二足のわらじ”に徹してきたのです」(スポーツ紙記者)
7歳のころにはすでに大会タイトルを総ナメ。”天才少女”とも謳われた福原だが、公式戦に出場したばかりの4歳当時は連敗に泣き続けたという。
「千代さんはそんな愛ちゃんを見かねて『卓球をやめましょう』と何度も声をかけたそうです。しかし愛ちゃんは『やめない』と頑なに譲らなかった。その熱意に千代さんの心は動き、結果こん日まで寄り添い続けてきました。まさに栄光は、二人三脚で掴んできたのです」(千代さんの知人)
そんな福原を導いてきた千代さんだが、実は反省していることがあるという。本誌07年2月20日号でこう明かしている。
「小さいころから遅い時間まで愛を練習させていたので、睡眠時間が減ってしまったのではないかと。愛の背が高くならないのは、そのせいかしら……」
各スポーツ紙によると、福原は今回の発表に関する会見を23日にひらくという。母への思いも明かされるかもしれない。