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→モンゴルに自由と統一を!日本人と共に民族独立を目指したバボージャブ将軍の戦い【一】
19世紀末、清国に支配されていた南モンゴル(現:中国内モンゴル自治区)の青年・バボージャブ(巴布扎布。1875~1916)は、日清戦争の勝利によって民族独立の可能性に目覚めます。
そして光緒二十九1904年に勃発した日露戦争では、花大人(ホァ・ターレン)のあだ名で親しまれていた日本陸軍の情報幹部・花田仲之助(はなだ なかのすけ)から、義勇兵「満洲義軍(まんしゅうぎぐん)」のスカウトを受けます。
日本と力を合わせてロシアを倒せば満洲が解放され、モンゴル族の独立も実現できる……そんな希望に胸躍らせるバボージャブに、義勇軍への参加を断る理由はありませんでした。
妻に叱咤されて未練を断ち切り、戦に臨むバボージャブ
……とは言うものの、バボージャブは今や気ままな独身ではなく、妻もいれば二人の息子もいます。もし戦争が長引いたら、ましてや戦死でもしてしまったら……そう思うと、やはり即答は出来ませんでした。
「花大人……とてもありがたいお話ではあるのですが、一度帰って妻に相談させて頂けないでしょうか?」
バボージャブの申し出に、花大人は満面の笑みで答えます。
「もちろんです。誇り高きモンゴルの英雄たちは、ただ勇猛果敢なばかりでなく、家族に対する愛情も兼ね備えていますからね。とことんまで奥様と話し合って、心おきなく武勇を発揮して頂けるなら、いくらでもお待ちしますよ……」
「ありがとうございます。それでは返答は三日後。諾否いずれにせよ、必ずさせて頂きます」
きっと、妻を説得するには相当な時間がかかるだろう……そう思って目一杯の猶予をとったのですが、帰宅して事情を話したところ、妻はすぐさまバボージャブを追い出しました。
「なっ、何をするんだ!」
「あなたは何をグズグズしているのですか!モンゴル族の誇りを取り戻す戦いを前に、否という返事はあり得ないでしょう!」
思いもしなかったリアクションに、若干うろたえるバボージャブ。しかし妻は続けます。
「あなたが偉大なるチンギス=ハーンの末裔であるように、私もまた、テムジン(チンギスの実名)たち兄弟を女手一つで育て上げたホエルン(テムジンの母)の末裔……たとえあなたがいなくなっても、息子たちは私が立派なモンゴルの男に育てて見せます!」
「そうだな……俺が間違っていたよ。お前を(家庭優先で引き留めるだろうと)疑ってしまったこと、申し訳ない」
「解ればいいのよ……さぁ、一刻も早く支度をして、今すぐ花大人の元へ駆けつけなさい!グズグズしないの!」
「はいっ!」
言うなりおもむろに鞭を振るってバボージャブのお尻をピシャリと打った妻ですが、次の瞬間、涙を流して言いました。
「……あの忌まわしいオロフ(ロシア人)なんかに負けないでね。絶対に、絶対に負けないでね。そしてきっと、必ず生きて帰って来てね。かのテムジンだって、かつて十三翼の戦い(1189年ごろ)で宿敵ジャムカに敗れ去っても、生き延びて最後は勝ったんだから……」
妻の深い愛情を感じたバボージャブは、彼女を優しく、そしてしっかりと抱き寄せます。
「……解った。必ず勝って、生きて帰る。約束しよう」
かくして大切な者たちとの別れを済ませ、未練を断ち切ったモンゴルや満洲の男たちが続々と満洲義軍に参加。これが民族独立の第一歩と信じて、ロシアとの戦いに臨むのでした。
作戦任務に花形も脇役もない!不満分子を説得して団結を強化
「……何という健気な奥様……そんな想いを持った皆様の命をお預かりする以上、必ずや勝利を収めてみせましょう!」
バボージャブたちを手厚く出迎えた花大人は満洲義軍を率いて、満洲軍総司令部参謀・福島安正(ふくしま やすまさ)少将の率いる馬賊集団「遼西特別任務班(りょうせいとくべつにんむはん)」と合流。
(※別に馬賊だけを集めたつもりはないでしょうが、自然とそういう腕自慢の荒くれ者が集まり、それはまた満洲義軍においても同様に、少なからぬ馬賊が占めていたことでしょう)
「よく集まってくれた……諸君らの主任務は、満洲各地に展開しているロシア軍の後方攪乱及び糧道の寸断である……」
福島少将の説明を聞いて、バボージャブたちは少しがっかりしました。要するに、正面から堂々と戦う花形ではなく、後方からヒット&アウェイを繰り返す、いわば脇役に回されたのです。
「……何だ、日本の連中は調子よく俺たちを誘っておいて、いざやらせるのは裏方かよ!」
報酬目当てに参加した馬賊の中には、そんな不満を洩らす者もいたため、次第に士気は下がり、規律が乱れ始めました。
「バボージャブ殿、どうにか彼らを説得しては貰えまいか?」
花大人の依頼を受けたバボージャブはこれを快諾、血気盛んな馬賊たちの説得に当たります。
「なぁみんな……後方に回されて面白くない気持ちは解る……俺も女房に『手柄ァ立てて帰って来るぜ』なんて言って出てきたクチだからよ(苦笑)……でもよ。この戦いで大事なのは俺の手柄とか、お前の手柄とか、そういう個人単位の話じゃねぇんだよ」
「まぁ……そりゃそうなんだけどよ」
「この戦いは、俺たちモンゴル族や満洲人が、民族の独立を勝ち取るための戦いなのさ。だから花形も裏方もねぇんだよ。勝利は俺たちみんなの勝利、負ければ俺たちみんな奴隷のままさ」
「……」
黙り込んだ馬賊たちに、バボージャブは続けます。
「確かに、日本人の多くは自分たちがアジアの盟主とばかり傲慢な態度の連中も少なくない。しかし、それでもこの戦は日本が主体だ。強大なロシアに真っ向から喧嘩を売った日本の心意気に乗っかって、民族独立の希望を賭けて俺たちは戦うんだ……花形くらい譲ってやろうぜ」
「……まぁ、仕方ないな」
理解が得られたところで、バボージャブはニヤリと笑います。
「……とは言うものの、日本軍の連中が癪に障るのは俺も同じさ……まぁ見ておけ。日本のヤツら、満洲・シベリアの土地に不慣れだからきっと苦戦するぜ。今に俺たちに泣きついて来るだろうから、それまで地道に実績と信用を積んでおくんだ……どうだい。楽しみだろ?」
話を聞いて、馬賊たちは破顔大笑。「アンタもなかなか話せそうだな!」日本の連中に騎馬民族の実力を見せつけてやろうと一致団結するのでした。
【続く】
※参考文献:
楊海英『チベットに舞う日本刀 モンゴル騎兵の現代史』文藝春秋、2014年11月
波多野勝『満蒙独立運動』PHP研究所、2001年2月
渡辺竜策『馬賊-日中戦争史の側面』中央公論新社、1964年4月