小さな子どもが原因不明の熱を出すと「知恵熱が出た」ということがあります。そのほか、頭を使い過ぎたときに「知恵熱」という言葉を用いる人もいます。知恵熱とはいったい何なのでしょうか?
今回は、国立成育医療研究センターの窪田満先生に、知恵熱の正体や勘違いされやすい病気など、子どもの熱について教えていただきました。
「知恵熱」という病気は存在するの?
「知恵熱」という言葉は、幼児から大人にまで使われることがありますが、実際にはどういう病気なのでしょうか。
「じつは、子どもも大人も関係なく『知恵熱』という病気は存在しません。ですが、言葉の存在自体はかなり古く、江戸時代など近代医学がない時代に生まれたと考えられます。昔の人は、医学的知識がなくても『はしか』や『みずぼうそう』などを分類できる素晴らしい観察力を持っていました」
「そんな分類の1つが、『小さな子どもが突然熱を出し、短期間で治ってしまう』という症状です。人生で初めての熱と、いわゆる『知恵づき』の時期が重なることが多いために『知恵熱』と呼ぶようになったようです」
「多くの人が『布団を掛けないで寝たら風邪をひいた』と言われても違和感を持たないと思います。実際は、身体が冷えたこととウイルス感染症にかかることは、直接の因果関係はありません。そう考えると、知恵熱の言葉の由来もそれほど不思議ではありません」
「知恵熱」と呼ばれる病気は一体なに?
では、子どもの場合に「知恵熱」と呼ばれる症状が出る病気は何があるのでしょうか?
「ほとんどのケースが風邪、正確にはウイルス感染症です。ヘルパンギーナや手足口病、咽頭結膜熱(アデノウイルス感染症)などの『夏風邪』もその1つ。風邪なら咳や鼻水、ヘルパンギーナや手足口病なら発疹、咽頭結膜熱なら結膜炎…といった症状が知られます」
「ですが、軽症の場合は典型的な症状が出ず、短期間の熱だけで終わってしまってしまうケースも多いです。受診するまでもなく治ってしまって、原因もわからないため、これらが『知恵熱』で済まされると考えられます」
初めての発熱であれば、「突発性発疹」の赤ちゃんも多いですが、違いはあるのでしょうか。
「同じウイルス感染症で時期的にも近いのですが、突発性発疹には軽症のケースがほとんどありません。3日〜4日の発熱と発疹が必ずセットで見られるため、間違われることはありません」
「また、熱が出る病気としてインフルエンザもありますが、1日だけの熱で終わるケースがないため、こちらも間違われることはないでしょう」
乳幼児が熱を出しやすい「代表的な5つの病気」
上記で挙げたものを含めて、風邪以外で乳幼児が熱を出す代表的な病気を5つ教えていただきました。
手足口病
流行する時期:おもに夏
症状:患者の約8割が5歳未満というウイルス感染症。口の中や手のひら、足の甲などに水疱性の発疹ができる。1日〜3日間にわたり発熱と発疹が同時に出る。
ヘルパンギーナ
流行する時期:おもに夏
症状:いわば手足口病の「熱と口だけ発疹」パターン。のどが赤く腫れて、口の中に小さな水疱がたくさんできる。39度以上の熱が1〜3日間続く。
咽頭結膜熱(アデノウイルス感染症)
流行する時期:年間
症状:アデノウイルスが原因の感染症。プールの水を介して流行することから「プール熱」とも呼ばれることも多いが、夏以外の季節やプール以外でも感染する。のどの痛みや結膜炎、頭痛、食欲不振などさまざま。39度前後の熱が1週間〜10日ほど続くこともある。
突発性発疹
流行する時期:年間
症状:生後4カ月〜1歳の「生まれて初めての発熱」に多い。突然の高熱が3日〜4日続いた後に下がり、身体中に発疹が出る。咳や鼻水が出ることはなく、便はゆるめになることが多い。
インフルエンザ
流行する時期:おもに秋〜冬〜春
症状:高熱や咳、鼻水などが主症状。ただし、成人に多くみられる関節の痛みや筋肉痛、倦怠感は子どもにないことが多く、一般的には大人が想像するような重症感はない。
受診の目安や注意点は?
熱が出たときに受診すべきかは、どう判断したらよいでしょうか?
「基本的には、機嫌がよくて食欲があれば、熱が高くても家で様子を見てOKです。ただし、機嫌がとても悪い、食事や水分が摂れない、けいれんを起こした、急にぐったりした、意識状態がおかしい…といった場合は、脱水症状や髄膜炎、インフルエンザ脳症などの可能性もあります。迷わずすぐに受診しましょう」
「いつもと違った様子がないか、全身状態をよく観察することが何よりも大切です。経験が少なく判断がつかない場合は、遠慮せず受診してほしいですね」
「また、インフルエンザは抗ウイルス薬で発熱期間を短縮でき、周りへの感染力も下げることができます。基礎疾患がある場合や、家族に赤ちゃんや高齢者がいる場合は、受診して処方してもらうことがおすすめです。はっきり診断をつけることで、学校や保育園での流行状況を把握できるというメリットもあります」
また、初めての熱の場合、慌ててしまうことも多いですが、全身状態が悪くなければ、発熱当日ではなく翌日に最初の受診をするのがおすすめとのこと。
「インフルエンザは発症後6時間以上経たないと判定できませんし、48時間以内なら抗ウイルス薬も有効です。それ以外の病気も、当日よりも2日目に症状が出揃っていて診断がつきやすいものです」
「よく『明後日になっても治っていなければ、また来てください』と言われると思いますが、3日目はまだ治っていないことも多く、熱が出た当日に受診すると、最低2回の受診が必要になる場合があります。初回受診が2日目なら1回で済むことも多く、親子とも負担が少ないです。もちろん、受診前に1日で治れば受診しなくて済みます」
「また、4日目も発熱が続く場合は、精密な検査を検討するなど、医師の判断も変わってきます」
自宅で熱のケアをする際の適切な方法
自宅でケアする際はどのようにしたらよいでしょうか。
「熱が高いときは水分を十分にとることを心がけます。食欲があれば食事はふだん通りで大丈夫です。赤ちゃんで便がゆるい場合は、離乳食を1ステップ戻すのが目安。ミルクや母乳を薄める必要はありません」
「手足口病やヘルパンギーナで口内炎がひどいとジュースやお茶がしみる場合もあるので、常温の水や乳製品など、本人が受けつけるもので水分補給しましょう。また、着せすぎや布団の掛けすぎは禁物です。本人が快適そうにしていることを最優先します」
最後に、「大人の知恵熱」というはどういったものでしょうか。
「『精神的にも肉体的にも疲れた状態で風邪をひき、熱だけが出た』という状態を指すと考えられます。ですが、疲れだけで感染防御機能がひどく落ちるとは考えにくいです。月に何度も繰り返す場合や、微熱だけど続いている…といった場合は、病気が潜んでいる可能性もあります。安易にストレスや疲れで終わらせずに、必ず受診してください」
育児中は忙しくて何かと自分のことを後回しにしがちな時期ですが、家族の幸せはママパパの健康あってこそ。自分のケアもしっかりしましょう。
お話を聞いたのは…
窪田満先生
日本で唯一、そして最大規模の小児・周産期を専門とする国立高度専門医療センターであり、地域の中核的病院としての顔も持つ「国立成育医療研究センター」で総合診療部統括部長を務める小児科医。「高度な病院の普通のお医者さん」として、重症患者の医療的ケアからさまざまな分野の専門医のサポート、在宅医療への橋渡し、普段は元気な子どもの急病に対応する救急外来での診察まで幅広く手がけ、さまざまな子どもや病状に接している。