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東京の街で「ヒジャブ」の彼女がクリエーターとして生きる理由

2019年9月14日 10:00 ハフポスト日本版

クリエーターとして活躍するUNDER30に、同年代のハフポスト編集部スタッフがインタビュー。同年代ならではの視点で"職業"について聞いてみました。

世界を見透かすような眼差し。華奢な体が放つ、静かな強さ。

髪や肌の露出を控えた「モデストファッション」を東京から世界に発信するクリエーターがいる。

「作品」にはそんな彼女の印象が色濃く反映されている。

ラハマリア・アウファ・ヤジッドさん(25歳)
国籍はインドネシアで、イスラム教を信仰するムスリム。同時に、東京の下町で生まれ育った生粋の下町っ子でもある。

彼女は、クリエーターという仕事を通じて「社会の『壁』をぶち壊したい」と話す。「壁」とは、マイノリティとして日本で生きてきた彼女が今感じているものだ。

アウファさんは現在、クリエーターとして、ファッションやメイク・デザインの分野で商品のPRなどに携わっている。

彼女自身が企画、出演から編集を手がけた作品の一つが、松屋銀座とのコラボレーション動画だ。訪日するムスリム観光客に向けて作成したもので、撮影と編集を兄に手伝ってもらった。

黒いヒジャブとワンピースをエレガントにまとったアウファさんが、銀座の街をハイヒールで軽快に歩く。

デパートに入ると、真剣な表情で靴や帽子を吟味し、風鈴やおしゃれな雑貨を眺めては手に取る。抹茶に舌鼓を打ったり、天ぷら屋の暖簾をくぐったり…。

ブランド名など固有名詞は動画に映らないようにという制約のなか「空気だけでどう銀座を演出するかが難しかった」とアウファさんは振り返る。

「ラグジュアリーで上品な銀座のイメージ」を、ファッションや小物、バックミュージック、立ち居振る舞いや表情などで表現した。

スタイリングに関しては、銀座の高級感を演出するため、全身を黒でコーディネート。一方で、女性らしい軽やかさを出すために、ヒジャブはシフォン素材のものを使い、ふわっとした巻き方にした。

「外国人観光客にとって、東京観光といえば”桜”や”浅草”となりがち。だからこそ、モダンでスタイリッシュな東京の都会的な楽しみ方も伝えたいとイメージしました」と彼女は話す。

その他にも、アパレル系企業とのコラボレーションの仕事なども手がけるアウファさん。日本を訪れるムスリムの外国人が増える中で、彼女を頼る企業が増えてきている。

日本の「もののあはれ」がインスタの世界観


アウファさんのクリエーターとしての原点は、2015年に始めたインスタグラムでの発信だ。2019年9月現在、フォロワー数は8万3000人以上。2018年頃から、このインスタグラムをきっかけに企業などからコラボレーションのオファーが増えた。

コンセプトは、「東京×モデストファッション」。東京の街並みを背景に、ヒジャブをまとったアウファさんの自撮り写真が並ぶ。

「ぜひ撮影風景を見せてほしい」そんなお願いをしたところ、撮影に同行させてもらえることになった。

撮影場所に現れた彼女は、夏っぽい涼しげな素材の濃紺のヒジャブを着け、その上に黒いベレー帽を被っていた。深緑のブラウスの下は、紺色のボトムス。

「今日は撮影が上野周辺なので、エレガントよりはマットなスポーティー系の方が良いかなと思って。本当は、ニット帽を着けたかったんですけど、ちょっとカジュアルすぎるかなと思って」

「それぞれの街に自分がどう入り込めるか」が、スタイリングのこだわりだ。

撮影する場所を決めると、折りたたみの三脚を組み立てて、カメラを設置する。カメラは、アプリを通してスマホと連動している。

カメラに向かってポーズを取りながら、手元のスマホでシャッターを押し、撮影を始める。撮れた写真をスマホで確認しながら、視線や体の向きを微妙に変えていく。

撮影は1日がかりだ。「今日は“写真の日”というのを決めて、がっつり撮ります」とアウファさん。スタイリングとメイク、撮影、加工にそれぞれ2時間くらいかけ、全ての工程を自分ひとりで行う。

彼女が創作活動全般で最もこだわるのは「世界観」だ。

たとえばインスタでは、彼女の目を通した「日本の色」を表現する。

「私の作品はちょっと薄暗いトーンなんですけど、それは、日本の、なんていうんだろう…『もののあはれ』とか『無常』みたいな気持ちと重なっていて…。

四季の移ろい方、その儚さとか美しさは、日本ならではのものですよね。たとえば、冬の寒い中にある温かなランプの明かりとか。夏は蒸し暑いけれども、風鈴の音が涼しく感じて…みたいな。そういう音のソノリティも、独特だと思うんです。

インドネシアは1年中夏の国。みんな優しいんですよ。ただ、ずっと陽気でポカポカしていて、悲しむ期間がないというか。逆にその悲しみの期間、ちょっと淡い感じというのが日本では大切な時期でもあったりもして。そういうちょっと淡い感じが『日本の色』として、ファッションだけじゃなく写真の表現の仕方にも出ているんじゃないかと思っています」

写真の背景は、住宅街やストリートの風景が多い。

「私は、ギラギラしたものがあんまり好きではなくて。ダイナミックなネオンとかで東京を表す人もいると思いますが、私の写真はどちらかというと“哀愁”、どこか“冷たい”東京がモチーフ」彼女はそう話す。

初めてメイクに会った瞬間に『あ、これだ』って思った


クリエーターとして、ヒジャブを身に着けた自分の姿を積極的に発信しているアウファさん。インスタグラムを始めるきっかけは、一体何だったのか。

「実は、もともとファッションには無頓着で…」彼女はそう打ち明ける。

それどころか、かつて彼女はヒジャブに対して「ある葛藤」を抱いていたのだという。

そもそもヒジャブとは、イスラム教の聖典コーランの教えに基づき、ムスリムの女性が公の場で頭髪を隠すスカーフのこと。一部の国ではヒジャブの着用が法律で義務付けられているが、それ以外の地域では着用するかしないかはコミュニティや家族、そして個人の価値観によって左右される。

アウファさんによると、一般的にムスリムの女性がヒジャブを着け始めるのは思春期が始まったころ。しかし、中学・高校は制服もあったことから、彼女がヒジャブを着け始めたのは高校卒業後だった。

ヒジャブは自ら着けることを決めたというアウファさん。着けること自体には抵抗はなかった。しかし、問題はそのデザインだった。母親がインドネシアで購入したものはピンクやオレンジなどド派手なものばかりで、東京の街を歩いていると自分が浮いているように感じたという。

「日本には絶対ないような色やデザインでした。手元には他のヒジャブがなかったので仕方なく着けていたのですが…。もともと顔立ちも名前も外国人だし、幼い頃から人からの視線には多少慣れていたんですが、でも(ヒジャブを着けると)それ以上に目立つんですよね。自分のセンスと合わないものを無理矢理着せられて、街に出ているという気持ちがぎこちなかった」

そんな時に出会ったのが、日系ムスリムのデザイナー・HANA TAJIMA(ハナ・タジマ)のモデストファッションだった。東京の街に溶け込むような自然なデザイン。そして、それを自分らしく着こなすHANA TAJIMAの姿に「ヒジャブでも、自分なりに美しい着こなしができるんだ!」と感銘を受けたという。

出典: Instagram

メイクに興味を持ったのもちょうど同じ時期だった。

「姉の買い物の付き添いで、デパートのコスメ売り場に行ったんです。その時、ついでに私もカウンターでお化粧をしてもらったんですが、自分の変わり様に驚いてしまって。『あ、だから女性ってメイクするんだ』ってそこで初めて納得しました。それまでメイクは必要ないと思っていたんですけれど」

鏡に映る、今まで見たことのない自分ーー。同時に、もう一つの発見をした。

「私はもともとデザインが好きで、小さい頃から『将来は何かのデザインをしたい』って思っていたんです。でも、何のデザインをしたいのかわからないまま、大学も適当なデザイン系の学部に進学したんですけど…。

大学生の頃に、初めてメイクに出合った瞬間に『あ、これだ』って思ったんです。自分をキャンバスにし、試行錯誤を重ねることによって、自分の強みや弱みなどの、性質がどんどんわかってくること、磨きがかかることに楽しさを見出せたのです」


「それからは、ファッションとメイクに自分の本領が発揮できるようになった」と彼女は言う。

一方で、考えるようになったのは「ファッションとメイクという”ツール”を使って、何か社会に訴えられないか」ということ。そうして始めたのが、インスタグラムだった。

「自分の能力や生まれた環境をどうやって”社会”に還元するか」が今のテーマ


アウファさんがインスタグラムで投稿する作品に込める想い、それは「イスラム文化を知ってもらいたい」という願いだ。

「メディアで出るイスラムの話題といえば、テロなどあまりいいとは言えないニュースばかりなので…」。アウファさんはそう話し始めた。

「日本人にとって『宗教』はあまり馴染みのないものだと思います。ましてイスラム教は『男尊女卑』や『厳しい戒律』『原理主義』など、偏ったイメージを持たれてしまっていると感じます。私たちがどんなことを信じていて、どんな思いで生きているのか、本当の姿を知っている人の方が少ない。『知らないということ』が偏見を生み出してしまっているのかなと考えます」

「もう少し柔らかく、誰でも楽しめるような方法でイスラム教を知ってもらえないか…」そう考えたときに、目の前にあったのが「ファッションとアート」だった。

「物事を伝える手段はたくさんあります。でも、イスラムの文化を伝えていくのは、そう簡単なことではないと感じました。そこで、誰もが直感的に入り込める『ファッションとアート』を通して、まずは人と社会と繋がってみようと考えました。相手のことを知るだけでも、恐怖心って少し減ると思うんです」

インスタグラムから始めた発信をクリエーターという職業に発展させた今も、彼女はこのメッセージを変わらず持ち続けている。

一方で、クリエーターとしての彼女が今挑むテーマは「自分の能力や経験、生まれた環境をどうやって”社会”に還元するか」だ。

自分の経験ーーそのひとつが、マイノリティとして日本社会で感じてきた「肩身の狭さ」だと彼女は言う。

「外国人という見た目のせいでアルバイトで面接すら受けさせてもらえないなど、外見だけで判断されて、本来の自分を見てもらえないこともありました。また、『国籍はインドネシア、宗教はイスラム』という“聞こえ”だけで、日本とは何も関わりのなさそうな立場にいると受け止められてしまうことが、とても悔しかった」

しかし彼女は今、「日本人であろうがインドネシア人であろうが、『自分は自分』みたいなポジションにようやく辿りつけた」と語る。

「20代に入り、学業や仕事、人間関係など様々な成功や失敗の経験を繰り返していくうちに、人生について考える機会が多くなりました。また、さまざまなバックグラウンドを持つ人々との出会いのなかで、自分の抱える苦悩がいかに小さいものかにも気付きました」

「では自分はどうあるべきなのか、どうすべきなのか」。そこから芽生えたこうした意識が、いま彼女が「仕事を通して社会に還元したいこと」に繋がっている。

「日本は他人や違いを受け入れる文化がまだ少し弱いのかなと思っています。外国人やハーフなど、様々なルーツをもつ人々が集まって同じ社会で共生している時代なのに、いまだ“違い”に対して、人々の意識には“壁”があります。

そこで、人々の触れやすいデザインやアートという方法で、私なりに人々の意識の“壁”をぶち壊して、多様性の溢れる日本にできたらなって。

日本では、外国人やムスリムが“特別枠”として注目されることが多いですが、そもそもそんな違いが話題にされないくらい、日本人/外国人というボーダーをぼかしていきたいなと、私は思っています」

幼い頃から「新しさを見つけ、磨き上げることが好きだった」と話す彼女。今後もひとつの枠にはまらず、表現の可能性を追求していきたいという。

「今はメイクとファッションを通して、人や社会との繋がりをつくっています。でもそれが永遠に続くわけではないと思っています。これから経験を積み重ねるなかで、もっと表現に厚みが増して、新しい可能性を見出していけるのではと。そういう人生が楽しいなと感じます。まだまだ、いろいろ現在進行中」

アウファさんは目を輝かせてそう話した。

今回のインタビューのテーマは「仕事」。

最後に「あなたにとって仕事とは?」という問いをアウファさんに投げかけた。

「仕事とは、成長するために欠かせない”ツール”。失敗や成功など様々な経験や、人との出会いを経て、広い視野で物事を見極められる人になりたいです。一方で、そうやって得た経験やスキルを最大限に社会に還元し、人の“ライフ”を明るくすることができたら…」

ラハマリア・アウファ・ヤジッド
1994年生まれ。インドネシア人の両親をもつ、東京都出身のクリエイター。ヒジャブを使った、モデストファッションを提案。東京らしいセンスを取り入れたメイクやファッションを、Instagramを中心に発信している。スタイリングのアドバイザーとしても活躍中。

【取材・文=吉田遥(ハフポスト日本版)、撮影=ERIKO KAJI】

当記事は、ハフポスト日本版とLINEの"U30職業シリーズ"共同企画です。

外部リンク

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国籍は日本。だけどアメリカに家族がいて、香港に兄妹がいる。

2018年11月8日 12:06 ハフポスト日本版

<文・えるあき>

私は日本生まれ、日本育ち。

もっと細かく言えば、日本生まれ・日本育ちの母と、日本生まれ・日本育ちの父の元で育った。国籍は、日本だ。

自分の国籍に疑問を感じたことや、嫌悪感を感じさせられたことは一度もない。

ただ、少し広いレンジから私自身とつながっている家族たちを眺めてみると、ルーツやバックグラウンドは「日本」だけではない。

日本人の父親が2人、日本人と中国人の2人の母がいる。

日本人の祖父母と、アメリカ人の祖父母がいる。

そして、4人兄妹で私は上から2番目。

母は実父と26年前に離婚した。

実父は15年前ほどに中国人の奥さんと再婚して、今中国の大連で暮らしている。

ふたりには10才の息子がいる。彼は私の弟にあたる。

母は継父と22年前に再婚した。私が16才のとき、両親の間に娘が生まれた。彼女が私の妹。

継父は母と再婚する前に離婚していて、私よりひとつ上の娘がいる。

それが広域でみたときの私の姉だ。一度も会ったことはない。

アメリカ人の祖父母は、母が高校時代、留学先でお世話になったホストファミリーだ。

彼らは専門機関に所属せずに母を受け入れたため、彼らの元にきたのは後にも先にも母と母の妹だけだ。

母はこの一家のことを「私に家族の愛をくれた人」と説明する。

幼いときに父親を失った彼女にとって、実の両親よりも愛を感じたということだと思う。

母は辛いことがあると必ず彼らのもとへ帰る。そして、回復して日本に戻ってくるのだ。

私が彼らと初めてあったのは生後7カ月のとき。

生まれたときからずっと彼らは私の「アメリカのグランマとグランパ」で、彼ら家族は私のことを「グランドドーター」と呼ぶ。

一緒に買い物へ行けば、「うちの孫!大きくなったでしょ」と店員に話しかける。

そして相手は私をみて「あら〜、もうガールじゃないくてレディね!!」と笑顔を見せる。

私も何か辛いことがあったり、精神的に限界を感じたりすることがあると、彼らのもとに帰る。
「行く」のではなく、「帰る」。

だって、誰よりも安心感を与えてくれて、どんな場所よりもリラックスできる場所だからだ。

人はそんな場所に戻りたくなるとき「帰る」と表現するはずだ。

私がこういう話をすると、必ず誰かが「そんなの本物じゃない」とか「嘘つきだ」という人がでてくる。

約1年前、Ask.FMという匿名の質問投稿サイトを通じ、こんな質問が投げかけられた。

受け取ったとき、どうしても、腑に落ちなかった。

だって、「本物ってなに?」

「家族ぶってる」というならば、家族ぶらない家族とはどういうものなの?

離婚して再婚して得た家族は偽物なの?

血のつながらない関係は本物にはなれないのか。

アメリカの祖父母から美味しいミートソースパスタの作り方、ベッドメイキングのやり方、人を愛するということを教わった。

愛していると思ったときには相手の目を見て愛していると伝えること、言葉で伝えるのが恥ずかしかったら手紙を書く。

手紙の最後には「この胸いっぱいの愛とともに」と一言添えることーー。

アメリカの家族から受けた、こうした教えから、私は仕事ですれ違いが増えたとき、夫に毎晩手紙を書いた。

旅行に行けば、旅先でも手紙を書いた。

前職で心を病んでしまい、髪の毛を失った。

そのとき誰よりも助けてくれたのが、アメリカの祖父母だった。

祖母は「私よりあなたのほうが髪の毛ないけど、若さってずるいわ。だってキュートなんだもん」と言って、抱きしめてくれた。

祖父は「頑張ることだけが美しさじゃないんだよ。美しい人は顔にトマトソースが付いてても美しいんだから」と私の顔を拭いてくれた。

彼らの優しさに涙していると、叔父は私を膝にのせ「本当だったら抱っこしてあげたいけど、もうベイビーじゃないし、重いし腰にくるから」と抱きしめてくれた。

アメリカの家族だけじゃない、それぞれが私に与えてくれた愛や知識や教養は、全部今の私を作り上げている。

これが私のルーツで、私を語る上で、挙げた家族は全員、誰が欠けても成立しないのだ。

友人だって私の大切なルーツ

ASK.FMにあった「台湾」はきっと香港のことだろう。

14才のとき、イギリスに留学していた。そこで仲良くなった香港人の友人たちと、ずっと交流を続けている。

年上の彼らは私を「妹」と呼び、お互いに香港と日本を行き来して、同じ時間を過ごしている。

私が香港にいけば「日本のハーガオ(蝦餃子)じゃ、満足できないでしょ」と、食い倒れに付き合ってくれる。

お腹いっぱいになったら、私のホテルの部屋で仕事や家族、これからの将来について夜通し話す。

離れている時間も、私が不妊や扁桃炎に悩んでいると知れば「こっちにこういう漢方があるよ」と教えてくれる。

今年の夏に妊娠の報告をした。「赤ちゃんができたの」とメッセージを送ると、すぐに電話がかかってきてで泣いて喜んでくれいた。

妊娠の報告から1週間ほど経ったある日、香港の友人のInstagramをみると、見たことのある景色が載っていた。

思わず「え、東京にいるの?」とメッセージを送ると、返事が来た。

「そうだよ!!おめでとうって言いにきたよ!!」

サプライズ訪問の翌日、私と夫とみんなで焼き鳥を食べた。

「ねえ、生まれたら連絡して絶対」

「もちろん」

「やっぱり陣痛きたら教えて?その連絡と同時に空港に行くから」

「うそでしょ笑 それはおもしろすぎる」

彼らは友人だけど、私のルーツの1つだ。

誰がなんといおうと、彼らもアメリカの家族のことも、私は「恥ずかしい」なんて思ってない。

彼らのことを心から大切に思う自分のことも、「恥ずかしい」なんて思わない。

だって、そんなふうに自分を恥じるのは、彼らにすごく失礼だからだ。

人はいろんなところで生きて、愛されている。

私はこんな風に様々な家庭の真ん中で育ってきた。

もし私が日系人だったら、もし私が白人の養子だったら、あんな質問がきたらすごく悲しいはずだ。すごく傷つくはずだ。

見た目が外国人であれば日本国籍でも"ガイジン"だし、見た目が日本人だったら、外国籍でも"ニホンジン"。

理解できないからって蓋をするんじゃなくて、否定するんじゃなくて、一つの小さなデータとして頭に置いてもらえるとすごく嬉しい。

ハーフだから、日系人だから、日本人だから...。

両親が揃っていないから、血の繋がりの無い関係だから...。

ぜんぶひっくるめて、人は皆真ん中で生きている。

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様々なルーツやバックグラウンドの交差点に立つ人たちは、自分を取り巻く地域の風景や社会のありようを、どう感じているのでしょうか。当事者本人が綴った思いを、紹介していきます。

外部リンク