cat_3_issue_oa-gonkaku oa-gonkaku_0_3kc5ks3vb3u2_デカセギからRIZINへ~サトシとクレベル、日系ブラジル人とボンサイ柔術と日本の絆 3kc5ks3vb3u2 3kc5ks3vb3u2 デカセギからRIZINへ~サトシとクレベル、日系ブラジル人とボンサイ柔術と日本の絆 oa-gonkaku 0

デカセギからRIZINへ~サトシとクレベル、日系ブラジル人とボンサイ柔術と日本の絆

2021年6月11日 11:00 (C)RIZIN FF

 リング上の勝者はトロフィーを掲げてマイクを手に取ると、「ごめん。今日はちょっと難しい話がある」と、満員のアリーナの観客に語りかけた。

「ほんとうにありがたい人はいっぱいいる。私のチーム、私の家族……今日のこのトロフィーは一人ね、一人にあげたい。サカモト・ケン! いつも私を手伝ってくれて本当にありがとう。ごめんね、1カ月前、あなたのお母さん亡くなったね。だから今日、たくさん練習してきた……。お願い、お母さんに持っていって」──そこには、日系3世のホベルト・サトシ・ソウザらブラジリアンと、浜松・磐田の日本人との魂の交流の物語があった。
          *   
 13年前、単独で“デカセギ”が可能になる18歳の誕生日から1週間後、サトシはブラジルから来日した。静岡県磐田市の工場で鉄の加工の仕事につき、朝6時半の送迎バスに乗って仕事に向かう日々。サウナのように暑い作業場のなか、重い鉄を扱うライン仕事は過酷で、すぐに体重が減ってしまった。“ザンギョウ”は時に深夜に及ぶ。それは多くの日系ブラジル人労働者たちの日常だった。

“ニッケイ”と呼ばれたブラジル人たち。そのルーツは113年前に遡る。

 1908年4月28日、781人の日本人が「笠戸丸」で神戸港を出港し、52日後の6月18日にサンパウロ州のサントス港に到着した。最初のブラジル移民だった。

「錦衣帰郷」の言葉とともに故郷に錦を飾ろうと過酷な環境のなか入植した日本人の多くが、現地に根を張った。その2世・3世たちが30年前、「錦衣」の帰郷ではなく「デカセギ」として来日した。

 当時、日本はバブル景気の好況とともに労働力不足が深刻となり、1990年に入管法を改正。以降、滞在期間や就労に制限がない「定住者」として認められた日系ブラジル人たちが多数来日し、日本の製造業などを支えた。

 現在、国内最大級の格闘技大会「RIZIN」で活躍するホベルト・サトシ・ソウザ、クレベル・コイケ(ともにボンサイ柔術所属)もその一人だ。

 2019年7月28日、『RIZIN.17』さいたまスーパーアリーナ大会で1R TKO勝ちしたサトシがマイクで呼び掛けたのは、浜松でソウザ兄弟とともにボンサイ柔術の日本支部起ち上げに尽力した人物の名前だった。

 坂本健──2004年にサトシの兄、長兄のマウリシオ・“ダイ”・ソウザが来日してから17年間、ソウザ兄弟とともにボンサイ柔術を支援してきた人物。その坂本の亡くなった母に、サトシはトロフィーを捧げたい、と言っていた。

 出稼ぎとしての“ニッケイ”ブラジル人には、これまで「派遣切り」など大きく3度の危機が訪れている。最初は2008年のリーマンショック、2度目は2011年東日本大震災、そして、3度目はコロナ禍の今、だ。

 そんな中、なぜサトシをはじめとするボンサイ柔術の面々は、日本に残ったのか。そして、2021年6月13日(日)「RIZIN.28」東京ドーム大会で、サトシがGP王者のトフィック・ムサエフと、クレベル・コイケが朝倉未来と対戦するまでに至ったのか。

 そこには、移民として海を渡った人たちを祖先に持つ日系人が、日本をルーツとする「柔術」を通して、日本に根付いた「共生」の歴史があった。

ソウザ兄弟の才能を埋もれさせてはいけない

 早朝から夜9時の残業まで、昼夜を問わず工場で働いていたサトシの兄ダイに、坂本が出会ったのは2004年のことだ。

 日系ブラジル人しかいない磐田のサークルでブラジリアン柔術を習っていた坂本は、その年に来日した小柄なボンサイ柔術の長兄ダイに、巨漢の重鎮2人が実力を測るように、疲労した練習後半にスパーリングを仕掛けたときのことを覚えている。

「ダイ先生は力を使わず、2人ともことごとく極めてしまった。ボス的な2人がすぐにその実力を認めて、従うようになりました」

 ボンサイ柔術の創始者で父アジウンソン・ソウザと同じように小柄な分、引き出しが多く確かな技術を持っていたダイ。そして内面的にも信頼できる人柄に、坂本は惹かれた。

 ダイやサトシの父アジウソンは、ヒクソン・グレイシーの父エリオ・グレイシーも認めた柔術家だ。サンパウロで柔道、極真空手も学んでいたアジウソンは決して裕福ではなかったが、自分たちより貧しい人たちに無償で柔術を教えるなど地域に貢献し、周囲から敬意を得ていた。その息子たちはデカセギとして来日し、資金を蓄えることでボンサイ柔術を世界に広めようとしていた。

 そんななか、ノールールに近い“何でもあり”の試合で活躍する柔術家たちに憧れてブラジリアン柔術を始めた坂本と、ソウザ兄弟が日本で出会った。日系ブラジリアンによる犯罪もあるなか、坂本にはもともと偏見が無かったという。

「周囲にそう指摘されるまで、自分はそのことに全然気付かなかったんです。というのも、柔術が強くて上手い彼らを尊敬していたから、差別するなんて考えたこともなかった」

 パウリスタ(サンパウロ柔術選手権)で5度の優勝を誇るダイに続いて、19歳で黒帯を巻いた次男のマルコス・ヨシオ・ソウザ(マルキーニョス)、そして「将来の黒帯世界王者候補」といわれた三男のサトシも来日。彼らが長時間の「3K(キツい、危険、汚い)」労働の後に柔術に勤しむ姿に、坂本は自分に何か出来ることはないか考えたという。

「以前、自分もバイク工場でアルバイトをしたことがあるんです。すぐにこれは無理だ、と思いました。ライン作業で常にベルトコンベアにクラッチが流れてきて、ちょっとでも気を抜くと、あっという間にたまってラインが止まってしまう。わずか1カ月だけのバイトでしたが、ほんとうに厳しかった」

 ソウザ兄弟は、特別な才能を持っているのに、工場で働いて疲弊している。このまま埋もらせてしまってはいけない。自分が道場をつくって、指導者としての仕事をつくれないか。そうしたら、いつか彼らも工場で働かなくても生活できるようになるかもしれない──そんな思いで坂本は、浜松の積志駅近くに「ブルテリア格闘技ジム」をオープン。そこをボンサイ柔術の日本支部とした。

 デカセギとして14歳で両親とともに来日したクレベル・コイケもソウザ兄弟の実力に惚れ込んだ一人だ。日本のボンサイ柔術に入門することで初めてブラジリアン柔術を知ったクレベルは、サトシと同い年。サトシの柔術での輝きを知るクレベルは、兄たちが道場運営に専念できるようになっても、工場で働きながら練習や指導をするサトシとともに工場に通い、その背中を追っていた。

「派遣切り」に身を寄せ合って暮らした

 そんななか、2008年の秋、リーマンショックが起きた。

 ブラジル人の多くは短期契約の非正規雇用。不況で最初に痛手を負うのは社会的弱者だ。雇用の調整弁として働き「派遣切り」で職を失うと、派遣会社の寮で暮らしていた多くのブラジル人達が住む場所を失い、突然の帰国を余儀なくされた。

 橋の下で寝泊まりをする者も現れるなか、日本政府は「帰国支援金」として、手切れ金のように30万円を給付して帰国をうながした。しかし「5年間再入国禁止」という厳しい条件付きだった。抜け穴のように法を改正し“ニッケイジン”を利用するだけ利用し、都合が悪くなると「国へ帰れ」という。そのとき、マルキーニョスもサトシもクレベルも、ブラジルには帰らず、日本に残った。

2021年5月、浜松のボンサイジムでサトシとクレベルは激しいスパーリングを行っていた

 ひとつのアパートに身を寄せ合って暮らす日々。当時を彼らはこう振り返る。

当時は、道場に日系ブラジリアンが多かったから、すぐに道場経営が成り立たなくなった。ブラジル人がみんな帰ったり、残っててもみんな給料が無いから、月謝を払えない。2年くらい、ただ家賃を払い続けて。だんだん生徒が戻って来たときに、今度は2011年にツナミが起きた……大変だったけど、このときは日本に恩返しがしたくて、チャリティーセミナーで物資を集めて、被災地まで送ったりしたよ(マルキーニョス)

リーマンショックは本当に一番キツかった。工場の仕事も急に午後2時とか3時までに短縮されて、給料もすごい下がった。道場生も数人になってしまって、わずかなお金を食費にあてていた。マルキーニョスとクレベルとお金を持ち寄って、3万円ずつ分け合って暮らしていた。ブラジルに戻らなかったのは、夢があったから。私の夢は日本での夢だった。でもいろいろなデカセギ外国人たちはやっぱりお金を貰って帰ったよ。それぞれの事情があったし目的が違う。私はここで成長したかった。いまのようにRIZINも無いし、ツラい時期だったけどね(サトシ)

リーマンショックのときは18歳だった。家族で家を買うためのお金を貯めてたけど、それをブラジルに帰るための費用にあてることにして、両親たちはブラジルへ帰った。僕はちょうど柔術から2008年にMMA(総合格闘技)でデビューしたときだったから、ツラくても日本に残ったよ。工場の仕事が無いときは、養鶏場やゴミ回収のアルバイトもした。頭の中は、“一度やってみなきゃ分からない”だった。自分の柔術をMMAで試してみたかった。日本でどれだけ格闘技でやれるのかも。

 もともと柔術は日本がルーツだ。それを僕は、日本で出稼ぎにきて、このボンサイ柔術で習ってプロファイターになった。あのときブラジルに帰っていれば……それはいまに至るまでの道のりより簡単なルートだけど“ニゲミチ”だった。そしていまの僕は無かった。ここにはボンサイ柔術と、サカモトさんのように、僕ら“ニッケイ”を繋ぐ日本人がいたし、日本の“セイト”たちがいたからね(クレベル)

心奪われた。柔術をやってみたいって(関根)

 RIZINやプロレスで活躍する関根“シュレック”秀樹も、サトシたちを「先生」と呼ぶ「生徒」の一人だ。

 元刑事の関根は、柔道出身。当初は、愛するプロレスラーの船木誠勝がヒクソン・グレイシーに絞め落とされた姿を見て、ブラジリアン柔術を「敵」だと感じていた。

 2000年代、関根が勤務していた浜松ではブラジル人による犯罪が頻発していた。外国人犯罪の事案を手がける国際捜査課に異動となった関根は、ブラジル人に関する情報収集を目的に、ブルテリア・ボンサイ柔術に入門した。

 柔道で活躍し、機動隊出身の関根にとって、オリンピック競技でもない柔術は“下”の存在だった。ところが、ボンサイ柔術で関根は、その奥深さに触れる。

「初めてダイ先生のテクニックを見たときに、十字絞めの襟への手の入れ方が美しすぎて“ああ、モノが違うんだな”と。そして、マルキーニョスと組んでみたら、もうこてんぱんにやられた。自分の力を使う前に流されて、力が入らない。このときに、心を奪われたんです、柔術を習ってみたいって」

 当時は、いまよりずっと日本人と日系ブラジリアンの間に大きな壁があった。互いを知らず、知ろうともせず、距離を置くことで、分断と対立が生まれていた。

 関根は、初めて出場した柔術の白帯の大会を勝ち上がるなかで、予想もしなかった応援を受ける。

「4試合目でもう足がつって、握力も無くて、体力の限界がきちゃったんです。それで動けなくなったら、ブラジル人たちが男の子も女の子もみんな、ものすごい大きな声で応援してくれて……まるでテレビで観ていたブラジルのサッカーの試合みたいに、『セキネ、セキネ!』って……感激しましたね。勝ったことにじゃなくて、今までの人生でそんなに応援されたことなんてなかったから」

 義理がたく情に厚い──昔の日本人のような気質を持つ彼らを、最初から色眼鏡で見ていたことに、関根は気付いた。

 練習後のある日、ダイから自宅でのシュラスコパーティーに誘われた。野趣溢れる料理に、ラテン音楽。明るく、ときに情緒的な旋律は、祖国を離れた日系ブラジリアンたちの郷愁、同じルーツを持ちながら異なる文化を育った、サウダージとも呼べる感情を呼び起こした。おおらかなブラジル人たちは緩やかな時間を生きている。もしかしたら日本人の方が急ぎすぎなのかもしれない。相手の習慣や価値観を理解すること。関根は、またひとつブラジリアンたちの、ほんとうの気持ちに近付いたような気がした。

レッテルを貼ること、無知が恐怖を呼ぶ

 関根のなかで変化が起きていた。

「当時、警察官と接点のあるブラジル人の多くが犯罪者で不良ブラジル人とばかり会ってるから、ブラジル人を見ると『ブラ公、ブラ公』って蔑称で呼んでる同僚がいたんです。『お前らは……』って。それを聞いて思わず自分、『ブラ公なんて言うんじゃないよ。なんにも悪いことしてない人にそんな風に言うなよ』って」

「お前ら」と呼ばれた瞬間、そう呼ばれた人がマイノリティーになる。何らかのレッテルを貼っていることが意識の中で働き、ひとくくりにしてしまう。そして“知らない”ことが、恐怖を呼ぶ。

 坂本も関根も口をそろえて言う。

「悪いブラジル人もいれば、良いブラジル人もいる。日本人も同じ。悪い日本人も良い日本人もいる。そんな当たり前のことに、気付けないのは“知らない”から。もしかしたら、日本人がブラジル人を怖い、と思うように、ブラジル人も日本人を怖い、と思っているかもしれないのに」

日本人はフリオ(冷たい)じゃなかった

 リーマンショック後、職を失い「あなたの国に帰りなさい、ここにいる必要はない」と日本人から言われ、多くの同朋たちが帰国した。しかし、サトシには、この地で「一緒に歩いてくれる人」たちと、すべきことがあった。

 ブラジルで父アジウソンから、いつも「人として正しい道を進むように」「やるべきことに100パーセントを注ぎなさい」と言葉を受けていたサトシは、末期がんで入院した父のために一時帰国し、直に黒帯を手渡されている。それは「アジウソン ソウザ」と刺繍された父の黒帯だった。

「この帯を病院のベッドの上ではなくタタミの上で渡したかった。でもここから出られないって分かっている。この帯を誇りに思い、幸運を祈る。腰に締めるたびに、“何を求めるべきか”思い出して。力になるから」

 サトシにそう言った夜、父は逝った。

「父が危篤状態のとき、私たちはお金が無くてブラジルに帰れなかった。そこでお金を貸してくれたのが、お父さんの知人でした。その時、彼に聞かれたんです。『なんでまだ浜松にいるのか? なぜブラジルに帰って来ないのか?』と。そのときに兄のマルキーニョスと話し合ったのは、私たちには夢がある、ということ。将来的にボンサイ柔術を世界に広めていくという夢を持っていて、その目標があったから、決して諦めなかったし、これからも諦めない」

 サトシがデカセギをしながら、ムンジアル(柔術世界選手権)の紫帯と茶帯で優勝したのは、来日後だ。欧州選手権では黒帯を制している。青帯まではブラジルで基礎を作り、それ以降は日本でしか練習していなかったサトシが優勝したことは、世界の柔術家を驚かせた。日本で「世界」を獲ることは不可能と言われていた状況を、サトシが切り開き、サトシの活躍を見て日本の柔術家、そして日本のブラジリアンコミュニティの子供たちも「頑張れば僕たちもできる」と希望を持つことが出来た。

 そんなサトシたちを見守ってきたのが、坂本健の母・正子さんだった。2018年の秋にステージ4のがんと宣告を受けながらも治療を耐え抜き退院。マルキーニョス、サトシ、クレベルの試合をいつも会場で応援してきた。

「サトシのRIZINデビューが決まった時も、すぐに母を連れていく約束をしました。まだ10代の頃からサトシを見て来た母は、サトシが念願のRIZINで勝利したことを我がことのように喜んでいて、サトシも勝利後、浜松に帰る前に横浜アリーナの観客席にいる母にこっそり会いに来てくれたんです。その後、母は様態が急変し緊急入院し、6月16日にこの世を去りました」(坂本)

 冒頭のサトシの言葉は、この正子さんに向けた言葉だった。2019年7月さいたまスーパーアリーナで勝利したサトシは、日本の母を失い、勝利者トロフィーを捧げた。

「どこへ行っても、僕が試合をすると坂本さんのお母さんも一緒に来ていて、応援してくれた。常に自分と一緒に歩いてくれた。日本人はフリオ(冷たい)という人もいたけど、そんなことはなかった。日本でボンサイ柔術を始められたのも、今、坂本さんが僕を助けてくれているのも、坂本さんのお母さんが坂本さんと僕らを助けてくれたからだと思っています」(サトシ)

「柔術は規律を与えてくれる」という。

 道場では生徒たちが待っている。キッズたちに最初に教えるのは基本の技と「防御」だ。自身をいかに護るか。柔術の源がセルフディフェンスなら、自分の心も護れないといけない。だから、2019年のライト級トーナメントのジョニー・ケース戦で見せたような、心が折れる敗戦はもうしたくない、という。

 2021年6月13日、東京ドームで、RIZINライト級のベルトがかかる試合を前に、サトシは誓う。

「前回のトーナメントで優勝したムサエフのことをすごくリスペクトしている。でも、たとえどんなに劣勢になっても、諦めない。心も身体も柔術が護ってくれる。ラスト1分でも一瞬を逃さない。上にいても下にいても、どこにいても必ず、極めてみせる」

自分なら出来る、この道で行くと決めた

 サトシとともに、クレベル・コイケは、東京ドームで、YouTuberとしても人気を博す朝倉未来と対戦する。両者の試合は、「日伯の喧嘩屋対決」とも言われている。

 来日当時14歳のクレベルは、痩せっぽちの少年だった。日本の中学校で日系ブラジル人たちがいじめられている姿を見て、学校には行かなくなった。

 日本人の祖父がブラジルで柔道をやっていた縁から、サンパウロで7歳から柔道を始め、来日後、ボンサイ柔術に入門した。静岡県天竜市の伯系コミュニティーの柔道サークルにも通っていたクレベルは、後の北京五輪柔道女子ブラジル代表にもなったダニエラ百合中沢バルボーザとも練習していたという。

 柔道は「下手くそだった」。

「柔道でやられそうになったときによく寝技に行った。柔道のルールだと、三角(絞め)を持ち上げられたら『マテ』じゃないですか。でもそれで止めないで絞めたら、めっちゃ怒られた」と苦笑する。

「柔道の“微妙な黒帯”にはなりたくなかった」という。柔術でスペシャルな黒帯選手になること、そしてMMAで成功すること。

「サトシはいつも自分にとってこうなりたい、という存在。サトシとは歳も同じで、帯の進級も一緒だった。でも、柔術のレベルは全然違った。だから、僕はMMAを感じてみたかった。子供の頃から喧嘩も多かったし“何でもあり”になったらどうなるか、自分ならできる、僕はこの道で行くと決めたんだ」

 リーマンショックの年に始めたMMAは、初期の試合で苦い敗戦を経験しながらも、9年をかけて、欧州のメジャータイトルを獲得するまでになった。

 2017年5月27日、ポーランドのワルシャワ国立競技場でクレベルは、王者マルチン・ロゼクに判定勝ちし、第3代KSWフェザー級王者に輝いている。磐田のアパートで食費をかきあつめていた少年が、「5万8千人」の大観衆の前でベルトを巻いた。クレベルにとって最初の到達点だった。

「欧州のKSWではいつもライオンと戦っているようだった。常に自分はアウェーで勝ちを望まれていなかったから。僕にとって周りにいる人たちが幸せだと思えることが最大のモチベーションだ。両親と離れて戦うことが、それだけのことをかける価値があることだと感じたかった」

 その後、2019年から日本に主戦場を移したクレベルは両親も呼び寄せ、3試合連続で一本勝ちをマークしている。

“センセイ”という言葉はすごく重みがある

 そして、今回の朝倉未来戦。類まれなストライカーの朝倉に対し、クレベルは強い柔術を軸とした思い切りのいい打撃、そして時に、相手を引き込むことも辞さない、下からの柔術のガードワークを武器とする。それは、現代MMAでは、タブー視されている危険なムーブだ。

「僕は、本当に自分の柔術を信じている。人生で生きていくなかで、大変なときがあって、それを乗り越えて、そこから強くなって成長してきた。試合も人生と同じで、良いときも悪いときもある。悪かったときに、大きな経験を積んで強くなった。みんな『ヒジ打ちありでグラウンドで下になるのは危ない』と言うけれど、今までたくさんそういった経験をしてきた。もしミクルがパンチやヒジを打って来たら、自分にとっては極めるチャンスがどんどん生まれてくる。僕が警戒すべきは、ミクルのコーナーゲームやロープゲームだ。コーナーやロープを掴む反則はしっかりチェックしてほしい」

“喧嘩屋対決”と喧伝されるが、坂本も関根も、クレベルが怒りをあらわにするときは、たいてい周囲のことだという。

「クレベルが熱くなるときって、自分のことじゃなくて周りに何かあったときなんです。例えば試合中に、相手コーチに生徒が突き飛ばされて怒ったり、友達に何かあったりとか、義侠心のようなものがある」(坂本)

 その部分で朝倉未来と比較されることについて、クレベルは、「ミクルと違いがあるとしたら、僕たちの方が厳しい時代を過ごしてきた、ということ。悲しい話はいろいろあるけど、それだけに執着したくないんだ。いろいろ難しかったよ。彼は好き好んで自分からそっちの道に行ったかもしれないけど、僕にとっては行きたくて行ったわけじゃなくて、場合によってはギャングの道に巻き込まれてしまう可能性もあったんだ」という。

 そうならなかったのは、ボンサイ柔術の仲間たちの力が大きい。

 父の亡き後、サンパウロ本部を継いだダイは、リーマンショックで帰郷を迫られたクレベルが、様々な誘いを受けるなか、「マルキーニョスとサトシと一緒に住むといい。彼らとともに進んでほしい」と道を示した。

 同い年のサトシもクレベルの良い資質を引き出してきた。クレベルが仲間のために会場でもめ事を起こして問題になったとき、破門されそうになったクレベルをサトシは涙を流して「自分が一緒にいるからチャンスをあげてほしい」とマルキーニョスを説得し、道場に留まらせた。そんなサトシが、RIZINのリング上にクレベルも引き上げたのだ。

 そして、多くの偏見にさらされた日本で、敬意を獲得するきっかけも柔術だった。

「僕にとって“センセイ”という言葉はすごく重みがある。それは彼らにとって良き道を示す責任があるということ。セイトたちもその親たちとも、一人の人として接することが出来る。自分のことを格闘家として知っている人たちは敬意がある。

 でも、反面、“ニッケイ”“ガイジン”として、差別的な思いを抱く人がいることも理解できる。ニッケイブラジル人の中にも悪いブラジル人がいて、それによって自分たちも影響を受けてしまうことも。

『日本で義務教育も受けてない日系人が一人で生きていくことなんてできない。だから自分を守るためにもギャングのメンバーになるしかなかった』という言葉を聞いたことがある。自分は、できれば証明したい。みんながみんな悪いブラジル人じゃない、柔術が君を守ってくれるよ、と」

クレベルの打撃クラス。キッズとプロが隣り合って練習する

常に“外側”にいたアウトサイダーとして

 日本とブラジルの国旗を掲げてKSWで王者になったとき、ポーランドでは空港職員からサインを求められた。帰国した日本の空港では、職務質問を受けた。何が自分を既定するのか。ブラジルではブラジル人として見られず、出稼ぎに来た日本では日本人に見られず、それでも日本人の血が流れ、この国に住んで18年になる。いまの自分はナニジンなのか。

「いまでも日系ブラジル人。日本人とは言い切れない。でもここでは自分に差別はない。それに、日本人と同じじゃなくていい」と、クレベルは、いう。

「日本人と違うところがある。私とあなたは違う。でもその違いがあることを認めることが大事。それが……ディベルシダージ(多様性)だし、その力を育むのが格闘技だ。それを通して、僕は共通の言語、柔術でみんなと会話できる」

 朝倉未来とは、その意味で似てるとも思う。
“ニッケイ”として常に日本人の“外側”にいた。
 クレベルもまた“アウトサイダー”の一人なのだ。

 それでも、いまの彼には帰るべき場所がある。
「日本に僕の生活がある。僕らの夢はこの日本で、日本の子供たちが柔術を通して成長し、人として豊かになることをサポートすること。そして、それを僕ら“ニッケイブラジル人”がやれるってことを、この国の人に見てほしい。僕の家族を助けることが出来るのも、僕にとって大きな夢だ」

 コロナ前に、母国ブラジルのファベイラ(貧民街)で、ボンサイ柔術のソーシャルプロジェクトとして、120人の子供たちに柔術を指導し、道衣や大会参加費などを援助。さらにスポンサーを集め、食べ物や衣服などを提供する“足長おじさん基金”を起ち上げた。

「『サトシやクレベルみたいになりたい』ってメーセージが来るよ。彼らの目標になりたい。その意味で、MMAのベルトは僕にとってファイシャ・プレタ(黒帯)みたいなものだ。試合は僕たちの違いが如実に出るだろう。打撃が勝つか、僕らの柔術が勝つか。試合も人生も苦しい時間は必ずある。でも、最後にベルトを巻くのは自分。それ以外の道はない」

人として人生に向き合うこと

 現在、在留ブラジル人は20万人を超えている。それでもブラジル人の増加率は他国よりもゆるやかで、総数で1位は中国人、2位は韓国人、3位はベトナム人、4位はフィリピン人、ブラジル人は5番目だ。

 少子高齢化が止まらない日本は、今後も海外からの人材がなければ経済が立ちゆかないのが現実で、すでに日本は移民大国と言える。そんななかで、いかに対立から相互理解を深めるか。

 ボンサイ柔術とその仲間たちは、浜松・磐田の地で、行政より先に、コミュニティーの一員として共に歩む道を進んできた。少なくとも坂本は、サトシやクレベルたちの「人生」を受け入れてきた。

 坂本は、サトシやクレベルらボンサイ柔術の面々が試合に向かうとき、必ず行っている儀式を、控え室や柔術会場の片隅で見守ってきた。

 父アジウソンが遺した写真と言葉を前に正座し、戦うことを誓い、気持ちを集中させて、リングや畳に向かう。

O jiu jitsu sempre foi a alegria da minha vida.
Todas as vezes que amarrei minha faixa honrei meu kimono.

Dos adversarios que perdi, aprendi a licao de como fazer certo.
Dos que ganhei, a certeza de que percorri o caminho da vitoria
sem nunca me sentir melhor ou pior.


「柔術は私の人生で常に幸福をもたらしてくれました。毎回、帯を結ぶ度に私は、自分の道衣の労をねぎらってきました。戦い負けた時は、私は戦った相手から正しいやり方を教わりました。戦いに勝った時は、勝利に向かって進んで来た道が正しかったことが確認できました。それにより、最高や最悪といった気持ちに支配されることはありませんでした」

Tirei de cada treino, todo o prazer que o esporte de kimono
pode oferecer.

A maior verdade que encontrei foi a alegria dos meus filhos,
o amor da minha esposa e o respeito dos meus amigos.
Sigo em paz certo de haver cumprido minha tarefa.”
Adilson de Souza


「私は日々のトレーニングで、柔術の中で幸福を感じていきました。柔術は私にそれらを提供してくれました。そして私の見つけた最大の真実は、私の子供たちの喜び、妻への愛、そして友人たちへの敬意でした。私は安らかに、自分の使命を果たしたことを確信しています」──アジウソン・デ・ソウザ

 勝つこと・負けることより、真に戦うこと──それはタタミの上だけではなく、リングでも日常でも、相手だけでなく自身の心とも戦い、敬意を持つこと。それを父は柔術の“息子”たちに伝えていた。

変わるアイデンティティ、変わらないスピリット

 アジウソン・ソウザが創始した「ボンサイ柔術」の由来は、ボンサイは手入れが大変だが、手をかければ美しく、強くなることから名付けられたのだという。

 かつてブラジルに渡った柔道家は柔術との対立のなかで、「柔道も柔術も同じ」だと言った。「だって柔道も柔術も同根ですから」と。

 人の魂は住む土地の風土に根差す。どのような人物に成長したか、どこに帰属するかという意味で、人は土地の影響を受ける。土が変わればボンサイも変わる。マルキーニョスは、ボンサイ柔術も変わっているという。


「いま、お父さんが見たら驚くかもしれないね。クラシックなボンサイ柔術にモダン柔術が加わり、いまはサトシたちのMMAが、僕たちの柔術のなかに確実に備わっている。でもボンサイ柔術のスピリットは変わらない。そして、アイデンティティも変わるものだと思う。常に自分が何者であるかは再定義していくものでしょう? でも、それは誰かにレッテルを貼られるものじゃない。自分のアイデンティティが何かを決めるのは、自分自身の選択だから」

 2021年6月13日、東京ドームで我々は新たなボンサイ柔術と、サトシ&クレベルの姿を見ることになるだろう。(取材・文=松山 郷)

この記事はゴング格闘技とLINE NEWSによる特別企画です。

外部リンク

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朝倉未来と対戦するクレベル・コイケ「タップしないなら落ちる、折れちゃう」

2021年6月10日 19:01 ゴング格闘技

 2021年6月13日(日)東京ドーム『Yogibo presents RIZIN.28』のメインイベントで、朝倉未来(トライフォース赤坂)とクレベル・コイケ(ボンサイ柔術)が対戦する。

 RIZINの公式YoTubeでは、朝倉の「タップしたら試合が終わってレフェリーが助けてくれてっていう、俺たちはそんな中途半端な気持ちでやってない」という言葉に、クレベルは「タップしないなら、絶対落ちるよ。壊れちゃう、折れちゃう」と、強制的に試合を終わらせることを語っている。



 現在店頭に並ぶ本誌『ゴング格闘技』7月号のRIZIN特集では、ボンサイ柔術のホベルト・サトシ・ソウザ×クレベル・コイケ×アラン・ヒロ・ヤマニハの3人の鼎談を掲載。3選手の知られざる姿を語ってもらっている。

 今回は試合直前のスペシャルとして、本誌からクレベルのインタビューの一部分を掲載。また陣営から、元SB世界スーパーライト級王者にして現ONE Fighting Championshipファイターの鈴木博昭(BELLWOOD FIGHT TEAM)、関根“シュレック”秀樹の証言も併せて紹介する。

 クレベルは今回の朝倉未来戦にどんな思いを抱いているのか。ルーキー時代の秘話も特別掲載した。

「絶対に間違えない」のは無理



──試合の話の前に、前回の取材で、クレベル選手が14歳で日本に来日して、不景気のときに大変だったことを以前、聞きました。工場仕事が減ってしまって、生活に困り、養鶏所での糞掃除やゴミの回収なども行っていたそうですが、そのアルバイトのなかに「犬の散歩」というのがあって、これはいったい……。

「(隣にいたサトシやヤマニハが大笑い)あー、それは……仕事関係の人が大型犬を飼っていて、散歩をするように頼まれて、それで給料というか、お小遣いをもらっていた。ほんとうに生活が大変だったからね。それが毎日だから、雨が降ったら寒いけど、関係ない」

──立派なアルバイトじゃないですか。なぜサトシ選手たちは笑って……。

「田んぼや畑ばかりの田舎道だからね……すごい大きい犬で2匹もいたから、場合によっては、その犬に自分がスケボーに乗って引っ張ってもらったり(一同笑)。それで犬もあちこち動くから……(笑)」

──それは散歩というのか(苦笑)。やんちゃなクレベル選手らしいエピソードです。さて、話を変えて。いよいよ6月13日の日曜日に東京ドームで朝倉未来選手との試合を迎えます。朝倉選手をどうとらえていますか。

「アサクラはベルトを持ってないけど日本のトップね。RIZINの中では、66~68kgで一番試合をやっているのも認めるところのひとつだ」

――右利きサウスポーでカウンターが巧みな未来選手をどうとらえていますか。

「ミクルは僕と試合をするために、ずっと想定して練習をやってきただろうね。でも僕もその前からやってきた。もしミクルがサウスポーで構えても、オーソドックス構えでも心配なところは何もない。今までもサウスポーとは戦ってきているからね」

――相手が試合を受けるのには勝つ自信もあるからだと思います。クレベル選手の黒星は、ここ10試合で一つだけ。18年のKSWでのマテウス・ガムロ戦の判定負けは、相手がサウスポーでした。そして、ガムロは、クレベルのガードワークに付き合わず立ち上がる形で判定勝ちした。

「たぶん僕とやる選手は、必ず一番最後に負けたガムロ戦を見て、“やれる”と考えるんだと思う。でも、みんな忘れがちだけど、KSWで二階級制覇したガムロは、ADCCの欧州王者だよ。あれほどレスリングと柔術、組み技が強いから、あの戦い方が可能だ。誰もが出来るわけじゃない。それに僕は試合で負けたときに一番成長する。いまの僕はあのときとは全然、違うよ」


――朝倉選手は、「一つのミスで一気に極められる可能性がある。研究して弱点も何個か見つけた」と言い、日本のトップグラップラーである岩本健汰選手と練習しています。組み技を徹底的に切って、組まれても対処を間違えない対策を練って来ていることは想像に難くありません。

「それは僕は心配しない。全然問題ない。半年くらいでスタイルを変えることはできないし、“絶対に間違えない”のは無理。それは僕も同じで、1カ月で打撃のスタイルを変えるのは無理。みんなが知っているように、僕は寝技が上手くて彼は打撃が上手い。キツい試合になれば彼は絶対に打撃のスタイルに戻る、僕は絶対に寝技になる。そのときにどうなるか。蹴りもパウンドも、相手のどんな攻撃も自分にとってはチャンスになる。一瞬でもね」


未来で警戒すべきは、コーナーゲームとロープゲームだ



――なるほど。未来選手のMMAでのグラップリングの動きはどう見ていますか。

「RIZINで寝技らしい寝技になったのは、唯一あの試合だけかな。カザフスタンのボクサー(カルシャガ・ダウトベック)との試合。ミクルにとって打撃で思うようにいかなくて寝技に持ち込んでる」

――未来選手はサイドからスイープする動きも見せています。

「うーん……腰が強くテイクダウンデフェンスに長けている。でもミクルの組み技で最も警戒すべきは、コーナーゲームとロープゲームだ。矢地は、ミクルにロープを掴まれずにテイクダウン出来ていれば展開は変わっていたと思う。運営にはしっかりチェックしてほしい」

──未来選手は「タップしない。俺たちはそんな中途半端な気持ちでやってない」と言っています。それでも極め切ることはできますか。

「そうだね……未来はここまでタップしてない。たぶん、次でみんなビックリする。彼は絶対にタップするから。間違いない。タップしないのなら、絶対落ちるよ。壊れちゃう、折れちゃう。でもタップしないならそれはしょうがない」

――クレベル選手はカイル・アグォン選手をダウンさせたパンチなど組みの圧力のなかで、思い切りのいい打撃も効かせています。その点での進化はいかがですか。

「まだ、試合で打撃は見せていないよ。あの試合は相手に合わせただけ。自分の見せたい打撃じゃないから。ミクルの蹴りやカウンターが上手いことも分かっている」

――ほかにも打撃のレパートリーはあるのですね。

「そこは豊橋のBELLWOODで鈴木(博昭)サンとしっかりやっているよ」


――どんな試合になるでしょうか。

「面白くならないわけがない。僕たちの違いが如実に出る。打撃が勝つか、僕らの柔術が勝つか。ミノタウロ(アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ)がいたPRIDEの時代に戻るような感じだね。柔術、打撃、それぞれの価値を守る」

――この試合を越えて、その先の目標は何でしょうか。

「夢はあるけど、彼(未来は)その夢の邪魔だね。それを除かないと。試合も人生も悪い時間は必ずある。でも最後にベルトを巻くのは自分だ。それ以外の道はない。ベルトは僕にとって黒帯みたいなもの。獲ることは難しくない。難しいのは保持し続けることなんだ。僕は王者になって防衛し続けたい」


鈴木博昭「クレベルにはキラーインスティンクトがある」


「クレベル選手の打撃は喧嘩屋らしく“キラーインスティンクト”と言うべき殺戮本能があります。そして打撃と組みが繋がっている。未来選手は、今回の試合に向けて『打撃もフィジカルも組み技もようやく本腰を入れた』という雰囲気を出しているけど、もとからやっていたかもしれないし、そういった“幻想”を作るのも上手い。クレベルはその幻想には動じないです。戦(いくさ)だったら確実に仕留めるためにモノを考える。“やるか・やられるか”なんてない。“自分だけが確実に仕留める”のが本当のやり合いだろうと思うので、そういう練習をしています。ポイントは見えています。なので、今回はクレベルが勝つと思います」

関根シュレック秀樹「心と身体のスタミナがすごい」


「クレベルはKSW後も自分で参加費を払って柔術大会に出るくらい、戦うことが好きなんですよね。柔術でも無差別級に出場して、大きな選手を相手に、最初にポイントを取られるんですけど、だんだん取り返して、競り合っても最後に勝っている。それは身体的特徴によるところもあると思います。マッチョじゃないから、筋肉が酸素を消費してしまわない。高所を登る登山家のようなものですよ。練習でも試合でも普段から常に動いている。それに心のスタミナもあるんですよね。MMAで下になっても、いくらパウンドを打たれても変わらないし、ラウンドを重ねても変わらない。普通は焦るけどクレベルは動じず、いつの間にかじわじわと極めていく。あの心身のスタミナにはいつも驚かされます」

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cat_3_issue_oa-gonkaku oa-gonkaku_0_wcarjc024ijp_【RIZIN】那須川天心が3人目の“X”について「ずっと好きな選手。聞いた時は僕はビックリしました」 wcarjc024ijp wcarjc024ijp 【RIZIN】那須川天心が3人目の“X”について「ずっと好きな選手。聞いた時は僕はビックリしました」 oa-gonkaku 0

【RIZIN】那須川天心が3人目の“X”について「ずっと好きな選手。聞いた時は僕はビックリしました」

2021年6月9日 19:49 ゴング格闘技

 2021年6月13日(日)東京ドーム『Yogibo presents RIZIN.28』にて、1vs3の変則マッチ(1R3分で1人ずつ、3Rで3人と対戦)を行うRISE世界フェザー級王者・那須川天心(TARGET/Cygames)。

 8日には対戦相手が発表され、1人目は若手キックボクサーの大崎孔稀(OISHI GYM)、2人目はベテランキックボクサーのHIROYA(TRY HARD GYM)、そして3人目は当日発表の「X」。


 この発表を受け、那須川は自身のYouTubeチャンネル『那須川天心チャンネル』にインタビュー動画を公開。対戦カード発表の感想を語った。
 まず那須川は海外から名乗りをあげたロッタン・ジットムアンノンについて「ロッタン選手の場合は契約の問題とか、海外からいま来れない状況もあるので彼なりのジョークみたいな感じだったのかなと思うんですけれど」と、現時点で実現が不可能なことを承知でロッタンが投稿したのではと推測するが、「でも、僕はまた機会があれば全然やりたいなと思いますよ。そりゃあやりたいですよ。強い選手ですからね」と、2022年3月のタイムリミットまでに戦いたいとの意欲を示した。


 1vs3という試合形式には「僕も自分の中で試合がしたかったなっていうのがありますよ。東京ドームという舞台ですし、RIZIN地上波生放送っていう舞台は最初から決まっていたので、そこで僕の気持としてはちゃんとした試合をしたかったなっていうのはある」との本音も。しかし、「仕方ないというか。出なきゃいけない、日本を盛り上げるためにというか、格闘技を知ってもらうために出なきゃいけない」との使命感から今回の試合を受けたのだという。
 ボクシングルールに準じたルールで行うことには「あ、そうきたかと思った」とのこと。

 1人目の大崎については「嬉しいですよ。こういう気合いの入っているというか、勢いのある選手がまだいたんだなって実感できて凄い嬉しいですね。これこそ格闘家じゃないと僕は思うので。戦うのが楽しみかなと」と、RISEから名乗りをあげてきた大崎を高く評価。


 2人目のHIROYAについては「僕の中でもチャレンジですよね。怖いですよね。正直恐怖があります。体重差があるし。胸を借りるつもりで思い切りいきたい」と、体重差(那須川は55~58kg、HIROYAは75kg)をかなり警戒している。
 そして最後の“X”は「僕はこの間聞きました」と那須川自身には伝えられている様子。そのXのことを那須川は「ここでこの選手が来てくれるのか。ずっと好きな選手ですね。格闘技のファンからしてみたら凄い嬉しいカードなんじゃないかって。正直これを聞いた時は僕はびっくりしましたね。尊敬の意味も込めて『よろしくお願いします』と」と、“好きな選手”であり“尊敬している選手”とのヒント。

 那須川はその相手にも「ガチですよ。もちろん思いっきり行きます」と宣言し、カード発表後に賛否両論が巻き起こっていることに「今は良い悪い騒がれていますけれど、それを良かったなって思わせるのは僕次第だと思うので期待していてください」と、終わった後に“良かった”と言わせるために頑張ると語った。

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cat_3_issue_oa-gonkaku oa-gonkaku_0_9ezz22hsu6fz_【K-1】ゴンナパーに挑む朝久泰央、朝久空手で「ここでムエタイ最強の歴史を終わらせたいと思います」 9ezz22hsu6fz 9ezz22hsu6fz 【K-1】ゴンナパーに挑む朝久泰央、朝久空手で「ここでムエタイ最強の歴史を終わらせたいと思います」 oa-gonkaku 0

【K-1】ゴンナパーに挑む朝久泰央、朝久空手で「ここでムエタイ最強の歴史を終わらせたいと思います」

2021年6月9日 18:26 ゴング格闘技

 2021年7月17日(土)福岡国際センター『ECO信頼サービス株式会社 PRESENTS K-1 WORLD GP 2021 JAPAN』にて、朝久泰央(朝久道場)の挑戦を受けK-1 WORLD GPライト級王座の初防衛戦を行う王者ゴンナパー・ウィラサクレック(タイ/ウィラサクレック・フェアテックスジム)のインタビューが主催者を通じて届いた。

 朝久は福岡在住で、兄・朝久裕貴と共に兄弟で活躍するファイター。現Krush王者のレオナ・ペタスには2敗を喫しているが、大沢文也、大岩龍矢、安保璃紅、山本直樹らを撃破し、2020年3月には当時のK-1ライト級王者・林健太から番狂わせの勝利を奪った。これを機にスーパー・フェザー級からライト級に転向。9月には弘輝をハイキックで粉砕、12月には蓮實光もヒザ蹴りでKOした。無尽蔵のスタミナから繰り出す攻撃と変幻自在のファイトスタイルで戦績は17勝(4KO)7敗。

ムエタイ=タイの中央に立てるようにということで『泰央』になったんです

――待望のタイトルマッチが地元K-1福岡大会で決まりました。試合が決まった時の心境を聞かせてください。

「タイトルマッチは初めてで、“やっとここまで来たか”という感じで燃えてます。ファンのみなさんの後押しがあっての結果だと思うんですけど、試合がある時もない時もずっと練習してきたので、やっとそれが報われたかなと思います。僕は常に誇りをかけて戦ってきたので、タイトルマッチだから特別ということじゃなくて、今までもずっと特別にやってきたので、いつも特別です」

――試合があるから練習する・しないという話ではないと。

「そうですね、もう練習が生活の一部なので。一部というより大部分を占めていて、生きがいというか人生みたいなもんです。1日中ずっと練習をしていて、合間で親父の仕事を手伝うこともあるんですけど、試合が決まったら対戦相手を“どう倒そうか”といつも考えていて、常に強くなることだけを考えています」

――今回のタイトルマッチにも万全の状態で挑むことができそうですね。

「タイ人は夏が強いと思うので、寒い時期のタイ人とやるのでなく、自分は一番強い時のゴンナパーとやりたいと思っていたので、一番強い夏のゴンナパーと地元でやれてとても嬉しいです」

――自分に有利な時期ではなく、あえて相手が強い時期にこそ戦いたいと。

「弱ってる時期にやってもあまり意味がないと思うので、一番強い時にやりたいなと思ってます」

――そこも朝久選手らしい考え方ですね。朝久選手はムエタイに対してはどんな印象がありますか?

「ムエタイは戦いの歴史が長い競技だと思っていて、僕の『泰央』という名前も、当時自分が生まれた時に立ち技最強と言われていたムエタイ=タイの中央に立てるようにということで『泰央』になったんです。そういう重みや伝統を感じますし、その上で一番強いタイのチャンピオンを倒して自分が中央に立てるということはとても誇らしいことだと思います」

――ムエタイのゴンナパーに勝って、K-1チャンピオンになれば、まさに名前にこめられた思いを叶えることになりますね。

「今まではムエタイが“立ち技最強”と言われていたと思うんですけど、それは自分たちのやっている朝久空手が生まれる前の話で、朝久空手がある以上は朝久空手が一番だと思っているので、ここでムエタイ最強の歴史を終わらせたいと思います」

――では、必要以上にムエタイを強いと思ったり警戒したりすることはない?

「どう見てもバランスのいい選手で、ディフェンスに少し穴があるという言われ方をすると思うんですけど、それ以上の攻撃力だったり対応力があると思います。すべてを警戒していますが、アサヒサカラテだったら勝てると思ってます」

――実力で辿り着いた満を持してのタイトルマッチへ向け、改めて意気込みをお願いします。

「僕も兄貴も自分が1番強いと思ってやっていて、タイトルマッチが組まれていないだけで自分たちはK-1チャンピオンよりも強いと思っています。どの団体の、どの世界チャンピオンよりも強いことを証明したいと思います」

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【K-1】初防衛戦に臨むゴンナパー・ウィラサクレック「リングを降りる日までベルトを守り続けたい」

2021年6月9日 17:51 ゴング格闘技

 2021年7月17日(土)福岡国際センター『ECO信頼サービス株式会社 PRESENTS K-1 WORLD GP 2021 JAPAN』にて、朝久泰央(朝久道場)の挑戦を受けK-1 WORLD GPライト級王座の初防衛戦を行う王者ゴンナパー・ウィラサクレック(タイ/ウィラサクレック・フェアテックスジム)のインタビューが主催者を通じて届いた。

 ゴンナパーはタイで100戦以上のキャリアを積み、2010年から日本を主戦場に。日本人キラーとして名を馳せ、2016年9月からK-1 JAPAN GROUPに参戦。2018年4月に佐々木大蔵を下して第5代王座に就き、同年9月には大沢文也の挑戦を退けて初防衛に成功。2020年1月に横山巧、6月には篠原悠人の挑戦を退け3度の防衛に成功した。そして12月のK-1で林健太を破り、第4代K-1 WORLD GPライト級王座に就いている。3月大会では南雲大輝に2RでKO勝ち。戦績は109勝(23KO)29敗3分。

朝久は非常に戦いにくい相手の一人

――7.17K-1福岡大会で初防衛戦が決まりました。今どんな心境ですか?

「初防衛戦というより、またK-1の舞台で戦うことができて嬉しい。今はその気持ちが強いよ。K-1での防衛戦は初めてだが、しっかり自分の義務を果たしていきたいと思うし、是非チャンピオンの座を防衛したい」

――ゴンナパー選手にとってK-1王者であることはどんな意味がありますか?

「すごく大きな意味がある。K-1チャンピオンになることは自分がムエタイをやっていた頃からの夢でもあるし、同じジムで先輩のゲーオがチャンピオンになったことで自分もベルトが欲しいっていう気持ちがより強くなっていた。実際に自分がK-1のベルトを手にすることができ、本当にうれしく思っているよ」

――夢を実現できる人というのは少数だと思いますが、実際に夢を叶えてどんな気持ちですか?

「何と言ったらいいか分からないが……ベルトのおかげで自分の名前を多くの人に知ってもらうこともできた。一つの目標を成し遂げることができて、それを誇りに思っている」

――前回の南雲大輝戦は見事なKO勝ちでしたが、振り返っていかがですか?

「あの試合に関しては最終的に自分のスタイルを貫けた試合だったと思う。常々KOできるチャンスがあればKOしたいということは言い続けているが、まさにあの試合はそれができた試合だったと思う」

――今回の相手の朝久選手はムエタイともキックボクシングとも違う空手の使い手です。どんな印象ですか?

「彼は空手家で、自分とは違うスタイルで戦ってきた選手だ。非常に戦いにくい相手の一人だと思っている。ただ、その相手とどう戦うかというのは7月までの宿題として、自分もきちんと取り組んでいかなければいけないと思う。決して油断はできないので、これから彼の映像を見て、細かいところまできっちり研究して臨みたい」

――どんな相手でも自分のスタイルに持っていってしまうところがゴンナパー選手の強さだと思います。そこには自信を持っていますか?

「自分のスタイル=ムエタイで戦うことは常に目標にしている。ただ、あくまでもそれはリングに上がってみないと分からない部分が大きいし、前回もそうだったように、実際にリングに上がってから“この相手とはどういう戦い方をしたらいいか”を戦いながら調整していく部分も大きい。あとはリング下で見てくれているセコンドが試合中どう戦っていけばいいかをアドバイスしてくれるので、それに従っていくだけだよ」

――K-1のベルトはリングを降りる日まで持ち続けますか?

「もちろん。できるだけ長くチャンピオンの座を維持していきたいし、リングを降りる日までK-1のベルトを守り続けたい。今回は初防衛戦ということになるけれど、 日本のみなさん、日本にいるタイの方たち、タイにいるファンのみなさん、あと世界中のファンのみなさん、ぜひ自分への応援と励ましをお願いしたいです。自分もチャンピオンの座を防衛できるよう全力で頑張るよ」

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元・仮面女子の川村虹花が総合格闘技からの引退を発表「格闘技人生楽しかったです」

2021年6月9日 17:00 ゴング格闘技

 アイドルグループ仮面女子の元メンバーで、“ガチで戦うアイドル”として活動してきた川村虹花が総合格闘技からの引退を自身のブログにて発表した。


 川村は2012年3月にアイドルとしての活動をスタート。MMAへの挑戦を表明して大きな話題となり、2017年12月『DEEP JEWELS』にてセミプロルールでMMAファイターとして初めての試合を行って判定勝ち。2018年3月のプロデビュー戦は判定で敗れたが、2戦目で山崎桃子にTKOで初勝利。2018年大晦日には念願の『RIZIN』初出場を果たした。2020年5月『DEEP JEWELS』での坂本美香戦(1RでTKO勝ち)が最後の試合となった。戦績は3勝5敗。
 6月9日(水)に自身のブログにて、「突然ですが、、私、川村虹花は総合格闘家を引退することになりました」と発表。


(写真)しっかりトレーニングしていたことを証明する肉体美

「私が格闘技を始めたキッカケは、唯一無二な存在になりたかったのが大きかったです。アイドルが沢山いる中、ただただ活動していてはうもれていってしまう。誰も挑戦したことが無いことに挑戦したいと思い、私は格闘技を選びました」と自分の格闘技人生を振り返り、「自分はとんでもない道を選んでしまったんだ!と思う日々でした笑」という。

(写真)2018年大晦日には目標であった『RIZIN』初出場を果たしたが、あいに敗れた

 練習の拠点となったリバーサルジムMe,Weについては「RIZINに出たい!という大きな夢を掲げてとにかく試合に勝つことを考えて毎日必死に練習しました。ジムの皆さんもアイドルとしてではなく、しっかり選手として見てくださりました。本当にそれが1番嬉しかったです」と感謝の気持ちを伝える。

(写真)気の強さを発揮して思い切りのいい打撃が川村の持ち味だった

「デビュー当初は、批判な声も沢山ありました。格闘技なめんな。アイドルがくんな。など…。自分が格闘技経験してみて思いました。そりゃそう思うわ。って。生半可な気持ちでは格闘家にはなれないです。ほんとにキツいし、色んな場面で格闘家を尊敬しました」と言い、「アイドル格闘家。色物扱いで、批判も大きかったですがこんな私にも応援してくださる方が沢山いてくれました」と、応援してくれた人たちへの感謝の言葉を綴る。
 今後に関しては「もう格闘家ではなくなりますが格闘技は大好きです。今でも試合見ますし、趣味程度にジムには通いたいと思ってます(またいつか選手としてやりたくなる時がきそう笑)。アイドルも卒業して、格闘家も引退して、川村虹花はまた新しい挑戦をしようとしています!」と、格闘技が好きな気持ちは変わらず、今後は応援していく側になりたいとした。

 そして「格闘技人生楽しかったです。ありがとうございました」と、たくさんの思い出の写真を掲載して現役格闘家からの別れを告げた。

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cat_3_issue_oa-gonkaku oa-gonkaku_0_65t18f66sw8q_【PFL】6.10 MMAデビューの14冠女子ボクサー クラレッサ・シールズ 65t18f66sw8q 65t18f66sw8q 【PFL】6.10 MMAデビューの14冠女子ボクサー クラレッサ・シールズ oa-gonkaku 0

【PFL】6.10 MMAデビューの14冠女子ボクサー クラレッサ・シールズ

2021年6月9日 12:45 ゴング格闘技

 米国史上初のボクシング五輪2連覇金メダリストで、プロボクシングではスーパーウェルター級、ミドル級、スーパーミドル級の世界三階級制覇を達成、ミドル級およびスーパーウェルター級の2階級では世界4団体統一(WBA、WBC、IBF、WBO)も達成したクラレッサ・マリア・シールズ(米国)が、2021年6月10日(日本時間11日)のPFLでのMMAデビューに向けて8日、メディア用のZOOM会見を行った。

 これまでに「14」のベルトを持ち、アマチュアボクシングで77勝(19KO)1敗、プロ11勝(2KO)無敗のシールズは今回、女子ライト級(70.3kg)で、MMA3勝6敗のブリトニー・エルキンと対戦する。

 エルキンは、Bellatorでアマンダ・ベルにTKO負け、そして2018年6月のPFLでは、シールズと同じロンドン五&リオ五輪金メダリスト(柔道)のケイラ・ハリソンに1R 腕十字で敗れている。シールズとはともにオーソドックス構えながら、ブラジリアン柔術茶帯のエルキンは、近年グラップリングの「Subversiv」に連続参戦しており、シールズにとっては危険なグラップラーといえるだろう。


 もともと友人のジョン・ジョーンズからMMA挑戦を進められていた。しかし、当初は、ボクシングからMMA転向を考えることもなかったという。

「彼はクレイジーだと思いました。私はMMAをやろうとは思っていないのに、なぜそんなことを言われるのか分からなかった」

米国で女子MMAは男子MMAと同じように受け入れられている

 しかし、新型コロナウイルスのパンデミックにより、シールズの考えは大きく変わった。隔離期間を経たことで、「自分の人生やキャリアを変えたいと思うようになった」と、シールズは言う。

「自分がボクシングで成し遂げたいことはほぼすべてやり尽くし、賞賛を浴びているにもかかわらず、男性ボクサーほどの報酬は得られていない。ボクシングの試合で稼いだ最高額は35万ドル(約3800万円)でした。ボクシングにこれほどの努力と時間をかけてジムに通い、圧倒的な強さを手に入れたのに、私の報酬は何だろう? 私のスポンサーシップやエンドースメント契約は? 100万ドルの給料日はどこに? ペイ・パー・ビューは? 私はそのような機会を得ることができませんでした。


 ボクシングでは自分の力を発揮できなかったと感じていました。12回の世界チャンピオンになったことが、私に何をもたらすのでしょうか? それが何を意味するのか? より大きな有名なスターになるのか、それとも億万長者になるのか。いま、女子MMAは男子MMAと同じように受け入れられており、女子が最大のカードのヘッドラインを務めることは珍しいことではありません。しかし、女子ボクシングでは、特に米国ではなかなか普及せず、投資するプロモーターも少ないのが現状です。

 実際のところ、すでに開かれていること以外には、これ以上の扉は開かないでしょう。私は、同一賃金、同一機会、女性に平等な試合時間を与えるために、こうして戦い続けなければなりません。何年もボクシングで頑張ってきたのだから、何かに一生懸命になるのなら、せめて“自分が蒔いた種を刈り取らせてほしい”」


ジム隣りの寮に入居「底辺から這い上がりたかった」

 シールズは、今回の試合に向け、ニューメキシコ州アルバカーキのジャクソンウィンクMMAでトレーニング。同じく元プロボクサーでUFC世界女子バンタム級王座にも就いたホリー・ホルムのアドバイスも受けてきた。


 地元のミシガン州には、3つのベッドルームや地下にボクシングジムを備えた豪華な自宅を持つが、アルバカーキでは世界王者に相応しい宿泊施設を利用するのではなく、ジムへのアクセスが容易な隣接する寮に入居した。

 アマチュア時代に2年間住んでいたコロラド州のオリンピック・トレーニング・センターを思い出させる、と語るシールズは、ジャクソンウィンクで1日に5回のトレーニングをすることもあるという。

「底辺から這い上がってきたような気分になりたかった」

 ジョーンズとホルムは、シールズにとって重要なリソースとなっている。ホルムとは5、6回ほどスパーリングを行い、直にMMAの大事なポイントを教わってきた。しかし、MMAを始める前からキックボクサーとしても活躍していたホルムに比べ、「シールズはさらに厳しい学びの軌跡を辿る必要があった」と、打撃コーチのマイク・ウィンクルジョンは、米メディアに語る。

 ウィンクルジョンは、MMAの場合はボクシングで使われる「フィリーシェル(L字ガード)」や「ショルダーロール」といった防御テクニックに頼りすぎないように、とシールズと話し合ってきたという。

 そして、すぐにシールズのなかにファイターに欠かせない“何か”を見出したという。シールズは当初、グラウンドで“手に負えない状態”だったにもかかわらず、決して諦めなかったという。彼女はがむしゃらに戦い続け、攻撃を仕掛けようとした。

「彼女は自分がグラウンドで何をしているのか分かっていなかったが、何よりファイターとしての姿勢を持っていた。私は彼女のそういうところが好きなんです。そして、確かに、今まで見た中で最も早く新しい技術に適応した選手と言えます」


 また、もう一人の名将グレッグ・ジャクソンは、エリート・ボクサーを、レスリングやクリンチゲーム、グラップリングゲームに有能なファイターに変える役目を担ってきた。最初のスパーリングで十数回もテイクダウンを奪われていたシールズは、最近では、1セッションあたり2回程度しかテイクダウンを奪われなくなってきているという。

 初めてのMMAスパーリングの記憶をシールズは、「怖かった」と認める。

「もちろん、グラウンドでの戦いは怖かったです。誰かに掴まれるのをどうやって防げばいいのか、誰かが私を倒そうとするのをどうやって防げばいいのか。そこからどうやって立ち上がればいいのかが、分からない。腕十字やそういった関節技の防御もね」

 チームメイトのケイラ・ヨンテフ(5勝無敗)とのスパーリングでのシールズの目標は、「できるだけ長く立ったままでいること」。そして、ゲームプランは「ケージから離れて戦うこと」だった。

 しかし、シールドは、「MMAに参加しようとするボクサーで、パンチ以外の技に真剣に取り組んでいないボクサーは、必ず負ける」と語る。

「とてもチャレンジングですが楽しくもあります。すべての人に向いているわけではありません。戦うことが好きな人でなければ務まらない。お腹を蹴られて、『ああ、痛い』と思う人もいるでしょう。私にとっては、『ああ、痛いけど、舐めていた分を、取り返してやる』という感じです。『彼女のお腹を蹴ってやりたい。頭を蹴ってやる。腹に強烈なパンチを食らわせてやる』。MMAにはそのようなメンタリティが必要なんです」

トレーニングを積んでMMAで同等の相手と戦い、そこから自分の道を切り開いていきたかった


 さらに会見でシールズは、「PFLファンのみんなは、私がボクシングと同じように素晴らしい試合をすることを期待していますし、私も同じように自信を持っています。そして、私がベストと戦いたいことは誰もが知っていますが、ベストと戦うのは、私がMMAでベストになってからです。私は利用されたくないし、誰かを利用したくもないありません。だから、しっかりトレーニングを積んで、MMAで自分と同等の相手と戦いたいのです。そして、そこから自分の道を切り開いていきたいと思っています」と、MMAに向ける想いを語った。

「MMAで勝つためには、様々な方法があります。私のパンチはもちろん重要ですが、私たちはジャブや右クロスなどのパンチ以外にも、たくさんのドリルを行い練習してきました。テイクダウンディフェンスも追加しました。4オンスのグローブ(オープンフィンガーグローブ)を着けるのは楽しみですが、“すべてを使って”勝利を獲得することを念頭に置いています。

 この7カ月間、ジャクソン・ウィンクMMAにいたし、素晴らしいスパーリングができたし、柔術やレスリングもやった。私はすべてのマーシャルアーツを行い、それらを“混ぜ合わせ”て、最高のファイターになることを目指しています。ゲームプランがあります。木曜日にそれを実行します。

 私は根っからのファイターで、ただケージに入ってブリトニーに頭を下げるつもりはありません。私は“犬”です。そこに行って相手をスクラップします。17歳の時から26歳のいままで一度も、負けていません」


 ハードワークを終えたいま、34歳のシールズは自信がある、という。

「緊張はしていません。緊張は試合の助けになりませんから、準備はできています。もし4、5カ月前にこの試合があったとしたら、『大変だ!』と思ったでしょう(笑)。私はこれまでに多くのトレーニングを受け、自分のやっていることが何かを学び、それを理解するために多くの時間を費やしてきました。木曜日の夜に向けて、完全に安心しています。緊張するどころか、木曜の夜に向けてワクワクしています」

 PFLでシールズは、2021年に2度の試合が予定されている。

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【RIZIN】朝倉未来、東京ドームのメインイベントへ「人生最大に追い込んだ」当日は“爆発”を誓う

2021年6月9日 12:14 ゴング格闘技

 2021年6月13日(日)東京ドームで開催される『Yogibo presents RIZIN.28』の試合順が8日(火)に発表された。

 メインイベントの第10試合は、朝倉未来(トライフォース赤坂)vs.クレベル・コイケ(ボンサイ柔術)に決定。この試合順決定を受け、朝倉は「俺がメインか! きっちり仕事をやる」と自身のSNSに投稿。やる気を表す力こぶの絵文字も添えた。



 そして明けて9日(水)の午前中、朝倉は「今日で練習終わり。人生最大に追い込んだ。他にやれる事はないほど努力したから、今は穏やかな気持ち。日曜日まで疲れをとって爆発しよう」と、ハードな練習を終了して調整期間に入ることを告げ、これ以上はないという努力を積んだという。
 やれることは全てやったと言い切れるほどの日々を送ってきた朝倉。キャリア最強の敵を相手に“爆発”して、東京ドームで勝利の雄叫びをあげることができるか。

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那須川天心、1vs3マッチの対戦相手決定に「賛否両論はあると思います」が「出来ることをやるしかない」

2021年6月9日 11:51 ゴング格闘技

 2021年6月13日(日)東京ドーム『Yogibo presents RIZIN.28』にて、1vs3の変則マッチ(1R3分で1人ずつ、3Rで3人と対戦)を行うRISE世界フェザー級王者・那須川天心(TARGET/Cygames)。

 6月2日から応募フォームにて受け付けた募集は6日に締め切られ、8日にRIZINの公式YouTubeチャンネルにてライブ配信で対戦相手が発表された。応募は「トップファイターから冷やかしまで含めて」(榊原信行RIZIN CEO)約500名。対戦相手に選ばれたのは1人目は若手キックボクサーの大崎孔稀(OISHI GYM)、2人目はベテランキックボクサーのHIROYA(TRY HARD GYM)、そして3人目は当日発表の「X」で榊原CEOの口ぶりからすると意外な選手であるらしい。


 この発表を受け、那須川が自身のSNSにコメントを投稿。「RIZIN28 6/13(日) 東京ドーム 1vs3マッチ。賛否両論はあると思います。けれど試合が見れて良かったなと思わせる事できると思います。出来ることをやるしかない。本当にやるしかない。会場やテレビの前で応援よろしくお願いします」と、1vs1での許容範囲内の体重で対戦相手が見つからず、苦肉の策でこうなったことに賛否両論あることは覚悟の上。
“見れてよかった”と思わせる試合を当日は見せると意気込んだ。

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cat_3_issue_oa-gonkaku oa-gonkaku_0_5szmglwg4bum_【Bellator】渡辺華奈が女子フライ級2位のカモーシェと対戦! 勝てば王座挑戦も=6.25「Bellator 261」 5szmglwg4bum 5szmglwg4bum 【Bellator】渡辺華奈が女子フライ級2位のカモーシェと対戦! 勝てば王座挑戦も=6.25「Bellator 261」 oa-gonkaku 0

【Bellator】渡辺華奈が女子フライ級2位のカモーシェと対戦! 勝てば王座挑戦も=6.25「Bellator 261」

2021年6月9日 05:09 ゴング格闘技

 2021年6月25日(日本時間26日)、米国コネチカット州アンカスビルのモヒガンサン・アリーナにて開催される「Bellator 261: Johnson vs. Moldavsky」のコ・メインイベント(セミファイナル)で、Bellator女子フライ級ランキング2位のリズ・カモーシェ(米国)と、 同級3位の渡辺華奈(日本/10勝0敗1分)が対戦することが発表された。

 カモーシェは、ルイジアナ州ラファイエットで生まれた後、海兵隊員だった父親の仕事の都合で幼少期に日本の沖縄県で過ごし、沖縄クリスチャンスクールインターナショナルを卒業。20歳の時に自身も海兵隊に入隊し、航空電気技師として5年間任期を務めた経験を持つ。



 2010年3月のプロデビューから11年間で15勝7敗。マルース・クーネンが持つStrikeforce女子ウェルター級王座、ロンダ・ラウジーが持つUFC世界女子バンタム級王座、ヴァレンティーナ・シェフチェンコが持つUFC世界女子フライ級王座に挑戦も、戴冠ならず。

 無冠のウェルラウンダーとして2020年9月にBellator参戦。ディアナ・ベネットを3R、リアネイキドチョークで極め、2021年4月にはヴァネッサ・ポルトを判定3-0で下している。

 今回の渡辺戦に向け、カモーシェは「ケージに戻ることを楽しみにしています。この試合では、私の名前をベルトのトップコンテンダーとして刻むような、圧倒的なフィニッシュをするつもりです」とのコメントを主催者を通じて発表。


 対する渡辺は、プロ11戦無敗。柔道で2016年アジアオープン準優勝、ヨーロッパクラブ選手権準優勝などの実績を残し、MMAに転向。DEEP JEWELS、RIZINで活躍後、2019年12月のRIZIN×BELLATOR対抗戦で、当時3連勝中だったイララ・ジョアニを3R、パウンドでTKO。2021年4月のBellator 255で米国デビューし、アレハンドラ・ララ(コロンビア)にスプリット判定勝利。Bellator2連勝を飾っている。


 勝てばチャンピオンシップも見えてくるランキング上位との戦いに渡辺は、「このような厳しい状況の中、再び戦う機会を与えられたことに感謝しています。リズ・カモーシェ選手は経験豊富で、常に最高の相手と戦ってきたので、間違いなく世界のトップ選手の一人です。"私はあらゆる面で彼女を尊敬していますし、そのようなアスリートと対戦できることを心から光栄に思います。とはいえ、私が世界のトップになるために必要なものを持っていることを、皆さんと私自身に証明するために、この挑戦に興奮しています。この試合で納得のいく形で勝利し、タイトル挑戦への扉を開きたいと思います」とのコメントをBellatorに寄せている。



 オーソドックス、サウスポー構えのどちらも器用にこなすカモーシェは、完成度の高いウェルラウンダーで、相手の穴を突ける強者だ。遠い間合いからのジャブ&ロー、そして強い組みも持つが、タックルよりも上で組むことが多く、胸を合わせた柔道の投げ、足払いも得意とする渡辺にとっては、チャンスを作れるか。一方で、前戦のララ戦でも露呈した打撃の対応の弱点をいかに克服できるか。キャリア豊富な厳しい相手が用意された。

 Bellator公式は、「このフライ級3位の選手は、Bellatorの125ポンド・チャンピオンシップへの挑戦権を獲得するために、自身の存在をアピールしたいと考えている」と期待を寄せている。

 2021年7月16日(日本時間17日)の『Bellator 262』では、「Bellator世界女子フライ級選手権試合」として、ジュリアーナ・ヴェラスケス(ブラジル/王者)と、同級4位のデニス・キーホルツ(オランダ/挑戦者)のタイトルマッチが決定済み。現時点で3位につけている渡辺にとって、ファイター人生を左右する大事な6月&7月を迎えることになる。

◆Bellator女子フライ級ランキング(※2021年5月25日時点)
C. ジュリアナ・ヴェラスケス(11-0)
1. イリマレイ・マクファーレン(11-1)
2. リズ・カモーシュ(15-7)
3. 渡辺華奈(10-0-1)
4. デニス・キーホルツ(6-2)
5. アレハンドラ・ララ(9-4)
6. ヴェータ・アルテアガ(6-4)
7. ケイト・ジャクソン(11-5-1)
8. ヴァレリー・ルレーダ(3-1)
9. ハンナ・ガイ(3-1)
10.ヴァネッサ・ポルト(22-9)

 また前週の6月19日(日本時間20日)のUFCでは、同じく元RIZINの村田夏南子が、女子ストロー級で16勝2敗(UFC2勝2敗)の強豪・ビルナ・ジャンジローバ(ブラジル)との対戦が決まっているため、RIZIN女子部の大一番が2週連続で行われることになる。2人のヤマトナデシコは米国で勝ち上がることが出来るか。

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