(文・週刊現代)
検査しても寿命は延びない
早稲田大学名誉教授で、生物学者の池田清彦氏が語る。
「私は71歳ですが、これまでにがん検診を受けたこともないし、健康診断も'04年に受けただけです。
大学からは毎年受けるように散々言われましたが、自分なりに色々と調べて、検査には意味がないと思い、受けませんでした。結果的に、元気に生きているから問題ありませんね」
医者の多くは「がんは早期発見が大切。だからもっと検査を積極的に受けましょう」と口を酸っぱくして言う。
だが、検診によりがんを見つけることが、すべての人の寿命の延長につながるとは限らない――。
「検査でがんが見つかると、医師から『治療しなければあと何年しか生きられない』と言われますが、治療しなければどのくらい寿命が持つのか、根拠のあるデータは存在しません」(池田氏)
事実、世の中には検査を受けずとも、問題なく長生きしている人がいる。
'90年代、長寿の双子姉妹として国民的人気者となった「きんさんぎんさん」は、晩年までとくに検査を受けていなかったが、100歳を過ぎても元気だった。
ギネスブックに世界最長寿人物として取り上げられた泉重千代さんも、検査とは無縁の人生だった。
そもそも戦後まもなくは、現在ほど医療技術も発達しておらず、「未然に検査を受ける」という発想すらなかった。
「本来、検査なんか受けないのが人間の自然な姿であり、検査を受けるから寿命を縮めるんです」と語るのは、元慶應大学病院放射線科の医師である近藤誠氏だ。
近藤氏といえば、「がんは放置しなさい」「日本の医者は死なないがん=『がんもどき』を手術している」といった過激な発言で、医療界から目の敵とされている人物でもある。
だがその一方で、医師や患者のなかには彼の意見について「一理ある」と認めている人もいる。実際、同氏は現在「近藤誠がん研究所」の所長として、多くの患者からセカンドオピニオンの相談を受けている。
「健康な高齢者に見つかるがんは、多少例外はありますが、ほとんどが『おとなしいがん』です。つまり自覚症状のないがんです。それを検査で無理やり見つけて、手術しているのが現在の医療です。
たとえ1cm以下のがんであっても、がん細胞は血液中に流れ出ています。そこでメスを入れれば、当然出血するので、身体中にがん細胞がばらまかれてしまう。
さらに傷を治すために増殖因子というタンパク質が体内にできます。これが組織を修復する一方で、がん細胞も育ててしまうのです。結果、がんが暴れ出し、転移して亡くなってしまう。
もちろん、医者はこのことを知っていますが、それは決して口にはしません。なぜなら治療しないと儲けが出ないから。医者が検診を勧めるのも患者を作るためです」
近藤氏の主張は、一見「極論」とも取れるが、じつはすべてがそうとも言い切れない。
それを裏付けるように、欧米では「検診でがんを掘り起こして、無意味で有害な治療をするのは、やめよう」という動きが広がっている。日本のように「職場健診」も欧米にはない。
「『早期発見が寿命を延ばすという証拠はない』というのが欧米の考え方です。アメリカではがんと呼ばれない、小さな上皮内の腫瘍も、日本ではがんと診断されます。それが日本の手術の成功率を押し上げていると言っても過言ではありません」(日の出ヶ丘病院ホスピス医の小野寺時夫氏)
見つけてしまったがために
さらに欧米では健康診断を受ける人と受けない人、どちらが長生きかを調べた結果、総死亡数は変わらなかったというデータもある(イギリス医師会雑誌『BMJ』より)。
「とくに高齢者のがんは、体調が悪くなったときの対症療法で問題ないと思います。手術や抗がん剤などで、心身をすり減らすくらいなら、見つけないほうがいいのかもしれません」(前出・池田氏)
昨今、がん検診の精度は良くなっているとはいえ、1mm以下のがんはまだまだ発見しにくいのが現状だ。
「現在のがん検査は、10年以上前からできていた極小ながん細胞が、やっと検査で発見できるレベルまで成長したものを『早期』と言っているにすぎません。
だから『術後、転移していた』ということが起きるのです。検査では命を脅かす進行がんかどうかは、わからない」(前出・小野寺氏)
現在、先進国ではがんによる死亡者数が減少しているのに対して、日本だけが増加している。これは日本人の平均寿命が延びた証拠とも考えられる。
が、一方でひと昔前なら老衰や心不全で亡くなっていたのが、何歳になっても検査が推奨されるため、人生の晩年でがんが発見され、「がん」が死因として増加しているとも考えられる。
検診でがんを見つけたために、残りの人生を治療に費やし、手術や抗がん剤で最期は身も心も憔悴して亡くなっていく。これが本当に幸せだと言えるだろうか――。
「高齢者は仮に検査で小さながんを見つけても、そもそも余命との兼ね合いがあり、手術や抗がん剤治療の副作用を考えれば、治療の必要がないケースもある。検査自体無用な場合も多い」(秋津医院院長の秋津壽男氏)
それでも「うちはがん家系だから」と神経質になり、こまめにがん検査をしている人は少なくない。だが、前出の近藤氏は「がんの遺伝性は医学的には証明されていない」と言う。
「がんの原因は遺伝が5%、生活習慣や環境が30%、あとは原因不明。つまり60%以上が運や偶然なんです。
がんで身内が多く亡くなっている人は、不安から普通の人よりもがん検診を受けていて、その結果、放置して問題ないがんを見つけられ、『がん家系』にされているとも言えます」
もちろん、すべての検査や手術に意味がないわけではない。だが「病は気から」と言うように、過度な検査によるストレスや不安から、本当に病気になってしまうこともある。
高齢者になれば、「医者嫌い」「検査嫌い」の人のほうが、じつは長生きする――。これもまたひとつの事実、かもしれない。
「週刊現代」2018年10月13日・20日合併号より