2016年5月のことだ。
あるベテランの国会議員秘書が、国会内で小池百合子を見かけた。
かつてその秘書は小池と親しかったが、ある時期から関係が途切れるや、小池と顔を合わせても素通りされるようになっていた。だから秘書は、この日も目礼するだけで通り過ぎるつもりだった。
ところが小池は、秘書に歩み寄ってきて「あら~元気? がんばってる?」と親しげに話しかけてきたのである。秘書はいぶかしんだが、直後に小池が東京都知事選への出馬を表明したので、腑に落ちたという。
このように小池は、自身にメリットがあるかないかで、平然と距離を取ったり近づいたりする。わかりやすい行動だが、常人であれば、なかなかそのような振る舞いはできない。人望もなくなるだろう。しかし小池は、それで構わないと思っている節がある。
政治家は権力欲の塊だ。議員バッジをつけた多くの人は、総理大臣を目指す。その時必要なのは、派閥を作ることであり、共闘した仲間を蹴落とす非情さでもある。
およそ欲望と名のつく中で、人を傷つけなければ満たされることがないのが、権力欲である。つまり小池には政治家としての「資質」が十分備わっているといっていい。
ここで小池の家族と親交のあった「政界フィクサー」にご登場願うが、その前に小池の家族関係にも触れておきたい。
小池の父・勇二郎は、貿易会社を経営して世界を飛び回り、衆院選挙に出馬して無残に落選した。経営難で会社は破綻、兵庫県芦屋市の自宅は差し押さえられてしまうのだ。
小池は人生を父に翻弄されたわけだが、かつて「週刊文春」記者・藤吉雅春の取材に次のような本音を漏らしている。
〈人に説明しても絶対に理解されないと思ったから、父のことは話しませんでした。家族の困ったちゃんなんです〉(「週刊文春」2005年10月13日号)
月刊「文藝春秋」2008年6月号の「オヤジとおふくろ」という両親について1ページで綴る名物コラムにも原稿を寄せている。その中では〈破天荒な父に、私は大きな影響を受けた〉と振り返っている。
2013年、自民党が政権を奪還するのを見届けるように勇二郎(5月、90歳)、母・恵美子(9月、88歳)が相次いで亡くなった。
小池は都議選で自民党を「おっさん政治」と揶揄し、「おっさん」たちをバッサバッサと斬り捨ててきた。
2005年郵政選挙で東京10区の「刺客」となって小林興起と戦った。それまで自民党衆院議員を5期務め、財務副大臣にも就いた小林は、郵政民営化法案に反対したために自民党を離党。小池との選挙に敗れ、以来、国会に返り咲くことはない。
2007年には、防衛大臣として防衛事務次官・守屋武昌を追いやった。都知事になると内田茂、森喜朗、石原慎太郎らを次々と「ヒール役」に仕立てた。
根回し、気配り、調整こそが政治という「おっさん」たち。この政治手法は「エリートは暴走する」という戦争の失敗に基づいた戦後保守政治の「知恵」との評価もあるが、小池は敵視し続けた。それは父との複雑な距離感から来ているように思える。
さて話を戻そう。小池家が自宅を差し押さえられ、路頭に迷っていた時代、助け舟を出したのが朝堂院大覚である。空調工事会社「ナミレイ」の会長として巨額の財をなし、元官房長官の後藤田正晴や石原慎太郎らの指南役として活動し、政界フィクサーとして鳴らした御仁だ。
私が取材を申し込むと、朝堂院は75歳の今なお予定がびっちり入っているとのことで、朝9時に自宅に来るよう指定された。港区内の高層マンションの最上階で、骨とう品や絵画が並ぶ部屋だった。
「ヤクザの手形が勇二郎の所に回ってるから、会社がめちゃくちゃになり、家もヤクザに乗っ取られて、それでワシの所に頼みに来た。どれくらい手形があるのか聞くと十数億あると。それをワシが片付けた。
その後、勇二郎を六本木の小さいマンションに住まわせてやったよ。百合子はアラビア語の通訳を始めて、希少価値があったから、ワシの仕事を手伝っていた。竹村健一と(テレビの)仕事をするようになって離れていった」
小池はどのような女性だったのか。
「普通の女だけど、目つきがね。何かを企んでいる目つきを感じた。全く母親の顔と一緒」
母・恵美子は専業主婦でありながら、カイロで日本料理店を出している。小池は父より母への愛情が強かったと思われる。『小池百合子写真集』(双葉社)の〈家族関係〉というページでは、父は経歴だけだが、母の欄には〈何でも好きなことをしなさいと背中を押してくれた〉などと感謝の思いを綴っている。
両親に老いが忍び寄った時、小池が介護したのは恵美子であり、勇二郎は特別養護老人ホームに預けた。
朝堂院は1982年、東京地検特捜部に逮捕された。別の空調会社の業務提携を強要したためで、懲役2年、執行猶予4年の刑が確定する。いわゆる「ナミレイ事件」である。
「それと同時に小池家と縁が切れた。小池ファミリー全員がワシの元から去っていったな。向こうからも寄りつかなくなった」
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以上、和田泰明氏の新刊『小池百合子 権力に憑かれた女~ドキュメント東京都知事の1400日~』(光文社新書)をもとに再構成しました。政治家としてのビジョンがなにも見えてこない小池百合子はなにをやりたいのか? 「週刊文春」記者がつぶさにレポートします。
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