21歳で新十両、22歳で新入幕、23歳で初優勝、大関昇進を果たしたかつての「怪物」は、“角界史上最大の復活劇” のため、大好きな酒を断つ決意をした。
「やめようと思ったことは、何度もありましたよ。大関がここまで落ちたわけだから、『やめなくちゃいけない』という気持ちも……。実際、親方に5~6回は『引退させてください』と言いに行きました」
身長190cm、体重193kgの巨体を生かし、豪快な相撲で場所を沸かした照ノ富士(28)が、この一月場所で、10場所ぶりに「十両」の取組に戻ってきた。
本人いわく、「膝の状態はまだ3、4割程度」。朝稽古でも相撲は取らず、四股や、チューブを使ったトレーニングに勤しんでいる。地味に見えるゴムチューブを使ったトレーニングを、体が汗でびっしょりになるほどおこない、動きを確認するようにじっくりと摺り足をみせた。
「上半身は大丈夫です。まあ、死ぬほど鍛えましたから」と照ノ富士は語気を強めて話す。実際、体の張りは大関時代と遜色ない。
かつて、伸び盛りの “怪物” には、「次の横綱は照ノ富士で決まり」と期待が寄せられていた。2015年、三役を2場所で “突破” して大関に昇進。これは、年6場所制での最短記録だ。そのなかで最初に襲われたのが、両膝の怪我だった。
「膝を怪我しながらも、稀勢の里関(当時)と優勝争いをしたし、2場所連続準優勝もできた。でも、その後、体は限界まできていました。こんな酷い状態が続いたら、『何年か後には死ぬんだろうな』と思ったくらい、苦しみました」
じつは、怪我とともに照ノ富士を悩ませたのが、重い糖尿病だ。さらに、腎臓結石も見つかった。大関の座から、在位14場所で陥落。そして2018年五月場所で、十両を陥落。これが照ノ富士、最大の試練だった。
「病気を治しながら、3回めの膝の手術をしたんです。いちばんつらかった。洋式のトイレすら座れない。つねに隣に人がいないとダメで、車椅子生活のようでした」
その後は休場が続き、大関経験者として史上初めて、番付が「序二段」まで落ちた。
「自分のなかでは、『怪我だけだったら(もっと早く)乗り越えることはできた』と思いますよ。でも病気が重なってくると、体に力が入らないし、怪我の治りも遅くなる」
伊勢ヶ濱親方(59・元旭富士)に直訴した “引退願” は、すべて「跳ね返されましたね(笑)」という。再起へ背中を押してくれたのは、周囲の手助けだった。
「親方は、いちばんキツかった大関陥落のころも、『まだ関取なんだから、やりながら病気を治せ』と。それに番付が落ちても、親方、おかみさんをはじめ、応援してくれる人がいる。
番付が落ちれば、付け人をやらなくてはいけないのがこの世界ですけど、免除していただいた。それなのに、大関時代に付け人だった子が、『これはやっておきますよ』と申し出てくれたりもした。
嬉しかったなあ。それを実感できたとき、『この人たちのために、もう1度頑張ろう』と思えるようになりました。みんなが喜んでくれたらいいなと」
2019年三月場所での復帰前は、角界で1、2を争う大酒豪といわれた照ノ富士。だが、お酒は「もう9カ月、一滴も飲んでいません」という。これで病気も完治させた。“完全断酒” のために見つけたのが、スマホを使った新たな趣味だ。
「景色のいいところに行って、それをインスタにアップしたり。九州で場所があったら、その付近で(絶景スポットを)探します。観光というのかな、それが楽しみになっている。
ただ、今場所前だけは、上の番付に向けてのトレーニングで、そんな暇がなかったね」
今場所の十両の土俵に向けて、急ピッチで体を仕上げた。
「『人の3倍努力する』と決めて、鍛えてきました。正直言って、『元大関なんだから戻ってきて当たり前』と、まわりから見られるのは嫌です。いまも自分が満足できる相撲の動きを、1日じゅう考えている。夢に出てくるくらい。
あとは、もう少し “クレイジー” にならないといけないかな。昔は土俵に上がると『こいつを食ってやろう!』と、もう頭に血が回っちゃう感じ。鳥肌が立って、勝負に徹していた。そうじゃないと、相撲は取れませんから。
いまの気持ちは『できるだけ、やれるところまでやる』。どんな大横綱や大関でも味わっていない、楽しさや苦しみを味わった。それをプラスに感じて、相撲人生を2度楽しむ感覚でやっていきますよ」
幕下に落ちてからは場所中、上位の取組は見なかった。
「なぜって? 見ると焦っちゃうし、悔しくて泣いちゃうから。2年近く見ていません。最近出てきた関取には、知らない人もいますね。見た瞬間に『おっ、これ誰?』と言ったこともありました(笑)」
照ノ富士の両膝には、サポーターがまかれていた。「少しずつ怖さは取れてきた」と本人も手応えを感じている。いざ、復活へ。幕内という、最高の “景色” は、すぐ目の前にある。
(週刊FLASH 2020年1月28日号)