「あ、そのスマホケース、かわいいですね」
■セックスのリアルを伝えていくことが、これからの自分の役割
「たとえば、『アウトレイジ』のようなバイオレンス映画を観ても、それを真似しようとは思わないじゃないですか。劇中で人が殺されていても、完全なフィクションだとわかっているわけで。それと一緒で、ぼくらもAVをフィクション、ファンタジーとして作っているんです。それを観るのは、ある程度分別のついた大人なので、エンタメとして楽しんでもらおう、と。でも、女性向けの作品に出るようになってから、いろんなお手紙をいただくようになったんです。そこには女性が抱えるセックスの不満などが書かれていて…。もしかしたら、AVが悪影響を与えている側面もあるかもしれないと、それまで自分がやってきたことに対する罪悪感のようなものも覚えたんです」(一徹さん、以下同)
「いま、『RINGTREE』というレーベルを立ち上げて、よりナチュラルなAVを作っているんです。これまでのものはどうしてもニーズに合わせた過剰な演出があったんですけど、よく考えてみると不自然なんですよね。変わった体位をしてみたり、終わった後、ひとりで女の子がはぁはぁ言っていたり。そういったファンタジー要素を限りなく排除したAVを作ることで、正しいセックスのイメージが広まったらいいな、と思っています。そして、『セックスのほんとう』を書いたのも、その一環だったんです」
「いくらAVがファンタジーだとしても、影響を受けてしまうのは仕方ないと思うんです。そもそも、男性側も不安なんですよ。実際、どんなセックスをすればいいのか教えてもらう機会もないので、正解がわからない。だから、AVで観た気持ちよさそうなことを試してみる。それに対して、女性側も正解を知らないし、仮に違っていたとしても言葉にできない。性のことって人格にまで結びついてしまうので、なかなか否定できないんです。つまり、セックスの現場では男女がお互いを思いやるからこその“哀しいすれ違い”が起きているんですよ」
■「好きだから」「愛しているから」を免罪符にしてはいけない
「『好きだから、ゴムをつけなくてもいいよね?』とか、『好きだから、顔に精子をかけても受け入れてくれるよね?』とか、好きという気持ちを盾にする人は多いと思います。そして、女性側も好きだからこそそれを拒否できない。でも、セックスと好きっていう気持ちを一緒くたにして考える必要なんてないと思うんです。それに、この問題は女性側にも言えます。『好きなのにどうして連絡してくれないの?』とかって、よく言いますよね? 好きというロマンティックな感情をもとにした主義主張は男女関係なく存在していて、でも、そろそろ“好き”というマジックワードでお互いに負担をかけ合うのはやめた方がいいと思うんですよ」
「“性的同意”についてはここ1、2年で急速に広まってきた問題で、既存の価値観を変えるべく、草の根運動をしていかなければいけないと思っています。この問題については、男性側が胡座をかかせてもらっていたとも思うので。ただ、これは本当に難しい問題なんです。自分自身を含めて、より意識的に対応をしていかなければいけない時代になったんだと思います」
「デリケートな問題が可視化されるようになって、生きづらさを感じる人も増えたかもしれません。でも、他者との関係を築くことを諦めたくない。だから、これまでタブーとされてきた性の話を、もっともっとしていかなければいけないと思うんです」
■セックスとはなにか――正直、わからない
「蒼井そらさんの話題を目にしたときは、ぼく自身も胸が痛みました。彼女だけじゃなく、SNSで顔を出して活動しているAV業界の人たちは、みんな偏見に遭っていると思います。でも、ぼくはそこにイライラするよりも、こうして発信をするメリットを享受できていることに感謝をしているんです。もちろん、偏見や差別はなくなっていけばいいなと思いますけど、難しいのかもしれない…。結局、ぼく自身も含めてそうなんですけど、人間は困っている人を下に見てしまう機能がインストールされている生き物なんですよ。その本能的な部分をいかに理性で抑えられるのか。それがこれからの時代の課題かもしれないですね」
「AV業界の人に限らず、一般の女性でも性について発信をしていると、『この人は簡単にヤれるんだ』と思われてしまうみたいなんです。そして、突然、勃起した画像が送られてきたり、オフパコのお誘いが届いたりする。そこは誤解してほしくない。性の問題を真面目に話しているのと、エロ話をしているのとでは意味が違うんですよ。でも、残念ながらいまはそこが同一視されてしまっています。たとえば、助産師のシオリーヌさんは、YouTube上に性教育の動画をアップしているんですが、それが性的満足を促す動画だとみなされて収益化が一時的に停止されていたそうなんです。いまは収益化も再開されたそうですが、彼女はコンドームの付け方などを真面目に伝えているだけなのに、なぜか性的なコンテンツだとみなされる。男性側の意識もそうですが、そういう仕組み的な部分も変わっていかなければいけないと感じています」
「ぼく自身、セックスを生業にしているので、ご飯を食べていく手段でもありますし、自分という存在を受け入れてくれた場所でもあります。ただ、それを度外視すると、相手を傷つける恐れがある行為でもあるので、掴みどころがない…。だから、正直、わからないです」
取材・文=五十嵐 大 写真=後藤利江