「若者や金持ちはヒュブリス(傲慢症)に走りやすい。傲慢に振る舞うことで優越感を覚えるからである」。これは哲学者アリストテレスの『弁論術』の一節だ。古代ギリシャでは傲慢な人々がたびたび問題になっていた。現代の日本でも傲慢な人たちが社会問題になっている。店員に対して横暴に振る舞う客。危険運転で周囲を威嚇するドライバー。過激な発言で炎上するネットユーザー。どうして彼らは常識を見失い暴走してしまうのか。
『オレ様化する人たち あなたの隣の傲慢症候群』(片田珠美/朝日新聞出版)では、そうした人々を「傲慢症候群(ヒュブリス・シンドローム)」と位置づけて、病に陥った傲慢人間の警戒と対処法を紹介している。迷惑行為を起こし、人間関係を壊すだけではなく、職場にいれば企業の信頼を失い、経営を傾ける要因にもなる。そうした傲慢人間から身を守るためにはどうすればよいのか。
「傲慢症候群」の11の特徴
まず傲慢人間には、以下のような共通項や、発生のメカニズムがあるという。
(1)自己愛が強い
(2)自己顕示欲が強い
(3)自己正当化する
(4)視野狭窄
(5)現実否認
(6)快感原則を優先
自己愛が強いと傲慢になりやすい。「自分は特別」という特権意識が働くためだ。自己顕示欲が強いと、権力や財力という特権を振るいたくなる。特権意識は過去の栄光や成功体験からも生まれる。過去の成功体験にとらわれている人は、いまの自分が揺らぐと不安になるので自己を正当化しようと傲慢になる。傲慢になるのは、自分を客観的に評価できないからでもある。現実の問題から目をそらすようになると原因を他に押しつけるようになる。傲慢に振る舞えば周囲の反発を買って自分の不利益に繋がるが、そうした損得よりも感情で行動してしまうのだという。
(7)気が小さい
(8)強い欲求不満
(9)序列に敏感
(10)権威に弱い
(11)フィードバックがかかりにくい
意外なことに傲慢な人は実は気が小さい。自分の不安や動揺を悟られたくないから傲慢に振る舞うのだ。不安だけでなく強い欲求不満を抱えていることが多く、ストレスや鬱憤を自分より弱い立場の者に発散しようとする。一方で自分が見下している側に落ちることに恐怖を抱いている。権威主義やブランド志向にも染まりやすい。有名企業に勤めていたり、ブランド品を身に着けていたりすると自分まで引き上げられて偉くなったように感じるからだ。そうして自信過剰や過大評価が進むと自己を省みずに暴走するようになり、いつしか事件や騒動を起こすのである。
「傲慢症候群」の6つの対策
傲慢人間とは、関係を断ってしまうのが一番だ。しかし会社の同僚や近所の住民など、どうしても付き合いを続けなければならない場合は、次の対策をとろう。
(1)まず気づく
(2)観察と分析そしてネットワーク
(3)欲望を満たさない
当然だが、まず相手が「傲慢症候群」だと気づくことだ。本人に「自分は傲慢だ」という自覚はまずない。次になぜ傲慢になったのかを分析する。自己愛が強いのか、自己顕示欲が強いのか、視野が狭いのか、欲求不満なのか。そして他に被害者がいるならば味方になってくれるかもしれない。孤立しないことが大切だ。そして傲慢人間の欲望を察知しても満たさない。ワンマン社長が傲慢になりがちなのは周囲がイエスマンばかりになるからだ。権力者の欲望を満足させる「イネイブラー(支え手)」がいると傲慢さが増長してしまう。
(4)根気強いリミットセッティング
(5)ちょっと面倒な奴を演じる
(6)風通しをよくする
傲慢人間は特権意識ゆえに「何でも許される」と勝手に思い込んでいる。そこで「ここまでは許容できるが、これ以上は許容できない」という限界を設定する「リミットセッティング」を行い、傲慢人間が行き過ぎていたら、さり気なく意見し、間違いを指摘する。「思い通りにならない面倒な奴」と認識されれば相手から避けてくれる。周囲の目が届かない閉鎖的な環境だと権力者が傲慢になりやすく、そこでの常識が世間の非常識になっているケースが多い。ときに外部から第三者を招いて、目を覚まさせる必要がある。ビジネスの場でも、社外取締役を導入するなど、予防策をとりはじめている企業も多いという。
著者が繰り返し訴えているのは、誰でもちょっとしたきっかけで「傲慢症候群」になってしまう素地を備えているということだ。本来、傲慢さとは真逆の謙虚さを美徳としてきた日本人である。他人から敬意を抱いてほしければ、まず他人に敬意を払える人間になるべきだろう。自分自身が傲慢人間になってしまわないように、いつも礼儀と思いやりを心がけたい。
文=愛咲優詩