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阪神・淡路大震災から25年 被災者を癒し、勇気づけた音楽の聖地

2020年1月16日 11:00 デイリースポーツ

港町・神戸で、音楽に携わる者の誰もが愛した看板があった。
崩れ落ちた建物と折れ曲がった電柱の向こうで、それはやけに目立って見えた。


1995年1月17日、阪神・淡路大震災が発生。

ほどなくして、比嘉栄昇、島袋優、上地等の音楽トリオ、BEGINは、すっかりなじみになっていた神戸市のライブハウス「チキンジョージ」を案ずるあまり、がれきを縫って様子を見に訪れていた。


「入り口の看板だけがドンと残って、それがものすごく強烈で、あとはがれきみたいになってて、ホントに看板しか残ってないから、ボコンって」

最大の繁華街、中央区三宮も震度7の激震に見舞われて壊滅的な被害を受け、チキンジョージも全壊していた。


有名アーティストがステージに

内田裕也、シャネルズ(ラッツ&スター)、安全地帯、杏里、ハウンド・ドッグ、やしきたかじん、BOOWY、レベッカ、爆風スランプ、米米CLUB、聖飢魔Ⅱ、プリンセス・プリンセス、東京スカパラダイスオーケストラ、エレファントカシマシ、ブランキー・ジェット・シティ、シャ乱Q、ウルフルズ…。

日本中の、いや、世界中のアーティストがステージを踏んだ聖地が、無残な姿をさらしていた。

チキンジョージを創業し、現在も経営する児島三兄弟の長兄・進(59)も、絶望的な光景を見ていた。


「みんな、ゴジラが踏んどった街みたいになっとった」

BEGINが全壊したチキンジョージをなすすべもなく見つめていたところに、進が偶然、通りかかった。
大きな災害が起こると自粛ムードが広がるものだが、進は意に介さず「お前ら、そういう時こそ神戸でお金使え」とBEGINに説いた。
4人は「屋台みたいなとこに飲みに行って、すごくチキンジョージのことを話していた」(BEGIN)という。

すぐに再建を考えられるような状況でもなかった。


神戸市北区の鈴蘭台にあった児島家は、水道がすぐ通じ、プロパンガスだったためガスも止まらず、家を失った被災者を「4家族ぐらい」(進)受け入れた。被災者への風呂の解放や水の提供にも努めた。

「毎晩毎晩よう風呂入りに色んな人が来よったもんな。水道代ごっついなみたいな話で。病院に水持って行ったりしたもんな。『住所と名前書いてください』、『いや、そんなもん、月光仮面』って」(進)

神戸市民は、生きるのに必死だった。

音楽以外にも門戸を開く

チキンジョージは80年9月に開店した。兄弟の父親が経営するキャバレー「ニューエンペラー」の2階に間借りした。


進は大学生、次男・勝(57)は高三、三男・憲次郎(55)は高一という常識外の若さ。81年5月30日にバンド「Johnny,Louis&Char」として初出演したギタリストのCharに「子供がやってんのか!」と驚かれたという。

当初はレコードをBGMにするパブのような形態で、関西学院大学の軽音学部にいたアマチュア時代の大江千里もバンドで出演している。


間もなくライブハウスに衣替えした。

初のライブは音楽ではなく当時、漫才ブームをけん引していたB&Bだった。音楽以外にも門戸を開く姿勢は今も続き、99年11月12日にはボクシングの名王者だった長谷川穂積のデビュー戦が行われている。


初年度の詳細なデータは震災で失われたが、最初の音楽ライブは葛城ユキだったという。


経営は当初、低空飛行が続いたが、情報誌にライブハウス情報が掲載されるようになり、人気テレビ番組「ザ・ベストテン」でライブハウスからの中継が行われるなど、追い風が吹き始めた。

間もなくフュージョンブームが到来し、経営は軌道に乗る。当時からの常連であるT-SQUARE(当時はTHE SQUARE)の安藤正容が「東京六本木のPit Innと、神戸チキンジョージでスクエアは育ちました」と言うように、出演者とチキンジョージは競い合うように成長していった。


憧れの聖地は大震災で廃墟に

93年11月20日、ライブハウス一本で新装開店。経営面では絶頂期を迎える。

「このまま続いたら、こらえらいこっちゃでって思うとった」(進)

既に国内でも指折りのライブハウスになっており、内外の大物が続々と出演。チキンのステータスについて、大阪出身のギタリスト・押尾コータローは「憧れの聖地」だと説明し、「いつかはチキンジョージでやりたかった」と明かした。


しかし、「世の中そんなに甘あない。年明けたら震災が来た。全壊」(進)

憧れの聖地は、廃墟となった。


全壊したチキンジョージを前に、勝は「兄貴、どうせ建物古いし、ライブハウスやるかやれへんかは別として、こういうのをずっと世間に見せておくのは不細工やから」と、進に解体を進言した。


進は生々しく解体を振り返った。

「路面のキャタピラのヤツがガラガラガラガラ来て、アスファルトぐっしゃぐしゃにするわ。片っ端から壊してもらって、2日ぐらいで更地になって。『ウチとこのビルって段ボールで作っとんかな?』って思うぐらい、ペシャンコにつぶれていくわけや」

音楽好きが皆、愛した聖地は、あっけなく地上から姿を消したかに見えた。キャバレー時代からのステージの、頑丈なコンクリートの土台だけが、解体費用の問題で残されていた。チキンジョージの土台は、失われていなかった。


青空ライブを開催

5月4日、常連の憂歌団を招いて、「震災歌絵巻 青空生聞ライブ」を決行した。残っていた土台をステージに見立てていた。
「300人ぐらい来てくれたんちゃうかな。皆地べたに座りながら」(進)

囲いの外にも大勢の人々が詰めかけていた。震災から4カ月近くが経過し、皆、音楽を強く求めていた。末弟の憲次郎が、笑顔で懐かしむ。

「隙間ぐらいから見て、音じゃじゃ漏れやから、みんな聴いてんねん」

がれきに埋もれた街に、再び音楽のエネルギーが満ちていった。


「12月にチキン、オープンします!」

集まった人々を目の当たりにした進は、前説で思わず宣言してしまった。
何も決まっていない。
進本人は言った記憶がない。

「ホンマにやるんですか?」、「今チキン12月にオープンするって、復活するって言うたじゃないですか!」と色めき立つスタッフに、進は「俺そんなこと言うたっけ?」と戸惑った。何かが進に言わせたのだが、それは集まった人々の思いだったのか、それとも音楽の神様だったのか。

そこからは勝を中心に、資金集めに奔走した。金融機関詣で以外にも、建物の設計、アーティストのブッキングなど、仕事は山積みだった。

金融機関からの融資以外にも、資金の工面に知恵を絞った。チケットを販売する業者を使わず、自前で前売りの事務所を作って、前売り券をさばいた金を建設費にあてた。

「『それ(前売りの金)建築費に回したら、当日のギャラどないすんねん?』、『そんなもん、当日になったら当日の話やろ!』みたいな」(進)

進は、自ら期限を切ったことが原動力になったという。

「何キロ走ってエエか分からんマラソンっていうよりも、ゴールがあるっていうの分かったら動けんねんな。12月やるって言ったんやったら、逆算していって何をいつまでにせなアカンっていうのが」

音楽の聖地がよみがえる

12月1日、チキンジョージはよみがえった。「限りなく仮設に近い本設っていうのが。作った時みんなに『仮設か仮設か』って言われた。アレは外、音ダダ漏れやったな」(進)という普請ではあったが、進の宣言通り、神戸に音楽の聖地が復活したのだ。


再開当日の出演者は、93年11月の新装開店の月にも、青空ライブにも、95年7月22日に跡地で開催された「新春歌絵巻」にも出演した憂歌団だった。再開後のライブは「全部パンパン」(勝)になった。被災者は音楽に飢えていた。

この月の21~25日に恒例の連続ライブを行ったT-SQUAREの安藤は「まかり間違えばスクエアのライブ中に起きても不思議ではなかった震災。それを考えると恐ろしくなります」と、震災が人ごとではなかった出演者の心情を明かし、再建を「そんな気持ちを吹き飛ばすかのよう」だったと振り返る。


開店当初にカシオペアのドラマーとして初出演し、現在もソロなどでチキンに出演している神保彰は「震災の時、あの三宮界隈ってひどくやられて、ホントにこれ、チキンジョージどうなってしまうんだろうと思った時期もあった」と、再開を危ぶんだことを打ち明け、「見事に再生しましたんで、そういうスタッフの不屈の精神はもう尊敬しますね」と復興に最敬礼した。
海外のアーティストにも支援の動きは広がっていた。

被災地と被災者への連帯

翌96年1月22日、米国のハードロックバンド「Mr.BIG」が、復活したチキンジョージでチャリティーのアコースティックライブを行った。FM802が主催し、400組800人の招待に約1万通もの応募があったという。

バンドは30分の予定を大幅にオーバーする1時間のフルセットを熱演し、後日、チキンジョージにゴールドディスクを贈呈。被災地と被災者への連帯を示した。Mr.BIGは2011年3月11日に発生した東日本大震災でも、復興支援に尽力している。
再建されたチキンジョージで奏でられた音楽は、被災者の悲しみを癒やし、復興への後押しになったが、進は必ずしも出演者から被災者への一方通行ではなかったと言う。


「あの年なんかはね、(アーティストが)みんなを元気づけに来ようっていう部分で来たつもりが、お客さんがエンターテインメントとか音楽に飢えとるから、お客さんの盛り上がりがすごいねんな。だから、出演者の人たちが逆に元気もろうたり、いうふうに、帰られたミュージシャン、打ち上げの時とかよう言うてはったわ」

出演者もまた、被災者から大きな力を受け取っていた。東日本大震災でクローズアップされた「絆」が、この時も結ばれていたのだった。

神戸にかけがえのない存在

地元・神戸にとっても、アーティストにとっても、なぜチキンジョージはかけがえのない存在なのか。19年11月19日に単独ライブを行ったお笑いコンビ、尼神インターの誠子は神戸出身で、中2の時、初めて見た音楽ライブの会場がチキンジョージだった。


「そこからライブハウスや音楽にハマって聴くようになって、すごいいい思い出がライブハウスにある」

神戸っ子にとって、チキンジョージは音楽と出会い、成長していく場だった。単独ライブを終えて「地元の友達とかも『ようできたな、あのチキンジョージで』って驚いてまして。一緒に初めて行った友達も来てくれて『まさか一緒に行ったステージに誠子が立てるなんて夢みたいやな』って喜んでくれて」という、地元ならではの反応があったという。

誠子は出演者だから分かる魅力も証言する。

「お客さんが楽しんでくれているのが舞台上にいてすごく伝わって。音響が全然違いますし、生演奏でバンドもやらせてもらって、めちゃくちゃ気持ち良かった。照明も半端なかった。照明での盛り上げ方も分かってらして、リハから気分上げてくれるリハでした。温かくて、一番単独で盛り上がったライブでした」

尼崎出身の相方・渚も、予備知識こそなかったが、プロフェッショナルな姿勢に感銘を受けたという。

「(お笑いの)劇場のスタッフさんはすごく真剣に演者のことを考えて、どういうふうにしたら盛り上がるか考えてくれるねんけど、そこの思いは一緒なんやな」

BEGINは客席にいたメンバー2人が上田正樹によってステージに上げられたのが“デビュー”。常連となり、多くの出会いを得た。


「憧れていたミュージシャンに、こんな近くに出会うことができた場所で、音楽に対する気持ちとか姿勢をはっきり見せてくれた場所だった」

児島三兄弟とスタッフの個性も、アーティストを引きつけている。

「ライブハウスのオーナーと、こんなにミュージシャンが近いっていうのは、チキンジョージならではだと思う」(BEGIN)

「オーナーの人柄がお店のムードを作り出すという事です。そのムードに惹かれた出演者、お客さん達がその店に定着し、お店の個性を作り上げていきます。チキンジョージは神戸三宮という街とコジマススムで出来ています」(安藤)

「3人の兄弟とスタッフの面白さですね。アーティストの気持ちがすごく分かるライブハウス」(シンガー・ソングライターの伊藤銀次)


そんなチキンジョージだからこそ、再建の喜びは大きなものだった。

現在のチキンジョージは08年に新規オープンした5代目だ。

05年11月に発覚した耐震強度偽装事件の影響で工程が延びるハプニングもあったが、08年5月1日、新装開店にこぎ着けた。

震災の子とも言える4代目チキンジョージは、05年の大みそかの年越しライブをもって幕を下ろした。再建から10年がたっていた。

震災から25年 開店から40周年

2020年は阪神・淡路大震災から25周年、チキンジョージ開店から40周年を迎える節目の年である。


阪神・淡路大震災の後も、日本列島は絶え間なく大きな地震に襲われてきた。

21世紀に入ってからも、十勝沖地震、新潟県中越地震、岩手・宮城内陸地震、東日本大震災、熊本地震、北海道胆振東部地震などが発生。また、昨年の台風15、19号など、豪雨が甚大な被害をもたらすことが近年、続いている。

25年前、阪神・淡路大震災という未曾有の危機に直面した神戸で、チキンジョージは音楽の力を示した。25年という長い歳月こそ経過したが、チキンジョージと神戸の街の復興は、今もなお「音楽だからこそ、被災者の、被災地の力になれる」という可能性を示しているのではないだろうか。


実際、大きな自然災害が起こる度に、音楽、ひいてはエンターテインメントの持つ力がクローズアップされてきた。


復興したチキンジョージと神戸の街

18年12月3日、「NHK紅白歌合戦」初出場を目前に控えたシンガー・ソングライターのあいみょんが出演した。


若年層のカリスマの登場に、チキンジョージは「いつもと違う若い面々で満員」(スタッフ)になった。進は時代の流れを痛感したという。

「お好み焼き屋にスケジュールぱっぱ貼ったら、そこに来るまだ大学生の若い男の子が『え!?チキン、あいみょん来るんですか!?チキンすごいんですね!』。なんだこら?みたいな。すごいですねっていう、評価される基準が全然違うからな」

出演者にも観客にも、新しい世代が着実に育っている。その中から、危機にひんした人々を癒やし、力づける音楽も、きっと生まれてくるだろう。あの阪神・淡路大震災からも復興したチキンジョージと、神戸の街なら—。


【取材・文=藤沢 浩之(デイリースポーツ)】

※この記事はデイリースポーツによるLINE NEWS向け特別企画です。

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東尾理子 9歳長男がパパ石田純一と祖父・修氏の「年齢あまり変わらない」と気付く

2020年1月16日 08:00 デイリースポーツ

 プロゴルファー・東尾理子(44)が15日、ブログを更新。14日が66歳の誕生日だった夫で俳優・石田純一の誕生日を家族で祝ったことを伝えた。
 「主人の66歳誕生日 家族でお祝い」と石田と前妻で女優・松原千明との間に生まれた女優・すみれ(29)、3人の子供たちと撮影した幸せいっぱいの写真を公開。「が、しかし、最近のビッグニュースは、理汰郎が、、、、、父親と祖父の年齢があまり変わらない事に気が付いた事!!!!!!」と父で野球評論家の東尾修氏(69)と石田の年齢が3歳差という事実に、第1子長男・理汰郎君(9)が気付いたという“衝撃のニュース”を伝えた。

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U23森保監督1勝もできず「経験生かしたい」

2020年1月16日 08:00 デイリースポーツ

 「U-23アジア選手権・1次リーグB組、カタール1-1日本」(15日、バンコク)
 2連敗で1次リーグ敗退の決まっていたU-23日本代表は1-1でカタールと引き分け、1分け2敗の未勝利の最下位で大会を去ることになった。
 後半28分にFW小川航基(磐田)の今大会初ゴールで1点を先制したが、直後に同点とされた。34分に途中出場のMF斉藤(湘南)のファウルでPKを献上。VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)の確認でも判定は覆らず、カタールMFのA・アハラクに左隅へ決められた。
 大会を通じてVARへ対応することができなかった。初戦のサウジアラビア戦では終了間際に、2戦目のシリア戦では開始早々にPKを与えた。カタール戦では前半終了間際でVARの介入によりMF田中碧(川崎)がレッドカードの一発退場。以後は10人での戦いを余儀なくされた。
 五輪前最後の公式戦で結果を残すことができなかった森保一監督は「応援してくださった方々には残念ながら勝利をお届けできなかったけども、この苦しい中、選手たちは本当に勝利をお届けしたい。最後まで粘り強く、闘い抜くところをおみせしたい、というところを表現できたと思います」と退場者を出しながら同点に終わった試合を振り返った。
 東京五輪金メダルを目指す中でアジアで1勝もできないという現実を突きつけられた。「私も含めてみんなでこの大会を反省していかないといけない。過去は変えられない。ここからチームの成長、選手が成長してくれるためにこの大会の経験を生かしたい」と話した。
 オーバーエージ枠の導入やメンバー選考などクリアしなければならない問題は山積だ。指揮官は「時間は限られてるっていうのは最初から分かってること。その都度その都度ベストを尽くして活動を続ければ、必ず最後に大きな成果につながると思ってやってきています。今回は本当に残念な結果に終わりましたけど、最後、結果を出せるようにしっかり積み上げていきたいと思います」と前を向いた。

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ナイキ厚底シューズ 国際陸連が禁止か 

2020年1月16日 08:00 デイリースポーツ

 英紙「テレグラフ」、「タイムズ」、「デイリーメール」など英各紙は15日、男女のマラソン世界記録を誕生させるなど陸上長距離界を席巻しているナイキ社の厚底シューズ「ヴェイパーフライ」について、国際陸連によって禁止となる可能性が高いと一斉に報じた。国際陸連は昨秋から調査チームを立ち上げており、「デイリーメール」によると今月末にも調査結果が発表されるという。
 ナイキの厚底シューズ「ヴェイパーフライ」シリーズは、「軽さ」と「クッション性」の両立のため、ミッドソールに航空宇宙産業で使う特殊素材に由来するフォーム(ズームX)を採用、「推進力」をつけるため、特殊素材の間に反発力のあるスプーン状のカーボンプレートを挟み込むなどの技術が詰め込まれており、使用した選手は近年の主要国際マラソンの上位を独占してきている。
 昨年10月のロンドンマラソンではコスゲイ(ケニア)が2時間14分4秒の女子マラソン世界記録をマーク。ポーラ・ラドクリフの持っていた世界記録を16年ぶりに更新した。また男子の世界記録保持者のキプチョゲ(ケニア)は昨年、2時間切りを目指す非公式レースでナイキ社の最新シューズをはき、人類で初めて2時間を切る1時間59分40秒(非公認記録)をマークしている。日本でも大迫傑が日本記録をマークしたほか、1月2、3日に行われた箱根駅伝では8割を超える選手が着用し、区間新記録が10区間中7区間で誕生。驚きと戸惑いの声が上がっていた。禁止となれば、陸上長距離界に大きな衝撃が走ることになる。
 「テレグラフ」はキプチョゲの「これらの靴は公平だ。テクノロジーは進化しており、それを否定することはできない」という規制に反対するコメントを掲載した。
 国際陸連の規則では「競技に使用されるシューズはすべてのランナーが合理的に利用可能でなければならず、不公平なサポートや利点を提供するものであってはいけない」とあり、これに抵触するかが焦点となっている。

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みかん 通勤ラッシュの子連れ電車移動で男性から「邪魔なんだよっ!」…泣きそうに

2020年1月16日 08:00 デイリースポーツ

 ものまねタレント・みかん(35)が15日、ブログを更新。子連れでやむなく電車にのったが、サラリーマンの男性に捨て台詞を吐かれ、嫌な思いをしたことを明かした。
 「乗っちゃいけないの?!」と題してブログを更新。「聞いて下さい!!今日、こんな事があったんです」と切り出した。
 この日、2つの現場で仕事があり、普段は車移動だが、2現場目への遅刻を避けるために電車を選択。昨年10月に生まれた第2子長女を夫に預けることが難しく、赤ちゃん同伴で移動したという。
 「少しでも迷惑かけないよう」荷物はなるべく最小限に抑え、小さめのキャリーバッグとベビーカーのみ。朝の8時台の通勤ラッシュだったため、待っても待っても乗れず、乗れたのは3本後の電車だったという。
 しかし、悲劇はここから。サポート役のマネジャーとの待ち合わせ駅まであと1駅というところで、下車していくサラリーマンに「『邪魔なんだよっ!』とすごい嫌なトーンで捨て台詞を吐かれました!」という。
 みかんは「なんて心が狭い人がいるんだろうと思った反面、とても辛く苦しい思いをして、その場にいるのが耐えられなかったです。。。」とつづり、泣きそうになったことを明かした。
 ブログでは「こんな思いをして電車に乗らないといけないんでしょうか?」「正直、もう電車移動はあまりしたくないと思いました」と吐露。「女性&ベビーカー&マタニティ&子供専用&車椅子」などをひっくるめた専用車両を作ってほしい、と訴えた。

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戸田恵梨香 スタイル映える滑らかドレスでミューズの笑顔

2020年1月16日 08:00 デイリースポーツ

 女優の戸田恵梨香(31)が15日、東京・有楽町で行われた「ランコム新製品およびグローバルアンバサダーお披露目」発表会に出席した。
 スレンダーなスタイルが映える、アイボリーホワイトの滑らかなワンピースをまとい登場。同ブランドのアイコンでもあるピンクのバラを手にし、華やかな笑顔を振りまいた。
 同ブランドのミューズに就任し3年目の戸田は、「考え方の変化や進化を感じることが多くて。30代に入ったんですが、20代よりももっと楽しくなった。歳を重ねることの喜びを感じています。それをたくさんの女性の方と共感できるように頑張っていきたい」と大人の女性への変貌を楽しんでいる様子。「美しさとは、自分の内面を充実させること。私の場合は、空を見ることだったり、自然の場所に行くことだったりが、自分自身の内面を輝かせる大切な時間」と自身の考えをまっすぐに語った。
 グローバルアンバサダーに新たに就任した米女優のアマンダ・サイフリッド(34)とトークセッションを行い、“美の競演”も果たした。戸田は「トレンドに流されず自分自身を見つめると、どんどん世界が広がる。私自身、これから、自分を見つめて女性として輝いていきたい。そんな姿を皆さんに見て頂いて、女性たちに元気と勇気を与えていけたらなと思っています」と凛とした瞳で呼びかけていた。

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渡辺直美「外国人の年下の男の子とデート」していた

2020年1月16日 08:00 デイリースポーツ

 タレントの渡辺直美(32)が15日、都内で行われた、MCを務めるインターネット放送「Abema TV」の恋愛リアリティーショー「恋愛ドラマな恋がしたい~Bang Ban Love~」(25日、後11・00スタート)の取材会に出席した。
 シリーズ第5弾となる今作は、“禁断の愛”をテーマに、男女の若手俳優がドラマ撮影を行い、その裏で現実の愛を育むことができるのかを追う。渡辺は、自身の恋愛への影響について「響きますね…。(出演者の)技術がすごくて。女子のアピールの仕方とかが勉強になる」と笑顔で話した。
 昨年から米ニューヨークと日本の“二重生活”を続ける渡辺は、「外国人の、年下の男の子と、1、2度デートした」と驚きの告白。「美術館デートをしましたんですが、『ウチでネットフリックスでも見ない?』って誘われて。私が『ウチの方が近いから、ウチに来ない?』って誘ったら、来たんですけど、次に繋がらなかった」とぼやいた。

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クリス・ハート 活動再開 休止理由は“燃え尽き症候群”だった

2020年1月16日 08:00 デイリースポーツ

 2013、14年のNHK紅白歌合戦に連続出場するなど人気を博したが、18年4月から活動休止していた歌手クリス・ハート(35)が、約2年ぶりに再始動することが15日、分かった。4月から全国ツアーをスタートさせ、完全復活する。活動休止の本当の理由が“燃え尽き症候群”だったことを告白。休業中は音楽の勉強と育児に励み、自身の楽曲を歌う長男(3)と長女(2)の姿を見ているうちに、歌への情熱を取り戻したという。
 活動再開にあたりハートは「とてもワクワクしています」と心境を明かし、休業の“本当”の理由を公表した。当時は「音楽の勉強」と「育児」を理由に挙げていたが「実は歌う意味が分からなくなって休業しました」と説明。デビューから5年間を駆け抜けてきたことで、歌う目的を見失い、一種の“燃え尽き症候群”のようになっていたという。
 休業期間中はOB・OGのグラミー受賞数が200超の名門、米バークリー音楽大学のオンラインコースでボーカルやアレンジ、プロデュースを勉強。家庭ではイクメンぶりを発揮してきた。
 活動再開のきっかけは、子供たちの歌声だった。19年2~3月頃、歌手May J.(31)がハートの2ndシングル「I LOVE YOU」をカバーすることになり、ハートが編曲を担当。自宅で同曲を流しながら作業していると、子供たちが口ずさむようになったという。
 歌うことへの道筋をなくしていたが、純粋に歌を楽しむ子供たちを見て「素直に愛を感じ出し心動かされました」と魂が再燃。少しずつ思いは強まっていき、昨秋には「もう一度ファンの皆さんのため、音楽が大好きな子供たちのために頑張ろうと思いました」と再始動を決めた。
 4月3日の市川市文化会館でスタートし、全国5都市で1万人を動員するツアーには「~Love is Love~(愛を歌う)」と命名した。待っていてくれたファンや子供たちへの「愛」を込めたという。

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藤田ニコル 交際男性は「イケメン」芸能人が多いと告白…友達と浮気され

2020年1月16日 08:00 デイリースポーツ

 タレント・藤田ニコル(21)が15日、フジテレビ系で放送された「ホンマでっか!?TV」に出演。これまで交際してきた男性は、イケメン芸能人が多いことを明かし、驚かせた。
 ニコルは「どうしてもイケメンがすごい好きで。ちゃんと顔が整ってる“同業者”と付き合うことが多くて」と明かすと、共演のマツコ・デラックスは「けっこうすごい話してんだね、大丈夫」と思わぬ告白に驚いた。
 ニコルは平気な様子で、続けて「近場とかでけっこう浮気される。友達(とか)…」とも明かした。
 彼氏に仕事などの悩み事を話すか?という問いには、「(彼氏が)同業者の人が多いので、自分の仕事の情報って、あんまり話さないです。自分の方が(仕事)してたりすると嫌かな、と思うので」と芸能人同士の恋愛ならではの“気遣い”を告白。付き合うきっかけについては「自分から好きになって、好きにならせようとLINEでちょっかい出して、うまくいくパターンが多い」と笑顔で話していた。

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紳助さん 山田親太朗をネタに変わらぬ話術を披露…「ずっとねえちゃんのカネを」

2020年1月13日 20:00 デイリースポーツ

 芸能界を引退した島田紳助さんが13日、歌手misonoのYouTubeチャンネルに登場した。紳助さんは変わらぬ姿で「引退して8年半。昔、島田紳助という名前で仕事してました」とあいさつした。紳助さんはともに出演した山田親太朗の金銭感覚のルーズさをネタに、変わらぬ巧みなトークを披露した。
 紳助さんは親太朗に、「おねえちゃんのお陰で芸能界で生きてるよな」と山田優のおかげだと指摘。「けっこう収入ある。テレビ出てへんのに」とツッコんだ。親太朗は「僕は兄もできました。小栗旬て、すごくないですか」と笑った。
 紳助さんは「こいつ、ほんまずっとねえちゃんの金をパクってんねんで」と親太朗をネタにmisonoを笑わせた。「ほんま、とんでもないねん。昔から」と親太朗の不思議エピソードを披露。以前、東京・西麻布で食事をする機会があったという。親太朗はタクシー代が4800円かかったものの、4500円しか所持金がなかったという。紳助さんは「運転手さんがじゃまくさくなったんやろな。『300円、もういいです』やって」と運転手が料金をまけてくれたエピで笑わせた。
 紳助さんが親太朗に、どうやって帰宅をするのか尋ねると、親太朗は「なんとかなります」と返答。翌日は札幌に行かなければならないというのに所持金はなく、紳助さんが「どうすんねん」と尋ねると、親太朗は「なんとかなります。世の中はそういうもんです」と強気だったという。
 その会話を聞いていた紳助さんの友人が「そら、あかん」と封筒を渡してくれた。中には10万円ほどがあった。親太朗は「ほら、なんとかなるでしょ」と答えたそうで、ここでも紳助さんは爆笑を誘った。

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