ある子は食べるにも困り、路上で靴磨きを始めた。
ある子は勉強をあきらめ、教科書を破り捨ててしまった。
アフガニスタンとつないだ画面越し。彼女の声は、沈痛だった。
「市場で靴を磨いたり物を売ったりしている子どもたちを見ると、胸が痛んで悲しくなります」
タリバンの復権後、アフガニスタン各地の路上で子どもたちの姿が目立つようになってきた(Xinhua/Getty)
20代女性のナディアさん(仮名)は、ある地方の子ども支援センターで働いている。
学びにくる教え子は、もう半分ほどになってしまった。
ナディアさんが働く支援センターは、国内避難民や国外難民キャンプからの帰還者など、貧しい家庭の子どもたちを受け入れている。
本を読み聞かせ、基礎的な勉強や手工芸などを無料で教えてきた。ナディアさんは、読み聞かせや英語教育などを担当している。
タリバンの復権前、センターには1日200人ほどの子どもが通っていたが、半分近くに減った。
タリバンを警戒する国際社会はアフガン政府の資産を凍結し、送金を停止した。
社会が混乱を続ける中、貧しい家庭の子どもたちはセンターに通うことを止め、ゴミ拾いや市場での物売りなどで家計を支えるようになったのだ。
もう一つの理由は、タリバンが女性の就労を制限し、「男女の分離」を理由に中学生以上の女子の登校を禁じたことだ。
ナディアさんのセンターも、女子と8歳までの男子は午前に、9歳以上の男子は午後に通わせて分離するよう、タリバンに命じられた。
子どもたちは、社会の変化を敏感に感じている。
日本の中学3年にあたる少女は英語を学んでいた。しかし「タリバンが怖い。私のような女の子が外出していたら、撃たれるかもしれない」と、家に閉じこもるようになった。
ナディアさん自身も同じ恐怖を感じた。
しかし両親に「あなたは教育を受けた人間でしょう。恐れず子どもたちを支えなさい」と励まされた。子どもたちの家を訪ね、「一緒に勉強しましょう」と語りかけている。
アフガニスタンに影響力が及ぶ政権をつくりたいパキスタンの情報機関も、タリバンを支援した。
軍閥が群雄割拠し、横暴な統治や戦闘を続けていたアフガン地方部で、「綱紀粛正」を掲げ武力で平定していくタリバンは、治安と暮らしの安定を求める人々の支持を集め、1996年には首都カブールを制圧した。
政権を握ったタリバンは、自らの厳格なイスラム解釈を押しつけ、女子の登校を禁じた。
「男女は分離されねばならないが、その施設や教員が足りない」というのが当時の公式な説明だ。
さらに「女性は男性の保護者とともにあるべき」と、女性の就労や外出を制限。頭からかぶり、顔と全身をすっぽりと覆うブルカの着用を義務づけた。
やがて、さまざまな出自や価値観を持つ住民が集まる都市部を中心に、タリバンへの反感が強まっていった。
日本を含む国際社会の大勢もタリバンを強く警戒し、「アフガンの政府」として承認しなかった。孤立したタリバンは、国際社会に背を向けた。
そして、母国サウジアラビアを追放された国際テロ組織アルカイダの創始者オサマ・ビンラディンを「客人」として受け入れた。
米軍が中心となって武力でタリバンを追放したあとに政権の座に就いたのが、反タリバン軍閥の連合体「北部同盟」だ。
同時多発テロ以前は国土の1~2割程度しか掌握できていなかったが、米軍の加勢で2001年11月に首都カブールを掌握した。
政権を失ったタリバンは、山岳地帯などに潜んだ。
国際社会はアフガンでの新政府樹立を歓迎し、選挙の実施など民主化に向けたさまざまな支援を続けた。日本もこれまで、7000億円以上をアフガン支援に費やしてきた。
各国が支える新政府の統治下で女性は自由を取り戻し、女子教育も復活した。
30代の大学教員の女性アリアナさん(仮名)は、第1次タリバン政権時代、両親とともに隣国イランに逃れていた。タリバン政権が崩壊し、難民生活を終えて帰国した幼い日のことを、今も覚えている。
「まるで、地上に天国がやってきたのかと思った」
アリアナさん一家はイランで「不法滞在者」扱いされ学校に通えず、親も職を得られなかった。
自宅で両親に読み書きを教わっていたアリアナさんは、帰国後に初めて学校に通えるようになり、小学5年次に編入した。両親はアフガン新政府の公務員として採用された。
タリバンは地方部に潜み、政府軍や米軍への攻撃を続けた。さらに別のイスラム過激派「イスラム国(IS)」も入り込んだ。
戦闘が続く中、米軍は現地の人々に憎まれるようになった。原因の一つは、相次いだ「誤爆」だ。
地上戦での米兵の損失を恐れる米軍は、空爆に頼った。しかし、タリバンやISをドローンなどで空爆する際、集めた情報が誤っていたり、正確だったとしても爆発が周辺の村落に多大な被害をもたらすことが相次いだ。
2015年にはアフガン北部で国際医療団体「国境なき医師団」の病院まで誤爆し、国際的な批判を集めた。繰り返される悲劇への怒りが、「占領軍と闘う」タリバンへの支持につながっていったことは、否定できない。
そして米軍は今年8月の撤退期限2日前にもカブールで誤爆事件を起こし、子どもたちを含む10人が亡くなった。
アフガン政府と軍は、米軍が撤退作業を終える前に一方的に崩壊。ガニ前大統領はタリバンと戦うこともなく亡命した。
タリバンは8月15日、首都を再び占領した。
バイデン政権はタリバンの復権を黙認した。
記者会見したバイデン大統領は次のように語り、撤退を正当化した。
「私たちの任務は、2001年9月11日にアメリカを攻撃した者たちを捕まえること、そしてアルカイダがアフガンを拠点として再び攻撃できないようにすることだった」
「統一された中央集権的な民主主義を構築するためにアフガンに行ったわけではない」
タリバンの行動原理には、二つの基盤がある。
一つは、男女の分離に強くこだわる、保守的で独特なイスラム教解釈だ。
タリバンは今年8月に復権すると、「男女を分離する準備ができていない」と中学生以上の女子の登校を禁じ、女優が出演するドラマをテレビで放送することも禁じた。
さらに、女性の権利擁護や社会進出を担当する「女性問題省」の看板を、宗教警察を統括する「勧善懲悪省」に書き換え、女性職員の出勤を禁じた。
12月25日には選挙管理委員会に解散を命じたと発表。女性が1人で長距離移動することも禁じる布告を出した。
タリバンはこれらを「宗教上の指針」と説明している。しかし、世界のイスラム教徒の多くは、タリバンが「イスラム」の名のもとに打ち出す方針に困惑している。
イスラムの聖典コーランに、女性の教育を禁じる項目は存在しない。
サウジアラビアやイランといった保守的なイスラム教国でも、女性は教育を受け、社会の様々な分野で働いている。女優が出演するドラマも、日常的に放送されている。
タリバンのもう一つの行動原理は、アフガン農村社会の伝統的な価値観だ。
アフガンは険しい山岳地帯や砂漠が広がり、道路網も未発達で、中央政府の力が地方まで届きにくい。地方の人々は、自ら身を守るしかないのが実情だった。
そこで頼れるのは、部族や地縁、血縁になる。
もめ事があれば長老とイスラム法学者が話し合い、外敵には男衆が納屋から銃を取り出して自衛する。男性優位な古くからの価値観が維持されてきた。
平たく言えば「男衆が働いて村を守る。女衆は家事と子育てに専念して家庭を守れ」という、かつての日本にも存在した考え方だ。
これが独自のイスラム解釈と結びつき、タリバンが打ち出す方針の背景に見え隠れしているのだ。
こんなタリバンの保守性は、地方部の男性からは一定の支持を集めてきた。一度は米軍に圧倒されながら地方を中心にじわじわと勢力を広げ、復権につながった理由の一つといえるだろう。
タリバンに身元を察知されれば、危険な目に遭うかもしれない。ナディアさんがそれでも取材を受けてくれたのは、理由がある。
「私にとって一番大切な場所だった学校の図書室は、日本のNGOの支援でつくられました。日本の人々に心から感謝しています。そして、これからも、この国の子どもたちを支えてほしい。それをお伝えしたいのです」
アフガンの地方部では、シャンティ国際ボランティア会(若林恭英会長、東京都新宿区)が、学校での図書室設置を支援してきた。ナディアさんが通った学校は、同会がこれまでに蔵書や本棚を寄贈してきた約130校のうちの1つだったのだ。
日本の草の根支援は、アフガンの人々に確実に届いている。
ナディアさんは言う。
「一番の問題は、この国に教育を受けた人が少なすぎることにあります。もし、みんなが教育を受けて文字を読める社会だったならば、タリバンの復活はなかったと思います」
長く続いた混乱と貧困、そしてタリバンに代表される保守層が女性教育を軽視してきたことで、アフガニスタンの成人女性の7割は、読み書きができない。
こういう状況で、女子教育の重要性や女性の権利擁護を訴えても、日本では想像もつかない困難と反発を伴う。「黙って我々の言うイスラムの教えに従えばいい」というタリバンの単純な主張も、一定の力を持つことになる。
タリバンが最初に政権を取った1996年も、失った2001年も、復権した今回も、アフガンの国民が選挙を通じて政権を選んだわけではない。国際情勢の変化と武力がそうさせたのだ。
米国にはもう、力ずくでタリバンを退場させる考えはない。当面はタリバンの統治が続くことは、間違いない。
国際社会はタリバンとの距離感をはかりかねている。
とはいえ、支援が途絶えて最も苦しむのは、貧しい人々、特に女性と子どもたちだ。ナディアさんは言う。
「20年の進歩を無にしたくない。アフガニスタンの未来は子どもたちにかかっている。私はあきらめず、子どもたちを励まし続ける。だから、国際社会と日本の人々も子どもたちへの支援を続けてほしい。教育こそが、この国の希望なのです」
※この記事はBuzzFeed Japanによる「LINE NEWS向け2021年振り返り特別企画」です。