年明けぐらいはのんびり過ごしたい、というごくささやかな願いが、こうした検証記事を書くことで壊されることに悲しみを覚えています。
ことの次第は、2019年1月5日放送のAbemaTV「みのもんたのよるバズ!」で元参議院議員の松浦大悟氏が、事実誤認にもとづいて「トランスジェンダー」への恐怖を煽ったこと。
トランスジェンダーとは、出生時に割り当てられた性とは異なる性を自認し、あるいは異なる性で生きようとする人のことを言います。
野党提出のLGBT差別解消法案を批判する流れで「男性器のついたトランスジェンダーを女湯に入れないと差別になってしまう」と語った松浦氏の発言はSNSでも拡散され、現在インターネット上ではトランスジェンダーへの無理解にもとづくバッシングが起きています。
筆者は身体的な治療を進めても、一生大きな湯船には浸からないように思う。性別もプライバシーも問題にならない動物たちがもっぱら羨ましい
しかし、この発言は事実に基づいたものなのでしょうか。出生時は女性で、現在はほぼ男性として生活しているトランスジェンダー の一人として、より多くの人に「私たち」の実情を知ってほしくて筆をとることにしました。
トランスジェンダーは性犯罪を増やす人たち?
松浦大悟氏は、以前は民主党に所属していた元参議院議員です。今より少し前、マスメディアでの報道や企業からの注目がLGBTに熱く注がれるようになった、いわゆる「LGBTブーム」が起きるより以前に当選し、ゲイ男性ですが、当時はそのことを公表することはありませんでした。
私と松浦氏は、その頃LGBTの自殺対策のために共に汗を流した立場でもありました。松浦さんは、昨年の「新潮45」騒動以降は、これまでの路線を変え、リベラル批判と保守へのアピールを主とした言論活動を積極的に行っています。
1月5日の放送では、現在与野党で議論が進められているLGBT施策や法整備に関連して、野党提案のLGBT差別解消法は「男性器のついているトランスジェンダーも女湯に入れないと差別になってしまうもの」であるとの持論を展開し、スタジオを沸かせました。
その後、ツイッターでもこちらの動画は拡散され「性犯罪を増やす人たち」「行き過ぎた権利主張ばかりする人たち」といったトランスジェンダーへの無理解にもとづくバッシングが起きています。
スタジオに同じく出演していたタレントのフィフィ氏は、1月6日 、ツイッターでこうつぶやいています。
松浦氏もこれをリツイートしています。
しかし、一連の議論はそもそも事実なのでしょうか?
野党批判のために持ち出された「女湯の利用拒否が差別」への疑問
結論から言えば、野党が提出しているLGBT差別解消法案に関する議論において「手術を受けていないトランスジェンダー女性の女湯からの排除が差別である」なんて話はそもそも出ていないのです。
また差別に対する罰則も設けられていません。「男性器のある人を女湯に入れるのを拒んだら罰せられる」というフィフィ氏のツイートは、二重の意味でミスリードとなります。
この議論は二つの方向から行うことができます。
一つは、LGBT差別解消法案の文章を読み解くアプローチです。
法案を読めば、「差別したら罰せられる」との議論が事実無根であることが分かりますし、事業者に求められている内容もわかります。
現在の野党案が事業者(企業など)に求めているのは、「性的指向または性自認に係る社会的障壁の除去が必要である旨の申出があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、個人の権利利益を侵害することとならないよう、性的指向又は性自認に係る社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をするように努めなければならない」(第十条)であり、いわゆる合理的配慮なのです。
「無茶な配慮はさすがに求めない」上で、個別具体的に当事者どうしの合理的な話し合いができることを後押しすることが目的であることがわかります。
全裸で入浴することが前提で、個人のプライバシーがこれ以上ないほど他者にさらされる公衆浴場での扱いが、一律「声をあげたものの勝利。はい、差別!」となるわけではないのです。差別の禁止が条文でうたわれていたとしても、合理的配慮をベースとした運用が現実では行われるでしょう。
そもそもトランスジェンダーの公衆浴場利用について同様の議論をしたいなら、「障害者差別解消法」を引っ張ってくる必要があります。
2016年に施行された障害者差別解消法における「障害者」の中には性同一性障害も含まれており、性同一性障害に該当する人はこの法律によってすでに守られている状況です。
それでも、障害者差別解消法のせいで男性器のあるトランスたちがどんどん女湯に入ってきてトラブルが増えたなんて事実はどこにもないはずです。
要するに、松浦氏が持ち出した「トランスジェンダーと公衆浴場をめぐる話題」は、野党批判のためのセンセーショナルなネタとして持ち出されたと批判されても仕方ないものです。
*性別移行に際しホルモン療法や手術療法を希望する個人は、性同一性障害という診断を受けることが今の日本のガイドラインでは求められています。ただ医療資源は限られ、トランスジェンダーの全員が診断書を持っているわけではないですし、どこまで身体的治療を望むか・望まないかには個人差があります。
そもそも手術には高額な費用と身体への負担が伴い、誰もが安全な医療を手に入れられる環境にもないのです。手術を受ける病院はもちろん、精神科で診断を受けるために多くの当事者が夜行バスで遠くまで通院しているのが現状です。
トランスジェンダーたちの実態を知ってほしい
そしてこの議論をめぐって、もう一つ強調しなくてはいけないと今回考えているのは「トランスジェンダーたちのリアリティ」についてです。
「男性器のあるトランスジェンダーが女湯に入ってくる。それを拒むと差別になる」という議論は、あたかもトランスジェンダーたちから(あるいはLGBTの運動サイドから)そのような法制化の要望の声が上がっているかのような誤解を与えていますが、実際にはそのような主張を私は耳にしたことがありません。
ほとんどのトランスジェンダーは薄氷を踏む思いで自分が他者からどのような性別で見られているのかを気にし、周囲に気をつかい、ときには自分自身の外見を憎んだりして過ごしています。
ちょっとしたしぐさや趣味を「だからあいつは本物の女じゃないんだ」「あいつは所詮男だ」と言われないかと気に病んでいる仲間も多いのです。
周囲から浮くような言動、目立つこと、その場において混乱を招く状態を自ら作り出すことは通常しないのが一般的です。
今回、SNS上ではトランスジェンダーに関する「あるべき性器」「望ましい性器」についてのディスカッションが盛んに行われましたが、性別適合手術を受ければトランスたちが安心して暮らせるかといえば、必ずしもそうではありません。
私の知人には、性別適合手術を受け、戸籍変更をした後に銭湯を利用した際、スタッフから「ニューハーフの方ですよね?」と否定的な言動をされたことをきっかけに「これ以上、屈辱的なことを言われないように」髪型を変え、喉仏の切除手術を受けた人がいます。
女性であるかどうかをジャッジする警察。すべての女性の生きづらさにもつながるのではないか
性器のことばかり言われ、次には振る舞いやしぐさ、服装、髪型が十分に女らしくないと言われ、おまえは本物の女ではないとのメッセージを浴びている多くのトランス女性たちを見ると、それらすべては、シスジェンダー(※)の女性たちが苦しんできた性差別そのものではないかと思えてなりません。
※トランスジェンダー ではない人たちの意
そもそも、人はだれでも自分の性器について、あるべき形、気持ち悪くない形を他人に議論されることを好まないはずです。シスジェンダーの人たちによって、トランスジェンダーの性器についてAbema TVやTwitterで揶揄交じりに語られること自体うんざりなのです。
トランス男性の場合には2006年頃の話になりますが、「モーニング」で連載されていた漫画『G.I.D』における性別適合手術の描写が細かすぎて当事者たちから悲鳴が上がり、単行本化に当たって該当箇所が差し替えになった出来事がありました。
ペニス形成のためには身体の他の部分から「材料」を取ってくる必要がありますが、詳細な描写があると、手術を終えて男性として社会に「埋没」して暮らしている当事者が特定される危険性が高く、このような表現はたとえ「差別」でなかったとしても、非常にセンシティブなのです。
知らないのなら、識者であるかのように語るべきではない
LGBT当事者という言葉はやっかいです。レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの頭文字を合わせたLGBTという言葉は「アジア」に似ていて、たいていの日本人がフィリピンの食事情に詳しくないように、L・G・B・T間でお互いのことをわかっていないこともよくあることです。
LGBとTの接続の難しさや必要性についてはこちらの記事も参照してみてください。
シスジェンダーでゲイであることを公表している松浦氏には、トランスジェンダーのことが実のところよくわからないのかもしれません。
トランスジェンダーどうしでも手術経験の有無や、性別移行の状態などによってわからないことがあるのだから当然のことです。
でも、トランスコミュニティの一人として思うのです。知らないのなら、自分が識者であるかのように語るのはやめてくださいと。
最後に、性犯罪についても述べておきましょう。トランスジェンダーは既存の男女という枠組みをぐずぐずにして、性犯罪を増やす存在なのではないかと心配されることがあります。
しかし、アメリカの大学UCLAの研究所によって2018年に行われた初の大規模研究によれば、性自認に沿ったトイレや更衣室を使える法制度を持つ都市とそうでない都市での性犯罪の発生率は変わらなかったとのことです。
これは「トランスジェンダーの権利を守ることが女性や子どもたちの安全をおびやかす」という説をあらためて否定するものと言えるでしょう。
性自認に基づいたトイレや更衣室利用にせよ、あるいは性別を問わないトイレや更衣室の設置にせよ、性別に関する軸の議論はいつもプライバシーの配慮とセットで語られてきました。
トランスジェンダーはシスジェンダーよりもトイレでの嫌がらせに遭いやすく、安心して用を足すことについての関心は一般人口よりもむしろ高いように思います。
トランスジェンダー 当事者の一人として、自分たちが性犯罪や性被害に関する濡れ衣を着せられるのは勘弁ですが、重大な人権侵害であるレイプやセクハラの問題についてはシスジェンダーの人々とも一緒に対策を考えたいですし、知恵を出したい意思があることを添えて、本稿を締めくくることにします。
性犯罪が怖い人たち、本当は仲間のはずなのにね。
【遠藤まめた】(えんどう・まめた) LGBTユースの居場所「にじーず」代表
1987年、埼玉県生まれ。トランスジェンダー当事者としての自らの体験をきっかけにLGBTの子ども・若者支援に関わる。10代から23歳までのLGBT(かもしれない人を含む)のための居場所・にじーず代表。著書に『先生と親のためのLGBTガイド ~もしあなたがカミングアウトされたなら』(合同出版)、『オレは絶対にワタシじゃない トランスジェンダー 逆襲の記』(はるか書房)ほか。個人のウェブサイト「バラバラに、ともに。」。ツイッターアカウントは@mameta227