障害があるから、恋はしてはいけないーー?
生まれつき、脳性まひがある車椅子の女子高生。そんな少女の恋愛模様を描いた物語がある。
モデルとなったのは、生まれつきの脳性まひで、車いす生活をしている女性だ。その女性と、作品を描いた漫画家が、「障害者と恋愛、そして性」について、それぞれの思いを語った。
「人として、人を好きになるっていうことは当たり前なんですよね」
そう語るのは、マユミさん(仮名=36歳)だ。
漫画家・岡藤真依さんの『少女のスカートはよくゆれる』(太田出版)に自らをモデルにした短編集が掲載されている。
自身の恋や性について、メディアなどで話をすることも多い、マユミさん。そうした中では常に反発もあるという。
「障害者が恋とか性の話をすると、『生意気だ』『とんでもない』という声をかけられることがあるんです。『これ以上障害者を増やすな!』『恋愛なんてとんでもない』みたいな風潮が、いまもある。もちろん、昔より緩くはなってきてるんですけど……」
「私たちも、当たり前に恋もすれば、ちょっとムラムラすることもある。人間が生きるために必要な機能や気持ちだから、どうしようもできないんですよね。やめろとか、やるなとか、考えるなっていう発想自体がおかしいと思っています」
マユミさんは幼稚園から高校まで、「障害を意識せずに生きてきた」という。
「親も、そう育ててきたんですよね。だから、普通の学校に入って、普通に暮らして。周りに障害者はいなくって、障害者のことを知らなかったんですよ。本当そんな感じでした」
高校時代は恋愛もした。相手は、中学時代に同じ部活の先輩。連絡網の電話番号に電話をして、いきなり告白をしたーー。そんな記憶が、いまも生き生きと残っている。
「病気が悪化して、高校は1年生の2学期までしか通えなかった。でも、すごく楽しかった記憶しかない。密度の濃い高校生活だったと思ってます」
「しょせん脳性まひだな」
「そのあと歳を重ねて、だんだんと施設とかに通いだしたんですよね。すると、障害者として生きなきゃいけないようになってしまった。周りの環境がそうだから。そうしないと、周りが許さないんです。この感覚って、わかりますか?」
マユミさんが通っていたのは、地方の通所施設だった。そこでは化粧をしたり、眉毛を書いたりするだけで、職員から怒られることもあったという。
「支援していただいてる身なので、合わせないといけなかった。これはやっちゃ駄目、あれやっちゃ駄目、という世界だったんです」
昔のように自分の思った生き方ではなく、いつしか周囲が規定する「障害者としての生き方」をせざるを得なくなったというマユミさん。
その後、大人になってからも何度か恋愛をしたが、なかなかうまくは行かなかった。
「付き合っているか、付き合っていないか」のような関係の男性ができたこともあった。しかし、その一言に、大きく傷つけられたという。
「『しょせん脳性まひだな』って、何年か前のクリスマスの時に言われたんですよね。いざしようかなってときに、うまくできなくて。何回も泊まりにきて、一晩過ごしてるけど何もなくて。いやいや、あんた分かってるやん…っていう」
マユミさんはこうつぶやく。「あまりにも砕けるから、嫌になっちゃったんだよね」と。
障害者は「乗り越えなきゃいけない」のか
今回、マユミさんがモデルとなった作品が掲載されている『少女のスカートはよくゆれる』。
初体験、同性愛、性的被害、そして障害ーー。さまざまな葛藤や過去を抱える少女たちの恋や性のもようを、繊細なタッチで描いた短編集だ。
岡藤さんは当初、マユミさんのエピソードを聞いた上で、当初は「体も結ばれるみたいな結末」の作品を描いていたという。
しかし、編集者から受けたのは「これは岡藤さん甘いです」という”お叱り”だったそうだ。
「マユミさんがなんでも乗り越える人なんだ、みたいな幻想を持っていたんですなんなんでしょうね。ちょっと願望みたいなのを込めすぎて、そういうふうなのを描いちゃったのかな」
「そこをちょっと編集者につかれて、喫茶店で大泣きしまして。障害をわかった気になっていたということへの自分の恥ずかしさとか、作家としての問題点みたいなものに気づいてしまったというか……」
乗り越える、という言葉について。岡藤さんの言葉を聞いたマユミさんも、こう自身の思いを語った。
「障害者はいつも乗り越えなきゃいけない。頑張っていないといけない。フラットではなく、すごく低いところから上を見なきゃいけない。でも、それは周りがそう思い込んでいるだけだと思うんです。みんながみんな、そうとも限らないですよね」
当事者にはそうしたことを目指している人もいる。あくまで自分の考え方、としながらマユミさんはこう続ける。
「『愛は地球を救う』もそうです。いま『チャレンジド』という言葉も使いますけど、私、あの言葉もあんまり好きじゃないんですよ。『そんな言葉を使うな』ではないですけれど、別にそんなに気張らなくてもいいんじゃないんですか?という感じです」
「お前が障害者やからー」
最終的に岡藤さんが書き上げたのは、脳性まひゆえに車椅子生活を送る少女が、恋心を寄せていたクラスメイトの男子に「うちとやってくれん?」と言ってフラれてしまう、という物語だった。
少女に「あかんの?私のこと嫌い?」と言われた男子は、思わずこう口を滑らせる。
「頭おかしいんとちゃうか!ちょっと勉強教えたっただけで調子乗んな!それやってお前が障害者やからー」
それでも少女は諦めず、告白を続けるーー。そんな姿にこそ、自分が重なるとマユミさんはいう。
「結ばれないところがね、私らしくて。『あかんの?』と言ってしまうところも、16歳の私だとしたら、言ってそうだなって。『私じゃあかんの?』って、障害者だからというところを取っ払った、フラットなものじゃないですか」
恋にせよ、性にせよ、そして日常にせよ。マユミさんにとって、そうした「フラットさ」はこれからより一層伝えていきたいひとつのテーマでもある。
たとえば、マユミさんはかつて一時期、障害者向けのデリバリーヘルスで働いたこともある。このときの話も同じだ。
「そもそもこういう場所があることに対して、『あ、あるんだ。よかったな』と思ったんですよね。障害者向けなんて、皆無だと思っていたので。それで、性産業に興味があったので働いてみると、安心感もあったんです。私も動けないけど相手も動けないから、悪いことできないから安全だし…」
「こういう話を、私はどんどん自分の口で言っていくようにしているんですよ。最終的な落としどころは、身近になること。恐る恐るふれるもんでもないですからね。変わらないんですよ、みんなとね(笑)」
世界を広げるために
「性」を大きなテーマとして描いてきたと語る岡藤さんも、同じような思いを持っているという。
「漫画って娯楽じゃないですか。そこに性というテーマを持っていくと、だんだん『やましさ』みたいなのがなくなっていくのかなって、思っているんですよ」
それは、「障害者の性」についても言えることだ。
「私自身、これまで障害者の方の性を考えたことなんてなくて。でも、そういえば当たり前のことなんだっていう。マユミさんと会って、ハッとさせられたというか、世界がブワッと広がった。障害者の性ももっと勉強しながら、いつか発表したいんです」
「みんなわりと壁を作りがちなんですよね。やっぱり話したら、同じ感覚なところって絶対ある。知ったら本当に変わる。そういう経験を、漫画というメディアを通して読者の人に届けられたらいい」