ニコニコ動画での1話の再生回数が1000万回を超えるなど、2017年のアニメシーンを席巻した人気作品『けものフレンズ』(通称けもフレ)。その制作スタジオ・ヤオヨロズでプロデューサーを務める福原慶匡氏が、新書『アニメプロデューサーになろう! アニメ「製作(ビジネス)」の仕組み』を刊行する。
新書『アニメプロデューサーになろう! アニメ「製作(ビジネス)」の仕組み』。
福原氏が新著に込めたのは、日本のアニメビジネスに押し寄せる大きな変化の波に対応できる「新しいスキルセット」を持ったプロデューサー像を示したいという想いだ。福原氏の目線を通して見る、ネットフリックス(Netflix)などの「外資マネー」から中国アニメ事情、製作委員会問題について聞いた。
福原慶匡:1980年神奈川県生まれ。ヤオヨロズ株式会社取締役、プロデューサー。早稲田大学教育学部卒。川嶋あいのマネージャーとして音楽業界を経験。その後「ヤオヨロズ」を立ち上げ、異色の経歴をもつプロデューサーとして複数のアニメ作品に関わる。音楽とアニメという2つのライセンスビジネスの現場経験を活かし、世界に通用する新時代のプロデューサー教育を試みている。
アニメの「製作委員会方式」は単なる“中抜き”ではない
—— ネット上で根強い「製作委員会」中抜き論については、どのように見ていますか?
福原:(製作委員会については)意図的に中抜きしているわけではなく、アニメづくりに必要な組織だと私は考えています。製作委員会がこれまでのアニメ業界の発展を支えて来たことは間違いありません。
福原慶匡氏。新書の帯にもあるように「アニメ業界を本気で変えようと思っている人は100人もいない」から、アニメ産業の未来のためこの本を書いたという。
『アニメプロデューサーになろう! アニメ「製作(ビジネス)」の仕組み』P.48より
ただ、アニメビジネスは時代の移り変わりと共に変わります。これまでも、製作委員会の顔ぶれやビジネス構造を大きく変化させてきました。例えばここ10年でも、テレビ局、DVDパッケージメーカー、パチンコなどから外資系の配信事業者(ネットフリックス、アマゾン、Hulu)へと資金提供者は入れ替わりが進んでいます。
そんな中、「製作委員会方式以外にアニメを作る選択肢がない」というのは、やや自由度に欠けるのではないかと。それ以外の新しい資金調達モデルも出てきても良いのではないか、というのが私の考えなんです。
アニメ1話、本当は相場の2倍以上のコストがかかる?
(深夜アニメの制作費は1話約1500万円〜などと言われますが)私がよくプロデューサー仲間と話すのは、「仮定として全てのスタッフに常識的な休暇や給与を与えるとしたら、1話あたりの適正な制作費は本当は4000万円くらいではないか」ということです(※1)。そうなると本来は1タイトル(1クール=13話)5億円規模の製作委員会が組成されないといけませんが、それをリクープ(投資回収)できるタイトルは1クールあたり数本に満たないはずです。
※1 日本のアニメスタジオは、取り扱う作品の人気や知名度に比較して資金力の不足がよく指摘される。2015年に注目作『虐殺器官』を製作していたマングローブが破産、2017年にも大ヒット作『ガールズ&パンツァー』を制作する「アクタス」が複数の作品で作品を納品できないトラブルを起こした後、バンダイビジュアルによって買収されている。
一般的なアニメ1話あたりの予算の例。
『アニメプロデューサーになろう! アニメ「製作(ビジネス)」の仕組み』P.110より
—— なるほど。であれば、今のように年間200本以上の新作アニメは、本来なくても良い、ということですか。
福原:ということになります。ただ、ライセンスビジネスをたくさん展開して手数料収入を得たい窓口会社、あるいは放送枠を売りたいテレビ局は、タイトル数が多い方が有り難い。そのために現在のように多くのアニメが放送されている状況が生まれてしまったのではないかと。これが過去最大の2兆9億円(アニメ産業レポート2017 サマリー(日本語版)より)の市場を生み出した原因と言えます。
2016年の「アニメ産業市場」(ユーザーの消費額を推定したもの)は2兆9億円。一方で「アニメ業界市場」(アニメ制作企業の売り上げを推定したもの)は2301億円にとどまっている。
「アニメ産業レポート2017 サマリー(日本語版)」をもとにBusiness Insider Japanが作成
福原:(そんな苦しい中で制作スタジオも権利収入を得るためには、)「製作委員会」に出資すれば良いではないか、と考える人も多いでしょう。しかし、そもそも制作スタジオは手元にそんなおカネがないのがほとんどです(※2)。
新書『アニメプロデューサーになろう!』の中で、権利=ライセンスについて、それなりのページを割いて解説しているのは、クリエイティブ側のプロデューサーがライセンスビジネスについて学ぶことで、この構造、つまり権利を持てない制作スタジオが自転車操業に陥ってしまっている状況を改善したいという思いがあります。
※2 1クール2億円にものぼる制作費を数社で製作委員会を組成し資金調達を行うが、参加企業には少なくとも1000万円以上の出資が求められることが多い。
これまでのアニメ製作方式の特徴。
『アニメプロデューサーになろう! アニメ「製作(ビジネス)」の仕組み』P.67より
アニメーターの貧困問題はネットフリックス参入で解決するのか?
—— いまアニメ業界にはネットフリックスをはじめとした外資系配信プラットフォーマーが巨費を投じていると報じられています。この動きはスタジオやアニメーターの窮状を救えますか?
福原:外資系配信プラットフォーマーが有望な資金調達源となったのも、大きな時代の移り変わりです。彼らが私たちにとって有り難いのは、現時点では「おカネは出すけれど配信権以外の権利を主張してこない」こと。彼らは一定期間の独占的な配信以外は求めず、また制作費用を1社で支払ってくれます。スタジオとしては製作委員会方式に頼らなくても作品を作って世に出すことができるわけです。
ネットフリックスでは、独自作品も含め、いまやアニメは重要なコンテンツの1つになっている。
僕が最近考えているのは上記をもう少し進めた、「パートナーシップ方式」という資金調達の方法です。これは、権利を先に販売する事で事前に製作資金を調達してから製作開始するというプリセールモデルのスタイルです。
いまのように海外からアニメが高く評価されているのは非常に追い風だと思っています。配信に限らず世界市場に対してセールスをする事も必要でしょう。
現に配信業者への配信権の販売のみで大半の製作費用はペイできる作品も多い。その他を自社でリスクを背負うも良し、音楽や出版、イベントなど多岐にわたるライセンス窓口の権利を他社に販売して(リスクテイクして)からプロジェクトスタートするも良し。そのあたりもプロデューサーの手腕が問われるのではと思います。
ただ、アニメの宣伝には多数の協力者が必要なので出資者に代わる協力者は必要です。そこで権利譲渡した企業と共にパートナー会議の場を持ち、委員会同様の組織力をもつ事も重要だと考えます。
—— 一方で、製作委員会方式であれば、納品前に制作費が確保できますが、ネットフリックスのような配信事業者はあくまで作品が完成・納品してからの支払いが基本です。キャッシュフローをどうするのか、という課題はありませんか?
福原: たしかに配信プラットフォーマーからおカネが得られるのは完成・納品後です。ですが、たとえばキャッシュブリッジ(完成までの制作を支えるつなぎ資金の供給元)として、アニメに対して興味がある大手企業に委員会参加してもらい、出資リスクをとってもらった代わりに優先的に委員会収入から返済する契約方法もあります(クロスリクープ方式)。こういった契約にするなども、民法上の任意組合である製作委員会ならではの自由な契約の仕方かもしれません。
(またあまり語られませんが)日本の場合の制作費確保の難しさは、ハリウッドのような「完成保証会社」が存在しないという面もあります。万が一作品が完成しなかったときに、そのリスクを肩代わりしてくれる仕組みがない。そのため、配信プラットフォーマーとの契約を担保に、銀行から借り入れることは可能かもしれませんが、トラブルにより制作がストップした場合は返済リスクのみが残ります。
キャッシュブリッジとして大手企業の助けを借りたり、製作開始前に権利を販売する事で製作費用をプリセールした上でリスク無くスタートするなど、今後はスタジオが主導でストラクチャー(アニメ制作の仕組み)を組み立てる方法も模索するべきでしょう。
今を逃せば、クリエイターが主導権を取り戻すチャンスは当面来ない
—— 従来の製作委員会方式では、アニメビジネスのリスクの高さを許容できる(=複数作品への出資を通じてそのリスクの平準化が図れる)会社でなければ、なかなか参加できなかった。そこに、配信プラットフォーマーという新たな、しかも資金力のあるスポンサーが現れて、これまでの製作委員会とは顔ぶれが異なるいわば異業種の会社もアニメビジネスに参加出来る余地が出てきた、と。
福原:そうですね。スタジオが原作を持ち原作印税を得る、あるいは権利を持ちライセンス収入を得る、ということが(スタジオの健全化のために)重要。にもかかわらず、現状はほとんどの場合、両方を持っていないというのが問題なのです。
「原作を持つ」のは、必ずしも出版社のように大きな組織は必要ありません。ヤオヨロズには、(けもフレのヒットで注目を集めた)たつき監督がいて、オリジナルも意欲的に制作しています。経営戦略としてはライトノベルやWebコミックのレーベルを自ら持ち、原作を確保するというのも1つの方法ですね。
いずれにせよ、スタジオが潤わなければ、アニメーターの窮状は改善しません。パートナー方式はその突破口になる、ということはもっと多くの人に知ってもらいたいですね。 逆に言えば、配信という“新しいコンテンツ消費”によるチャンス —— 私はデジタル化による変化の1つの節目で、ここまでの進化はしばらく起こらないと考えていますが —— ここを逃すと、作り手の側に主導権を取り戻すチャンスは、当面来ない。
アニメ業界は、そういう危機感を持つべきだと思います。
(文・まつもとあつし、図・大酒井雄大、写真・伊藤有)