「それ、早く言ってよぅ……」でおなじみのSansanのテレビCM。
Sansan
「それ、早く言ってよぅ……」と俳優の松重豊さんが切なくつぶやくテレビCMが印象的な、名刺ベースのビジネスSNS「Eight」の運営元Sansan。
2007年の創業から間もなく13年目に入る気鋭のベンチャーは、同名の法人向け名刺管理サービス「Sansan」単体で、法人向け名刺管理市場のトップシェア(国内82%、シード・プランニング調べ)をもつ。いまや評価額は1000億円を超えたとされ、名実ともに「上場注目銘柄」のユニコーン企業の一角に入った。
同社を率いる創業者の寺田親弘社長は、現在42歳。年頭所感では、2019年を「革新期」と表現する。
3月13日の事業戦略説明に合わせ、「革新期」の言葉の真意と、アクセルを踏む「投資」、そして「上場の可能性」までを聞く。
「Sansanは2019年、“革新期”に入った」
Sansan創業者の寺田親弘社長。Sansan本社オフィスにて撮影。
── 創業からの12年を全速力で駆け上がってきたと思います。年頭所感で「今年は革新期」だと表現したのは、どういう意味ですか?
寺田親弘社長(以下、寺田):Sansanは今、事業として「フェーズ3」に入ったと思っています。
2007年の創業から2012年くらいまでがフェーズ1ですね。この時期は黒字じゃなきゃファイナンス(資金調達)できないと言われるほど厳しい時代で、少ない資金を本当にケチケチと回してきました。
そこから徐々に風向きが変わって、2013年から2018年くらいまでがフェーズ2。ベンチャーキャピタル市場の変化を捉えて資金を調達し、広告宣伝に打って出ました。我々は足下の経済状態(エコノミクス)がわかっているので、これだけ解約率が低ければ、本来はこのくらい投資をしていいはずだという理論値が計算できる。ですから、フェーズ2ではテレビCMを皮切りに、6年間で総額100億円を超える資金調達を実施しました。
そして今、単に広告宣伝費を投じるだけでなく、もう少し「多角的」に事業を成長させていく新たなフェーズに入ったと意識しています。
企業が成長するためには常に潮目を意識しないと、会社としてのモメンタム(勢い)を失ってしまう。特に今は、その潮目を強く意識しなければと思っています。
── そのための具体的な打ち手は?
寺田:まず直近では、プロダクトのコンセプトを進化させます。
我々がこれまでSansanで目指してきたのは、「名刺を企業の資産に変える」こと。名刺はビジネスを始めるために交換するものですから、名刺をきちんと管理することは、いわばビジネスの入り口です。
その入り口であるSansanから、実際にビジネスを始められるようにしていく。具体的には「Sansan, Where Business Starts」という新しいコンセプトのもと、機能を拡張します。
「新しい形のクラウド電話帳・プロフィール管理機能」としてデビュー。社内外の連絡先を統合的に一元管理するとともに、同僚の得意な業種や、最新の経歴を見える化する機能。
Sansan
寺田:1つは新たに提供を開始した「同僚コラボレーション」。Sansanを社内の連絡帳として活用するもので、リストから直接同僚に電話やメッセージができる。社外だけでなく社内でも、Sansanがビジネスコミュニケーションの入り口になります。
もう1つは「顧客データHub」。Sansanがお客様からお預かりしている情報は、「人」や「企業」の単位で名寄せされています。このデータをさらに統合化しようとしています。
「誰がいつ名刺交換したのか」に加えて、セールスフォースなど複数のサービスに散在している情報もまとめられるようにしていきます。情報を統合化する際には、「どう名寄せするか」が難しいんです。しかし、我々が創業から取り組んできたのは、まさにその名寄せの技術を作ること。さらに名寄せした情報を「Sansan」上で統合的に見られるように、取り組んでいるところです。
そして、「実はいついつのイベントに来ていた」とか「この時期に問い合わせをもらっている」といった、MA(マーケティングオートメーション)やSFA(営業支援システム)などに入っている情報も、Sansanのもとに統合できるようにしていこうとしています。
営業体制も強化します。いまは全国80名ほどの体制ですが、2019年5月末までの3カ月間でまず50名の採用を進め、今後1年半で約3倍(230名)ほどに拡大させる予定です。
「名刺」に破壊的イノベーションを起こす方法
── シンガポールやインドで、海外展開を始めています。例えば、名刺文化が比較的薄いといわれるアメリカ進出はどうでしょう?
寺田:よく言われるように、「日本人は名刺が好き」というのは確かにそうかもしれません。しかし、ビジネスカード自体は海外でも広く使われていますよね。(ほとんど使わないというのは)アメリカや中国のテック企業が、むしろ例外なんじゃないでしょうか。
名刺を使う頻度の濃淡はあれど、受け取ったカードの扱いに困っているのも、日本と変わらない。だからちゃんと取り組めば、必ず広がっていくだろうという信念があります。
中でもシンガポールでは、現地の企業や日系の企業に「既存のSansanを売っていく」という方向性で、徐々にサービスが立ち上がりはじめているところです。
またインドでもさまざまなトライをしています。アメリカではビジネスカードが一方通行ということも多いので、「Scan to Salesforce」っていう無料アプリを作ってその初動を見たり、といったテストもしています。
Scan to Salesforceアプリの公式サイト。
── アメリカでは名刺ではなく、そのままLinkedInでつながるということも多い。LinkedInには、Eightの理念と近しい部分を感じることもあります。テック企業として、そもそも「紙の名刺をなくしていく」という可能性は?
寺田:その話で思い浮かぶのがアップルのiPodです。iPhoneのイノベーションの系譜の出発点にあたるiPodも、最初はCDの楽曲を保存して運ぶ「小さなHDD」でした。その中にCDと(iTunes Storeで)ダウンロードした音楽を同居させて、徐々に「ダウンロードだけでよくない?」とライフスタイルを変えて行ったと思うんです。
だから、僕らが提供する名刺交換に「ディスラプト」(破壊的イノベーション)を起こせるとしたら、まず相手は「紙」、自分は「デジタル」というように、デジタルと紙をミックスするような体験を創れないといけないんですよ。
寺田氏との「名刺交換」はEightで行った。初対面から「前職は●●社にいたんですか」というリッチな会話が発生するのがデジタル名刺交換のわかりやすいメリットだ。Eightユーザー以外にも展開できるQRコード名刺交換もテスト中だ。
そこで、Eightでは、ユーザー同士ではもちろん、相手がEightを使ってない場合も名刺交換ができる仕組みにトライしています。
ただ、初対面でのやり取りは、よほどスムーズな方法じゃないとなかなか成立しない。名刺交換そのものをどうディスラプトするか、紙の名刺をどう変えていけるかということについては、この先もいろんなチャレンジをしていくつもりです。
── ビジネスSNSとして、EightのようなSNSがほしいと思っている企業もたくさんありそうです。そうした企業と協業するという考えはないのですか?
寺田:経営者としてはいろんな選択肢を常に考えなくちゃいけませんから、決して否定はしません。ただ、どこかの企業と一緒になったからといって、自分の目指す世界への達成に近づくイメージがあるかというと、必ずしもそうではないですね。
大手商社を経て、「起業するならこの男」という仲間を集めて創業
── 「起業」するのは子どものころから決めていたと聞きましたが、本当ですか。
寺田:自分で会社をやるということは、小学生くらいから決めてました。戦国武将に憧れていたのと、父親が事業をしていたこともあって、「現代における天下取りとは何か」を考えたときに、自分で会社を作って、その会社を通じて世の中に大きなインパクトを出していくことだろうと。
就職して、「3~5年働いてから起業する」というのが、その頃に描いていたライフプラン。実際にはそれより少し長い約8年間、三井物産にお世話になりました。入社後は希望通りIT部門に配属されて、有り難いことに、割と早いタイミングでシリコンバレーに行く機会も得ました。8年間を通じて、自分のやりたいビジネスを、やりたいようにやらせてもらえたと思います。
── 三井物産に8年。そこから何がきっかけで「いま、起業だ」となったんですか。
寺田:20代後半にアメリカから帰国して、ある商品の日本立ち上げなどを手がけました。それが一段落し、ここらで卒業かなと思ったのがきっかけでした。
三井物産に対して十分な恩返しができたとは思っていませんが、ここで動かなかったらもうずっと動かない、自分にしかできないチャレンジをしようと思って退職しました。その後1年半かけて起業準備をしていました。
── じっくりと準備をした。Sansanの創業メンバーはご自身のほかに4人。どのように集まったのですか?
寺田:準備期間の1年半は、まさにそのメンバーを集めるための時間でした。まず声をかけたのは、富岡圭(共同創業者 取締役Sansan事業部長)です。僕が起業するときは、絶対に彼を誘うと決めていた。当時彼は中国にいたので、中国まで訪ねて行って口説きました。
まず彼を誘って、それから何をするか考えたという順番です。ただ、名刺管理のアイデアは最初から僕の中にありました。
実は社名も、富岡との中国旅行で決まりました。三峡ダムという世界最大級のダムを一緒に旅していて、「三三」(現在はアルファベットのSansan)という社名にしようとなったんです。
Sansanの社名の由来にもなった三峡ダム。
Shutterstock
次に、エンジニアが必要だということで、僕がアメリカにいたときに一緒だった塩見賢治(取締役 Eight事業部長)に声をかけ、彼に「今まで出会った中で一番イケてるエンジニアを連れてきてほしい」と頼みました。それで参画してくれたのが、常樂諭(取締役 DSOCセンター長)です。
また名刺を手入力することも考えていたので、そういう現場オペレーションができる人材を探し、当時三井物産系列の企業にいた角川素久(前CWO)を誘って、この5人で創業しました。
京都にある、町屋を改装したサテライトオフィス「Sansan Innovation Lab」。SansanのAI技術者グループDSOC(Data Strategy & Operation Center)のメンバー2名が常勤する。
投資へアクセル、その先に見える「Sansan上場」のタイミング
── 最後に2つお聞きします。まず、今後の投資の考え方について。どう「アクセルを踏んでいく」考えでしょうか。
寺田:足下でエコノミクスの理論値が合っていれば、どんどんやろうという感じで投資はしてきましたし、それは今後も変わりません。(アクセルを踏む)そういう投資をするには、未上場企業のほうがやりやすい。だから(ベンチャーとしては比較的長い12年間)ずっとプライベートの会社でやってきました。もしIPOだけを目標にしていたら、もうとっくに上場していたでしょう。
投資先として、今後はもっと「データ」に注力していきたい。
お客様からお預かりしたデータの価値を高めるために、より精度の高いデータを「作る」「処理をする」「いろいろなデータにアクセスできる状態を作っていく」そういったものが、Sansanの大きな柱の1つになると考えています。
これまでもお預かりしたデータには向き合ってきましたが、ある意味(データが生み出す価値)「それ自体をビジネスとして真っ正面からとらえる」ことはしていなかった。また、プロダクトや、価値としてお客様に返すようなことも、まだ手付かずの領域がたくさんあります。
数学系人材の採用を進めるSansan。社内のイベントスペースでデータサイエンティストコミュニティーKaggle参加者向けのイベントにも協力している。
撮影:伊藤有
実は我々の社内には(Kaggle※の世界ランカーをはじめとする)データサイエンティストが約30人います。お預かりしたデータの扱い方には今までどおり細心の注意を払いながら、お客様にどう付加価値を返せるかは僕らが向き合うべきテーマです。そこにはしっかり投資をしていきたいと思っています。
Kaggleとは:世界的なデータサイエンティストコミュニティ。企業などからの「課題」を解くアルゴリズムを参加者で競うことで、報酬が得られるなどの仕組みがある。Sansanには世界トップ100人程度が選ばれる「グランドマスター」が2人いる。
── 今後、SansanがIPOをするとしたら、それはどういうタイミングでしょう?
寺田:必要条件としては、会社として自然な投資ができる状態。やるべき投資がやれないということがない状態でしょうね。
収益基盤が積み上がって、投資に回せるだけの十分な利益があって……という準備が整ったときが、そのときです。
(聞き手・伊藤有、構成・太田百合子、撮影・岡田清孝)